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因果関係に関する一考察

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因果関係に関する一考察

勝 野 真 人

■アブストラクト

本稿は未だに議論が錯綜している保険契約法学における因果関係について 考察を加えることを目的とする。

保険契約法学における因果関係についての学説である相当因果関係説と近 因説は本質的に対立しているとすらいえず,具体的な事実の下で因果関係の 有無について判断を行う前提として,必ずどちらの見解を採用するかを決定 しなければならないわけではないと考える。

保険金は保険契約に基づき支払われるものであり,ある場面において保険 金が支払われるか否かは保険契約の内容によって決定される。そうすると,

因果関係の有無を判断するに際しても,保険契約の内容ひいては契約当事者 の意思が考慮されなければならない。もっとも,保険者側において適切な限 定を付すことができていなければ,極めて偶然的な因果経過を辿ったときを 除いて,因果関係が肯定されることになると考えられる。

■キーワード

相当因果関係説,近因説,契約当事者の意思解釈

⚑. はじめに

保険契約法理論における因果関係論は,多くの論者により研究が重ねられ てきたにもかかわらず,最も議論が錯綜している分野であり,今日において

*平成27年12月18日の日本保険学会関東部会報告による。

/ 平成28年⚗月⚖日原稿受領。

(2)

も,まだその議論に決着がつく気配はない。しかし,多くの場合に問題とな り得る因果関係論を議論が錯綜した状況のまま放置するのが望ましくないこ とは明らかである。このような現状において,僅かであっても今後の議論の 発展に資することができればこの上ない喜びであると考え,因果関係論を取 り上げることとした。

保険契約法においては,生じた損害の範囲についてどこまで填補の対象と なるかという点は一般には因果関係の問題とされていないため1),この点に ついては取り上げない。また,本稿は,我が国の実務家が直面する機会の多 い陸上保険の問題を中心に論じることとし,国内の裁判所で争われることが 稀である海上保険については主たる研究対象から除外する(そのため,以下,

本稿においては,特に断りなく,単に⽛保険契約⽜ないし⽛保険契約法⽜と 述べる場合には,陸上保険契約ないし陸上保険契約法を指すものとするが,

因果関係論は,海上保険の分野の専門の研究者によって盛んに議論されてき たテーマであるため,そこでの議論は必要な範囲で用いる)。

⚒. 因果関係が問われる場

⑴ 従来の議論の概要

今日までに,保険契約法上の学説においては,いかなる事実間の因果関係 を問題とするかについても議論は混乱していると評されている2)

⒜保険事故の原因たる⽛危険事情⽜と⽛保険事故⽜との間,および⽛保険 事故⽜と⽛損害⽜との間の問題とする立場と,⒝保険事故の原因たる⽛危険 事情⽜と⽛保険事故⽜とを包括した⽛危険⽜概念を用い,事故の原因および 事故自体のいずれにも免責事由がない⽛担保危険⽜,そのいずれかに免責事 1) 横尾登米雄⽛保険法における因果関係論の構築⽜保険学雑誌407号⚑頁以下,

⚔頁(1959),木村栄一⽛海上保険における因果関係論の問題点⽜損害保険研 究30巻⚑号113頁以下,115頁(1968),山下友信・保険法388頁の注63)(有斐閣,

2005)。

2) 山下・前掲注1)383頁注53)。なお,ここでの混乱は主に損害保険契約につい て生じているものであると思われる。

(3)

由がある⽛免責危険⽜とを区別し,これらの⽛危険⽜と⽛損害⽜との間で因 果関係を問うとする立場に分かれるとする見解もある3)が,さらに,⒞保険 法における因果関係論は,⽛危険(担保危険及び免責危険)⽜と⽛事故⽜との 間の関係を論じるものだとして,⽛危険⽜と⽛損害⽜との関係を論じるもの ではないという見解も存する4)

ここでの議論がいずれかの見解に立たなければ因果関係論を論じてはなら ないという意味を持つものとまでいえるかは不明であるが,いずれの立場に 立つものとして論じているかの態度決定をせずに論を進めることは,論述の 内容が不明確になってしまう原因となり得るので,簡単に検討する。

⑵ 検 討

検討に当たり,火災保険金請求訴訟における攻撃防御方法を考える5)。そ こでは,まず,保険金請求者(原告)側は,請求原因の一つとして,⽛火災 と対象物の焼失との間の因果関係⽜を主張・立証しなければならない。これ に対して,例えば,保険者(被告)側が地震免責を主張する場合には,地震 と火災との間の因果関係を主張・立証することとなる。

以上のとおり,請求原因においては⽛保険事故⽜と⽛損害⽜との間の因果 関係が,抗弁においては⽛危険事情⽜と⽛保険事故⽜との間の因果関係が,

それぞれ問われているといえる。そして,請求原因段階で求められる因果関 係と抗弁段階で求められる因果関係の問題を判断するに当たっては,それぞ れにおいて異なる事実を検討することになるのは明らかである。そうすると,

⽛保険事故⽜と⽛危険事情⽜を包括した⽛危険⽜概念をわざわざ用いる必要 性は高くないし(上記⒝の見解は相当でない),また,実際には⽛保険事故⽜

と⽛損害⽜との間には因果関係が問題となる場合がある以上は,わざわざ 3) 田辺康平・新版現代保険法120頁(文眞堂,1995)。もっとも,同121頁では,

どちらも実質的には異ならない旨が述べられている。

4) 横尾・前掲注1)3-4頁。

5) 塩崎勤=山下丈=山野嘉朗・専門訴訟講座③保険関係訴訟577頁以下〔水野 有子〕(民事法研究会,2009)参照。

(4)

⽛保険事故⽜と⽛損害⽜との間の因果関係の問題を保険契約法における因果 関係の議論から除外する実益はないといえる6)(上記⒞の見解は相当でない)。

したがって,保険契約法上の因果関係は,保険事故の原因たる⽛危険事 情⽜と⽛保険事故⽜との間,および⽛保険事故⽜と⽛損害⽜との間の問題で あると考えるのが相当である(上記⒜の見解をもって相当と解する)7)

⚓.我が国における代表的学説の概要と問題点

⑴ 相当因果関係説と近因説

(海上保険契約を含む)保険契約法分野における因果関係についての学説 は,大きく分ければ相当因果関係説と近因説に分かれる。以下ではこれらの 学説の概要を述べるに止め,詳細については割愛する8)

まず,相当因果関係説については,⽛ある事実から別の事実が発生するこ とが当該事例においてのみならず他の一般的な場合でも同様といえる場合に 相当因果関係があるという基準で因果関係の存否を判断するという考え方⽜

という説明が一般的である9)。相当因果関係説にいう相当性の内容につき,

一般的にみて,ある原因から同様な結果が発生する客観的可能性がどの程度 必要とされるかについては争いがあり,必然的または蓋然的である必要があ るとする見解や,そこまでは必要とせず,上記客観的可能性を一般的にとる 6) なお,実際には⽛保険事故⽜と⽛損害⽜との間には因果関係を問題とするま でもない場合は存在する(今村有⽛保険法における因果関係⑴ 相当因果関係 説と法的原因の選択 ⽜損害保険研究36巻⚒号⚑頁以下,6-8頁(1974),野津 務⽛保険法上の因果関係⽜損害保険研究33巻⚔号⚑頁以下,7 頁の注11)(1971)

参照)。しかしながら,このことをもって本文中の🄒🄒の見解を採らなければな らないとする理由にはならない。

7) 今村・前掲注6)28頁,野津・前掲注6)7 頁は結論において同旨。なお,山 下・前掲注1)383頁の注53)をも参照。

8) 因果関係に関する学説の整理・詳細は,松島恵⽛火災保険における因果関 係⽜田辺康平=石田満編・新損害保険双書⚑ 火災保険305頁以下(文眞堂,

1982),田辺・前掲注3)121-124頁等参照。

9) 山下・前掲注1)383頁。潘阿憲・保険法概説108頁(中央経済社,2010)も同 旨。

(5)

に足りないとはいえない程度に高めたといえればよいとする見解等がある10) これに対して,近因説は,本来,結果の発生の原因が複数ある場合に時間 的に最も近い原因を結果の原因とするという考え方(以下,便宜上⽛旧近因 説⽜という)である。明確な基準に思われるが,これを機械的に適用するこ とによって不都合が生じることは明らかであるため,現在では,これを修正 した考え方(以下,便宜上⽛新近因説⽜という)が支配的とされている11) 新近因説と呼ばれるものには,最有力条件説,不可避(自然成行)説,蓋然 説などを含めることができる。以下,致命的な欠点の存することを露呈して いる旧近因説を研究対象から除外することとし,新近因説をその対象とする。

⑵ 我が国の他の法分野における因果関係論との関係性

⒤ 問題提起

ところで,因果関係論は,(海上保険契約を含む)保険契約法学のみなら ず,民法学や刑法学においても議論されているところ,我が国における保険 契約法の分野においては,これまで他の法分野をあまり参考にしてきていな いように思われる12)。しかしながら,その理由については,未だ明確に論じ 10) 松島・前掲注8)320頁参照。なお,ここでは,本文にいう⽛蓋然的⽜という のは50%を超える可能性があるという意味であり,⽛とるに足りないとはいえ ない程度に高めた⽜とは10%もあればよいとする意味である旨の説明もなされ ている。

11) 山下・前掲注1)383頁参照。

12) 加藤由作⽛保険法における因果関係の基礎理論⽜一橋論叢第19巻 5/6 号129 頁以下(1948)は,民法や刑法における因果関係の理論をそのまま採用できる かという検討を行っている。今村・前掲注6)の論文及び同⽛保険法における因 果関係(2・完) 相当因果関係説と法的原因の選択 ⽜損害保険研究36巻⚓号

(1974)⚑頁以下は,他国における他の法分野の因果関係との比較検討を試み る。なお,野津・前掲注6)は,必要に応じて民法や刑法との相違点を明確に示 している。

しかしながら,これらの文献においても,せいぜい他の法分野の因果関係論 をそのまま用いることは難しいとするに止まっており,他の法分野において,

それぞれの学説が述べる結論に至るまでのプロセスを十分に参考にしていると

(6)

られてきてはいないと考えられる13)

我が国の他の法分野における議論を参考にすることができるのであれば,

他国の議論を参考にすることと同様に有益なことであると考えられるため,

以下では,民法学や刑法学における因果関係論の概要を述べた上で,これら の議論を保険契約法学における因果関係論の参考にすることができるかどう かを検討する。

⛷ 民法学における因果関係論の概要

民法学においては,主に不法行為法の分野で因果関係が問題とされる14)

(以下,単に⽛民法学⽜という場合には,不法行為法における議論を指す)。

不法行為制度の主要な目的ないし機能は,被害者の救済(損害填補)であ るが,不法行為責任を行為者に帰責する範囲が著しく広がることを防止する ため,民法学の世界では,相当因果関係説が支配的な学説であり,判例もこ の構成を古くから採用し,今日まで維持してきているとされている15)。もっ とも,今日では,客観的帰属論(事実的因果関係説)も有力となっている16)

⛸ 刑法学における因果関係論の概要

刑法学においては,問題とされる⽛行為⽜と⽛構成要件的結果⽜との間に はいい難い。

13) この点に関しては,民法における相当因果関係と保険契約法における相当因 果関係を同一に解するべきであるとはいえないという指摘をよく目にするとこ ろである(横尾登米雄⽛複数危険不可分協力の場における因果関係理論⽜保険 学雑誌414号⚓頁(1961),大森忠夫・保険法〔補訂版〕152頁(有斐閣,1985)

等)。しかしながら,仮にこの指摘が正しかったとしても,そのことのみをも って⽛他の法分野を参考にすべきでない⽜ということの十分な理由にはならな いであろう。

14) 民法の債権総論においても,債務不履行に基づく損害賠償の範囲に関して

⽛因果関係⽜の概念が登場するが,この点は,民法416条の読み方と関係し,

⽛因果関係の議論⽜と呼んで良いかという点に疑問がある(内田貴・民法Ⅱ

〔第⚓版〕427-429頁(東京大学出版,2011)参照)ので,本稿では割愛する。

15) 潮見佳男・不法行為Ⅰ〔第⚒版〕351-352頁(信山社,2009)。

16) 潮見・前掲注15)356-359頁。同359頁においては,⽛事実的因果関係説は,今 日の民法学説において多数説と目される⽜とされている。

(7)

は因果関係が必要であり,その理由は両者の間に因果関係が認められる場合 にのみ,行為が構成要件的結果を惹起したといいうるからであるとされる17)

従来の学説においては,相当因果関係説が通説とされてきたが,現在では 客観的帰属論が有力となってきているところである18)。また,判例において は,かつては,最決42年10月24日刑集21巻⚘号1116頁において,相当因果関 係説が採られたと評されるにいたったが,現在は,客観的帰属論とほとんど 同じ考え方である⽛危険の現実化⽜という基準を採用しているという評価が 有力である19)

⛹ 保険契約法学における議論への応用可能性

以上に述べてきたところからも分かるように,民法学や刑法学では⽛(違 法とされる)行為⽜を行った⽛行為者⽜に対して,生じた結果の責任をどの ような範囲で負わせることができるのかという観点から因果関係を問題とす るのに対して,保険契約法学では,純粋に,ある⽛結果⽜がどの⽛原因⽜か ら生じたのかという観点から因果関係を問題とするのである20)。また,民法 学や刑法学とは異なり,保険契約法学では紛争当事者間に契約関係が存在す ることを前提にして当該紛争の解決が図られていくものであり,この点は因 果関係論の考え方にも影響を及ぼす可能性が高いといえる21)。したがって,

17) 山口厚・刑法総論〔第⚓版〕51頁(有斐閣,2016)。

18) 山口厚・刑法総論〔第⚒版〕59-61頁(有斐閣,2007)。もっとも,そこでは,

⽛危険の現実化⽜という表現を述べられているが,⽛このような立場は規範的考 慮に基づき結果の行為への帰属を問う客観的帰属論……ともはや差はないとい うことができよう⽜とされているところであり,本文において,⽛危険の現実 化⽜ではなく⽛客観的帰属論⽜という表現を採ったのは,民法学でも出てくる

⽛客観的帰属論⽜という用語に統一した方が適当であると考えたからである。

なお,客観的帰属論については,山中敬一・刑法における客観的帰属の理論

(成文堂,1997)が詳しく,山中敬一・刑法総論〔第⚓版〕256頁以下(成文堂,

2015)にその要旨がまとめられている(以下,⽛山中・前掲注18)⽜で引用する ものは後者のもの)。

19) 山口厚・新判例から見た刑法〔第⚓版〕⚓頁以下(有斐閣,2015)。

20) 野津・前掲注6)1-4頁参照。

21) 大森・前掲注13)152頁参照。

(8)

民法学や刑法学における因果関係を巡る議論をそのまま保険契約法学に持ち 込むことはできないといえる。

しかしながら,厳密にいえば,民法学と刑法学との間にも目的や機能にお いて異なる側面が存するにもかかわらず,民法学における相当因果関係の理 論についての本格的な議論は⽛ドイツ刑法学にはじまり,ドイツ民法理論を 経て,わが国の民法学に学説継受された⽜とされているところ22),そうであ るならば,目的や機能が異なることのみをもって,他の法分野の議論は参考 にできないという理由にはならない23)

したがって,保険契約法学における因果関係論を検討するに当たり,民法 学や刑法学の因果関係を巡る議論を参考にすることは許されよう。

具体的には,①因果関係判断に関する諸学説を整理する際の視点,②事実 的判断としての因果関係の有無に関する条件関係(事実的因果関係と同義で 用い,以下も同様とする)の判断方法についての議論,③因果関係判断は法 的・規範的評価を経たものとして捉えるか否かという点に関する議論,④

(③の点にも関係するが)因果関係の立証責任の緩和に関する議論について は参考にすることが許されると考える(但し,本稿では④の点についての検 討は割愛する)。

⑶ 保険契約法における代表学説の分析

⒤ 問題提起としてのある指摘

既述のとおり,保険契約法における因果関係に関する学説は,大きく分け て,相当因果関係説と近因説に分かれるとされているが,この点については 異なる観点からの指摘がある。それは,⽛因果理論は,基本概念としては二

22) 潮見・前掲注15)351頁。

23) 現に,これまでには⽛保険法独自の因果関係論はな⽜いという論者もおられ たところであり(岩崎稜⽛判批⽜商法(保険・海商)判例百選〔第⚒版〕52頁 以下,53頁(有斐閣,1993)),少なくとも保険契約法分野における因果関係論 は他の法分野のそれとは根本から異なる,極めて独自の論理であるとまで考え ておられる論者はいないのではなかろうか。

(9)

つに集約することができる。一つは条件説であり,他は相当因果関係説であ る。その他の因果関係説はこれらの因果理論により原因が求められ,原因が 多数に存在するとき,法的原因としてその中から一つにしぼる必要があるか どうか,もし一つにしぼる必要があれば,いかにして唯一の原因を求めるか に関する学説である。……因果関係説は,相当因果関係説か,又は近因主義 か,……というような問題が提起されるが,これらは本質的に対立した氷炭 相いれないような因果関係学説ではない24)⽜とするものである。

この説示のうち,賛同できない点はあるものの(後述),様々な因果関係 説の対立点を明らかにしようとする点において有益な指摘であると考える25) 因果関係の各説の狙いを明らかにする意味においても,また,訴訟その他の 実務において因果関係論を適切に運用する意味においても,各説の考え方を 明らかにすることが重要だからである。

それでは,この指摘を念頭に置きつつ,かつ,我が国の他の法分野におけ る因果関係論の議論も考慮しつつ,相当因果関係説と近因説との真の対立点 はどこに存在するのかについて検討する。

⛷ 条件関係の判断

因果関係の有無を判断するに際して,最初にすべきことは,条件関係があ るか否か,換言すれば事実と事実との間に⽛物理的・実在的な関係⽜あるい は⽛存在論的な関係⽜があるか否かを判断すること26)である。この点につき,

保険契約法における因果関係論の各説は一致しているものと考えられる。

以上の点に加え,新近因説は,一つの原因に絞り込もうとする前提に相当 因果関係による判断を必ずしも先行させているわけではないと考えられるこ とを考慮すると,先述の今村博士の指摘のうち,因果理論の基本概念は条件 説か相当因果関係説の二つに集約することができるとする点は相当でないと

24) 今村有・海上損害論11頁(巖松堂書店,1952)。

25) 大谷孝一⽛海上保険契約における因果関係論の適用について⽜早稲田商学第 415号25頁(2008)においては,本文とは異なる視点から批判が加えられてい るが,この点については割愛する。

26) 山中・前掲注18)261,262頁参照。

(10)

考える。むしろ,このレベルでの対立点は,他のところに存在する27)

⛸ 条件関係のみで因果関係を肯定するか否か

条件関係が肯定された場合,次に問題となるのは,条件関係の充足をもっ て因果関係の充足を肯定してよいかという点であり,ここでは,因果関係判 断は法的・規範的評価を経たものとして捉えるか否かという点が問われるこ ととなる。

この点については,相当因果関係説・新近因説のいずれも,条件関係のみ をもって⽛結果⽜につながりのある全ての事実を⽛原因⽜と考えているわけ ではないから,因果関係判断は法的・規範的評価を経たものとして捉えてい るといえるのではなかろうか。

⛹ 法的・規範的評価の内容

以上に述べてきたところまでは,未だ相当因果関係説と近因説の相違点は 存在していないところ,両説の相違点は法的・規範的評価の内容に存すると 考えられる。

結論から述べると,両説の違いは,最終的な結論を論じるに当たって,

⽛結果⽜の⽛原因⽜を一つに絞り込もうとする傾向にあるか否かという点に 帰着すると考えられる。それは以下の理由による。

第⚑に,両説の間には,⽛原因⽜と⽛結果⽜との間に求める関連性の程度

(以下,このことを指して⽛狭義の判断基準⽜という)に対する考え方の点 に違いがあるようにも思えるが,それは,複数の原因があることを是とする 場合には関連性を緩やかに解する傾向があるのに対し,否とする場合には関 連性をより厳格に解する傾向があるというに過ぎず,そもそも⽛結果⽜の発 生には複数の⽛原因⽜があり得ることを是とした上で関連性を厳格に解する ことが論理的にあり得ないわけではない。すなわち,この点についての考え 方は,どちらかの説を採ったからといって,必然的に定まることではない。

27) 条件関係の判断方法につき,不可欠条件公式と合法則的条件の理論のいずれ をもって妥当とするかという点についての対立であるが,本稿ではこの点につ いては立ち入らない。

(11)

第⚒に,両説共に,何に基づいて判断を行うべきか(以下,このことを指 して⽛判断基底⽜という)の点については,⽛一般的にみて⽜という程度の ことしか述べておらず,この点の考え方が分かれているとはいえない。

⑷ 小 括

以上に述べてきた点をまとめると,以下のとおりである。

① 因果関係判断に当たっては,まず条件関係の有無を決することとなる。

② 条件関係が肯定されたとしても,それのみをもって因果関係有りとい う判断になると考えられてきたわけではない。

③ 因果関係判断に際してどのような法的・規範的評価を加えるかは,狭 義の判断基準と判断基底をどのように考えるかによって定まるものであ り,相当因果関係説と近因説のうちいずれかの見解を採用したからとい って,直ちにこれらの点の考え方が定まってくるわけではない。

④ 法的・規範的評価を経てもなお⽛結果⽜との因果関係が認められる

⽛原因⽜が複数存在する場合,それを一つに絞り込むべきか否か,一つ に絞るとしてどのように一つに絞るべきか,という点を考察することと なる。

既に述べたとおり,保険契約法における相当因果関係説と近因説との違い は,一つの⽛結果⽜に対して複数の⽛原因⽜があると考える傾向にあるか否 かの点にしか存しないというのが私見である28)。さらにいえば,相当因果関 係説を採ると原因が複数あることを認めなければならず,近因説を採ると原 因を一つに絞りこまなければならないという論理的必然性が存在するわけで はないと考えられるから,両者は本質的に対立しているとすらいえないので はなかろうか29)

28) これは保険契約法における因果関係を巡る議論の沿革を考えれば至極当然の ことではないかと思われるが,現在までに華々しく繰り広げられてきた論争の 中で埋もれてしまった視点なのではないかと考えられる。

29) その意味において,既に本文で述べた今村博士の指摘は正当である。また,

この点に関して,野津・前掲注6)32頁も参照。さらに,東京地判昭和45年⚖月

(12)

したがって,現実に保険契約法における因果関係判断を行うに際して,必 ず相当因果関係説か近因説かという点の態度決定をしなければならないわけ ではない。これらの見解の相違点は,複数の⽛原因⽜が存在するという決着 を認めるか否かという段階になって初めて生じ得るものであり,従来の議論 においては,これを肯定する見解を相当因果関係説,否定する見解を近因説 と称していたに過ぎないように思われる。その意味では,どちらの説を採る かというよりも,⽛最終的に複数の⽝原因⽞が存在することを認めるか否か⽜

という問題提起の方がより問題の本質を捉えているといえよう30)

なお,両説のうちのいかなる見解をとっても,極めて偶然的な因果経過を 辿った場合は,法律的・規範的な因果関係は認められないことを当然の前提 としているといってよいし,この考え方自体はどのような法律分野でも一般 的に承認されているものといってよいであろう。

22日下民集21巻⚕・⚖号864頁においては,地震と保険事故たる火災との間の 因果関係の内容につき,相当因果関係説を採ろうが,近因説を採ろうが,実際 上は大きな差異があるとは考えられない旨が述べられている。なお,鈴木辰紀

⽛火災時の保険の目的物の盗難・紛失と保険者の責任⽜田辺康平=石田満編

⽝新損害保険双書⚑ 火災保険⽞39頁以下,50頁(文眞堂,1982)では,⽛かつ てのわが国の火災保険学者は,相当因果関係説と近因説との区別を十分に認識 していたとはいいがたい面があり,むしろ両者を同一視していたといっても過 言ではないであろう⽜とされている。

30) 以上の見解に賛同できない,すなわち,相当因果関係説と近因説のいずれを 採るかの態度決定をしてからでないと,保険契約法における因果関係判断はで きない,または,少なくとも条件関係が肯定された後の因果関係判断はできな いのだと反論するのであれば,いずれの説を採るかによって,狭義の判断基準 や判断基底が必然的に定まるという論拠を明らかにする必要があるのではなか ろうか。なお,梅津昭彦⽛アメリカ保険法における因果関係論の展開 判例法 の展開・分析を中心にして ⽜損害保険研究70巻⚒号31頁以下,59頁(2008)

における記述からは,同教授の問題意識は,本文に示したものと共通している のではないかと思われる。

(13)

⚔. 因果関係判断の手法(私見)

⑴ 前 提

⒤ 出発点としての条件関係(事実的因果関係)の肯定

因果関係判断は条件関係を前提とするという点は,私見もこれを否定する ものではない。このテストを経ることで,⽛結果⽜にとって明らかに因果関 係が存しない事実を考察の対象から即時に除外することが可能となり,思考 経済に資するからである。逆に,このテストを離れて因果関係を判断するも のとなれば,因果関係判断の方法がより不明確となり,かつ,因果関係判断 が恣意的になされる可能性が高まることになる31)

⛷ 法的・規範的評価を加えること

因果関係判断において法的・規範的評価を加えるということについても,

当然に肯定されるべきであると考える。因果関係以外の要件判断においては,

法的・規範的評価を加えることが当然のように行われているにもかかわらず,

因果関係判断についてのみそれを加えないとする理由がないからである32)

31) ⽛条件関係は認められるが,○○○○といった観点から,法的な因果関係は 認められない⽜という表現すらなされないことになる。

32) なお,民法学や刑法学では,因果関係判断において,法的・規範的評価を加 えないとする見解も存在するところであるから,保険契約法学においてもその ような立場を採ることは可能なのではないかという考え方もあり得よう。しか しながら,民法学や刑法学におけるそれらの見解は,因果関係判断において加 えるべき(あるいは従来そこで加えられてきた)法的・規範的評価を,因果関 係判断とは独立させた形で,すなわち,⽛行為者⽜が行った⽛(違法とされる)

行為⽜に対して,発生した⽛結果⽜を帰責させることが正当化できるか(保護 範囲)という段階の検討において,別個に加えているものと考えられる(潮 見・前掲注15)363頁参照)。本文において前述のとおり,保険契約法学におい ては,⽛(違法とされる)行為⽜がほとんどの場合には存在しておらず,このよ うな段階の検討を経る場面がないから,ひとまず,保険契約法学においては,

因果関係判断においては法的・規範的評価を加えないとする見解は相当でない といえる。

⽛行為⽜が因果の起点とならない限り,民法学や刑法学でいわれる⽛行為者

(14)

⑵ 法的・規範的評価の内容

⒤ 当事者意思の解明

では,法的・規範的評価としていかなるものを加えることになるか。この 点を考える際には,⽛保険契約における保険者の義務は,……有償的な危険 負担の契約に基づくもの⽜であって,⽛因果関係の問題は,……取引界の慣 行その他の事情を考慮に入れ,当事者の意思の合理的解釈によって決すべき である⽜とする指摘33)が重要である。すなわち,保険者が保険金を支払うべ きか否かは,保険者が契約によって課された義務を果たすべきか否かの問題 であり,それは当該保険契約がいかなる契約内容であるかによって左右され るべきことである。保険者が当該保険契約によりどのような危険を担保しよ うとしていたか,換言すれば,当該保険契約における保険金を支払うための 条件はいかなるものであるかが契約解釈を行うことによって判断されなけれ ばならず,因果関係判断を行う場合も同様である34)

このような見解は⽛契約当事者の意思解釈説⽜と称されることがあるが,

この見解に対しては,問題は,契約当事者の意思につき統一的解釈が困難で あるとされる場合とか,取引の通念・慣行が確立されていない場合に,解決 策が求められるべきことであり,かかる解決方法によっては,右の疑念は解 消されえないもの,と考えられるという批判が向けられる35)

しかしながら,契約の存在が前提とされている以上,契約解釈という過程 への帰責⽜という観点を取り入れることは不可能であるところ,これまでに保 険契約法の因果関係判断において取り入れられてきた法的・規範的評価を因果 関係判断と切り離さすことは,それらの法的・規範的評価を加えることのでき る場面を失わせることにつながると考えられる。しかし,今後,これらの法 的・規範的評価を因果関係判断と分離させて加えることのできる場面を別に設 定することができれば,保険契約法における因果関係判断を事実認定の問題に とどまるものとする立場を採ることが可能になるであろう。

33) 大森・前掲13)152頁。

34) 野津・前掲6)5 頁,73-74頁,山本哲生⽛保険契約における因果関係につい ての一考察⽜北大法学論集第66巻⚕号430,429頁(2016)も同旨。

35) 松島・前掲注8)318頁。

(15)

を経ずに契約により課される当事者の義務の有無を判断することは逆に許さ れないであろう。ここでいう⽛契約当事者の意思につき統一的解釈が困難で あるとされる場合⽜というのが具体的にいかなる場合を指しているかについ ての明確な記載はないが,保険者や保険契約者にとって,最大の関心事は,

保険金がいかなる局面で支払われるかということであり,保険者が商品内容 を作成する段階において,保険金が支払われる条件・要件の一つである⽛因 果関係⽜について何らの態度決定を行っていないということはほとんどあり 得ないのではなかろうか。もとより,統一的解釈が存在しているわけではな い条項につき,何とか解釈論を展開するということは,これまでどのような 類型の契約が問題にされたときでも,一般的に行われてきたことであり,統 一的解釈が確立されていなければ解釈論を展開することが許されないわけで はない。

問題は,その行った態度決定が約款等を通じて示されているかどうかとい うことにあり,契約において保険者が適切な限定を加えていなかった場合に は,保険者がその不利益を被るという結論にならざるを得ないのではなかろ うか。その意味では,具体的な事実を前提に,保険者が⽛このような関連性 の程度では責任を負わない⽜,⽛このような事実経過を辿った際には責任を負 わない⽜等の意思を示せていないと判断される場合には,極めて偶然的な因 果経過を辿ったときを除いて,因果関係が肯定されることになるのはやむを 得ないという結論にならざるを得ないように思われる。もう一方の契約当事 者である保険契約者は,誰しも⽛保険料が安く,カバーされる範囲が広く,

かつ,支払われる保険金が高い保険に入りたい⽜と考えていることが明らか だからである。なお,上記の場合にも条件関係のみをもって因果関係を肯定 するのではなく,極めて偶然的な因果経過を辿った場合は,法律的・規範的 な因果関係は認められないとしているのは,既述のとおり,そのように考え ることが一般的に認められているといえるからである。

(16)

⛷ 狭義の判断基準36)

以上のように考えてくると,因果関係判断の問題も,契約解釈の問題に収 斂させることが可能となると思われるところ,保険契約法における契約解釈 には個々の顧客の意思や理解を基準にするのではなく,画一的な解釈をすべ きであるとする原則,すなわち,客観的解釈の原則が因果関係判断にも適用 されることになる。

したがって,個別の契約が締結された際に具体的に保険者から保険契約者 にどのような説明がなされたかなどの個々の契約締結時の事情を考慮するこ とは相当でない。また,⽛疑わしきは作成者の不利益に⽜という原則を軽々 に適用することは許されるべきではなく,当該保険契約(商品)がカバーす る危険の範囲を,問題となる条項の文言のみならず,約款制定の趣旨や場合 によってはその沿革をも踏まえて判断されるべきである。そのためには,保 険契約者に開示・交付されている約款・しおり等の全体的な内容(契約締結 時に告知すべき事項がある場合にはその内容も含む。)を把握した上で,現 実に生じた危険を適切にカバーできるだけの他の保険契約が存在するか等も 考慮して契約解釈を行うべきである37)

このように,契約解釈が行われることによって,当該保険契約において担 保の対象とされていない因果関係が明らかにされることとなる。それは,同 じ種類の保険であっても,当該保険者がどのような約款を用いているか等に よって異なるものとなるが,保険者が責任を負う根拠が契約に求められる以 上,それは当然のことといえる38)

36) 山下・前掲注1)117-123頁参照。

37) 契約解釈はあくまでも法律解釈と同様の手順によって行われるべきであり,

ある条項が消費者契約法などにより無効とされるか否かはまた別の問題である。

38) 極論をいえば,保険者は,例えば,⽛保険者有責となる原因事実のみが保険 事故・損害に対して影響を与えた場合,すなわち保険事故・損害に対する当該 事実の影響力が100%といえる場合でなければ保険者は責任を負いません⽜な どと明記しておくことができるのであり,この条項につき不当条項であるとい うこと等を理由に制限的に解釈されたり,無効とされたりすることがなければ,

このとおりに判断されることとなる。

(17)

さらに,事実認定の結果,原因が⚒つ以上認められる場合に,法律的・規 範的な判断としてそのいずれとも因果関係があるとするか,あるいはそれら の一つとのみ因果関係があるとするかについても,契約解釈によって決され るべき問題である。ここでも,結局は多くの考慮要素を踏まえて判断される べきであるが,いわゆる⽛限定支払条項⽜が挿入されているような場合には,

法律的・規範的な判断としても原因を⚒つ以上認めることを前提としており,

かつ,割合的な支払いがなされることを前提としているという解釈に傾きや すいように思われる39)

⛸ 判断基底

保険事故が発生し,保険金が請求されることとなった場合には,因果関係 の有無は,判断時現在の科学的知見及び経験則(以下,これらを合わせて

⽛科学的知見等⽜という)に照らして判断されるべきであると考えられる40) これは,実務上,保険者側が保険金を支払うか否かを判断する際に行ってい ることであり,ほとんどの見解において述べられる⽛一般的にみて⽜とは,

判断時現在の科学的知見等に照らしてという意味と考えてよいであろう。

契約締結時の科学的知見等に照らして因果関係を判断するということも不 可能ではなかろうが,同一の保険契約(商品内容)で,かつ,同内容の事実 経過によって生じた同内容の保険事故・損害が存在した場合に,契約締結時

もっとも,19世紀末から20世紀初頭にかけて,米国の保険者は,傷害保険契 約において,たとえ僅かでも疾病関与があれば保険金を支払わないという姿勢 を契約文言に積極的に織り込んでいたが,このような契約文言に基づく保険者 側の無責あるいは免責の主張が許されなかった裁判例がいくつも存在すること につき,大塚英明⽛傷害保険契約における疾病要因の作用 形成期のアメリカ の判例理論を手がかりとして ⽜生命保険論集第193号⚑頁以下(2015)参照。

39) ただし,その場合にも⽛限定支払条項⽜が直接適用されるかどうかは別問題 である。山下・前掲注1)479,481頁参照。

40) 今村・前掲注6)49頁,野津・前掲注6)31-32頁参照。なお,民法学の議論に おいては,判断時現在(訴訟の場合には事実審口頭弁論終結時現在)における 科学的知見等に照らして判断すべきという見解にほとんど異論はないようであ る(潮見・前掲注15)364-366頁参照)。

(18)

が異なることのみをもって保険金が支払われるか否かの判断が異なるのは原 則として相当でないといえるだろう。また,契約締結時の科学的知見等を基 準とすることは保険者にとっても手間がかかり,費用もかかることであるか ら,一般的にそのような判断方法が想定されているとも思われない。さらに,

科学的知見等が進歩していくことはどちらか一方の当事者にとって有利にも 不利にも働き得ることであるから,このように考えたところで,全般的にど ちらか一方の当事者に不利益に働くということもない。これらのことを踏ま えると,一般的には,判断時現在の科学的知見等に照らして判断するという ことが契約当事者の合理的意思といってよいであろう。

もっとも,判断時現在においては,科学的知見等に照らして因果関係が認 められるという場合であり,それが極めて偶然とまではいえないような場合 にあっても,保険者側が契約締結時に⽛このような事実経過を辿った際には 責任を負わない⽜という意思を示していたときには,その限定に従って因果 関係判断がなされるべきである41)。また,他方で,保険契約者が契約締結時 点において,ある原因事実については担保されていると考えることが当時の 科学的知見等に照らして一般的であるということが認められる場合には,当 該意思を尊重すべきことになる。以上の限りにおいて,契約締結時における 科学的知見等を判断基底とすべき場合があると考える。

⛹ 小 括

以上をまとめると,具体的な事実を前提に,保険者が⽛このような関連性 の程度では責任を負わない⽜,⽛このような事実経過を辿った際には責任を負 わない⽜等の意思を示せていないと判断される場合は,極めて偶然的な因果 経過を辿ったときを除き,(保険者に対して不利益に作用する)因果関係が 肯定されることはやむを得ず,その判断は判断時現在の科学的知見等に照ら して行うというのが私見である42)

41) 無論,当該意思を示している条項が無効とされる場合などは別である。

42) これに対しては,保険者に対して多大な負担を負わせるものであるとする批 判が考えられるが,特定の条項の文言のみならず,趣旨や沿革までも考慮した

(19)

⑶ 類型論についての考察

⒤ 従来の議論の概要43)

従来の議論においては,保険者がそもそも担保していない原因事実(非担 保原因事実)又は保険者免責となる原因事実(免責原因事実)と保険者有責

(担保原因事実)となる原因事実が協働しながら保険事故・損害が生じるケ ースを類型化し,それぞれの類型ごとに保険者のてん補責任について判断す る解釈原則が主張されているところである。一般的な類型化は,前後継起的 因果関係,補完的因果関係,及び重複的因果関係に分けるというものである。

⛷ 考 察

このような類型化を試みるということは,どのような法分野でも行われる ことであり,判断の安定性に資するという点で重要な意味を持つ。

しかしながら,類型論はあくまでも⽛原則としては⽜そのように考えられ るということに止まり,これに固執することはかえって判断を誤る原因とな りかねない。そもそもこれらの議論の前提として,免責危険が原因として作 用している限りは免責条項の趣旨を重視して,保険者の免責を認めるという 考え方(免責危険優先の原則)が存在するが,これもあくまで考え方の一つ であるに過ぎず,実際には個々の免責条項の解釈によって結論が異なること もあり得よう44)

したがって,類型化もあくまで考え方の整理に有益であるに過ぎず,実際 には個々の契約を解釈することによって判断をするしかないといえよう。

結果,当該条項の趣旨が不明とされた以上,このような帰結に至るのはやむを 得ないと言わざるを得ない。また,様々な事例の積み重ねの上に約款が作成さ れている今日においては,特定の条項につき解釈ができない(何らかの限定が 加えられているものと捉えることができない),又は極めて保険者の意図から 離れたところでしか解釈できないとされるような事態に陥ることは稀であるよ うに思われる。

43) 山下・前掲注1)384-385頁参照。

44) 山下・前掲注1)385-386頁参照。

(20)

⑷ 因果関係判断が問題となりやすい条項の解釈

⒤ 検討の目的

ここでは,実際に因果関係判断が問題となりやすい条項の解釈を行うこと で私見の内容を明らかにすることが目的である。

⛷ 火災保険における地震免責条項

地震免責条項は,一般的に,⽛地震によって生じた損害(地震によって発 生した火災が延焼または拡大して生じた損害,および発生原因のいかんを問 わず火災が地震によって延焼または拡大して生じた損害を含む)⽜を免責と すると定められている。この免責条項の趣旨は,地震が起きた際には巨大な 損害が発生するところ,通常の火災事故の発生率を前提に計算された保険料 では,当該損害を賄うことができないところにある45)。これに対して,上記 免責条項により補うことのできない損害については地震保険制度が用意され ており,そこでは直接であるか間接であるかを問わず地震が火災の原因とさ れる場合には保険金を支払うとされている46)

以上を前提とすると,地震によって生じた火災による損害について地震免 責により保険者が免責されることは当然である。また,①地震と火災との事 実的因果関係,及び危険事情と火災との事実的因果関係がそれぞれ認められ る場合には,その寄与度等を考慮することなく,地震免責により保険者が免 責されるべきである47)。もっとも,地震から火災の発生までが極めて偶然的 45) 潘・前掲注9)168頁。なお,山本哲生⽛大規模災害と保険⽜ジュリ1427号72 頁以下,73頁(2011)。山下友信=竹濵修=洲崎博史=山本哲生・有斐閣アル マ保険法〔第⚓版補訂版〕166頁[竹濵修](有斐閣,2015)参照。

46) 甘利公人=福田弥夫・ポイントレクチャー保険法98頁(有斐閣,2011)。地 震保険制度の詳細については,高橋康文・地震保険制度(きんざい,2012)参 照。

47) この点に関する裁判例としては,大阪高判平成11年⚖月⚒日判時1715号86頁 がある。この判決においては,信義則を適用し,部分的な保険金の支払をすべ きものとされているところ,わざわざ信義則を持ち出してまで保険金の支払を 認めたというところを考えると,裁判所は,本文の①の解釈を前提としていた ように読み取れ,その点においては相当といえる。

(21)

な因果経過を辿った場合には,地震と火災との因果関係はないと判断される こととなる。②地震と火災の延焼拡大との事実的因果関係が認められ,かつ,

地震から火災の延焼拡大までが極めて偶然的な因果経過を辿ったわけではな い場合にも,地震による延焼拡大がどの程度であったかに関係なく保険者が 全て免責されると解釈することが相当である48)

⛸ 傷害保険(生命保険の傷害特約,災害割増特約等を含む)関係

傷害保険の約款においては,⽛急激かつ偶然な外来の事故により身体に傷 害を被り,傷害の直接の結果(又は傷害を直接の原因)として事故の日から

○○日以内に死亡したときに保険金を支払う⽜と定められていることが多い。

この条項の特徴は,第⚑に,⽛により⽜と⽛直接の結果(直接の原因)⽜と いう因果関係を示す文言が⚒つ出てくる点にある。このように定めた保険者 の意図は,支払いの対象となる⽛事故⽜は,⽛傷害⽜の結果を生じさせ得る

⽛事故⽜であるとすることで,⽛事故⽜の範囲を適切に限定できると考えた点 にあると思われる。よって,⽛事故⽜と⽛傷害⽜,⽛傷害⽜と⽛死亡⽜との間 にそれぞれ因果関係(二重の因果関係)が必要とされていると解するのが相 当である49)

第⚒に,死亡が傷害の⽛直接の結果⽜でなければならないと定められてい る点にある。わざわざ⽛直接の⽜という限定が付されていること,特約によ りカバーされているのは⽛傷害⽜を原因とする⽛死亡⽜であって⽛疾病⽜に 48) この点に関する裁判例としては,大阪高判平成11年11月10日判タ1038号246 頁がある。この判決においては,地震により火災が延焼拡大した場合に,保険 者が免責されるのは地震により延焼または拡大した部分の損害に限られる旨を 判示するが,これは解釈②に反するものであるから相当でない。なお,この解 釈に対しては,学説からも批判が出ている他,裁判例の多くは,本文の②の解 釈と同様の解釈を示している。この点の詳細については,𡈽𡈽岐孝宏⽛判批⽜保 険法判例百選36頁以下(2010)37頁参照。

49) この点に関する裁判例としては,大阪高判昭和59年⚔月18日判タ540号319頁 がある。この判決においては,二重の因果関係は不要であり,事故と死亡との 間に相当因果関係があれば足りる旨が示されているが,本文に示した私見と異 なるものであり,相当でない(山下・前掲注1)479頁の注75)参照)。

(22)

よる⽛死亡⽜はカバーされていないことからすれば,保険者の意図は,⽛傷 害⽜と⽛死亡⽜との間には,⽛事故⽜と⽛傷害⽜との間に必要とされる関連 性よりも強い関連性がなければならないと考えた点にあると思われる。した がって,事故で負った傷害が死亡の結果について主要な原因となっているこ とを要求したものと解するのが相当である50)

⚕.総 括

今日,保険契約法における因果関係は,相当因果関係を意味しているとい われることが多いが,そこにいう相当性というのは⽛条件関係⽜のみでは因 果関係を認めないということを意味しているに止まり,それ以上の意味を持 っていないと考えられる51)

50) 石田満・保険判例の研究Ⅱ176頁(文眞堂,1995)。なお,江頭憲治郎・商取 引法〔第⚗版〕529頁(弘文堂,2013),山下ほか前掲注45)356頁参照。

この点に関する裁判例としては,大阪高判昭和56年⚕月12日判タ437号139頁 がある。この判決は,①上記の⽛直接の⽜因果関係が求められているのは,当 該傷害が死亡の結果について主要な原因となっていることを要求したものと解 されるとしたが,②複数の主要な併存原因がおおむね同程度に影響を与えたこ とが認められればそれで足り,それ以上に他の併存原因と比較してより有力な 原因であると認められることまでは必要としないとしているところ,この内の

①の部分は本文の私見と同旨であり,賛成できる(①部分と同旨の判示をする ものとして,京都地峰山支部判平成⚑年⚙月⚔日判時1371号135頁)。上記②の 部分はさらなる検討を要するが,本稿では割愛する。

なお,傷害保険の中には,⽛直接の原因⽜と規定する一方で,限定支払条項 も存在していることがあり,その場合には,因果関係が存在するというために は主要な原因であることを必要としているのか否かが若干不明確なようにも思 える。しかしながら,因果関係について直接定めている条項には⽛直接の結 果⽜と規定している以上,因果関係が存在するというためには主要な原因であ ることを必要としていると解すべきなのではなかろうか。この場合には,因果 関係を認めた上で,さらに限定支払条項を類推適用する形での割合的支払の抗 弁(山下・前掲注1)481頁参照)が認められるかどうかが問題となるように思 われるが,少なくとも,⚑~⚔割の割合的支払いというものは存在しないこと になる。

51) なお,最判平成19年⚗月⚖日民集61巻⚕号1955頁では,⽛請求者は,外部か

(23)

既に述べたところから分かるとおり,私見による個別の保険契約における 因果関係判断に当たり,相当因果関係説と新近因説のいずれに属するかを問 わず,これまで提唱されてきた学説のうち,いずれかの学説とその思考方法 を共通にする場合があることは否定できない。しかしながら,これは各契約 当事者の意思ないし個々の保険契約の内容を解釈した結果に過ぎないと考え られる。

筆者は相当因果関係説と新近因説が本質的に対立するものではないとも述 べたところ,当然ながらこれまでに論じられてきた諸説全てを無意味とする 趣旨ではないが(そもそも筆者の見解は契約当事者の意思解釈説ないしこれ に準じるものである),これらの諸説により展開される華々しい議論によっ て,保険者の責任は個々の保険契約の内容によって定まるものであり,因果 関係判断も当該責任判断の一環であるという視点が希薄化されているように 感じられた。その視点を重視してアプローチするべきというものが,甚だ粗 雑ではあるが,現時点における筆者の考えである。

(筆者は弁護士)

らの作用による事故と被共済者の傷害との間に相当因果関係があることを主張,

立証すれば足り⽜ると判示しており,ここでは⽛相当因果関係⽜の文言が用い られているから,相当因果関係説を採用するものと評されることもある。しか しながら,当該事案においては,これまで保険契約法上述べられてきたどのよ うな見解を採用しても因果関係が認められるものであり(最高裁判所判例解説 民事篇平成19年度(下)550頁〔中村心〕(法曹界,2010)),この部分の判示が因 果関係に関する議論に対して与える影響は極めて少ないといえるであろう。

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