■アブストラクト
改正前商法は告知義務の範囲を⽛重要ナル事実⽜または⽛重要ナル事項⽜
と規定していたが,保険法はこれを危険に関する重要な事項のうち保険者に なる者が告知を求めたものと明確化した。これにより,他保険契約の告知義 務の再検討が求められる。
改正前商法下の裁判例・学説は,他保険契約の告知義務の有効性を一応肯 定していたが,これに違反した場合の契約解除の可否は,加重要件の要否や 立証責任の所在が対立しており,通説的見解は存在しなかった。
立案担当者は,他保険契約の存在が告知事項になる余地を肯定した上で,
解除後は因果関係不存在特則との関係から重大事由解除で対応すべきとする。
これと同旨の学説もあるが,告知義務の趣旨や保険法の他の規定との関係か ら賛成できない。
他保険契約の告知義務は道徳的危険事実に対応するための制度であり,他 保険契約の存在は告知事項とならず,保険者免責の問題(重大事由解除等)
と解すべきである。
■キーワード
他保険契約,告知義務,重大事由解除
他保険契約の告知義務
清 水 太 郎
*平成27年⚙月25日の保険学会関東部会報告による。
/ 平成28年⚑月⚗日原稿受領。
⚑ はじめに
一般的に,損害保険会社の傷害保険契約等において,道徳的危険事実に対 処するために,他保険契約の告知義務が規定されている1)。他保険契約の告 知義務は,同一の保険の対象に関して,他に保険契約が存在することを契約 締結時に告知すべき事項とした上で,保険契約者または被保険者がこれに故 意または重過失で違反した場合,保険者は当該保険契約を解除して保険金支 払義務を免れることができるという制度であり,改正前商法および保険法に おいては規定されていない2)。他保険契約の告知義務は,実際のところ,保 険料の算定に必要な情報の収集というよりもむしろ,事故招致の立証が困難 な場合等の道徳的危険事実に対処するための制度として用いられている。事 故招致の立証は,間接事実の収集や裁判官の心証形成の問題なので,これの 代替手段として他保険契約の告知義務が用いられることは疑問である。
改正前商法は,保険契約者または被保険者が保険契約の締結にあたり⽛重 要ナル事実…又ハ重要ナル事項⽜(改正前商法644条⚑項,678条⚑項)の告 知を要すると規定していたが,保険法は,保険契約者または被保険者になる 者が危険に関する重要な事項のうち保険者になる者が告知を求めたものの告 知を要すると,告知義務の範囲を明確化した(⚔条・66条)。しかしながら,
道徳的危険事実が告知事項に含まれるか否かは依然として解釈問題として残 されていることから,他保険契約の告知義務の再検討が求められる3)。そこ で,本稿は,保険法下における他保険契約の告知義務について考察する4)。
1) 甘利公人=福田弥夫・ポイントレクチャー保険法74頁(有斐閣,2011)。
2) 洲崎博史⽛保険法のもとでの他保険契約の告知義務・通知義務⽜中西正明先 生喜寿記念・保険法改正の論点82頁(法律文化社,2009)。
3) 千々松愛子⽛保険法における危険選択⽜21世紀の生協の共済に求められるも の82頁(コープ出版,2011),潘阿憲⽛道徳的危険事実と告知事項⽜損害保険 研究73巻⚒号⚓頁(2011)。
4) 制度の沿革については,棚田良平⽛他保険契約通告の沿革と立法趣旨⽜保険 学雑誌466号97頁以下(1974)。
ところで,従来,他保険契約の告知義務は,約款上の他保険契約の通知義 務とともに議論されてきた。保険法下において,他保険契約の通知義務の規 定は危険増加(29条⚑項・85条⚑項)の規定として有効であるとも解されて いるが5),これの遵守を期待することは難しく,違反した場合の対応は重大 事由解除で可能であることから6),損害保険会社の約款においては削除され ている(あるいは,その傾向にある)7)。したがって,本稿は,他保険契約 の告知義務のみを議論する。そして,これが問題となる事例は,損害保険契 約というよりもむしろ,傷害疾病定額保険契約のほうが多いので,後者を重 視する。
⚒ 改正前商法下の議論
そもそも,他保険契約の告知義務が告知義務の対象となるかについて改正 前商法下の学説は賛否が分かれていたが8),一般的に,このような義務を課 5) 洲崎・前掲注2)90頁,潘・前掲注3)22頁,佐野誠⽛他保険契約の告知・通知 義務⽜新しい保険法の理論と実務95頁(経済法令研究会,2008),岡田豊基⽛保 険契約の変動⽜保険法の論点と展望64頁(商事法務,2009)。反対する学説と して,福田弥夫⽛危険の増加⽜新しい保険法の理論と実務149頁(経済法令研 究会,2008),原口宏房⽛危険増加⽜新保険法と保険契約法理の新たな展開209 頁(ぎょうせい,2009)。
6) 福田・前掲注5)149頁。
7) 大槻哲雄⽛保険法成立を受けた傷害疾病定額保険契約における他保険契約の 告知義務及び通知義務の再検討⽜新保険法と保険契約法理の新たな展開515頁
(ぎょうせい,2009),須藤芳樹=木津英勝=内山浩一⽛標準約款における保険 法対応について⽜損害保険研究72巻⚓号32頁(2010),山下信一郎⽛保険法施 行にともなう損害保険約款の改訂と実務の対応⽜生命保険論集175号149頁
(2011),東京海上日動火災保険株式会社編著・損害保険の法務と実務【第⚒
版】313頁(金融財政事情研究会,2016)。
8) 賛成する学説として,中西正明⽛傷害保険及び他の人保険における他の保険 契約の告知について⽜傷害保険契約の法理91頁(有斐閣,1992),竹濵修⽛他 保険契約の告知・通知義務⽜金商933号43頁(1994),笹本幸祐⽛他保険契約の 告知・通知義務の再検討⽜関西大学法学論集44巻⚓号526頁(1994),河森計二
⽛他保険契約の告知義務・通知義務に関する一考察⽜生命保険論集156号201頁
すことの有効性は認められていた9)。したがって,ここでは,有効であるこ とを前提に,改正前商法下の議論を概観する。
⑴ 裁判例
【⚑】大判昭和10年12月⚒日判決全集⚒輯24号1268頁は,火災保険契約が 重複保険となっており,約款において重複保険の不告知は当然無効とされて いた事案において,⽛該保険契約ハ常ニ必シモ当然無効ニ帰スルモノニ非ス シテ保険者…於テ其ノ無効ヲ主張スルニ付キ公正且妥当ナル事由ノ存スル場 合ニ其ノ無効ヲ主張シ以テ之ヲ失効セシメ得ヘキ権利ヲ留保シタルニ止マリ 若シ保険契約者ノ同条違背行為ヲ黙認シ保険契約ノ存続ヲ欲スルトキハ之ヲ 有効ノモノト為シ得サルニ非サル趣旨ト解スルヲ妥当トス⽜と判示した。
【⚑】は下記【⚖】,【⚘】,【12】に影響しているとも言われているが10),
【⚑】が基礎としていた事情は現在と異なっているため,リーディングケー スと認められるのかは疑問である11)。現在の裁判例を改めて整理すると,次 のとおりである。
字義通りに故意または重過失をもって他保険契約の告知義務に違反した場 合,当該保険契約は解除されるとした裁判例として,【⚒】東京地判昭和63 年⚒月18日判時1295号132頁(海外旅行傷害保険:解除可),【⚓】神戸地判 平成元年⚙月27日判タ727号214頁(傷害保険:解除可),【⚔】水戸地判平成 10年⚕月14日判タ991号221頁(傷害保険:解除可),【⚕】東京地判平成12年
⚕月10日金商1099号42頁(傷害保険等:解除可)がある。
しかし,字義通りの適用を認める裁判例は少数であり,大多数は,以下の
(2006),反対する学説として,倉沢康一郎⽛告知義務⽜保険契約法の現代的課 題39頁(成文堂,1978),宮島司⽛判批⽜法学研究70巻⚗号133頁(1997),高 田晴仁⽛判批⽜法学研究71巻⚖号90頁(1998)。
9) 山下友信⽛他保険契約の告知義務・通知義務⽜現代の生命・傷害保険法236 頁(弘文堂,1999)。
10) 山下友信・保険法322~323頁(有斐閣,2005)。
11) 竹濵・前掲注8)45頁。
ように何等かの要件(以下,加重要件という)を付加している。
保険者において,解除が正当であることや解除権の濫用にならないことの 立証を求めるものとして,【⚖】東京地判昭和61年⚑月30日判時1181号146頁
(車両保険:解除不可),【⚗】東京地判平成⚓年⚗月25日判タ779号262頁
(傷害保険:解除不可),【⚘】東京高判平成⚔年12月25日判タ858号243頁
(住宅総合保険:解除不可),【⚙】東京高判平成⚕年⚙月28日判タ848号290 頁(【⚗】の控訴審,解除可),【10】広島地判平成⚘年12月25日判タ954号 241頁(傷害保険:解除可),【11】神戸地判平成13年11月21日交通民集34巻
⚖号1538頁(傷害保険等:解除可),【12】東京地判平成15年⚕月12日判タ 1126号240頁(傷害保険等:解除不可),【13】名古屋地判平成15年⚖月⚔日 交通民集36巻⚓号823頁(交通傷害保険等:解除不可),【14】青森地八戸支 判平成18年⚖月26日判タ1258号295頁(傷害保険等:解除不可),【15】大阪 地判平成18年⚙月29日交通民集39巻⚕号1369頁(交通事故傷害保険:解除不 可)がある。また,道徳的危険の存在がある程度具体的に推認されることを 要するとする【16】仙台高秋田支判平成⚔年⚘月31日判時1449号142頁(建 物更生共済:解除可)や,保険者が重複保険の存在を知っていれば加入を拒 否することを要するとする【17】大阪高判平成14年12月18日判時1826号143 頁(傷害保険:一部解除可)がある。
逆に,保険契約者側に保険制度を悪用する意図を必要とするものとして,
【18】東京地判平成⚒年⚓月19日判タ744号198頁(海外旅行傷害保険:解除 不可)があり,不正取得目的等のないことの立証を求めるものとして,【19】
東京高判平成⚓年11月27日判タ783号235頁(【18】の控訴審,解除可),【20】
東京地判平成13年⚕月16日判タ1093号205頁(海外旅行傷害保険:解除可),
【21】神戸地判平成13年10月12日 LEX/DB 文献番号 28071366(【17】の原 審,解除可),【22】名古屋地判平成15年⚔月16日判タ1148号265頁(傷害保 険:解除可),【23】東京地判平成21年⚔月30日 West Law Japan 文献番号 2009WLJPCA04308008(障害保険等:解除不可)がある。
⑵ 学 説
裁判例は,他保険契約の告知義務に主観的要件以外の加重要件を,統一は されていないものの,付加するものが多数である。その理由は,他保険契約 の告知義務が保険契約者側に必ずしも十分に理解されておらず,また,遵守 を期待するのが難しい義務の違反と保険契約の解除および保険金の不払いと いう効果との均衡を図るためである12)。また,他保険契約の告知義務は,事 前の危険選択というよりもむしろ,事後的な保険金不正請求対策として用い られており,これを制限するためでもある13)。このような裁判例の傾向に対 して,改正前商法下の学説は,次のように加重要件の付加を認めるか否かで 対立していた。
加重要件を付加しない学説は,次のように主張する。つまり,傷害保険が 多様化していることから,一概に保険契約者側だけに他保険契約の不告知の 責任を負わせるわけにはいかない。そこで,保険契約者側の故意または重過 失を厳格に解すべきである14)。故意または重過失の認定について,契約申込 書の告知事項欄に他保険のあることを告知しなかったとか不実の告知をした というだけで,直ちに故意または重過失を推認するのはゆるすぎて妥当でな い。当該契約締結時の状況,重複保険契約の成立までの期間,保険契約者等 の職歴・契約歴等の事情をも総合的に勘案して,故意または重過失を裏づけ る事実が補強される必要がある15)。また,約款の文言が著しく不合理でない 限り,約款規定に沿った解釈をすべきであるから,加重要件を導入すること には賛成しがたいと主張する16)。
12) 石田満⽛他保険契約の告知・通知義務⽜保険契約法の論理と現実76頁(有斐 閣,1995),金澤理⽛超過保険・重複保険⽜現代裁判法体系25〔生命保険・損 害保険〕224頁(新日本法規出版株式会社,1998)。
13) 洲崎・前掲注2)89頁,潘・前掲注3)⚗~⚘頁,山下・前掲注10)326頁。
14) 石田・前掲注12)79頁。
15) 出口正義⽛重複保険の告知・通知義務違反⽜損害保険研究54巻⚒号58~59頁
(1992)。
16) 佐野誠⽛傷害保険における他保険契約の告知・通知義務⽜損害保険研究66巻
これに対して,加重要件を付加する学説のうち,まず,保険者にそれを課 す学説は,一般的に保険契約者の故意または重過失の要件が備わっていれば 保険者の解除権行使が認められるとするよりも,何らかの合理的な絞りがか けられるべきであり,不正目的ないし不当利得目的が存在すれば,それ自体 で保険契約の無効が認められるべきである。したがって,不正目的ないし不 当利得目的を文字通りに解すべきではなく,保険者の解除を正当化するだけ の保険契約者側の著しく信義に反する事情というような意味において理解す べきであると主張する17)。保険契約者の不正目的ないし不当利得目的という 観点からは,保険者がこれを確定的に立証する必要はなく,重複保険に至る 経緯等の事実から,不正目的ないし不当利得目的を相当強く推認できる場合 でよいと主張する18)。しかし,この学説に対しては,そもそも保険者が不正 目的ないし不正利得目的を立証できるのであれば,他保険契約の告知義務は 不要であるという批判が妥当する19)。
次いで,保険契約者にそれを課す学説20)は,不法な目的の不存在を保険契 約者側が立証した場合,例外的に保険者は保険金支払を免れないとする考え 方が最も穏当である21),または他保険契約の告知条項は保険者が契約解除権 を行使しないと道徳的危険事実が防止できない場合における最後の拠り所で あるから,厳しい制限的解釈を加えるとその制度趣旨が全面的に失われるお それがあるので,約款を制限的に解釈すること自体には賛成するものの,そ の制限の仕方を緩和し,告知義務違反があれば保険者が解除権を取得するが,
⚑号22頁(2004)。
17) 山下・前掲注9)239頁。
18) 吉川栄一⽛判批⽜損害保険研究60巻⚒号139~140頁(1998)。
19) 藤田友敬⽛判批⽜ジュリ939号192~193頁(1989)。
20) 藤田・前掲注19)193頁,山本哲生⽛判批⽜ジュリ1045号130頁(1994),小野 寺千世⽛判批⽜ジュリ1092号128頁(1996),松井秀征⽛判批⽜ジュリ1114号 126頁(1997),栗田和彦⽛判批⽜私法判例リマークス29号106頁(2004)も同 旨。
21) 洲崎博史⽛他保険契約の告知義務・通知義務⽜民商114巻⚔・⚕号659頁
(1996)。
立証責任を転換して保険契約者が不法な目的の不存在を証明した場合は保険 金の支払を拒むことができないとすべきであると主張する22)。しかし,この 学説に対しては,保険契約者に不法な目的の不存在という消極的事実の立証 を課すことは困難であるという批判が妥当する23)。
以上のように,加重要件を課すいずれの学説も難があり,字義通りに解釈 する学説が相対的に理に適っているように考えられるが,通説的見解と認め られるまでには至っていなかった。
⚓ 保険法下における他保険契約の告知義務
保険法の立法過程において,他保険契約の規律を設けるべきか否かが議論 されたが24),保険契約者または被保険者が他保険契約の存在を把握していな いことや人保険の分野では何が他保険契約に該当するのかを判断するのが困 難であることから25),そのような規律は設けられなかった。保険法下におけ る他保険契約の告知義務の解釈について,以下のように見解が対立している。
⑴ 立案担当者の見解
立案担当者26)は,ある保険契約を締結しようとする際に,他保険契約の有 無を告知事項とすることができるか否かは,当該他保険契約の存在が,締結 しようとしている保険契約における危険に関する重要な事項であるかどうか によって決定されることから,常に告知事項となり得るわけではない。また,
改正前商法下において,加重要件を付加するか否かで裁判例・学説は分かれ ていたが,告知事項に含まれるため,それは不要である。そして,告知事項 22) 西嶋梅治⽛生命保険といわゆるモラル・リスク⽜生命保険契約法の変容とそ
の考察295頁(保険毎日新聞社,2001)。
23) 笹本・前掲注8)509頁。
24) 法制審議会保険法部会第11回会議議事録33~35頁,法制審議会保険法部会第 17回会議議事録31~33頁。
25) 萩本修編著・保険法立案関係資料95頁(商事法務,2008)。
26) 萩本修編著・一問一答保険法47~48頁,101頁(商事法務,2009)。
とされ,告知義務違反が認められる場合であっても,他保険契約の存在と保 険事故との間に因果関係は認められないことから,保険者は免責されない。
保険事故への対応について,例外的に,著しく重複した保険契約が短期間 で締結されたような場合,重大事由解除が認められる可能性があり,保険者 の免責が認められる余地がある。ただし,ただ保険契約者が他の保険契約に 加入していたというにとどまる場合,一般的に,それだけでただちに保険 者・保険契約者間の信頼を損なう重大な事由には該当しないとする。
⑵ 学 説
保険法同様に昨今,単行法として成立した会社法においても,立案担当者 の見解と異なる見解を取る最高裁判例が出されている(会社法⚕条について
【24】最判平成20年⚒月22日民集62巻⚒号576頁,同106条について【25】最 判平成27年⚒月19日民集69巻⚑号25頁)27)。判例が必ずしも立案担当者の見 解に拘束されるわけではないため,改めて考察する必要がある。
そして,保険法下の学説は,立案担当者の見解に必ずしも賛成しているわ けではない28)。以下のように,学説は立案者同様に他保険契約の存在も告知 義務に含まれるとする見解と,含まれないとする見解に分かれている。
27) 神田秀樹=岩田合同法律事務所・時代を彩る商事判例430頁〔神田秀樹〕(商 事法務,2015)。
28) 山下友信=永沢徹編著・⽝論点体系保険法⚒⽞329頁〔遠山聡〕(第一法規,
2014)。立案担当者と同旨の学説として,佐野・前掲注5)94頁,潘阿憲・保険 法概説70頁(中央経済社,2010),山下友信=米山高生編・保険法解説174頁
〔山下友信〕(有斐閣,2010),岡田豊基・現代保険法140頁(中央経済社,2010),
落合誠一監修・編著・保険法コンメンタール(損害保険・傷害疾病定額保険)
第⚒版17頁〔山下典孝〕(損害保険事業総合研究所,2014),山下友信=永沢徹 編著・⽝論点体系保険法⚑⽞74頁〔梅津昭彦〕(第一法規,2014),山下友信ほ か・保険法(第⚓版補訂版)135~136頁〔山本哲生〕,366~367頁〔竹濵修〕
(有斐閣,2015)。反対する学説として,甘利=福田・前掲注1)74頁,加瀬幸喜
⽛告知義務⽜新保険法と保険契約法理の新たな展開25頁(ぎょうせい,2009),
坂口光男(陳亮補訂)・保険法補訂版69頁(文眞堂,2012),山野嘉朗編著・現 代保険・海商法30講第⚙版30頁(中央経済社,2013)。
前者の学説29)は,保険事故発生前後に分けて考察する。保険事故発生前は,
告知義務に関して保険法が定める要件を満たせば解除権の行使が認められ,
また,改正前商法下で議論されていた加重要件は不要である。そして,保険 事故発生後は,重大事由解除による。ここで具体的に何が重大事由に該当す るかについては,第⚑に,保険契約の累積が著しく過大であるにもかかわら ず,それを保険者に知らしめないこと自体が保険者の信頼を大きく損なう,
第⚒に,累積が著しく過大である場合は,保険者に知らしめる義務が課され ていたことを知らなかったという抗弁を認めるべきではない,第⚓に,他保 険契約の不告知以外に,契約締結時の保険契約者の行動に不自然がある場合 は,そのような事実も重大事由該当性に考慮してよいと主張する。
これに対して,後者の学説30)は,前者の学説が保険事故前後に分けて考察 する点を,因果関係不存在特則の存在を回避するために保険事故発生前後を 分けて考察するのであれば,技巧的な解釈に過ぎると批判する。そして,保 険法下における他保険契約の告知義務は,保険者が契約締結の可否を判断す る情報を収集するための注意的事項として機能すべきものであり,保険事故 発生前後に分けることなく,いずれの場合においても,保険契約者側の保険 金不正取得目的,保険契約の濫用目的,詐欺的保険金請求等の疑いを保険者 が立証した場合は,重大事由解除が認められるべきであると主張する。
⑶ 検 討
以上を踏まえ,まず,他保険契約の存在を告知事項とすることの可否,次 いで,道徳的危険事実が現実化する保険金請求への対処を検討する。
①告知事項とすることの可否
立案担当者およびこれと同旨の学説は,他保険契約の存在が告知事項にな る余地を認めるが,必ずしもはっきりしない。改めて,他保険契約の存在を
29) 洲崎・前掲注2)94~95頁。
30) 堀井智明⽛保険法における他保険契約の告知・通知に関する一考察⽜法学研 究82巻12号454頁,457頁(2009)。
告知事項とすることの可否を検討する。
保険法は,⚔条において,⽛損害保険契約によりてん補することとされる 損害の発生の可能性(…⽛危険⽜…)に関する重要な事項のうち保険者にな る者が告知を求めたもの⽜の告知を求め,66条においても,⽛給付事由…の 発生の可能性(…⽛危険⽜…)に関する重要な事項のうち保険者になる者が 告知を求めたもの⽜の告知を求める。上記⽛重要な事項⽜は,保険者が当該 事項を知ったならば保険契約を締結しなかったか,または同一の保険料では 引き受けなかった事項をいう31)。
この点,【26】大判明治40年10月⚔日民録13輯939頁は,⽛他会社ニ保険契 約ノ申込ヲ為シタル場合又ハ同一契約ノ申込ヲ為シテ承諾アリタル場合ハ…
被保険者ノ生命ニ付キ危険測定ニ関係ヲ有セサルカ故ニ同条ノ重要ナル事実 中ニ包含セサルモノト解釈シタルモ亦相当⽜であるとした。また,【27】大 判大正11年⚘月28日民集⚑巻501号は,⽛保険契約ニ於テ被保険者ノ告知スヘ キ重要ナル事実トハ生命ノ危険ヲ測定スルニ付影響アル素質ヲ有スル事実⽜
とする。双方とも生命保険契約の事例であるが,定額給付方式の人保険契約 であるという点で,傷害疾病保険契約と共通する。
【26】により,他保険契約の存在は,告知を要する重要事実ではないとさ れ,【27】により,重要なる事実とは生命の危険を測定するために必要な情 報であるとされた。【26】は,他保険契約の存在以外に,保険危険事実とい うよりもむしろ道徳的危険事実に関係する保険契約者の職業や資力も,告知 事項に該当しないとした。これらのことから,判例は,一貫して告知義務を して保険危険事実を選択するための制度と解していると言える32)。言い換え ると,道徳的危険事実は保険料の算定に関係のない情報であり33),告知事項 に含まれておらず,道徳的危険事実つまり他保険契約の存在が保険事故の発
31) 甘利=福田・前掲注1)63頁。
32) 山下=永沢・前掲注28)14頁〔遠山〕,加瀬・前掲注28)25~26頁。判例の理 解に疑問を呈する見解として,山下・前掲注10)325頁。
33) 出口正義⽛保険法の若干の解釈問題に関する一考察⽜損害保険研究71巻⚓号 28頁(2009)。
生と関係しているわけではない34)。これを前提にすると,保険危険事実と道 徳的危険事実の区別は,保険料に算定できるか否か,つまり,当該危険を保 険者に移転することができるか否かという点からなされると考えられる。
従来から学説は生命保険契約において他保険契約の告知義務が規定されて いないことを合理性に欠けるとか35),損保約款と同旨の約款を設けるべきで あるとか主張するが36),今日でもこれらの判例に影響され,生命保険会社の 約款では他保険契約の告知義務は課されていない37)。
そもそも,保険法が保険契約者または被保険者になる者に告知義務を課す 根拠として,いわゆる危険測定説と善意契約説が挙げられる。前者は,保険 契約者が保険者に移転させることを欲する危険に関する情報は,保険契約者 または被保険者の支配領域に偏在しており,保険者が当該危険の引受けにあ たり正しい判断をするためには,保険契約者または被保険者がこのような情 報を保険者に開示させる必要があることから,告知義務が課されたと解する ものである38)。後者は,保険契約が偶然の事情によって給付が左右されると いう射倖契約の一種であるから,給付に影響する情報を隠して保険契約を締 結することは公正・公平を欠くために,信義則上告知義務が課されると解す るものである39)。これらは,説明の仕方が異なるのであり,互いに排斥しあ う関係にあるわけではないが,危険測定説が通説である40)。
34) 加瀬・前掲注28)26頁。
35) 笹本・前掲注8)495頁。
36) 西嶋・前掲注22)295~296頁。
37) 大串淳子=日本生命保険生命保険研究会編・解説保険法44頁(弘文堂,2008)。
実務的観点からすると,引受業務の差異は別として,生命保険会社は不正請求 対策として契約内容登録制度を設けているが(同書44頁),損害保険会社も同 様に,特に傷害保険契約において,契約内容登録制度により,多重契約をチェ ックしているという共通点がある(山下信一郎⽛損害保険実務への影響⽜法律 のひろば61巻⚘号28頁(2008))。
38) 甘利=福田・前掲注1)57頁。
39) 同上。
40) 山下・前掲注10)283頁。
告知義務の歴史的な確立過程においては,善意契約性が強調されてきた41)。 これは,英国法でいうところの保険契約の最高信義性であるが,英国におい ても,以前ほど最高信義性が強調されなくなっている42)。
英国法において保険契約を規律するのは1906年海上保険法(Marine Insu- rance Act 1906. 1906年海上保険法は,名称こそ⽛海上保険⽜であるが,コモ ン・ローを具体化した法であるため,海上保険契約以外の保険契約にも適用 される43))であるが,その第17条において,⽛海上保険契約は最大善意に基 づく契約であり,一方当事者によって最大善意が遵守されない場合,他方当 事者は当該契約を取り消すことができる。⽜と規定されている。本条は Carter v. Boehm 事件44)における Mansfield 卿の判旨が起源となっているが,ここか ら,保険契約は最大善意に基づく契約であり,保険危険事実および道徳的危 険事実を含めて告知義務は自発的申告義務であり,そして,告知義務を負う 者は(実際にどうかは別として)保険契約の両当事者であることが導ける45)。
日本法との相違は,告知義務を課される主体が英国においては保険者・保 険契約者(被保険者)双方なのに対し46),日本においては保険契約者または 被保険者のみという点である。つまり,日本は英国に比して保険契約の善意 契約性を重視していないと解される。
また,道徳的危険事実が告知義務の対象とすると,⚕年(約款上は⚒年)
41) 大森忠夫・保険法〔補訂版〕120頁(有斐閣,1985)。
42) 山下・前掲注10)284頁。
43) See The Law Commission and The Scottish Law Commission(Law Com No 319/Scot Law Com No 219), Consumer Insurance Law: Pre-Contract Disclo- sure and Misrepresentation, para 2.3 (available at http : //www.scotlawcom.gov.
uk/files/3512/7989/6641/rep219.pdf).以下,本稿では⽛家計保険法:最終報告書 第○段落⽜と引用する。
44) (1766) 3 Burr 1905.
45) See J Birds, Birds’ Modern Insurance Law 9thed., at p 119 (2013).
46) See Birds, at p119, 梅津昭彦⽛保険契約の法的性質再考⽜保険学雑誌605号40 頁(2009),Barrie G. Jervis 著(大谷孝一=中出哲監訳)・現代海上保険25頁
(成山堂書店,2013)。
経過後は,解除権が消滅する(28条⚔項・84条⚔項)。除斥期間の趣旨は,
一定期間,告知義務の対象となった事実が問題とならなかった以上,結果と して保険事故に影響を及ぼす程度は少なかったことから不問にする点にあ る47)。しかしながら,この説明は,道徳的危険事実には妥当しない。
これに対して,英国において,2012年家計保険(告知)法の立法過程にお いて生命保険契約に除斥期間を導入するか否かが議論された。実務上は,詐 欺の証拠がない限り⚕年以上前の不告知は調査の対象とされていないもの の48),導入すると告知義務違反が増える等の理由から見送られた49)。
除斥期間に関する日英の規律の相違からも,日本法は,道徳的危険事実よ りも保険危険事実を告知の対象としていると解される50)。
上記の裁判例で問題となっている保険種目は傷害保険契約が多く,これは 保険料が少額で済むため,たとえ⚒年間支払いを続けたとしても,大きな負 担とはならない(傷害保険契約は短期の契約が大半であろうが,長期傷害保 険契約も販売されている)。この期間内に保険者に他保険契約の存在が露呈 しなければ契約の存続が認められるというのも妥当でない。
そして,保険金請求への対処にも関係するが,他保険契約の存在が告知事 項に該当するとしても,それと保険事故との間に論理的な因果関係があると は認められない51)。保険事故と関係ない事項を質問するのであれば,質問事 項の妥当性が問題である52)。加えて,因果関係不存在特則が,保険法改正に より片面的強行規定とされたことから(31条⚒項⚑号但書・33条⚑項・88条
⚒項⚑号但書・94条⚒号),発生した保険事故は全て支払対象となる。告知 47) 落合・前掲注28)100頁,169~170頁〔山下典孝〕,山下=米山・前掲注28)
544頁〔山下〕。
48) 家計保険法:最終報告書10.22段落。
49) 家計保険法:最終報告書10.25段落。
50) See Ryoko Takeda (2004) “On the origin of the disclosure duty-a comparison of the UK and Japan”, at p 20(L.L.M. Thesis submitted (unpublished) to Uni- versity College London).
51) 江頭憲治郎・商取引法〔第⚗版〕442頁(弘文堂,2013)。
52) 山本哲生⽛損害保険における課題⽜保険学雑誌608号29頁(2010)。
義務違反において因果関係不存在特則が機能する余地のないのであれば,や はり告知を課す妥当性および必要性が問題となる(告知義務違反の制裁を伴 わないのであれば,例えば重要性のない事項について告知書で質問すること も片面的強行規定に反するわけではないという見解もあるが53),同一の質問 表において,告知義務違反の場合にも保険契約の継続や保険金請求が認めら れる質問とそうではない質問が並置されており,前者の質問に誠実に回答す るあまり,後者の質問に回答する際の注意力の程度が下がることで,結果と して,後者の質問に対する告知義務に違反した場合,これに回答する際の告 知義務者の主観的要件に影響するのではないかと考えられる)。
以上より,日本の告知義務制度は,善意契約性としての側面よりも保険契 約者または被保険者の保険料の計算に必要な保険危険事実に関する情報を収 集するための制度としての側面を重視していると解すべきである。これに対 して,他保険契約の存在は保険危険事実ではなく道徳的危険事実に関係する 情報であることから,これを告知事項とすべきではない。
この点,他保険契約が告知事項に含まれるか否かを問わず,後述のように 保険事故発生後は重大事由解除で対応するとするならば,告知事項に当たる とした上で,それに違反した場合,重大事由解除が認められやすくなるので はないかという意見も考えられる。しかしながら,保険法における重大事由 解除は将来効(30条・31条⚑項・86条・88条⚑項)であることから,どの時 点のいかなる行為が重大事由に該当するか否かが問題となり,単に告知義務 に違反したことがこれに該当するとも考え難い。加えて,上記の意見に従う と保険危険事実と道徳的危険事実の双方が告知事項に含まれることになる。
この場合,他保険契約の告知義務に違反した場合は,保険事故発生後は重大 事由解除で対応することになるが,保険危険事実の場合はどうか。因果関係 の有無により保険給付が決定されると解するのが素直であろうが,例えば,
死亡保険金額が高額で多くの既往症の告知義務に違反していた被保険者が単 53) 嶋寺基⽛保険法下における保険者の解除権⽜石川正先生古稀記念論文集・経
済社会と法の役割824頁(商事法務,2013)。
なる交通事故で死亡したような場合,保険金を支払わないために重大事由解 除によって対応するという選択肢を保険者に残すことになるであろうが,こ れは重大事由解除の制度趣旨と相容れない。
なお,本稿は他保険契約の存在が告知事項に該当しないという立場である が,不当条項規制との関係はどうか。この点,【28】最判平成24年⚓月16日 民集66巻⚕号2216頁によると,当該条項が消費者の権利を制限するか否かに 加え,他の条項との関係や実務運用もあわせて考慮される。実際にどのよう な運用がなされているのかも肝要であり,画一的な結論を導くのは難しいが,
不当条項と判断される可能性も否定できない。
②保険金請求への対処
他保険契約の存在も告知事項に含まれると解する学説は,保険事故発生前 において,告知義務違反の要件が満たされれば解除可能であると主張する。
この学説は,保険期間中に他保険契約の存在を保険者が認識しうると考えて いることから,他保険契約の通知義務が履行された場合を念頭において保険 事故発生前後を区別していると思われる。
しかし,これは他の学説から技巧的に過ぎると批判されていることに加え,
約款で他保険契約の通知義務は削除されている(あるいはその傾向にある)
こともあり,保険期間中に他保険契約の存在が判明する場合は多くない54)。 したがって,保険事故発生前後で区別する実益は少なく,また現実的でもな い。道徳的危険の具体化は,保険者免責の問題とするのが筋である55)。この 点【17】の判旨において⽛重複保険の告知がされていないが保険者がこれを 認識していると考えられる場合でも,保険事故の発生する前に解除がされる ことがほとんどないことは,識者の指摘するところである。事故の故意招致
…を保険者が立証できない場合の予備的な保険金支払拒否事由とするのは相 当ではないというべきである。⽜,と言及されている。
54) 潘阿憲⽛重大事由解除に関する一考察⽜損害保険研究75巻⚔号214頁(2014)。
55) 宮島・前掲注8)134~135頁,来住野究⽛判批⽜法学研究66巻⚖号111頁(1993)。
既述のように,他保険契約の存在と保険事故との間に論理的な因果関係が あるとは認められない。しかも,告知義務違反における因果関係不存在特則 が,保険法改正により片面的強行規定とされたことから,従来のように約款 で排除することもできない。そこで,他保険契約の告知義務の制度趣旨であ る道徳的危険事実に対処するために,重大事由解除を規定する30条⚓号およ び86条⚓号のバスケット条項で対応すること自体は共通している56)。バスケ ット条項は,従来の保険約款あるいは特約約款の⚓号事由(⽛他の保険契約 との重複によって,この特約の被保険者にかかる給付金額等の合計額が著し く過大であって,保険制度の目的に反する状態がもたらされるおそれがある とき⽜)および⚔号事由(⽛その他この特約を継続することが期待し得ない第
⚑号から前号までに掲げる理由と同様の理由があるとき⽜)に相当する。
そして,立案担当者は,著しく重複した保険契約が短期間で締結されたよ うな場合において重大事由解除が例外的に認められる可能性があると主張す る57)。これに対して学説は,そもそも重大事由解除は入院給付金をめぐるモ ラル・リスクの対応策として約款に盛り込まれたものであることから58),ご く短期間に保険契約が著しく重複したというだけでは,信頼関係が破壊され,
保険契約の存続を困難とする要件が満たされないと主張する59)。立案担当者 と学説において重大事由解除の理解は異なり,筆者は制度の沿革から学説が 妥当と考えるが,重大事由解除と他保険契約の告知義務の射程は同様なので あろうか。他保険契約が問題となった【⚒】~【23】において,件数として は解除が肯定されているもののほうが多く,控訴審において解除が肯定され たものもある(【⚙】および【19】)。重大事由解除をもって,同様の結論を 56) 勝野義孝⽛重大事由による解除⽜新しい保険法の理論と実務219頁(経済法 令研究会,2008),ࡗ素寛⽛保険法における重大事由解除⽜中西正明先生喜寿 記念・保険法改正の論点370頁(法律文化社,2009),同⽛告知義務違反におけ る因果関係不存在特則の意義⽜損害保険研究73巻⚓号25頁(2011)。
57) 萩本・前掲注26)48頁参照。
58) 山下=米山・前掲注28)568頁〔甘利公人〕。
59) 山下=米山・前掲注28)578頁〔甘利〕。
導けるのであろうか。以下において従来の⚓号・⚔号事由による重大事由解 除が問題となった裁判例を概観し,両者の解除できる範囲の相違を検討した い。
このような裁判例として,【29】東京簡判平成⚔年⚒月28日文研生判⚗巻 31頁,【30】広島地判平成⚘年⚔月10日判タ931号273頁,【31】徳島地判平成
⚘年⚗月17日生判⚘巻532頁,【32】大阪高判平成⚙年⚗月16日生判⚙巻343 頁,【33】東京地判平成11年⚓月⚖日判時1788号144頁,【34】大阪地判平成 12年⚒月22日判時1728号124頁,【35】札幌高判平成13年⚑月30日生判13巻58 頁,【36】熊本地判平成14年10月10日生判14巻679頁,【37】大分地判平成14 年11月29日生判14巻807号,【38】福岡地判平成15年12月26日生判15巻842頁,
【39】東京地判平成16年⚖月25日生判16巻438頁,【40】東京高判平成16年⚙
月⚗日生判16巻680頁,【41】大分地判平成17年⚒月28日判タ1216号282頁,
【42】千葉地判平成18年⚖月21日生判18巻406頁がある。
上記のうち,重大事由解除が否定された裁判例は,【29】,【32】,【33】の
⚓件であり,入院日額という観点からすると,【29】が64,000円,【32】が 40,000円超である。これらに対して,【33】は,入院給付金が問題となった 事例ではなく,死亡保険金20億円弱をかけられていた被保険者が自殺した事 案で重大事由解除が認められておらず,学説は他の裁判例との均衡から疑問 を呈している60)。逆に,重大事由解除が肯定された裁判例において,【30】
の入院日額合計は,47,500円であり,【31】は同47,000円,【34】は同10,000 円,【35】は同84,000円,【36】は同27,000円,【37】は同55,000円,【38】は 同80,000円,【39】は同103,000円(がん診断一時金が3,400万円である),
【40】が同38,000円,【41】は同119,000円,【42】が同66,500円である。また,
擬制自白の事案であるが,【43】東京地判平成19年⚕月⚗日生判19巻194頁は,
同105,500円であった。
上記より,単純に入院日額のみで契約解除の可否を決定することはできな 60) 甘利公人⽛生命保険約款の重大事由による解除権⽜生命保険契約法の基礎理
論232頁(有斐閣,2007)。
い61)。入院日額以外に求められる要素として,【30】は故意の事故招致を仮 装しており(保険金不正取得目的も肯定できる62)),【31】は被保険者が覚せ い剤を使用しており,【34】は生保の営業職員が職業を偽って加入しており,
【36】は無職にもかかわらず既に多額の給付金を受領しており,多数の告知 義務違反の事実が認められたこと63),そして【37】は告知義務違反が露呈し ないように請求操作が行われており,【40】は保険事故(不慮の事故)の発 生自体が疑わしく64),【42】は不必要入院が疑われる65)という信頼関係を破 壊する要素があげられる。
保険法における重大事由解除の効果は将来効であり,また,重大事由解除 を濫用しないよう留意することという国会の付帯決議がある。したがって,
学説が主張するように,重複保険契約の短期集中加入に加えて,保険契約者 側のどのような行為が保険者の信頼を破壊する重大事由に該当し,それはい つ生じたのかを,これまで以上に慎重に判断する必要がある66)。
他保険契約の告知義務が問題となった裁判例を単に給付日額の観点からす ると,一般的に著しい重複であると異論が少ないと思われるところの【⚕】
61) 萩本・前掲注26)101頁,田口城⽛重大事由による解除⽜保険法の論点と展望 167頁(商事法務,2009)。一応の目安として入院日額50,000円が挙げられてい るが(嶋寺・前掲注53)835頁),筆者は具体的な金額に加え,年収を365で除し た数字や事案ごとの事情も考慮されるべきであると考える。したがって,本文 ではより高額の事案を選択した。なお,【12】は死亡保険金が問題となったが,
年収約1500万円の看護婦(当時)に57億円が付保されていた事案において,本 件の事情を考慮し,解除を否定している。重大事由解除の規定の沿革から入院 給付金に注目が集まるが,死亡保険金の場合も年収や事案ごとの事情から判断 されるべきものと考える。
62) 勝野・前掲注56)219頁。
63) 坂本貴生⽛(保険学会レジュメ)著しい重複保険による重大事由解除⽜
( http : //www. js-is. org/wp-content/uploads/2011/06/fc4ac88797d3d59fc414e30c 998852c34.pdf)12頁。
64) 坂本・前掲注63)15頁。
65) 坂本・前掲注63)16頁。
66) ࡗ・前掲注56)(保険法改正の論点)367頁,370頁。
が合計入院日額237,600円(問題となっているのは13件。これ以外に,生命 保険会社⚘社との間で15件の生命保険契約,各共済および簡易保険にも加入 している)で必要以上の長期入院をしている。【10】は入院日額70,000円
(⚕件)でモラル疑惑のある入院をしており,【15】は入院日額116,800円,
通院日額65,300円(12件)で中央分離帯に衝突し,入院⚓日間,通院285日 間の事案である。【22】が通院日額52,000円(⚖件)で108日間通院し,【23】
が入院日額65,000円,通院日額25,000円(⚓件)で,交通事故により入院72 日間(入院必要日数は28日間),通院79日間の事案である。そして,契約締 結時の接近性は,【⚕】が平成⚓年⚖月27日から平成⚕年⚒月19日の間に契 約が締結されている(掲載紙が契約目録を省略しているため,第一法規のデ ータベースを参照した)。【10】が平成⚔年12月⚒日から平成⚕年⚑月13日の 間に,【15】が平成元年⚑月23日から平成12年⚖月⚑日の間に契約が締結さ れている。ただし,これはあくまで判決文から判明した分のみであり,自動 継続の契約を含む。【22】が平成13年⚗月⚒日から同11日までの間に,【23】
が平成⚘年⚒月⚑日から平成10年⚑月26日の間に契約が締結されており,自 動継続を含む。
いずれの事例においても,重大事由解除は問題となっていないものの,
【23】の評釈において,被保険者が大手生保勤務の後,代理店を開業した保 険の専門家であるという属性に加え,保険契約の重複・保険金額・保険金の 過大請求から,重大事由解除が肯定されると主張されている67)。この見解を 前提にすると,【10】も被保険者が保険外務員として23年以上勤務しており,
保険契約の件数も入院日額も【23】より大きいことから,重大事由解除が肯 定されると考えられる。これに対して,被保険者の職業が保険関係でない
【⚕】において,被保険者は個人商店を営んでおり,過去の事故で1400万円 超を受領しており,借財もある。また,【15】において,被保険者の職業は 明確に認定されていないが,普通貨物自動車を運転中の事故であることから,
運送業と推認される。ここでは,普通貨物自動車を中央分離帯に衝突させる 67) 勝野義孝⽛判批⽜金商1386号124頁(2012)。
交通事故で,平成12年10月28日から同月30日までの⚓日間入院し,同月31日 から平成14年⚓月⚒日までの間に285日間通院している。自賠責保険では,
局部に神経症状を残すものとして14級10号と認定されている。また,不正請 求の疑いはないと認定されている。そして,【22】において,被保険者はソ ーラー温水器の訪問販売や生命保険商品のチラシを配布していたが,チラシ の配布中に何者かに殴打されたと主張した。この点について,裁判所は認定 していない。ただし,被保険者は飛び込みで保険契約を締結しており,死 亡・高度障害補償のない入通院のみの保険を希望していた。
これらの事情を,著しい重複保険契約・短期集中加入・信頼関係を破壊す る事情という要素や,【23】との対比から考慮すると,【⚕】は金銭面で窮乏 していたこと,【22】は事故態様や契約締結過程の事情から,重大事由解除 が肯定されるものと考える。しかし,【15】において,285日間の通院をもっ て直ちに信頼関係を破壊すると認められるのか否か,疑問である。
また,上記⚕件以外の事例は,保険金額の観点からも,バスケット条項に よる重大事由解除は認められないものと考えられる。そうだとすると,保険 法下において重大事由解除をもって解除できる範囲は,従来の他保険契約の 告知義務よりも狭いものになる。つまり,他保険契約の趣旨である道徳的危 険への対処の効果は,減殺されることになる。
③保険法下における他保険契約の告知義務
以上検討してきたように,【26】,【27】の大審院判例は告知事項を保険危 険事実に限定しており,これらは生命保険契約の事例であるが定額給付方式 の人保険契約であるという点で傷害疾病定額保険契約と共通していること,
英国と異なり日本の告知義務は保険契約者側にのみ課されていること,告知 事項に道徳的危険事実を含めると告知義務を規律する他の規定(除斥期間,
因果関係不存在特則,重大事由解除)との整合性がとれないこと,そして保 険事故と関係のない質問をすべきでないことの⚔点から,他保険契約の存在 は告知事項に含まれないと解する。上記のうち,大審院判例は本稿の根拠と して十分であると考えられるが,英国法との対比は根拠を補強するものであ
り,これのみで十分であるかは未だ検討の余地が残されているものと思われ る。ただし,他の規定との整合性および質問のあり方も,大審院判例を除い たとしても,それなりの根拠になるものと考えられる。
そして,保険金請求への対応は重大事由解除に委ねるとする通説に賛成で ある。また,重大事由解除がもともと道徳的危険事実に対処するための制度 であることから,立案担当者の主張するように著しい重複保険の短期集中加 入のみでは足りず,学説の主張するように信頼関係を破壊する要素を必要と 解すべきである。そもそも,因果関係不存在特則が片面的強行規定とされた ため,従来のように告知義務違反で対処できず,保険事故発生後は重大事由 解除によるという構成は,論理が飛躍しているし,現実的でもない。
ところで,立案担当者の主張する著しい重複保険契約の短期集中加入(学 説は信頼関係を破壊する要素も必要とする)の要件自体が厳しいものであり,
裁判例の比較からも,重大事由解除が可能な範囲は他保険契約の告知義務に よって解除可能な範囲よりも狭くなるものと考えられる。そうだとすると,
道徳的危険への対応が後退すると考えられるかもしれない。しかし,他保険 契約の告知義務も重大事由解除も,その制度趣旨は道徳的危険事実への対処 であることから,重大事由解除ができない事案は(故意免責等は別として)
道徳的危険事実も認められない事案ということになる。
⚔ おわりに
本稿は,保険法が改正前商法に比して告知義務の範囲を明確化したことか ら再検討が求められる他保険契約の告知義務について考察した。
保険法における告知義務は,大審院判例,英国法との対比,告知義務を規 律する他の規定(除斥期間,因果関係不存在特則,重大事由解除)との関係,
保険事故と関係のない質問をすべきでないことの⚔点から,保険契約者また は被保険者の保険料の計算に必要な保険危険事実を収集するための制度とし ての側面を重視すべきである。そうだとすると,道徳的危険事実に対処する ための他保険契約の告知義務はこれに含まれない。
そして,重複契約の状態における保険金請求は重大事由解除によるべきで あるが,そこでは著しい重複保険の短期集中加入に加え,信頼関係を破壊す る要素を必要と解すべきである。そして,免責が認められない場合は,そも そも道徳的危険事実が存在しないということになる。
本稿は,⽛2014年度 全労済 給付奨学生⽜の研究成果の一部である。
(筆者は上智大学法学部特別研究員)