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安全割増の価格決定原理 金融と保険の価格決定原理の異同

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(1)

安全割増の価格決定原理

金融と保険の価格決定原理の異同

河 本 淳 孝

■アブストラクト

保険料の安全割増の算定について,肝心なところは経験と勘に頼っている,

金融の価格決定原理のような理論的な裏付けが十分には備わっていない,と いう批判がある。このような批判が妥当なものか否かを検証したところ,現 下の安全割増の決め方には数学的な裏付けは備わっているものの,経済学的 な裏付けが十分に備わっているとは言い難いことを確認した。等価を原理と する安全割増の価格決定に経済学的な裏付けとして効用原理を取り入れる意 味や課題については議論を深める余地がある。また,金融の価格決定原理を 用いた保険プライシングでは保険実務での使用に耐える安全割増算定は困難 であることを確認した。算定が困難である根本原因は,金融の価格決定が支 払余力・支払能力形成や破綻回避に重大な関心を払わないことにある。保険 の価格決定はそれらに重大な関心を払うのであるが,支払余力・支払能力形 成の目標や消滅時配当の方針に適合した安全割増を算定する原理や手法は確 立しておらず研究開発はこれからといったところである。

■キーワード

価格決定原理,安全割増,効用原理

*平成27年⚙月25日の日本保険学会関東部会報告による。

/ 平成28年⚕月31日原稿受領。

(2)

⚑. はじめに

日本アクチュアリー会は2009年に資格試験の教科書の一部を顕著に改めた1)

⽝損保数理⽞に新設された第⚗章は,僅か20頁余りではあるが,エッシャー 原理2)など金融ミクロ経済学あるいはファイナンス理論に関わりを持つ保険 料算出原理(安全割増の決定原理)を学ぶ章となっており,保険と金融の交 信がにわかに関心を集める契機のひとつになったと言われる3)

本稿執筆の主な動機は,保険の価格決定原理には金融のプライシング原理 では記述し切れない独自に発展すべき研究領域があることを明らかにしたい という思いにある。拙稿が,保険の価格決定原理の理論的な研究の進展に資 すれば幸いである。

⚒. 本稿の構成と言葉づかい等

構成は次のとおりである。まず始めに,金融の価格決定原理と保険の価格 決定原理の異同を考察し,それを踏まえて,安全割増保険料の価格決定原理 には経済学的な裏付けが十分には備わっていないという批判に一定の論拠が あることを確認する。次いで,金融の価格決定原理には見られない保険の価 格決定原理の際立った特徴の整理を通じて,金融の価格決定原理を用いた保 険プライシングでは実務での使用に耐える安全割増の算定は困難であること を明らかにする。その後に,価格決定原理の数学的根拠と経済学的根拠につ いて金融と保険の違いを検証し,等価原則4)に基づく保険の価格決定に経済 1) 日本アクチュアリー会は,2009年改訂の理由について⽛諸外国のテキスト並

びに実務において一般的になりつつある理論や手法等の追加⽜と説明している。

2) エッシャー原理(Esscher Principle)を用いると,保険需要者あるいは保険 者のリスク選好(効用関数)を考慮した保険価格決定が技術的には可能となる。

この原理は,1930年代に保険金支払分布の補整・変換の手法として提案された ものであったが,1990年代になって Gerber H. U.と S. W. Shiu によって再発見 され,保険料の計算原理に利用できる可能性が明らかにされた。

3) 山内(2009)90頁。

4) 本稿では,収支相等原則,給付反対給付均等原則,公平保険料の原則等の総

(3)

学的な裏付けとして効用原理を取り入れる試みの意味と課題について論じる。

数式の引用は控える。また,実務の参照は,断りのない場合,生命保険を 対象とする。なお,本稿は保険プライシングの実証的研究に係る論文ではな く理論的研究に係る論文である。筆者独自の論考は試論を含む。

言葉づかい等について前置きする。参照する金融の価格決定原理は,保険 の価格決定原理との比較対照が可能なものに限る。長期の破綻リスク5)とは,

期首サープラスゼロ状態で決定した保険料を起点として支払余力が観察期間 中の少なくとも⚑点において破産線を下回り債務超過となる蓋然性と定義す る。長期の破綻リスクを制御する手段は,安全割増保険料のみとし,再保険 や外部資本調達は行わないものとする。また,断りのない限り,考察の対象 は無リスク資産投資のみを行う6)無配当の保険とする。なお,保険料の区分 は⚒区分(純保険料と付加保険料)ではなく,⚓区分7)(粗保険料8),安全 割増9)および事業費対応保険料10))を用いる。

称として,等価原則を用いる。

5) 保険料決定を起点とした長期の破綻リスク管理については,危険理論(Risk Theory)などを基礎とした研究が損保数理の分野を中心に行われているもの の,生保分野ではこれまでのところ広く普及する理論・手法は生まれていない。

ソルベンシー・マージン比率は短期の破綻リスク指標(保険監督上の支払余力 の健全性指標)であり,長期の指標ではない。また,保険計理人による⚑号・

⚓号収支分析等は,シナリオ設定が必ずしも破綻リスク管理を目的としていな い。なお,欧米ではリスクとソルベンシーの自己評価(Own Risk and Solven- cy Assessment:ORSA)報告の義務化が進んでいるが,わが国は準備段階に ある。

6) 本稿が考察の対象とするのは,保険収支の不確実性に対応するための安全割 増であり,資産運用収支の不確実性に対応するための安全割増ではない。ただ し,保険引受収支の不確実性には,予定利率が下方硬直的であるのに対して無 リスク資産の利率が市場に連動するために生じる収支の不確実性を含む。

7) IFRS4 が示す保険料のビルディング・ブロックは⚒区分ではなく⚓区分また は⚔区分を使用している。

8) 保険金の期待値の最良推計。

9) 保険者が保険金の期待値(粗保険料)に上乗せして保険契約者に課す保険料。

IFRS4 のリスク調整保険料(Risk Adjustment)に相当する。現代投資理論の

(4)

⚓. 金融の価格決定原理の基礎と保険への適用

⑴ 伝統的なミクロ経済学

ミクロ経済学は別名プライシング・セオリーと言われる。伝統的ミクロ経 済学は,完全競争市場(Perfect Competitive Market)が成立していること を条件として,財の価格は需給均衡点に収束すると考える。また,需給均衡 は,個々の経済主体の利己的な行動の結果でありながら,見えざる手に導か れて,経済全体の資源配分最適化や総余剰最大化を実現すると考える。なお,

完全競争市場の価格分析の応用として,保険にも適用可能性のある不完全競 争市場の価格分析が存在する。伝統的ミクロ経済学は基本的には一般消費財 の価格分析に適合する理論であり,現代投資理論が扱う金融商品の価格分析 への適合は限定的である。なぜかと言えば,伝統的ミクロ経済学の価格分析 は需給均衡を原理とするものの,リスク回避的な需要者が不確実性を受容す る際に対価(以下,⽛不確実性の対価⽜)11)を市場に要求することを想定しな いからである。

保険料の⚓区分のうち,事業費対応保険料は一般消費財と見なして伝統的 ミクロ経済学の価格分析を適用することが可能である。しかしながら,安全 割増については同価格分析の適用が困難である。その理由は単純であり,伝 統的ミクロ経済学の価格分析では,保険者が保険収支の不確実性を受容する 立場から見ると,安全割増保険料はリスク回避的な保険者が保険収支の不確実 性を受容する際に市場に求める対価であり,金融商品のプライシングにおける リスク・プレミアム(risk premium)に相当する。

10) 本稿では,付加保険料から安全割増を控除したものと定義する。保険義務の 履行に直接関係のある費用と直接関係のない費用とで構成される。利潤又は目 標利益を含む。

11) リスク資産の投資収益の不確実性を引受ける対価として無リスク資産の期待 収益率に上乗せして市場に要求する超過期待収益率。現代投資理論の価格分析 では,リスク・プレミアムと表現するのが一般的であるが,保険用語のリス ク・プレミアムは危険保険料を意味するので,混乱を避けるために本稿では

⽛不確実性の対価⽜と表現する。

(5)

際に要求する対価(安全割増)を計算することができないからである。

⑵ 資本資産価格モデル

資本資産価格モデル12)は,相対的に新しいミクロ経済学のプライシング・

セオリーであり,伝統的ミクロ経済学の消費者理論における予算制約と効用 最大化の原理を応用・発展させた価格決定モデルと言える。資本資産価格モ デルの新しいところは,需要者の不確実性に対するリスク回避行動を効用関 数と見て不確実性の対価(超過期待収益率)を算出する点にある。この点に おいて,資本資産価格モデルは伝統的ミクロ経済学の価格分析が抱えていた 課題の一部を克服したと見ることができる。ただし,この価格モデルを保険 の価格決定に利用するためには次に示す別の課題の克服に取組む必要がある。

資本資産価格モデルは,投資証券のリスクを市場連動リスクと市場非連動 リスク(残差項)の合計と考えて,後者を均衡理論と大数の強法則13)で完全 に消去してゼロと見なすことによって,前者だけで全ての証券の価格を決定 できると主張する14)。仮に,保険の完全市場が成立しており,保険のリスク を市場連動リスクと市場非連動リスクの合計と考えることが可能であったと しても,保険は後者を大数の強法則で完全に消去することに賛同しない。理 由は二つある。まずもって,市場非連動リスクゼロは仮想の世界の話である。

加えて,保険の価格決定は支払余力・支払能力形成や破綻回避を重視すべき 立場にある。また,そもそも保険の完全市場は存在しない。したがって,保 険のリスクを市場連動リスクと市場非連動リスクの合計と考えることは合理

12) 資本資産価格モデル(Capital Asset Pricing Model)は,現代投資理論の代 表的な成果のひとつである。価格決定は完全市場(Perfect Market)が条件と なる。

13) 大数の強法則と大数の弱法則の異同については後述する。

14) この主張の反証を目的とする研究が行動ファイナンス等の分野で多く存在す る。しかしながら,現下のところ,資本資産価格モデルのアノマリー(理論か らの乖離)を証明する統一的な理論は存在しない。

(6)

的ではない。典型的な生命保険の実務では,平均・分散分析15)等を用いて不 確実性の対価(安全割増)を計算し,残差リスクは消去するのではなく,通 常予測を超える危険等と関係づけて更なる破綻回避の在り方(安全割増の上 乗せや消滅時配当の方針等)を模索することが求められる。

⑶ 裁定価格理論

裁定価格理論16)は,より新しいミクロ経済学の価格決定原理である。裁定 価格理論は,資本資産価格モデルが抱える課題の克服を意識して考案された。

資本資産価格モデルは,市場に連動する⚑つのファクター(マーケット・ポ ートフォリオ)とそのファクターに対する感応度(ベータ値)とで全ての証 券の価格を説明できると主張するものの,実証結果が芳しくないという課題 を抱えていた。その課題の克服を意識して,⚑つではなく複数のファクター と感応度を合成して価格の説明力を高める裁定価格理論が考案されたのであ る。

裁定価格理論は,価格収束のメカニズムを均衡から裁定に置き換えている。

裁定機会とは,無リスクで確実に収益を得ることのできる機会を指す。また,

利用可能な情報は瞬時かつ完璧に相場に織り込まれ,価格は裁定機会の消滅 点に向けて収束するという強い仮定が置かれる17)。なお,裁定価格理論は多

15) 平均・分散分析は,過去のデータから投資収益の尺度としての平均とリスク の尺度としての分散とを抽出して,危険資産の相対価格や最適資産配分の解な どを求める分析手法である。

16) 裁定価格理論(Arbitrage Pricing Theory)は,現下の金融の価格理論研究 の主流を成す。この理論の延長線上にはブラック=ショールズ・モデル(Black

= Scholes Model)がある。価格決定は完備市場(Complete Market)が条件 となる。

17) この仮定は,ユージン・ファーマ(Fama, E. F.)が唱えた効率的市場仮説

(Efficient-Market Hypothesis)が前提となる。効率的市場仮説によると,将 来の株価の値動きは過去の株価の値動きとは関係なくランダムであり株価の予 測は不可能となる。しかしながら,効率的市場仮説の科学的な証明は完了して おらず仮説のままである。

(7)

様なリスク選好を持つ投資家の存在を想定するものの,その多様性は瞬時の 価格収束で姿を捉えることができず,例えば市場の非完備を理由に裁定が不 調に終わった場合に如何なる情報が市場に残るかを想像することができない。

裁定価格理論は投資証券のリスクをファクター連動リスクとファクター非連 動リスク(残差項)の合計と考えて,後者を裁定原理と大数の強法則で消去 してゼロと見なすことによって価格を決定する理論である。一方,破綻回避 を重視すべき立場にある保険の価格決定は,先述のとおり非連動リスクの消 去には慎重であることが求められる。なお,裁定価格理論の一部には,保険 などの非完備市場における価格決定にも適用可能性のある応用的な理論が存 在する18)。しかしながら,それらの応用的な裁定理論も価格収束の過程で大 数の強法則を用いて残差リスクを消去する点は基本的に同じである。

⚔. 保険の価格決定原理の基礎と理論的な裏付け

この節では,保険の価格決定原理の典型例として,標準生命表19)の決定原理 を概観しつつ,肝心なところは経験と勘に頼っている,金融の価格決定原理 のような理論的な裏付けが十分には備わっていない,という批判が妥当なも のか否かを検証する。

⑴ 粗保険料

粗保険料とは,等価原則で算出する保険金期待値の最良推計である。過去 の支払実績データから多くの標本を集め,必要な補整を加えて推計した将来 の発生率である。⽛生保標準生命表2007⽜は,生命保険会社32社から集めた 18) 非完備市場の価格理論の代表格は,リスク中立法(Risk Neutral Method)

である。後述するエッシャー原理およびワン原理やプライシング・カーネル

(Pricing Kernel),最小分散(Minimum Variance)測度などはリスク中立法の 価格決定原理に相当する。

19) 標準生命表は,内閣総理大臣からの委託を受けて日本アクチュアリー会が作 成する(保険業法第122条の⚒第⚒項第⚓号,同法第116条第⚒項(同法第199 条により準用される場合を含む))。

(8)

保険契約の死亡実績を標本として死亡保険用の粗死亡率を計算する。標本の 経過契約件数は約⚑億件に至る。この標本の量とリスクの均質性はリスク・

プーリング効果の礎となる。ただし,標準生命表の標本の量と保険料を算出 する個社の保険契約の量とは当然に一致しない。同様に,標準生命表の標本 のリスクの均質性と個社の保険契約のリスクの均質性とは当然に一致しない。

つまり,両者のリスク・プーリング効果は一致しない。この点については,

個社が安全割増の水準を決める際に考慮する必要がある。

標本には,截断と補整が施される。截断とは,選択効果を排除するために,

契約初年度から第⚕年度までの一定期間を標本データから除外する標本加工 である。補整とは,信頼性理論20)に基づく標本加工であり,截断により経過 契約件数が少なくなり標本データの信頼性が十分とは言えなくなった年齢

(男性⚗歳以下,女性12歳以下)について,粗死亡率を国民表(簡易生命表 の平成14~16年の平均)の死亡率に置き換える。

粗保険料の決定原理には,上述のとおりの数学的な裏付けは備わっている ものの,経済学的な裏付けが備わっているとは言い難い。粗保険料率は,保 険契約が経験した保険事故の発生率の平均値に統計処理を施して求めた将来 の発生率の推計値であり,この推計値は変数ではなく定数であるため,経済 学の価格収束メカニズムに当てはめても均衡や裁定は生じない。

⑵ 安全割増

安全割増は粗保険料に上乗せする保険料である。金融ミクロ経済学の立場 から定義すると,保険の安全割増とは保険者が保険収支の不確実性を引受け る際にその対価として保険金の期待値(粗保険料)に上乗せして市場に要求 する不確実性の対価である。

20) 信頼性理論(Credibility Theory)は,小規模集団等で標本データが不足す る場合の保険料率算定上の必要から生まれた。標本統計の正確さ(真の値を反 映するという意味での正確さ)に対する信頼の度合いに応じて一定の補整を行 う。損保数理においては重要かつ基本的な技術である。

(9)

保険の安全割増の価格決定原理としては簡便なものが普及している。最も 広く用いられるのは保険金の期待値の一定割合を上乗せする⽛期待値原理⽜

と呼ばれるものである。保険料の等価式を変形して,

􀁐􀁐 􀀽􀀽

(1

􀀫􀀫 􀁡􀁡

)

í 􀁚􀁚

とし たときの

􀁡􀁡

の部分が安全割増となる。ただし,この原理は安全割増とリス ク量との間に数学的な関係付けがない。この点を補うのが,⽛標準偏差原理⽜

であり,⽛生保標準生命表 2007⽜はこの⽛標準偏差原理⽜を使用している。

上述の等価式をさらに変形して

􀁐􀁐 􀀽􀀽

(1

􀀫􀀫

2ç)

í 􀁚􀁚としたときの 2 ç

の部分が 標準生命表の安全割増である21)。この原理には標準偏差(ç)というリスク量 が登場するので,安全割増とリスク量との関係は明瞭になる22)。正規分布を 仮定すると,2çの安全割増の VaR 信頼水準は95.45%となり23),⚑年定期 の死亡保険の収支が赤字となる確率を2.28%(44年に⚑回発生)程度に抑え ることが数学的に期待される24)。しかしながら,2

ç

は需要者の満足(効用)

の程度を説明していない。何故 2çが保険者および保険需要者にとって経済 学的な最適解であるかを語っていない。金融ミクロ経済学の立場から見ると,

点睛を欠いているように見える。保険の価格決定原理には経済学的な裏付け が十分には備わっていないと言う批判には一定の論拠がある。

じつは,保険料計算に用いる予定利率にも安全割増に相当する保守的な補 21) ⽛生保標準生命表2007(死亡保険用)⽜の安全割増(第⚑次補整)は,男女別 年齢別に粗死亡率の130%を上限とするため実際には 2çを下回る安全割増が 存在する。また,安全割増(第⚑次補整)の目的は,単年度のブレへの対応,

母数(会社規模)の差による違いの吸収,将来の悪化懸念の吸収とされている が,それぞれが 2çに占める割合は不明である。

22) バールマン(Bühlmann, H.)は,保険会社の破綻確率が一定水準以下とな るための初期資本と保険料水準についての考察から,標準偏差または分散を用 いた安全割増の決定原理が導かれるとしている。

23) VaR(Value at Risk)は予想最大損失額や破綻確率の統計指標である。1993 年発表の第⚒次 BIS 規制案において金融機関の市場リスク管理手法として推 奨された。わが国では金融検査マニュアルのリスク分析手法の確立に例示され たことを契機に急速に普及した。

24) 標準責任準備金は,死亡実績が粗死亡率と同率であった場合,毎期末の洗替 によって支払余力や消滅時配当等に転化する可能性のある部分を内包している。

(10)

整が存在する。等価式で表すと,

􀁒􀁒 􀀽􀀽

(1

􂈒􂈒 􀁢􀁢

)

􀁒􀁒 􀁦􀁦

としたときの

􀁢􀁢

の部分が 安全割増に相当する。􀁒􀁒 􀁦􀁦は市場金利である。この等価式は⽛期待値原理⽜

であり,したがって式を見る限りでは安全割増とリスク量との間の数学的な 関係付けがない。加えて,何故

􀁢􀁢

が経済学的に最適な解であるかも明らか ではない。ところで,標準責任準備金25)の計算に使用する予定利率(以下,

⽛標準利率⽜)には安全率係数という法定の保守的な補整が施されている。た だし,保険料計算に用いる予定利率について同様の保守的な補整を施す義務 はないので,一見では安全率係数は保険料計算には影響を及ぼさないように 見える。しかしながら,標準利率と保険料計算予定利率との大幅な乖離は一 般に回避される傾向があるため26),安全率係数は保険料計算予定利率に対し て間接的に影響を及ぼすことになる。この安全率係数は法定であるが,開示 情報を見る限り何故この係数が数学的に妥当であり経済学的に最適であるか の説明は見当たらない。

医療保険の特約等には内枠方式ばかりではなく外枠方式の安全割増も多く 見られる。等価式を変形して,􀁐􀁐 􀀽􀀽

í 􀁚􀁚 􀀫􀀫 􀁣􀁣

としたときの

􀁣􀁣

の部分が外枠方 式の安全割増である。外枠方式の安全割増には通常予測を超える危険等を意 識した部分が含まれていると考えられる。ただし,その数学的な根拠や経済 学的な裏付けは開示されていない。

以上の検証結果を踏まえると,保険の価格決定原理には経済学的な裏付け 25) 保険業法第116条第⚒項の定めにより,平成⚘年⚔月⚑日以降に締結した契 約については,一部の保険種類を除いて標準責任準備金の積立てを行わなけれ ばならない。この標準責任準備金制度が導入される以前において,保険会社の 責任準備金に対する規制は主に積立方式についてであったが,制度導入以降は 積立方式と計算基礎率の両面から規制が行われることとなった。

26) 標準利率(負債の予定利率)に比べて高い予定利率を保険料計算に用いた場 合,販売促進上は好ましい低料が実現するものの,責任準備金に対応した積立 の負担額に対して営業保険料が不足する事態が保険期間の途中に発生するとい う問題が生じるため,両者の大幅な乖離は回避するのが一般的である。ちなみ に,営業保険料の不足規模が大きい場合,他の商品区分の剰余や会社勘定の内 部留保で立て替える必要が内部的には生じていることになる。

(11)

が十分には備わっておらず肝心なところは経験と勘に頼っているのではない かと言う批判には一定の論拠が認められる。

⚕. 保険の価格決定原理の特徴

この節では,金融の価格決定原理には見られない保険の価格決定原理の際 立った特徴の整理を通じて,金融の価格決定原理を用いた保険プライシング では保険実務での使用に耐える安全割増算定は困難であることを確認する。

⑴ トレンドの考慮

生保標準生命表では,死亡率のトレンドを見込んだ粗死亡率の補整が行わ れている。一方,金融は,ランダム・ウォーク或はマルチンゲールを前提と して価格を決定するため27),トレンドを見込んだ補整が行われることはあり 得ない。このようにトレンドの存在を完全に否定する金融の価格決定は,破 綻回避を重視する保険の安全割増の価格決定には不向きである。

⑵ 負債および支払余力の起点

長期保険の価格には負債または支払余力の原資となる部分が含まれている。

保険料を起点とした負債または支払余力が一旦形成されると,それらに対応 する資産の運用や ALM,破綻回避などについて,保険料を決めた保険会社 には一定の責務が生じる。一方,株式等の金融資産の価格取引は一般に超短 期に完結する約束であるため,価格には負債または支払余力の原資となる部 分が含まれていない。金融資産の価格取引では,投資家の自己責任原則が徹 底されている。

27) 確率過程がマルチンゲールであれば,将来予測は不可能であり,予測可能な トレンドは存在しないことになる。マルチンゲールは確率過程の性質のひとつ であり,過去の情報から算出した期待値と未来の期待値とが同一になる性質で ある。ちなみに,一定条件下(ドリフトなし)のランダム・ウォークは,マル チンゲールと同値となる。

(12)

⑶ 曖昧さの許容

株式等の売買価格は一意に決まる必要がある。価格は一意であるため,売 買時点でコストは確定する。金融では,このような実用上の要請に見事に応 える強い価格決定原理が求められる。ただし,強い価格決定原理であるため に,大数の強法則や完備市場などと言った半ば現実離れした前提条件を甘受 する必要がある。

金融の強い価格決定原理とは対照的に,保険の価格決定原理には曖昧さの 許容が求められる。粗保険料は統計的事実に基づいて一意に決めることが可 能であるが,安全割増保険料は統計的事実を把握しただけでは決まらない。

また,保険のコストは販売時点(入口)では確定しない。出口精算には,入 口で保険金の期待値と同額を徴収して出口で過不足を調整する方法と,入口 で保険金の期待値より多めに預かり出口で余剰があれば消滅時配当などの手 段で一部を返戻する方法とがある。保険は後者であることが求められる。前 者では保険料を起点とした支払余力・支払能力の形成過程を長期に計画でき ず,常に破綻リスクの高い状態で保険会社を運営することになるからである。

⑷ 主観的判断の受容

入口で多めに預かる保険料の多めの分が安全割増である。保険は完全競争 市場ではないため,安全割増(不確実性の対価)の価格決定を見えざる手に 託すことができない。したがって,保険者は,主観的判断であることは承知 のうえで自らが安全割増を決定する。そうしなければ,保険料から始まる支 払余力・支払能力の形成過程は起動しない。一方,金融の市場価格は,見え ざる手に導かれるため,主観的判断を挿入する余地がない。主観的判断を挿 入する余地のない金融の価格決定原理は,保険の価格決定には不向きである。

ただし,後述のエッシャー原理やワン原理は,金融の価格決定原理と一定の 関わりを持つ原理でありながら,例えば保険者のリスク回避度(主観的判 断)を効用関数と捉えて安全割増価格に反映する道を開こうとしている。

(13)

⑸ 不確実性の対価の平準化

保険会社の存続を脅かすリスクの中で最大級のものは,生命保険では下方 硬直性のある予定利率28)と市場の金利変動との不整合であり,損害保険では 巨大災害周期の不確実性である。生命保険契約の多くは,契約全期間に平準 化した保険料を使用する。そして,その平準化した保険料は多くの場合長期 にロックインされる。対照的に,保険料の割引に用いた無リスク資産の利率 および資産運用の成果は市場に翻弄される。両者の不整合に起因するリスク は深刻かつ巨大であり,しばしば生命保険破綻の根本原因となる。ロックイ ンとは,契約期間中に逆ざやが発生した場合であっても保険料の基礎率は変 更しないことを保険契約者に約束する行為と言える。この行為は生命保険会 社の存続を脅かす最大級のリスクであるため,これに見合う不確実性の対価

(安全割増)を平準保険料に上乗せして,長期に支払余力・支払能力の形成 を計画する必要が生じる。一方,短期の損害保険の基礎率はロックインされ ない。したがって,逆ざやを抱える蓋然性が低い。しかしながら,短期保険 であっても巨大災害等発生時の破綻リスクには計画的に備える必要がある。

破綻に至らずとも,巨大災害等が発生した直後にクレームコストが著増して 保険料が高騰すると,高過ぎで保険を買えなくなってしまった消費者の補償 効用を損なうことになる。これを防ぐためには,短期保険においても長期観 察に基づく巨大災害リスクに見合う不確実性の対価(安全割増)を平準的に 保険料に上乗せする必要が生じる。ところが,この巨大災害リスクの評価に ついて,法定されているのは火災保険の追加責任準備金の計算方法のみであ り29),安全割増の計算方法は保険者に任されている。

他方,金融の価格決定原理を用いた保険プライシングでは,予定利率ロッ 28) ロックインされた予定利率ばかりでなく,最低保証のある利率変動型保険に

ついても下方硬直性が認められる。

29) 火災保険の追加責任準備金の積立額を算出するための大規模自然災害ファン ドの計算は,工学的事故発生モデル(それがない場合は理論分布的事故発生モ デル)により,保険の目的の属性,保険金支払条件別に合理的に推計しうる数 のデータを用いて推計する(平成10年大蔵省告示第232号)。

(14)

クインのリスクや巨大災害のリスクに対処するための不確実性の対価を算定 する必要がない。金融商品の価格取引は超短期に完結する約束であるため,

取引仲介者の長期の支払余力・支払能力が問われることはない。

⑹ 法規制

金融の市場価格決定は個別の認可を必要としない。一方,保険の価格決定 は商品毎の認可を原則とする。金融の不確実性の対価(超過期待収益率)は 投資家の需給を反映して市場が決定する。一方,保険の不確実性の対価(安 全割増)は法規制の下で保険者が決定する。

① 料率⚓原則と価格決定原理

保険料は算出方法書30)に基づいて計算する。算出方法書の認可・変更の審 査基準には⚓原則(合理的,妥当,不当に差別的でない)がある31), 32)。算出 方法書の審査は,従来は営業保険料全体を対象としていたが,平成18年⚒月 の保険業法施行規則改正により付加保険料部分の審査は不要となり,保険経 営が自己責任において決定することとなった33)。現下の⚒区分保険料におい て安全割増の多くは付加保険料に含まれている。付加保険料に競争原理が導 入されて市場の効率性が改善するのは望ましいことであるが,安全割増の多 30) 正しい名称は⽛保険料及び責任準備金の算出方法書⽜。保険業の免許申請基 礎書類のひとつである。保険会社は,主務官庁の認可を受けた算出方法書に記 載された方法に基づいて保険料を計算しなければならない(保険業法第⚔条第

⚒項第⚔号)。

31) 保険業法第⚕条第⚑項第⚔号は,料率⚓原則の他に,その他内閣府令で定め る基準として,自動車保険の料率細分化に使用できるリスク指標等を定めてい る。

32) 損害保険の参考純率および基準料率にも,合理的,妥当,不当に差別的でな い,の⚓原則がある(損害保険料率算出団体に関する法律第⚘条)。また,損 害保険料率算出団体に関する内閣府令第⚕条には,料率⚓原則の適合要件につ いてより詳しい記述がある。

33) 付加保険料の自由化に伴い,保険会社は,付加保険料のうち,新契約関連の イニシャル・コストの回収状況やランニング・コストの充足状況等について,

料率⚓原則に照らした主務官庁の事後的なモニタリングを受けることとなった。

(15)

くは監督行政による事前チェックが不要とされている点には留意を要する。

数理概要書34)は,商品の認可を申請する際に他の書類と一緒に提出する書 類である。法令に基づく提出書類ではないものの監督指針により生命保険お よび損害保険(長期第三分野)の認可申請に不可欠の書類となっている。た だし,標本データの一連の補整・加工のどの部分を安全割増と見なして申告 するかはある程度は保険者の裁量に委ねられているものと推測される。監督 行政が安全割増の総額と実態を正しく把握してその適切性を審査するために は,安全割増の表記や申告のルールを洗い直す必要があるように思われる。

料率⚓原則は,粗保険料の審査基準としては有益であろう。しかし,安全 割増の審査基準としても有益と言えるであろうか。安全割増の定義は曖昧で あり,開示のルールは明確でない。加えて監督行政がその総額を精緻に把握 するための法規制が十分に整っているとは言い難い。また,安全割増の適合 性を長期の支払余力・支払能力形成と関係づけて包括的に検証することを可 能にする信頼できる理論やモデルは未だ出現していない。

② 標準責任準備金と保険の価格

標準責任準備金の計算には,標準死亡率と標準利率の使用が義務付けられ ている。しかしながら,これらの率を保険料計算に使用する義務はない。保 険料については市場競争にある程度は任せて必要に応じて適切に監視すると いうのが監督行政の基本姿勢である。監督行政は,市場効率を改善するため の価格競争と競争の結果として生じる破綻の社会的コストとのバランスを意 識している35)。標準死亡率と標準利率の決め方や変更のルールは,平成⚘年 34) 正しい名称は⽛数理事項についての概要書⽜。数理概要書は,算出方法書に 基づいて商品ごとの保険料等の計算基礎の詳細を定めたものであり,生命保険 商品は認可申請の際に必ず,損害保険商品は長期第三分野商品に限り提出を求 められる(長期第三分野商品以外の損害保険商品は⽛算出の基礎⽜という書類 の提出を求められる)。数理概要書は,算出方法書と同様に料率⚓原則によっ て適合性を審査されると解される。

35) 英国の保険監督者である FSA (Financial Services Authority) は “A New Regulatory for The New Millennium” の中で,⽛FSA の制度は,破綻ゼロを目 的とするものではない。つまり,規制の目的は,市場効率を改善するための競

(16)

大蔵省告示第48号に次の定めがある。標準死亡率は⽛生保標準生命表⽜を使 用する。標準利率は同告示に定める国債利回りを基準として安全率係数に基 づく保守的な補整を行う。規制の対象は長期保険契約に限定されている36)

保険負債の債権者は一般に脆弱であり,債権者による経営の規律が働きに くい。その規律が働きにくいところを,保険契約者等保護の視点から補完す るのが標準責任準備金および安全率係数の役割である37)

わが国では近年,金利低下傾向が長期に続いたため,既契約の予定利率と 市中金利との間の望ましい大小関係は実現しにくい環境にある。それでも,

予定利率と資産運用利回りとの間の望ましい大小関係が維持できている間は 問題が顕在化しない。懸念すべきはマイナス金利の長期化であろう。マイナ ス金利が長期化すれば,後者の望ましい大小関係の維持も困難になる。わが 国の生命保険破綻の主因を価格決定の視点から整理すると,予定利率の下方 硬直性に起因するリスクの大きさを正しく認識せず,予定利率の保守的な補 整や市場金利変動に対する免疫化等を十分には行わないまま,予定利率の引 上げ競争や団体年金等の拡販競争に臨んだこと。利差損は危険差益と費差益 で埋め合わせ足りない場合は内部留保を取崩すという対症療法が常態化し,

安全割増を起点とした長期の計画的な内部留保形成を行わなかったこと。ま た,仮にそれを行い得たとしても,内部留保形成の撹乱要因である資産運用 リスクを取り過ぎていて,当該計画の達成は株式や不動産,外国為替等の相 場次第であったことと整理できる。超低金利が長期化してマイナス金利に移 行した現在,わが国の生命保険の商品・価格政策と資産運用とは再び重大な 争の必要性と競争の結果として生じる破綻のコストとのバランスを取ることで あり,破綻の社会的影響を必要最小限にとどめることである。⽜と表明している。

36) 標準責任準備金の対象は長期保険契約であるため,長期契約の多い生命保険 では多くの商品が標準責任準備金の対象となるのに対して,短期契約の多い損 害保険では多くの商品が対象外となる。ただし,損害保険商品であっても,長 期の保険契約であれば標準責任準備金を積立てる必要がある。詳しい定めは保 険業法施行規則第68条にある。

37) 標準責任準備金制度導入の翌年に,わが国の生命保険業界は戦後初の経営破 綻を経験した。さらに,その後わずか⚔年の間に⚖社が経営破綻した。

(17)

局面を迎える。商品・価格政策で失ったものの挽回を期して資産運用で過大 なリスクを取ること,また過大なリスクテイクを肯定するために保険には適 さない実証研究結果を安易に参照することには慎重な態度が求められる。

③ 安全割増と保険監督

破綻リスクと安全割増とはトレードオフの関係にある。保険需要者にとっ て破綻リスクは小さいほど望ましい。しかしながら,保険会社が破綻リスク ゼロを実現するための安全割増の理論値は無限大となり,そのコストを保険 契約者へ転嫁することは不可能となる。また,保険需要者にとって安全割増 の負担は少ないほど望ましい。ところが,保険会社が安全割増をゼロに引下 げて保険料を保険金期待値と同額とした場合,長期の保険収支は理論的には 確率⚑で破綻する。破綻リスク抑制と価格競争優位のバランスを如何に調整 するかは現下の保険監督の主要な課題のひとつである。

⚖.価格決定原理の数学的根拠 -大数の強法則と大数の弱法則-

保険と金融の価格決定は共通の数学的手法のうえに展開される。両者はと もに,過去のデータから標本を抽出し補整を加えて求めた確率分布あるいは 確率過程について,大数の法則が働くと仮定して価格を求める。

大数の法則は二つに分類することができる。大数の強法則(Strong Law of Large Numbers)と大数の弱法則(Weak Law of Large Numbers)である。

価格決定の準備段階において,過去のデータを多く集めて確率分布を把握し 平均と分散を計測するところまでは,金融も保険も同様に弱法則を使用する。

しかしながら,肝心の価格決定の最終段階になると,金融は強法則を,保険 は弱法則を用いる。

⑴ 大数の強法則

金融の価格決定では,需給を例外なく均衡点または収束点に導くことので きる強い価格決定原理が求められる。そのために,金融の価格決定は,大数

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の強法則を用いて標本分散の一部(残差項)を完全に消去する38)。一方,保 険の価格決定は,破綻回避に関心を払うため標本分散の一部消去には慎重で ある。

大数の強法則が成り立つ条件下で,標本数と試行数を増やし続けると,行 き着く先は分散の消滅であり標本平均と母集団平均(真の平均)との完全一 致である。この完全一致点において,正規分布の釣鐘型は上方向に無限に釣 り上げられた結果⚑本の垂直線となる(概収束する)。つまり,リスクのプ ーリング効果は完全一致点において極大となる。

大数の強法則が成り立つ条件は厳しい。母集団から無作為抽出された一つ ひとつの標本は相互に独立39)かつ母集団と同じ分布40)であることが求められ る。ただし,このような厳しい条件は,大数の法則が数学的確率41)の研究か ら生まれたことに由来するものであり,その後の研究により相対的に緩い条 件においても強法則の成り立つことが主張されている42)

38) 大数の強法則による標本分散の消去は,現代投資理論においては残差リスク が対象となる。強法則によって残差リスクが完全に消滅することで,個別証券 の不確実性の対価(超過期待収益率)は市場連動のベータ値やファクター・プ レミアムの合成等に集約することが可能となる。

39) 確率論において相互に独立 (independent) とは,事象Aと事象Bとがとも に成立する確率が,事象Aの確率と事象Bの確率の積で計算できることを言う。

確率変数が一定の条件(多次元正規分布)に従うとき,相互に独立なものは相 互に無相関(共分散はゼロ)である。ただし,独立は無相関よりも厳しい条件 であり,無相関であっても独立でないものは存在する(富士山型の無相関は独 立であるが,ドーナツ型の無相関は独立でない)。

40) 確率論において分布が同じ (identically distributed) とは,事象Aと事象B の確率分布の形状が一致していることであり,正規分布であれば平均と分散が 一致する。

41) 確率論は,古典的な数学的確率(mathematical probability)に始まり,そ の後に統計的確率 (statistical probability) に発展した。数学的確率では,全て の場合の数の発生確率は先験的 (a priori) に同じであると仮定して事象の確率 を求める。一方,統計的確率では,各々の場合の数の発生確率は同じとは限ら ないと考えて,過去のデータから統計的な事実を求める。

42) 標本が相互に独立であれば同じ分布である必要はない。また,分散が存在し

(19)

⑵ 大数の弱法則

保険商品の価格は契約期間中の保険収支の不確実性を考慮して慎重に決定 される。それゆえに,標準死亡率は平均・分散分析等を用いて不確実性の対 価(安全割増)を計算し,残差のリスクは大数の強法則で消去するのではな く,個社において通常予測を超える危険等と関係づけて更なる破綻回避の在 り方を模索する。

大数の弱法則が成り立つ条件下で,観測する標本数と試行数を増やし続け ると,平均値はまわりに分散を残した状態で真の平均に概ね近づく43)(確率 収束する)。厳密さに欠けることは承知のうえで,強法則と弱法則の違いを 分かり易く言うならば,強法則は一定の条件下において標本数と試行数を無 限大に固定した場合の標本分布の到達点を表現しているのに対して,弱法則 は標本数と試行数が無限大に向けて増加する過程の標本分布の振舞いを表現 している。

大数の弱法則が成立つためには,独立同一分布が必要であると記された文 献をしばしば目にする。ただし上述のとおり,このような厳しい条件は,大 数の法則が数学的確率の研究から生まれたことに由来するものであり,その 後の研究により大数の強法則同様,相対的に緩い条件でも弱法則の成り立つ ことが主張されている44)

有限であれば大数の強法則は成り立つという主張が存在する。ちなみに,有限 の分散を持たないコーシー分布は,標本数を極限まで増やしても真の平均と完 全一致(概収束)しない。また,ファット・テール型の分布は,分散の存在を 仮定できないため,大数の法則や中心極限定理をそのまま使用することはでき ない。

43) 真の平均の近くに収束せず発散する例がコンピューター・シミュレーション 等において確認されている。原因は特定されていない。ただし,コンピュータ ーで発生させる乱数は疑似乱数であり,厳密な意味での乱数とは言えない。

44) 標本が相互に独立であれば,分布は同じである必要はなく,一様有界であれ ば大数の弱法則は成り立つ。また,分布が同じであれば,相互独立の条件は弱 められるという主張が存在する。

(20)

⑶ 中心極限定理

標準死亡率の安全割増を大数の弱法則だけで決めることはできない。中心 極限定理の援けが必要である。中心極限定理は,大数の弱法則下における標 本分布の形状を表現している。弱法則下において標本数と試行数を増やし続 けると,中心極限定理により各試行の標本平均と母集団平均との誤差の和は 正規分布に近づく(法則収束する)。標準生命表の安全割増は,中心極限定 理に基づいて標本が正規分布に従うと仮定して計算する。

⚗.価格決定原理の経済学的根拠 -不確実性と対価

⑴ 金融商品の不確実性と対価(超過期待収益率)

現代投資理論は,リスク回避的な投資家が不確実性を受容する際には代償 を求めると考える。つまり,リスクの高い証券を購入する投資家は,その高 いリスク負担に見合う高い期待投資利回りを市場に要求する。反対に,リス クの低い証券を購入する投資家は,リスクが低いことの代償として低い期待 投資利回りを甘受する。こうして市場ではハイリスク・ハイリターン原則が 成立する。このため,投資家は平均的にはリスク回避型の効用関数を持ち限 界効用は逓減するという期待効用理論の仮定が置かれる45)

資本資産価格モデルにおけるベータ値は,上述のハイリスク・ハイリター ン原則が成立している市場で計測した個別証券の不確実性の対価の指標であ る。ベータ値は,市場全体の不確実性を⚑としたときの個別証券の不確実性 の大きさを表現している。個別証券の不確実性とベータ値とは連続した関数 という関係にあるため,ベータ値さえ分かれば,不確実性の程度の異なる全 ての証券の価格を決定することができる。

45) 行動ファイナンス理論は,実際の人間は,期待効用理論の仮定に反する行動 をとることがあるという立場から,同理論の再検討を行う。ただし,残念なが ら,期待効用理論に置き換わるほどの一般性のある理論はまだ生まれていない。

(21)

⑵ 保険商品の不確実性と対価(安全割増)

保険商品の不確実性と安全割増の関係について,金融商品の不確実性とベ ータ値のような連続した関数を想定できるであろうか。また,仮に連続した 関数を想定できる場合,その関数を使って保険の安全割増の価格を決定する ことは可能であろうか。

まずは,前者の問いに対する答えを確認しよう。保険収支の不確実性と安 全割増との間には,先述の標準生命表の死亡率算定に見られたような破綻リ スクと 2

ç

との間の連続した関数が存在し得る。続いて,後者の問いに対す る答えを検討しよう。結論から言えば,その関数を使って安全割増の価格を 決定することは可能である。事実,標準生命表は破綻リスクと 2

ç

の連続し た関係を用いて安全割増を算定する。両者は連続した関係であるため,例え ば無配当保険について,安全割増を 2

ç

から 1

ç

に引下げた場合,引下げ後 の破綻リスクは安全割増の引下げに連動して変化する。しかしながら,保険 会社は商品毎の破綻リスクを区分管理しておらず会社全体で合同管理してお り,両者の破綻リスクの違いが開示されることはない。仮想の話であるが,

両者の破綻リスクの違いを商品毎に区分管理・開示したうえで情報を完全に 行き渡らせ,商品選択は保険需要者の自己責任に委ねる市場が将来に実現し たとしよう。こうした市場では安全割増が高くそれゆえに破綻リスクの小さ い商品を好むリスク回避傾向の強い需要者と,反対に破綻リスクは相対的に 大きいもののその代わりに安全割増が安い商品を好むリスク回避傾向の弱い 需要者とが現れる。保険者は保険需要者のリスク回避度(効用関数)の多様 性を踏まえて

ç

の異なる商品の品揃えを考えることになる。なお,予定利率 の保守的な補整についても同様に保険需要者のリスク回避度の多様性を踏ま えた品揃えを考えることができる。

言うまでもないことであるが,現在はこのような市場は存在しない。また,

保険需要者に自己責任を問えるほどの優れた区分管理の手法は存在しない。

支払余力・支払能力は保険会社全体で合同管理・開示されるため,保険需要 者は保険料に含まれている安全割増の水準や妥当性を意識することがない。

(22)

保険者が数学的根拠と経験に頼って商品別に算定した安全割増の転嫁を素直 に受け入れるだけである。

保険の合同管理には安全割増算定上の利点がある。主な利点のひとつ目は,

同質性の高いリスクについて共同プールによる安全割増のディスカウントが 可能となる点である。二つ目は,相関係数がゼロ又は負値の複数のリスクに ついてポートフォリオ理論上のリスク分散効果による安全割増のディスカウ ントが期待できる点である。一方,課題もある。主な課題のひとつ目は,保 険需要者の安全割増負担について支払余力・支払能力貢献度という視点での 公平性が担保されているとは言い難い点である。二つ目は,合同管理下で行 っている支払余力形成や破綻リスク抑制が,保険需要者のリスク回避傾向の 強弱(効用関数)をどの程度反映しているかについて検証することが難しい 点である。合同管理の利点は維持しつつ課題に対処できる改良の検討が望ま れる。

保険の価格決定の実務において,等価原則と効用関数の併用はこれまでの ところ実現していない。粗保険料率は,保険需要者の効用(満足)とは直接 関係のない保険事故の発生率そのものであり,真の事故発生率に近づけるこ とが重視されてしかるべきであろう。しかしながら,安全割増の価格決定に ついては,効用関数の併用を検討する余地がある。

⚘.効用関数を用いた保険プライシングの試み,その意義と課題

⑴ 効用関数を用いた保険プライシングの試み

エッシャー原理とワン原理は,保険の研究者から生まれた価格決定原理で ありながら,金融ミクロ経済学あるいはファイナンス理論との関わりを持つ。

これらの原理の興味深いところは,非完備の保険市場において,効用関数を 考慮した保険の価格決定ができる可能性を秘めている点にある。いずれの原 理も,ある数学的手法46)を用いて,効用関数をパラメ―タ化することによっ 46) ある数学的手法とは,確率測度変換(distorted probability)を指す。確率 測度変換を用いると,たとえば,期待収益値がマイナス値である宝くじに正の

(23)

て,保険需要者あるいは保険者のリスク選好に応じた保険料を理論的に決め ることができる。これらの原理を使えば,たとえばリスク回避的な保険者の 将来見通しや死亡率の改善傾向(トレンドリスク)等を安全割増の水準に反 映することが技術的には可能となる。

裁定価格理論の数学的操作の基礎となっている価格決定原理をリスク中立 価格法47)と言う。エッシャー原理とワン原理は,リスク中立価格法を非完備 市場に応用する試みの例と言える。リスク中立価格法は,完備市場が絶対条 件ではないため,非完備市場である保険などの価格決定に応用できる可能性 を秘めている。

エッシャー原理では,保険の不確実性の対価(安全割増)はリスク回避度 の関数として表現される。保険の実務で普及している期待値原理とエッシャ ー原理とを比べて,後者が優れている点のうち主なものは,例えば正規分布 が仮定できず平均・分散分析と VaR 信頼水準が使えない場合であっても,

安全割増とリスクとの間に連続した関数を想定し得ること,保険者等のリス ク回避度に応じた安全割増を一意に決めることができることの⚒点である。

一方,エッシャー原理の保険実務への適用に向けた主な課題は,安全割増と リスク回避度との関係を指数型関数としていることについて加法性という数 学的な利点はあるものの経済学的な理論付けが十分に備わっているとは言い 難く,指数型効用関数が保険者または保険需要者のリスク回避度の強弱をど の程度反映しているかが分かりにくいこと,指数型関数はファット・テール 型のリスクの対処には向かないことの⚒点である。ワン原理を用いると,リ 価格がつくという一見では不合理と思える現象について,心理的な確率の歪み

(自分だけは勝てるのではないかという思い込み)を計測することによって合 理的に説明することができる。

47) リスク中立価格法(Risk Neutral Pricing)はデリバティブ等の金融派生商品 のプライシング手法として知られる。原資産(および安全資産)の市場価格の 動きから市場参加者の効用関数を抽出し,リスク中立的な市場参加者の効用関 数との比較からリスク・プレミアム(不確実性の対価)を導く。ただし,リス ク中立価格法は平均のみを考慮し分散を考慮しない。平均は粗保険料の計算に は使えるが安全割増の計算には使えない点に留意が必要である。

(24)

スク回避度と不確実性の対価(安全割増)との関係を分かり易く示すことが できる。期待値原理と比べて優れている点や課題は誌面の都合で割愛するが,

主なものはエッシャー原理と類似している点が少なくない。

⑵ 効用原理を用いた保険プライシングの試みの意義と課題

等価を原理とする保険の安全割増の価格決定に経済学の効用原理を取り入 れることには,そもそもどのような意味や価値があるのであろうか。この問 いに対する否定的な回答の典型は,保険はその仕組みの複雑さから情報の非 対称性の程度は深刻であり,よって商品別の支払余力を保険需要者に開示し ても市場の見えざる手は十分には機能せず結果として需要者の最大効用を満 たすプライシングは実現しないと言った見解である。また,生命保険が破綻 した場合,契約者には責任準備金の削減,既契約の予定利率引下げ,早期解 約控除の設定等の負担が生じるが全てを失う訳ではなく,また生命保険契約 者保護機構を通じて他社の保険契約者の負担も生じるため,保険需要者から 見た保険の破綻リスクをどう評価すべきかが分かりづらいと言った見解であ る。他方,肯定的な回答の典型は,平成⚗年業法改正の競争原理導入以降,

戦後再出発した生命保険会社の約半数が名を消した現在,引き続き保険の安 全割増は保険者の主観で決めるべきものであり,保険需要者のリスク回避度 や満足(効用)の多様性を顧みる必要はないとする従来の考え方は再考され るべきである。また,支払余力(実質純資産)は大きければ望ましいという ものではなく,純資産の効率(資本の収益性)を同時に求められる。資本の 収益性追求を前提とすると,支払余力の一方的な増大を計画することはでき なくなり,結果として長期保険が抱える予定利率ロックインに起因するリス クへの対処がとくに金利低下局面等において不十分となる事態を避けること が困難になる。したがって,当該リスクの一部または全部を保険需要者のリ スク回避度の強弱(自己責任による選択)に委ねる方法を検討する必要があ ると言った見解である。

この節の締め括りに,保険需要者の多様なリスク選好を効用関数と捉えた

(25)

保険プライシングの実現に向けた主な課題を列挙する。実務的な課題は,効 用関数の計測の在り方48),保険料が支払余力・支払能力に転化する過程のモ デル化,支払余力・支払能力の潜在力を商品毎に区分管理して開示する制度 の確立等である。そして,より本質的な課題は,等価原則と効用原理の併用 を支える理論的な基礎を実証研究に先立ちあるいは並行して構築することで ある。

⚙.おわりに

現下の金融の価格決定原理を用いた保険プライシングでは,保険実務での 使用に耐える安全割増の算定は困難である。金融の市場価格は,大数の強法 則を用いて標本分散の一部を消去することで導かれる。一方,保険の価格決 定は,支払余力・支払能力形成と破綻回避に重大な関心を払うため標本分散 の一部消去には慎重である。

標準死亡率の安全割増を決める際に用いる平均・分散分析と VaR 信頼水 準は,価格決定の数学的根拠ではあるが経済学的根拠ではない。安全割増の 2

ç

は保険収支の赤字発生を44年に⚑回程度に抑えることが数学的に期待さ れるものの,保険契約者の経済学的な効用をどの程度満たすかは分からない。

長い間,保険の安全割増は等価を原理として法規制の下で保険者が算定して きた。しかしながら,戦後再出発した生命保険会社の約半数が名を消した現 在,引き続き保険の安全割増は保険者が専ら決定すべきものであり保険契約 者のリスク回避度や効用の多様性を考慮する必要はないと言い切れるであろ うか。保険者による安全割増決定に客観性を加える試みとして,また保険者 のリスク回避度の強弱に応じた安全割増決定あるいは保険契約者のリスク回 避度の強弱に応じた保険料選択の在り方を考えるために,経済学の効用原理 を保険の価格決定に利用することについて議論を深める必要がある。

学究領域における保険と金融の交信ならびに実務における生保数理と損保 数理の交信を基礎として,理論面においても確かな礎のある保険の価格決定

48) 保険の効用関数についての論考は別稿に委ねる。

(26)

原理ならびに支払余力・支払能力形成の目標に適合した安全割増決定にかか わる研究が発展することに期待したい。

(筆者は明治安田ライフプランセンター株式会社勤務)

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