は一 九八 九年 と先 にと ぶが
、 法文 化の 実相 と いう テー マか らみ て、 ここ で紹 介し てお きた い著 作が ある
。中 川剛
﹃日 本人 の法 感覚
﹄︵ 講談 社現 代新 書︶ であ る。 冒頭 で﹁ 日本 の法 文化 のな かで
、正 義と 法は 必ず しも 一致 しな い﹂
、﹁ 自然 法に 相当 する 絶対 的正 義の 拠点 を見 出 すこ との でき ない
、日 本の 法文 化の 特質 を、 理論 的努 力に よっ て検 討し
、国 民の 創造 する 倫理 感覚 によ って
、法 概 念の 内容 を充 当さ せる 方向
﹂を 求め よう と、 本書 の趣 旨・ 目的 を明 らか にす る。 日本 法文 化の 特性
︵? の︶ 実相 を 探ろ うと いう
、当 時に おけ る苦 心作 であ る。 目次 では
、㈠ 規範 意識
、㈡ 権利 の表 われ かた
、㈢ 秩序 形成 の心 理、 と いう よう に憲 法学 の編 別に 従っ てお り、 順に 従っ て、 筆者 の目 を引 いた 箇所 を引 用し てみ よう
。
㈠
﹁欧 米の 近代 法制 では
…… 法的 秩序 をた どっ てい けば
、神 の与 えた 戒律 に行 きつ く構 造に なっ てい たか ら、 権利 を主 張し 義務 を履 行す るこ とが ただ ちに 倫理 性を 有し た。 法と 宗教 的確 信と は別 個の もの では なか った
﹂。 こ れに 対し
﹁日 本の 法的 伝統 では
、法 はど こま でも 世俗 の秩 序の ため の機 構で あっ て、 最少 の平 均的 な倫 理的 要素 を 具有 する もの でし かな い。 この ため に、 義理 人情 とい う、 社会 倫理 を発 達さ せざ るを えな かっ たの であ る。
﹃人 間 らし さ﹄ は…
…義 理人 情の あい だで の選 択に よっ て定 まる
﹂。
日本 人の 独自 な法 感覚 では
、秩 序保 持の 正当 性と 倫理 的正 当性 とが 分裂 ない し分 立し てい る。 国民 主権 は憲 法と 権力 機構 の正 当化 のた めの 見せ かけ であ る。 現代 日本 の国 民意 識に つい てい えば
、﹁ 豊か で安 全な 生活 への 手段 とし て平 和が 必要 とさ れて いる
﹂の であ って
、
﹁豊 かで 安全 な生 活を 犠牲 にし ても 平和 を実 現す ると いう 声は
、ど こか らも 聞こ えて こな い﹂
。 法の 言葉 は器 であ り形 式で ある
。そ の中 味は 日本 人の 行動 様式 つま り文 化に よっ て満 たさ れな くて はな らな い。 従っ て、 日本 人の 民主 主義 は過 去の 日本 国民 の総 意を 尊重 する とい うこ とだ
。
㈡ キリ スト 教世 界で は、
﹁宗 教が 政治 理念 の根 底に あり
、戒 律が 法制 度の 基本 に据 えら れて いた から
﹂、 実定 法 の権 威は
、神 の法 であ る自 然法 によ って 基礎 付け られ たの であ る。 これ に対 し、 日本 人の 宗教 感覚 は神 社信 仰の 現 世利 益と 仏教 の慈 悲の 精神 によ って おり
、甘 えに 親し み易 く、 利害 対立 を合 理的 に解 決で きな い。 物も 土地 も自 然か ら生 みだ され たも ので ある から
、財 産に 対す る絶 対的 支配 権は 想定 され るは ずが なく
、対 人的 に社 会的 義務 を負 うの だが
、近 代社 会を 成立 させ たプ ロテ スタ ンテ ィズ ムの 倫理 によ る社 会的 義務 を課 せら れ公 共 性が 認め られ る欧 米と 異な って
、日 本で は近 代化 によ って 財産 権が 私権 とし て確 立さ れた ため
、公 共性 は理 解さ れ ず、 現実 的利 益と して 自由 が氾 濫し てい る。 日本 の社 会は
、そ の地 位に 格差 があ って も、 文化 を共 有し てい ると いう 共同 体意 識の 強い 柔構 造の 社会 であ っ て、 集団 から 切り 離さ れた 個人 の自 由に はな じめ ず、 私生 活の 自由 は、 権利 とい うよ り社 会が 承認 する 習慣 や伝 統 のな かに 生き てい る。
㈢ 日本 はタ テ社 会で はな く︵ みか けだ け︶ ヨコ 社会 の集 団主 義だ から
、独 裁は 困難 で、 調整 本位
・指 導力 不 在・ 行き 当た りば った りと いう ふう に、 柔構 造に ふさ わし い非 定型 な国 政の あり 様で
、稟 議制
︵ヨ コ社 会の 集団 主 義︶
・行 政指 導︵ 法に よる 命令 に居 心地 悪さ を感 ずる と︶ いう 日本 独自 の行 政手 法が 執り 行わ れて いる
。
﹁裁 判へ の漠 然と した 恐れ は、 集団 の監 督不 行届 きの 責任 が裁 判の 過程 で問 われ た封 建制 下の 記憶 に発 して
﹂お り、
﹁法 は抽 象的 一般 的な 権威 とは なら ない
﹂。 普遍 的正 義は 問題 とな らず
、﹁ 法も 先例 も、 解決 の邪 魔に なる なら 斥け られ る﹂
。輸 入さ れた 法的 概念 は日 本の 実情 に合 わせ て適 用し なけ れば なら ない とい う配 慮が 必要 とさ れ、
① 判例 の拘 束は 強く なく
、裁 判所 全体 が世 論の 動き に敏 感、
②近 代化 を急 いだ あま り伝 統的 倫理 感に 不案 内に なっ て、
﹁公 益に 適合 する よう
﹂﹁ 正当 な理 由が ある 場合
﹂な どの 不確 定概 念を 使う 制定 法が 多い
。 法に つい て神 聖化 が行 われ てい る社 会で は裁 判官 は法 の番 人に なり うる が、 法が 世俗 化し てい る社 会で は裁 判官 の独 立が 不可 侵と され る理 由に 乏し く、 法の 支配 も人 の問 題に 帰着 する
。 日本 流の 民主 主義 感覚 の秀 れた 点は
、国 民の 文化 的結 合が 政治 の限 界を 越え て力 を発 揮す る点 にあ ると いえ る が、 他方
、討 論・ 票決 の努 力を 積み 重ね るの では なく
、集 団本 位の 民主 主義 から
﹁根 まわ し﹂ とい う行 動様 式が 通 用し てい る。 文化 のな かに 融け こん でい る西 欧の 法的 伝統 まで 輸入 して 複製 をつ くる こと は不 可能 で、 神へ の絶 対的 義務 がな けれ ば絶 対的 な基 本的 人権 など 保証 され るわ けが ない
。
﹁わ れわ れの 伝統 のな かか ら掘 り起 こせ る古 い民 主主 義の 感覚 は、
﹃寡 きを 患え ず均 しき から ざる を患 う﹄ とい う 社会 的正 義を 基本 とす る、 つつ まし いも のだ った
。日 本の 封建 社会 は、 市民 社会 でな く、 大衆 社会 の母 胎だ った
。 その よう な欧 米民 主主 義と の違 い、 また 伝統 的な 行動 様式
…… を…
…つ きと める 努力 によ って のみ
、わ れわ れは 自 身の 文化 に根 ざし た民 主主 義を 発展 させ るこ とが でき る﹂
。
﹁文 化は どこ まで も個 別的 であ る﹂
。﹁ われ われ は、 聖書 とい う言 葉に 立脚 する 文化 をも って はい ない
﹂が
、﹁ 日本 国憲 法の 安定 も…
…日 本人 の固 有文 化を さら に発 展さ せる 刺戟 とな り…
…日 本文 化の 一部 にな って
﹂い る。 [終
﹁聖 書民 族﹂ が作 った 法は
﹁神 話民 族﹂ とし ての 日本 人の 生活 様式 には 必ず しも 適合 しな い。 神話 思考 の集
団に とっ て、 法は 世俗 化し てお り神 聖性 がな い。 この ため
、社 会の 規範 と自 己の 実感 とす る規 範と が分 裂し てお り、 社会 秩序 のた めに は前 者が
、人 間的 感情 の充 足の ため には 後者 が、 認め られ なく ては なら ない
。 継受 法を 日本 文化 の脈 絡の なか で﹁ 翻訳
﹂し なけ れば なら ない が、
﹁明 治も 戦後 昭和 も、 欧米 への 過剰 適応 をも たら して
、自 己の 法文 化の 構造 的特 質に 不案 内に なっ てい った
﹂。
﹁日 本人 の裁 判嫌 いは
、権 利意 識が 未発 達だ から では なく て、 欧米 人の よう な、 法廷 が形 を変 えた 神学 論争 の場 であ ると いう 伝統 を持 たな いか らで ある
﹂。
﹁観 念と して の神 を奉 ずる 聖書 民族 では なく
、人 間と して の神 々に 親し んで きた 神話 民族 であ る…
…法 感覚 によ って 生き てい るた め﹂
、﹁ われ われ は、 自由
・平 等の 標語 のた めに 革命 を起 こせ るほ どの 観念 的な 国民 では ない
﹂と 結ん でい る。 さす がと いう べき か、 法 とい う文 化 にも 目配 りし て、 裏側 から 憲法 の原 理を 考え 実相 を観 察す ると いう
、才 気煥 発の 法文 化論 であ る。 その ため か、 筆の 赴く まま 走り すぎ では ない かと の感 想を もっ たの も確 かで あっ た。
અ
話は また 一九 八三 年ご ろに 戻る。日 本法 社会 学会 が一 九八 二・ 八三
・八 四年 と三 ヶ年 に渉 って
、﹃ 法意 識の 研究
﹄の シン ポジ ウム を組 んだ ので ある
。 ここ にき て、 今さ ら単 純な 法意 識論 でも ある まい と思 う読 者も いる と思 う。 恐ら く法 意識 研究 のこ れま での 総括 的意 味で あろ う、 と。 そう だと すれ ば、 法文 化の 実相 の一 つと して の法 意識 とい う見 方も でき よう
。そ こで 筆者 の 関心 に従 い、 略記 する
。
㈠ 一九 八二 年︵ 法社 会学 三五 号︶
・利 谷信 義が
、冒 頭、 問題 の所 在に つい て、
①法 意識 とは 何か
、② 法意 識研 究の 経緯
、③ 法意 識の 歴史 的特 質を 提 示。
・広 中俊 雄﹁ 法意 識研 究の 課題
﹂は
、調 査研 究と 法意 識の 対立
・衝 突の 研究 の必 要性 を提 唱す る。
・六 本佳 平﹁
﹃日 本人 の法 意識
﹄研 究概 観﹂ では
、法 意識 の用 語法 に二 義︵ 憲法 意識 とい う場 合と 契約 観念 をい う場 合︶ あり から 始ま って
、川 島武 宜の 戦前
・戦 後に おけ る法 意識 研究 を跡 付け
、法 回避 傾向 は法 的手 段使 用の 可能 性 の制 限に 基因 する とい う所 説の 紹介 をし
、今 後の 課題 とし て、 近代 法原 理が 社会 組織 にど れだ け浸 透し てい るか の 問題
、法 意識 を法 体制
・法 過程 のな かに どう 位置 付け るか の問 題、 伝統 的法 観念 の分 析の ため に日 本文 化論 との 協 力が 必要
︵出 た‼
、︶ 経験 的資 料の 組織 的収 集、 の四 点を あげ る。
・水 林彪
﹁﹃ 日本 的法 意識
﹄の 歴史 的基 礎﹂ では
、日 本的 法観 念の 歴史 的起 源は 徳川 時代 にあ り、 超歴 史的 な日 本 人の 特性 など に求 める べき では ない と話 を始 め、 それ を立 証し よう とい うの であ る。 中世 末に は自 律的 権力 体間 の 紛争 解決 方式 とし ての 自力 救済 と審 理判 定型 の法
・権 利義 務関 係型 の法 が存 在し てい たが
、徳 川時 代の 国制 は日 本 固有 の性 格︵ 市場 経済 社会
+官 僚制 国家 のド ゥア リス ムス と階 級的 生産 関係 の抱 き合 せ構 造︶ をも ち、 紛争 解決 は義 理 によ る調 停が 行わ れ、 また 物の 授受 に関 する 社会 の習 律は 血縁
・結 縁か らの 流出 物と して 義理 によ る取 引と 考え ら れ 御得 意 関係 が形 成さ れた
。他 方、 民衆 には
、近 世を 通し て中 世的 法観 念が 生き 残り
、権 力は 道 理 の下 に ある べき だと して 闘わ れ、 幕末 には 権 理 道 理 がレ ヒト の訳 とさ れて いた
、と いう
。 以上
、国 制史 の観 点か らの 解説 で、 常識 的な
﹁聖 徳太 子の 和の 精神
﹂が ナン セン スと して 否定 され たの は分 かる が、 文 化 抜き の説 明で いい のか とい う疑 問が なお 残る こと にな った
。
㈡ 一九 八三 年︵ 法社 会学 三六 号﹃ 続法 意識 の研 究﹄
︶
・棚 瀬孝 雄﹁ 法意 識研 究の モデ ル﹂ では
、法 意識 論大 好き の日 本人 によ って
、そ の視 座は 三種 説か れ、
①﹁ 日本 的 法意 識﹂ は克 服さ れる べき 対象 であ る、
②﹁ 法を 使わ ない
﹂日 本型 社会 はあ るべ き一 社会 像を 示し てい る、
③日 本 も外 国も 根本 的な とこ ろで 違い がな い、 と区 分け した あと で、 現在
、問 題に すべ き研 究モ デル にも 三種
、即 ち原 型 モデ ル︵ タイ ムラ グ・ モデ ル︶
、状 況規 定モ デル
、論 者の 提示 する 社会 文法 モデ ルが ある と、 それ ぞれ の解 説を す