博 士 ( 農 学 ) 田 中 一 裕
学 位 論 文 題 名
Diapause and climatic adaptation in the house spider, Achaearanea tepidariorum
( オオヒメグ モの休眠と 季節適応)
学 位 論 文 内 容 の 要 旨
オ オ ヒメ グ モ(Achaearanea tepidariorum) の 季 節適 応 お よ び 気候 適 応 の 様 式を 明 ら かに す るため に, 生活史 ,餌条 件の季 節的変 動お よび生 活史を 調節す る生 理機構にっいて解析をおこ な った。
1生活史
弘 前大学 構内で 定期採 集を おこな ヮた結 果,一 年を通 して いっで も若齢 幼生から成体までさま ざま な発 育段階の個体がみられることが明らかにナょった。本種の越冬態tま特定の発育段階に限定 され てお らず, 卵以外 ならど の発育 段階 ででも 越冬可 能だっ た。
本 種の繁 殖期を 明らか にす るため に,卵 のうの 季節消 長を 調べた 。成体 は一年を通してみられ る が , 産卵 活 動 に は 明瞭 な 季節性 がみら れた 。3年 間の 調査か ら弘前 におけ る繁 殖期は6月 から 10月ま で5力月間 である ことが しめ された 。この 比較的 長い繁 殖期 は個々 の雌親 の繰り 返し 産卵 に由 来し ていた 。冷温 帯にお ける本 種の 生活史 はこの ように 越冬 態のば らっきと比較的長い繁殖 期に 特徴 づけら れる。
比 較のた めに日 本各地 の地 理集団 にっい ても越 冬態と 繁殖 期を調 べた。 越冬態の調査は新潟,
東 京 ,福岡 ,鹿児 島,沖 縄の5力所 でおこ なっ た。越 冬態に は地理 変異 はみら れず, どの地 域に お い て も 冬 季 に 若 齢 幼 生 か ら 成 体 ま で さ ま ざ ま な 発 育 段 階 の 個 体 が み ら れ た 。 繁 殖期( 産卵期 )にっ いて は実際の野外データと文献から得られた情報をもとに解析をおこなっ た( 札幌 ,弘前 ,千葉 ,長崎 )。繁 殖期 には明 瞭な地 理変異 がみ っかっ た。産卵は南の集団ほど 早く はじ まりま た早く 終わっ ていた 。
2餌条件 の季節 変動
餌 資源の 季節的 な存在 様式は 生物 の生活 史の進 化にお いて 重要な 役割を 担って いる。 本種が野 外 で 実 際に 直 面 してい る環境 条件 の季節 変動を 明らか にす るため に,2年間 にわた り弘前 大学構 内に て捕食 量の 定量と 餌動物 の解析 をお こなっ た。
本種 の 捕 食 活 動 は3月 か ら11月 ま で9力月 に わ た っ て観 察 さ れ,2年間 の調査 で総計1490例の 餌動 物が集 めら れた。 本種の 食性は 多岐 にわた ってお り15以 上の分 類群( 目)が 餌とし て記録さ れた 。記録 され た餌動 物のう ち半分 以上 はアリ,ダニおよびワラジムシといった飛べない虫であっ た。 このよ うな 特長は 本種の 綱の構 造お よびそ の餌捕 獲行動 に由来 して いると 考えら れた。餌条 件 は ク モ1日 あ た り 捕食 頻 度 か ら 推定 し た 。 捕 食頻 度 の 季 節変 動は 一山型 で夏(7月 下旬か ら8 月上 旬)に 最も も高く なり秋 (9月以降 )には 急激 に低下 した。
比 較のた めに, 冬季の 餌条件 を日 本各地 (新潟 ,東京 ,福 岡,鹿 児島, 冲縄) で定量 した。弘 前 と は 異な り , 東京, 福岡, 冲縄 の3力 所で 捕食が 観察さ れた。 とり わけ冲 縄にお ける捕 食頻度
(13.8%)は 高く, それ はちょ うど弘 前の初 夏の値 に相 当して いた。 このこ とは ,沖縄 では冬季 の餌 条件が かな り好適 なもの である こと を物語 ってい る。
3休 眠と光 周反応
本種の 発育 や繁殖 に及ぼ す環境 要因 の影響 を飼育 実験に より明 らか にし, 本種の 生活史調節機 構の解 析を試 みた 。
幼生の 発育 は光周 期の影 響をう け, 明期が15時間よ り短 かい短 日条件 下では 終齢期において発 育が遅 延した 。こ の発育 遅延は 内分泌 系の変 化を ともな った休 眠であ ると 考えら れた。休眠の主 要な誘 導因子 は光 周期だ ったが ,幼生 の休眠 齢期 は温度 や餌条 件に影 響さ れた。 すなわち同じ光 周期条 件下で も, 温度が 低いほ どまた 餌条件 が劣 悪なほ ど休眠 はより 若い 齢期で 誘導された。こ のよう な休眠 齢期 の可塑 性のた めに, 秋遅く に生 まれた 個体で も冬の 到来 前に休 眠にはいること ができ る。
休眠が 誘導 される タイミ ングは ,温 度や餌条件とは関係ナょく短日光周期にさらされた後一定の 時間( 約40日 )が経 過した ところ にあ った。 本種の 休眠誘 導には 何ら かの温 度補償 的な生理機構 が存在 してい る。
野外越 冬幼 生の光 周期に たいす る反 応性は 冬至の 頃には なくな って いた。 このこ とは春の長日 条件は 本種の 休眠 の終結 とは無 関係で あるこ とを 意味し ている 。しか し越 冬幼生 が春に発生を再 開する と同時 に光 周期に たいす る反応 性も回 復し た。し たがっ て夏ま でに 成熟で きなかった個体
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はもう 一度幼 生のま ま休 眠越冬 することになる。この越冬明けの光周感受性の回復は結果として,
越 冬 態 の ば ら っ き に か か わ ら ず 繁 殖 の タ イ ミ ン グ を 同 調 さ せ る 効 果 を も っ て い た 。 幼生と 同様 に成体 も短日 光周期 に反応 して 休眠に はいる 。成体 の休 眠は繁殖休眠で産卵活動の 停止と 摂食活 動の抑 制に 特徴づ けられ た。休 眠が 誘導さ れるタ イミン グは温 度に関係なく短日光 周期に さらさ れてか ら約40日後だ った。 幼生 の場合 とおな じく, 成体 の休眠誘導にも何らかの温 度補償 的な生 理機構 が含 まれて いる。
幼生期 に休 眠には いった 個体も また休 眠に はいら なかっ た成体 期の 個体も短日条件下におかれ ると成 体休眠 にはい った 。成体 休眠の 誘導に っい て,幼 生期の 休眠経 験およ び幼生期の光周条件 は成体 の休眠 誘導に 影響 をおよ ぼさな かった 。幼 生休眠 と成体 休眠は 各々独 立した生理機構と考 えられ た。
4気 候適 応
本種 の気候 適応 を明ら かにす るため に温帯 集団 (弘前 )と亜 熱帯集 団( 那覇)の休眠性,光周 反応 および 生活史 の比較 をお こなっ た。
温帯 系統で は休 眠は卯 を除く すべて の発育 段階 でみら れた。 一方, 亜熱 帯系統では休眠は幼生 の終 齢期と 成体に 限定さ れて いた。 温帯集 団の幼 性休 眠の誘 導は時 間依存 的で,休眠は短日条件 にさ らされ た後一 定の時 間経 過した ところ で誘導 され た。亜 熱帯集 団の幼 生休眠の誘導はステー ジ依 存的で ,休眠 は短日 条件 にさらされた時間とは無関係に終齢幼生期でしか誘導されなかった。
臨界 日長は 温帯系 統が15.5時間, 亜熱 帯系統 が12.5時間 で約3時間 の変異 があった。温帯集団の 長い 臨界日 長は当 地の早 い冬 の到来 と密接 に関連 して いる。
亜熱 帯系統 の休 眠ステ ージは 特定の 発育段 階( 終齢幼 生と成 体)に 限定 されていたが,その越 冬集 団には 若齢幼 生から 成体 までさ まざま な発育 段階 の個体 が含ま れてい た。このことは冲繩で は冬 季に休 眠個体 と非休 眠個 体の両 方が存 在して いる ことを 意味し ている 。冬季の気温および餌 条 件 の 解 析 よ り , 沖 縄 に お い て は 非 休 眠 個 体 の 越 冬 も 可 能 で あ る こ と が 示 唆 さ れ た 。 さ まざ まな 温度条 件のも とで卵 のふ化 率を 比較し たとこ ろ,15℃でfまふ 化率が10%に満 たな かっ た。こ のこと から沖 縄の 冬季の 気温( 平均16℃)tま卵の発育には不適であると考えられた。
本種 の発育 と繁 殖はそ の生活 史のほ ぼ全般 を通 して光 周期に よって 調節 されている。そこで光 周反 応の解 析から 逆に沖 縄で の生活 史の再 構築を 試み た。そ れらの 結果を 解析した結果,沖縄に おけ る休眠 の役割 は自ら の越 冬生存 率を高 めると いう よりも ,冬季 の繁殖 活動を抑制し産卵を好 適な 季節に あわせ る点に ある と結論 づけら れた。
学 位論 文審査の要 旨 主査 教 授 森 樊須 副査 教 授 高木貞夫 副査 助教授 阿部 永
本 論 文 は 本 文 58頁 の 他 に , 図 30, 表 8を 含 み , 英 文 で 書 か れ て い る 。 節足動物の生活史において休眠の意義は,(1)高温,低温,乾燥などに対して生理的な耐性 を高める機構と,(2)その種(species)の活動相を好適な季節に同調させる生活環の時間的 制御機構をもっものと考えられている。これまで昆虫の休眠や季節適応にっいては温帯あるいは 冷寒帯に生息する材料を中心に研究されてきた。しかし多くの昆虫が熱帯起源といわれている以 上,熱帯や亜熱帯での休眠性を明らかにしなければ休眠の起源や進化の道筋をたどることは困難 であろう。
熱帯起 源とさ れるオオ ヒメグモ(Achaearanea tepidariorum)は,熱帯から冷温帯まで広 く分布する汎世界種であって,休眠性の種内比較が可能なため,生活史や季節適応様式の解析を 通して季節適応の進化を考察するのに有効ナょ材料であった。
オオヒメグモの温帯(弘前)での生活史をみると,若齢幼生から成虫までさまざまな発育段階 で越冬していた。成虫は一年中みられるにかかわらず,産卵は6月下旬から10月下旬までに限ら れていて,成虫の繁殖活動には季節性がみられた。これらの事実は,本種の生活史において繁殖 期 を そ ろ え る な ん ら か の 調 節 機 構 が 存 在 し て い る こ と が 示 唆 さ れ た 。 一般に温帯にすむ昆虫やクモの生活史は,日長や温度といった環境要因によって調節されてい ることが知られている。本研究ではオオヒメグモの発育や繁殖活動に及ぼす環境要因の影響を飼 育実験により解析し,生活史調節機構の解明を試みた。光周反応の解析の結果,幼生も成虫も休 眠性をもっことが判明した。休眠誘導因子は光周期が主要な因子だが,温度と餌条件も幼生の休 眠齢期の決定に影響することを明らかにした。低温・貧餌条件はより若い齢期で幼生休眠を誘導 する。この反応は結果として,秋遅く生まれた個体が冬が来る前に確実に休眠にはいることを保 証している。
本種の地理的集団間(札幌から沖縄まで6地域の個体群を供試した)で越冬態の比較を行った ところ,北海道から沖縄までどこでも若齢幼生から成虫までみられ,地理的変異はなかった。と ころが休眠ステージにっいては明瞭な地理的変異が認められた。すなわち,弘前では若齢幼生か
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ら 成虫ま で,卵 以外 のすべ ての発 育段階 で休 眠がみ られた のにか かわら ず, 沖縄では幼生の終齢 期 と成虫 でしか 休眠 がみら れなか った。 更に 休眠誘 導機構 にも地 理的変 異が 見出された。弘前の 系 統では 短日光 周期 にさら される と休眠 は齢 期に関 係なく 誘導さ れるの にた いして,沖縄の系統 で は遺伝 的に決 まっ たステ ージで ある終 齢期 になる まで休 眠が誘 導され なか った。この違いは両 地 域 間 の 気 候条 件 , 特 に 冬季 の気 温と発 育可 能な季 節の長 さの違 いによ るも のと考 えられ た。
沖 縄で は冬季 には若 齢幼生 から成 虫ま でさま ざまな 発育段 階の 個体が みられ ること。および,
冲 縄系統 の休眠 は終 齢幼生 期と成 体に限 定さ れてい ること を前述 した。 すな わち沖繩では冬季に 休 眠個体 と非休 眠個 体の両 方が存 在して いる わけで ある。 このこ とは休 眠に はいること自体が直 接 その個 体の冬 季生 存率を 高める わけで ない ことを 意味し ている 。実際 ,冲 縄の最寒月の平均気 温 は16℃ であり ,幼生 の発育 には十 分な 温量で あった 。しか も沖 縄では 冬季に も餌となる昆虫が 活 動して いるの で飢 餓の心 配がな い。
オ オ ヒメ グ モ の 沖 縄に お け る休眠 の意 義は何 であろ うか? 沖縄 系統の 卵のふ 化率に 及ばす 温 度 条件を 実験す ると ,15℃で はわず か10% しかふ 化しな かっ た。沖 縄の冬 季の平 均気温は約16℃ で あるか ら,卵 の発 育にと って冬 は不適 な季 節と言 える。 したが って沖 繩に おける休眠の適応的 意 義は, 冬季の 生存 率を高 めると いうよ りは ,成熟 および 繁殖の タイミ ング を卵の発育に好適な 季 節に同 調させ るこ とにあ ると結 論した 。
農 生態 系の重 要な構 成員で あるに かかわらず,クモ類の生活史と適応に関する研究はすくない。
本 研究は オオヒ メグ モの休 眠の地 理的変 異と 季節適 応を明 らかに した業 績で あって,応用動物学 上 大きく 貢献し てい る。
よ って 審査員 一同は 最終試 験の結 果と 合わせ て,本 論文の 提出 者田中 一裕は 博士(農学)の学 位 をうけ るのに 十分 な資格 がある ものと 認定 した。