で引 用し た野 田﹁ みす ず﹂ 論文
︵一 四頁 参照 は︶ 一九 七〇 年一 一月 に日 本女 子大 学で 行わ れた 講演 に加
筆し たも ので ある が、 翌年 一一 月、 再び 同大 学で
﹁西 欧人 の法 観念 と日 本人 の法 観念 の比 較﹂ と題 する 講演 が行 わ れ︵﹃ 日本 女子 大学 教養 特別 講義 第六 集﹄ 所収
、︶ さら に数 年お いて
﹁比 較法 文化 論の 一つ の試 み﹂︵ 早大 比較 法研 究所
﹃比 較法 と外 国法
﹄所 収一 九七 八年
︶が 報告 され た。 これ こそ
、野 田流 法 文化 論序 説 の三 点セ ット であ る。 以下
、 原意 を損 わな いよ うで きる だけ 原文 を用 いて
、そ の解 説を 試み る。
︿み すず 論文
=日 本人 の性 格と その 法観 念﹀
﹁日 本人 の性 格﹂ につ いて
。ま ず国 民性 の内 因的 要素
=性 格に つい て、 R・ ル・ セン ヌの 性格 型分 類論 を適 用し
、感 情型 でム ード 的・ 付和 雷同 的で ある とし
、外 因的 要素
=経 済生 活 につ いて
、純 粋農 耕民 型で あり
、自 然に 成る を待 ち規 範と か契 約観 念と かは 必要 なく 自然 肯定 的行 動を とる とい う。 総し てメ ンタ リテ ィの 特徴 とし て、
①考 え方 が同 質的 で説 得の 術は 必要 なく
﹁よ りか かり 方式
﹂の 参加 を考 え てい る、
②行 動す ると き常 に全 体が 自然 に一 定の 方向 に向 く、
③リ ーダ ーは エン ジン をか けそ れに 乗る だけ で後 は 貴方 任せ であ る、
④あ るが まま でう まく いく とい う成 行き 主義 で、 人為 的に 構成 する ルー ルに よる とい う規 範意 識 がな い、 とい う点 があ げら れる とい う。 ここ から 西欧 法の 基本 にあ るロ ーマ 人の 法観 念と の比 較を ふま えて 日本 人の 法観 念が 語ら れる
。
﹁日 本人 の法 観念
﹂に つい て。
①ま ず法 に対 する 態度 の比 較で は、 法の 国民 であ ると いう 誇り をも つロ ーマ 人は 遵法 精神 に富 んで いる が、 法が 嫌い な日 本人 は法 の適 用に 手ご ころ を加 える のが 好き で、 それ も他 人に は厳 しく 自 分に は甘 くと いう 考え 方で ある
、② 権利 観念 の比 較に つい て、 他人 の権 利を 承認 しな けれ ば自 分の 権利 を法 的に 行 使で きな いと ロー マ人 は考 える のに 対し
、日 本で は他 人の 権利 の承 認を 含ま ない 単な る盲 目的 自己 主張 にす ぎな い、
③裁 判の 観念 を比 較す ると
、ロ ーマ 法の 裁判 にお いて は原 告・ 被告 の何 れに 権利 があ るの かに つい て二 者択 一 であ るの に対 し、 日本 人は 三方 一両 損の 大岡 裁き が好 きで 感情 的な しこ りを 残さ ない 和解 によ って 争い を水 に流 す 方法 を多 くと る、 とい う。
そし て最 後に
、日 本人 の性 格に は無 政府 主義 の性 向が 多分 にあ るの で、 西欧 法的 行き 方に なじ むた めに は社 会的 秩序 意識 の基 礎を 幼時 から 教育 によ って 補い
、感 情型
・非 行動 型に 適し た社 会的 秩序 づけ の方 法を 考え てゆ く必 要 があ る、 と締 めく くる
。 とこ ろで
、﹁ 無政 府主 義の 性向
﹂と いう 誇張 した とも 思え る病 理的 表現 は、 文字 と行 動と の乖 離に 対す るイ ラダ チと 法文 化論 の使 命感 がも たら した 感想 なの であ ろう
。と もか く、 川島 も野 田も 共通 して
、近 代化 とい う希 望を 将 来に 託し てい るの だが
、乖 離解 消の 目途 をど のよ うに たて てい るの だろ うか
。野 田の 次作 品に つい てみ てみ よう
。
︿女 子大 論文
=西 欧人 の法 観念 と日 本人 の法 観念
﹀ 一九 七一 年一 一月 の﹁ 西欧 人の 法観 念と 日本 人の 法観 念 の比 較﹂ と題 する 講演 筆記 に加 筆し たも の。 法観 念に 関す る西 欧と 日本 の比 較文 化論 であ る。 文化 の特 色は
、担 い 手の 個性 と文 化の 形成 にお ける 環境 的条 件に よっ て生 まれ ると し、 本講 演で は担 い手 の問 題に つい て、 前作 品の 性 格論 に続 きメ ンタ リテ ィの 特色 を比 較し よう とい うの であ る。
Ⅰ部 で一 般的 な比 較を
、Ⅱ 部は 法観 念の 比較 を論 ず る。
﹁Ⅰ 一繊 細の 精神 と幾 何学 的精 神﹂
パス カル のパ ンセ にあ る人 間精 神の 二基 本型 が表 題の 意味
。日 本人 は前 者、 即ち もの を見 るの に一 目で 摑む かも しく は理 解す ると いう より 感じ とる とい う型 であ り、 西欧 人は 後者
、即 ち一 定 の原 理に 従っ て推 理す る型 であ ると し、 その 証拠 とし て、 日本 人は 論理 をや かま しく いわ ず理 屈を 嫌う のに 対し
、 西欧 では 喋る こと が理 性的 であ ると いう のが 伝統 とし てあ り理 性的
・論 理的 なも のが 発達 して いる とい う。
﹁Ⅰ 二自 然観
﹂ 西欧 人は
、自 然と は人 間が 完成 すべ き素 材・ 材料 にす ぎな いと 考え るの に対 し、 日本 人は
、人 間 は自 然の 一部 であ り、 それ と一 緒に なっ て調 和し た生 活を 営む ため の友 であ ると 考え てい る。 前者 では もの をつヽ くヽ るヽ こと に中 心が おか れ、 存在 とは 手が 加わ るこ とを 待っ てい るも のと いう 考え 方で ある が、 後者 では もの は成ヽ るヽ
、 自然 は完 成体 であ るか ら手 を加 える のは よく ない
、つ くら れた もの は自 然の もの より 価値 が低 いと いう 考え 方で あ
る。 国家
・都 市に つい ても 同じ で、 ヨー ロッ パで は人 間が つく ると 考え るの に対 し、 日本 では 悠久 の昔 から 自然 膨 張的 に群 がっ て出 来上 がっ た集 団と 考え てい る、 とい う。
﹁Ⅰ 三言 葉と メン タリ ティ
﹂ 日本 語は 情緒 的・ 直観 的・ 具象 的で ある が、 西欧 語は それ に比 べて 論理 的・ 分析 的・ 抽象 的で ある
。日 本語 は言 わな くて もい いこ とは 言わ ず、 むし ろ省 略で きる こと は省 略す るの に対 し、 フラ ン ス人 は思 想は 言葉 とい う形 式を 与え られ て初 めて 真の もの とな ると 考え る。 日本 語は 論理 的で はな くて 感情 の伝 達 に優 れた 言葉 であ り、 日本 人も 感情 の起 伏に は非 常に 敏感 で鋭 い感 受性 をも って いる から
、明 確で 論理 的な 法律 に は適 さず
、無 理に 論理 的に した 法律 の条 文に は裃 を着 た窮 屈さ を感 じ親 しみ が湧 かな い、 と述 べる
。
﹁Ⅱ 一法 観念 の出 発点 の相 違﹂
ヨー ロッ パ人 は闘 争を 通じ て平 和に 達す ると 考え
、そ のた めの 手段 が法 であ り何 が正 しい かを 判定 する 規準 が法 であ ると して 私法 が早 くか ら発 達し たの に対 し、 日本 人は もと もと 社会 生活 は平 和 なも ので 闘争 は病 理現 象で あり
、法 が介 入す るこ とは 望ま しく ない と考 えて いた ので 私法 はほ とん ど発 達せ ず、 刑 法が 法の 中心 であ る、 と。
﹁Ⅱ 二法 への 親近 感﹂
西欧 人は 法は 有用 なも のと 考え
、例 えば フラ ンス 人は 日常 会話 の中 に平 気で 訴訟 用語 を使 うく らい 法的 国民 であ るの に対 し、 日本 で法 とい えば 警察 や監 獄を 連想 する よう に法 に対 して 親近 感を もっ てい な い、 とす る。
﹁Ⅱ 三権 利の 観念
﹂ 西欧 では 権利 は闘 争の 手段 であ り、 権利 放棄 は法 の否 定に 帰着 する と考 える が、 日本 では 権 利行 使が 片面 的で 自分 の主 張を 貫く のが 権利 であ り、 他人 の主 張は 一向 かま わな くて もよ いと いう 観念 がゆ きわ た って いる とい う。
﹁Ⅱ 四契 約の 観念
﹂ 西欧 人は
、ヘ ブラ イの 契約 思想 を源 泉と して 社会 的結 合そ のも のが 契約 を中 心に 考え られ て おり
、自 然法 の原 則と して 古来 から 契約 を守 るの は人 間の 理性 によ る義 務の 観念 に基 づく と考 える のに 対し て、 日
本人 は、 社会 は自 然に 形成 され たも ので 契約 の必 要は なく
、約 束に こだ わら ない のが 人情 的で あっ て、 契約 違反 は 単に 気が ひけ るこ とで 恥に なる と考 えて いる
。従 って 西欧 人は
、契 約書 を書 いた 以上
、不 履行 があ れば いつ でも 強 制執 行で きる と考 える のに 対し
、日 本人 は契 約書 は一 応の もの で、 もし 不履 行が あっ ても すぐ 強制 執行 する のは 非 人情 だと 考え る、 とい う。 そし て最 後に
、日
・欧 法観 念相 互の この 際立 った 違い は文 化の 長い 伝統 のな かで 遺伝 して きた もの であ り、 どの 文化 も自 己の 個性 を守 って ゆく こと が権 利で あり 同時 に義 務で ある が、 必ず 全体 との ハー モニ ーを 壊さ ない こと が 必要 であ ると して
、世 界の 文化 との 美し いハ ーモ ニー をつ くり 出し てゆ くこ とが 我々 の努 めで ある と結 語す る。 つ まり
、前 作品 から 引き 継が れた 乖離 解消 の目 標は
、日 本文 化を 守り なが ら世 界と のハ ーモ ニー を保 つと いう 点に あ った
。い かに もロ マン チッ クな 結び であ る。 とこ ろで
、話 題の ため に引 用さ れて いる 例示 は、 日欧 共に 言語
・古 典か ら近 代思 想に いた るま で豊 富し かも 様々 であ って
、そ の博 識に 裏打 ちさ れた 論調 には
、誠 に説 得力 があ る。 しか も、 日・ 欧法 観念 の比 較を 対比 の両 極に お いて 図式 的に 示さ れる と、 日本 が法 治国 家に なる こと など 至難 の業 とい う想 いが 強く なる が、 しか し、 特定 の文 化 の個 性を 守り なが らハ ーモ ニー を保 つと いう ので あれ ば、 まず 文化 の多 元性 を、 そし て、 文化 の一 つで ある 法治 主 義の 多様 性を も認 めず ばな るま い。 それ を日 本に つい てい えば
、 法外 の法 を 含む 秩序 国家 も法 治国 家の 一種 で ある とい うこ とに なる
。つ まり 我々 の行 く道 は、 西欧 とは 異な る新 しい 法治 国家 を模 索す ると ころ にあ り、 法文 化 論こ そ、 その 方途 をみ つけ る役 割を 担え る研 究で ある とい うこ とに なる ので はな いか
。
અ
︿早 稲田 論文
=比 較法 文化 論の 一つ の試 み﹀
比較 法研 究所 二〇 周年 記念 事業 の一 環と して 行わ れた 一九 七八 年五 月の 講演 に加 筆し たも ので
、そ の論 旨は 一作
・二 作を 総括 した よう に思 える
。 冒頭
、ま ず法 の比 較は 法の 文化 論的 比較 でな けれ ばな らな いと 強調 し、
﹁ 比較 法文 化論 とは 何か
﹂か ら始 まる
。