はじめに
ア ル ツ ハ イ マ ー 型 認 知 症(Alzheimer’s dis-ease:AD)の治療薬として臨床上使用されてい るのはコリンエステラーゼ阻害薬とNMDA受容 体拮抗薬のみで,根本治療薬となる病態修飾薬 (Disease-modifying drug)の臨床試験が未だに 行われている状況にある. 本稿では,アミロイドベータ,タウ蛋白,脳 の慢性炎症状態に対する病態修飾薬について考 察する.1.抗Aβ療法
1)セクレターゼ阻害薬 セクレターゼにより,アミロイド前駆蛋白か ら切断されてアミロイドベータ(Aβ)蛋白が産 生されるステップを阻害する薬剤で,γ―セクレ ターゼ阻害薬とβ―セクレターゼ阻害薬が考案 さ れ た.γ― セ ク レ タ ー ゼ 阻 害 薬 と し て LY450139,MK0752,E2012 等が開発された. 特にsemagacestatのphase III臨床試験が行われ たが,認知機能が逆に悪化し,皮膚癌発症の危 険性が高いため,中止となった.Avagacestatは 脳微小出血,用量依存性の尿糖,皮膚癌等の重 大な副作用が出現し,中止された. β―セクレターゼ阻害薬(BACE1(beta secretase cleaving enzyme)阻害薬)は,ADの治療薬とし て期待が高まっている.第一世代のBI 1181181 (VTP-37948)は,経口では生物学的活性が低 く,血液脳関門での通過が低いため中止され, 第二世代のRG7129,LY2811376,LY2886721 等は,肝機能障害を引き起こす肝毒性が見つか り開発中止となった.第三世代のsmall-molecule BACE 1 阻害薬が開発され(E2609,AZD3293, CNP520,JNJ-54861911,verubecestat),現在, 臨床試験が行われている. また,抗BACE 1抗体が開発され,血清と脳の Aβ蛋白が減少することが報告された.さらに 佐賀大学内科学講座神経内科部門114th Scientific Meeting of the Japanese Society of Internal Medicine:Educational Lecture:13. Disease modifying therapies and care of
Alzhei-mer’s disease.
Hideo Hara:Division of Neurology, Department of Internal Medicine, Saga University Faculty of Medicine, Japan. 本講演は,平成29年4月15日(土)東京都・東京国際フォーラムにて行われた.
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教育講演
アルツハイマー型認知症の
最新の治療とケア
原 英夫 Key words アミロイドベータ,免疫療法,慢性炎症,タウ蛋白は,β―セクレターゼのアミロイドβ前駆体蛋白 質(amyloid-beta precursor protein:APP)切断 部位を標的とした抗APP抗体はBACE活性を阻 害することなく,選択的にBACE-APP複合体に結 合し,Aβ産生を阻害する作用が報告された. 2)免疫療法 Alzheimer病 の 免 疫 療 法(Aβワ ク チ ン 療 法) は,抗Aβ抗体によりAβを除去しようとする治療 法で,アジュバントとともに,Aβペプチドで免 疫 し, 抗 体 産 生 を 誘 導 す る 能 動 免 疫(active immunization)と,Aβに対する抗体を直接静脈 投与する受動免疫(passive immunization)に大 きく分けられる. 抗体によるAβ除去の機序として,現在,3 つ の説がある1).1つ目は,分泌されたAβや老人斑 のなかの凝集したAβに抗体が結合し,Fcレセプ ターを介してミクログリアが貪食・除去する 説,2つ目は,凝集・不溶化したAβを可溶化し, アミロイド沈着を減少させるという説.3 つ目 は,末梢血においてAβを減少させることによ り,脳組織から髄液を経由してAβを末梢血中に 引き出すというperipheral sink仮説である. (1)能動免疫(active immunization) ADに対するワクチン療法は,Schenkら2)が, 前凝集Aβ ペプチドをアジュバントと共にAlz-heimer病動物モデルマウスに筋肉投与し,脳ア ミロイド沈着が減少したという報告が最初であ る.2001年に始まったAN1792 phase II trialで, 6%(300 名中 18 名)の患者に髄膜脳炎の副作 用が起こり,死亡例も報告され,治験は2002年 1月に中止された.その後,Th1型CD4 T細胞を 活性化しないようなアジュバントが工夫され, それにより,髄膜脳炎の副作用が起こらない能 動免疫による臨床試験が行われている. (2)受動免疫(passive immunization) 多くの研究所・大学からpassive immunization の有効性が報告されており,bapineuzumab及び LY2062430,RN1219等の臨床試験が行われた. 特にbapineuzumabを用いたphase II臨床試験で は,AD患者全体の認知機能改善は有意ではな かったが,ApoE ε4 非キャリアにおいては部分 的な効果が認められ,phase III臨床試験が行わ れた.一方,副作用としては 10%の患者にMRI (magnetic resonance imaging)上,血管性浮腫 が 認 め ら れ て い る(amyloid-related imaging abnormalities:ARIAs).これには種々の症候(頭 痛,嘔吐,せん妄,歩行障害)を伴い,可逆性 であった.Bapineuzumabのphase III臨床試験は 2012 年 8 月に中止となった.臨床評価では, ADAS-cog(Alzheimer’s Disease Assessment Scale-cognitive subscale),DAD(Disability Assess-ment for DeAssess-mentia)はコントロール群と差がな かったが,バイオマーカーは改善しており,脳 に沈着したAβの除去は認められ,髄液中のリン 酸化タウ(p-tau)量は減少していた.副作用と しては,血管性浮腫,出血,痙攣発作出現例が 報告されている.問題点として介入時期の問題 があり,投与時期が遅いことが指摘されてい る.さらに,診断基準の問題でAlzheimer病を対 象としてあるが,ApoE4非キャリアでは,36.1% の症例においてアミロイドPET(positron emis-sion tomography)でAβの蓄積が認められず,
ApoE4 carrierでも 6.5%の症例にAβの蓄積がな
かった.
Solanezumab Study Group3)は,Aβ単量体の可
用性の中間ドメインAβ16-24に結合する抗体で, peripheral sink仮説に基づくAβの減少作用があ る.EXPEDITION1及びEXPEDITION2で軽度~中 等度のADを対象とした試験では,主要評価項目 を達成できなかった.軽度AD患者に対して有効 である可能性が示唆されたが,Aβ蓄積も有意な 変化は認められず,phase III試験は中止となった. 現在,Dominantly Inherited Alzheimer Network (DIAN)試験,Anti-Amyloid Treatment in Asymp-tomatic Alzheimer’s Disease(A4)において臨床 試験中である.
し,Oligomer,fibrils,plaque等凝集したAβに高 親和性を示すヒトIgG4抗体であり,ミクログリ アの貪食の促進や炎症性サイトカイン抑制する 作用がある.血管性浮腫を起こさず,老人斑を 減少する特徴もあり,phase II試験中である. Gantenerumabは,ヒト抗Aβ IgG1 抗体でN末 Aβ3-12と中間ドメインAβ18-27両方を認識する.Aβ monomer,oligomerや分解したfibrilsに結合し, ミクログリアの走化性とAβ貪食を促進する特
徴がある.Phase III(AD),Phase II/III(認知症 予防)試験が行われている.
Aducanumab4)は,健常老人の血液から作られ
たリバース・トランスレーショナル・メディシ ン(reverse translational medicine)ヒト型IgG1 抗体(自然抗体)で,Aβ oligomer,Aβ42 fibrils, plaque等,多くの形態に親和性を示す.Amyloid PET陽性の軽度認知障害(mild cognitive impair-ment:MCI),軽度AD患者を対象に1年間投与し た結果,可溶性・不溶性のAβ減少が用量依存性 に見られ,高次脳機能障害の進行も抑制した. 副 作 用 と し て, 高 用 量 投 与 し た 群 とApoE ε4 carrierにARIAsが認められた.現在,phase III試 験が行われている. 2011 年には米国国立老化研究所/アルツハイ マー病協会による新たな診断基準と共に,MCI, さらにpreclinical ADの診断基準が提唱されてい る.そして,新たな臨床試験は,MCI/発症前段 階で抗Aβ療法を開始する試みが始まっている.
Alzheimer’s Disease Cooperative Study(ADCS) のA4 trialでは,アミロイドPET陽性であるが, 未発症の 70 歳以上の高齢者を対象とした二重 盲検プラセボ比較試験を行っている.Alzhei-mer’s Prevention Initiative(API)では,コロン ビアの家族性ADの血縁者 324 名を対象とした crenezumabを用いた抗アミロイド療法の発症 予防効果について,二重盲検プラセボ比較試験 を開始した.また,API APOE4 Trial(API APOE4) では,60~75 歳の健康な高齢者でAPOE4 アレ ルのホモ接合体を有する 1,340 人を対象とした
Aβワクチン(CAD106),BACE阻害薬(CNP520)
による介入研究が行われている.
DIANでは,early onset Alzheimer家系の240名 に 対 し て,crenezumab,gantenerumab, Ly2886721(BACE阻害薬)の治療効果をプラセ ボと比較試験を行っている. このように,抗体によってAβの認識部位(N 末,中間ドメイン,C末)やAβ の分子種(mono-mer,oligomer,fibrils,protofibrils,plaque)に よる親和性が異なる.治療に最適な抗体はどれ なのか,臨床試験の結果を詳細に解析する必要 がある. Aβ蛋白の沈着や老人斑の形成は,preclinical AD~MCIの時期に進行している.ADと診断され た時期では,既に脳神経細胞の萎縮・脱落が起 きており,この時期にワクチン療法を行って も,高次脳機能の十分な改善は期待できない. 治療開始時期(投与時期)をいつにするか,バ イオマーカー,例えば画像診断(amyloid-PET, tau-PET,SPECT(single photon emission com-puted tomography)) や 髄 液 中 のAβ42,p-tau/ total tau比等を用いた診断基準の作成が必要で ある.現在,AMED(Japan Agency for Medical Research and Development)の「プレクリニカ ル期におけるアルツハイマー病に対する客観的 画像診断・評価法の確立を目指す臨床研究」が 行われており,その結果が待たれる.
2.抗タウ療法
タウ蛋白の凝集による神経原線維変化(neu-rofibrillary tangle:NFT)は神経細胞内に認めら れるが,tau propagation theory5)が提唱されて おり,変性したneuronから隣接したneuronへ, またはシナプスを介してNFTが広がっていくと されている.また,動物実験では,細胞外のフ リーなタウ蛋白に対して抗体がタウ蛋白を減少 させ,病理学的な改善も報告されている. 抗タウ療法として,tau凝集を阻害し,抗酸化作用,ミトコンドリア活性化作用を有するmeth-ylthioninium chloride(Rember TM)を内服する phase II試験では,81%の患者で認知症進行を 抑制したが,phase III試験ではその効果は認め られなかった.現在は,軽度~中等度AD患者 300 名を対象とした改良型のLMTXのphase III 試験が行われている. タウ蛋白に対する免疫療法としてもアジュバ ントと共に患者において免疫することで,患者 体内で抗体が産生される能動免疫とタウ(リン 酸化タウ)に対する抗体を直接投与する受動免 疫の臨床試験が行われている. 能動免疫では,tau294-305ペプチドを免疫す るAADvac-1 のphase I試 験 を 終 了 し て い る6). 29/30名にIgG抗体産生を認め,髄膜脳炎の副作 用 は 起 こ っ て い な い. リ ン 酸 化tauペ プ チ ド (Tau393-408;pSer 396/pSer404)を免疫する ACI-35 のphase I試験も行われている.これは liposome-based vaccinesで効率的に抗体産生が 誘導される.受動免疫では,C2N8E12(phase I/II),RO7105705(phase I)等の抗体投与が行 われている.
3.脳の慢性炎症状態
ADの脳におけるグリア細胞,特にアストロサイ トやミクログリアの役割はさまざまで,nepri-lysin,IDE(insulin-degrading enzyme),angioten-sin-converting enzyme,ACE等の分解酵素を産生 したり炎症性サイトカインを分泌したりする. また,細胞外へchaperones(α2-macroglobulin, apolipoprotein,α1-antichymotrypsin) を 放 出 し,Aβを血流へ運び出す働きやAβを貪食・除去 もしている. ADの脳では,慢性の炎症状態が持続してい る.Protofibril Aβはアストロサイトやミクログ リアを刺激し,これらの細胞から炎症性サイト カイン(IL(interleukin)-1,IL-6 等)が分泌さ れ,補体の活性化,iNOS(inducible nitric oxidesynthase)発現増加,COX-2(cyclooxygenase 1) 発現増加等が引き起こされ,神経細胞にダメー ジ を 与 え て い る. 非 ス テ ロ イ ド 性 抗 炎 症 薬 (non-steroidal anti-inflammatory drugs: NSAIDs)の有効性が報告されていたが,機序と してCOX-2 阻害による抗炎症作用と共にγ―セク レターゼ調節作用があると考えられている.特 にflurbiprofenは神経細胞によるAβ 42 の産生を 抑 制 す る 効 果 が あ っ た が,Flurizonの 開 発 は phase III臨床試験で中止となった.Tarenflurbil を 用 い た, 軽 度 ~ 中 等 度 のADを 対 象 と し た phase II臨床試験では,特に副作用もなく,高次 脳機能の改善が認められ,phase III臨床試験が 行われたが,脳への移行率が低く,十分な効果 が 得 ら れ な か っ た.Advanced glycation end productsがミクログリア膜上のRAGE(receptor for advanced glycation end product)に結合し, ミクログリアを活性化し,炎症性サイトカイン 分泌と活性酸素産生等酸化的障害を起こす. Azeliragon は RAGE の small molecule inhibitor 作
用があり,さらに脳のAβを減少させ,認知機能 の改善をもたらしたと報告されており,phase III試験中である.
4.幹細胞を用いた治療の可能性
ADを既に発症し,進行した場合には,上記の 治療法の効果は期待できない.幹細胞による神 経細胞の再生が可能であれば理想的であるが, 現在は実験の範囲内での報告にとどまる.4 種 類 の 幹 細 胞 が 候 補 と な る.Neural stem cells (NSCs)は哺乳類の脳に少量存在する幹細胞で, 神経細胞,グリア細胞等全ての中枢神経の細胞 に分化できるため,新たな神経細胞に置き換え ることができ,さらに,腫瘍性や免疫原生は低 く,理想的な細胞である.NSCsの絶対数が非常 に少ないため,分化因子,遺伝的またはエピジェ ネティックな操作によって細胞数を増加させる 手法の開発が必要である.Mesenchymal stemcells(MSCs)は骨髄,肺,臍帯血,脂肪・筋組 織から得られるが,分化する系統が限定的であ る点と移植後の生存期間の短さが問題である. 動物実験レベルでは,骨髄由来と臍帯血由来の MSCsからコリン作動性ニューロンを産生でき ている.今後は,幅広い神経系細胞に分化誘導 できるmorphogensの検索が必要となる.Embry-onic stem cells(ECSs)の直接移植は,奇形腫や 移植片拒絶,免疫反応のリスクがある.実験で は,ECSsからドーパミン作動性ニューロン,脊 髄運動細胞,星状膠細胞が作成されている. iPSCs(induced pluripotent stem cells)をiNPCs (induced neural precursor colonies)に分化誘導 できる方法が最近開発されたが,免疫原生が今 後の課題となる.
おわりに
ADの病態修飾薬のほとんどが臨床試験中で あり,その結果が待たれる.認知症の最大の危 険因子は加齢であり,そして,血管性危険因子 (高血圧,糖尿病,脂質異常症),生活習慣関連 因子(喫煙,多量の飲酒等),関連する疾患(メ タボリックシンドローム,睡眠時無呼吸症候 群,うつ病と双極性障害)等がある.防御因子 としては,適度な運動,食事因子,余暇活動, 社会的参加,精神活動,認知訓練等が挙げられ る.AD脳の最初の病理学的変化,すなわち,Aβ 蛋 白 の 蓄 積 が 認 知 症 発 症 の 約 20 年 前 か ら 起 こっていることを考えれば,中年期からの予防 が重要と考えられる.認知症患者へのケアにお いては,個人を対象とし,その人らしさを尊重 し,医療者・パラメディカルと介護者が共通し た認識を持ちながら,チームとして患者を支え る必要がある.また,患者だけではなく,家族 を支援する制度の拡充がさらに必要である. 著者のCOI(conflicts of interest)開示:本論文発表内容 に関連して特に申告なし 文 献1) Hock C, et al : Generation of antibodies specific for beta-amyloid by vaccination of patients with Alzheimer dis-ease. Nat Med 8 : 1270―1275, 2002.
2) Schenk D, et al : Immunization with amyloid-beta attenuates Alzheimer-disease-like pathology in the PDAPP mouse. Nature 400 : 173―177, 1999.
3) Doody RS, et al : Phase 3 trials of solanezumab for mild-to-moderate Alzheimer’s disease. N Engl J Med 370 : 311―321, 2014.
4) Sevigny J, et al : The antibody aducanumab reduces Aβ plaques in Alzheimer’s disease. Nature 537 : 50―56, 2016.
5) Wang Y, Mandelkow E : Tau in physiology and pathology. Nat Rev Neurosci 17 : 5―21, 2016.
6) Novak P, et al : Safety and immunogenicity of the tau vaccine AADvac1 in patients with Alzheimer’s disease : a randomised, double-blind, placebo-controlled, phase 1 trial. Lancet Neurol 16 : 123―134, 2017.