化論 のも う 一つ の狙 いは
、法 に関 する 欧米
・日 本= 文化 の双 方の 比較 にあ ると いえ る。 こう して
、法 社会 学・ 法史 学・ 比較 法学 とい う法 諸科 学の みな らず
、日 本文 化論 や日 本人 論に つい ても
、そ の研 究成 果に 期待 がか けら れる ので
、こ れら の問 題は
、改 めて 次章 で詳 しく 紹介 する こと にし たい
。 とこ ろで
、法 文化 論の 確か な提 唱は
、前 章で 触れ たよ うに 第二 次大 戦以 後の こと であ る。 この 経過 につ いて 少々 詳し く述 べて みた い。
法文 化の 原語 リー ガル・カ ルチ ュア
、こ の言 葉の 初見 は、 千葉 によ れば
、A
・ポ ドグ レッ キが 一九 六六 年の ポー ラン ド社 会学 雑誌 に発 表し た論 文で ある と
( )
いう
。彼 はリ ーガ ル・ カル チュ ア︵
﹁実 定法 体系 の受 容・ 評価
・批 判・
21
実現 に関 連あ る習 慣と 価値 観の 全体
﹂︶ とリ ーガ ル・ サブ カル チュ ア︵ 実定 法体 系の 機能 に対 し支 持・ 妨害
・無 関係 とい う関 係に 従っ て肯 定的
・否 定的
・中 立的 とな る︶ の観 念を 提示 し、 後者 を重 視し て、 これ が社 会経 済体 系・ パー ソナ リテ ィと とも に、 その 相互 関連 のも とで 人々 の法 的行 動に おけ る型 の違 いを 形成 する 要因 にな る、 と説 明し た。 カ ルチ ュア
・社 会体 系・ パー ソナ リテ ィと くれ ばT
・パ ーソ ンズ の影 響が 窺わ れ、 その 社会 行動 論的 なリ ーガ ル・ カ ルチ ュア 論に は興 味が もて る。 が、 その ほか にサ ブカ ルチ ュア を観 念し
、そ れに 注目 した のは
、千 葉も 推測 する よ うに
、ポ ーラ ンド のリ ーガ ル・ カル チュ アが 他の 西欧 諸国 のそ れに 比し て特 徴が なか った から なの であ ろう
。こ の こと は、 西欧 法の 枠組 みの なか だけ でリ ーガ ル・ カル チュ アを 考え てみ ても
、そ の問 題性 を見 極め 切れ ない こと の 証で あり
、彼 の論 文が わが 国で ほと んど 関心 をも たれ なか った わけ も、 この こと と関 係が ある だろ う。 これ に比 べて
、わ が国 で注 目を 引い たの は、 アメ リカ 諸州 のみ なら ず、 日本 など 西欧 法を 継受 した 非西 欧諸 国を も視 野に 入れ てリ ーガ ル・ カル チュ アを 論じ た、 前述 のL
・M
・フ リー ドマ ンの 論稿 であ る。 彼は 一九 六九 年、 こ れま での 比較 法学 の法 系分 類論 を批 判し て、 新し いリ ーガ ル・ シス テム の観 念を 提示 した
。法 制度 の具 体的 な動 き
に注 目し て、 法の 安定 と変 化、 法文 化と 法の 有効 性の 問題 を論 じよ うと いう ので ある
。即 ち、 その シス テム 論は
、 裁判 所の 数と 型・ 憲法 の存 否・ 連邦 主義 の存 否・ 権力 分割 など の構 造と
、準 則・ 学説
・法 令な どの 実体 のほ かに
、 シス テム を統 合し 文化 のな かで シス テム の位 置を 決定 する 諸々 の価 値と 態度 とい う法 文化 を挙 げて
、こ れが リー ガ ル・ シス テム の鍵 をに ぎる と、 その 重要 性を 指摘
( )
した
。彼 のい うリ ーガ ル・ カル チュ アと は﹁ 人々 の法 もし くは 政
22
府に 対す る行 動様 式を 決定 する 価値 と態 度の ネッ トワ ーク
﹂の こと であ る。 この 行動 科学 論的 なリ ーガ ル・ シス テム 論、 煩琑 とい う感 じが ある が、 その なか のリ ーガ ル・ カル チュ ア論 は、 対象 の扱 い方
・考 察の 方法 から みて 魅力 があ り、 わが 国で も法 文化 とい う問 題に 関心 を向 けさ せる きっ かけ にな っ たと いえ る。 そし て、 その 後の 著作 にお いて
、法 人類 学と の共 通性 にも ふれ
︵前 述︶
、ま た法 進化 論に も懐 疑的 で、 法は 進化 する とい うよ り変 化し たと みる か、 とい うよ りむ しろ 発展 した と表 現し た点 にも 納得 が
( )
ゆく
。し かし
、現
23
代法 への 展開 はそ の変 貌が 大き く、 単純 な公 式に 総括 する こと はで きな いと いう 理由 もあ って か、 文化 とし ての 法 に関 する 論述 には 届い てい ない ので ある
。当 然の こと なが ら、 社会
・経 済へ の論 及箇 所は 数多 いが
、文 化に 対す る 洞察 が浅 いと いう 点に つい て腑 にお ちな かっ た記 憶が ある
。そ の理 由を 考え てみ ると
、正 統な
︵? 法︶ 社会 学の 範 疇の なか でリ ーガ ル・ カル チュ アを 検討 した ため
、法 人類 学の 文化 の視 点が 軽視 され るこ とに なっ たの では ない か と。 この 点、 法に 関す る日 本人 論で は、 日本 文化 とし ての 法を 抜き にし て法 文化 を語 るこ とは でき ない
。従 って
、地 政的 環境 とい う点 から いっ て、 フリ ード マン より 日本 人研 究者 の方 が有 利な 立場 にあ ると いえ る。 しか し欧 米人 に しろ 日本 人に しろ
、文 化を バッ クに 法を 観察 する とい うの は、 とて つも なく 大変 なこ と︱
︱欧 米人 なら より 一層
︱︱ と、 今頃
、改 めて 湧い た感 想で あっ た。 とも かく
、こ のま ま話 を進 める
。 フリ ード マン より 少し 遅れ て、 H・ W・ エー ルマ ンが
﹃比 較法 文化 論﹄ とい うズ バリ の表 題を もつ 著作 を発 表し
た。 しか し彼 は、 人類 学・ 社会 学上 の文 化概 念は 広範 で複 合的 だと して
、J
・H
・メ リマ ンの いう リー ガル
・ト ラ ディ シ
( )
ョン
︵法 の性 質、 社会 と政 治に おけ る法 の役 割、 法体 系の 適正 な組 織化 と運 用、 法の 定立
・適 用・ 研究
・習 熟・ 教
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育の あり 方に 関し て深 く定 着し 歴史 的に 条件 付け られ た一 連の 態度
︶こ そそ の実 体で あり
、リ ーガ ル・ カル チュ アは 行 動の 伝統 を伝 える 媒体 であ って サブ シス テム であ ると 捉
( )
えた
。即 ち、 それ は﹁ 現代 の法 制度 およ び法 慣行 に関 する
25
大き な相 違﹂ であ ると し、 問題 関心 の範 囲を 狭め てし まっ た。 法文 化の 内容 は、 ロー マ・ ゲル マン 法族
、コ モン
・ ロー 族、 社会 主義 法族
、非 西欧 法族 とい うよ うに
、R
・ダ ヴィ ド流 の法 系論 の域 を出 てい ない ので ある
。
અ
他方、わ が国 でも 一九 七〇 年代 初め に、 野田 良之 が、 法を 一部 とす る文 化全 体の 性格 の違 いに 注目 して
、比 較法 学は
﹁法 に焦 点を 合わ せた 比較 文化 論﹂ でな けれ ばな らな いと
、比 較法 文化 論と いう 研究 課題 を提 唱し たこ と は前 述し た通 りで ある
。 彼は その 後、 文化 の性 格の 相違 は、 文化 の担 い手 がも って いる 個性
︵主 観的 要因
︶と 文化 の形 成に おけ る環 境的 条件
︵客 観的 要因 に︶ その 原因 があ るか ら、 それ を検 討す れば 文化 の比 較が でき ると し、 従っ て比 較法 文化 論は
、 文化 全体 の性 格の 究明 を前 提と して
、法 に関 する メン タリ ティ
︵も のの 考え 方・ 感じ 方、 行動 の仕 方︶ の相 違と
、そ れを 生ぜ しめ る要 因︵ 地勢
・気 候な どの 外部 的要 因、 性格 とい う内 部的 要因
、お よび その 相互 関連
︶を 明ら かに する こ とに ある と論
( )
じた
。文 化と して の法 をど のよ うに 究明 する かと いう 難儀 な課 題に 対す る解 決方 法と して
、こ のよ う
26
な総 則的 準拠 を求 めた 炯眼 に感 じ入 った が、 同時 に、 芳賀 矢一 の国 民性 論、 和 哲郎 の風 土論 を想 起し たの も事 実 であ る。 また
、法 人類 学が 生ま れ変 わっ たと も筆 者に は思 えた ので ある
。 それ はと もか く、 野田 によ る比 較法 文化 論の 提唱 につ いて は﹁ 筆者 ひと りの 試み
﹂と いう 言葉 から 推察 しう るよ うに
、野 田独 自の もの とす る自 信が あっ たに 違い ない
。比 較法 学者 とし ての 野田 が、 現行 実定 法の 比較 とい うこ れ まで の日 本の 比較 法学 のあ り方
、さ らに R・ ダヴ ィド の法 系論 やK
・ツ ヴァ イゲ ルト の法 圏論 をも 批判 的に みて
、
法の 比較 は、 法も その 一部 であ る文 化全 体の 比較 を通 して 法に 関す るメ ンタ リテ ィに まで 及ば ねば なら ない とし た 壮大 な発 想か ら出 発し たこ とに
、該 博な 文化 人と して の彼 の面 目が 躍如 とし てい ると の感 を禁 じえ ない
。が
、文 化 全体 を通 して 法を みる とい う着 眼は
、そ の後 の法 文化 論に おい て生 かさ れる こと はな かっ た。 筆者 の場 合に つい て。 第一 章で ふれ たよ うに 一九 七〇 年代 初め
、憲 法意 識の 構造 的性 格の 省察 に腐 心し てい た。 以前 から 政治 学・ 社会 学に 関心 をも って いた こと もあ って
、ア ーモ ンド
=ヴ ァー バの 政治 文化
、オ ール ポー トの パ ーソ ナリ ティ
、フ ロム の社 会的 性格
、パ ーソ ンズ の社 会体 系な どか らヒ ント を得 て、 パー ソナ リテ ィ↓ 社会 的性 格
↓法 意識
↓法 社会 体系 とい う思 考過 程を 通じ
、そ こで 機能 する 文化 との 関連 から 生ま れる 法に 関す る文 化の 型が 憲 法意 識形 成の 鍵を 握っ てい ると の結 論を えた ので ある
。 法に 対す る感 じ方
・考 え方
・評 価の 仕方
・行 動様 式の 総体 が法 に関 する 文化 を形 造っ てお り、 それ らは 文化 全体 との 係わ りの なか で文 化と して の法 によ って 支え られ てい ると 総括 し、 法文 化研 究の 重要 性と 憲法 社会 体系 の問 題 性を 指摘 した ので ある
。 一九 七〇 年代 に、 わが 国で 法文 化論 提唱 のモ チー フと なっ たの は、 かく の如 く国 民性 論と 法意 識論 であ った
。そ こに は法 人類 学と の確 かな 結び 付き は何 ら見 出す こと はで きな い。 その 理由 を考 えて みる と、 筆者 も含 めて
、法 人 類学 は非 文明 社会 法を 論ず るも ので
、日 本法 とは 関係 がな いと の思 い込 みが あっ たと いえ るの では ない かと 思う
。 しか し、 国民 性論 に着 想を えた メン タリ ティ への 関心 が、 社会 学の
﹁文 化と パー ソナ リテ ィ﹂ 論や 法人 類学 の方 法論 と同 じ土 俵の 上に たつ こと にな った とい える し、 また 日本 人の 法意 識に 文化 の型 を探 ろう とす れば
、い きお い 継受 法以 前の 固有 法に 関す る法 意識 に目 を向 ける こと にな り、 文化 的伝 統の なか の法 観念 に先 祖返 りし なけ れば な らな いの であ る。