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【書 評】
中出 哲著⽝損害てん補の本質
海上保険を中心として
⽞
成文堂,2016年⚓月,はしがき⚔頁,本書の概要16頁,
目次⚘頁,本文・初出一覧・参考文献・あとがき483頁
本書は損害保険の中核をなす損害てん補の本質とは何かという視点から,
損害保険の新たな契約理論を体系的に構築しようとした意欲的な大著である。
⚑. 本書がどのように構成されているか素描してみよう。序章,第Ⅰ部,第
Ⅱ部および終章から成り,序章では損害てん補の本質を明らかにするために まず❞問題の所在が提示され,次に❟考察の範囲,さらに❠考察の方法が示 され,❟については海上保険を中心とした損害保険理論を目指し,❠につい ては保険約款等の保険実務にも目配りしつつ,イギリス法,PEICL との比 較法研究を通じて,第Ⅰ部で提示された損害保険の本質についての一般原則 の仮説が,第Ⅱ部・損害てん補の各論(保険価額,協定保険価額,重複保険,
保険代位等)でも適合するかにつき検証することを意図した研究方法が明示 されている。終章では第Ⅰ部で検討された仮説が第Ⅱ部・各論でも妥当する 旨の結論が導かれる一方,課題についても言及されている。
⚒. 第Ⅰ部では第⚑章ないし第⚕章が設けられ,損害てん補の本質がさまざ まな角度から検討されているが,とりわけ,第⚓章・損害てん補原則と利得 禁止原則,第⚔章・直接損害てん補の原則および第⚕章・損害保険における 損害と利益の関係についての考察が注目に値する。損害てん補の本質の究明 にあたって,著者は⒜損害保険でてん補される損害とは何か,⒝損害と利益
(被保険利益)との関係,⒞損害てん補方式自体の検討が不可欠であるとし て,次のように論述する。
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⒜一般に,損害については物自体の損害と解されるが,損害にもさまざま な種類があり,異なる次元で認識する必要がある。⒝異なる経済的主体が異 なる利益ごとに異なる損害を被った場合に,損害は利益の減少として捉えら れるが,かかる視点からは損害の種類・量的評価を認識できないと指摘して,
著者は損害が金銭的に評価可能でなければならないことを前提に,⒞損害て ん補原則は,❡保険技術的要請,❢経済制度としての要請,❣社会的健全性 確保の要請に応えられるべき制度であることを要することとして,本書の第
⚑の結論が導かれる。
⚓. 第⚑の結論である損害てん補の本質については,次のように説明する。
❡の要請から損害てん補方式で給付される保険金はそれに見合う保険料,損 害の程度・種類・原因・評価基準等につき,事前に取り決められた方法と範 囲で支払われること,❢の要請では,例えば法的紛争解決や残存物処理等の 問題につき安価なコストで迅速な解決が期待される点で保険制度にはメリッ トがあること,したがって❣の社会的健全性の確保の要請に応える損害保険 は,個別ケースでの給付額が損害額の妥当な枠にとどまる限り,これを社会 通念上の利得禁止原則違反として判断するのではなく,柔軟に対応できるも のとする論理で解決を図ることになる。
第⚒の結論である損害てん補原則と利得禁止原則との関係は,次のように 要約される。前者については,厳格な意味の利得禁止原則と同旨のものと解 するのではなく,損害額や支払保険金の損害てん補という給付方式を示す任 意法的な原則として捉えるべきである。けれども,他方で,賭博やモラル・
ハザード等による弊害を排除する必要があることから,後者の強行法的な利 得禁止原則の適用が不可欠であることを重視したうえで,双方原則の関係性 についての解釈が,以下の🄐🄐,🄑🄑,🄒🄒,🄓🄓,🄔🄔の各論においても適合するこ とを明らかにしている。
🄐🄐約定保険価額については,同約定価額の法的拘束力をどこまで認めるか が問われるが,もし保険価額と比較して約定保険価額が当事者間の合理的範
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囲内であれば問題はないが,両者間に著しい乖離があれば強行法性としての 利得禁止原則を適用すべきものとする。
🄑🄑重複保険については,保険法20条により保険料との関係で重複給付が許 される一方,同18条では利得禁止原則に触れない限り任意法的な損害てん補 が認められることから,保険者間の重複関係の調整規律である求償権ルール の設定が必要になるということである(同20条⚒項)。
🄒🄒残存物代位は,保険者による全損金支払いによって残存物権利が被保険 者から保険者に移転する制度であることから,全損処理についてはどのよう な場合に当事者間で取り決めた保険金の支払いをするかという問題であり,
他方,物の権利移転についてはもし残存物に排除すべき利得があれば強行法 的な利得禁止原則を適用し,そうでなければ損害てん補から多少の逸脱があ ったとしてもこれを利得として判断しないで,残存物の帰属についてはこれ を当事者の任意にゆだねる制度として捉えている。
🄓🄓請求権代位は,第三者による保険事故が生じたときに,被保険者が保険 金請求権と第三者に対する請求権の複数債権を取得した後,保険者から迅速 に損害てん補の給付を受けた際に被保険者の利得を排除することを目的とし て重複てん補を阻止する趣旨である。したがって,同制度の本質については,
強行法的な利得禁止原則の枠内で任意法的な損害てん補原則を確保するため の法技術的手法として解されることから,この請求権代位についても双方原 則の関係性についての仮説が妥当することを力説している。
第⚓の結論である損害てん補と被保険利益との関係は,次のように要約さ れている。被保険利益を中心的概念として位置づけ,その評価額である保険 価額を基準にして損害てん補理論を形成する伝統理論に反して,本書におい ては,いかなる基準で損害をてん補するかという給付算定・損害の評価基準 等の損害のてん補方式を示す損害てん補原則についての規律(保険法18条⚑
項)と損害保険としての契約の効力に関わる被保険利益についての規律(同
⚓条)の両者を切り離して認識すべきことが力説されている。🄔🄔保険価額に ついても,被保険利益の評価額としてではなく,損害発生時の物の損害をど 161
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のような基準でてん補するかという給付方式に着目して,損害てん補原則に 基づき利用される制度概念であると説かれている。保険価額をこのように把 握することの背景に,保険法上,保険価額についての概念規律に変更があっ たことに刮目することが肝心であり,その変更にこそ損害保険理論の重要な 革新性が読みとれる旨指摘したうえで,著者は保険価額をこのように理解す ることによって,損害てん補の各論の保険価額についても被保険利益概念を より柔軟に捉えることができるものと力説する。
⚔. 伝統理論によれば,損害は被保険利益に連動するものとして,利益と損 害の表裏一体の関係が形成され,被保険利益を起点に保険価額,それを基準 にした損害てん補,さらに利得禁止原則の調整を経て損害てん補原則が成立 するものとする理論体系であった。これに反して,本書では利益と損害は必 ずしも対応関係にあるものとはいえないとして,かかる関係を切断して損害 てん補原則については,被保険利益概念からではなく,損害をどのような基 準でてん補するかという給付方式に基づき捉える一方で,利得排除の視点か ら強行法的な利得禁止原則を適用すべきものとする論理が提唱された。
ただ,本書にも疑念の余地がないわけではない。保険価額を被保険利益概 念からではなく,保険の目的物の価額と解することになれば,所有者利益以 外の保険価額をどのように捉えるか。他方,伝統理論上の基本的問題,被保 険利益の欠如や保険価額の過不足による損害てん補原則の短所を是正するた めの解決策,例えば同原則を補完するための事故処理・法的手続や状況変化 に応じた弾力的な取扱規定等の事前の取り決めを明示することによって,同 原則の不備を克服することができないか,今後さらなる損害てん補理論をめ ぐる論理の展開を期待したい。
にもかかわらず,さまざまな角度から独自の視点で構築された中出教授の 損害てん補理論は,まぎれもなく,独創的な研究成果として評価することが できよう。
(評者:明治学院大学名誉教授 松島 惠) 162