博 士 ( 農 学 ) 新 宮 裕 子
学 位 論 文 題 名
サ サ 類 優 占 の 林 間 放 牧 地 に おけ る ウ マ お よ び ウ シ の 採食 戦 略
学 位 論 文 内 容 の 要 旨
現在の我が国の肉用牛飼養は濃厚飼料多給方式が一般的であり,濃厚飼料の大半は輸入に依存し ている,こうした飼養方式は土地に依存しなぃため,多量に発生した糞尿による環境問題や輸入飼 料によ るBSEお よび口 蹄疫の発 生など多くの問題が指摘されている,このような問題を解決する には粗飼料の自給率を向上させることが重要であり,特に最近では放牧が見直され始めている,一 方で農業や林業の衰退により,中山間地での耕作放棄地や未管理の森林は増加しており,国全体の 土地利用率は低下し続けている,我が国は森林面積が広く,伝統的にこうした森林の林床に多量に 存在する野草を飼料とし,ウマやウシの林間放牧を行ってきた.今後は,国土保全の立場から,家 畜生産のみならず森林の管理や景観の維持を目的としたウマやウシなどの草食家畜の林間放牧シス テムを確立する必要がある.
一般にウマとウシの採食行動は異なるが,実際に両種の行動を比較した研究は少ない.小動物に っいては餌の獲得量を中心に一連の採食過程が最適採餌戦略を用いて説明、されているが,草食大中 動物では摂取した量だけでなく,採食の過程も重要であることが指摘されている,森林の林床植物 として優占するササのような野草を飼料とした自然草地ではウマとウシの採食行動の違いは採食戦 略の観点から検討することが適切である.また,ウマとウシで採食戦略の違いがあるのなら,動物 種によって放牧後の植生の変化が異なると考えられ,適切な管理にはウマとウシの採食戦略を行動 学的に明らかにする必要があるだろう.
以上の観点から,本研究は林間放牧地におけるウマとウシの採食行動の違いを明らかにするため,
1)当年生ミヤコザサが優占する林間放牧地においてウマ賊験1)とウシ侮囎12)の採食動作および移 動をBite,Feeding Station(FS),Campのそれぞれの採食階層で比較検討し,2)さらにウシについて は当年 生および 越年生 ササ類が混在する林間放牧地(試験3)においても同様の検討を行った,
主な結果は次のように要約される,
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1) 当年生ミヤコザサが優占する林間放牧地でのウマおよびウシのFSはバイト数が1回,滞在時間 が0一5秒の範囲内の出現頻度が高かった.両種ともにFS内のバイ卜数およぴ滞在時間の頻度分布 は集中 分布であ ったこ とから植物個体に対する選択が伺えた,ウマのFS間の移動歩数は1歩が全 体の60% を占め ,ウシで は放牧日数の経過と伴に1歩の割合が60%から80%まで増加した.ウマ ―1287―
およびウシともにFS間の移動歩数は大 半が1歩と短く,行動学的に これらは連続する動作である ことが示唆された,そこでFS間の移動 歩数の短いFSの集合体をFeeding Patch(FP)として定義し た.すなわちFS間の移動歩数を対数生 存曲線で示し変曲点を求め,変曲点以下の移動は1つのFP 内での移動とした(ウマ2.6〜4.6歩,ウシ2.2〜 3.7歩).
ウ マお よび ウシ のFPは バイ ト数 がO―5回,滞在時間は0―10秒および100―200秒の 範囲内で 出現頻度が高かった,ウマのFPのバイ 卜数および滞在時間の頻度分布は集中分布であり植物個体 に対する選択が伺えたが,ウシではラ ンダムな分布でありFPで植物個体に対する選択は伺えなか った,ウマのFPでのバイ卜速度は20.6〜20.7回′分であルウシの21.5〜18.3回′分よりも速かった が,ウシは放牧日数の経過に伴う低下が著しく,さらに選択採食の程度が低下したことが示唆され た.
ウマのFP問の移動歩数は6.9〜 7.3歩であルウシの5.2〜 5.7歩よりも長く,ウマのFPは離れて 位置 して いた こと が 示唆 され た,Campでの ウマ の1日 の採 食時 間は694およ び700分, 活動 域 面積 は6.0およ び6.8haで あり ,ウ シの462およ び506分,1.1お よび1.8haよりも採食 時間は長 く,活動域面積は広かったくPくO.Ol).以上からウマは長時間の採食で,より広がって個々の植物体 に対して選択採食を行って,1日のエネルギー摂取量を最大にしたと考えられ,ウシは植物個体に 対して選択を行わず,狭い範囲内で行動し採食時間を短くしたことから採食に費やすエネルギー消 費量を最小限に抑えたと考えられた。これらはウマが後腸発酵動物,ウシが前胃発酵動物であり粗 繊 維 成 分 の 消 化 能 カ の 違 い に 起 因 す る 採 食 戦 略 の 違 い で あ る こ と が 示 唆 さ れ た . ・ 2)当年生ミヤコザサが優占する林間放牧地(試験2)でのウシの選択採食の程度はFSとFPでは異な っており,明確でなかった.そこで牧草,当年生および越年生ササ類が混在する複雑な植生の林間 放牧 地( 試験3)におけるウシのFS,FPおよびCampでの採 食動作および移動を試験2と 比較検討 した .試 験3のFSは バイ 卜数 が1回 ,滞 在時 間がO―5秒の 範囲 内で出現頻度が高く, バイト数 およ び滞 在時間の頻度分布は 集中分布であり,試験2の結 果と同様であった.試験3のFS間の移 動歩 数は1歩の 割合 が最 も多 く試 験2のそれよりも多かっ た.FPを定義するためFS間の 移動歩数 を対数生存曲線で示し変曲点を算出したく2.4〜4.2歩),試験3のFPはバイト数がOー5回,滞在時 間がO―20および100―200秒の範囲内で出現頻度が高く,両頻度分 布とも集中分布を示し,個々 の植 物体 に対して選択を行っ ていることが示唆され,試験2の結果とは異なった,試験3のFPで のバイト速度(18.6回′分)は試験2に比べて遅く(19.4回′分),試験3のFP間の移動歩数は7.2歩で あり試験2の5.6歩よりも長かったくPく0.01). Campでの1日の採食 時間は試験3で350分であり,
試験2の484分よりも短くくPく0.01),活動域面積は広かった(3.2 vs l.5ha,PくO.01),以上の結果 から,試験2のように当年生ミヤコザサのみが優占する草地全体の植物の栄養価が高い林間放牧地 ではウシは選択採食を行わずに採食場所を連続させ,試験3のように様々な栄養価の植物が混在す る林間放牧地では短時間の採食でより広がって個々の植物体を選択して採食を行っていることが伺 えた,
3)以上から当年生のミヤコザサのように比較的,栄養価の良好な植物が均一に分布する草地ではウ ―1288−
マはエネルギー摂取量の最大化の戦略を取り,ウシは採食時間の短縮化の戦略を取ることが示唆さ れた.さらに様々な栄養価の植物が混在する複雑な草地ではウシは採食時間の短縮化とエネルギー 摂取量の最大化を同時に行うことが示唆された.従って,林間放牧地ではウマはウシに比べて短期 間のうちに広範囲を利用するため,広範囲で比較的均一にササが減少し,ウシでは狭い範囲を利用 するため局所的にササが減少すると考えられる.またウシは放牧を開始した年のように当年生と越 年生が混在した状態では,広範囲を利用するため広い範囲でササが減少するが,長期間放牧が行わ れ当年生のササのみが存在する状態では狭い範囲を利用するため局所的な過放牧状態が生じると考 えられた,森林や景観の維持管理も考慮した林間放牧においては,こうしたウマとウシの採食戦略 の違いを活用するべきであることを本 研究では提案した.
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学位論 文審査の要旨 主査
副査 副査 副査
教 授
近 教 授
田 助 教 授
小 講 師
中
藤 誠 司 中 桂 一 林 泰 男 辻 浩 喜
学位論文題名
ササ類 優占の林間放牧地における ウマ およびウ シの採食戦略
本 論文 は4章から なり、図
24
、表23、引用文献75を含む総頁数101の和文論文であり、別に5編の参考論文が添えられている。
ウマとウシの採食行動は様々な点で異なるが、実際に両種の行動を比較した研究は少ない。
採食・採餌行動については、小動物で餌の獲得量を中心に一連の採食過程が最適採餌戦略を 用いて説明されているが、草食大動物では摂取した量だけでなく採食の過程も重要であるこ とが指摘されている。同じ草食大動物であっても、消化機構に大きな違いがあるウマとウシ では、採食戦略は異なることが予想される。林間放牧において森林やその下草をより効果的 に管理するためには、ウマとウシの採食戦略を行動学的に明らかにし適切に利用する必要が ある。
そこで本研究は林間放牧地におけるウマとウシの採食行動の違いを明らかにするため、1) 当年生ミヤコザサが優占する質的に比較的均一な林間放牧地においてウマ(試験1)とウシ(試 験2)の採食動作および移動をBite,Feeding Station(FS)、Campのそれぞれの採食階層で比較 検討し、2)さらにウシについては当年生および越年生ササ類が混在する質的に不均一な林間 放牧地(試験3)においても同様の検討を行った。得られた結果の概要は以下の通りである。
1
.当年生ミヤコザサ優占の林間放牧地におけるウマおよびウシのFeedingStationおよびCamp
での採食行動FS
におけるウマおよびウシの動作には大きな差はなかった。両種ともFS間の移動歩数は 大半が1歩と短く、行動学的にこれらは連続する動作であることが示唆された。そこで、FS 問の移動歩数の短いFS
の集合体をFeeding Patch(FP)とし、FS間の移動歩数を対数生存曲線一1290―
で 示 し 、 行 動 の 連 続 確 率 か らFPを 定 義 し た 。 ウ マ のFPに お け るBite数 の 頻 度 分 布 は 集 中 分 布 で あ り 植 物 個 体 に 対 す る 選 択 が 伺 え た が 、 ウシ では ラン ダム な分 布で ありFPで 植 物個 体 に 対 す る 選 択 は 伺 え な か っ た 。 ウ マ のFP間 の 移 動 歩 数 は ウ シ よ り も 多 く 、 ウ マ のFPは 離 れ て 分 布 し た こ と が 示 唆 さ れ た 。Campで の ウ マ の1日 の 採 食 時 間 は ウ シ よ り も 長 く
(Pく0.01)、活動域面積も広かった(Pく0.01)。以上からに比較的栄養価の高い植物が均一に分 布 して も、 相 対的 に消 化能 カの 低い ウマ はよ り広 がっ て個 々の 植物 体 に対 して 選択採食を長 時 間 行 い 、 消 化 能 カ の 高 い ウ シ は 植 物 個 体 に 対 し て 選 択 を 行 わ ず 狭 い 範 囲 を 利 用 し た 。
2. 当 年 生 ミ ヤ コ ザ サ 優 占 お よ び 当 年 生 、 越 年 生 サ サ 類 混 在 の 林 間 放 牧 地 に お け る ウ シ の Feeding StationおよびCampでの採食行動
ウ シの 各採 食階 層 にお ける 採食 動作 およ び移 動を 、牧 草、 当年 生お よび 越 年生 ササ 類が 混 在 す る 複 雑 な 植 生 の 林 間 放 牧 地 (試 験3) と試 験2で 比較 検討 した 。試 験3のFS当 たり のBite 数 、FS問 の 移 動 歩 数 は 試 験2と 大 き な 差 は な か っ た 。 ー 方 、 試 験3のFPはBite数 が1〜5 回 の 範囲 内で 出現 頻 度が 高く 、バ イト 数の 頻度 分布 は集 中分 布を 示し 、個 々 の植 物体 に対 し て選択を行っていることが示唆された。試験3のFP聞の移動歩数は試験2よりも長く(Pく0.01)、 またCampでの1日の採 食時間は短く(Pく0.01)、 活動域面積は広かった(Pく0.01)。以上から、
試験3の よう に 様々 な栄 養価 の植 物が 混在 する 林間 放牧 地で は、 ウシ は 採食戦略を変化させ、
短 時 間 の 採 食 で よ り 広 が っ て 個 々 の 植 物 体 を 選 択 し て 採 食 を 行 っ て い る こ と が 伺 え た 。
これ らの こと か ら、 比較 的栄 養価 の良 好な 植物 が均 一に 分布 する 草地 で 、ウ マはエネルギ ー 摂取 量の 最大 化 の戦 略を 取り 、ウ シは 採食 時間 の短 縮化 の戦 略を 取る こ とが 示唆された。
さ らに 様々 な栄 養 価の 植物 が混 在す る複 雑な 草地 では ウシ は採 食時 間の 短 縮化 とエネルギー 摂 取量 の最 大化 の 戦略 に変 わる こと が示 唆さ れた 。こ のよ うな 採食 戦略 の 違い からウマとウ シ では 放牧 後の 植 生の 変化 は異 なる こと が予 想さ れ、 両種 の採 食行 動の 差 異を 利用した森林 や 自然 草地 の管 理 方法 があ ると 考え られ た。
以 上の よう に本 研究 は、 ササ 類優 占の 林間 放 牧地 にお ける ウマ とウ シの 採食行動の違いに つい て採 食戦 略の 観点 から 明ら かに する とと も に、 それ ら採 食戦 略の 違い を活用した森林お よび 自然 草地 の管 理方 法に つい ても 論究 して お り、 学術 面お よび 実用 面に おいて高く評価さ れる 。
よ って 審査 員一 同は 、新 宮裕 子が 博士 (農 学 )の 学位 を受 ける のに 十分 な資格を有するも のと 認め た。
一 1291 ‑