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権利保護保険における弁護士選任に 関する法的考察

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(1)

■アブストラクト

権利保護保険を巡る規範的問題の一つとして,弁護士選任の問題を採り上 げ,わが国における現在の保険実務の適否につき,欧州,とりわけドイツを 念頭に置いた比較法的アプローチを採り入れつつ,保険契約法,とりわけ保 険約款の不当条項規制,さらには弁護士法,とりわけ弁護士法72条本文後段 による有償斡旋の禁止の枠組みにおいて検討した。その結果,被保険者によ る弁護士選択に対し保険者の影響力を及ぼし得る約款条項は,文言どおりの 効力を認めることはできず,限定的に解釈されなければならないことや,権 利保護保険の引受保険会社による弁護士紹介実務は,査定担当者などが協力 関係にある特定の弁護士などを被保険者に紹介しているものである限り,弁 護士法72条本文後段の定める報酬目的に業として行う法律事務の取扱いの周 旋にあたり,同法に抵触する可能性があることなどが確認された。

■キーワード

権利保護保険,不当条項規制,弁護士法72条

⚑.はじめに

権利保護保険とは,民事訴訟や仲裁などの紛争当事者となった場合の訴訟

*平成28年⚙月16日の日本保険学会関東部会報告による。

/ 平成29年⚙月19日原稿受領。

権利保護保険における弁護士選任に 関する法的考察

應 本 昌 樹

(2)

費用,弁護士報酬,鑑定費用などを填補する保険をいい1),訴訟費用保険,

弁護士保険,弁護士費用保険などとも呼ばれる。前世紀の初頭に欧州で生ま れた比較的新しい保険である。わが国では,1990年代半ばころより,主とし て,自動車保険などに付帯され,日常生活上の事故による損害賠償請求に要 する弁護士費用などを補償する弁護士費用特約として普及してきたが,近時 では,より幅広い補償範囲を持つ保険商品も市場に登場するに至っている。

権利保護保険は,市民の司法アクセスの確保において,重要な役割を担って おり,さらなる発展が期待される。

他方で,権利保護保険は,司法制度や法役務の在り方に影響を及ぼし得る。

そうした権利保護保険を巡る法役務利用に関する規範的問題の一つとして,

弁護士選任の問題が挙げられる。この問題は,欧州において,権利保護保険 を巡るもっとも重要な法的問題の一つとされ,EC 指令やこれに基づく各国 国内法により,被保険者による弁護士選択の自由が保障されている。そこで,

以下では,権利保護保険のわが国における民事紛争処理のための費用調達手 段としての意義を明らかにしたうえで,欧州,とりわけドイツを念頭に置い た比較法的アプローチを採り入れつつ,現在の弁護士費用特約における弁護 士選任に関する次のような実務慣行の適否につき,保険契約法,とりわけ保 険約款の不当条項規制,さらには弁護士法,とりわけ弁護士法72条本文後段 による有償斡旋の禁止の枠組みにおいて検討する。

① 被保険者による弁護士選任の自由を制約し得る約款条項

② 保険会社による弁護士紹介

1) 山下友信⽝保険法⽞(有斐閣,平成17年)55頁。ドイツでは Rechtsschutzver sicherung と呼ばれ,その邦訳として⽛権利保護保険⽜の用語が定着している。

なお,英国では legal expenses insurance,フランスでは l’assurance-protec- tion juridique などと呼ばれる。

(3)

⚒.わが国における民事訴訟費用およびその調達手段の概観

⑴ 民事訴訟費用について

民事訴訟の費用は,大まかに訴訟費用(裁判所費用)および弁護士費用の

⚒種類に区分される。

⚑)訴訟費用

訴訟費用には,提訴手数料のほか,郵券代や証人に支払われる旅費・日当 などの費用が含まれる。弁護士費用は原則として訴訟費用に含まれない。原 則として敗訴者が訴訟費用を負担する(民事訴訟法61条)。提訴手数料は法 定の基準によって決まる。同手数料は訴額に対応して逓減しながら上昇する

(民事訴訟費用等に関する法律⚓条および同法別表⚑)。

⚒)弁護士費用

弁護士費用には弁護士報酬および実費が含まれる。平成15年には,弁護士 法が改正されるとともに,弁護士会の定める弁護士報酬基準が廃止され,そ れ以降,弁護士報酬は自由化されている。一般に,民事紛争における示談交 渉や訴訟代理には,いわゆる⽛着手金・報酬金⽜方式が用いられる。同方式 においては,依頼者は,委任時に目的となる経済的利益の額に基づいて計算 される着手金を支払い,事件終了時に達成された経済的利益の額に基づいて 計算される報酬金を支払う。実務上,着手金および報酬金の計算において,

相当数の弁護士が,廃止された弁護士報酬基準に準ずる次のような表を用い ている。

経済的利益の額 着手金(税抜き) 報酬金(税抜き)

125万円まで 10万円 経済的利益の16%

125万円から300万円まで 経済的利益の⚘%

300万円から3000万円まで 経済的利益の⚕%+⚙万円 経済的利益の10%+18万円 3000万円から⚓億円まで 経済的利益の⚓%+69万円 経済的利益の⚖%+138万円

⚓億円以上 経済的利益の⚒%+369万円 経済的利益の⚔%+738万円

(4)

時間制報酬(タイムチャージ)は,比較的大きな企業依頼者の契約書の起 案や M&A における法的デューディリジェンスといった裁判外の予防法務 に用いられるが,民事紛争事案には一般的には用いられない。わが国におい て,敗訴の場合に一切の報酬を受けない完全成功報酬は禁止されていないも のの,実務上,用いられることはごく稀である。

弁護士費用は,上述のとおり原則として訴訟費用に含まれず,これをだれ が負担するのかについての法律上の規定もないことから,事件の結果にかか わらず,各当事者が自分の弁護士費用を負担するのが原則である。つまり,

わが国の民事訴訟では弁護士費用の敗訴者負担原則は採られていない。もっ とも,交通事故のような不法行為事案では,損害賠償の一部として,一定水 準の弁護士報酬(民事交通訴訟で,おおむね,認容額の⚑割程度2))を請求 することができる。

⑵ 費用調達手段について

民事訴訟のための費用調達手段としては,自己資金のほかに,訴訟救助,

民事法律扶助および権利保護保険などがある。

⚑)訴訟救助

訴訟の準備および追行に必要な費用を支払う資力がない者またはその支払 により生活に著しい支障を生ずる者は,裁判所に対し,訴訟費用の支払の猶 予(訴訟救助)を申し立てることができる(民事訴訟法82条本文)。ただし,

勝訴の見込みがない者には訴訟救助は与えられない(民事訴訟法82条但書)。

⚒)民事法律扶助

民事法律扶助は,家事事件を含む民事紛争に巻き込まれた者が,法専門家 による援助の必要があるものの,限られた資力しかない場合に利用できる。

独立行政法人に準じた枠組みで設立された日本司法支援センター(法テラ ス)により与えられる。民事法律扶助には,法律相談援助(無料法律相談),

2) 東京地裁民事交通訴訟研究会編⽝別冊判例タイムズ38号 民事交通訴訟にお ける過失相殺率の認定基準〔全訂⚕版〕⽞(判例タイムズ社,平成26年)19頁。

(5)

代理援助(弁護士費用の立替)および書類作成援助(書類作成費用の立替)

の⚓種類がある。代理援助および書類作成援助は費用の立替であるから,原 則として被援助者はこれを償還しなければならない。ただし,生活保護受給 者等は償還を免除され得る。

援助を受けるためには,次の要件をすべて満たさなければならない。

① 資力(収入および資産)が一定額以下であること

② 勝訴の見込みがないとはいえないこと(法律相談援助を除く)

③ 民事法律扶助の趣旨に適すること

民事法律扶助は国民の低所得者層20%をカバーするように設計されてい 3)。平成28年度には,法律相談援助は298,220の事件に4),代理援助は 108,583の事件に5),書類作成援助は3,877の事件に6)それぞれ与えられた。

平成26年度の法律相談費の合計は16億3393万5292円7),代理援助立替金の合 計は155億4596万2549円8),書類作成援助立替金の合計は⚓億7048万9388円9) であった。

⚓)権利保護保険

権利保護保険は,保険契約者または被保険者が,その保険条件に従って,

法的紛争に巻き込まれた場合に利用できる。わが国における最初の権利保護 保険商品は1990年代の中頃に自動車保険の特約として現れた。大半の損害保 険会社は自動車保険,火災保険や傷害保険の弁護士費用特約の形で権利保護 保険商品を提供している。補償の対象範囲は,通常,交通事故などの日常生 活事故による人身傷害または財物損壊に対する損害賠償請求に限られている。

3) 大石哲夫⽛民事法律扶助の受給資格と利用者の負担をめぐって⽜総合法律支 援論叢⚔号(平成26年)107頁。

4) 日本司法支援センター⽝法テラス白書平成28年度版⽞(日本司法支援センター,

平成29年)45頁。

5) 日本司法支援センター・前掲注4)45頁。

6) 日本司法支援センター・前掲注4)45頁。

7) 日本司法支援センター・前掲注4)48頁。

8) 日本司法支援センター・前掲注4)51頁。

9) 日本司法支援センター・前掲注4)53頁。

(6)

しかし,近時は,家事事件をも含む幅広い民事紛争を対象とする保険商品を 提供する少額短期保険株式会社が現れたほか,一部の大手保険会社も団体傷 害保険等の特約として,被害事故,借地・借家,遺産分割調停,離婚調停,

人格権侵害および労働に関する紛争を対象とする保険商品の提供を開始した。

⑶ 日弁連リーガル・アクセス・センターの⽛権利保護保険(弁護士保険)⽜

制度

日本弁護士連合会(以下⽛日弁連⽜という。)は,平成12年に日弁連リー ガル・アクセス・センター(以下⽛日弁連 LAC⽜という。)を設置し,保険 会社等と協定を結び,⽛権利保護保険(弁護士保険)⽜制度を運営している。

⽛権利保護保険⽜は日弁連の登録商標となっている。平成30年⚑月⚑日時点 で,三大損害保険グループのうちの二つを含む16の保険会社等が同制度に参 加している10)

⽛権利保護保険(弁護士保険)⽜制度においては,各協定保険会社等がその 保険商品の条件に従って被保険者が紛争に巻き込まれた際に発生する訴訟費 用や弁護士費用を負担する一方,被保険者の求めに応じ,各協定保険会社等 および日弁連 LAC の取次ぎを経て,単位弁護士会が弁護士を紹介する。

この協定には,弁護士会の自治と弁護士の独立性の尊重,運営細目等につ いての協議,日弁連を通じた各地の弁護士会による弁護士紹介,適正な弁護 士紹介に向けた日弁連による組織整備・研修体制づくり,弁護士報酬につい ての保険金の支払いにつき,弁護士報酬についての保険金支払基準の尊重,

日弁連と協定保険会社等との協力による継続的な調査・研究などが定められ ている11)

⽛権利保護保険(弁護士保険)⽜制度は,ここ15年ほどで著しく成長した。

10) 日本弁護士連合会のホームページ

(http : //www.nichibenren.or.jp/activity/resolution/lac.html)。

11) 高橋理一郎⽛今なぜリーガル・アクセス・センターなのか(特集⚒ リーガ ル・アクセス・センターの今日的役割と課題)⽜自由と正義59巻⚑号(平成20 年)46頁。

(7)

平成28年の契約件数は2617万1407,取扱件数は⚓万4754となっている12)

⚓.欧州における権利保護保険の被保険者による弁護士選択の自由の 保障

⑴ 欧州における法規整

⚑)権利保護保険に関する EC 指令

欧州では,1987年⚖月に,⽛権利保護保険のための法規および行政規則の 調整に関する1987年⚖月22日付理事会指令(87/344/EWG)⽜(以下⽛EC 指 令⽜という。)13), 14)が採択されている。

権利保護保険は,同一の保険事業者が訴訟の原告と被告の両者を被保険者 とするケースや同一人が権利保護保険とその他の保険を同じ保険事業者と契 約しているケース等において,保険事業者内部における利益相反が起こり得 る特殊性を持っていることから,かつて,旧西ドイツにおいて,権利保護保 険事業につき,他の保険種類との兼営禁止(専業主義)が採用されていた。

西ドイツの専業主義は,この利益相反の排除という点で有効に機能していた が,その反面,他の加盟国の保険事業者が西ドイツに代理店や支店を設置す る際の大きな障壁となっていた。結局,利益相反の排除という結果を得るた めにこの専業主義を共同体全体に拡大することは他の保険種類との兼営を行 っている他の加盟国の保険事業者に分割を求めることになるため,その必要 はないとの結論に至り,西ドイツにおける専業主義を廃止するとともに,保

12) 日本弁護士連合会のホームページ・前掲注10)。

13) 他の保険関係の指令とともにソルベンシーⅡ枠組指令(2009/138/EEC)に 統合され,その第198条ないし第205条に同内容の規定が置かれている。

14) 条文の邦訳につき,社団法人日本損害保険協会業務開発室⽝EC 損害保険関 係指令集⽞(社団法人日本損害保険協会,平成⚖年)119頁参照。同書の邦訳は,

英語版テキストを原文としているものと思われるが,本稿における邦訳はドイ ツ語版テキストに基づいている。たとえば,同書における同指令⚔条⚑項 a 号 の翻訳として⽛審問又は訴訟手続⽜とあるのは,英文 “inquiry or proceed- ings” に基づいているものと思われるが,本稿では独文 „Gerichts- oder Verwaltungsverfahren” に基づき⽛裁判手続または行政手続⽜と訳している。

(8)

険事業者における利益相反を防ぐための措置を講じることを目的として,同 指令が採択されることとなった15)

この EC 指令は,14項の前文16)と12の条文とからなり,利益相反の禁止

(同指令⚓条)や保険者と被保険者との紛争解決のための仲裁機関等の設置

(同⚖条)などが規定されているほか,その第⚔条には,次のように,弁護 士選択の自由の保障が定められている。

15) 竹濵修監修・財団法人損害保険事業総合研究所研究部⽝EU 保険関係指令の 現状(解説編)⽞(損害保険総合研究所,平成18年)158頁。

16) 前文の第11項には,⽛権利保護保険の被保険者の利益は,被保険者が自ら加 盟国の法規により裁判手続および行政手続において認められた資格を有する弁 護士またはその他の者を選択し,そして利益相反が問題となる場合は常に自ら これらを選択することができることを前提とする。⽜とある。

第⚔条

⑴ あらゆる権利保護保険契約において,次のことが明示的に認められな ければならない。

a ) 裁判手続または行政手続において被保険者の弁護,代理またはその利 益の擁護のために,弁護士または国内法により相当する資格を持つその 他の者に依頼する場合,これらの弁護士またはその他の者の選択が被保 険者の自由に委ねられていること

b ) 利益相反が生じた場合,被保険者が,自己の利益を擁護する弁護士,

または,被保険者が選んだ場合は,国内法が許容する限り,その他の相 当する資格を持つ者を自由に選択できること

……

(9)

⚒)弁護士選択の自由に関する主な裁判例17) a.欧州司法裁判所2009年⚔月10日判決18), 19)

オーストリア最高裁判所の申立てに基づく EC 指令⚔条⚑項の解釈に関す る先決裁定である。被保険者を含む数千人が出資した会社が倒産し,多くの 被害者が生じた事件における破産手続等につき,被保険者が自ら選任した弁 護士の費用の填補を権利保護保険者が拒絶したため,被保険者がその填補義 務の確認を求めた事案。問題となった保険契約が依拠する保険約款には,複 数の保険契約者の法的利益が同一または同種の原因に基づくものである場合 に,保険給付を保険者が選任した訴訟代理人の費用に制限することができる 旨が定められていた。

欧州司法裁判所は,EC 指令⚔条⚑項は,同一事象の結果として多くの被 保険者が損害を被った場合であっても,当該被保険者の代理人を権利保護保 険者が自ら選任する権利を留保することを許容しないとの趣旨で解釈されな ければならない旨を判示した。

b.欧州司法裁判所2011年⚕月26日判決20)

オーストリア・インスブルック地方裁判所の申立てに基づく EC 指令⚔条

⚑項の解釈に関する先決裁定である。被保険者が,その住所から600km 離 れた地の裁判所に提起する訴訟につき,同住所地に事務所のある弁護士を自 ら選任したところ,権利保護保険者は裁判所の所在地の地域に居住する弁護 士が通常請求する費用に限って填補するとの見解を示したため,被保険者が 17) 本文に挙げた判例のほかに,より近時のものとして,EC 指令⚔条⚑項a号 における⽛行政手続⽜の意義につき判示した EuGH, Urteil vom 07.04.2016-C-5/

15=BeckRS 2016,80578およびEuGH, Urteil vom 07.04.2016-C-460/14=BeckRS 2016, 80576=EuZW 2016, 399=VersR 2016, 657がある。

18 ) EuGH (2. Kammer), Urteil vom 10. 9. 2009-C-199/08 ( Erhard Eschig/

UNIQA Sachversicherung-AG)=NJW 2010, 355.

19) 判決文の試訳につき,應本昌樹⽝権利保護保険 法的ファイナンスの規範論 序説⽞(成文堂,平成28年)279-286頁。

20) EuGH (4. Kammer), Urt. v. 26. 5. 2011-C-293/10 (Gebhard Stark/D. A. S.

Österreichische Allgemeine Rechtsschutzversicherung AG)=NJW 2011, 3077.

(10)

これを超える金額を主張して争った事案。オーストリアの保険契約法には,

保険契約に,保険契約者は裁判手続または行政手続における自己の代理につ き,職業上当事者を代理する権能を有する者であって,その事務所が追行す べき手続きの第一審を管轄する裁判所または行政官庁の所在地域にあるもの のみを選ぶことができる旨を定めることができるとの規定があり,当事者間 の保険契約が依拠する保険約款にも同旨の定めがあった。

欧州司法裁判所は,EC 指令⚔条⚑項は,次のような趣旨で解釈されなけ ればならない旨を判示した。すなわち,権利保護保険の被保険者が裁判手続 または行政手続における自己の代理につき,職業上当事者を代理する権能を 有する者であって,その事務所が第一審を管轄する裁判所または行政官庁の 所在地域にあるもののみを選ぶことができる旨の約定を許容する国内規定は 同条に抵触しない。ただし, 自己の代理につき委任する者を自由に選ぶ 保険契約者の権利が空洞化しないよう ,当該制限はもっぱら権利保護 保険者が代理人の活動に関連する費用を保障する範囲にかかわるものであり,

かつ当該保険者により実際に支払われる補償が十分である場合に限る。

c.欧州司法裁判所2013年11月⚗日判決21), 22)

オランダ最高裁判所の申立てに基づく EC 指令⚔条⚑項a号の解釈に関す る先決裁定である。被保険者が不当解雇に基づく損害賠償請求につき,自ら 選任した弁護士費用の負担を権利保護保険者に求めたところ,同保険者は訴 訟提起には同意するものの,保険契約上,被保険者が選任した弁護士の費用 は補償されないと表明したため,被保険者がその支払いを求めた事案。当該

21) EuGH (8. Kammer), Urteil vom 7. 11. 2013-C-442/12 (Jan Sneller/DAS Nederlandse Rechtsbijstand Verzekeringsmaatschappij NV)=NJW 2014, 373.

22) 本判決の評釈である Purnhagen, Anm. in NJW 2014, 373, 374. は,これらの 三つの判決から,次のことが導かれるとする。すなわち,弁護士選択の自由の 権利は,無条件かつ広範である。このことから生じる過度の費用リスクに対す る保険者の正当な利益は,弁護士の範囲を限定することによって守ることは許 されず,填補すべき費用を制限することによってのみこれを守ることが許され る。

(11)

保険契約には,事件は保険者の職員によって処理されるが,保険者が事件処 理を外部の法的代理人に委任する必要があると考える場合には,保険契約者 が自ら選択した弁護士を指名できる旨の定めがあった。

欧州司法裁判所は,EC 指令⚔条⚑項a号は,次のような趣旨で解釈され なければならない旨を判示した。すなわち,権利保護保険が,その保険契約 において,法的補佐(rechtlicher Beistand)は原則としてその職員によって 与えられる旨を定めたうえ,さらに保険契約者が自由に選択した弁護士また は法的代理人による法的補佐の費用につき,保険者が事件処理を外部の法的 代理人に委任することが必要であると考える場合に限り,これを負担するこ とができるとすることは同条に抵触する。この点に関して,国内法により当 該裁判手続または行政手続において法的補佐が規定されているか否かは,意 味を持たない。

⑵ ドイツにおける法規整

⚑)保険契約法

ドイツは,欧州の半分近くを占める世界最大の権利保護保険市場である23) 権利保護保険は,損害保険の範囲に含まれることから,保険契約法の規定の うち損害保険に適用されるものの一般的な適用があるほか24),第⚒編第⚒章

(第125条ないし第129条)25)に権利保護保険に関する特則がおかれている。

そのうち第127条は,保険契約者が弁護士選択の自由を有する旨を定める ものであり,次のように理解されている。すなわち,連邦弁護士法(BRAO)

23) RIAD, The Legal Protection Insurance Market in Europe (Key Data)(2013) (http : //riad - online.eu/fileadmin/documents/homepage/News _ and _ publications/Market_Data/RIAD-2013-Key_Data_EN.pdf).

24) van Bühren, in : van Bühren/Plote, Rechtsschutzversicherung, 3. Aufl. (C.H.

Beck, 2012), Einleitung Rdn. 10.

25) 条文の邦訳につき,新井修司=金岡京子共訳⽝ドイツ保険契約法(2008年⚑

月⚑日施行)⽞(日本損害保険協会=生命保険協会,平成20年)46-47頁参照。

(12)

に定める弁護士選択自由の原則(同法⚓条⚓項26))を権利保護保険の場合に も適用するものである。弁護士選択の自由には,憲法上の根拠がある。弁護 士と依頼者との間の信頼関係は,公益の面においても27),司法が有効に機能 するために弁護士に課された任務を果たす前提である。委任関係の基礎は,

権利保護を求める者の弁護士に対する個人的信頼関係であり,また,そうで なければならないことから,その選択の決定には,原則として,権利保護を 求める本人のみが関与できる28)。こうした理由から,権利保護保険者は,弁 護士を推薦することができるが,委任すべき弁護士の指名を留保することは できない29)

本条は,EC 指令⚔条に対応する。もっとも,同指令⚕条には,弁護士選 択の自由の例外となる一定の事由30)が定められているのに対し,本条には同 26) ⽛すべての人は,法律の規定の枠内で,あらゆる種類の法律事件において,

自ら選択した弁護士から助言を受ける権利および自ら選択した弁護士を裁判所,

仲裁裁判所または官庁における代理人とする権利を有する⽜。森勇訳⽛〔私訳〕

ドイツ⽛連邦弁護士法⽜(一) ドイツ弁護士制度関連規定邦訳(1) 獨協法学52号別冊(平成12年)⚕頁参照。

27) 弁護士の役割には,依頼者との関係および司法制度との関係という二方向が あるところ(ヤヌスの頭),後者のみならず,前者も公共の福祉の価値を有す るものと位置付けられる。すなわち,法治国家は,国家が市民のために正当な 権利を発見することができず,あるいは少なくともその評価を誤った場合にも,

弁護士の主張によりこれを正して市民のために正当な権利を発見することを目 指すものであるからである。そして,これらのいずれの方向においても,弁護 士がその役割を果たすには,信頼が前提となるのである。Busse in : Henssler/

Prütting, Bundesrechtsanwaltsordnung, 4. Aufl. (C. H. Beck, 2014), §2 Rdn.

39-40.

28) Busse, aaO. (Fn. 27), §3 Rdn. 28.

29) Busse, aaO. (Fn. 27), §3 Rdn. 29. なお,これに対し,損害賠償訴訟において,

保険契約者は訴訟追行を保険者に委ねなければならず,したがって,弁護士の 選択をも委ねなければならないとする自動車保険および責任保険の約款条項の 有効性について,連邦通常裁判所は,訴訟リスクを負うのは保険者であるとし て,こうした約款上の規律を適法であるとしている。BGH VersR 1991, 236.

30) 同条によれば,①当該加盟国の領土における道路車両の使用から生じる事故 のみに適用される保険であること,②道路車両との事故またはその故障の際に

(13)

様の例外規定は置かれていない。

また,弁護士選択の自由の範囲を裁判手続および行政手続に限定する EC 指令とは異なり,本条⚑項⚒文によれば,弁護士選択の自由は,裁判手続や 行政手続のみならず,その他の利益擁護にも及ぶとされていることから,保 険契約者は裁判外の紛争においても代理人を自ら選ぶことができる31)

さらに,同法129条によれば,本条は,片面的強行規定とされており,こ れを保険契約者の不利益に変更することはできない。

ドイツ保険協会による標準約款である権利保護保険普通約款(ARB 2010)

17条⚓項32)も,この弁護士選択の自由の原則を顧慮している。

⚒)弁護士選択の自由に関する判例

a.連邦通常裁判所1989年10月26日判決33), 34)

保険契約法に権利保護保険に係る特則が導入される前の判例である。弁護 士会が,賃借人協会に対し,加入規約の使用差止めを求めた事案である。同 規約は,会員資格を取得すると,自動的に団体保険の枠組みで住居権利保護 保険への加入することになる旨を定めるもので,保険事故の際に指名すべき 与えられる救援に関する契約と結び付けられた保険であること,③権利保護保 険者およびアシスタンス業者の双方が責任保険種目を対象としないこと,④双 方当事者が同一の保険者の権利保護保険に加入している場合に,同当事者間に 紛争があるときは,その法律相談および代理が完全に独立した弁護士によって なされることが保証されるような措置がとられていることの四つの条件のすべ てを満たす場合は,⚔条⚑項の適用を除外することができる。

31) Looschelders/Paffenholz, ARB (Carl Heymanns Verlag, 2014), Teil B., VVG

§127, Rdn. 11.

32) ⽛保険契約者は委任すべき弁護士を,保険者が第⚕条第⚑項a)およびb)に より報酬を負担する弁護士の中から選択することができる。次の場合には,保 険者が弁護士を選択する。

a) 保険契約者が求めた場合

b) 保険契約者が弁護士を指名せず,かつ保険者が弁護士への即時の委任が必要 であると思料する場合⽜と定める。

33) BGH, Urteil vom 26.1.1989-I ZR 242/87=BGHZ 109, 153=NJW 1990, 578 = r+s 1990, 126.

34) 判決文の試訳につき,應本昌樹・前掲注19)257-265頁。

(14)

弁護士を自ら選択する権利を,会員による弁護士の指名に拘束されることな く,協会に留保するものであった。連邦通常裁判所は,⽛弁護士選択の自由 の権利は,連邦弁護士法⚓条⚓項に規定されているとおり,個人にその個別 の保護のために,与えられたものである。権利保護を求める者の委任すべき 弁護士に対する人格的信頼が,委任関係の本質的な基礎となっていることに 鑑み,原則として,当該利益に関わる権利保護を求める者本人だけが,これ を行使することができる。同権利は,法秩序の重要な基礎に数えられる弁護 士自由の原則に密接な関連を有する…。本件の被告のような賃借人協会の会 員資格条件に基づいて,弁護士の選択が,もはや利益を守られるべき人に委 ねられず,その点で自らの権利を追及するのではない協会に移譲されるとす れば,その委任すべき弁護士への信頼は場合によっては本人の利益とは調和 しない考慮に基づくことになり,同権利は侵害される。その場合,…守るべ き利益の追求のための委任にとって重要な弁護士の人格および専門性の評価 への信頼は,考慮されていない。⽜などとして,当該規約は弁護士選択の自 由の権利(連邦弁護士法⚓条⚓項)を侵害すると判示した。

b.連邦通常裁判所2013年12月⚔日判決35)

弁護士会が,権利保護保険事業者に対し,保険事故の際に,保険者により 推薦される弁護士を選択すれば不利な無事故等級に引き下げられない(次年 度以降の自己負担額が増加しない)とする同事業者の権利保護保険普通約款 における条項の差止を求めた事案である。連邦通常裁判所は,保険者の弁護 士推薦に関する経済的誘因となる無事故等級制度は,弁護士選択の決定が保 険契約者に委ねられており,かつ不適法な物理的圧力の限界(die Grenze unzulässigen psychischen Drucks)を超えない場合は,弁護士選択の自由を 35) BGH, Urteil vom 4.12.2013-IV ZR 215/12=NJW 2014, 630 =r+s 2014, 68=

VersR 2014, 98. 原判決のバンベルク高等裁判所2012年⚖月20日判決(OLG Bamberg, r + s 2012, 386 = NJW 2012, 228)につき,應本昌樹⽛権利保護保険 における弁護士選択の自由に関する一考察 バンベルク高等裁判所2012年

⚖月20日判決を題材として ⽜損害保険研究75巻⚒号(平成25年)105-126 頁参照。

(15)

定める保険法127条,129条および連邦弁護士法⚓条⚓項に反しない旨を判示 して,本判決を取り消して控訴を棄却し,同制度を違法性の主張する弁護士 会の請求を退けた。

⚔.わが国の弁護士費用特約における弁護士選任に関する実務慣行の 適否

⑴ 被保険者による弁護士選任の自由を制約し得る条項の有効性36)

⚑)問題の所在

欧州諸国など37)とは異なり,わが国の保険法には,権利保護保険における 弁護士選任に対する規律に関し明文の規定を欠くところ,弁護士費用特約に おける被保険者による弁護士選任の自由を制約し得る条項として次のような ものがある(いずれも傍点は筆者による)。

① 保険給付の対象となる損害につき⽛当支出した損害賠 36) 以下,私見につき,應本昌樹・前掲注19)186-190頁に示したところを概ね維 持しているが,その後の文献や裁判例の動向を踏まえた若干の見直しを加えて いる。

37) 米国の前払いリーガル・サービス・プランにおいても,たとえばニューヨー ク州保険法1116条 b 項⚔号には,次のような加入者による弁護士選択の自由 を保障する規定が置かれている。NY CLS Ins §1116 ⒝⑷(2011).

⽛第1116条 前払いリーガル・サービス・プランおよびリーガル・サービス保

……

⒝ 監督官は,前払いリーガル・サービス・プランが次の基準のいずれをも満たす 場合,本章第23節の規定に従って,当該プランに関連する契約の発行を許可す ることができる。

……

⑷ 受益者による弁護士の選択を制限しないこと。ただし,プランに参加していな い弁護士に対するプランによる報酬は,該当契約に定められた給付表(sched- ule of benefits)および料金体系による。さらに,本条のいかなる規定も,プ ランに参加していない弁護士が,提供した役務に対し,該当契約に定められた 給付表および料金体系を超える料金を請求することを禁ずるものと解してはな らない。⽜

(16)

償請求費用を負担することにより被る損害⽜と定める条項

② 保険金支払いの対象となる損害賠償請求費用を⽛あ …に対する弁護士報酬…⽜に 限る条項

この種の条項は,必要性や相当性を欠く保険給付を抑制し,さらには保険 給付を利用して行われる法役務の質を確保しようという目的に出たものと思 われるが,他面で,被保険者の弁護士選択の自由に対する制約となり得るも のであるところ,このような条項の有効性を認めてよいのであろうか。

⚒)検 討

これらの条項を文字どおり解すれば,保険者は同意あるいは承認をしない ことにより,いかなるときも保険責任を免れ得ることになり明らかに不当で あるから,これらの条項に無制限の有効性を認めることができないことは明 らかである。問題は,被保険者による弁護士選択の自由との関係で,いかな る範囲で有効性を認めることができるかである38), 39)

まず,このような同意または承認を保険給付の要件として留保する必要性 がどの程度あるのか。弁護士費用特約における保険者の義務は,保険金支払 いの義務に尽きるのであるから,法的にみて保険者の正当な関心は保険金の 支払いに関係する範囲に限られる。保険金を合理的な範囲に抑制するために

38) これに対し,保険者の裁量権を認めて,こうした条項の有効性を肯定したう えで,不当性の排除については裁量権濫用の問題とする見解がある。文献とし て LAC 研究会編⽝権利保護保険のすべて⽞(商事法務,平成29年)28-31頁,

裁判例として東京高判平成27年⚒月⚕日ウエストロー・ジャパン文献番号2015 WLJPCA02056003など。しかし,約款条項の含意を十分吟味することなく,そ の有効性を肯定し,保険者の裁量権を認める見解には首肯しがたい。

39) 他方,長野地裁諏訪支判平成27年11月⚕日自保ジ1965号163頁は,同条項を 限定解釈し,保険者の裁量に保険金支払いを適正妥当な範囲に限るためという 限定を施したうえで,有効性を認めたものと解する余地がある(なお,結論と しては裁量の逸脱はなかったとしている)。後藤元⽛判批⽜損害保険研究79巻

⚑号(平成29年)217-219頁。同条項の有効性に一定の留保を置く点では,肯 定的に評価できる。

(17)

は保険金支払いを必要かつ相当な範囲に限れば足りる。確かに迅速円滑な保 険金支払いの点からは事前に保険者が請求内容を知っておくことが有益では あり,また,保険金の支払いが確実であれば被保険者は費用の心配なく弁護 士との委任関係に入ることができるとはいえ,必ずしも保険金支払いの要件 とまでしなければならないわけではない。さらに,法役務給付の質の問題は,

結局のところ処理の結果の帰属する依頼者である被保険者が自らの責任にお いて判断するべき問題であり,保険者は弁護士選任について責任を負うべき 地位にもない40)のであって,同意や承認を要するとするのは余計な干渉にほ かならない。これらのことからすれば,そもそも保険給付の要件としてまで 同意や承認を留保する必要性は低いといわざるを得ない。

次に,弁護士の職務ないし弁護士・依頼者関係の性質上,依頼者の弁護士 選任に対する保険者による干渉や制約がどの程度許容されるのか。思うに,

弁護士の職務は,一面において,依頼者の権利保護という他者の干渉を許さ ない重大利益にかかわるとともに,他面において,社会正義の実現を果たす 公的な責務を負うものであって(弁護士法⚑条⚑項),しかも,その性質上 法律専門家としての微妙な専門的判断を要するものであるから,弁護士の独 立性は十分に確保されなければならない(弁護士職務基本規程⚒条)。した がって,弁護士の選任は,権利の帰属する依頼者自身によってなされるべき であり,これに対する他者の干渉は可及的に排除されなければならない。そ して,そうであるがゆえに,法は弁護士の選任につき,刑事罰をも用意して,

特に営利的第三者の関与を厳しく制限しているのである(弁護士法72条本文 後段,77条⚓号)。

40) この点は,約款上保険者の任務として⽛被保険者の法的利益の擁護のために 必要な給付を行う⽜ことが明示され(ARB ⚑条),保険給付の範囲に⽛法的利 益の擁護のために役務給付を提供および仲介する⽜(ARB ⚕条⚑項)ことが含 まれるドイツの権利保護保険や,プランに加入者に対する信認義務を課すエリ サ法の適用のある米国の前払いリーガル・サービス・プランなどのように,保 険者による弁護士選任の責任を問う手がかりのある諸外国の状況とは大いに異 なるところである。

(18)

また,守秘義務(弁護士法23条,弁護士職務基本規程23条)に典型的に現 れるように,依頼者が弁護士を信頼し,プライバシーにかかわる機微な情報 を含めて,すべての情報を提供しなければ,適切な事件処理は望むべくもな 41)。弁護士と依頼者との間の訴訟追行,債権取立て,法的助言の供与等を 内容とする契約は,通常,委任ないし準委任と解されている42)。委任は,統 一的労務を目的とした他人の特殊な知識,経験,才能を目的とした知能的な 高級労務を利用する関係で,受任者の自主的裁量に任される範囲が広い点に 特徴がある43)。そのため,委任は相手方受任者の人格・識見・知能・技量等 を信頼する精神的要素を中核とする44), 45)。弁護士委任契約は,こうした委任 契約本来の特色を強く帯有するとされる46)。しかし,これは,高度な専門的 判断を要する弁護士の職務の性質のみに由来するのではない47)。依頼者が弁 41) 森際康友編⽝法曹の倫理〔2.1版〕⽞(名古屋大学出版会,平成27年)40頁。

42) 加藤新太郎⽝弁護士役割論〔新版〕⽞(弘文堂,平成12年)69頁。

43) 幾代通=広中俊雄編⽝新版 注釈民法⒃⽞(有斐閣,平成元年)206頁〔明石 三郎〕,我妻榮⽝債権各論 中巻二⽞(岩波書店,昭和37年)652-653頁。

44) 幾代=広中編・前掲注43)220頁〔中川高男〕,中川高男⽛受任者の善管注意 義務⽜契約法大系刊行委員会編⽝契約法大系Ⅳ(雇用・請負・委任)⽞(有斐閣,

昭和38年)267頁。

45) この点につき,棚瀬孝雄⽛弁護士活動の理念と弁護士の自治⽜日本弁護士連 合会編⽝21世紀弁護士論⽞(有斐閣,平成12年)225頁は,⽛法の援用を仕事と する弁護士のその業務の中心に,法的な関係には還元できない人的な信頼があ るということは,それ自体法の機能を考える上で意味深長なことである⽜と指 摘する。

46) 加藤・前掲注42)69頁。

47) 東京地判昭和62年⚖月18日判時1285号78頁は,⽛紛争の解決を目的とする弁 護士との委任関係は,弁護士の専門的知識,経験,技量のみならずこれを紛争 解決に生かすその人格,識見に対する信頼を基礎として成り立つものであり,

紛争の解決…に当たっては,その事務の性質上しばしば依頼者と相手方間の感 情的,非合理的な葛藤が紛争解決過程に反映されざるを得ないものであるから,

依頼者との平素の人間的な信頼関係に基づくその心情理解,説得が重要である ことはいうまでもない…。そして,依頼者は事件について最も強い利害関心を 有する者であると同時に,多くの場合法律的専門知識を持ち合わせていない者 であるのみならず,自己の利益のみを主張し,自己の見解ないし信念に固執し,

(19)

護士を信頼し,事務処理が弁護士の十分な自主的裁量に委ねられてこそ,弁 護士は依頼者からも自由かつ独立した職務遂行(弁護士職務基本規程20条)

が可能となる。そうして初めて弁護士が,⽛当事者の代理人としての役割⽜

のみならず⽛公益的役割⽜をも含む二つの役割48)を果たすことができるので ある。すなわち,依頼者・弁護士間の高度な信頼関係は,弁護士制度の存立 基盤であって,その確保は,依頼者の私益のみならず,司法制度上の公益的 要請でもある。そうした信頼関係確保の点からも,依頼者自らによる弁護士 選任を尊重しなければならない。したがって,権利保護保険を用いる場合の 弁護士の委任において,依頼者たる被保険者の弁護士選任の自由は,広い範 囲で保護されるべき高い規範的価値を有し,これに対する保険者の干渉ない し制約の許容される範囲は狭いというべきである。

さらに,保険者と被保険者と間の利益関係にも注目する必要がある。この 点,法的にみれば,保険者と被保険者とは,一般的に,保険給付を巡っては 対立関係にあることに加え,弁護士費用特約においては,特に利益相反状況 が生じやすい49)。すなわち,たとえば時間制報酬(タイムチャージ)の支払 受任者である弁護士の専門的知見に基づく説得にも容易に納得せず,あるいは 弁護士に過大の注文をつけることがあることは,世上往々にして見られるとこ ろである。依頼者のこのような態度が法律的ないし客観的合理性の見地からは 合理性を欠くものであるとしても,多くの場合依頼者自身は真剣かつ悪意等は ないのであるから,弁護士としては,かかる依頼者の紛争解決を受任している 限り,多大の困難と負担を伴うにせよ,その力量と人格のすべてをかけて可能 な限りその意向を汲みとり,あるいは説得しつつ法律的客観的合理性の見地か ら依頼者の正当な利益を最大限に擁護しこれを実現してゆく職責があり,また このようにしてこそ右のような特殊な紛争,特殊な依頼者の場合にあってもそ の信頼関係が維持されるものというべきである⽜と判示する。

48) 加藤・前掲注42)⚕-⚖頁。

49) 小原健⽛特集権利保護保険 期待と課題 第13回(最終回)これからの権利 保護保険⽜保険毎日新聞平成27年⚘月24日⚖面は,⽛…裁判の結果について,

最もリスクを負担しているのは被保険者である。弁護士報酬を填補する保険で は,保険会社は被保険者が訴訟に負ければ保険金を払わなくて済むし,裁判に 勝ってしまうと保険金の支払いを強いられる。弁護士の経験や技量によって訴 訟の結果が変わるという前提を取れば,より優れた弁護士に委任すれば被保険

(20)

いにおいて,被保険者は法役務の依頼者として,自らの権利追及のため弁護 士の最大限の労力の投入を望むのに対し,保険者は逆に弁護士の労力の投入 により時間制報酬が膨らみ,保険金の支払いの増大によりその義務が増大す る関係にある。また,着手金・報酬金方式における報酬金の支払いにおいて は,弁護士が成果を上げれば,被保険者は自らの権利の価値を増大させるこ とができるのに対し,保険者は報酬金の負担により義務が増大する。こうし た状況が生じ得ることを前提とすれば,いかなる弁護士を選任すべきである かという点に関して,保険者と被保険者との間で経済的利益が相反する面が ある50)。したがって,この点から見ても,弁護士の選任に保険者の関与を許 容することは望ましくない。この点は,故意免責などの免責事由や填補限度 額の超過などが問題とならない限り,保険者自らが係争結果に対する経済的 リスクを負い,基本的に保険者と被保険者との利益方向が一致する責任保険 における防御給付とは利益状況がまったく異なり,これと同列に論じること

者は得をするし,保険会社は損をする。つまり,被保険者と保険会社は,弁護 士の選任をめぐって利害相反する立場に立つ。もちろん,よい弁護士を紹介で きない保険会社は,顧客の評判を落とすから,長い目で見て保険会社の利益に もならない。ただ,弁護士選任をめぐる利害状況は,シビアに見ておく必要が ある。⽜と述べる。

50) さらに,弁護士にとっての利益相反も問題となり得るが,私見では形式的に は利益相反にあたるとまではいえないものの,事実上,依頼者の利益が損なわ れるおそれがないとはいえず,その点で保険者が関与する弁護士の選任は望ま しいとはいえない。すなわち,弁護士の依頼者はあくまで被保険者であって,

保険者は依頼者ではないから,依頼者の利益と他の依頼者の利益とが相反する 状況にあるわけではない(弁護士職務規基本規程28条⚓項)。弁護士・依頼者 間の委任関係における弁護士の経済的利益は,形式的には報酬請求権にあり,

着手金・報酬金報酬における報酬金であれ,時間制報酬であれ,最大限の労力 を投入する方向で依頼者と一致しているといえ,依頼者の利益と自己の経済的 利益とが相反するともいえない(同条⚔項)。しかし,事実上,弁護士が保険 者からの今後の仕事を増やして自己の経済的利益を増大させようという企図の もと,被保険者の利益を犠牲にして保険者の利益を優先させる誘因の存在を否 定しきることはできないと思われる。

(21)

はできない点に留意すべきである51)

⚓)結 論

以上の考察から,これらの条項は,弁護士の選任との関係では,同意ない し承認を保険金支払いの要件とする必要性は低い一方で,被保険者による弁 護士選択の自由を制約することによる弊害は大きく,その有効性を許容すべ き余地は極めて狭いといわなければならない。保険給付の対象となる損害に つき⽛当支出した損害賠償請求費用を負担することにより被 る損害⽜と定める条項は,少なくとも弁護士選任との関係では,これを保険 給付請求の際の手続準則を定めたものに過ぎず,保険者は弁護士の選択を基 準に同意を拒むことはできないことはもとより,被保険者が自ら選任した弁 護士に対する弁護士報酬の適正・妥当性を証明する限り,保険者は同意がな いことを理由として保険給付を拒むことはできないものと解すべきであ

52), 53)。こうした解釈は,損害発生時の通知義務を極めて限定的に解釈し,

51) 他方で,権利保護保険を用いて損害賠償請求をする場合,自ら請求額を決め ることができるため,相手方によって定められた金額の請求を受ける責任保険 の場合よりも,経済的利益が過大に見積もられ,着手金が膨らむ危険が大きく なる面があることも確かであろう。大井暁⽛弁護士費用等補償特約の検討⽜保 険学雑誌629号(平成27年)160頁,後藤・前掲注39)212頁。

52) 弁護士賠償責任保険の争訟費用の填補請求に関する裁判例として,大阪地判 平成⚕年⚘月30日判時1493・134があり,弁護士報酬の支出の事前承認を求め る約款条項につき,⽛被保険者が前記の適正妥当な争訟費用を支出したと判定 できるときには(なお,後記のとおり,被告は右判定につき裁量権を有する。),

保険者たる被告は,同約款第二条第一項第四号所定の承認がないからとの理由 で右争訟費用の支払を拒むことはできないと解するのが相当である⽜と判示す る。同判決を巡る議論の状況につき,大井暁・前掲注51)158-161頁参照。評釈 として,金光良美⽛判批⽜損害保険判例百選〔第⚒版〕(平成⚘年)146頁,落 合誠一・ジュリスト1098号(平成⚘年)133頁,李芝妍・東洋法学53巻⚒号(平 成21年)149頁,山下典孝・保険法判例百選(平成22年)102頁など。なお,同 判示に対し,澤本百合⽛責任保険における防御費用のてん補⽜保険学雑誌624 号(平成26年)216頁は,⽛客観的に適正妥当な争訟費用の範囲を画することが 容易ではない中で保険者の事前承認要件を事実上無意味とする解釈には疑問が 残る⽜とするが,そうかといって,承認権の行使を保険者の自由裁量とするこ

(22)

実質的に無効化してきた不当条項規制に対する最高裁判例の態度54)にも整合 する。さらに,近時現れた保険金支払いの対象となる損害賠償請求費用を

⽛あ…に対する 弁護士報酬…⽜に限る条項は,弁護士の選任への直接的関与を規定するもの であって,その不当性は大きく,保険者に弁護士への委任に関する無限定の 承認権を留保する規定を置くことにより,この条項の存在そのものが,被保 険者が自ら適格な弁護士を選任する意欲を減退させ,不当に裁判を受ける権 利(憲法32条)55)を損なうおそれがあり,全体として公序良俗に反し無効

(民法90条)というべきである。

とはできないであろうし,それでは一体何を基準に不承認として保険給付を拒 絶するのか不明のままである。

53) この点,長野地裁諏訪支判・前掲注39)は,⽛被告は同意していない本件着手 金等について保険金の支払義務を負うものではない⽜として,原告の保険金請 求を全部棄却しているが,適正妥当性の証明があった範囲では一部認容すべき であり,当事者の立証活動によれば結論としては正当であったかもしれないが,

保険者の同意がなかったことをもって直ちに全部棄却を結論付けている点で,

少なくとも理由付けとしては不十分であろう。後藤・前掲注39)参照。

54) 山下・前掲注1)126頁,416頁。最ニ小判昭和62年⚒月20日民集41-1-159。

55) 佐藤幸治⽛⽝法の支配⽞と正義へのアクセス⽜判例タイムズ1143号(平成16 年)61-68頁は,司法制度改革意見書が⽛これらの諸々の改革の根底に共通し て流れているのは,国民一人ひとりが,統治客体意識から脱却し,自律的でか つ社会的責任を負った統治主体として,互いに協力しながら自由で公正な社会 の構築に参画し,この国に豊かな創造性とエネルギーを取り戻そうとする志で あろう⽜と述べていることを踏まえて,裁判を受ける権利につき,⽛“法原理の フォーラム”における正義の実現に能動的に与っていく権利であって,自律 的・能動的に活動する国民像を措定している⽜とする。この点からみても,依 頼者である権利保護保険の被保険者が自ら弁護士を選任して権利の追及にあた ることを慫慂することこそが,その裁判を受ける権利を実質化し,ひいては法 の支配の貫徹する社会を実現することに資するといえるのではなかろうか。な お,田中成明⽛⽝法の支配⽞論議からみた司法制度改革⽜佐藤幸治先生古稀記 念論文集〔上巻〕⽝国民主権と法の支配⽞(成文堂,平成20年)443-474頁も参 照。

(23)

⑵ 保険会社による弁護士紹介の弁護士法72条適合性56)

⚑)はじめに

わが国の権利保護保険の近年の普及拡大を受けて,これを利用した場合の 弁護士の業務の在り方や裁判実務への影響についての関心が高まっている57), 58)

殊に,弁護士の選任は,委任事務の出発点となり,その後の事件処理の在 り方をも規定する重要な問題である。依頼者および弁護士がこれに大きな関 心を持つのは当然であるが,保険会社等も顧客の満足度向上や支払保険金抑 制などの点から関心を持っている。日弁連 LAC においても,協定保険会社 等のクレームを契機にプロジェクト・チームが立ち上げられ,信頼される弁 護士紹介体制の構築についての検討が行われてきた59), 60)。そこで,弁護士選 任に対する保険会社等の関与の在り方に関し,弁護士法72条の適用面からの 検討を行う。

⚒)権利保護保険における弁護士選任の現状

いずれの保険会社等においても,被保険者が自ら弁護士を選択することは 原則として排除されておらず,約款上,弁護士費用の支出に保険会社等の同 56) 以下,私見につき,應本昌樹・前掲注19)192-198頁に示したところを概ね 維持しているが,その後の文献や裁判例の動向を踏まえた若干の見直しを加え ている。

57) 読売新聞平成26年10月25日朝刊39面,日本経済新聞平成27年⚕月23日朝刊⚒

面,読売新聞平成28年⚔月14日朝刊,山梨日日新聞平成28年⚕月30日朝刊21面,

東京新聞平成28年⚘月29日夕刊⚒面,産経新聞(大阪)平成28年⚘月29日夕刊

⚒面などを参照。

58) 平成28年10月29日に行われた日本保険学会大会シンポジウム⽛民事司法利用 のための保険制度の役割⽜においても,権利保護保険に関する問題が多く取り 上げられている。保険学雑誌636号⚑-118頁。

59) 日本弁護士連合会⽝第19回弁護士業務改革シンポジウム基調報告書⽞(平成 27年)270頁。

60) その検討を経て,平成29年⚖月現在,すべての弁護士会において,紹介すべ き弁護士の要件を定めた弁護士紹介名簿に関する規則が定められるに至ってい る。弁護士紹介名簿の登録要件としては,弁護士登録年数(経験年数),日弁 連 LAC が指定する一定の研修の受講,懲戒処分履歴などが挙げられる。LAC 研究会・前掲注38)75頁。

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