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法 文 化 論 序 説 ︵ 四 ︶

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(1)

︿論

説﹀

法 文 化 論 序 説

︵ 四

池 田 政 章

77

78

81

(2)

第六 章 自画 像の 形相 四

心理 と論 理㈡

﹁心 理と 論理

﹂に つい て㈠

㈡に 分け たの は、 第三 節が 余り にも 長文 にわ たる とい うこ とが 大き な理 由で ある

。 それ ゆえ

、㈡ は㈠ の時 期上 の続 編で ある こと に違 いは ない が、

㈡を 分離 した 以上

、時 期的 考慮 は外 せな いに して も、 そこ に何 らか の新 味を 加え たい とい うの が筆 者の 思い であ る。 そこ で想 を新 たに

本稿 で世 話に なっ た 南博 の著 作の 紹介 から 始め るこ とに した い。 そこ には

、戦 後数 年足 らず であ るに も拘 らず

、〝 日本 人の 心理

〟に つい ての 歴史 科学 的考 察に 始ま って

、四

〇年 後に 総括 的日 本人 論を 著す とい う研 究歴 を考 える と、 その 日本 人論 研究 に対 する 熱意 は本 節の 主題 によ く符 合す る こと は間 違い ない

。そ の紹 介か ら始 める とい う選 択は 当然 のこ とだ ろう

⑴ まず

﹃日 本人 の心 理﹄ のロ ング

・セ ラー から 始め る。 その

﹁は しが き﹂ によ れば

、﹁ 今日 まで

、 日本 人の 国民 性と か、 民族 性と よば れて

、い ろい ろな 研究 や、 観察 が発 表さ れて きて いる

﹂が

、﹁ 日本 人の 手に よ るも のは

、む かし

、日 本民 族が 優秀 であ るこ とを 證明 する ため に書 かれ た、 内輪 ぼめ

、う ぬぼ れが 多く

、自 分の あ ばた もえ くぼ にみ える

、自 画自 讃が 多か った

。そ うし て、 戦争 がお わる と、 逆に

、日 本人 を、 三等 国民

、四 等国 民

(3)

にお とし て、 自虐 的な 劣等 感に みち た感 想が 目立 って きた

。ど っち も困 った こと であ る。

﹂と 考え て、

﹁日 本人 は地 理的 にも

、歴 史的 にも

、と ざさ れた 島の 中に 生長 して きた 国だ から

、心 理の 伝統 も他 の国 にく らべ ると

、く ずさ れ ずに

、今 日の われ われ に受 けつ がれ てい る部 分が 大き い﹂ とい う。 戦後 数年 とい う当 時の 社会 的雰 囲気 を考 える と、 真っ 当な 学術 的前 提の 下で

、史 的資 料に 目を 配り なが ら、 今日

の日 本人 の心 理の 伝統 につ いて 客観 的 考察 をし たい とい うの であ る 西

その 内容 は、

①自 我意 識、

②幸 福・ 不幸 の心 理的 体験

、③ 非合 理主 義・ 合理 主義 の法 則性

、④ 精神 と肉 体に 関す る態 度、

⑤人 間関 係の あり 様と

、筆 者の 構想 を先 取り した よう な項 目が 並べ られ てい るの で、 筆者 には

、そ の内 容 の如 何を 確認 した いと いう 想い が募 る。

①〝 長い もの には 巻か れよ

〟と いう 権力 への 自動 的な 服従 の習 性 よる 自我 の成 長妨 害、

〝触 らぬ 神に 祟り なし

〟と いう 八方 美人 主義 によ る自 己の 保安 感情 によ って

、自 由な 個人 的自 我は 確立 され てお らず

、自 我 の主 張は 利己 心を 満た すこ とに 向か い、 自己 中心 主義 とな る

②幸 福な 状態 につ いて の生 活感 情を 表に 出す こと に遠 慮し がち な習 性を もち

、反 面、 不幸 を忍 ぶこ とが 美徳 であ ると 考え てい る。 それ は、 幸福 のは かな さを 感ず る無 常観 から 幸福 であ るこ とは 却っ て重 荷と 思う 心境 があ って

、 不幸 の忍 従が 救い にな ると いう 心構 えが 日本 人の 心理 的伝 統に なっ てい るか ら。 例え ば、

〝悲 しい

〟〝 切な い〟

〝涙

〟 など の言 葉は 流行 歌の 常套 句で ある

〝苦 労は 人に つき もの

〟と いう

。生 老病 死の 四苦 は仏 教の 厭世 観

であ るが

、﹁ 義務

﹂観 念に よっ て免 疫さ れ ると いう

〝あ きら め観

〟は

、権 利に 対応 する それ では なく て、 日本 独特 のも ので ある

〝身 のほ どを 知れ

〟と いう

﹁知 足安 分﹂ は儒 教の 言葉 であ るが

、江 戸時 代の マゾ ヒズ ム的 処世 観で あっ た。 この こと は現 代で も処 世術 の一 つと 考え られ てい る。

(4)

〝月 にむ ら雲

、花 に風

〟と いう 自然 現象 の言 葉は

、﹁ 自然 のう つろ いや すさ

、は かな さ…

…か ら、 人生 の不 幸、 不 運を 理由 づけ

﹂、

﹁自 然と 人生 を同 一の もの

﹂と みな すか

、も しく は﹁ 人間 を自 然化 して 見る 態度 が、 伝統 的に つづ いて いる

﹂こ とを 示し てお り、 日本 独特 の心 理的 伝統 に由 来し てい る、 とい う。

〝浮 世の 旅〟 とい うよ うに

、人 生を 旅に たと える セン チメ ンタ リズ ムは 古来 から あり

、﹁ 旅の さす らい

﹂﹁ 悲し い 別れ

﹂と いう よう に流 行歌 の常 套文 句と なっ てい る。

③﹁ 不幸 の心 理的 対策 が、 あき らめ から 一歩 進む と、 なぐ さめ

﹂に なり

、そ の対 象は

﹁月 雪花 のた のし み﹂ にむ かう

しか しそ れが でき なけ れば

、日 本映 画の

﹁母 物﹂ のよ うな 自分 より 不幸 と思 える 世間 を知 らせ て、 同 情・ 共感 をこ えた

〝身 につ まさ れる

〟と いう 不幸 を分 け合 う言 葉が 生み 出さ れる

。そ して

〝苦 は楽 の種

〟と いわ れ て報 いら れる

、と

。こ うし た逆 境幸 福論 は特 異な 救い の止 揚論 であ ろう

。〝 失う 何も のも ない

〟と いう 心理 的免 疫 法も 肯定 的意 味を 持っ てい る、 とい う。

西

西

( )

便

そう はい うも のの

、不 十分

・不 満足 を表 す〝 忍ぶ 恋〟

〝叶 わぬ 恋〟 など の感 情抑 制に 高い 価値 を見 出す 日本 的マ ゾヒ ズム は、 日本 的無 常観 の純 粋さ を高 めよ うと する もの で、 西洋 ルネ ッサ ンス の精 神と は相 反す る。 伝統 芸術 の 能に みら れる

、感 情の 外へ の表 現を 抑え て内 面の 高ま りで 表そ うと いう 心理 的演 技は

、今 もそ の芸 術的 価値 を失 わ ない 同 。 じよ うに

、茶 道に おけ る〝 茶禅 一味

〟で も、 不足 に甘 んず るこ とが 真意 とさ れ、 侘茶

、数 寄な どと いわ れて 実

(5)

用的 目的 が説 かれ る。 不足 主義 から 自我 の解 消へ とい う自 我否 定論 の見 本が ここ にも みら れる

。も っと も、 不足 主 義に は階 級的 理由 があ り、 茶人 の〝 物好 き〟 だと いう 評 紹介 され てい る。 何れ にし ても

、日 本人 の幸 福主 義は

、﹁ 自然

﹂・

﹁中 庸﹂ を出 発点 に、 順応 しな がら 欲求 を満 足さ せる とい う消 極 的心 理に 根拠 をお いて いる

、と

④第 四章 は﹁ 日本 人の 非合 理主 義と 合理 主義

﹂と 題せ られ てい るが

、内 容は

、自 然と 社会 の法 則を 否定 し、 運命 論に よっ て人 生を 説く 日本 的非 合理 主義 を解 明し よう とい うの であ る。 偶然 のめ ぐり 合せ の定 め

に よっ て、 あら かじ め人 間の 一生 が予 定さ れて いる とい う宿 命主 義の 話で あり

、因 縁論

・因 果論 が語 られ る

。運 命論 の背 景に は知 足安 分思 想が 拠り 所と して 使わ れ、 一方 であ き らめ から 自然 順応 主義 とな り、 他方 で淡 白と なっ て天 命主 義の 心境 にな る。 もっ とも

、天 命主 義と いっ ても

、人 智で はど うに もな らぬ 絶対 運命 と因 果律 があ ては まる 相対 運命 があ って

、人 生の 不幸 は絶 対運 命に 責任 をも たせ

、幸 福は 神仏 の加 護に よっ て相 対運 命と 考え られ てい る

いう

運命 主義 は、 仏教 の因 果論 や心 学の 道徳 観の 底流 とな って いる

。が

、心 学の 場合 は応 報論 がき いて

、現 実的

・積 極的 であ り、 人間 の力 を重 くみ てい るの に対 し、 民間 信仰

は〝 前生 のい んね ん〟 を強 調し てい る。 そし てか よう な因 果論 では

、自 己は 神か らの

〝借 りも の〟 とい う滅 私奉 公論 にも つな がり

、天 命と 人力 の関 係に 話 が及 んで くる こと にも なる

。 自然 と社 会の 法則 を否 定す る﹁ 世の 中の こと は理 屈通 りに 行か ない

﹂と いう 日本 的非 合理 主義 は融 通が きき

、エ セ合 理主 義

をも 生ん でい る。 それ は処 世上 の合 理主 義で

、損 得の 打算 が物 差し とな った 要領 主義 とも いえ る。

(6)

⑤非 合理 主義 が心 理と 結び つく と、 超人 間的 精神 力が 働く とい う精 神主 義に なる

。﹁ 至誠 天に 通ず

﹂﹁ 思う 一念 岩 をも 通す

﹂﹁ 精神 一到 何事 か成 らざ らん

﹂と いう 諺に みる よう に、 知性 によ らず 精神 で感 得す る とい うわ けで

、﹁ もの ごと は気 の持 ちよ う﹂ とな り、 物質 のな かに 精神 をみ る物 神論 とも なる

。﹁ 梨﹂ は無 しに 通じ るか ら﹁ あり のみ

﹂と いい

、﹁ すり 鉢﹂ は﹁ あた り鉢

﹂と いう 忌

の原 因に は物 がも つ神 性の 考え 方が あ る、 と。 非合 理主 義に 基づ く生 活観 とし て、 戦前 は精 神主 義が 語ら れ、 戦後 は常 識的 な肉 体主 義

が著 しか った が、 後者 は〝 安逸 に流 れる

〟と して 前者 の立 場か ら軽 蔑さ れ た。 が、 アメ リカ の影 響か ら積 極的 な肉 体主 義が 強調 され

、体 力、 金力

、権 力な どに つい ての

﹁力 の信 仰﹂ が高 く 買わ れる よう にな り、 現在 は力 の優 越競 争が 始ま って いる

、と

。そ して

、そ れは 性欲 主義 を生 み、 自我 の存 在を 確 かめ る証 拠と して 肉体 が語 られ ると いう こと にな るが

、性 につ いて の精 神主 義は まだ まだ 残っ てお り、 それ を通 し て、 健康 な肉 体主 義 論理 的に 主張 され 出し てい る、 とい う。

⑥最 後は

、〝 人間 関係

〟論 であ る。 近代 以前 の﹁ 義理

﹂は 自分 をと りま く人 間に 対し てと るべ き態 度・ 行動 につ いて の約 束で あり

、﹁ 世間

﹂に 対す る﹁ 義理

﹂が

﹁世 間体

﹂で ある

。こ のよ うな 義理 も一 方的 に要 求さ れる もの で はな く、

〝恩

〟に 対す る〝 奉公

〟と いう よう に、 交換 ある いは 契約 のよ うな 意味 合い も含 んで いた

。そ れが 明治 以 後は

〝滅 私奉 公〟 とな り〝 家長 中心

〟に なる とい う一 方的 な関 係に 変わ って くる こと にな る。 この 義理 に対 する 反抗 が〝 人情

〟と いう 人間 性の 要求 であ る。

﹁義 理人 情﹂ と一 口で いう が、 義理 の約 束で 抑え られ てい るの が人 情で あっ て、

﹁義 理と 人情 の板 ばさ み﹂ が文 学作 品の ネタ とし て共 感を よび 起こ して いる とい う のが 正確 であ る。 とす れば

、主 とし て人 物の 性格 や関 係か ら悲 劇が 生ず る西 欧と は大 違い

。﹁ 晴れ て名 乗れ ぬ﹂ 母 物の テー マが 人気 があ る日 本は

、人 間関 係に 涙の 原因 を求 めて いる とい えよ う、 と。

(7)

義理 が対 人・ 対社 会関 係に おけ る約 束で ある のに 対し て、

〝本 分〟 はそ の人 の場 所に ふさ わし い行 動の 形式 の全 体で ある

。今 日の

〝本 分〟 は昔 の〝 分限

〟よ りは 自分 の意 志で 選べ る人 間関 係で ある が、 それ でも

、本 人に とっ て 公事 と私 事の 区別 はア イマ イで

、﹁ 本分 とい う人 間関 係で

…… 公が 私を

…… 食い あら して いる

﹂の が現 状で ある

、 と。 近代 西洋 社会 では

、分 に応 じた 権限 があ る半 面で

、分 に対 して とら ねば なら ない 責任 があ ると 考え るの が常 識で ある

。し かし 日本 社会 では

、権 限と 責任 のバ ラン スは くず れて おり

、公 私混 同を 因と した 責任 逃れ が生 まれ てく る のが 通常 であ る。 その 由来 は、 日本 人の 自信 のな さ・ 自我 の弱 さに あり

、争 いご とが ある と、 仲裁 人を 入れ て話 し 合い をす るこ とに 現れ てい る。 この 責任 逃れ は日 本特 有の 心理 的産 物で ある

、と いう

﹁む すび

﹂に いう

。﹁ 日本 人の 非合 理主 義、 精神 主義

、不 足主 義に 共通 な、 何か

﹃割 り切 れな い﹄ もの

、﹃ 理屈 で は行 かな い﹄ もの は、 すべ て、 この 人間 関係 に立 ちこ めて いる

、フ ンイ 氣の アイ マイ さか ら生 まれ てく るよ うで あ る﹂

。そ して

、﹁ 新し い日 本を 生み 出し てい くに は、 社会 の土 台を 作り 直す こと とな らん で、 むか しか らの ナゴ リで ある

、モ ヤモ ヤし た人 間関 係と

、そ れか ら発 生す る社 会心 理の くも りを 拭き とる こと にも 努力 しな けれ ばな らな い﹂ とい うの であ る。

西

(8)

⑵ いわ ゆる

﹁日 本人 学﹂ の樹 立を 心が けて きた

、南 博に とっ て、

﹃日 本人 の心 理﹄ はそ の準 備作 業と なっ たが

、 日本 人の 全体 像を とら える ため には

、先 人が

、こ れま でい かな る見 解を 披露 して きた かを まと める 必要 があ った の だろ う。 その ため の著 作が

、﹃ 日本 人論 の系 譜﹄

で ある

本稿 にお ける 筆者 にと って 興味 があ るの は、 南が 日本 文化 の系 譜を 語る につ いて

、ど のよ うな 構成 をと るか であ った

。し かし

、①

﹁日 本人 の先 駆者 たち

﹂、

②﹁ 風土 と日 本人

﹂、

③﹁ 美と 日本 人﹂

、④

﹁日 本人 の国 民性

﹂、

⑤﹁ 日 本人 の恥 意識

﹂の 五章 で、 当時 の常 識を ふま えて いた とい うべ きか

。 即ち

、七

〇年 代に なる と、 前節 で述 べた よう に、 さま ざま な日 本人 論が 刊行 され てネ タも 豊富

、系 列の 取り 方に も多 くの 前例 が生 まれ てき たが

、ネ タの 都合 で、 南の 構想 もそ れか ら外 れる わけ には ゆか なか った

いう とこ ろで あろ う。

①〝 先駆 者た ち〟 とし てあ げら れて いる のは

、新 井白 石﹃ 西洋 紀聞

を始 めと して

、司 馬江 漢﹃ 春 波楼 筆記

西

、山 片蟠 桃﹃ 夢之 代﹄

、 箕作 阮甫

、佐 久間 象山 をへ て、 福沢 諭吉

﹃文 明論 之概 略﹄

、 そし て﹃ 明六 雑誌

﹄に おけ る日 本人 変化 説 西 と不 変説

論争 であ る 調

。し かし

、よ り重

(9)

要な 論点 は日 本人 劣等 説が 横行 した こと であ る。 明治 一〇 年代 に入 ると 欧化 政策

とら れる が、 他方

、政 教社 の雑 誌﹃ 日本 人﹄ では 欧化 運動 を批 判す る井 上哲 次郎

﹃内 地雑 居論

が著 され る。 そし て、 西洋 人対 日本 人の 心理 的接 触を 客観 的に 論ず る態 度が 生ま れる

うに なる

。 福沢 がい いた いの は、

〝日 本人 は内 を重 んじ て外 を見 ない から

〟公 共精 神に 欠け てい る、 この 内と 外に つい て日 本人 は家 内の 人で はな く戸 外の 人に なる べき であ ると いう こと だと 結論 付け

、南 は、 この 気質 はど こか ら来 たの かと 自問 自答 し、 その 方法 は日 本人 の性 格形 成を 社会 的・ 歴史 的に 分析 する こと だと いう

。そ の第 一 段が 風土 論で ある

②風 土論 のさ きが けは

、関 祖衡

﹃人 国記

、三 五ヶ 国の 民情

・風 俗を 地図 入り で書 いた もの で、 民 情・ 風俗 は民 心の 情偽

、風 気水 土に よっ てき まる

、と

。該 書は

、司 馬江 漢﹃ 春波 楼筆 記﹄

から

、志 賀重 昂﹃ 日本 風景 論﹄

、横 山健 堂﹃ 新人 国記

、加 藤咄 堂﹃ 世態 人情 論﹄ にま で影 響を 及ぼ して おり

、加 藤は

、日 本人 の生 活状 態、 人情 の歴 史的

・地 理的 条件

、宗 教か ら社 会心 理に 及ぶ 広 範な テー マで 論じ てい る。 ただ

、こ の時 期ま では 地方 文化 の紹 介が 主で あり

、世 界の なか の日 本に 視点 を向 ける よ うに なる のは

、雑 誌﹃ 日本 人﹄ の発 刊以 後の こと にな る

とい う。 こう した なか で世 界主 義的 な日 本人 論を 著し たの は、 周知 の芳 賀矢 一

で あり

、後 に 和

﹃風 土﹄ が書 かれ るこ とに なる

。和 の 風土 論は 一九 三〇 年代 のマ ルキ シズ ム批 判と して 登場 した が、 戸坂 潤 によ る反 批判 があ り、 これ らに 対し

、南 は、

﹁人 間学 的風 土と 自然 的風 土の 混用 から くる 不統 一﹂ があ ると 評す る

。 戦後 の〝 風土 論〟 にお いて は、 生態 学的 風土 論、 地理 学的 風土 論、 歴史 的風 土論 の三 視点 から の流 れが ある

(10)

︵生 態学 的風 土論

︶が 時期 的に 最も 早く 現れ

、そ の嚆 矢は

、梅 棹忠 夫﹃ 文明 の生 態史 観﹄

、そ して 上山 春平 編﹃ 照 葉樹 林文 化﹄ があ る 稿

。︵ 地理 学的 風土 論︶ には

、鈴 木孝 夫﹃ 風土 の構 造﹄

・同

﹃超 越 者と 風土

があ り、

︵歴 史的 風土 論︶ に、 飯沼 二郎

﹃風 土と 歴史

・同

﹃歴 史の なか の 風土

があ る。 飯沼 は、 農業 技術 の側 面を 重視 し、 結局

﹁風 土に 貴賤 はな い。 ある のは

、た だ、 それ にか かわ りを もつ 人間 の在 り方 のち がい のみ

……

﹂と 結論 付け

、そ して ユダ ヤ教

・キ リス ト教 が神 に誓 い、 ゆる しを 乞う のに 対し

、日 本人 は ケガ レは ミソ ギに よっ て洗 い流 すと いう よう に﹁ すが すが しさ をよ ろこ ぶ、 日本 人共 通の 民族 感情 であ る﹂ と比 較 して いる

、と 南は 紹介 する

。 そし て、 南の 風 土論 的日 本人 学の 課題 は

、﹁ 農業 生産

、家 族形 態、 生活 様式

、宗 教な ど、 さま ざま な要 因が

、 多元 的に はた らき あっ て、 ひと つの 風土 文化 複合 とで もい える

、文 化的 伝統 と現 在の 文化 的状 況が 成立 する

。従 っ て、 その よう な風 土に から みあ う諸 文化 条件 を究 明す るこ とが

、日 本人 学の 風土 論的 な側 面で あろ う﹂ とい う。 つ まり は社 会的 文化 論と いう こと か

稿

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