博士(農学)山本英樹 学位論文題名
アズキ落葉病菌とダイズ落葉病菌の分類に関する研究
学位論文内容の要旨
本 論 文 は ,形 態 的 同 一 種(Phialophora gregata) で あ る ア ズキ 落 葉 病 菌と ダイ ズ落葉 病菌 の病原 性,培 養性質 を比 較し, また, 分子遺 伝学 的手法 を用い て遺伝 的類縁 性を 検討し,得られ た結果 を総合 して, 両菌 の分類 学的位 置づけ を考 察した もので ある。
ま ず ,来 歴の 異なる アズキ 落葉病 菌と ダイズ 落葉病 菌を収 集し, マメ 科6種13品種 に対す る病 原性を 断根浸 漬接種 法に より調 査した 。その 結果 ,アズ キ落葉 病菌は アズキ とり ョクトウに,ま たダイ ズ落葉 病菌は ダイ ズとり ョクト ウに病 原性 を示し ,維管 束ある いは髄 部の 褐変,葉のしお れなど の病徴 を引き 起こ した。 一方, インゲ ン, ササゲ ,工ン ドウに 対して は両 菌とも病原性を 示さ な か った。 アズ キ落葉 病菌に っいて は罹病 性の 異なる4品 種に対 する病 原性を 検討 した。 多 くの 菌 株 は罹病 性の 宝小豆 にのみ 病原性 を示し たが ,4菌 株は 宝小豆 のはか ,抵抗 性と されて い る丸葉 にも病 原性を 有し,1菌株はさらに抵抗性のハ`ソネショウズにも病原性を示した。しかし,
抵抗 性 の 赤豆に 病原 性を示 す菌株 は見い だされ なか った。 これら 病原性 に基 づく3っの グルー プ と培地 上での 菌糸生 長速 度の間 に関係 は認め られ なかっ た。
次に, いく つずの 培養性 質にっ いてア ズキ 落葉病 菌とダ イズ落 葉病 菌の比 較を行ったところ,
菌糸 の 生 育 と 培地 のpHの 関係 や 硫 酸 銅 耐性 に は 両 菌 間 に差 異 が 見 い ださ れ なか った。 一方:
PDAやV一8Aあ る い は そ の 液 体 培 地で 培 養 し た 場 合, ア ズ キ 落 葉病 菌 は 赤 褐 色、 鮭 肉 色 な い し赤色 に色づ くのに 対し ,ダイ ズ落葉 病菌は 淡黄 色から 黄褐色 に色づ き,こ れら の培地上では菌 叢の色 調が異 なるこ とが 明らか となっ た。ま丶た,アズキ落葉病菌の生育適温は24〜26℃で,32℃ でも生 育でき たのに 対し ,ダイ ズ落葉 病菌の それ は22〜 23℃で,これより高温域での生育はアズ キ落葉 病菌に 比べ顕 著に 抑制さ れ,32℃ では生育できナょかった。こうした培養性質の差異を基に 両菌を 簡便に 識別で きる 可能性 が示さ れた。 ,
また, 分子 遺伝学 的手法 を用い て,ア ズキ 落葉病 菌とダ イズ落 葉病 菌の遺 伝的類縁性を検討し た。ア ズキ落 葉病菌 とダ イズ落 葉病菌 の全細 胞夕 ンパク 質と細 胞質可 溶性夕 ンパ ク質の電気泳動 パター ンを比 較した が, 何れの 分画に おいて も両 菌間に 顕著な 差は認 められ なか った。一方,ア
ズ キ 落 葉 病 菌 の 弱 病 原 性 系 統 と し て 報 告 さ れ たCephalosporium gregatum TypeBは何 れ の 分 画 で も ア ズ キ 落 葉 病 菌 , ダ イ ズ 落 葉 病 菌 と は 明 ら か に 異 な る 泳 動 像 を 示 し た 。 次 に,菌 体内酵 素の 電気泳 動パタ ーンを 比較し た。 調査し た菌体 内酵素15種のうち11酵素はア ズ キ 落葉 病菌 とダイ ズ落葉 病菌に 共通の ザイ モグラ ムを示 したが ,そ の他の4酵 素,乳 酸脱水 素 酵 素,パ ーオキ シ夕一 ゼ,酸 性ホ スファ ターゼ および エス テラー ゼはそ れぞれ の菌に特異的な泳 動 パ夕― ンを示 した。 この結 果を 基に計 算した 菌株間 の相 似度は アズキ 落葉病 菌どうしでは80〜 100%で , こ の 中 に大 き く4っのグ ルー プが形 成され ,これ と分 離地域 との間 に関係 が認め られ た 。また ,ダイ ズ落葉病菌どうしの相似度はアズキ落葉病菌のそれよりも高かった(94〜100%)。
ア ズキ落 葉病菌 とダイ ズ落葉 病菌 の間で はやや 低く63‑‑ 72%の相似度であった。一方,C.gre― gatum TypeB, 対 照 と し て 用い た コ ム ギ 条斑 病 菌 と 両 菌の 間 に は5%以 下 の 相 似 度し か 認 め ら れなか った。
さ ら に , ア ズ キ落 葉 病 菌 と ダイ ズ 落 葉 病 菌の 遺 伝 的 類 縁性 を 核DNAレ ベ ル で 検 討し た 。 ア ズ キ 落 葉 病菌 のDNAの 塩 基 組 成(44. 5〜46.O mole% ) は ダ イ ズ 落葉 病 菌 のそれ(46. 2〜47.3 mole% ) よ り 低 い値 を 示 し た。し かし ,P. gregata種とし ての変 動幅は2.8mole% と小 さかっ た 。 一 方 ,c. gregatum TypeBは 明 ら か に 異 な る 値(50.9 mole% ) で あ っ た 。DNA塩 基 配 列 の相 同性 は,ア ズキ落 葉病菌 どうし では89‑‑100% の値 を示し ,ダイ ズ落葉 病菌 どうし では 94〜 100% であ った。これに対し,両菌間では65〜 72%のやや低い相同性であった。C.gregatum TypeBは両 菌と13%以下 の相同 性しか 示さな かっ た。
ま た , ミ ト コ ン ド リ アDNAの 制 限 酵 素 断 片 長 多 型(RFLP)を 調 べ た と こ ろ , 用 い た19酵 素 のうち17酵素で 多型 が認め られ, アズキ 落葉病 菌と ダイズ 落葉病 菌が識 別さ れた。アズキ落葉 病 菌 はA54−24株が1酵 素 で 多型を 示した のみで ,他の18酵素 では菌 株間差 異は 認めら れなか っ た 。A54−24株 と他 の ア ズ キ落 葉病菌 との塩 基サ イトあ たりの 塩基置 換数 (d) およ び塩基 配列 多 様度評 価(p)は それ ぞれO.001,0.002であ った。 一方, ダイズ 落葉病 菌は15酵素で多型がみ ら れ,北 海道で 分離さ れた菌 株と 秋田県 で分離 された 菌株 が異な る泳動 像を示 した。両グループ 間 のd値 はそ れぞれO. 016,0.046であっ た。 また, アズキ 落葉病 菌とダ イズ 落葉病菌間ではd‑
O. 037‑‑‑0. 047,p―0.106〜0. 132で あった 。
二 本 鎖RNAを 細 胞 質 遺 伝分 子 マ ー カ ーと し て 捉 え , その 検 出 を 行 った と こ ろ , アズ キ 落 葉 病 菌27菌 株 中 , 札幌 お よ び 上 川地 方 南 部 で 分離 さ れ た10菌 株 か らdsRNAが 検出 さ れ , 両 者間 で 電 気 泳 動パ タ ー ン が 異な っ た 。 し かし ,dsRNAの 有無と 菌糸 の生育 速度や 病原性 の間に は関 係 が 認 め ら れ な か っ た 。 一 方 ダ イ ズ 落 葉 病 菌 か らdsRNAは 検 出 さ れ な か っ た 。
以 上のよ うに ,アズ キ落葉 病菌と ダイ ズ落葉 病菌は アズキ ,ダイ ズに 対する病原性が異なり,
培 養性質 にも差 異が 認めら れ,ま た,分 子遺伝 学的 解析か ら,両 菌は同 一種の範ちゅうにありな が らも遺 伝的に かな り分化 してい ること が示さ れた 。従っ て,両 菌を異 なる分化型とすることが 適 当 で あ ると 考 え , ア ズ キ落 葉 病 菌 に はPhialophora gregata(Allington et Chamberlain) Gams f.sp. adzukicola Kobayashi,Yamamoto,Negishi et Ogoshiを , ま たダ イ ズ 落 葉 病 菌 に はPhialophora gregata(Allington et Chamberlain) Gamsf.sp.sojae Kobayashi, Yamamoto,Negishi et Ogoshiなる学 名を提 案し た。
ま た,分 子遺 伝学的 解析か らアズ キ落 葉病菌 はダイ ズ落葉 病菌に 比べ 遺伝的変異が大きいこと が 示され た。こ れは ,アズ キ落葉 病菌の 方が発 生歴 が長く ,広範 囲で大 発生しており,より多く の 変異を 蓄積し たた めであ ると考えられた。さらに,遺伝的変異は分離地域との関係が認められ,
十 勝 地 方 で の 変 異 の 幅 が お お き か っ た こ と ,1例 を 除 い て ミ ト コ ン ドリ アDNAにRFLPが認 め られな かった こと から, アズキ落葉病菌は十勝地方で発生し,札幌,上川地方に伝搬,適応し,
そ れぞれ の地域 に独 立した 集団が 形成さ れたも のと 推測さ れた。 一方, ダイズ落葉病菌は核ゲノ ム の 変 異 は 小 さ い も の と 考 え ら れ た が , ミ ト コ ン ド リ アDNAのRELPか ら 北 海道 産 と 秋 田 県 産 の2グ ル ー プ に 大 別 さ れ , 前 者 は ア メ リ カ 起 源 で あ る こ と が 推 察 さ れ た 。 一 方 ,ア ズ キ 落 葉 病菌 の 弱 病 原 性系 統 と さ れ て いたc. gregatum TypeBは, 分子遺 伝学的 解 析 の 結 果,P. gregataとは別 種であ り,系 統発 生的に も近縁 関係に ない ものと 考えら れた。
学位論文審査の要旨
主査 教授 生越 明 副査 教授 木村郁 夫 副査 教授 喜久田 嘉郎
本論 文は和 文で記 され, 図47, 表30を 含む総 頁数248から なり,7章 をもって構成されている。
本 研 究 は , 形態 的 同 一 種(Phialophora gregata)で あ る ア ズ キ落 葉病菌 とダイ ズ落葉 病菌 の病原 性, 培養性 質を比 較し, また ,分子 遺伝学 的手法 を用い て遺 伝的類縁性を検討し,得られ た結果 を総 合して ,両菌 の分類 学的 位置づ けを考 察した もので ある 。
アズ キ落葉 病菌と ダイズ 落葉 病菌の マメ科6種13品種に 対す る病原 性を断 根浸漬 接種 法によ り
調 査した とこ ろ,ア ズキ落 葉病菌 はアズ キと りョク 卜ウに またダ イズ 落葉病 菌はダイズとりョク ト ウに病 原性 を示す ことが 明らか となっ た。 さらに ,アズ キ落葉 病菌 にっい ては,多くの菌株は 罹 病性の 宝小 豆にの み病原 性を示 したが ,宝 小豆の ほか, 抵抗性 とさ れてい る丸葉やハツネショ ウ ズにも 病原 性を示 す菌株 が存在 するこ とが 明らか となっ た。
ま た , い く っ か の 培 養 性質 に っ い て 比 較を 行 っ た と ころ ,PDAやV―8Aある い は そ の 液体 培 地で培 養し た場合 ,アズ キ落葉 病菌は 赤褐 色,鮭 肉色な いし赤 色に 色づく のに対し,ダイズ落 葉 病菌は 淡黄 色から 黄褐色 に色づ き,菌 叢の 色調が 異なる ことが 明ら かとな った。また,アズキ 落 葉病菌 の生 育適温 は24〜26℃で,32℃では 生育 できな かった 。
っ ぎに ,分子 遺伝学 的手法 を用 いて, アズキ 落葉病 菌とダ イズ 落葉病 菌の遺伝的類縁性を検討 し た。
ア ズキ 落葉病 菌とダ イズ落 葉病 菌の全細胞夕ンパク質と細胞質可溶性夕ンパク質の電気泳動′く タ ―ンを 比較 したが ,何れ の分画 におい ても 両菌聞 に顕著 な差は 認め られな かった。次に,菌体 内 酵素の 電気 泳動パ ターン を比較 した。 調査 した酵 素15種の うち11酵素は アズキ落葉病菌とダイ ズ 落葉病 菌に 共通の ザイモ グラム を示し たが ,その 他の4酵素,乳酸脱水素酵素,パーオキシタ―
ゼ ,酸性 ホス ファタ ーゼお よびエ ステラ ーゼ はそれ ぞれの 菌に特 異的 な泳動 パ夕―ンを示した。
こ の 結果 を基に 計算 した菌 株間の 相似度 は, アズキ 落葉病 菌どう しでは80〜100%で ,この 中に 大 き く4っの グル― プが形 成さ れ,こ れと分 離地域 との 間に関 係が認 められ た。ま た, ダイズ 落 葉 病 菌ど うしの 相似 度はア ズキ落 葉病菌 のそ れより も高か った(94〜100%) が,両 菌間で はや や 低く63〜72%の 相似度 であ った。
ア ズ キ落 葉 病 菌 のDNAの 塩 基 組成(44. 5〜46.0 mole% ) は ダイ ズ 落 葉病 菌のそ れ(46.2〜 47.3 mole%) よ り 低 い 値を 示 し た が ,種 と し て の変 動幅は2.8mole% と小さ かっ た。ま た,
DNA塩 基配 列 の 相 同 性は , ア ズキ落 葉病菌 どうし では89〜 100%の値 を示 し,ダ イズ落 葉病菌 ど う し で は94〜100%で あ った 。こ れに対 し,両 菌間で は65〜72%のや や低 い相同 性であ った。
ミ 卜 コ ン ド リ アNDAの 制 限 酵 素 断 片 長 多 型(RFLP)を 比 較 し た と こ ろ , 用 い た19酵 素 の う ち17酵 素で多 型が認 められ ,ア ズキ落 葉病菌 とダイ ズ落葉 病菌 か識別 された。アズキ落葉病菌 はA54一24株 が1酵素 で 多 型を 示し たのみ で,他 のアズ キ落 葉病菌 との塩 基サイ トあた りの 塩基 置 換 数(d) および 塩基配 列多 様度評 価(p)は それぞ れO. 002で あった 。一方 ,ダイ ズ落 葉病 菌 は15酵 素で多 型がみ られ, 北海 道産の菌株と秋田県産の菌株で異なる泳動像を示した。両グルー プ 間のdおよ びp値はそ れぞれO. 016,O.046であ った。 また,アズキ落葉病菌とダイズ落葉病菌 間 ではd =O.037〜O.047,p=ニO.106〜0. 132であ った。
二本鎖RNAを細胞質遺伝子マ―力一 として捉え,その検出を行ったところ,アズキ落葉病 菌27菌株 中,札幌および上川地方南部 で分離された10菌株からdsRNAが検出され,両者間で 電 気泳 動パ 夕 一ン が異 なっ た。 ま た, ダイ ズ落 葉病菌か らdsRNAは検出されなかった 。 以上のように,アズキ落葉病菌とダイズ落葉病菌はアズキ,ダイズに対する病原性が異なり,
培養性質にも差異が認められることが明らかとなった。また,分子遺伝学的解析から,両菌は同 一の範ちゅうにありながらも遺伝的にかなり分化していることが示された。従って,両菌を異な る分化型 とすることが適当であると考 え,アズキ落葉病菌にはPhialophora gregataf,sp.
adzukicolaを,またダイズ落葉病菌にはPhialophora gregataf.sp. solaeなる学名を提案し た。
以上の研究成果は最新の研究手法を用いて,アズキ落葉病菌とダイズ落葉病菌の分類的関係を 明らかにしたものであり,学術上応用上貢献するところ大きく,高く評価される。よって審査員 一同は,最終試験の結果と合わせて,本論文の提出者山本英樹は博士(農学)の学位を受けるの 十分な資格があるものと認定した。