責任開始期前発病不担保条項の改定と その課題
長谷川 仁 彦
■アブストラクト
生命保険約款における責任開始期前発病不担保条項は,契約締結後に危険 選択を行って,告知義務制度によっては果たせない危険の選択を補完する制 度であると説明されてきた。その結果,責任開始期以降に高度障害状態に該 当したとき,仮に,保険者が保険契約者側からの告知等により高度障害状態 となる原因を知っていたとしても,それは責任開始期前発病として支払要件 を満たされないとされてきた。
多くの保険者は,保険法に合わせ保険約款を改定する際に,責任開始期前 発病不担保条項を告知義務と関連して改定した。告知等によって保険会社が 知っている事実を原因として高度障害状態となったときは,責任開始期以降 の発病と擬制する旨の規定が設けられた。このような不担保条項の改定の結 果,責任開始期前発病の事実が告知書の非質問事項であるときは,すべて責 任開始期前発病不担保とされることになる。しかし,公平性の観点から傷害 疾病保険と生命保険とでは危険の発生原因が異なるので,傷害疾病保険につ いての告知書の質問事項を改定する必要があり,これにより無用な紛争を未 然に防止し,訴訟等も回避することができる。
■キーワード
責任開始期前発病不担保条項,傷害疾病保険,告知事項
*平成28年⚓月18日の日本保険学会関東部会報告による。
/ 平成28年⚕月⚙日原稿受領。
⚑. はじめに
保険法上,保険契約は,損害保険契約(傷害疾病損害保険契約),生命保 険契約と傷害疾病定額保険契約に分類されている1)。それぞれの危険発生の 可能性は異なる2)ことから従前の損害保険,生命保険で採用していた告知事 項で足りるか,専用告知書の採用を要するかが検討された3)。保険法施行以 降は,法制審議会保険法部会の審議経過を踏まえて,生命保険約款における
⽛責任開始期前発病不担保条項⽜の考え方が変更された。すなわち,⽛責任開 始期前発病不担保条項⽜は告知制度と関連付けて適用されるように変更され,
さらにその後責任開始期前発病不担保条項の内容が改定された。
本稿では,改定約款の課題を検討し,その解決策を模索するものである。
⚒. 告知事項と責任開始期前発病不担保条項
⑴ ⽛高度障害状態⽜拡大の経緯
高度障害保険金(昭和56年までは⽛廃疾⽜保険金と呼称4))の支払事由は,
昭和51年までは,両手を手関節以上で失う等の欠損5)を中心としたもので,
極めて限定的であった。そのため契約時点で保険事故の偶然性を担保するた めには⽛責任開始期以降に生じた傷害または疾病を原因として生じた⽜と規 1) 保険法⚒条⚖号(損害保険契約),同⚗号(傷害疾病損害保険契約),同⚘号
(生命保険契約),同⚙号(傷害疾病定額保険契約)。
2) 保険事故については,保険法37条は,生命保険契約について,被保険者の死 亡又は一定の時点における生存と規定,同66条は,傷害疾病定額保険契約につ いて,⽛給付事由(傷害疾病による治療,死亡その他の保険給付を行う要件と して傷害疾病定額保険契約で定める事由)の発生の可能性⽜と規定している。
3) 小林三世治⽛保険医学からみた民間医療保険の課題⽜保険学雑誌596号14頁
(2007)。
4) 平尾正治⽛第三種保険の沿革⽜生命保険協会報69巻⚑号15頁(1989)。
5) ⚑. 両眼が失明したもの,⚒. そしゃく及び言語の機能を廃したもの,⚓. 両 上肢を手関節以上で失ったもの,⚔. 両下肢を足関節以上で失ったもの,⚕. 一 上肢を手関節以上で失い,且つ,一下肢を足関節以上で失ったもの。
定することで,逆選択防止への対応が可能であった6)。
昭和51年⚗月の約款改定により,高度障害状態の範囲が⽛中枢神経系・精 神または胸腹部臓器に著しい障害を残し,終身常に介護を要する状態⽜等の 機能障害による状態に拡大された7)。それにより大量に発生すると予想され る責任開始期前の疾病を原因とした高度障害状態にかかわる請求に関しては,
責任開始期前発病不担保条項のみでは不良契約に対応できないことから,こ れを契約解除という手段によって排除する必要性が生じたため,高度障害状 態の範囲の拡大に関連して告知義務が導入された8), 9)。かかる状況下で,高 度障害の危険発生に関する告知義務が課されたわけであるが,一方,責任開 始期前発病不担保条項も併存した。そして,それぞれの機能は,告知義務制 度は,保険契約締結時において,保険事故発生に影響を及ぼす重要な事項に ついて告知を求めて危険選択を行うことによって予定事故発生率を維持し,
それにより契約当事者間の衡平を図る制度(以降⽛契約選択説⽜という10)) であり,一方,責任開始期前発病不担保条項は,契約締結後に危険選択を行 って,告知義務制度によっては果たせない危険の選択を補完する制度(以降
⽛給付事由確定説⽜という)であって,両制度は共に予定事故率を維持する 機能を有するものであると説明されてきた11)。
6) 中西正明⽛生命保険契約における高度障害条項⽜西原寛一先生追悼論文集
⽝企業と法⽞300頁(有斐閣,1995)。
7) 平尾・前掲注4)⚔頁。拡大の範囲は,その他⽛両上肢,両下肢につきその用 を全く永久に失ったもの⽜などとなった。
8) 中西・前掲注6)305頁。
9) 札幌高判平成元年⚒月20日文研判例集第⚖巻⚕頁。
10) 松田武司⽛契約前不担保条項の本質および論理的帰結⑵⽜生命保険論集194 号244頁(2016)は,一方を保障範囲本質説,告知義務によるものを危険選択 本質説と称している。
11) 告知義務制度を補完する役割を担うとした判決として,前掲札幌高裁平成元 年⚒月20日判決,宇都宮地裁大田原支判平成10年⚖月30日生命保険判例集(以 下⽛生保判例⽜という)10巻242頁,大阪高判平成16年⚕月27日生保判例16巻 355頁がある。
⑵ 責任開始期前発病不担保条項の適用と課題
責任開始期前発病不担保条項は,担保範囲を定めたものである。そして,
保険者及び保険契約者は,契約時に約款上,責任開始期前発病不担保条項が 明示されている以上,当事者は,それを前提として契約を締結している。す でにある疾病に罹患していることを保険者が知っていたとしても,それは,
保険事故に含まれないことを前提に契約締結の諾否の査定を行ない,契約を 締結したと考えるべきであるとする考え方が有力に主張された12)。
また,重要事実を対象とした告知義務制度による逆選択契約の排除の限界 からすれば,傷害疾病保険における本規定はむしろ主たる役割を果たすもの と考えられてきた13)。
一方で,責任開始期前発病不担保条項の有効性を認めつつ,保険者側が発 病を認識していたか,あるいは容易に認識しうるにもかかわらず保険契約者 に対して責任開始期前発病不担保となることの留保をしないで保険契約を締 結したような場合,また,保険契約者側が誠実にその告知を履行しながら,
仮に,責任開始期前不担保条項の適用によって保険契約者の期待を裏切るよ うな結果が招来されることになるときは,保険者は信義則上本不担保条項を 適用することを謙抑的にして,契約締結過程における信義則の観点から解決 されるべき問題である14)との指摘がされていた15)。
また,死亡危険に対する危険選択上の評点は,高度障害状態になる危険と
12) 中西・前掲注6)313頁は,⽛告知義務制度の導入前と同じく,保険者は,契約 締結当時に被保険者の疾病を知っていたときでも,契約前発病不担保原則の適 用を主張できると解するのが適当⽜とする。
13) 長谷川仁彦⽛高度障害保険金と実務上の課題 責任開始期前発病の認定⽜生 命保険経営73巻⚑号109頁(2005)。
14) 山下友信⽝保険法⽞459頁(有斐閣,2005)。
15) 潘阿憲⽛疾病保険における契約前発病不担保条項について⽜生命保険論集 167号81頁(2009),竹濵修⽛契前発病不担保条項⽜山下友信=米山高生⽝保険 法解説 生命保険・傷害疾病定額保険⽞491頁(有斐閣,2010),坂本秀文⽛生命 保険契約における高度障害条項(旧廃疾条項)⽜ジュリスト755号120頁(1981)。
保険料支払免除となる危険も含んだ評価となっている16)こと,高度障害事故 率が保険料率に組み入れられていることからして,保険契約者側の期待権を 損ない,保険給付の危殆化が懸念される17)と指摘された。
⑶ 実務対応
以上のような経緯の中で,保険法改正時の主な議論18)は,責任開始期前不 担保条項は,一方で,①告知義務で危険選択をして契約締結をしながら責任 開始期前発病不担保とすることは契約者側からは分かり難い制度であること,
②保険会社が告知を受けながらその疾病を原因とする保険事故について不担 保であることを説明しないまま保険を引き受けた後,責任開始期前発病不担 保とすることは信義則上問題があること,③告知義務が果たされた場合に不 担保条項を適用することは片面的強行規定とした告知義務制度を骨抜きにな る懸念があること,④遺伝子検査を含めた告知事項を検討し,告知義務で一 元的に対応すべきであること等の意見が出された。これに対し,①担保範囲 の規定であることから不意打ち条項とは考えていないこと,②契約者側にと り分かり難い制度であったとしても担保範囲に関する規律を無効とすること を保険法に規定することは適当ではないこと,③不担保条項に関しては,
⽛ご契約のしおり⽜あるいは⽛重要事項説明書⽜(注意喚起情報)等の手段で 分かりやすく説明する努力をしていること,④告知義務制度あるいは特別条 件付契約の制度と担保範囲に関する本不担保条項とは異なる制度であり,告 16) 正寿康雄⽛査定標準と数学査定⽜保険医学会編⽝生命保険医学⽞105頁
(2002)。危険選択につき,医学的要因については数字査定法に基づく評点で示 すのが一般的のようである。
17) 小林道生⽛保険約款における給付記述条項の内容規制⽜損害保険研究第67巻 第⚒号65頁(2005)。楯郁夫⽛生命保険約款と高度障害給付条項⽜インシュア ランス3744号(平成⚙年⚓月27日号)は,責任開始期前発病不担保条項は告知 義務規定の潜脱規定と指摘する。
18) 法制審議会保険法部会第⚗回会議(平成19年⚓月28日),同12回(平成19年
⚖月27日),同15回(平成19年⚘月29日),同19回(平成19年11月14日),同20 回(平成19年11月28日)。
知義務を果たしたからといって,担保範囲に関する規律の適用がなくなると いうような論理関係にないこと,⑤実務上,本不担保条項そのものの適用に ついては生命保険協会のガイドラインに則り慎重に行っていること,等の意 見があった。
法制審議会保険法部会においては,最終的には,保険の担保範囲という商 取引の給付事由の問題であり,法的規制をかけるべきではないとして,保険 法では責任開始期前発病不担保に関する規制はされなかった。ただ,参議院 法務委員会においては,保険契約者等の保護を図るよう付帯決議がなされ た19)。これら経緯を受けて,生命保険協会,損害保険協会等は責任開始期前 発病不担保条項に関し,その正しい実務運用のために詳細なガイドラインを 設けることになった。そのガイドラインは,生命保険協会における適切な支 払管理態勢の確立および保険契約者等の保護に対する取り組み(平成18年⚖
月)を推進し,現在は⽛保険金等の支払いを適切に行うための対応に関する ガイドライン⽜(平成23年10月作成,生命保険協会ホームページ)として定 められている20)。なお,本ガイドラインによる取扱いは,保険会社の慣行な 19) 平成20年⚕月29日保険法及び保険法施行に伴う関係法律の整備に関する法律
案に対する附帯決議。
20) 当該ガイドラインは,次のように定めている。
⽛ハ.契約(責任開始)前発病の考え方
責任開始前に医学的に原因となる疾病や傷害があれば,契約(責任開始)前 事故・発病ルールにより高度障害保険金・入院給付金等は支払対象にならない ことになる。
高度障害保険金においては,被保険者が契約(責任開始)前の疾病について 契約(責任開始)前に受療歴,症状または人間ドック・定期健康診断における 検査異常がなく,かつ被保険者または保険契約者に被保険者の身体に生じた異 常(症状)についての自覚又は認識がないことが明らかな場合等には,高度障 害保険金をお支払いする。
同様に入院給付金等についても,被保険者が契約(責任開始)前の疾病につ いて契約(責任開始)前に受療歴,症状または人間ドック・定期健康診断にお ける検査異常がなく,かつ被保険者または保険契約者に被保険者の身体に生じ た異常(症状)についての自覚又は認識がないことが明らかな場合等にはお支 払いする。⽜
いし自主的な運用に過ぎないとの指摘がされている21)。
⑷ 約款対応
法制審議会保険法部会での主たる議論では,責任開始期前発病不担保規定 と告知義務規定との関係が特に指摘されていたことから,告知を履行した保 険契約者への期待を保護する趣旨として,保険会社は平成22年頃より前述の 生命保険協会ガイドラインを参考としつつ保険約款を順次改定した(なお,
約款は保険者により規定内容を異にしている22))。
改定後の約款では,⽛被保険者が責任開始期前にすでに発病していた疾病 を原因として責任開始期以降に高度障害状態(表⚑)に該当した場合でも,
当会社が,保険契約の締結又は復活に際し,告知などにより知っていたその 疾病に関する事実(○○条(保険契約を解除できない場合)の保険媒介者の みが知っていた事実は含みません)を用いて承諾した場合は,責任開始期以 降に発病した疾病を原因として高度障害状態に該当したものとみなして,
○○条の高度障害保険金の支払に関する規定を適用します。ただし,保険契 約者または被保険者がその疾病に関する事実の一部のみを告げたことにより,
当会社が重大な過失なくその疾病に関する事実を正確に知ることができなか った場合を除きます⽜と規定されている。
その約款規定からみると,被保険者が責任開始期前にすでに発病していた 疾病を原因として責任開始期以降に高度障害状態に該当した場合であっても,
①保険契約の締結・復活に際して,高度障害状態の原因に関する告知あるい 21) 東京地判平成26年⚕月12日生命保険事例研究会レポート293号(以下⽛事例 研レポ⽜)17頁は,⽛ガイドラインであって,保険会社に対する拘束力を有する ものとはされていない⽜と判示し,ガイドラインに法的拘束力がないとの立場 を示した。
22) 約款規定の中には,⽛…保険契約の締結,復活または復旧の際の告知等によ り,当会社が,その原因の発生を知っていたとき,または過失によって知らな かったときは,その原因は責任開始時以降に発生したものとみなします。⽜と するものもある。
は保険者が別契約等より入手した情報(被保険者の入院給付金の支払歴等)
に基づき保険契約の申込みを承諾したとき,②保険媒介者による不告知教唆 などがある場合には,責任開始期前発病不担保条項は適用されず,責任開始 期以降の発病とみなされることとなる。これは保険者の知,過失不知に関わ らず,高度障害状態の保険金支払事由が生じていない23)とする従来の考え方 を転換し,支払事由を充足すると変更したものである。結果として,高度障 害保険金の支払要件である⽛責任開始期以降に発病⽜の当初に規定した意義 が大幅に制限されることとなった24)⽜。
表
質問事項の有無 告 知 の 有 無 結 論 ア.告知あり 責任開始期以降の発病と擬制
①質問事項あり イ.不告知 責任開始期前発病 ウ.不告知であるものの保
険媒介者による告知妨 害,不告知教唆があっ たとき
責任開始期以降の発病と擬制
エ.過小告知(一部告知)
のみあり
告知内容が高度障害状態の原因 と一連の疾病であるときは責任 開始期以降の発病と擬制。関連 が認められない告知であるとき は,責任開始期前発病
②質問事項なし オ.告知なし 責任開始期前発病
23) 甘利公人⽛医療保険約款における法的問題⽜保険学雑誌596号58頁(2007)。
24) 大阪地判平成13年⚑月31日生保判例13巻65頁は,⽛…昭和51年の約款改正に おいて,高度障害の幅を拡大すると同時に,高度障害についても告知義務規定 を導入したものである以上,契約前発病不担保条項は,契約前の疾病につき告 知している場合には適用がないと解すべきである⽜という主張を斥けた。
⚓.責任開始期前発病不担保条項の適用
⑴ 改定後の不担保条項におけるみなし規定
改定後の約款規定をみると,保険契約の締結,復活に際して,告知の有無 と質問事項の有無によって結論は次の通りとなる。
① ア. 告知があり,保険契約の締結,復活に際して,告知・診査結果な どの情報に基づき,承諾又は保険料増しの条件の下での保険契約を承諾した とき,告知,保険料増しの原因などと関係のある一連の疾病によって高度障 害状態となったときは責任開始期以降の発病と擬制する。
① イ. は,告知義務違反による契約加入であり,不告知事実と一連の疾 病によって高度障害状態になったときは,全保険期間にわたり責任開始期前 発病として扱われる。
① ウ. は,解除権阻却事由である保険媒介者による告知妨害や不告知教 唆があるときも,責任開始期以降の発病によると擬制する。これは,告知妨 害や不告知教唆の行為がなければ高度障害状態の原因となる事実についての 告知がなされ,保険者がその原因を知りえたものとする考え方による。
① エ. は,過小告知(一部告知)の事実が高度障害状態の原因と一連の 疾病であったときは,保険者がその原因を知っていたとして責任開始期以降 の発病と擬制されると解釈できる。一方で,一部の告知事項が,高度障害状 態の原因と一連のものか否かの判断基準が問題となる。保険者によっては約 款に,⽛重大な過失なく正確に知ることができなかった場合⽜には責任開始 期以降の発病とは擬制しない旨を規定している。
②-オ. は,告知書による危険測定上の重要な事実とは言えない非質問事 項(軽微な疾患であるか否か,期間の制限の有無は別として)に該当し,そ の原因によって高度障害状態に該当したときは,責任開始期前発病となる。
⑵ 責任開始期前発病不担保条項にいう⽛発病⽜について
責任開始期前発病不担保条項は⽛被保険者が責任開始期前にすでに発病し
ていた疾病を原因として・・・⽜と規定する。一般的に,疾病の発病の経過 は,身体内部に異常が生じ,その後,本人が身体の異常(自覚症状を含む)
を発症し,あるいは第三者が被保険者の身体の異常を覚知し,その後,医師 による診察を受け,確定診断を受けるという流れが考えられる。
責任開始期前発病不担保条項の⽛発病⽜は,医学的所見とは別に被保険者 本人が疾病につき発病していたことを知り得ない時点をもって評価すること は,告知義務制度との比較上,また逆選択加入防止という観点からも行き過 ぎであると考えられる。そこで,保険約款の備考欄に⽛責任開始期以降の発 病⽜について保険契約者と保険会社間双方が納得性のある合理的範囲で定義 し,画一的な取扱いが図られることとなった。
その発病につき,約款では次のように規定している。
⽛責任開始期以降の疾病とは,その疾病(医学上重要な関係にある疾病を 含みます)について,責任開始期前につぎのいずれにも該当しない場合をい います。
⑴ 被保険者が医師の診療を受けたことがある場合
⑵ 被保険者が健康診断等において異常の指摘(経過観察の指摘を含みま す)を受けたことがある場合
⑶ 被保険者が自覚可能な身体の異常が存在した場合または保険契約者が 認識可能な被保険者の身体の異常が存在した場合⽜
そこで,約款に規定する⽛発病⽜25)の定義と告知書の質問事項について検 討すると,まず,⽛被保険者が医師の診療を受けたことがある場合⽜は,医 師による診療事実が質問事項に該当すれば責任開始期前の発病になる。一方,
それが非質問事項のときは,告知対象期間である⚕年内におけるものは比較 的軽微であって,高度障害状態に至る例は少ないというのが実務上の認識で 25) 吉田明⽛国民生活審議会消費者政策部会の約款適正化についての報告を巡る 問題⽜生命保険経営50巻⚑号15頁(1982)は,⽛約款において契約時に被保険者 が病症に対して自覚を持っていなかった場合には給付金を支払う旨規定するこ とを検討することを要する⽜と指摘している。
ある,また,告知対象期間外においては,例えば,未だ治療方法が開発され ていないとされる網膜色素変性症や,糖尿病と診断されても自己判断で食事 療法,運動療法にて改善できると認識し放置している例があるが⽛発病⽜の 規定に該当する。
次に,⽛被保険者が健康診断等において異常の指摘(経過観察の指摘を含 みます)を受けたことがある場合⽜について,告知事項は⽛⚒年以内⽜に限 定しているものの,⚒年経過の健康診断等において異常を指摘(経過観察の 指摘を含む)されたとき,その後において診察,検査,治療,投薬があるの が一般的であり,告知書の質問事項に該当すると考えられる。
さらに,⽛被保険者が自覚可能な身体の異常が存在した場合または保険契 約者が認識可能な被保険者の身体の異常が存在した場合⽜26)は,よくある例 としては,高度障害事由とは別であるが乳房の異常などが想定されるが27), その他被保険者が身体の異常を自覚・認識していたときに,治療しても効果 が認められないとされる疾病を除き,医療機関に受診せず相当の期間放置す るケースは少ないと考えられる。
なお,改訂後の責任開始期前発病不担保条項のもとで,非質問事項である 前記② オの⽛発病⽜に該当した場合について,責任開始期前発病不担保と して支払いを拒否する保険者と,告知の機会を付与していないため責任開始 期前発病を問えず支払事由が生じているとして扱う保険者とが,ほぼ二分し ているようである28)。
26) 一部の保険者では,⽛軽い自覚症状・異常自覚(倦怠感・食欲不振・めま い・胃痛・下痢等)や体調(頭痛癖・感冒癖・肩こり等)⽜が重大な疾患と関 連している場合がありえるとして,これを質問事項とする。
27) 東京地判平成25年⚖月20日事例研レポ294号。
28) 磯部実⽛責任開始前発症不担保条項の変容と保険医学的課題 有告知責任開 始前発症条項との関係から⽜日本保険医学会誌111号205頁(2013)。
⚔. 改定後の責任開始期前発病不担保条項についての検討
⑴ 保険約款の変更による機能の変容
改定後の責任開始期前発病不担保条項は,契約締結後の危険選択の排除と しての機能を果たすとする従来の給付事由確定説の立場から,契約選択説の 立場に変更したとみられる29)。
このことの対応として,非質問事項のうち一定のものを新たに質問事項に 導入することで,契約締結時に保険者として保障の範囲を明示することがで き,保険契約者との信頼関係が図られるのではないか30)と考えられる。
⑵ 非質問事項の質問事項化
高度障害状態となる原因疾患は,悪性新生物,脳疾患,糖,眼の病気,事 故,自殺などが主である31)。両眼失明の高度障害状態となった原因は,糖尿 病27%,網膜色素変性症13.6%,緑内障8.6%,視神経委縮7.9%,ベーチェ ット病7.9%,その他34.6%とであるが32),この中で,保険契約締結後に網 膜色素変性症による両眼の視力を喪失したとき,被保険者が責任開始期前に 網膜色素変性症と診断されたり,あるいは夜盲,視野狭窄等の特徴的症状が 生じたときを発病したとして保険者は保険金の支払いを拒否して多くの訴訟 が提起されてきた33)。現在,治癒を目的とした効果的な治療方法がない網膜
29) 松田・前掲注10)201頁。
30) 平尾・前掲注4)12頁。従来は,約款規定は必ずしも状態説であることが明ら かではなかったため,事故説を採用した結果,念書などにより高度障害不適用 念書を徴求していたが,このような取扱いを廃止した。
31) 小西克彦⽛高度障害保険金の支払の現状⽜日本保険医学会誌85巻106頁
(1988)。
32) 小西・前掲注31)106頁。
33) 網膜色素変性症に関しては,大阪地判平成19年⚖月13日生保判例19巻269頁,
福岡高判平成19年12月21日生保判例19巻666頁,東京地判平成20年10月22日判 例集等未登載,岐阜地判平成23年⚓月18日判例集等未登載,東京地判平成26年
⚕月12日事例研レポ293号,東京高判平成26年⚙月⚓日事例研レポ293号,ベー
色素変性症を例として考察すると,⚕年以内に⽛網膜⽜の疾患につき医師の 診察・検査・治療・投薬を受けたことがあれば,告知の対象となる。
一方,告知対象期間外に医師から網膜色素変性症との診断を受けたり,夜 盲,視野狭窄等の症状が発症したことに対する質問事項は設けられていない。
判例をみると,責任開始期前に網膜色素変性症の代表的な症状である夜盲,
視野狭窄が生じた時に発病とみなして不担保条項が適用されるとしている34)。 告知対象期間を⚕年間と限定する趣旨は,保険契約者側の告知負担の軽減 と医療証明書保存期限35)の問題とされている。しかし,⽛がん⽜については,
給付事由の発生の危険性から質問事項の対象期間を限定していない。
⽛がん⽜についての質問事項を参考として考察すると,⽛がん⽜の質問事項 は,死亡の危険に関する質問と疾病保険の給付事由36)の発生の可能性に関す る質問とに分けられている。疾病保険に関わるものは⽛今までに,悪性新生 物(上皮内癌も含みます)と診断されたことがありますか。⽜を質問事項と
している37), 38)。
チェット病について大阪地判平成13年⚑月31生保判例13巻65頁。
34) 津地裁四日市支判平成11年10月14日生保判例11巻574頁は,⽛右自覚症状たる 夜盲は,網膜色素変性症の初発症状であると認められる⽜と判示した。また,
東京地判平成14年11月29日生保判例14巻802頁は,⽛網膜色素変性症は,両眼の 網膜委縮,特に視細胞萎縮が緩慢に進行する遺伝性疾患であり,若年期に夜盲 や視野異常で気づかれ,これらの症状や視力障害がゆっくり進行し,数十年か けて高度な視野機能全体の傷害にいたるもので,網膜色素変性症の進行性ない し視力の予後は,患者の年齢よりも,発病からの経過年数に強い関係が見られ ること…発病後10年以降に急激な視野狭窄をきたすとされていることなどから して原告の主張は採用できない⽜と判示した。
35) 医師法24条
36) ⽛責任開始時前を含めて初めてがん(悪性新生物)と診断確定されたとき⽜
とする。
37) 昭和55年の保険審議会答申に基づき,昭和60年に,がん保険を除き⽛告知対 象期間⽜が統一され,健康状態と婦人疾患については⚕年,健康診断について は⚒年間と統一された。健康状態につき告知対象期間を主観的要件および立証 の面から⚕年間とした。
38) 佐々木光信⽝がんとがん保険⽞153頁(保険毎日新聞,2015)。
保険契約締結時に⽛初めてがん(悪性新生物)と診断された⽜との告知に より,保険者は申込みに対して不承諾ないし,契約締結したとしてもがん給 付事由は保障範囲外の取扱いとし,個々人の危険の程度に応じた契約引受が 期待されている。
危険発生の可能性は生命保険と傷害疾病保険と異なるもので,傷害疾病保 険について告知対象期間外における⽛網膜色素変性症⽜と診断されたものや,
⽛夜盲,視野狭窄等の症状が生じた⽜ものについては,がんにおける質問事 項と同様,⽛今までに,網膜色素変性症と診断されたことがありますか。夜 盲,視野狭窄等の症状が生じたことがありますか。⽜を質問事項とすること は,疾病の性格および保険契約の射倖契約性から妥当と考えられる(自覚症 状を質問事項とする保険者も複数ある)。
質問事項を設定することで網膜色素変性症の症状,徴候の情報を収集し,
契約締結時に高度障害状態の一部不担保とする等の給付反対給付均等の原則 に即した契約内容とすることができる。
以上の考察から,現在の高度障害の責任開始期前発病不担保条項は,告知 義務による危険選択に重きを置いた規定としているので,傷害疾病保険にお ける非質問事項を検証し,これを質問事項とすることについて検討すること が必要ではないかと考えられる。
⚕. 責任開始期以後発病についての立証責任の転換
責任開始期前発病不担保条項は,高度障害保険金請求権の発生という法律 効果の要件を規定したもので,高度障害保険金を請求する側の者が立証責任 を負う権利根拠規定とされている39)。また,約款の規定が,高度障害状態が 責任開始期前の傷害・疾病によることを保険者の免責事由とする構成を採っ ていないことからも,高度障害状態が責任開始期以後の傷害又は疾病による ことを前提にして,法律要件分類説の立場から立証責任の分配をしている40)。
39) 松本博之=上野泰男・民事訴訟法273頁(弘文堂,平成10年)。
40) 中西・前掲注5)311頁。前掲大阪高判平成16年⚕月27日は,⽛本件条項記載の
改定後の責任開始期前発病不担保条項の立証責任については,高度障害保 険金請求者は,形式的に医師の診断書等により高度障害状態に該当したこと を立証すれば足り,これに対して保険会社としては,責任開始期前の被保険 者の診断内容・治療などの事実を調査してその証拠を収集し反証することに なる。確かに,告知義務違反による解除の場合は告知日より⚕年以内の不告 知事実を立証すれば足りるが,一方,傷害疾病保険の告知書の質問事項を
⽛今までに⽜としたときは,保険者は,古い事実の調査となるため法律の壁 や証拠の散逸等により立証が難しくなるものの41),告知義務規定と関連づけ た保険約款に変更した以上,やむを得ないと解される。
⚖. むすび
本来,⽛責任開始期以降の発病⽜の約款規定は,保険事故の構成要件で保 障範囲を確定する意義が認められたが,保険契約者側と保険者側との対立構 造の解消に向け,告知義務の規定に副うかたちでの解決が図られた。
傷害疾病保険においては,特定疾病によって一定状態になったとき等給付 範囲が拡大されつつあること,また医療保険の分野での給付事由の発生の原 因と死亡の原因とは明らかに異にしている42)。そうすると従来の死亡危険の 事実が存在する場合には保険金受給権が発生するものと考えられるから,権利 の発生を主張する請求者においてその証明を行うべきである⽜としており,福 島地裁郡山支判平成14年⚗月12日生保判例14巻476頁は⽛高度障害状態が責任 開始時以前の傷害または疾病を原因とすることの主張立証責任を保険者側に負 わせたものではない⽜としている。
41) 通常の立証は,医療証明書やその他公的認定年月による。なお,医師のカル テの保存期間は,原則永久保存を意図しているがやむをえない事情があるとき は⚕年間(医師法24条)であるため,治療終了後⚕年以上経過した後の高度障 害保険金請求についての責任開始期前発病の立証は難しくなる。前掲津地判四 日市支判平成11年10月14日は,証拠保全の申立てによる立証の事例。
42) 有澤誠⽛疾病保険の将来の問題⽜日本保険医学会誌74号159頁(1976)は,
医療保険分野では,喘息,筋肉骨格系の疾患,精神系統の疾患が多いのに対し,
死亡保険の分野においては,悪性新生物,高血圧や心臓疾患などの循環器系疾 患を主としたものが原因であると指摘している。
発生の原因を主とした告知書における質問事項とは別に,傷害疾病の給付事 由の発生危険をもとにした新たな質問事項を検討する必要があるのではない かと考えられる43)。これらの対応により無用な紛争の未然防止が図られると ともに,訴訟を回避することもできると期待される。
(筆者は公益財団法人 生命保険文化センター勤務)
43) 松田・前掲注10)201頁は,新型疾病保険と責任開始期前発病についても別 途検討を要すると指摘している。