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法 文 化 論 序 説 ︵ 一 ︶

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全文

(1)

︿論

説﹀

法 文 化 論 序 説

︵ 一

池 田 政 章

第一 章 法文 化論 への 途 一 本稿 の意 図 二 G・ イエ リネ ック と憲 法問 題研 究会 三 憲法 意識 から 法文 化へ 四 憲法 と文 化 第二 章 改め て、 法文 化論 とは 一 法 的文 化 とい う言 葉 二 法と いう 文化 三 法に 関す る文 化 第三 章 法文 化の 生理 と病 理 一 法意 識の 病理 分析 二 法文 化論 の試 み 三 法意 識の 実証 的研 究 四 実定 法学 がみ た法 文化

(2)

五 比較 法学 によ る生 理的 考察 第四 章 法文 化の 普遍 性と 個性 一 法文 化に みる 普遍 性 二 法文 化の 実相 三 法哲 学の 法文 化論 四 多元 的法 文化 論

第五 章 法 と文 化 の自 画像 第六 章 自画 像の 形相 第七 章 表層 の法 文化 第八 章 法文 化の 深層 お わ り に︱

︱憲 法文 化に つい て

第一 章 法文 化論 への 途 一

本稿 の意 図

本稿 は 法文 化論 の 序 説 と題 する

。法 文化 論と は何 を論 ずる 研究 なの か、 それ を論 ずる こと の意 味は どこ にあ るの か、 そし てど のよ うに 法文 化に アプ ロー チす るの かと いう 方法 につ いて 考え る、 つま り法 文化 論の 意

(3)

義と 方法 とい う、 法文 化論 への 入口 を明 らか にし たい とい うの が 序説 と 題し た理 由で ある

。 とこ ろが

、こ の法 文化 論と いう テー マに つい て、 現在

、法 学界 がど こま で的 確に 理解 して いる かと いう 点に なる と、 あい まい な返 事し かで きな いの では ない かと 思う

。 確か に、 法文 化を 主題 にし た学 会報 告︵ 一九 八六 年法 哲学 会、 一九 九六 年比 較法 文化 学会

、一 九九 八年 比較 法学 会︶ がす でに なさ れて はい

( )

るが

、当 時の 学会 関係 者に 共通 した 法文 化の イメ ージ があ って のこ とか は疑 問で ある

。そ れ

以前 は勿 論、 それ 以後 でも

、似 たよ うな 問題 を扱 った 論稿 に法 感覚

・法 観念

・法 意識

・法 思想 とい った 用語 法が み られ

、法 文化 の観 念が 定着 して いる とは 思え ない から であ る。 つま りは 法文 化の 概念 規定 をあ いま いに した まま

、 比較 法学

・法 哲学

・法 社会 学と いっ た基 礎法 学が 問題 関心 をも つに 止ま って

、実 定法 学の 各テ キス トに

、こ れに 関 する 具体 的記 述を 見出 すこ とは 今も 稀と いう 状態 なの であ る。 こう した 状況 の下 で、 筆者 はか なり 以前 から 法文 化研 究に 積極 的意 味を 認め

、暇 に飽 かせ てそ の意 義と 方法 につ いて 考え を巡 らせ てき た。 そし てよ うや く一 九九 一年 に﹁ 法文 化論

︱︱ その 意義 と方 法﹂ とい う論 文を 発表

( )

した

その 頃、 法文 化研 究は 単独 では 成し えな いと 考え

、研 究会 をも とう とさ まざ まな 専門 分野 の後 輩に 声を かけ たが

、 答え とし て、 法文 化論 につ いて 私が まず その 入門 書を 書く よう にと いう 注文 が返 って きた

。而 して 十数 年、 私事 多 端の ため 延び 延び とな り、 現在 にい たっ てよ うや く、 その 日が きた とい うわ けで ある

。 この 間に

、法 文化 の題 をも つ著 作や 論文 も公 表さ れ、 さら に最 近は

﹁比 較法 文化 学の 構築

﹂︵ 法社 会学 会二

〇〇 八 年︶ と独 立科 学を 目指 すと も思 える 風潮 も現 れて

、法 文化 のイ メー ジは ほぼ 固ま りつ つあ る。 が、 その 研究 対象 は さま ざま であ り、 その アプ ロー チも 各人 各様 であ る。 論者 の専 門分 野が いろ いろ であ るか ら当 然の 結果 とい える の かも しれ ない が、 法文 化論 の未 成熟 とい うこ とが 原因 で、 人そ れぞ れの 思惑 を生 んで いる とい うの が正 直な とこ ろ だろ う。

(4)

この よう な推 測の 下で は、 筆者 の、 法文 化論 の意 義と 方法 とい う、 この 論稿 も一

〇篇 の一 つに すぎ ない のだ ろう と思 いつ つ、 拙著

﹃憲 法社 会体 系Ⅲ

﹄の 内容 をな ぞる 結果 にな るが

、ほ かの 著作

・論 文と は異 なる 筆者 なり の考 え 方を 少し 詳し く論 じて みた いと 考え た。

そこ で、 まず 法文 化と いう 観念 につ いて

。新 しい

﹃法 律学 小辞 典﹄ 有斐 閣、 二〇

〇四 年︶ には

﹁あ る社 会に おけ る人 々の 法に つい ての 意識 や行 動様 式の 総体 を法 文化 とい う﹂ とあ り、 日本 の独 自性 の例 が述 べら れて いる

。 裁判 より 調停 を好 む、 契約 書に 細か く規 定す るよ り﹁ 問題 が起 こっ たら 誠意 をも って 話し 合う

﹂と いう よう な条 項 を好 む、 であ る。 これ が現 在、 法学 界で 通用 する 大ま かな 法文 化の イメ ージ であ る。 筆者 の考 えも これ と大 同小 異で ある が、 筆者 流の 言い 方だ と﹁ ︵ 法と いう

︶文 化 から みた 法 に関 する 文化 ﹂ とな る。

﹁法 に関 する 文化

﹂と いう 点が 大同 であ り、

﹁法 とい う文 化か らみ た﹂ 簡単 に文 化か らみ たで もよ い︶ とい う点 が小 異な ので ある

。そ して もっ と判 り易 くと いわ れた ら、 平凡 で常 識的 だが

、 法に 関す る日 本文 化論 だ と 答え るこ とに して いる

。こ の常 識的 な結 論に 至る まで の小 異の 考え 方が どう いう 軌跡 のも とで 生ま れた かと いう

、 その 経緯 につ いて 話そ うと いう のが 本稿 の主 意と いう わけ であ る。 二 G・ イエ リネ ック と憲 法問 題研 究会

筆者 の専 攻は 憲法 学で ある

。そ れが 何故 法文 化論 に執 着す るよ うに なっ たの か。 憲法 研究 者だ った ら当 然に 抱く 疑問 であ る。 入門 書を 書い てほ しい とい った 後輩 の気 持ち もそ こに あっ たの だろ う。 それ に答 えよ うと して 今 から 振り 返る と、 その 契機 はそ もそ も筆 者の 研究 生活 の初 めに あっ たと 思え てく るの であ る。 公法 学を 専攻 する 者に とっ て、 当時

、最 初の 必読 文献 とい われ たの が、 G・ イエ リネ ック

﹃一 般国 家学

﹄︵ 原著

︶ であ る。 共同 研究 室の 仲間 数人 と輪 読会 を開 くこ とで 研究 生活 が始 まっ た。 どこ まで 読み 進ん だか 定か な記 憶は な

(5)

いが

、途 中で 止め たこ とは 確か であ る。 しか しそ のと き、

﹁第 二二 章 公法 の保 障﹂ とい う最 終章 が心 にか かっ た。 今で は憲 法テ キス トに

﹁憲 法保 障﹂ の章 があ るの は常 識と いっ ても いい が、 当時 は違 憲審 査制 の説 明は あっ ても

、 憲法 保障 制度 を総 体と して 論ず ると いう 視点 はほ とん どな かっ たか らで ある

。 そし て一 年有 余、 病後 初め て参 加し た田 中二 郎ゼ ミで

︵以 下す べて 敬称 略︶

、西 ドイ ツの 憲法 裁判 所に つい て紹 介 する よう 求め られ た︵ イエ リネ ック に近 づけ る好 機で ある

。︶ その 時の 数回 にわ たる 報告 では

、H

・レ ッヒ ナー

、W

・ ガイ ガー のコ メン ター ルに より なが ら、 現行 制度 の紹 介と その 前史

、と くに ワイ マー ル憲 法時 代の 国事 裁判 所と の 違い を強 調し たの であ った

。こ れが 助手 論文 のネ タと なっ た。

﹃ド イツ 型憲 法裁 判の 系譜 と特 質﹄ であ る。 今の 憲法 学現 役世 代は

、戦 前・ 戦中 世代 の体 系の 組み 替え に腐 心し てい るよ うに みえ るの だが

、こ れは 戦後 憲法 学六

〇年 がそ うさ せて いる のだ ろう か。 研究 にも 流行 があ るよ うで

、戦 後第 一世 代で は、 当時 の新 制度 につ いて 歴 史的 ある いは 比較 法的 研究 がは やり とな って いた

。筆 者の 方法 もそ れに 倣っ て、 制度 の現 代的 意義 を歴 史か ら学 ぶ とい うこ とに 主眼 をお いて いた こと にな る。 そし て同 時期 に読 んだ W・ メル クの

﹃憲 法の 保障

一九 三五 年︶ を媒 介と して

、イ エリ ネッ クの 最終 章に 手が 届い たと いう わけ であ る。 イエ リネ ック 国家 学は

、そ の最 終課 題と して 公法 保障 の問 題を とり あげ

、そ の三 類型 を論 ずる

。社 会的 保障

・政 治的 保障

・法 的保 障で ある

。説 明は 社会 的保 障が 最も 短く

、法 的保 障が 一番 長い

。こ れは 公法 秩序 の保 障に 対す る 確実 性の 強弱 に見 合っ てお り、 当然 とい えば 当然

。し かし 確実 性が 弱く 短い 説明 の社 会的 保障 に心 惹か れる もの が あっ た。 当初

、こ れは 世論 の話 では ない かと 思っ た。 世論 によ る保 障と いう なら 憲法 擁護 の最 後の 砦と して の話 に ふさ わし いの では ない かと

︵今 の筆 者な ら文 化に よる 保障 とい うが

︶。 また 国家 学の なか で世 論の 話が でて くる とは 一般 国家 社会 学を 論ず るイ エリ ネッ クだ けの こと はあ ると

、生 意気 な感 想を 抱い たこ とを 思い だす

。 それ にし ても

、﹁ 大き なゲ ゼル シャ フト の力

、す なわ ち宗 教・ 習俗

・社 会道 徳、 要す るに 文化 的諸 力の 全体 と、

(6)

それ らに よっ て形 成さ れる 諸利 益と 諸

( )

組織

﹂が 憲法 の妥 当性 を担 保す ると はど うい うこ とだ ろう

。広 く文 化的 諸力

とい いつ つも

、例 示に は規 制的 文化 とい う共 通点 があ る。 とい って

、宗 教の 力が どの よう な法 的問 題と なっ て憲 法 保障 に結 びつ くの か。 例え ば、 宗教 の規 制力 が強 いか らと いっ て憲 法の 最後 の砦 にな るの だろ うか

。キ リス ト教 社 会だ から とい うだ けで は十 分な 説明 にな らな いし

、ま して や信 仰の 自由 だけ を問 題に して いる わけ では ない だろ う。 だっ たら 結局

、世 論と いう しか 見当 がつ かな かっ た。 今か ら思 えば

、当 初の こう した 疑問 に発 して

、そ の後 の研 究の 道筋 が決 まっ てい った よう に思 う。 それ を遠 因と いう なら

、近 因は 一九 五八 年に 始ま ると いえ る。 それ は、 こう であ る。

一九 五六 年、 内閣 に憲 法調 査会 が設 置さ れた

。朝 鮮戦 争を 契機 にし て政 府内 に高 まっ た憲 法改 正論 に促 さ れ、 改正 問題 に関 する 各種 の意 見を 調査 する とい う方 針に 基づ いて 設け られ た機 構で ある

。そ して 翌五 七年 から 活 動を 開始 した

。 そし て翌 々五 八年

、大 内兵 衛・ 我妻 栄な ど八 名が 発起 人と なっ て、 四六 人の 学者 で一 つの 会を 作る こと が提 案さ れた

。そ の会 が﹁ 憲法 問題 研究 会﹂ であ る。 会の 趣意 を明 かす 勧誘 状は 次の 通り

。今 では 歴史 的文 書で ある と思 う ので

、長 いが その 全文 を掲 げる

。 憲法

問題 研究 会設 立に つい ての 勧誘 状 御承 知の とお り、 ここ 数年 来、 憲法 改正 の主 張が 一部 の人 々に よっ て唱 えら れ、 現在 この 問題 は、 多く の国 民の 強い 関 心の 的に なっ てお りま す。 憲法 が一 国の 政治 と国 民生 活を 左右 する 重大 な基 盤で ある こと をお もう とき

、憲 法問 題を いか に考 える かは

、広 く国 民各 層に 共通 する 重要 な課 題と いえ まし ょう

。 こう した 状況 のな かに あっ て、 政府 は、 昨年 夏、 憲法 調査 会を 設け

、こ の問 題の 検討 に着 手し はじ めま した

。調 査会

(7)

は、 その 後、 総会 と分 科会 をひ きつ づい て開 き、 現行 憲法 の制 定事 情と その 基本 原理 につ いて

、種 々の 検討 を加 え、 今日 に及 んで いま す。 けれ ども

、そ の発 足の 事情

、な らび に、 これ に参 加し てい る委 員の 選択 をみ ると

、こ の調 査会 が、 現在 の憲 法問 題に 対す る広 汎な 民意 と正 しい 良識 とを 必ず しも 代表 して いな いか のよ うで あり ます

。調 査会 にあ らわ れて いる すべ ての 意見 に反 対す るわ けで はあ りま せん が、 一国 の運 命に 強い 影響 を及 ぼす 憲法 問題 が、 特定 の立 場か らの み解 釈さ れ検 討さ れて いる こと は、 まこ とに 遺憾 とい うほ かは あり ませ ん。 もと より

、現 在の 憲法 が制 定さ れた 当時 を顧 みる とき

、そ の環 境が

、私 たち の国 民感 情を 十分 充た しえ なか った こと を 理解 しな いわ けで はあ りま せん

。け れど も、 おび ただ しい 貴重 な人 命の 喪失 と、 惨澹 たる 焼土 を犠 牲と して 生れ 出た この 憲法 が、 平和

、民 主、 人権 の三 原理 を掲 げた とき

、敗 戦後 の虚 脱状 態に あっ た国 民は

、こ の憲 法を もっ て新 生日 本の 基礎 とす るこ とに

、新 しい 感激 と覚 悟を 抱い たこ とも 事実 であ りま す。 以来 十年

、こ の憲 法の 原理 は、 徐々 たる 歩み とは い え、 国民 生活 のあ らゆ る分 野に 平和 と自 由の 恩恵 をあ たえ

、人 間活 動の 見え ない 原動 力と なっ てき まし た。 いま もし この 憲法 の諸 条章 の解 釈が

、一 部の 見解 によ って 歪め られ

、や がて

、そ れが 公定 解釈 とし て世 論を 支配 する よ うに でも なれ ば、 日本 の再 生に 尽し た国 民の 十年 間に わた る努 力は 空し く挫 折し

、私 たち の希 求す る平 和と 自由 の原 理 は、 つい に発 展を 阻止 され るに 至る であ りま しょ う。 多く の国 民が

、憲 法改 正問 題の 前途 に深 い関 心を 抱い てい るの も、 こう した 理由 に基 くも のと 思い ます

。 私た ちは

、こ うし た事 態の 招来 を未 然に 防ぎ たい とい う意 図の 下に

、憲 法の 基本 原理 とそ の条 章の 意味 をで きる だけ 正 確に 研究 し、 この 問題 に関 心を 抱く 国民 各層 の参 考に 供し たい と考 えま した

。そ のた め、 憲法 学お よび その 他の 法学

、政 治学 なら びに 隣接 科学 の良 識あ る研 究者 に御 参会 いた だき

、憲 法問 題を 諸種 の角 度か ら研 究し たい と思 いま す。 私た ち八 名の 発起 人は

、貴 下が

、そ の専 門的 な学 識と 国民 的良 識と をも って

、こ の会 に参 加さ れる こと を切 望す る次 第で あり ま す。 幸い に御 賛同 を得 るこ とが でき れば

、来 る六 月八 日︵ 日曜 日︶ 午後 二時 より

、学 士会 館︵ 神田

︶に おい て最 初の 会合 を もち

、今 後の 研究 方針 につ いて 御意 見を 承り たい と存 じま す。

(8)

なお

、御 諾否 につ いて は、 同封 の葉 書を もっ て折 返し 御通 知い ただ けれ ば幸 であ りま す。 昭和 三十 三年 五月 二十 八日

大 内 兵 衛 茅 誠司 清 宮 四 郎 恒藤 恭 宮 沢 俊 義

矢内 原忠 雄 湯 川 秀 樹 我妻 栄 五〇

年後 の今 読ん でも

、ま さし く通 用す る達 意の 名文

、い わゆ る国 民投 票法 が成 立し 改憲 に向 けて 一歩 踏み だし た現 在こ そ、 読者 とと もに その 良識 にあ やか りた いと 思う

。余 談に なる が、 発起 人の 我妻 栄が

、憲 法調 査会 の発 足 時に

、時 の首 相岸 信介 から

︵我 妻と 銀時 計を 分け あっ た学 友と か?

︶軽 井沢 への 車中 で、 調査 会会 長就 任を 懇請 され たと 御自 身の 口か ら聞 いた 記憶 があ る。

﹁こ の招 請状 が出 され ると

、新 聞は 一せ いに 大き くと りあ げて

、わ れわ れが 憲法 改正 問題 につ いて 何か 反政 府の 旗上 げを した よう には やし たて た﹂ とは

、大 内兵 衛の 言葉 で

( )

ある

こう いう 世間 の風 評の なか で、 憲法 問題 研究 会は 一九 五八 年六 月八 日に 創立 総会 を東 京神 田の 学士 会館 で開 いた

。改 憲推 進の グル ープ が鳴 物入 りで

、会 場廊 下で 審議 妨害 をし てい たと 聞い てい る。 この 総会 後に

、筆 者は 宮 沢俊 義か ら研 究会 に出 席し て報 告・ 討議 のメ モを とる よう にと 依頼 され た。 研究 会は 関東 部会

︵発 足時 は三

〇名

︶・ 関西 部会

︵同 二五 名︶ に分 かれ て開 かれ るこ とに なり

、筆 者は 第二 回︵ 一 九五 八・ 七・ 一二

︶関 東部 会か ら出 席し た。 そし て爾 来、 一九 七五 年四 月の 解散 時ま での 一七 年弱

、一 一〇 回の 研 究会 にお いて

、そ の成 果を 共有 する とい う恩 恵に 浴し た。 会員 各位 は、 当時 の各 学界 の第 一人 者と 目さ れる 人々 で

(9)

ある

。と はい って も憲 法学 者は 三人

、政 治学 など の社 会科 学者 もと もか くと して

、哲 学者 や文 学者 はど う憲 法を 理 解し 論ず るの かと いう 好奇 心で わく わく して いた

︵報 告・ 討議 の全 記録 は今 も筆 者の 手許 にあ り、 書き なぐ った メモ の 初校 を現 在校 正中 であ る︶

。 が、 これ ら思 想家 にと って

、平 和と か﹁ 個人 の尊 厳﹂ は体 験学 習ず みで 自明 のこ と、 憲法 研究 は憲 法学 者の 専売 特許 と考 える 方が 井戸 のな かの 蛙と いう もの

。む しろ 専門 外か らの 発想 には 外側 から 憲法 を観 察す ると いう 専門 家 にな い新 鮮味 があ り、 人文 科学 系会 員に よる 文化 史観 から のア プロ ーチ には 裨益 され るこ とが 多か った

。 久野 収会 員か ら直 接に 聞か れた こと であ る。

﹁今 の憲 法学 は条 文至 上主 義で はな いの

?﹂ と。 また

﹁憲 法の さび おと しを やら なけ れば

…… その 定着 化そ のも のが 逆に たい へん お守 りコ トバ 的た てま えに なっ てい く傾 向を もっ て いる

…… 憲法 の作 り手 にと って の伝 統と

、憲 法の 受け 手に とっ ての 伝統 とが

、意 味を 大き くち がえ てく るの は、 歴 史の アイ ロニ ーと でも いう べき 現象

﹂で ある とも 述べ てい る︵

﹁憲 法︱

︱私 の読 み方

﹂世 界一 九六 七年 七月 号︶

。 条文 至上 主義 では

、解 釈万 能で

﹁護 憲々 々﹂ と呪 文を 唱え てい る間 に、 憲法 の文 言は いつ のま にか お守 り的 建前 にな って

、条 文が

¥つ き好 まし くな い既 成事 実が でき 上が って いる ので はな いか

。ま た歴 史の アイ ロニ ーと は、 欧 米理 論の 引き 写し によ る思 考枠 組み では 受け 手に 通用 する よう な大 衆の 目線 での 文化 的伝 統思 考に 配慮 が足 りな い ので はな いか

、と いう ので あろ う。 確か に、 欧米 の歴 史的 所産 であ る近 代憲 法の 諸価 値を

、日 本人 の文 化的 伝統 のな かに

、ど のよ うに 位置 付け 主張 して いく のか とい う哲 学的

・思 想的

・文 化史 的ア プロ ーチ が必 要で ある

。そ の際

、日 本人 の文 化的 遺伝 子の 組み 替 えを どこ まで 要求 すれ ばい いの かと いう こと まで が気 掛り であ ろう

。天 皇制 につ いて 論じ た、 谷川 徹三 は﹁ 天皇 制 の問 題は 憲法 の枠 のな かだ けで は処 理で きな い。 それ は一 層広 汎な 日本 の歴 史や 日本 の文 化の 伝統 や、 日本 人の 精 神構 造の 問題 であ り

( )

ます

﹂と 指摘 して いる

(10)

こう した 雰囲 気で ある から

、非 専門 家が 憲法 をみ る目 とそ の方 法に

、い やで も興 味を もた ざる をえ ない

。そ れ は、 憲法 を﹁ 文化

﹂の 一部 とし て観 察し

、文 化史 のな かに 位置 付け てい ると いう こと では なか った か。 こう して

﹁憲 法と いう 文化

﹂と いう テー マが クロ ーズ

・ア ップ し、 筆者 にと って の 法文 化論 への 途 の契 機と なっ た。 改め てい うま でも ない が、 研究 者と して の、 そし て人 間と して の生 きざ まに つい て多 くの こと を学 んだ のは 勿論 であ る。 いま ここ で、 報告

・討 議に つい て語 りた い気 持ち に駆 られ るが

、別 著︵ 前述 初校 校正 中の

﹃憲 法問 題研 究会 メモ ワ ール

﹄︶ があ るの で、 それ に譲 る。 が、 様相 の一 部と して

、会 員の 報告 数だ けで も明 らか にし てお きた い。 佐藤 功・ 憲法 調査 会に つい ての 数報 告を 含め て一 四回

、久 野収

・家 永三 郎五 回、 我妻 栄・ 中野 好夫 四回

、大 内兵 衛・ 竹内 好・ 中村 哲三 回な どで ある

。 しか しそ うは いっ ても

、﹁ 憲法 とい う文 化﹂ に辿 りつ く道 は迂 遠極 まり ない

。さ しあ たっ ては

、社 会科 学の みな らず

、風 土・ 言語

・宗 教・ 芸術 など

、広 義の 文化 との 関連 も考 えな がら 憲法 問題 を考 察せ よと いう 憲 法問 題学 の構 想を 提案 する に止 まっ た︵ 一九 六五 年︶

。 三 憲法 意識 から 法文 化へ

一九 六〇 年代 に筆 者が 注目 した 憲法 問題 は、 六〇 年安 保闘 争に おけ る﹁ 大衆 デモ

﹂の 意義

、朝 日訴 訟に おけ る﹁ 生存 権﹂ の性 格論

、憲 法現 象を 規定 する

﹁憲 法意 識﹂ の構 造で あっ た。 大衆 デモ は 世論 の噴 出 の典 型例 と して 憲法 保障 の究 極の 形態 であ り、 生存 権は 権利 意識 の如 何が 人権 の内 実化 のレ ベル を左 右す る。 そし てそ れら を 基底 で支 える のが 憲法 意識 であ るか らで ある

。こ こに は顕 在的 な世 論と 潜在 的な それ との 見本 があ って

、前 述し た

(11)

世論 によ る憲 法保 障を 考え る恰 好の 素材 をみ つけ たと いう わけ であ る。 こう して

、﹁ 憲法 と世 論﹂ の関 係と いう 途 方も ない 総体 に向 きあ う破 目に なっ た。 それ は、 立憲 民主 主義 国家 にお いて 世論 が占 める べき 本来 的規 定︵ 理論 憲法 学的 研究

︶・ 憲法 典が 制度 化し てい る 世論 のと りあ げ方

︵実 定憲 法学 的研 究︶

・憲 法現 実に みら れる 顕在 的世 論= 外的 世論 の形 態と 構造

︵憲 法現 象研 究︶

・ 潜在 的世 論

=内 的世 論の 構造 的性 格と 憲法 典と の関 係︵ 憲法 意識 の研 究︶ であ る。 これ らの うち 憲法 意識 につ いて

、逸 早く 一九 五六 年の 公法 学会

﹁憲 法学 の方 法﹂ の報 告の なか で、 長谷 川正 安会 員が

、憲 法現 象の 科学 的認 識の ため に、 その 要素 をな す憲 法意 識・ 憲法 規範

・憲 法制 度・

︵憲 法関 係︶ につ いて の 論理 的考 察が 重要 だと 指摘 した

。小 林直 樹が

﹁日 本人 の憲 法意 識﹂

︵﹁ 思想

﹂︶ とい う実 証的 研究 を発 表し たの が一 九六

〇年

。六

〇年 代に 入り

、長 谷川

、渡 辺洋 三、 影山 日出 弥の 理論 的研 究と

、小 林ほ かの 共同 研究

﹃日 本人 の憲 法 意識

﹄︵ 一九 六八 年︶ が耳 目を 引い た。 こう して 憲法 意識 論は

、先 端的 憲法 研究 の感 があ って 嫌で も関 心を もた ざる をえ なか った

。 同じ 頃、 後に 法文 化論 の先 駆と して しば しば 引用 され る、 川島 武宜

﹃日 本人 の法 意識

一九 六七 年︶ が著 され て いる と 。 ころ で一 九七

〇年 代初 めだ と思 う、 同僚 の政 治学 者の 主唱 で、 大学 に 法政 文化 研究 室 が設 けら れた

。G

・ アー モン ド= S・ ヴァ ーバ

﹃シ ビッ ク・ カル チュ ア﹄

︵一 九六 三年

︶で 論ぜ られ た 政治 文化 ︵ ポリ ティ カル

・カ ル チュ ア︶ の観 念が 日本 でも 政治 学者 の間 で使 われ るよ うに なり

︵例

、石 田雄

﹃日 本の 政治 文化

﹄一 九七

〇年

︱︶

︱ 政 治風 土 の用 語法 もあ る︵ 篠原 一﹃ 日本 の政 治風 土﹄ 一九 六八 年︶

︱︱ 法に 関し ても 類似 の問 題が ある はず で法 文化 と称 した らと いう 理由 から 法 文化

+政 治文 化

= 法政 文化 と 名付 けら れた ので ある

。 果し てア ーモ ンド

=ヴ ァー バに 倣っ て リー ガル

・カ ルチ ュア を 観念 する 論稿 が現 れ︵ 一九 六九 年︶

、注 目を 引

(12)

いた のが L・ M・ フリ ード マン であ る︵ 後述

︶。 そし て同 じこ ろ、 大学 で 法文 化研 究会 が 発足 し、 法学 上の 諸問 題に 対す る比 較文 化論 的な 共同 研究 が始 まっ た。 その 成果 を世 に問 うた のが

、後 に出 版さ れた 神島 ほか 編﹃ 日本 人と 法﹄

︵一 九七 八年

︶で ある

。筆 者も その 一員 とし て﹁ 日本 人の 憲法 観﹂ を報 告し た。 争訟 は何 でも 憲法 典に 頼る とい う憲 法条 文至 上主 義に 傾斜 して おり

、そ れ だけ に現 実面 にお いて は疎 遠感 をも ちな がら 融通 無碍 に捉 えて いる とい う内 容の 話で

、そ の後 の座 談会 が有 益で あ った こ 。 うい う内 外の 雰囲 気で あっ たか ら、 憲法 意識 と法 文化 の関 連に は嫌 でも 関心 を向 けざ るを えな い。 すで に触 れ た世 論の 問題 を憲 法意 識の 表の 顔と いう なら

、法 文化 はそ の裏 の顔 とは 思う もの の、 とり あえ ずは

、憲 法学 の趨 勢 にし たが って 憲法 意識 とは 何か から 始め

、法 文化 との 関係 を考 察し よう と決 めた

憲法 意識 とは 憲法 に関 する 社会 意識 のこ とで ある

。も っと も﹁

○○ 裁判 官の 憲法 意識

﹂と いっ たと きは 個人 意識 のこ とだ ろう

。し かし

、個 人意 識も 社会 と無 縁に 形成 され るも ので はな い。 個人 は個 人そ のも のと して 存在 す ると 同時 に社 会構 成員 とし ても 存在 する はず だか らで ある

。す ると 意識 とい う精 神的 所産 は、 対自 的と いう 点か ら、 むし ろ或 る構 成員 とい う社 会的 存在 にお いて つく られ たも ので あり

、例 えば

、彼 が属 する 階層

・職 業・ 地域 と いっ た社 会的 基盤 や、 風土

・時 代精 神と いっ た文 化的 環境 にお いて 培わ れた 性格

=社 会的 性格 を帯 びざ るを えな い。 確か に、 社会 意識 の前 提に は個 人意 識が あり

、そ の統 合︱

︱集 合で はな い︱

︱に よっ て成 り立 って いる が、 個 人意 識を 問題 にす ると きは

、自 ら確 かな 認識 をも って いる とい う観 点か らみ て 憲法 思想 と よん だ方 がふ さわ し いで あろ う。 憲法 意識 論は 社会 意識 を主 たる 対象 とし てい ると いえ る。 社会 意識 を中 心に みて みよ う。 まず

、多 数人 の相 互作 用が みら れる 社会 とい うシ ステ ムに おい ては

、社 会化 と社 会統 制が 機能 的メ カニ ズム とし て働 くと いう

。と くに 社会 化機 能は

、構 成各 員の 学習 を通 して

、時 に衣 食住 を初 め

(13)

とし て生 活の 仕方

、そ して 多く は考 え方 につ いて も、 そこ にパ ター ン︵ 型︶ を形 づく ると いう 結果 をも たら す。 社 会体 系論 にお いて は、 この パタ ーン を文 化の 型と いい

、社 会が 要請 する 文化 の型 に合 致さ せる 過程 とし て社 会統 制 機能 が働 くの であ る。 社会 意識 に即 して いえ ば、 個人 は社 会化 の過 程に おい て学 習し 条件 付け られ て、 その 意識 に 文化 の型 を刷 り込 み、 社会 統制 の過 程を 通じ て文 化の 型を 身に つけ るの であ る。 つま り、 個人 意識 は文 化の 型を 伴 った 社会 意識 とな って

、後 者は 前者 から 独立 した 存在 とな るの であ る。 さて 憲法 に関 する 社会 シス テム

=憲 法社 会体 系に おい ては

、社 会化

︵憲 法で は社 会統 合︶ と社 会統 制と いう メカ ニズ ムは 憲法 規範 によ って 強力 に推 し進 めら れる

。ま たい わゆ る社 会国 家で は、 これ にマ リノ フス キィ が強 調し た 欲望 充足 機能 が加 わる

。こ うし て個 人は 憲法 規範 によ る統 合・ 統制

・充 足の 過程 を通 じて

、法 に関 する 文化 の型 を 吸収 しな がら 憲法 に関 する 社会 意識 を醸 成す るの であ る。 これ が憲 法意 識で あり

、そ こに 法文 化の 型の 印影 が映 し ださ れる こと にな る。 憲法 規範 と憲 法意 識の 間に みら れる 乖離 とか ズレ とか は法 文化 が然 らし めた もの であ る。 慣用 に従 えば 憲法 意識 とは

、憲 法に 関す る理 解度

・認 識の 仕方 とそ のレ ベル の話 であ る。 対し て法 文化 とは

、そ れら につ いて の要 因と そ れら のあ り方 の総 体を 示す もの とい うこ とが でき る。 憲法 社会 体系 にお ける 憲法 規範 と憲 法意 識・ 法文 化の 関係 につ いて 一応 の結 論に 達し た筆 者は

、初 めて 法文 化の 観念 を提 案す る論 稿を 公に

( )

した

︵一 九七 二年

︶。

法文 化論 の極 め付 きは

、そ の前 年に

、野 田良 之が 発表 した

﹁日 本人 の性 格と その 法観 念﹂ みす ず一 四〇 号︶ であ る。 一九 七〇 年一 一月 行わ れた 講演 の記 録で

、こ れが 筆者 にと って 法 文化 論へ の途 の 駄目 押し とな った

。 その 論旨 は、 いわ ば法 に関 する 日本 人論 であ る。 恐ら くこ の手 の嚆 矢で あり

、序 論に

、比 較法 学は すべ から く比 較法 文化 論で なけ れば なら ない と力 説し てい る。 こう であ る。

(14)

﹁フ ラン スで フラ ンス 法が 働い てい るそ の姿 と、 日本 でフ ラン ス法 に非 常に 似て いる 日本 法が 働い てい る姿 とで は非 常 に違 う﹂

。﹁ 結局 これ は、 法を 一部 とす る文 化全 体の 性格 が違 うと いう こと から 生ず る﹂ ので ある

。﹁ 法と いう もの は文 化 の一 部で あり ます から

、し たが って 文化 の全 体か らそ れを 切離 して 比較 した ので はあ まり 実り がな いの であ りま して

、も し比 較を する とす れば 文化 的比 較で なけ れば なら ない

。…

…だ から それ は、 法に 焦点 を合 わせ た比 較文 化論 とい うこ とに なる だろ うと 思い ます

。﹂

﹁結 局そ れは

、法 を文 化と 切離 さな いで

、文 化の 一部 とし て、 文化 全体 の中 で法 を見 ると いう 見 方に なる わけ であ りま す。

﹁﹃ 比較 法文 化論

﹄の 中心 的課 題の 一つ が、 もの の考 え方 の相 違と いう もの を比 較し てゆ くこ とに ある ので はな いか

…… もの の考 え方

、感 じ方

、そ れか ら行 動の 仕方

、そ の全 体を ひっ くる めて メン タリ ティ ある いは マン タリ テと いう ふう に呼 びま すと

、文 化を 支え てい る人 々の マン タリ テの 相違 がそ れぞ れの 文化 全体 の特 徴と して あら われ てく るの では ない か、 だか らそ うい うマ ンタ リテ を相 互に 比較 する こと が重 要だ

、と いう ふう に考 える わけ であ りま す。

﹂ こう して マン タリ テの 担い 手た る国 民の 性格 につ いて の比 較論 にゆ きつ き、 本論 にお いて

、日 本人 の国 民性 を構 成す るⒶ 内因 的要 素Ⓑ 外因 的要 素か ら﹁ 日本 人の メン タリ ティ の特 徴﹂ を考 察し

、﹁ 日本 人の 法観 念﹂ を結 論付 け てい る。 本論 部分 は、 その 後発 展的 に再 論さ れて おり

、そ れら を含 めて 後述 に譲 るこ とと し︵ 三六 頁参 照︶

、こ こで は序 論 につ いて のポ イン トを 指摘 して おき たい

。 すで に気 付い てい る読 者も おら れる と思 うが

、序 論の 前半 部分 が、 筆者 が前 述し た﹁ 文化 とし ての 法﹂

=﹁ 法と いう 文化

﹂︶ とい う定 義部 分に 当た り、 後半 部分 が、 同じ く﹁ 法に 関す る文 化﹂ とい う定 義部 分に 当た る。 野田 が 前半 部分 を定 義的 に説 明し

、後 半は その 課題 と考 えた とい う違 いは ある が、 前半 部分 の重 要性 を慮 れば ほと んど 同 じと いえ ると 思う

。対 して 前述 の﹃ 法律 学小 辞典

﹄に はこ の前 半部 分が 欠落 して いる ので ある

(15)

これ もす でに お気 付き だと 思う が、

﹁文 化と して の法

﹂と いう 観念 は、 前述 した よう に、 筆者 が憲 法問 題研 究会 から つか み取 った 成果 であ った

。野 田論 文を 読ん で、 わが 意を えた りと 感じ たこ とが 今も 記憶 に新 しい

。 四 憲法 と文 化

野田 は、 比較 法学 につ いて

、そ れは 比較 法文 化論 でな けれ ばな らな いと 説い てい るが

、 日本 人の 法観 念 の方 法と して であ るか ら、 比較 の文 字が とれ た法 文化 論と して も、 法学 一般 にお ける その 重要 性は 同旨 であ ろう

。 その 点で 同じ 志向 の筆 者に とっ ても

、憲 法は 文化 の一 つと して

、文 化全 体の なか で考 える 憲法 文化 論と いう テー マ があ って 然る べき だと いう こと にな る。 そう する と、 民法 や刑 法に つい ても 民法 文化 論・ 刑法 文化 論と いう テー マが あり うる のか とい う話 にな る。 例え ば、 民法 にお いて は所 有や 契約 につ いて

、刑 法に おい ては 罪と 罰に つい ての 法文 化と いう よう なこ とが 考え られ る。 憲法 の法 文化 とい えば

、当 面、 国民 の国 家観

・権 力観

・人 権観 が想 定さ れる が︵ これ は憲 法意 識で は?

、︶ 現段 階で はこ れら すべ てを ひっ くる めて 法文 化一 般に つき 考察 する とい う方 が、 研究 史の 上で の優 先課 題で あり 最終 課 題で あろ うと 思う

。勿 論、 前述 した よう に憲 法問 題研 究会 から 受け とめ た 憲法 と文 化 とい う論 題︵ 憲 法問 題 学 は︶ 頭に 残さ れて いる から

、こ こで 憲法 問題 学提 唱後 の思 索の 跡に つい て一 言し てお きた い。 憲法 研究 とい えば

、今 でも

、憲 法︵ 思想

︶史

・憲 法典

・比 較憲 法を 素材 にし て立 論す ると いう

、伝 統的 憲法 学の 枠内 で見 方・ 方法 を決 める とい うの が当 然の こと とさ れる

。そ の多 くが 憲法 研究 者向 けで ある から

、憲 法学 の枠 内 から 発想 する とい う必 要性 は今 も失 せて いな いと いう とこ ろで ある

。こ れに 対し て憲 法問 題学 では

、文 化一 般を ふ まえ て憲 法問 題を 検討 する とい う、 いわ ば憲 法学 の枠 外に 視点 をお くと いう 方法 をと るこ とに なる

。憲 法学 の外 側 から 憲法 をみ れば 枠内 では みえ ない 重要 な論 点が みえ てく るの では ない か、 と。 とく に文 化の 体験 学習 から えた 生

(16)

活に 根ざ す憲 法論 は、 前述 の久 野収 がい う伝 統を ふま えた 憲法 論と して

、日 本文 化史 の上 に西 欧流 憲法 を接 ぎ木 す る方 法に 役立 つの では ない かと 思っ た。 憲法 現実 の実 態を 批判 して ばか りい ても 事は 終わ らな い、 伝統 文化 との 関連 に目 を向 けて

、憲 法を 社会 シス テム の一 つと して 捉え るこ とが 必要 だと いう

﹁憲 法社 会体

( )

系論

﹂に ゆき つい たの であ る。

とこ ろで

、 伝統 文化 との 関連 に目 を向 けて と いう 点に つい て、 研究 対象 をど のよ うに 捉え るか であ る。 筆者 は学 生時 代に 南原 繁・ 矢内 原忠 雄の 無教 会派 に傾 倒し

、療 養時 に関 根正 雄の 訪問 をう けた こと があ る。 ギリ ギリ の 精神 状況 のな かで

、し かし 金沢 出身 とい う血 のな せる 業な のか

、阿 弥陀 仏に すが らざ るを えな かっ た。 これ が契 機 とい うも のか

、研 究生 活に 入っ て京 阪地 方に 行く 度に 古寺 を訪 ね、 仏教 に強 い関 心を もつ よう にな った

。や がて 文 字通 りの 古寺

( )

巡礼

。そ して 汗水 たら して の言 い訳 は、 これ こそ G・ イエ リネ ック が公 法の 社会 的保 障で 引用 した

﹁文 化的 諸力

﹂の 一つ

、宗 教に

、そ れも 日本 仏教 に届 いた

、と

。風 土に 根ざ す精 神生 活を 感じ とれ れば と願 いな が らで あっ た。 古寺 名刹 は、 広く 知ら れる よう に日 本の 国宝

・至 宝の 宝庫 であ る。 建築

・彫 刻、 そし て名 勝庭 園な ど、 日本 美術 史上 の名 作品 に先 人達 の精 神的 営為 を観 賞し うる とこ ろ。 古寺 巡礼 は日 本文 化史 の旅 とも 重な り、 いや が応 でも 伝 統文 化に 対す る関 心を 強く 抱か ざる をえ ない ので ある

。 この よう に日 本文 化に 関す る可 成の 蓄積 があ った こと で、 とり あえ ず宗 教と の関 連か ら法 文化 を考 えて みよ うと いう 気に なっ た。 これ まで

、憲 法と 宗教 とい うテ ーマ のも とで は、 信教 の自 由と 政教 分離 の問 題が 憲法 研究 者の 関 心事 にす ぎず

、そ れは 当然

、憲 法の 側か らみ た宗 教の あり 様を 論じ たも ので あっ た。 しか し法 文化 論と して は、 双 方を 同じ よう に 文化 の 問題 と措 定し てい るか ら、 宗教 から 憲法 をみ ると いう 論点 が欠 けて はな らな いの であ る。 しか しま た、 この 論点 から では

、何 をど う問 題に して いい のか

、し ばら くの 間は 容易 にみ えて こな かっ た。

(17)

一九 八四 年六 月、 筆者 は招 かれ て京 都に きた

。演 題は

﹁仏 教か らみ た政 教分 離︵

?︶

﹂で ある

。腹 案は あっ たが

、詰 めは まだ だっ た。 当日 前々 夜、

﹁天 の橋 立﹂ の旅 館の 一室 で閃 いた とい う記 憶が

、今 も鮮 やか であ る。 政 教分 離に つい ての 通説 的解 釈が 欧米 の、 従っ てキ リス ト教 流の それ であ るの に対 し、 仏教 の教 理か らで は、 信仰 の 形式

・内 容、 そし て聖 域の 考え 方が

、そ れと は対 照的 に異 なる 点が ある こと に確 信が もて たか らで ある

。そ こで

、 その とき 争い の対 象と なっ てい た古 都保 存協 力税 の憲 法問 題に つい ての 結論 は、 第一 審判 決と 正反 対に なる こと を 指摘

( )

した

招待 した 京都 仏教 会か らは 盛大 な拍 手を 受け たが

、こ の理 屈が

、い わゆ る 世間 に どれ ほど 通用 する かに つい て不 安が 残っ た。 寺院 と世 間と の間 で相 互理 解が 十分 なさ れて いな いと いう 懸念

︵例 えば 拝観 停止

︶を 抱い たた め であ った

。 これ がき っか けで

、仏 教と キリ スト 教の 人間 観の 違い や、 仏法 と人 類普 遍の 原理 との 係わ りに つい て考 える よう にな った

。 まず

、仏 教で は﹁ 一切 衆生 悉有 仏性

涅槃 経︶

、﹁ 草木 国土 悉皆 成仏

三論 宗の 吉蔵

﹃大 乗玄 論﹄ と︶ いい

、凡 そ 生き とし 生け るも のが 仏性 をも ち成 仏す ると いう

。人 類皆 平等 をこ えて

、有 情・ 無情 すべ てが 仏と 仲間 であ ると 考 える まで に昇 華す る。 仏の 前に 立っ てい ても

、向 き合 って いる ので はな く同 化す ると いう

、即 自・ 対自 の統 合で あ り、 自他 の対 立は 雲散 霧消 する

。﹁ 自他 不二

﹂﹁ 自他 合一

﹂﹁ 自他 一如

﹂と 観ず るま での 徹底 した 人間 観を もっ てい る。 これ に対 して キリ スト 教で は、 すべ ての 人間 は罪 人で あり 科を 負う とい う。 人は 神の 前に 立ち

、ひ たす ら神 の 絶対 他者 たる こと を信 じて

、悔 改め と許 しを 求め るこ とで しか 救わ れな い。 自己 と絶 対他 者は 向き 合っ たま まで

、 どこ まで も即 自・ 対自 の関 係に あり

、契 約に よっ て結 ばれ るだ けで ある

。 仏・ 神と 人間 の係 わり 方が こう も異 なる 信仰 にお いて は、 その 深層 にあ る自 我の 型の あり 様に 違い が生 ずる のは

(18)

当然 であ る。 つま り、 前者 では 軟性 の自 我が 形成 され るの に対 し、 後者 では 硬性 なそ れに なる 傾向 があ り、 それ ぞ れ法 文化 のあ り様 に係 わる こと 必然 であ ろう

。 つぎ に、 空・ 無常

・因 縁・ 縁起 など

、仏 教の 基本 思想 には 絶対 の片 影す ら見 出す こと がで きな いと いう 点で あ る。

﹁一 切生 きと し生 ける もの に対 し、 無量 の慈 しみ を起 こす べし

﹃ス ッタ ニパ ータ

﹄︶ と説 かれ る慈 悲の 宗教 に おい ては

、平 和と 平等 に基 づく 共存 共生 を旨 とし

、ま た﹁ 天上 天下 唯我 独尊

﹃長 阿含 経﹄ の︶ 言葉 に個 人の 尊厳

︵独 り善 がり は誤 解︶ の宣 言を みる

。自 我の あり 様の 違い にも 拘ら ず、 仏教 思想 が近 代憲 法の 理念 とし て展 開す るこ とに 目を 見張 る。 勿論

、仏 教が 生ま れた 時・ 処に おい て近 代憲 法と の間 には 長く て遠 い隔 たり があ り、 文字 面の 比較 だけ で同 様に 考え るつ もり はさ らさ らな いが

、む しろ 人間 存在 につ いて の洞 察に 時代 を超 えて 共通 する もの があ ると の証 明に な るの では ない かと も思 う。 一九 八九 年の 公法 学会 のテ ーマ は 憲法 と宗 教 であ った

。筆 者は 指名 され て﹁

﹃憲 法と 宗教

﹄の 歴史 心理

︱︱ 法文 化論 への 誘い

﹂の 題名 で報 告を

( )

した

。法 文化 論抜 きの 憲 法と 宗教 論 はナ ンセ ンス であ り、 日本 宗教 から 憲

10

法問 題を 考え ると いう 趣旨 のも ので あっ た。 とも かく も、 仏教 から みた 憲法 論の 一つ の型 はで きた と思 った

。こ うな ると 思い が募 るの は、 西欧 流宗 教の 造型

、ゴ シッ ク大 聖堂 への アプ ロー チで ある

。キ リス ト教 の範 例と もい うべ き記 念碑 的建 造物 群、 中世 の起 工か ら 近代 の完 成ま でを 引き ずる もの もあ る伝 統文 化の 中核 とい える

。そ の象 徴的 意味 を了 知で きれ ば、 彼此 の精 神構 造 の中 枢に 迫れ るの では ない か、 と。 城壁

、広 場、 そし て聖 堂、 それ は多 くの 日本 人留 学生 が見 慣れ た風 景で ある

。 木の 文化 に 対す る 石の 文化 とい う言 葉が 脳裏 をよ ぎっ たこ とだ ろう

。だ が、 比較 文化 論の 生の 素材 とし て、 それ 以上 どこ まで 考え 及ぶ こと が

(19)

でき ただ ろう か。 毎年 一ヶ 月、 一〇 年間

、筆 者は 彷徨 い続 けた

。文 化と して の都 市・ 景観

・建 築・ 美術

、そ して 宗 教が ギッ シリ と頭 につ めこ まれ た。 それ は、 ほと んど 消化 不良 とい うに 近か った

。 だが

、一 九九

〇年 代初 め、 京都 のホ テル

・駅 ビル の高 層建 て替 えを めぐ って

、景 観論 争が 火花 を散 らし てい た。 その 歴史 的景 観を 保存 しよ うと いう 意見 は、

﹁京 都市 の活 性化 のた めに

﹂と いう 声に 押さ れて

、市 民の 世論 にな ら なか った

。古 都観 光の 代表 と目 され る京 都仏 教会 の拝 観停 止と いう 対抗 措置 が、 もう 一つ 市民 に納 得し ても らえ な い理 由で はな いか と思 われ た。 しか し、 こと は京 都に 限ら れな かっ た。 小京 都と いわ れる よう な地 方の 古い 多く の町 で、 年輪 を重 ねた 街並 みが 虫に 食わ れた よう に再 開発 の被 害を 受け てい た。 これ も金 沢の 血が 騒い だの だろ う。 卯辰 山か ら眺 めた 金沢 旧市 街 中心 部の 変貌 に危 機感 を募 らせ てい た筆 者に とっ て、 京都 の景 観論 争は 人ご とと は思 えな かっ た。 景観 文化 論か ら の一 言が 必要 と考 えて

、一 まず の成 果を 発表 した のが

﹁法 文化 論︱

︱景 観論 から のア プロ ーチ

﹂︵ 一九 九三 年︶ で

( )

ある

。 景 11

観を 文化 とし て捉 えて

、そ の構 造的 性格 を検 討す れば

、事 は建 築・ 公園

・彫 刻と いっ た複 合体 を超 えて 都市 計 画と いう 工学 にも 及ぶ

。空 間造 形の 考え 方に つい ての キー

・ワ ード がな けれ ば彼 此の 比較 景観 論は 難し い。 比較 宗 教論 のさ いに 出会 った 自我

︵意 識︶ のあ り様 に関 する 特色 の違 いが

、こ の場 合も 役立 つと 感じ た。 それ は凡 そ文 化 とい われ るも のに 通底 する 要石 に近 いも のと 直感 して いた から であ る。 これ こそ 野田 がい ち早 く論 じた メン タリ テ ィの 問題 であ ろう

。野 田は 性格 論か ら筆 を起 こし たが

、筆 者は とり あえ ず自 我の あり 様に 注目 しよ うと 決め た。 これ まで のよ うに

、比 較法 学・ 法社 会学 から 眺め てい たの では

、法 文化 論も 法の 現実 の探 求に 終わ らざ るを えな い。 問題 は、 その あり 様が どう いう 原因

・理 由で 生ず るの かま でを 考え て考 察し なけ れば なら ない ので はな い か。 法の あり 様の 特質 を考 える とは

、こ うい うこ とな ので はな いか

。更 に自 我意 識は 権利 意識 に通 ずる 精神 構造 の

(20)

中枢 に当 たる もの では ない か、 と。 とす れば

、そ れは 法文 化比 較の 重要 な鍵 にな るは ずだ とい う気 持ち であ った

。 とこ ろで 自我 とい えば

、南 博﹃ 日本 的自 我﹄ 一九 八三 年︶ が思 い浮 かぶ

。﹃ 日本 人の 心理 と生 活﹄

﹃日 本人 の芸 術 と文 化﹄

︵一 九八

〇年

︶を 踏ま えて

、そ れら に共 通す る﹁ 日本 人の 精神 構造 の基 本的 な特 徴を とら えて みよ うと し た﹂

、南 の力 作で ある

。筆 者も これ から 多く を学 び、 本論 でも 助け を借 りる こと にな ると 思う が、 精神 的営 為と し ての 文化 の根 底に は個 性あ るそ れぞ れの 自我 意識 が存 在す ると 考え る立 場か らで は、 社会 心理 を、 そし て文 化を 通 して

、そ れぞ れの 自我 意識 を観 察し てみ たい と思 う、 これ は当 然の こと であ る。 さて

、こ れま で述 べた 宗教 文化

・景 観文 化の 法文 化に 対す る係 わり はと 問わ れた ら、 宗教

・信 仰は 自我 意識 の深 層部 にあ り、 都市

・文 化景 観は 自我 意識 の表 層に 現れ たも のと いう のが 答え であ る︵ 因み に基 層部 に言 語が ある と考 えて いる が未 発表 のま ま︶

。 一応 の結 論が でた ころ

、た また ま大 学に

﹁比 較法 文化 論﹂ の講 座が 新設 され

︵一 九九

〇年

︶、 講師 を依 頼さ れた

。 そこ で以 上の 蓄積 を素 材に

、我 の自 覚史 の日 欧比 較を 内容 とす る講 義を 七年 行い

、ま とま りを つけ るこ とが でき た とい うわ けで ある

。 以下

、本 論に 入る

西

稿

(21)

10

11

第二 章 改め て、 法文 化論 とは 一

法 的文 化 とい う言 葉

改め て 法文 化 とい う言 葉に つい て考 えて みた い。 まず

、わ が国 で 法文 化 とい うと

、こ れま でに 二つ の使 い方 がな され てき たこ とに 注意 して ほし い。 一つ は 法文

︱化 で あり

、他 は 法︱ 文化 で ある

。 法 文︱ 化 とは

、明 治に なっ て西 欧法 の継 受後 に使 われ た古 い言 葉で

、文 字通 り法 律の 文章 にす ると いう 意味 であ り、 成 文化 と もい われ る。 これ に対 して

、 法︱ 文化 と は、 一九 七〇 年代 以降 から の用 法で

、本 稿の 題名 もこ れで ある

。丁 寧に 解説 しよ う。

﹁日 本︱ 文化

﹂と 同じ 言い 回し だと した ら、 これ は﹁ 日本 の文 化﹂ のこ とだ から

﹁法 の文 化﹂ のこ とに なる

。法 の文 化と いう 言葉 では 不分 明な こと が多 く、 意味 がよ く呑 み込 めな い。

﹁宗 教︱ 文化

﹂の 例に 従え ば、 これ は宗 教 とい う文 化か 宗教 に関 する 文化 の意 味で ある から

、法 文化 は﹁ 法と いう 文化

﹂も しく は﹁ 法に 関す る文 化﹂ の謂 と なり

、は っき りし た意 味の 言葉 とな る。 前に 引用 した 専門 辞典 で明 らか なよ うに

、通 説的 には

﹁法 に関 する 文化

﹂ の意 味で 理解 され てい る。 しか し、 野田 が指 摘し たよ うに

、﹁ 文化 とし ての 法﹂ が法 文化 論の 必要 条件 とし て捉 え

参照

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ゴシック文化論序説  275

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