博士(農学)田中文夫 学位論文題名
ジャガイモそうか病菌の同定と識別・定量ならびに 土壌環境制御による防除に関する研究
学位論文内容の要旨
ジ ャガ イモ そうか病に関しては、1890年代から欧米を中心に精力的な研究がなされ、病 原菌 の同 定ー 発生環境、防除対策などに関する多くの研究報告がある。しかし、分類学上 の混 乱に より 病原菌の特定が近年まで困難を極めたと同時に土壌中における病原菌の生態 解 明 は 進 展 せ ず 、 さ ら に 実 用 的 な 防 除 対 策 に 関 す る 研 究 が 少 な か っ た 。 本 研究 では 北海道に生息するそうか病菌の種類と分布を明らかにしーその簡易識別法を 開発 して 土壌 中の病原菌密度を評価するとともに、抵抗性品種を利用した土壌環境制御に よ る 防 除 に 関 す る 検 討 を 行 っ た 。 本 研 究 の 概 要 は 以 下 の 通 り で あ る 。 1. ジャガイモそうか病菌の同定
北 海道 に分 布するジャガイモそうか病菌を分離し、主としてその形態,生理的性質ー血 清学的性質、DNA相同性などの緒性状について既報の病原菌と比較を行った。その結果、世 界的な分布を示すStreptomyces scab ies mel anin(十)系統の他に、ハンガリーで報告された S scabies mel anin(一)系統,さらにS.turgidiscab iesおよび未同定のStreptomyces sp.の 4種類の病原菌が存在することが明らかとなった。
さ らに 、前 二者は主として道央・道南に、後二者は日高山脈を境として道東に分布し〜
その 種類 の多 様性を含めて.世界的に類例を見なぃユ二一クな分布様式を示すことが特徴 的であった。
その中で,北海道に生息する新種としてS.turgidiscab iesMiyaiimaeta|.sp. nov.を 提案した。さらに.未同定Str eptomycesを含めた上記4種類の病原菌の形態・生理的性質、
さらに血清学・遺伝学的性質が互いに大きく異なり、今後の病原菌同定の手法が示された。
さら に, 分類 学的にも異なる多様な種が同一の病徴を引き起こすことが明らかとなり、病 原性の機作に関する今後の研究の示唆が得られた。
2. ジャガイモそうか病菌の識別・定量法
分 類学 上の 混乱ならびに病原菌の識別法に関する知見の欠如から、そうか病菌の土壌中 での 生態 解明 に関する研究は近年まで進展しなかった。本研究では、土壌中の病原菌量の 評価 を目 的に して、各種の病原細菌で汎用されてぃる血清学的手法ならびに遺伝子診断法 によるそうか病菌の簡易識別・定量法の開発を行った。
血 清学 的手 法で は、上 記の 血清 学的 性質 の類縁性比較の結果から、4種類のそうか病菌
の血 清学 的特 異性 が明らかになり、種特異抗体の作成に伴って,ELISA法により簡易に病原 菌を識別する方法が開発された。これらの特異抗体はStreptomyces scab ies mel anin(十),
(―)系統、S turgidiscabiesと未同定Streptomyces sp.、および強酸性土壌条件下で発病す るStreptomyces acidiscabies (北米および九州地方に分布,本道での生息は未確認)を 特異 的に 識別 した 。本特異抗体を用いてコロ二―ELISAに応用することにより、病原菌定量 への可能性が示された。
遺 伝子 診断 法で は上記の3菌群に関し.16−23SリボソーマルRNA遺伝子のspacer領域の塩 基配 列が 竹内 およ び筆 者ら (1997)に よっ て明 らかにされたことに伴い、PCR(Polymerase chain reaction)を 用いた菌叢および病斑からの簡易識別が可能となった。さらに、効率的 に放線菌を分離する選択培地の検討を行った。Str eptomyces scab iesの分離のための既報 の培地(Kennetheta|、1998)を基に,更にS.turgidiscabiesの分離効率に優れる培地を作成 した 。本 培地 を用 いて土壌希釈平板法により土壌中の放線菌を分離し.さらに上記PCRの手 法を用いて病原菌の識別をすることによりS. turgidiscabiesの土壌中の菌量の評価が初め てなされた。
その結果、S.turgidiscab iesの土壌中の秋期の菌量は本病の激発圃場におぃても約1.7X 10゜cfu/g.乾 土程 度で ある こと が確 認さ れ、 今後 の生 態研究 の端 緒と なる ことが期待さ れた。
3.土壌環境制御によるジャガイモそうか病の防除
古く,Wheeler and Adams(1897)のイオウの土壌施用による防除に関する最初の報告以来、
土壌環境制御に係わる知見の蓄積はLapwood(1966.1973他)の土壌水分に係わる一連の報告 を含 め, 膨大 とも 言え る研 究報告 があ る。 また ,抵 抗性 品種 に対 して も「Early gem」、
「Ackerzegen」を はじ め、 強抵抗 性を 示す 品種 が探索・育成され、それらは現在も育種母 材として多用されてぃる。
し かし .連 作を 前提 とし た九州 地方 を除 き、 畑輪作体系における本病に対する実用的な 防除対策は確立されていなぃ。
一 方ー 北海 道立 根釧 農業 試験場 馬鈴 薯科 で近 年育成された「根育31号」は中度の抵抗性 を示 す実 用性 品種 とし て期 待され てぃ る。 そこ で、本研究では「根育31号」を用い、速効 性の 土壌 酸度 調製 資材 であ る硫酸 第ー 鉄( 商品 名「フェロサンド」)の土壌施用の併用に よる防除効果を検討した。
フ ェ口 サン ド、 乾燥 血粉 、ダイ ズ蛋 白質 など の土壌施用により顕著な防除効果が得られ た。 施用 土壌 にお ぃて は土 壌pHの 低下 に伴 う. 土壌放線菌、細菌の増殖抑制が明らかに認 められた。
フ ェ ロ サ ン ドの 土 壌 施 用 に よ る 抑 制 効 果 は 、600Kg/lOaの施 用深 度20cmに比 較し て・
200Kg/lOa、 同5cmでも 同等 の効 果が 得ら れ、 その 土壌pHは 土壌 の撹 拌が無 けれ ば, 翌年 も維持されることが認められた。
抵 抗性 品種 「根 育31号」 とフェ ロサ ンド の200Kg/lOa、施用深度5cmの土壌施用の併用に より実用的な防除効果が得られた。
今 後は 難防 除土 壌病 害の 代表と され るそ うか 病の被害軽減のために、抵抗性品種利用と
土壌環境制御などの複数の技術の組み合せによる防除体系の確立が重要とする知見が得ら れた。
学位論文審査の要旨 主査 教授 小林喜六 副査 教授 生越 明 副査 教授 上田一郎 副査 教授 喜久田嘉郎
学 位 論 文 題 名
ジャガイモそうか病菌の同定と識別・定量ならびに 土壌環境制御による防除に関する研究
本 研 究 は 、 図29、 表49、 引 用 文 献178を 含 み6章 か ら な る 総 頁 数177の 和 文 論 文 であ る 。別 に 参 考論 文9編 が添 え ら れて ぃ る。
本 研 究 で は 北 海 道 に 生 息 す る そ う か 病 菌 の 種 類 と 分 布 を 明 ら か に し 、 そ の 簡 易 識 別 法 を 開 発 し て 土 壌 中 の 病 原 菌 密 度 を 評 価 す る と と も に 、 抵 抗 性 品 種 を 利 用 し た 土 壌 環 境 制 御 に よ る 防 除 に 関 す る 検 討 を 行 っ た 。 概 要 は 以 下 の 通 り であ る 。
1. ジ ャ ガイ モ そ うか 病 菌の 同 定
北 海 道 に 分 布 す る ジ ャ ガ イ モ そ う か 病 菌 を 分 離 し 、 主 と し て そ の 形 態 、 生 理 的 性 質 , 血 清 学 的 性 質 、DNA相 同 性 な ど の 諸 性 質 に つ い て 既 報 の 病 原 菌 と 比 較 を行 った。その 結果、世 界的な分 布を示すStreptomyces scabies melanin(十)
系 統の 他に、ハン ガリーで 報告され たS.scabies mel anin(ー )系統、 さらにS. turgidiscabiesお よ び 未 同 定 のStreptomyces sp.の4種 類 の 病 原 菌 が 存 在 す る こ とが 明 らか と な った 。
さ ら に 、 前 二 者 は 主 と し て 道 央 ・ 道 南 に 、 後 二 者 は 日 高 山 脈 を 境 と し て 道 東 に 分 布 し , そ の 種 類 の 多 様 性 を 含 め て 、 世 界 的 に 類 例 を 見 な ぃ ユ ニ ー ク な 分 布様 式 を示 す こ とが 特 徴的 で あ った 。
そ の 中で , 北 海道 に 生 息す る 新種 と し てS.turgidiscabjes Miyaj ima et al.
sp. nov.を 提 案 し た 。 さ ら に 、 未 同 定Strep tomycesを 含 めた 上 記4種類 の 病 原 菌 の 形 態 ・ 生 理 的 性 質 、 さ ら に 血 清 学 ・ 遺 伝 学 的 性質 が 互い に 大 きく 異 なり 、 今 後 の 病 原 菌 同 定 の 手 法 が 示 さ れ た 。 さ ら に , 分 類 学 的 に も 異 な る 多 様 な 種 が 同 一 の 病 徴 を 引 き 起 こ す こ と が 明 ら か と な り 、 病 原 性 の 機 作 に 関 す る 今 後 の 研究 の 示唆 が 得 られ た 。
2. ジ ャ ガイ モ そ うか 病 菌の 識 別 ・定 量 法
血 清 学 的 手 法 で は ,4種 類 の そ う か 病 菌 の 血 清 学 的 特 異 性 が 明 ら か に な り , 種 特 異 抗 体 の 作 成 に 伴 っ て ,ELISA法 に よ り 簡 易 に 病 原 菌 を 識 別 す る 方 法 が 開
発された。これらの特異抗体はStreptomyces scab ies mel anin(十),(一)系統,
S.でurぎidiscab iesと未同 定Streptomyces sp.、およ び強酸性 土壌条件 下で発病 す るStreptomyces acidiscabies ( 北 米 お よ び 九 州 地 方 に 分 布 、 本 道 で の生 息 は 未 確 認 ) を 特 異 的 に 識 別 し た 。 本 特 異 抗 体 を 用 い て コ 口 ニ 一ELISAに応 用 することにより、病原菌定量への可能性が示された。
遺 伝 子 診 断 法 で は 上 記 の3菌 群 に 関 し 、16―23Sリ ボ ソ ー マ ルRNA遺 伝 子 の spacer領 域 の 塩基 配 列が 竹 内 およ び 筆者 ら (1997)に よ って 明らかに されたこ と に 伴 い ,PCR(Polymerasechain react ion) を 用 いた 菌 叢お よ び 病斑 か ら の簡 易 識 別 が 可 能 と な っ た 。 さ ら に 、 効 率 的 に 放 線 菌 を 分 離 す る 選 択 培 地 の 検 討 を 行 っ た 。Streptomyces scabiesの 分 離の た め の既 報 の培 地 (Kenneth et al、 1998) を基 に 、 更にS. でurぎidiscabiesの分離 効率に優 れる培地を 作成した 。本 培 地 を 用 い て 土 壌 希 釈 平 板 法 に よ り 土 壌 中 の 放 線 菌 を 分 離 し 、 さ ら に 上 記PCR の 手法 を 用 いて 病 原菌 の 識 別を す る゛ こ と によ りS.turぎidiscabiesの土 壌中の 菌量の評価が初めてなされた。
3.土壌環境帯u御によるジャガイモそうか病の防除
古 く 、Wheeler and Adams(1897) の イオ ウ の 土壌 施 用に よ る 防除 に 関 する 最 初 の報 告 以 来、 土 壌環 境 制 御に 関する 知見はLapwood(1966、1973他)の土 壌,水 分 に 係 わ る 一 連 の 報 告 を 含 め . 膨 大 と も 言 え る 研 究 報 告 が あ る 。 ま た 、 抵 抗 性 品 種 に 対 し て も 「Early gem」 , 「Ackerzegen」 を は じ め 、 強 抵 抗 性 を 示す 品 種 が 探 索 ・ 育 成 さ れ , そ れ ら は 現 在 も 育 種 母 材 と し て 多 用 さ れ て い る 。 し か し 、 畑 輪 作 体 系 に お け る 本 病 に 対す る 実用 的 な 防除 対 策 は確 立 され て いない。
一 方 、 北 海 道 立 根 釧 農 業 試 験 場 馬 鈴 薯 科 で 近 年 育 成 さ れ た 「 根 育31号 」 は 中 度の 抵 抗 性を 示 す実 用 性 品種 と して 期 待 され て い る。 そ こで、 「 根育31号」
を 用 い 、 速 効 性 の 土 壌 酸 度 調 製 資 材 で あ る 硫 酸 第 ― 鉄 ( 商 品 名 「 フ ェ ロ サ ン ド」)の土壌施用の併用による防除効果を検討した。
フ ェ 口 サ ン ド . 乾 燥 血 粉 、 ダ イ ズ 蛋 白 質 な ど の 土 壌 施 用 に よ り 顕 著 な 防 除 効 果 が 得 ら れ た 。 施 用 土 壌 に お ぃ て は 土 壌pHの 低 下 に 伴 う 、 土 壌 放 線 菌 、 細 菌の増殖抑制が明らかに認められた。
フ ウ ロ サ ン ド の 土 壌 施 用 に よ る 抑 制 効 果 は 、600Kg/l Oaの 施 用 深 度20cmに 比 較 し て .200Kg/lOa、 同5cmで も 同 等 の 効 果 が 得 ら れ 、 そ の 土 壌pHは 土 壌 の撹拌が無ければ、翌年も維持されることが認められた。
抵 抗 性 品種 「 根育31号」 と フェ 口 サ ンド の200Kg/l Oa, 施 用深 度5cmの土 壌 施 用の併用により実用的な防除効果が得られた。
今 後 は 難 防 除 土 壌 病 害 の 代 表 と さ れ る そ う か 病 の 被 害 軽 減 の た め に 、 抵 抗 性 品 種 利 用 と 土 壌 環 境 制 御 な ど の 複 数 の 技 術 の 組 み 合 せ に よ る 防 除 体 系 の 確 立が重要であるとする知見が得られた。
以 上 の よ う に 、 本 論 文 はジ ャ ガイ モ そ うか 病 菌 の同 定 と識 別 、 定量 を 可能 に し 、 あ わ せ て 土 壌 環 境 制御 に よる 防 除 体系 を 確 立し た 。こ の 成 果は 学 術的 ・ 実 用 的に 高 く評 価 さ れる 。 よっ て 審 査員 一同は、 田中文夫が 博士(農 学)の学 位 を 受け る に十 分 な 資格 を 有す る も のと 認 めた 。