博士(歯学)高野昌士 学位論文題名
ウ サ ギ脳 Na , K ― ATPase に対す る カリウム同族体とシスプラチンの作用
学位論文内容の要旨
【緒言】
Na,K―ATPaseは動物細胞の形質膜に存在しており、ATPの加水分解エネルギーを用 いて細胞内外のNa+とK+を能動輸送し、その濃度勾配を維持する酵素である。その機能 により、細胞体積及び浸透圧の調節など細胞の基本的な機能を維持している。Na,Kー ATPaseの反応機構は、Post―‑Albersの機構として知られている。まず、Na,K峭TPase はATPと結合したのちに、これを分解してADPを放出し、リン酸化反応中間体:(Na)E1P を形成する。E1PはNa゛を細胞外へ放出した後にK゛に親和性の高いE2Pとなる。K゛が 存在 しな い場合 には、E2Pはゆっくりと加水分解されてPiを遊離するNa―ATPaseと呼 ばれる部分反応を示す。K゛が存在するとE2Pに結合してその脱リン酸化の速度を増加す る。その結果、バI、Pase反応全体の速度がNaイ汀Paseの10倍程度増加する。Na゛とK
゛の両イオンが存在した状態でのA1、Pase活性がNa,Kイ汀Pase活性である。K゛と結合し た酵素はKE2と呼ばれ、この状態ではバラニトロフェニルリン酸を分解する部分活性(以 下ケNPPase)を示す。反応機構のなかでNa゛とK゛の役割は全く異なっており、Na゛は 前半のりン酸化反応中間体の形成に不可欠であり、K゛は後半の脱リン酸化の過程を促進 する。
Na,K―ATPase反応において、K゛同族体であるLi゛、Rb゛、Cs+、ならびにK゛類似作 用を持っといわれているNH4゛もK゛と同様の作用を示すが詳細については明らかではな い。Li゛については、部分的にNa゛類似作用を示すという報告もある。Na,KーATPaseは Na゛とK゛の輸送に関与してるが、必要な場合はLi゛、Rb゛、Cs+、NH4゛などの微量元素 の輸送を行いその生理機能あるいは解毒などに関与する可能性もあると考えられている。
そこで、本研究ではこれらの点について詳細に検討した。また、シスプラチンは頭頸部腫 瘍にも効果的な白金系抗癌剤であるが、その副作用である腎毒性が投与量の規制因子とな っている。腎毒性は、Na,K了ATPase活性の抑制が一因との報告もあり、シスプラチンが Na,K一ATP・ase活性を抑制することも知られている。しかし、K゛同族体やNH4゛による
ATPase活 性な ら びにp‑NPPase活性 におけるシ スプラチン の作用に関 しての報告 はみ られない。同様に、Na+をLi゛に置き換えた場合のATPase活性に対するシスプラチンの 作用に関する報告もみられないことから本研究を行った。
【方法】
酵素は、Jorgensenの方法に基づくPostの簡便法で精製したウサギ脳のNa,K−ATPase を用いた。ATPase活性は、加水分解の結果生じたりンをChifflet法で定量し、p―NPPase 活 性 は 酵 素 反 応 の 結 果 生 じ た パ ラ ニ ト ロ フ ェ ノ ー ル を 定 量 し 活 性 を 測定 し た。
【結果と考察】
反応機構のなかでK゛は脱リン酸化の促進により活性速度を増加する。そこで各40m1¥4 濃度のK→、Li゛,Rb゛,Cs+とNH4゛のパI丶Pase活性に対する効果を調べたところ、いずれ も程度の差はあるものの活性化効果を示した。次に、これらのイオンが40m1¥4のK゛存在 下でも相加的に活性を増加できるか否かを調べたが、いずれも増強効果はなかった。この 結果から、これらのイオンはいずれもK゛と同様の機構でAI、Paseを活性化するものと考 えられた。次にこれらのイオンによるATPase活性化効果を詳細に調べるため、各イオン の濃度依存性に関する実験を行った。いずれのイオンもその濃度に依存してA1、Pase活性 を促進したが、最大活性化レベルとNa,K―ATPaseに対する親和性はイオンによって異な っていた。そこで、これらの結果をCornishーBowdenのdirect linear plotを用いて解 析し 、 酵素 と の親 和性を示 すkm値と最大 反応速度Vmaxを 求めた。そ の結果、親 和性 はRb+>K゛>Cs゛>NH4゛>Li+の順で、最大活性化レベルはK゛>Cs゛>NH4゛>Rb゛>Li
゛の順であった。
次に、K゛同族体とNH4゛がp‑NPPaseにおしゝても、K゛と同様の役割を担えるのかを調 べるため、各イオンの効果を調べた。最大活性化レベルは異なるもののNH4+、Rb゛、Cs
゛はK゛と同様にp‑NPPaseを活性化した。しかし、Li+ではほとんど活性化効果はみられ なかった。そこで、パI、Pase活性と同様に各イオンの濃度依存性に関する実験を行い、親 和性 を 示すkm値と 最大反応速 度Vmaxを求めた 。その結果 、親和性はK゛>Rb゛ >NH4
→>Cs゛>Li゛の順で、最大活性化レベルはRb゛>K゛>NH4゛>Cs→>Li゛の順であった。
なお、これらの実験のp−NPP・ase活性は、いずれもNa,K−ATPaseの特異的阻害剤であ るウアパインによって阻害されたので、測定された活性はNa,K―ATPaseの部分反応であ る。
パrPase反応 において、K゛非 存在下でもNa,K−ATPase活性 のlO%程度の活性が観 察されNa―ATPase活性と呼ばれている。このNa゛を他のイオンに置き換えても活性はみ られなかったが、Li゛だけは觚丶Paseに対する親和性はかなり低いものの、その濃度Iご依 存して活性を促進した。
Na,K了ATPase活性及びょ广NPP.ase活性のシスプラチンによる阻害については、いくつ
か報告があるが、K゛同族体によるNa,K‑ATPase活性に対するシスプラチンの作用につ いては全く報告がない。これらの関係を詳しく調べるために実験を行った。Na,K−ATPase 反応のK゛の代わりにK゛同族体およびNH4゛を用いたATPase活性は、いずれも添加した シスプラチンの濃度に依存して抑制された。次にIく゛同族体およびI¥TH4゛を用いたp′ NPPase活性に対するシスプラチンの効果ならびに、Na゛およびLi+によって活性化され るパI、Pase活性に対するシスプラチンの効果も調べたが、いずれもシスプラチンの濃度に 依存して活性は抑制された。
これらの結果は、シスプラチンが輸送するイオンにかかわらず、Na,K‑ATPaseの機能 を阻害することを示唆するものである。
こ れま での 実験でシスプラチンによるATPaseあるいはp−NPPase活性の抑制は、シ スプラチンの濃度だけではなく、シスプラチンとNa,K‑ATPaseのプレインキュベーショ ンの時間にも依存して低下していた。シスプラチンはその構造中の塩素が、水または水酸 基へ変化して抗腫瘍効果を示すといわれており、その変化は時間に依存すると考えられて いる。そこで、シスプラチンによる活性抑制が、シスプラチンの構造変化によるものか、
時間に依存したものかを確かめることを目的として水和時間の違いによるNa,K−ATPase への効果を調べた。冷凍保存したシスプラチン水溶液の解凍直後、24時間後、96時間後 の溶液を用いて活性阻害実験を行ったところ、シスプラチンの濃度に依存して活性は抑制 されたが、水和時間の違いによる顕著な影響は観察されなかった。D‑NPPase活性におい ても水和時間の違いによる顕著な影響は観察されなかった。
このことから、時間に依存した活性抑制は、シスプラチンの水和による構造変化に要す る時間ではなく、Na,K−ATPaseとシスプラチンの結合に要する時間によるものと推定さ れた。
【結論】
Na,K‑ATPase反応においてK゛同族体やNH4゛はK゛同様の役割を担うが、L゛のみは K゛とNa+の中間的な役割を担うイオンであること、シスプラチンはこれらのイオンに依 存したNa,K―ATPaseによる活性をK゛の場合と同様に抑制することを明らかにした。
学位論文審査の要旨 主査
副査 副査
教授 教授 教授
戸塚 鈴木 田村
学 位 論 文 題 名
靖則 邦明 正人
ウ サ ギ 脳 Na , K − ATPase に 対す る カリウム同族体とシスプラチンの作用
Na,K一ATPaseは 動 物 細 胞 の 形 質 膜 に 存 在 し て お り 、ATPの 加 水 分 解 エ ネ ル ギ ー を 用 い てNa+とK+を 能 動 輸 送 し 、 そ の 濃 度 勾 配 を 維 持 す る 酵 素 で あ る 。 Na,K―ATPaseの 反 応 機 構 は 、PostーAlbersの 機 構 と し て 知 ら れ て い る 。 ま ず 、 Na,K―ATPaseはATPと 結 合 し た 後 にADPを 放 出 し 、 リ ン 酸 化 反 応 中 間 体 :(Na) EiP を 形 成 す る 。EiPはNa+を 細 胞 外 ヘ 放 出 し た 後 にK+に 親 和 性 の 高 いE2Pと な る 。 K+が 存 在 し な い 場 合 に は 、E2Pは ゆ っ く り と 加 水 分 解 さ れ てPiを 遊 離 す るNa一 ATPaseと 呼 ば れ る 部 分 反 応 を 示 す 。K+が 存 在 す る とE2Pに 結 合 し て 脱 リ ン 酸 化 の 速 度 を10倍 程 度 増 加 す る 。Na+とK+が 存 在 し た 状 態 がNa,K―ATPase活 性 で あ る 。K+と 結 合 し た 酵 素 はKE2と 呼 ば れ 、 こ の 状 態 で は パ ラ ニ ト ロ フ ェ ニ ル リ ン 酸 を 分 解 す る 部 分 反 応 ( 以 下p−NPPase)を 示 す 。
Na,K一ATPase反 応 に お い て 、K゛ 同 族 体 で あ るLi゛ 、Rb゛ 、Cs+、 なら びにK→類 似 作 用 を 持 つNH4+は 、K+と 同 様 の 作 用 を 示 す が 詳 細 に つ い て は 明 ら か で は な い 。 Li+に つ い て は 、 部 分 的 にNa+類 似 作 用 を 示 す と い う 報 告 も あ る 。Na,K一ATPase はNa+とK+の 輸 送 に 関 与 し て い る が 、 必 要 な 場 合 は 微 量 元 素 の 輸 送 を 行 い そ の 生 理 機 能 あ る い は 解 毒 な ど に 関 与 す る 可 能 性 も あ る と 考 え ら れ て い る 。 そ こ で 、 本 研 究 で は こ れ ら の 点 に つ い て 詳 細 に 検 討 し た 。 ま た 、 シ ス プ ラ チ ン に よ る 腎 毒 性 はNa,KーATPase活 性 の 抑 制 が 一 因 と の 報 告 も あ り 、 シ ス プ ラ チ ン がNa,K― ATPase活 性 を 抑 制 す る こ と も 知 ら れ て い る 。 し か し 、K+同 族 体 やNH4+に よ る ATPase活 性 な ら び にp―NPPase活 性 に お け る シ ス プ ラ チ ン の 作 用 に 関 し て の 報 ′ 告 は み ら れ な い こ と か ら 本 研 究 を 行 っ た 。
酵 素 は 、Jorgensenの 方 法 で 精 製 し た ウ サ ギ 脳 のNa,K−ATPaseを 用 い た 。ATPase
活性は、加水分解の結果生じたりンを定量し、p−NPPase活性は酵素反応の結果 生じたパラニトロフェノールを定量し活性を測定した。
反応機構のなかでK゛は脱リン酸化の促進により活性速度を増加する。そこで
´K+、Li+、Rb+、Cs+とNH4+のATPase活性に対する効果を調べたところ、程度 の差はあるもののいずれも活性化効果を示した。次に、これらのイオンがK+存 在下でも相加的に活性を増加できるか否かを調べたが、いずれも増強効果はな かった。この結果から、K+と同様の機構でATPaseを活性化するものと考えら れた。次に各イオンの濃度依存性に関する実験を行ったところ、いずれのイオ ンもその濃度に依存してATPase活性を促進したが、最大活性化レベルとNa,K一 ATPaseに対する親和性はイオンによって異なっていた。
K+同族体とNH4+がp一NPPase活性においても、K+と同様の役割を担えるのか を 調 べ た と こ ろ 、Li+以 外 の イ オ ン で は 活 性 化 効 果 が み ら れ た 。 K+非存在下のNa−ATPase活性におけるNa+を他のイオンに置き換えても活性 はみ ら れ なか っ たが 、Li+だけ は その 濃 度 に依 存 して 活性 を促進した 。 Na,K―ATPase反応のK+の代わりにK+同族体およびNH4+を用いたATPase活性 やp一NPPase活性ならびに、Na+およびLi+によるATPase活性に対するシスプラ チンの効果も調べたが、いずれもシスプラチンの濃度に依存して活性は抑制さ れた。これらの結果は、シスプラチンが輸送するイオンにかかわらず、Na,Kー ATPaseの機能を阻害することを示唆するものである。
これまでの実験でシスプラチンによる活性の抑制は、シスプラチンの濃度だ けではなく、シスプラチンとNa,KーATPaseのプレインキュベーションの時間に も依存していた。シスプラチンはその構造中の塩素が、水または水酸基ヘ変化 して抗腫瘍効果を示すといわれており、その変化は時間に依存すると考えられ ている。そこで、シスプラチンによる活性抑制が、シスプラチンの構造変化に よるものか、時間に依存したものかを確かめることを目的として水和時間の違 いによるNa,KーATPase活性ならびにp‑NPPase活性への効果を調べたが、水和 時間の違いは観察されなかった。このことから、時間に依存した活性抑制は、
シスプラチンの水和による構造変化に要する時間ではなく、Na,K―ATPaseとシ ス プ ラ チ ン の 結 合 に 要 す る 時 間 に よ る も の と 推 定 さ れ た 。 以上より、Na,K―ATPase反応においてK゛同族体やNH4゛はK゛同様の役割を担 うが、Li+のみはK+とNa+の中間的な役割を担うイオンであること、シスプラ チンはこれらのイオンに依存したNa,K―ATPaseによる活性をK゛の場合と同様に 抑制することを明らかにした。