博士(歯学)奥村健仁 学位論文題名
培養・移植した歯根膜細胞の動態と歯周組織再生の研究
学位論文内容の要旨
緒 言
歯 周疾 患の 治療 にお いて、 失わ れた 歯周 組織の再生は極めて重要な問題である。歯 周組 織の 再生 には 、歯 周組織 の失 われ た歯 根面に歯根膜の組織を誘導して増殖させる こ と が 重 要 で あ り 、 現 在GTR法 が 臨 床 応 用 さ れ て い る 。 し か しGTR法 の 適 応 は 比 較的 軽度 の症 例に 限ら れ、歯 周組 織の 再生 量に限界があるのが現状である。そこで当 教室 では 、歯 根膜細胞を生体から採取し、in vitroで培養、増殖させた後に、in vivo ヘ移植して歯周組織を再生させる方法に注目し研究を行ってきた。1996年に大森がラッ トの 歯根 膜細 胞を 培養 ・増殖 させ 、象 牙質 片上に付着させて頭蓋骨の骨欠損作成部へ 移植 した 結果 、セ メン ト質様 の硬 組織 が新 生したと報告した。しかし移植した培養細 胞が 生体 内で どの よう な動態 を示 し、 どの ような役割を担ったかは明確にはされてい ない 。そ こで 本研 究の 目的は 、ラ ット より 採取した歯根膜細胞を培養・増殖して象牙 質片 に付 着さ せ、 頭蓋 骨ヘ移 植し た後 の細 胞の動態と硬組織形成についてさらに検討 を行うことである。
材料および方法 1.実験動物
本実験では臓器移植で免疫学的に組織適合性が確立されている近親交配の雄性ラッ ト、WKA/Sea (WKAラット)を用いた。
2.実験方法 1)実験群
(1)歯 根膜 細胞 の採取:WKAラット4週齢から採取した切歯を歯軸方向に半切し、歯根 膜 面 が35mm培 養dish底 面に 接す るよ うに 静置 して 、12%ウシ 胎児 血性 、抗 生剤 添 加培地(MEM)を用い培養を行った。
(2)象 牙 質 片 の 作 製 : ラ ット 上顎切 歯か ら大 きさ2X1x0.5mmの象 牙質 片を 作製 した 。 象 牙 質 片 は ク エ ン 酸 (pHl.0)に て 1分 間 処 理 し 、 超 音 波 洗 浄 を 行 っ た 。 (3)培養歯根膜細胞の播種と培養:歯根膜より細胞が増殖し、confluentになった時点で 細 胞を 回収 し、 前述 の象 牙質 片上 に播 種し た。培地の交換は細胞の播種後48時間ご と に0.05%Bromodeoxyuridine (BrdU)含有MEMで行っ た。2週 間後 、象 牙質面に細
胞が付着していることを確認し、実験群の移植片とした。
(4)移植方法:WKAラット(12〜13週齢)の頭蓋骨に骨欠損を作成し、歯根膜細胞を培 養・付着させた象牙質片を細胞付着面が骨欠損部に面するように移植し、象牙質片 と周 囲の 骨面 をゴ アテッ クス @膜 を用 いて被 覆し 、頭 皮を復位、縫合した。
2)対照群
実験群と同様の方法で象牙質片を作成し、歯根膜細胞を播種せず、WKAラットの 頭 蓋 骨 に 形 成 し た 骨 欠 損 部 に 実 験 群 と 同 様 の 方 法 で 移 植 し た 。 3.観察方法
象牙質片移植後7日、14日、21日、28日後に屠殺し、4%パラホルムアルデヒド で72時間固定後、10%EDTAで30日脱灰し、脱水後、ヒストレジンプラスoに包埋し、
5メmの連続組織切片を作成した。染色は抗BrdUモノクローナル抗体を用いた免疫 組織化学染色(BrdU染色)、酒石酸耐性アシドフォスファターゼ染色(TRAP染色)、
アルカリフォスファターゼ染色(ALP染色)、ヘマトキシリンーエオジン重染色 (HE染色)を行い、光学的顕微鏡を用いて観察した。
結果 1.移植7日後
実験群では、頭蓋骨の骨欠損部と移植象牙質片との間に結合組織が存在し、象牙質 表面には線維芽細胞と思われる細胞が存在した。頭蓋骨と象牙質片の表面にはTRAP陽 性細胞が認められた。ALP陽性細胞は、頭蓋骨の骨欠損面や骨髄腔内に認められ、象 牙質表面には認められなかった。一方対照群では、頭蓋骨と移植象牙質片の間に実験 群と同様、結合組織が存在し、アンキローシスは観察されなかった。TRAP陽性細胞は 骨欠損部および象牙質片の表面に認められたが、ALP陽性細胞は象牙質片周囲には認 められなかった。
2.移植14日後
実験群では、頭蓋骨と移植象牙質片との間隙に結合組織が介在し、血管の新生が認 められ、線維芽細胞と思われる細胞が多数存在していた。とくに7例中1例では象牙 質表面が一部吸収され、この吸収窩に添加するように硬組織がわずかに形成されてい た。連続切片で観察した結果、この新生硬組織と頭蓋骨との連続性は認められなかっ た。一方対照群では、5例中4例に頭蓋骨と象牙質片が幼若な骨によルアンキ口一シ スしている像が観察された。またアンキローシスしていない部位では、象牙質の吸収 が進行し、広範囲で深部に及んでいた。
3.移植21日後
実験群では、8例中2例に実験群の14日後と同様、象牙質片の吸収窩に頭蓋骨と非 連続性の硬組織が形成された。この象牙質片表面の硬組織は14日後よりも広範囲にわ たって形成されており、内部に封入された細胞数も多く、細胞性セメント質の構造と 類似していた。硬組織の表面にはALP陽性の細胞が認められ、その周囲にはTRAP陽性 細胞がわずかに認められた。一方、対照群では、5例全て頭蓋骨と象牙質片がアンキ
口ーシスしており、移植14目後よりも広範囲に及んでいた。アンキローシス部では、
TRAP陽性細胞、ALP陽性細胞がほとんど認められなかった。
4.移植28日後
実験群では、7例中6例は頭蓋骨と象牙質片とのアンキ口ーシスが観察されたが、
1例はアンキ口ーシスせず、新生硬組織が象牙質面に添加するように広範囲に形成さ れており、内部には細胞が封入されていた。新生された硬組織は21日後よりも広<厚 みも増加していた。象牙質片と頭蓋骨との距離は狭<なっていたが、数層の線維芽細 胞様の細胞を含む結合組織により隔てられていた。またBrdU陽性の線維芽細胞様細胞 が、新生硬組織の周囲および象牙質片の表面に認められた。一方対照群では、4例全 て 象 牙 質 片 の ほ ぼ 全 面 に わ た り 頭 蓋 骨 と ァ ン キ 口 ー シ ス し て い た 。
考 察
本研究は、歯周組織の新しい再生療法として、歯根膜から採取した細胞を培養・増 殖させて歯根膜が失われた根面に移植する方法を開発し発展させる目的で、生体に移 植した培養歯根膜細胞の動態および硬組織形成に関して検討を行った。培養細胞を標 識するた めにBrdUを用い、 さらに硬組 織形成との 関連性を知 るためにALP染色と TRAP染色を行った。BrdUは細胞合成期にDNAに取り込まれ、かつ非放射性であるこ とから培養歯根膜細胞の標識として用いた。その結果、BrdU陽性の細胞が移植28日後 まで観察されたことから、移植した細胞が少なくとも28日問は生存していたと考えら れた。また対照群は実験群よルアンキローシスした割合が多いだけでなく、広範囲に わたルアンキローシスしていたことから、培養細胞が.アンキローシスを阻止する役割 を果たした可能性が高いと考えられた。
さらに実験群では象牙質表面にセメント質様硬組織の形成が認められたが、移植時 にゴァテックス膜を用いて周囲から細胞の侵入を防いだことから、移植した培養歯根 膜細胞がセメント質様硬組織形成に強く関与した可能性が高いと考えられた。しかし 以前に行われた大森らの研究では、4週後以降は実験群も全てアンキ口ーシスしてい たことから、歯根膜細胞の培養、移植による再生療法を発展させるには、移植した歯 根膜細胞の長期生存、増殖をはかる方法を検討するとともに、歯根膜細胞が歯根面や 歯槽骨など周囲の環境や咬合機能により歯周組織形成にどのような役割を果たしてい るのか、今後さらに検討することが必要と思われる。
学位論文審査の要旨
学 位 論 文 題 名
培養・移植した歯根膜細胞の動態と歯周組織再生の研究
審 査 は 審 査 担 当 者3名 が 一 堂 に 会 し て 口 頭 で 行 っ た 。 ま ず 論 文 提 出 者 に 提 出 論 文 の 内 容 に つ い て 論 述 さ せ た 。
歯 周 疾 患 の 治 療 に お い て 、 失 わ れ た 歯 周 組 織 の 再 生 は 極 め て 重 要 な 問 題 で あ る 。 歯 周 組 織 の 再 生 に は 、 歯 周 組 織 の 失 わ れ た 歯 根 面 に 歯 根 膜 の 組 織 を 誘 導 し て 増 殖 さ せ る こ と が 重 要 で あ り 、 現 在GTR法 が 臨 床 応 用 さ れ て い る が 、 そ の 適 応 は 比 較 的 軽 度 な 症 例 に 限 ら れ 、 歯 周 組 織 の 再 生 量 に 限 界 が あ る の が 現 状 で あ る 。 そ こ で 当 教 室 で は 、 歯 根 膜 細 胞 を 生 体 か ら 採 取 し 、in vitroで 培 養 、 増 殖 さ せ た 後 に 、invivo ヘ 移 植 し て 歯 周 組 織 を 再 生 さ せ る 方 法 に 注 目 し 研 究 を 行 っ て き た 。 こ れ ま で ラ ッ ト の 歯 根 膜 細 胞 を 培 養 ・ 増 殖 さ せ 、 象 牙 質 片 上 に 付 着 さ せ て 頭 蓋 骨 の 骨 欠 損 作 成 部 へ 移 植 し た 結 果 、 セ メ ン ト 質 様 の 硬 組 織 が 新 生 し た と 報 告 し て き た が 、 移 植 し た 培 養 細 胞 が 生 体 内 で ど の よ う な 動 態 を 示 し 、 ど の よ う な 役 割 を 担 っ た か は 明 確 に さ れ て い な い 。 本 研 究 の 目 的 は 、 ラ ッ ト よ り 採 取 し た 歯 根 膜 細 胞 を 培 養 ・ 増 殖 し て 象 牙 質 片 に 付 着 さ せ 、 頭 蓋 骨 ヘ 移 植 し た 後 の 細 胞 の 動 態 と 硬 組 織 形 成 に つ い て さ ら に 検 討 を 行 う こ と で あ る 。
材 料 お よ び 方 法
実 験 動 物 は 近 親 交 配 の 雄 性 ラ ッ トWKA/Seaを 用 い た 。 実 験 群 で は 、4週 齢 ラ ッ ト か ら 採 取 し た 歯 根 膜 細 胞 を0.05%Bromodeoxyuridine (BrdU)含 有MEMを 用 い て 象 牙 質 片 上 で 培 養 し 、 12〜13週 齢 ラ ッ ト の 頭 蓋 骨 の 骨 欠 損 作 成 部 に 移 植 し た 。 対照 群 で は 歯 根 膜 細 胞 を 付 着 さ せ て い な い 象 牙 質 片 の み を 実 験 群 と 同 様 の 方 法 で 移 植 し た 。 象 牙 質 片 移 植 後7日 、14目 、21日 、28日 後 に 屠 殺 し 、4% パ ラ ホ ル ム ア ル デ ヒ ド で72時 間 固 定 後 、10%EDTAで30日 間 脱 灰 し 、 脱 水 後 、 ヒ ス ト レ ジ ン プ ラ ス @ に 包 埋 し 、5メmの 連 続 組 織 切 片 を 作 成 し た 。 染 色 は 抗BrdUモ ノ ク ロ ー ナ ル 抗 体 を 用 い た 免 疫 組 織 化 学 染 色 、 酒 石 酸 耐 性 ア シ ド フ ォ ス フ ァ タ ー ゼ(TRAP)染 色 、 ア ル カ リ フ ォ ス フ ァ タ ー ゼ(ALP)染 色 、 ヘ マ ト キ シ リ ン ー エ オ ジ ン 重 染 色 を 行 っ た 。
481―
熈
男
稔
隆
藤
後
田
加
向
脇
授
授
授
教
教
教
査
査
査
主
副
副
結果
実験群では、移植7日後には象牙質片が一部吸収され、吸収窩にTRAP陽性細胞 が観察された。14、21、28日後では一部に骨性癒着する標本も認められたが、象 牙質片表面に頭蓋骨と非連続性で内部に細胞を封入するセメント質様の硬組織の新 生が新生し、周囲にはALP陽性細胞が観察される標本が認められた。また28日後 の新生硬組織周囲にはBrdU陽性細胞が観察された。対照群では、移植7日後、移植 象牙質表面の吸収が認められ、14日後には頭蓋骨より骨が増殖し象牙質片の一部と アンキ口ーシスが生じており、21、28日後では全てアンキ口ーシスしていた。
考察
本研究は、歯周組織の新しい再生療法として、歯根膜から採取した細胞を培養・
増殖させて歯根膜が失われた根面に移植する方法を開発し発展させる目的で、生体 に移植した培養歯根膜細胞の動態および硬組織形成に関して検討を行った。培養細 胞を標識するためにBrdUを用い、さらに硬組織形成との関連性を知るためにALP染 色とTRAP染色を行った。その結果、BrdU陽性の細胞が移植28日後まで観察された ことから、移植した細胞が少なくとも28日問は生存していたと考えられた。実験群 でセメント質様硬組織の形成が認められただけでなく、対照群では実験群より骨性 癒着した割合が多いだけでなく、広範囲にわたり骨性癒着していたことから、移植 した培養歯根膜細胞がセメント質様硬組織形成に強く関与し、骨性癒着を阻止する 役割を果たした可能性が高いと考えられた。しかし以前の報告では、28日後以降は 実験群も含めて全て骨性癒着していたことから、歯根膜細胞の培養、移植による再 生療法を発展させるには、移植した歯根膜細胞の長期生存、増殖をはかる方法を検 討するとともに、歯根膜細胞が歯根面や歯槽骨など周囲の環境や咬合機能により歯 周組織形成にどのような役割を果たしているのか、今後さらに検討することが必要 と思われる。
ひきっづき各審査員と申請者のあいだで、本論分の内容とその関連項目について 質疑応答が行われた。これらに対して申請者は本研究から得た知見と文献を引用し 適切な回答を行った。本研究は、象牙質片と共に生体内に移植した培養歯根膜細胞 が28日間生存し、セメント質様の硬組織の新生に関与する可能性を示唆したことが 高く評価された。これらのことは歯科医学の発展に十分貢献しうるものであり、博 士(歯学)の学位授与に値するものと判断された。