保険法⚒条⚑号の⽛保険契約⽜に関する 一考察
共済理論研究を踏まえて
堀 井 拓 也
■アブストラクト
本稿は,保険法⚒条⚑号の⽛保険契約⽜の意義を再検討するものである。
結論として,保険法学説の通説的理解と同様に,保険料と保険給付の間に給 付反対給付均等原則と収支相等原則が成り立つことが保険法⚒条⚑号の⽛保 険契約⽜の⽛要素⽜であると理解する。しかし,従来の議論のように保険制 度の存在を⽛暗黙のうちに前提⽜とすること,あるいは保険法⚒条⚑号には
⽛書かれざる要件⽜があることを根拠とするものではない。保険法の条文構 造上,ある取引が適用対象となるか問題となるときには,まず保険法⚑条に いう⽛保険⽜の仕組みをとっているかを検討すべきである。また,保険法は 共済契約を適用対象としたことから,共済の本質を歴史的・社会的に捉える 立場の議論を踏まえて,⽛保険契約⽜を再検討した。伝統的な保険法学の論 理に基づく保険法のもと,共済の本質とされるその歴史的・社会的な性格は
⽛保険契約⽜の解釈に影響を与えるものではない。
■キーワード
保険契約,保険の仕組み,共済の本質
*平成27年⚖月19日の日本保険学会関東部会報告による。
/ 平成28年⚖月18日原稿受領。
⚑. はじめに
本稿は,保険法における⽛保険契約⽜の定義規定(保険法⚒条⚑号)を再 検討することを目的とするものである。平成20(2008)年制定の保険法は,
⽛保険契約⽜の定義規定を設けた。これは保険法の主要な改正点の⚑つとし て挙げられる1)。保険法立案担当者は,⽛共済契約のうち契約として実質的に 保険契約と同等の内容を有するものについては,その規律を適用すること⽜2) を目的に保険法⚒条⚑号を規定したと説明する。保険法の解説書においても,
保険法⚒条⚑号の⽛保険契約⽜の定義規定が置かれたことによって⽛保険契 約⽜と実質的に同等の⽛共済契約⽜には,保険法が適用されることになった,
と説明するのが一般的である3)。もっとも保険法⚒条⚑号は⽛いかなる名称 であるかを問わず⽜,保険法⚒条⚑号の定義規定に該当するものを⽛保険契 約⽜として保険法の適用対象としているに過ぎない。⽛保険契約⽜と⽛共済 契約⽜のみが適用対象となるわけではない。
保険法立案担当者の説明に従い,保険法⚒条⚑号の解釈として⽛共済契 約⽜のうち⽛保険契約⽜と実質的に同等のものを適用対象としたと理解する としても,そもそも⽛共済契約⽜とは何かということが問題となる。保険法 は⽛共済契約⽜を適用対象としたと解されているにもかかわらず,従来の保 険法⚒条⚑号の⽛保険契約⽜をめぐる議論4)では,⽛そもそも共済(契約)
1) 萩本修編著・保険法立案関係資料(別冊商事法務321号)⚓頁(商事法務,
2008)。
2) 萩本編著・前掲注1)⚓頁。
3) 例えば,大串淳子=日本生命保険生命保険研究会編・解説保険法25頁〔大串 淳子=畑英一郎〕(弘文堂,2008),石山卓磨編著・現代保険法〔第⚒版〕10頁
〔石山卓磨〕,36頁〔中村信男〕(成文堂,2011),甘利公人=福田弥夫・ポイン トレクチャー保険法18頁(有斐閣,2011),江頭憲治郎・商取引法〔第⚗版〕
408頁注⚒(弘文堂,2013),山下友信ほか・保険法〔第⚓版補訂版〕13頁〔洲 崎博史〕(有斐閣,2015)参照。
4) 保険法⚒条⚑号の⽛保険契約⽜の定義規定を検討する先行研究として,村田 敏一⽛保険の意義と保険契約の類型,他方との関係⽜新しい保険法の理論と実
とは何か⽜ということはほとんど議論されてこなかった。保険法学とは異な るアプローチに基づく共済の本質をめぐる議論を踏まえて⽛保険契約⽜概念 を議論する必要がないか,というのが本稿の問題意識である。
本稿は以上の問題意識のもと,保険法⚒条⚑号の⽛保険契約⽜を再検討す る。第⚒節では,保険法⚒条⚑号の⽛保険契約⽜をめぐるこれまでの議論を 概観したうえでこの条文を再検討する。第⚓節では,伝統的な保険学・保険 法学とは異なるアプローチによる共済の本質をめぐる議論を検討する。第⚔
節では,第⚒節・第⚓節を踏まえて,⽛共済契約⽜を含む概念である保険法
⚒条⚑号の⽛保険契約⽜の意義をあらためて考える。第⚕節は結びである。
⚒. 保険法⚒条⚑号の⽛保険契約⽜の検討
⑴ 保険法が⽛共済契約⽜を適用対象とした意義
保険法の制定に際しては,①保険自体を定義すべきか,②共済契約を保険 法の対象とするか,という問題が議論された5)。⽛保険⽜自体を定義するこ とは,法律の条文において⽛すべての要件を過不足なく規定することは困難 務28~31頁,34~35頁(経済法令研究会,2008),山下友信⽛保険の意義と保 険契約の類型 定額現物給付概念について⽜中西正明先生喜寿記念・保険法改 正の論点⚓頁(法律文化社,2009),後藤元⽛法律の適用・解釈における保険 概念の役割⽜保険学雑誌609号52~55頁(2010),山下友信=米山高生編・保険 法解説136~138頁〔洲崎博史〕(有斐閣,2010),肥塚肇雄⽛生命保険買取契約 と保険法⚒条⚑号にいう⽝保険契約⽞の定義規定⽜奥島孝康先生古稀記念・現 代企業法学の理論と動態第⚑巻〔下篇〕1206~1209頁(成文堂,2011),鈴木 達次⽛保険法における保険契約の概念⽜桐蔭法学18巻⚒号⚒~10頁(2012),嘉 村雄司⽛クレジット・デリバティブ取引に対する保険契約法・保険監督法の適 用可能性の検討⽜損害保険研究76巻⚒号⚙~11頁(2014),山下友信=永沢徹編 著・論点大系保険法第⚑巻⚖~17頁〔伊藤雄司〕(第一法規,2014),落合誠一 監修・編著・保険法コンメンタール(損害保険・傷害疾病保険)〔第⚒版〕⚖
~10頁〔落合誠一〕(公益財団法人損害保険事業総合研究所,2014),金尾悠香
⽛民法(債権関係)改正と保険契約概念の再考⽜法学研究89巻⚑号283~294頁 (2016)。また,保険法立案担当者による保険法⚒条⚑号の解説として,萩本修 編著・一問一答・保険法28~30頁(商事法務,2009)。
5) 山下=米山編・前掲注4)131頁〔洲崎〕参照。
であること等⽜から見送られた6)。⽛共済契約⽜を保険法の対象とするべきこ とについては,法制審議会保険法部会において大きな異論はなかったとされ る7)。保険法立案担当者は,保険法の制定によって,⽛共済契約にも直接適 用されるような基本的な契約法ルールを法律で定めることによって,共済契 約に関する契約上のトラブルを解決する際の指針が明確になることも期待で き⽜るとする8)。⽛共済⽜という名称であっても,⽛保険⽜と実質的に同等の ものがあり,その場合に法規制を区別すべきでないという議論が保険法学説 に古くから存在していた9)。保険法の立法・立案の背後には,このような政 策論・方法論が存在するといえる。
もっとも,このような保険法学における政策論・方法論に対しては,従来 から批判的な見解が見られたところである10)。法務省もこれを意識してか,
⽛保険法の見直しに関する中間試案の補足説明⽜において,⽛保険と共済とは,
制度の理念や歴史的な沿革はもちろんのこと,監督法や組織法も異なってお り,個々の規律の内容を考えるに当たっては,共済の相互扶助としての性格 や共済の根拠法ごとの特殊性等を考慮すべきとの指摘もされており,これに ついては個々の規律の性質の問題として考慮していくことが考えられる⽜11) と説明していた。しかし,保険法は⽛共済⽜の定義規定を置かなかった。
⽛保険契約⽜の定義規定において,共済の⽛制度の理念や歴史的な沿革⽜や
⽛相互扶助としての性格⽜という点は見られなくなっている。保険法の立法 については,共済の相互扶助の理念を⽛十分配慮したうえで,保険法の立案
6) 萩本編著・前掲注1)⚔頁。
7) 萩本編著・前掲注1)86頁,山下=米山編・前掲注4)132頁〔洲崎〕。
8) 萩本編著・前掲注4)13頁。
9) 例えば,竹内昭夫・手形法・保険法の理論219~222頁(有斐閣,1990)〔初 出1974〕,鴻常夫・保険法の諸問題266~271頁(有斐閣,2002)〔初出1978〕。
10) 例えば,本間照光⽛共済(協同組合保険)の本質について⽜共済と保険32巻 11号49~54頁(1990),押尾直志・現代共済論65~85頁(日本経済評論社,
2012)〔初出1990〕。
11) 萩本編著・前掲注1)86頁。
がされ,保険と共済の一元的な規律が実現した⽜12)という肯定的な評価があ る。その一方で,⽛⽝保険⽞と⽝共済⽞とを一元的に規制するために商法から 切り離され,⽝単行法化⽞されることが当初から目論まれていたと考えざる を得ない⽜13)という批判的な評価もある。
⑵ 保険法⚒条⚑号の⽛保険契約⽜の解釈と従来の議論の問題
保険法は,⽛保険契約⽜を⽛保険契約,共済契約その他いかなる名称であ るかを問わず,当事者の一方が一定の事由が生じたことを条件として財産上 の給付(生命保険契約及び傷害疾病定額保険契約にあっては,金銭の支払に 限る。以下⽛保険給付⽜という。)を行うことを約し,相手方がこれに対し て当該一定の事由の発生の可能性に応じたものとして保険料(共済掛金を含 む。以下同じ。)を支払うことを約する契約をいう⽜と定義する(保険法⚒
条⚑号)。保険法は,保険法⚒条⚑号の⽛保険契約⽜を基礎に,損害保険契 約(保険法⚒条⚖号),生命保険契約(保険法⚒条⚘号),傷害疾病定額保険 契約(保険法⚒条⚙号)を定義する。保険法学説には,⽛⽝保険契約⽞は,本 条⚖号以下の各種の保険契約類型を定義するための道具的な概念である……
と割り切ることが,議論の混乱を避けるという観点からは適切なのではなか ろうか⽜14)という指摘がある。しかしながら,保険法⚒条⚑号の⽛保険契約⽜
は保険法の基礎となる概念である。この条文の意義を明らかにすることは重 要であると考える。
保険法立案担当者は保険法⚒条⚑号の⽛保険契約⽜について,⽛①契約の 名称は問わない(保険契約や共済契約が典型例であるが,その他の名称であ っても⽛保険契約⽜に該当し得る)。②当事者の一方が一定の事由が生じた ことを条件として財産上の給付を行うことを約している。③相手方が②に対 して保険料や共済掛金を支払うことを約している。④③の保険料や共済掛金
12) 山下=永沢編著・前掲注4)⚓頁〔山下友信〕。
13) 押尾・前掲注10)174頁〔初出2008〕。
14) 山下=永沢編著・前掲注4)⚘~⚙頁〔伊藤〕。
が,②の一定の事由の発生の可能性に応じたものとして支払われる⽜という
⚔つの⽛特徴⽜を備えていると説明する15)。講学上の保険契約法における
⽛保険⽜について,保険法制定前の通説は次の⽛要素⽜を備えるものと理解 してきた。すなわち,⽛要素①:一方当事者の金銭の拠出(保険料),要素
②:他方当事者の偶然の事実の発生による経済的損失を補てんする給付(保 険給付),要素③:①と②が対立関係に立つ⽜16)ことに加えて,⽛要素④:収 支相等原則,および要素⑤:給付反対給付均等原則のもとに要素①と②の対 価関係を形成すること⽜17)をもって,講学上の保険契約法上の⽛保険⽜であ ると理解してきた18)。保険法制定前の商法は,損害保険契約と生命保険契約 の定義規定を置いていたものの,保険契約一般の定義はなかった。また,保 険法と異なり,保険料と保険給付の関係を示す文言もなかった。そのため,
保険法学説では,伝統的な⽛保険⽜の仕組みをめぐる議論を踏まえて,要素
④⑤を講学上の保険契約法における⽛保険⽜の要素と理解していたといえる。
保険法制定前の通説の枠組みに基づいて保険法⚒条⚑号の⽛保険契約⽜を 把握してみよう。これによれば,要素①:保険料(共済掛金を含む)の支払 い,要素②:当事者の一方が一定の事由が生じたことを条件とする財産上の 給付(生命保険契約と傷害疾病定額保険契約においては金銭給付),要素③:
①と②が対立関係にあることが⽛保険契約⽜の⽛要素⽜であると理解するこ とになる。保険法学説においては,⽛当該一定の事由の発生の可能性に応じ たものとして保険料(共済掛金を含む。以下,同じ。)を支払うこと⽜とい う文言は,保険給付と保険料の間の保険数理関係を示しているという指摘が ある19)。また,⽛保険契約⽜の定義規定が設けられたといっても,従来の解
15) 萩本編著・前掲注4)29頁。
16) 山下友信・保険法⚖頁(有斐閣,2005)。
17) 山下・前掲注16)⚗頁。
18) 山下・前掲注16)⚘頁は,⽛保険法学上の保険の定義には様々な表現があるが,
私保険に関する限りは要素①~⑤のすべてが必要であるということで従来は概 ね意見の合致があるということができる⽜としている。
19) 山下=米山編・前掲注4)136頁〔洲崎〕,山下ほか・前掲注3)⚗頁〔洲崎〕。
釈論に実質的な変更がもたらされたわけではないという指摘もある20)。保険 法制定前の議論と同様に,要素④:収支相等原則,要素⑤:給付反対給付均 等原則の⚒つが成り立つことをもって,保険法⚒条⚑号の⽛保険契約⽜であ るという理解が,現在の保険法学説における通説であると思われる21)。
以上に対して,収支相等原則は保険法⚒条⚑号の⽛保険契約⽜の要素では ないという指摘もある22)。保険法⚒条⚑号の⽛当該一定の事由の発生の可能 性に応じたものとして保険料(共済掛金を含む。以下,同じ。)を支払うこ と⽜という文言は,保険料と保険給付の関係を示していると理解できそうで ある。しかし,この⽛保険契約⽜の定義規定には保険契約者と保険者の二当 事者しか現れない。したがって,多数の⽛保険契約⽜の集積によって成立す る収支相等原則が保険法⚒条⚑号の⽛保険契約⽜の⽛要素⽜といえるか,議 論の余地があるのである。保険法⚒条⚑号の⽛保険契約⽜は保険法における 最も基本的な概念であるにもかかわらず,収支相等原則をその要件とするか ということ一つをとっても理解が分かれている。また,後述するように,給 付反対給付均等原則についても学説上,様々な指摘がある。これは保険法⚑
条の⽛保険⽜と保険法⚒条⚑号の⽛保険契約⽜の関係をどのように理解する べきであるか,従来の議論が曖昧であったためであると考える23)。
そこで以下では,まず⑶で保険法⚑条の⽛保険⽜と保険法⚒条⚑号の
⽛保険契約⽜の関係について検討する。次いで,⑷で収支相等原則が保険法
⚒条⚑号の⽛保険契約⽜の⽛要素⽜であるかについて検討する。その後,⑸ 20) 嘉村・前掲注4)11頁,山下ほか・前掲注3)⚗頁〔洲崎〕。
21) 例えば,山下・前掲注4)⚓頁,山下=永沢編著・前掲注4)⚙~11頁〔伊藤〕,
嘉村・前掲注4)11頁,山下ほか・前掲注3)⚗頁〔洲崎〕。
22) 村田・前掲注4)30頁。
23) 保険法制定前の議論ではあるが,吉澤卓哉⽛保険の仕組みと保険契約法⽜損 害保険研究69巻⚑号120頁(2007)は,従来の保険法学の議論では,⽛保険の経 済的要件の特定とそれがいかに保険契約法に反映されているかが整理されてい ない⽜と指摘する。また,⽛保険⽜という仕組みが⽛保険契約⽜という形式を とる経済的な理由について,米山高生・リスクと保険の基礎理論127~128頁
(同文館出版,2012)。
で保険法⚒条⚑号の⽛保険契約⽜における給付反対給付均等原則の意義を検 討する。
⑶ 保険法⚑条の⽛保険⽜と保険法⚒条⚑号の⽛保険契約⽜の関係
保険法学説において,保険法⚒条⚑号の⽛保険契約⽜でありながら,保険 法⚑条にいう⽛保険⽜ではないものが存在するのではないか,という問題提 起がある24)。前述のように,保険法⚒条⚑号の⽛保険契約⽜の意義を明らか にするには,保険法⚑条の⽛保険⽜と保険法⚒条⚑号の⽛保険契約⽜の関係 を明らかにする必要がある。
この問題について,私見としては,ある取引が保険法⚒条⚑号の⽛保険契 約⽜といえるか,形式的にこれに当てはまるか否かが検討されるべきではな いと考える。ある取引が保険法の適用対象となるか問題となるときには,保 険法⚑条の⽛保険⽜といえるか否かを初めに検討するべきである。そして問 題となる取引が保険法⚑条の⽛保険⽜といえない限り,保険法⚒条⚑号の
⽛保険契約⽜とはなり得ないと考えるべきである。
もっとも⽛そもそも保険とは何か⽜ということについては⽛百家争鳴の歴 史⽜25)があり,学説においても厳密な定義が確立しているわけではない26)。 近時の保険学・保険法学では,保険デリバティブをはじめとする保険類似の 取引との区別を目指して,⽛保険⽜の仕組みと⽛保険⽜の意義をめぐる議論 が展開されている27)。前述のように,保険法が⽛保険⽜の定義規定を置かな
24) 後藤・前掲注4)53~54頁。
25) 山下・前掲注16)⚓頁。
26) 山下=米山・前掲注4)⚓頁〔山下〕。
27) 岡田豊基⽛保険本質論の法的再検討 保険契約と他の契約との区別を目的と して ⽜神戸学院法学25巻⚑号109頁以下(1995),山下友信⽛保険・保険デリ バティブ・賭博⽜融ける境超える法⑶市場と組織227頁以下(東京大学出版会,
2005),古瀬正敏⽛保険業法上の保険業と保険デリバティブ⽜生命保険論集156 号⚑頁以下(2006),吉澤卓哉・保険の仕組み97頁以下(千倉書房,2006),𡈽𡈽 岐孝宏⽛天候デリバティブ・地震デリバティブの商法上の地位⽜中京法学41巻
⚓号・⚔号317頁以下(2007),肥塚・前掲注4)1201頁以下,嘉村・前掲注4)⚑
かった理由も⽛保険⽜にかかる全ての要件を法律の条文に規定(定義)する ことが困難であったためである28)。しかし保険法⚑条が⽛保険に係る契約⽜
に関する法律であると明示している以上,保険法⚒条⚑号が定義する⽛保険 契約⽜は,保険法⚑条の⽛保険⽜の仕組みを前提とする概念であると理解す べきである29)。保険法⚒条⚑号の⽛保険契約⽜はこれを単独で解釈するべき ではなく,保険法⚑条の⽛保険⽜であることを踏まえて理解すべき概念と捉 えるのである。保険学・保険法学説では⽛保険⽜の仕組みとして,給付反対 給付均等原則と収支相等原則が要求されていると理解することで概ね一致し ている30)。保険法⚑条の⽛保険⽜は,給付反対給付均等原則と収支相等原則 を要素とする⽛概念⽜と捉えてよかろう31)。
頁以下,今井薫⽛⽝保険⽞に関する若干の考察 ⽝保険⽞とは何だったのか ⽜ 保険学雑誌630号207頁以下(2015)は,このような問題意識に基づいた先行研 究であるといえる。
28) 萩本編著・前掲注1)⚔頁。
29) これに関しては,吉澤卓哉⽛経済的な保険ではない保険法上の⽝保険契約⽞
について⽜保険学雑誌608号119頁(2010)参照。同論文は,リスク移転・リス ク集積・リスク分散という⚓つの機能を保険の経済的要件であるとする自身の 先行研究を踏まえ,保険法上有効とされている遡及保険は経済的な⽛保険⽜で はないものの,保険法上の⽛保険契約⽜であると位置付けている(以上につい ては,本稿注24)とこれに対応する本文も参照)。本稿では,遡求保険の法的位 置付けについて検討することができなかった。他日に期したい。
30) 近時の保険学の教科書による解説として,例えば,近見正彦ほか編・保険学 16~17頁〔近見正彦〕(有斐閣,2011),大谷孝一編著・保険論〔第⚓版〕
25~26頁〔江澤雅彦〕(成文堂,2012),下和田功編・はじめて学ぶリスクと保 険〔第⚔版〕38~39頁〔岡田太〕(有斐閣,2014)。保険法の教科書においても,
保険の仕組みとして,給付反対給付均等原則と収支相等原則の⚒つの原則を説 明するのが一般的である。例えば,潘阿憲・保険法概説⚑~⚒頁(中央経済社,
2010),岡田豊基・現代保険法⚓~⚔頁(中央経済社,2010),甘利=福田・前 掲注3)⚒~⚓頁,山下ほか・前掲注3)⚕~⚗頁〔洲崎〕。
31) 以上に対して,給付反対給付均等原則は⽛保険⽜の要素ではないという見解 もある。例えば,吉澤・前掲注27)53頁は,⽛個々のリスク・ヘッジャーが負担 するリスク・プレミアムは,理念的には移転するリスクに見合ったものである べきだが(保険料公平の原則),保険の要件ではない。収支相等の原則……さ
保険法学説においては,保険法⚒条⚑号の⽛保険契約⽜は⽛保険⽜の仕組 みを⽛暗黙のうちに前提⽜32)としているとする説明がある。あるいはまた,
⽛ある契約が保険契約に該当するといえるためには,形式的に保険契約の定 義(法⚒条⚑号)を充足するだけでは足りず,解釈論により確定される実質 的な保険としての定義を充足するもののみが保険契約であるという,いわば 書かれざる定義がある⽜33)という説明もある。これらの見解は,保険料と保 険給付の間に収支相等原則と給付反対給付均等原則が成立することを保険法
⚒条⚑号の⽛保険契約⽜の⽛要素⽜と理解しているものといえる。本稿も,
収支相等原則と給付反対給付均等原則が成り立っていることが保険法⚒条⚑
号の⽛保険契約⽜の成立要件であると解することから,従来の通説的理解と 結論において異なるものではない。本稿の主張は,ある取引が保険法の適用 対象といえるか否かが問題となるときには,保険法⚒条⚑号の文言に形式的 に対応するものか否かを検討するべきではなく,まず,保険法⚑条にいう
⽛保険⽜といえるか否かを検討するということにある34)。本稿の立場によれ ば,ある取引が保険法⚑条の⽛保険⽜であるということができれば,実際上,
保険法⚒条⚑号の⽛保険契約⽜の定義規定にも当てはまるといえそうである。
このような考え方に対しては,前述のように,⽛経済的には⽝保険⽞でな え成立すれば保険の要件としては十分⽜であるとする。また,米山高生⽛保険 の仕組みと保険の定義⽜石田重森編著・保険学のフロンティア57頁以下(慶應 義塾大学出版会,2008)は,⽛保険集団⽜の存在を前提とする⽛保険⽜の仕組 みの理解に疑問を呈している。このような保険学における議論状況からすると,
⽛そもそも保険とは何か⽜ということは,今後も問題となろう。
32) 山下ほか・前掲注3)⚓頁〔洲崎〕。
33) 山下・前掲注4)⚓頁。
34) 山下=永沢編著・前掲注4)13頁〔伊藤〕は,⽛⚑条の⽝保険⽞に該当するこ とを前提とする書かれざる要件があるとすれば⽜,保険法⚒条⚑号の⽛保険契 約⽜に該当するだけでは保険法の対象とはならない可能性を示唆している。も っとも,検討の順序は必ずしも明確ではない。本稿は,保険法⚑条が⽛保険に 係る契約⽜に関する法律であるとしている以上,ある取引が⽛保険契約⽜とい えるかについては,まず保険法⚑条の⽛保険⽜の仕組みを用いているか否かを 検討すべきであり,保険法の条文構造とも整合的であると主張するものである。
いものの,⽝保険契約⽞といえる取引(契約)も存在するのではないか⽜と いう指摘が考えられる。確かに保険法⚒条⚑号の要件を充足するだけで⽛保 険契約⽜として捉えるのであれば,⽛保険⽜でない⽛保険契約⽜も存在しう ることになる35)。しかしながら,本稿の立場によれば,ある取引(契約)が 保険法の適用対象となるか否かが問題となるのときには,まず,保険法⚑条 の⽛保険⽜であるか否かを検討することになるから,そのような取引(契 約)は,当然に保険法の適用対象とはならない。保険類似のリスク移転取引 が保険法の適用対象となるか否かが問題となるときには,⽛保険⽜の仕組み を採用しているか否かをまず検討して,これを明らかにすることになる。
⑷ 保険法⚒条⚑号の⽛保険契約⽜と収支相等原則
前述のように保険法学説では,収支相等原則は保険法⚒条⚑号の⽛保険契 約⽜の⽛要素⽜ではないという指摘がある36)。この見解は保険法⚒条⚑号の
⽛保険契約⽜の⽛一定の事由の発生の可能性に応じたものとして⽜という文 言が給付反対給付均等原則を要求していると解釈することはできるが,収支 相等原則が成立するには大数の法則のもとで多数の保険契約者が存在しなけ ればならないことから,保険法⚒条⚑号の⽛保険契約⽜の定義でそれを観念 することはできないと指摘する37)。この見解では収支相等原則は⽛専ら,保 険者の財務の健全性等を監督することにより破綻を防止する……ことを任務 とする保険業法等の各監督法の守備範囲に整理される⽜38)ことになる。
以上に対して,保険法⚒条⚑号の⽛保険契約⽜の定義規定が設けられたか らといって従来の議論に変更が生じたわけではないことから,収支相等原則 は保険法⚒条⚑号の⽛保険契約⽜の⽛要素⽜であるという理解も見られると
35) 保険法⚒条⚑号の⽛保険契約⽜でありながら⽛保険⽜ではない取引の例とし て,後藤・前掲注4)53~54頁。
36) 村田・前掲注4)30頁。
37) 村田・前掲注4)29~30頁。
38) 村田・前掲注4)30頁。
ころである39)。この問題については次のように考えるべきである。すなわち,
保険法⚒条⚑号の⽛保険契約⽜の定義規定は,保険者と保険契約者間の関係 を示しているに過ぎない。従来の議論との整合性は確かに重要ではあるが,
保険法⚒条⚑号の⽛保険契約⽜が当然に収支相等原則をその⽛要素⽜として いると理解すべきではない。個別の⽛保険契約⽜の集積によって⽛保険⽜の 仕組みが成立する。そのため,保険契約者と保険者の二当事者間の関係を示 すに過ぎない保険法⚒条⚑号の⽛保険契約⽜の定義規定のみでは,収支相等 原則が⽛保険契約⽜の⽛要素⽜であるということはできない。しかし,前述 のように保険法に関していえば,ある取引が保険法の適用対象といえるか否 かを検討するにあたっては,まず保険法⚑条の⽛保険⽜といえるか否かを検 討するべきである。⽛保険⽜の仕組みを採用している⽛契約⽜が保険法⚒条
⚑号の⽛保険契約⽜となる。収支相等原則が成り立つことが⽛保険契約⽜の
⽛要素⽜であるということは,以上の論理から導かれるものであると考える。
⑸ 保険法⚒条⚑号の⽛保険契約⽜と給付反対給付均等原則
一般に保険法学説では,保険法⚒条⚑号における⽛一定の事由の発生の可 能性に応じたものとして保険料⽜を支払うという文言は,給付反対給付均等 原則(保険数理関係)の存在を表わしているものと理解されている40)。⽛保 険契約⽜と給付反対給付均等原則の関係については様々な指摘がある。以下 では,これに検討を加えていきたい。
第一に,保険給付と保険料の間には,厳密に給付反対給付均等原則が成立 していることまで求められていると解すべきではないという指摘である41)。 これに関連して,保険法学説では次の指摘がある。
①保険者のコストの観点から保険料の算定方法を簡易化した場合に,これ
39) 嘉村・前掲注4)11頁,山下ほか・前掲注3)⚗頁〔洲崎〕参照。
40) 例えば,村田・前掲注4)30頁,山下=米山編著・前掲注4)136~137頁〔洲 崎〕,肥塚・前掲注4)1208頁。
41) 村田・前掲注4)30頁,山下=米山編・前掲注4)136~137頁〔洲崎〕。
を⽛保険⽜でないとすることは妥当とはいえない42)。
②保険契約者にリスクに関する情報が偏在している⽛保険⽜において,個 別のリスクに応じた保険料の算定は不可能である43)。
③給付反対給付均等原則を厳密に要求する⽛保険契約⽜のみが保険法の適 用対象であると理解すれば,故意にこれに合致しない保険料を定めるこ とで保険法の適用を回避できてしまう44)。
これらの指摘はもっともなことであり,保険法⚒条⚑号の⽛保険契約⽜の
⽛要素⽜としての給付反対給付均等原則は,厳密に成立していることまでは 必要としないと理解するのが妥当である45)。また,⽛共済⽜は,⽛保険⽜に比 べてリスク区分が一般的に緩やかであるという指摘がある46)。共済掛金をど のように負担させるのが共済契約者にとって⽛公平⽜といえるかについては,
共済事業を行う協同組合によって様々な立場があるようである47)。⽛共済契 約⽜を適用対象とすることを目的として⽛保険契約⽜の定義を置いたという 保険法の立法趣旨からすれば,保険法⚒条⚑号の⽛保険契約⽜は,緩やかな
42) 後藤・前掲注4)52頁注⚔。
43) 吉澤・前掲注27)54頁。
44) 山下=米山編・前掲注4)137頁〔洲崎〕。
45) 舩津浩司⽛給付反対給付均等原則の法的再定位⽜生命保険論集189号125頁
(2014)は,保険法学における給付反対給付均等原則の意義をめぐる議論を再 検討したうえで,⽛個々の保険契約者に引き直して説明する記述的な意味に留 まる⽜と分析する。
46) 宮地朋果⽛共済と保険・その同質性と異質性 危険選択の観点から ⽜日本 共済協会結成20周年・2012国際協同組合年論文・講演集193頁(日本共済協会,
2012)。
47) ⽛やさしい共済入門⚘⽜共済と保険56巻12号24頁(2014)は,⽛⽝年齢が異な れば死亡リスクが異なるのだから,年齢別に掛金を設定するのが公平だ⽞と考 える協同組合もあれば,⽝ある年齢をグループで見ると,一定の掛金で契約し ても不公平にはらない⽞と考える協同組合もあ⽜るとする。保険料率区分のあ り方については,⽛いまだ解釈の決め手はないし,理論的にもどのような区分 の仕方が公平なのかということについても確立した概念はない⽜(山下ほか・
前掲注3)72~73頁〔山下友信〕)というのが現状である。
形で給付反対給付均等原則が成り立つことをその⽛要素⽜とする理解48)に説 得力が増すことになる。
前述のように,筆者は保険法⚑条の文言から,保険法⚒条⚑号の⽛保険契 約⽜は保険料と保険給付の間に給付反対給付均等原則が成り立つことが必要 不可欠な要素であると理解する。これに関連して保険法学説においては,
⽛危険負担と保険料との間に求められる均等性はどの程度必要かという積極 要件と解すべきでなく,両者の均等性を見出し得ないものは⽛保険契約⽜
(⚒条⚑号)ではないという消極要件⽜49)であるとする指摘がある。給付反対 給付均等原則を⽛保険契約⽜に⽛積極要件⽜と捉えるか,それとも⽛消極要 件⽜と捉えるかという問題は,⽛保険契約⽜の解釈において,これをどの程 度重視するかという問題と言い換えることができる。給付反対給付均等原則 の保険法上の意義については,今後より詳細な検討が必要となろう50)。
第二に,保険法立案担当者は一律掛金の⽛共済契約⽜は保険法の適用対象 とはならないことが多いと説明する51)。これに関連して,保険法学説では,
⽛個々のリスクが均一となるように危険集団を構成した結果,保険料率が均 一となる場合には,給付反対給付均等原則を充足しており本条⚑号の⽛保険 契約⽜であるとすることにそもそも障害はない⽜52)という指摘がある。前述 のように,保険法においては緩やかな形で給付反対給付均等原則が成り立つ ことが⽛保険契約⽜の⽛要素⽜となっていると理解できる。また,前述のよ うに,共済事業を行う協同組合によって共済掛金をどのように負担させるの が共済契約者にとって公平といえるか,様々な立場があるようである。共済
48) 村田・前掲注4)30頁,山下=米山編・前掲注4)137頁〔洲崎〕,肥塚・前掲注 4)1207~1208頁参照。
49) 肥塚・前掲注4)1207~1208頁。
50) 給付反対給付均等原則の法的意義に関する先行研究である舩津・前掲注45) 99頁以下は,⽛契約成立後の裁判所による矯正に際してどのように位置づける べきか⽜(舩津・前掲注45)103頁)という観点から試論を展開している。
51) 萩本編著・前掲注4)29頁。
52) 山下=永沢編著・前掲注4)10頁〔伊藤〕。
掛金が一律であることのみをもって保険法が適用されないと言い切ることは できないように思われる53)。
第三に,保険法立案担当者は,公保険には当然に法律関係が成立するもの があり,保険契約者が⽛一定の事由の可能性に応じたものとして⽜保険料を 支払うものでないことから,保険法⚒条⚑号の⽛保険契約⽜ではないと説明 する54)。保険法学説においても,健康保険などの社会保険では給付反対給付 均等原則は機能していない場合があるという指摘がある55)。保険料と保険給 付の間に緩やかな形の給付反対給付均等原則さえ成立していないのであれば,
それは保険法における⽛保険⽜とはいえない。また,それは⽛保険契約⽜と もいえないということになる56)。保険法学説には,⽛個々の公保険に保険法 の適用があるかどうかは,それぞれの公保険の性質にしたがって決まるべき 問題であり(産業保険タイプの公保険は,私保険に類似するようなものとし て設計することも可能であると思われる),本条⚑号の定義から当然に,公 保険には適用も類推適用もないという結論が導かれるものではない⽜57)とい う指摘もある。公保険に保険法を適用することにいかなる意味があるか検討 の余地があるが,ある契約(取引)が保険法上の⽛保険契約⽜といえるかに ついては,結局のところ,その内容を踏まえて個別に判断するほかない。公 保険であることをもって,当然に保険法の適用対象外であると結論づけるべ きではないように思われる。
53) これに関連して,村田・前掲注4)35頁は,⽛契約締結時に告知を求めたり,
あるいは生命保険契約において年齢制限を設けたりしている場合は,たとえ他 の加入条件(保険料率等)が均一であったとしても,当然に,保険法の規律下 に置かれるものと解すべきである⽜とする。
54) 萩本編著・前掲注4)29頁。
55) 竹濱修・保険法入門20頁(日本経済新聞出版社,2009)。
56) 山下=米山編・前掲注4)138頁〔洲崎〕。
57) 山下=米山編・前掲注4)138頁〔洲崎〕。
⑹ 小 括
第⚒節では,従来の保険学・保険法学の議論を踏まえて,保険法⚒条⚑号 の⽛保険契約⽜の意義を再検討した。筆者も,結論としては通説的理解と同 様に,保険料と保険給付の間に給付反対給付均等原則と収支相等原則が成り 立つことが保険法⚒条⚑号の⽛保険契約⽜の⽛要素⽜であると理解する。し かし,本稿は従来の保険法学説のように,保険制度の存在を暗黙のうちに前 提とすること,あるいは保険法⚒条⚑号の⽛保険契約⽜には書かれざる⽛要 件⽜があるということを根拠とするものではない。保険法の条文構造上,あ る取引が保険法の適用対象となるか問題となるときには,まず保険法⚑条に いう⽛保険⽜の仕組みをとっているか否かを検討すべきであるということに ある。もっとも,⽛保険⽜の仕組みの理解については未だ議論のあるところ である。保険法⚒条⚑号の⽛保険契約⽜の解釈,ひいては保険法⚑条にいう
⽛保険⽜の概念の理解はこれに左右されるものといえるから,これらの議論 を踏まえて今後も検討する必要があろう。
ところで,本稿は冒頭において⽛共済契約⽜を保険法の適用対象としたの であれば,⽛そもそも共済(契約)とは何か⽜ということを踏まえて,あら ためて⽛保険契約⽜の定義規定を議論すべきではないかという問題提起をし た。第⚓節では,保険学・保険法学における議論のアンチテーゼとして展開 されてきた共済の本質をめぐる議論を概観する。⽛共済契約⽜を適用対象と した⽛保険契約⽜の定義規定の検討にあたっては,従来の保険法学とは異な るアプローチによる議論を検討する必要があると考えるためである。
⚓.⽛歴史的・社会的アプローチ⽜に基づく共済の本質をめぐる議論
⑴ 序 説
これまでの共済理論研究は,⽛国の政策を支持する論陣を張る商法・保険 法と歴史科学としての経済学を基礎にした保険学(論)⽜58)という⚒つの立場 から進められてきたとされる。本節では,後者のアプローチによる共済の本
58) 押尾・前掲注10)243頁〔初出2011〕。
質をめぐる議論に注目する(これを⽛歴史的・社会的アプローチ⽜と呼ぶ)。
この方法論による共済理論研究は,各種協同組合法が制定される以前から展 開され,その後の論者に承継されてきた59)。近時,保険・共済一元的規制
(イコールフッティング)を実現する保険関連立法(保険業法,保険法,各 種協同組合法の制定・改正)が続いたこともあり,⽛そもそも共済とは何か⽜,
⽛共済と保険はどう違うのか⽜という問題意識のもと,活発な議論が展開さ れている。本稿では紙幅の都合もあり,近時の議論に注目せざるを得ないが,
⽛保険契約⽜を再検討する視座を得るために,この歴史的・社会的アプロー チによる共済の本質をめぐる議論を概観する60)。
⑵ 歴史的・社会的アプローチに基づく共済の本質をめぐる議論
⽛共済⽜の定義については諸説があるが61),いずれの立場においても,⽛協 同組合保険⽜であるという理解は一致しており,このような理解は1960年代 半ばには定着したといわれる62)。歴史的・社会的アプローチにおいても,
⽛保険⽜の仕組み(保険技術)を用いて共同の資金的備蓄を形成する点につ
59) 共済理論研究の歴史については,押尾・前掲注10)155~157頁〔初出2006〕,
243頁以下参照。また,1980年代以降の共済理論研究の動向については,堀越 芳昭= JC 総研編・協同組合研究の成果と課題333~352頁〔石塚秀雄〕(家の 光協会,2014)が詳しい。
60) 現在の共済理論研究は,平成元年に発足した共済理論研究会と平成17年に発 足した共済研究会がその中心を担っている(押尾・前掲注10)252~256頁参照)。
共済理論研究には様々なアプローチが考えられるが(共済理論研究の分類とし て,例えば,堀越= JC 総研編・前掲注59)333頁〔石塚〕),本稿では,保険 学・保険法学の議論を批判する形で展開された共済の本質について歴史的・社 会的にアプローチをする理論研究を概観する。
61) 例えば共済概念を詳細に検討した近時の研究である,相馬健次・共済事業と はなにか(日本経済評論社,2013年)は,共済(事業)を⽛保険の仕組みを社 会運動の手段として利用した経済的施設⽜と定義する(同・20頁)。
62) 押尾・前掲注10)⚑頁。1960年代以降の保険業法と共済規制の歴史的動向に ついては,押尾直志ほか⽛共済問題座談会・共済と保険業法改正⽜いのちとく らしの研究所報15号⚒~⚓頁〔押尾直志発言〕(2006)が詳しい。
いては,⽛共済⽜と⽛保険⽜に違いはないものと捉えているようである。
それでは⽛共済⽜と⽛保険⽜の違いはなにか。この点について,歴史的・
社会的アプローチの議論では,①その歴史的・社会的な生成・発展過程,お よび,②相互扶助を目的・理念とする非営利63)・協同自治組織の協同組合が 行う事業であるということに⽛共済⽜の本質を求めていると思われる64)。以 上の①②の点で本質的に異なるものであることから,⽛共済⽜と⽛保険⽜は 異質であると結論付けられることになる。そのため,保険・共済一元的規制 を実現する,近時の保険関連立法には批判的であり,立法論として各種共済 を統一的に規律する⽛共済法⽜を制定すべきとする見解も見られるところで ある65)。
①について,歴史的・社会的アプローチでは,1970年代から始まる保険法 学者の保険・共済一元的規制論は,⽛戦前・戦後の協同の運動,そして協同 組合の運動,共済の運動,それらの歴史的発展の事実,それから今日におけ る意義,こういうものを全くみることのない立場である⽜66),あるいはまた,
⽛保険を社会的,歴史的連関から切り離し,主観的な加入目的や保険技術上 63) 法人としての協同組合が行う共済事業は利益獲得を目指すものではないとい う意味で⽛非営利⽜という言葉を用いているものと思われるが,従来の共済理 論研究では,協同組合の⽛非営利⽜の意味については,あまり厳密な議論をし てこなかった印象を受ける。会社法学説において,法人の営利性の意義につい ては古くから議論がある。この問題について,杉田貴洋⽛会社の営利性と商人 性⽜企業法の法理294~300頁(慶應義塾大学出版会,2012)の議論参照。また,
松崎良⽛⽝企業⽞に関する一試論⽜酒巻俊雄先生古稀記念・21世紀の企業法制 779~780頁(商事法務,2003),関英昭⽛協同組合の潜在能力と発展の可能性⽜
日本共済協会結成20周年・2012国際協同組合年論文・講演集28~29頁(日本共 済協会,2012)参照。
64) 例えば,共済研究会のシンポジウムにおける講演記録である,本間照光
⽛〔基調講演〕賀川豊彦がいま問いかけるもの 共済はどうあったらよいのか⽜
賃金と社会保障1518号⚖~13頁(2010)〔以下,⽛本間①⽜という〕,本間照光
⽛〔基調講演〕保険・共済の歴史的社会的役割~求められる理論と研究運動~⽜
賃金と社会保障1644号⚗~17頁(2015)参照。
65) 松崎良⽛保険業法における共済の位置付け⽜保険学雑誌603号182頁(2008)。
66) 本間・前掲注10)51頁。
の特質に保険の本質を求める,かの保険本質論に依拠し,保険の定義が与え られ,共済もその枠内で理解されている⽜67)とする。⽛そもそも保険とは何 か⽜という議論から⽛共済⽜を理解する伝統的な保険学・保険法学の方法論 に対して,歴史的・社会的アプローチは,極めて批判的な立場をとる68)。
②について,歴史的・社会的アプローチは,⽛共済⽜が相互扶助・非営利 の協同自治組織である協同組合によって行われることを重視する69)。また,
⽛共済⽜を⽛社会的目的をもって結びついた構成員が対等の立場で運営に参 加⽜するものとして理解する70)。共済には⽛保険⽜の仕組みが用いられてい るものの,相互扶助を体現するものとして一律掛金であるものも少なくな く71),厳密な意味での保険技術は存在しないことから,⽛共済⽜と⽛保険⽜
は異質であるという理解に繋がることもある72)。
⚔. 共済理論研究を踏まえた保険法⚒条⚑号の⽛保険契約⽜の再検討 従来の(伝統的な)保険学・保険法学は,⽛そもそも保険(契約)⽜とは何 かということからその議論の対象を画定してきた。この方法論からすれば,
⽛保険⽜の仕組みを採用している⽛共済(契約)⽜は,保険学・保険法学が議 67) 本間・前掲注10)52頁。
68) しばしば議論が,⽛(営利)保険側⽜と⽛共済側⽜という対立軸を構成するこ とになる。このような対立する議論の問題点について,後掲注73)とこれに対 応する本文参照。
69) 押尾・前掲注10)165頁,本間①・前掲注64)⚘頁,石山編著・前掲注3)364頁
〔松崎良〕。
70) 本間①・前掲注64)⚘頁。保険法学者の見解ではあるが,大塚英明⽛生協法 改正に臨んで 協同組合と共済事業の原点 ⽜共済と保険49巻⚙号19頁
(2007)は,本文のような共済の本質めぐる議論を踏まえて,共済事業の実体 は⽛自家保険⽜システムであると分析する。
71) 以上に対して,宮地・前掲注46)193頁は,個別の契約内容を比較すると,
⽛保険⽜よりもリスクの細分化が進んでいる⽛共済⽜があることを指摘する。
72) 本間照光⽛共済文化と研究運動 現実を変える歴史的・社会的力 ⽜賃金と 社会保障1542号12~13頁(2011),石山編著・前掲注3)366頁〔松崎〕(もっと も,押尾ほか・前掲注62)⚙頁〔押尾発言〕は,給付反対給付均等原則につい
論してきた⽛保険(契約)⽜と⽛実質的に同等⽜であると理解されることに なる。保険法⚒条⚑号が⽛保険契約⽜の定義規定を置いて⽛共済契約⽜を適 用対象とした保険法の立法もこのような論理に基づいている。第⚓節で概観 したように,歴史的・社会的アプローチによる共済の本質をめぐる議論も,
共済が⽛保険⽜の仕組みを用いていることは全く否定しない。しかし,⽛共 済⽜と⽛保険⽜は,それぞれ歴史的・社会的に異なる発展をしたものである こと,あるいはまた,それぞれの事業主体の理念や目的が異なることから,
⽛共済⽜と⽛保険⽜は異質であると理解されている。そのため,近時の保険 関連立法による保険・共済一元的規制に対しては極めて批判的である。
このように保険学・保険法学のアプローチと歴史的・社会的アプローチで は,⽛共済⽜の理解をめぐって,そもそも方法論としての違いがある。その ため議論はなかなかかみ合わない。この問題について,ある保険法学者は,
共済の理解をめぐる方法論の違いの⽛溝⽜を埋めなければならないことをお よそ25年前に指摘していた73)。また,保険法の立案に際して法務省も,⽛保 険と共済とは,制度の理念や歴史的な沿革はもちろんのこと,監督法や組織 法も異なっており,個々の規律の内容を考えるに当たっては,共済の相互扶 助としての性格や共済の各根拠法ごとの特殊性等を考慮すべきことの指摘も されており,これについては個々の規律の性質の問題として考慮してくこと て,⽛給付と反対給付,つまり掛金と共済金の数学的対価関係等を基本にし,
それを協同組合,あるいは協同組織で民主的に非営利で組合員間の相互扶助の ために,実践していく,これが共済事業だろうと思うのです。⽜としており,
共済理論研究者の間でもニュアンスの違いがある)。以上の歴史的・社会的ア プローチにおける⽛保険⽜の仕組みの理解について,江澤雅彦⽛⽝協同組合保 険⽞のアイデンティティ⽜保険学雑誌630号108頁(2015)は,⽛会社保険と協 同組合保険はともに保険技術をも採用しており,契約者・組合員と保険者側の 保険料・保険金の授受という点では,⽛相互扶助の仕組み⽜ではないといって よい⽜とする。また,⽛協同組合保険は,その仕組みとして保険技術を用いた ため,そこから相互扶助性,あるいは協同組合保険の独自性を強く主張するの は若干無理がある⽜と論じている。
73) 大塚英明⽛協同組合論と共済理論の法的融和⽜共済と保険33巻10号36頁
(1991)。
が考えられる⽜74)と説明していた。⽛共済⽜の理解をめぐる方法論の違いは,
保険法の立案の段階で明確に認識されていたのである。
しかし,依然として⽛共済⽜の理解をめぐる方法論の間の⽛溝⽜が埋めら れているとは言い難い。前述のように,保険法は,⽛保険契約⽜としての
⽛実質⽜を有する契約を適用対象とすることを目的に,保険法⚒条⚑号の
⽛保険契約⽜の定義規定を置いた。このような論理を採用した保険法のもと では,歴史的・社会的アプローチにおいて理解されている⽛共済⽜の本質は 見えなくなる75)。⽛保険⽜の仕組みを用いているかどうかが,保険法の適用 対象となるか否かのメルクマールとなる。また,歴史的・社会的アプローチ において⽛共済⽜の本質としてしばしば言及される,⽛共済⽜が相互扶助を 目的とする非営利・自治組織である協同組合の行う事業であることも,保険 者(保険法⚒条⚒号)の属性を問わない保険法のもとでは問題とならない。
もっとも,前述のように,⽛共済⽜には相互扶助の理念を体現するべく,
年齢や性別に関係なく一律掛金のものも少なくないようである。この点を重 視するのであれば,保険法⚒条⚑号の⽛保険契約⽜は給付反対給付均等原則 の成立することが緩やかな形で要求されていると理解することによって,歴 史的・社会的アプローチにおける共済の本質の理解が⽛保険契約⽜の解釈に 影響を与えるといえなくもない。しかし第⚒節⑸で検討したように,保険 法学説においても,⽛保険契約⽜の解釈(成立要件)として,厳密に給付反 対給付均等原則が成立する必要があると理解しているわけではない。また,
個別の契約内容を比較すると,⽛保険⽜よりもリスク細分化が進んでいる⽛共 済⽜も存在するようである76)。現在の保険法学の議論を前提とする限り,相 74) 萩本編著・前掲注1)86頁。これに対する日本共済協会の見解として,社団法 人日本共済協会・基本問題委員会⽛⽛保険法の見直しに関する中間試案⽜に対 する日本共済協会の基本的見解⽜共済と保険49巻10号29頁(2007)。
75) 押尾・前掲注10)182頁〔初出2008〕は,伝統的な保険学・保険法学の方法論 で⽛共済⽜を把握すると,⽛歴史的・社会的制度としての⽛共済⽜の性格は抽 象化される⽜と指摘する。
76) 宮地・前掲注46)193頁。
互扶助の現れとして一律掛金の⽛共済⽜が少なくないという⽛事実⽜は,
⽛保険契約⽜の解釈に影響を与えるものではないということになろう。
⚕. 結びに代えて
本稿は,⽛そもそも共済(契約)とは何か⽜という議論を踏まえて,あら ためて保険法⚒条⚑号の⽛保険契約⽜を検討すべきではないかという問題意 識に基づくものである。本研究は,当初,これまでの保険法⚒条⚑号の⽛保 険契約⽜をめぐる議論ではほとんど注目されてこなかった 無視されてき た? 共済の本質をめぐる議論を検討することによって,従来の保険法⚒条
⚑号⽛保険契約⽜の解釈とは異なる結論が得られるのではないかという期待 をもっていた。しかし,そもそも⽛保険(契約)とは何か⽜というアプロー チから,これと⽛実質的に同等⽜のものを適用対象とすることを目的とし た このような政策判断・価値判断のもと立法された 保険法⚒条⚑号の定 義規定のもとでは,歴史的・社会的アプローチが重視する共済の本質は見え なくなる。歴史的・社会的アプローチによって把握される共済の本質は,保 険法⚒条⚑号の⽛保険契約⽜の解釈に影響を及ぼすものではないのである。
結局のところ,保険法⚒条⚑号の理解において重要なのは,⽛いかなる名称 であるかを問わず⽜,保険法⚒条⚑号に規定する⽛保険契約⽜に保険法が適 用されるということにある。
※本研究は,全労済給付奨学生としての研究成果の一部である。
(筆者は慶應義塾大学大学院法学研究科後期博士課程)