博士(歯学)半澤元章 学位論文題名
口 腔扁平 上皮 癌細 胞の浸潤におよぼす HGF の影響 学位論文内容の要旨
緒言 医学の進歩により癌の治療成績は向上したが、一方で遠隔臓器に 転移をきたした場合には治療が困難となり致死的となる。このた め、癌の浸潤転移機構の解明が急がれているが、そのメカニズムは 複雑で未だ不明な点が多い。また癌の浸潤転移は、癌細胞自身と 周囲問質細胞組織の相互作用により成り立ち、癌細胞自身の性格に 加え、問質細胞の産生する増殖因子やサイトカインによって影響を 受けることが報告されている。
HGF(hepatocyte growth factor)は、肝再生因子として1984年に 発見され、上皮細胞の増殖促進、細胞運動促進、細胞分化促進など 多様な生物活性を持っことが報告されている。またHGFは線維芽細 胞などの間葉組織由来細胞によって産生分泌され、HGFレセプター であるc‐metを持つ上皮細胞に作用し、その増殖や機能を制御する ノヾラクライン因子としての作用が特徴である。最近になり、HGFは 正常細胞の みをらず癌細胞に 対しても作用し、種 々の癌細胞の 浸潤、転移を強カに誘導することが明らかにされ、胃癌、肺癌など では原発組 織中のcーmetの発現とHGFレベルが、悪性度ならびに 予後と相関 することが報告されてし、る。しかしながら、HGFが 癌細胞の浸潤転移能を活性化する機序には不明な点が多く、また、
口腔扁平上皮癌についての報告は少ない。
そこで本研究では、HGFが口腔扁平上皮癌細胞の浸潤転移.におよぼ す影響とそのメカニズムを明らかにする目的で、癌細胞の血vitro 運動能ならびに浸潤能、細胞外マトリックス分解酵素産生能におよ ぼす影響について検索するとともに丶l而vitro三次元浸潤モデルを 作製しその生物学的活性について検討した。
材料ならびに方法
ヒト口腔扁平上皮癌由来細胞株HSC3と二種類のヒト線維芽細胞 株MRC5、Ginlを用い た。.HGFはりコンピナント・ヒトHGF、 HGF抗 体は 抗ヒ トHGFモノ クロナー ル抗体(HGFゼ鎖を認識)を 用いた。
各 細 胞 の HGFな ら び に c‑met夕 ン バ ク と mRNAの 発 現 を ウエスタンプロット法およびノーザンブロット法を用いて検索し、
HGFならびに線維芽細胞の培養上清が癌細胞のin viU0運動能ならび に浸潤能に及ぼす影響を、それぞれポイデンチェンノヾー、マトリゲ ルを用いて検索した。次に而Wむ.0三次元浸潤モデルを作製し、浸潤 基質の違いによる癌細胞の浸潤動態を形態学的に観察した。続いて HGFが癌細胞の細胞外マトリックス分解酵素、特にマトリックス‐
メタロプロテアーゼ(MMP)産生に及ぼす影響を検索するために、
HGFを添加した無血清培地で癌細胞を培養し、MMP遺伝子の発現を ノーザンプロット法でさらに分解酵素の活性をザイモグラム法で検 索した。
結果
1)HGFならびにc‑met(HGFレセプター)の発現
c‑metは 癌 細 胞 のHSC3に 認 め ら れ、HGFは 線 維 芽細 胞 であ る MRC5、Ginlに 認 めら れた 。HGFの発 現はmRNAなら びに タンパ ク レベ ルにお いてもGinlに比ベMRC5で 高く、 さらに培養上清中に 分 泌 さ れ た HGF濃 度 も Ginlに 比 べ MRC5で 高 か っ た 。 2) HGFならびに線維芽細胞培養上清の癌細胞の而vitro運動能、
浸潤能に及ぼす影響
癌細胞の運動能、浸潤能は、HGFならびに線維芽細胞の培養上清 により亢進し、抗HGF抗体で抑制された。
3)而vitr〇三次元浸潤モデルにおける癌細胞の浸潤動態の検索 癌細胞と線維芽細胞を混入したコラーゲンゲルによる三次元浸潤 モ デ ルで は 、 癌 細胞 のゲ ル内へ の浸潤 はHGF高産 生性 のMRC5で 著し く、HGF低産生性のGin1では浸潤傾向を示さなかった。さら に、癌細胞と線維芽細胞を含まないコラーゲンゲルによるモデルで は、HGFを添加することにより癌細胞がゲル内へ浸潤することが 観察 され、この現象はI型コラーゲン単独ゲルに比べI型とW型の 混合ゲルで著明であった。
4)HGFのMMP産生に及ぽす影響
HGF添 加無血 清培 地で培 養したHSC3で は、HGFの濃度に比例し て 転 写 因 子E1AFmRNAの 発 現 が 亢 進 し 、 同 時 にMMP−1、 3、9 mRNAの発現も亢進した。さらに同培養上清を用いたザイモグラム では 、HGFの濃 度に 比例し て92KDーW型コラ ゲナーゼ(MMP‐9) の増加が認められた。
考察
癌の浸潤転移は多数の過程を経て起こる複雑な生体現象であると 考えられ、この過程には癌細胞の運動、基底膜成分の分解、癌細胞 と基底膜の接着の3つの要素が関与している。癌細胞が周囲組織に 浸潤していく際には、基底膜や結合組織の構成タンノヾクを局所的に
分解する種々のプロテアーゼの作用が不可欠で、なかでも癌細胞の 浸潤転移にはMMPが重要な役割を果たしていることが報告されて いる。本研究では、このうち特に基底膜構成成分であるIV型コラ ー ゲンを 分解す るIV型 コラ ゲナー ゼ(MMP‐2、MMPー9)に着目 し 、 HGFが MMP産 生 に 及 ぼ す 影 響 に つ い て 検 討 し た 。 而vitro三次元浸潤モデルによる形態学的検索では、コラーゲン ゲ ル内へ の浸潤 はHGF高産生性のMRC5で著しく、HGF低産生性の Ginlでは癌細胞は重層化するのみでゲル中への浸潤傾向は示さなか った。またHSC3単独モデルでは、培地にHGFを添加することによ り癌細胞がゲル内へ浸潤することが観察された。これらの結果は、
HGFの添加により癌細胞の分泌する細胞外マトリックス分解酵素 産生が亢進したことを示しており、さらに癌細胞の浸潤はI型コラ ーゲン単独に比べIV型コラーゲンを含むゲルで強かったことから 腫瘍細胞のIV型コラーゲン分解酵素産生亢進を強く反映している ものと思われた。遺伝子レベルの解析においても、HGFの刺激に よ り 癌 細 胞 のMMP‑1、3、9mRNAの 発 現 が 特 異 的に 誘 導 さ れ 、 ザイモグラムによりタンノヾクレベルでのMMP‑9の酵素活性が亢進 することが確認された。
遺伝子 レベル での解 析か ら、HGFに よるMMP‐1、3、9の転写 レベルでの活性化が強く示唆されたため、MMP遺伝子の転写制御 領 域の解 析を行 った。EIAFは1993年に報告されたets‑oncogene familyに属する転写因子で、MMPの転写制御領域に存在するets‑
binding siteに結合してMMP‑1、3、9の転写を活性化することが示 されている。EIAF遺伝子を導入しEIAFを強制発現させた癌細胞で はMMPの転写 が亢進 し、その結果MMPの分泌が増加し浸潤転移能 が増強されることや、高浸潤性の癌細胞ではEIAFならびにMMPの 発現が強く、逆に低浸潤性の癌細胞ではEIAFならびにMMPの発現 が弱いことが示されている。
本 研 究 で は 、HGFの 刺 激 に よ りMMPの 転 写 因 子 の ー つ で あ る EIAF mRNAの 発 現 も 同 時 に促 進 され たこと から、HGF/c‑metに よ る細胞 内シグ ナル伝達経路の下流に転写因子EIAFが存在し、
EIAFを 介 し てMMPの 転 写 亢 進 が 生 じ 、 そ の 結 果MMPの 産 生 が 増 加 し て 癌 細 胞 の 浸 潤 性 が 増 強 さ れ る こ と が 示 唆 さ れ た 。 結語
本研究 の結果から、問質細胞由来のHGFは癌細胞の運動性を 亢進さ せると 共に 、転写 因子EIAFの活 性化 を介して細胞外 マトリックス分解酵素であるMMP遺伝子の転写を亢進させるこ とが明らかになった。これらのことから、HGFは口腔癌の浸潤 に も 大 き な 役 割 を 演 じ て い る こ と が 示 唆 さ れ た 。
学位論文審査の要旨
学 位 論 文 題 名
口 腔扁平上 皮癌細胞 の浸潤に およぼす HGF の影響
審 査 は 審 査 担 当 者 全 員 が 一 堂 に 会し て 行わ れ た 。 まず、 論文提出者に研究内容の概要の説明を求めたふ
癌の浸潤 転移は多 数の過程 を経て起 こる複雑 な生体現 象であると 考えら れ、 こ の 過程 に は 癌細 胞 の運 動 、 基底 膜 成分 の 分 解、 癌 細胞と基底 膜の 接 着 の3つ の 要 素 が 関 与し て いる 。 ま た癌 の 浸 潤転 移 は、 癌 細 胞自 身 と 周囲問質 細胞組織 の相互作 用により 成り立ち 、癌細胞 自身の性格 に加え、
問質細胞 の産生す る増殖因 子やサイ トカイン によって 影響を受け ることが 報告され ている。
HGF(hepatocyte growth factor)は、肝 再生因子 として1984年 に発見さ れ、 上 皮 細胞 の 増 殖促 進 、細 胞 運 動促 進 、細 胞 分 化促 進 など多様な 生物 活性 を 持 っこ と が 報告 さ れて いる。ま たHGFは線維 芽細胞な どの間葉組 織 由来 細 胞 によ っ て 産生 分 泌さ れ 、HGFレ セ プタ ー で あるc‑metを持 つ上皮 細胞に作 用し、そ の増殖や 機能を制 御するパ ラクリン 因子として の作用が 特 徴 で あ る 。 最 近 にな り 、HGFは 正 常細 胞 の みな ら ず癌 細 胞 に対 し ても 作用 し 、 種々 の 癌 細胞 の 浸潤 、 転 移を 強 カに 誘 導 する こ とが明らか にさ れ、 胃 癌 、肺 癌 な どで は 原発 組 織 中のc‑metの 発 現とHGFレベルが 、悪性 度な ら び に予 後 と 相関 す るこ とが報告 されてい る。しか しながら、HGFが 癌細胞の 浸潤転移 能を活性 化する機 序には不 明な点が 多く、また 、口腔扁 平上皮癌 について の報告は 少ない。
そ こ で本 論 文 提出 者 は、HGFが口 腔扁平上 皮癌細胞 の浸潤転 移におよぼ す影響と そのメカ ニズムを 明らかに する目的 で、癌細 胞の而vitr〇運 動能 ならびに 浸潤能、 細胞外マ トリック ス分解酵 素産生能 に及ぼす影 響につい て検 索 す ると と も に、 而W的三 次元浸潤 モデルを 作製しそ の生物学的 活性 について 検討した 。
材料および 方法
ヒ ト 口 腔 扁 平 上 皮 癌 由 来 細 胞 株HSC3と 二 種 類 の ヒ ト 線 維 芽 細 胞 株 MRC5、Ginlを 用 い た 。HGFは り コ ン ピ ナ ン ト ・ ヒ トHGF、HGF抗 体 は 抗 ヒ ト HGFモ ノ ク ロ ナ ー ル 抗 体 (HGF 鎖 を 認 識 ) を 用 い た 。 各 細胞 のHGFなら ぴ にcーmetタ ン パク とmRNAの発 現 を ウエ ス タン プロ ット 法 およ び ノ ーザ ン プロ ッ ト 法を 用 いて 検 索 し、HGFな らぴ に 線維芽 細胞の培養 上清が癌 細胞の而vitro運動能ならびに浸潤能に及ぼす影響を、
そ れ ぞ れ ボ イ デ ン チ ェ ン バ ー 、 マ ト リ ゲ ル を 用 い て 検 索 し た 。 次に 而vitro三次元浸 潤モデル を作製し 、浸潤基 質の違いに よる癌細 胞の
保璋 博 太 村宮 田 中雨 福 授授 授 教教 教 査査 査 主副 副
浸潤動態を形態学的に観察した。続いてHGFが癌細胞の細胞外マトリック ス分解酵素、特にマトリックスメタロプロテアーゼ(MMP)産生に及ぼす 影響を検索するために、HGFを添加した無血清培地で癌細胞を培養し、
MMP遺 伝子 の発 現をノ ーザ ンブ ロッ ト法で 、さらに分解酵素の活性を ザイモグラム法で検索した。
実験結果およぴ結論
1)c‑met (HGFレセプター)は癌細胞のHSC3に、HGFは線維芽細胞である MRC5、Ginlに認 められ た。HGFの発 現はmRNAならぴにタンバクレベル においてもGinlに比ベMRC5で高かった。
2)癌細胞の運動能、浸潤能は、HGFならぴに線維芽細胞の培養上清により 亢進し、抗HGF抗体で抑制された。
3)三次元浸潤モデルにおいて、HGF添加により癌細胞はコラーゲンゲ少を 分解してゲル中に浸潤した。また癌細胞と線維芽細胞を混入したコラーゲ ン ゲル によ るモ デルで は、 癌細 胞の 浸潤はHGF高産生性のMRC5で著し く 、 HGF低 産 生 性 の Ginlで は 浸 潤 傾 向 を 示 さ な か っ た 。 4) HGF添加により転写因子EIAF mRNAの発現が亢進し、同時にIvn¥4P‑l、 3、9 mRNAの発現も亢進した。さらにタンパクレベルでも92KD‑IV型コラ ゲナーゼ(MMP‑9)の増加が認められた。
5)本研究の結果から、問質細胞由来のHGFは癌細胞の運動性を亢進させる と共に、転写因子EIAFの活性化を介して細胞外マトリックス分解酵素であ るMMP遺伝子の転写を亢進させることが認められた。これらのことから、
HGFは口 腔癌の 浸潤 にも 大きな 役割 を演 じて いることが示唆された。
以上が本論文の要旨である。
続 い て 、 各 審 査 担 当 者 か ら 以 下 の 様 な 種 々 の 質 問 が さ れ た 。 1)実験法に関する詳細。
2)本研究に関連する他の研究の状況。とくに癌細胞の運動性に関して HGFと細胞接着因子、細胞骨格との関係についての詳細。さらに本研究に 用いた細胞株以外の癌細胞での状況の詳細など。
3)本研究の独創性。
4)本研究の今後の発展性および臨床応用。
これらの各質問に対して、論文提出者からそれぞれ明快な説明および回答 が得られ、本論文提出者が本研究を中心に広い学識を有することが認めら れた。また、本研究内容も高く評価された。
以上より、本論文提出者が博士(歯学)の学位授与に値するものと認めら れた。