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本邦老衰死亡率の研究(第2報
一全国男女別老蓑死亡率の年代的推移
東京女子医科大学衛生学教室(主任 吉岡博人教授)
石 川 徹
イシ カワ トオノレ
(受付昭和35年10月27日)
1 緒 言
近年わが国の平均寿命の著しい延長1)に伴ない,老入 性疾患が重要視せられるにいたり,1955年のわが国「老 衰」死亡率は人口10万対男子53.8,女子80.0で,死亡順 位は男子第6位,女子第3位となっている。著者は第1 報2)に,男女総数における全国ならびに府県窃「老衰」
死亡率の年代的推移につき観察したが,ひきつづき今回 は,これを全国男女別に集計し,性別についての特徴を 検討した。
II 資料および研究方法
1.資 料
第1報2)と同様。
2.研究方法
全国粗死亡率,訂正死亡率,年齢階級別死亡率,「老 年者老衰死亡率」,「老人人口比率」を男女別にそれぞれ 第1報2)と同じ年度につき算出した。
1∬ 研 究 結 果 1. 性別粗死亡率
第1図に全国男女別「老衰」死亡率の年次変化を示
す。
1)男子死亡率
年次的推移をみると,明治時代は明治32年102.7から 34年に旦低下し,その後は明治時代で最高の38年まで上 昇し,ついで大正2年まで下降する。再び大正7年の全 年代最高値116.3まで上昇し,以後は昭和17年まで下降 の傾向を示しっっ大体水平状態の92〜110の値である。
戦後は急激に低下し,昭和30年は全年代最低値53.7とな る。明治32年と昭和30年との差は49.0であり,全年代最 高値の大正7年と,最低値の昭和30年の差は62. 4であ
る。 /t 2) 女子死亡率
年次的推移は男子とよく似ているが, S年代を通じ最 高を示す年は,昭和2年の177.0で,男子の最高の大正
7年は女子では174.0となり第2位である。最低の年は 男子と同様に昭和30年の80.0で,最高と最低値の差は 97.0で男子より大である。明治32年148.7と昭和30年
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「老衰」死亡率の年次的推移(全国,男女別,1899〜1955年)
T6ru ISIItaWA (Departmeut of Hygiene, Tokyo Women s Medical College) : Studies on the death−
rates from senility in Japan (Report 2). Secular changes of sex specific death−rates from senility in the whole country.
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80.0との差は68.7で,男子より差が大きい。
3)男女の此較
全年代を通じつねに女子が男子より高率で,その差は 明治時代は39.7(明治44年)と54.1(明治38年)の間に あり,大正時代は35.8(大正2年)から57.8(大正7 年)と伸縮の巾が多少大きくなる。昭和戦前は昭和2年 遅全年代最大の差である77。7を示すが,その他の年は 40.5(昭和1年)と51.9(昭和13年)の聞にある。昭和 戦後は急激に差が縮少し,昭和22年目31.1から更に縮少 してつねに30以下となり,昭和29年は26. 2で全年代最小 の差を示す。
2. 訂正比亡率
死亡率を比較する揚合に,各U年令構成が異なるので 昭和5年の全国人口を標準人口として訂正し,各年次別 および性別死亡率の比較に生ならしめた。
第1表,第1コ口年次的推移を,第2図に男女の比
較,第3,4図には性別粗死亡率との比較を示す。第1表全国,男女別老衰死亡率
昭和5年,15年,22年が高い率を示し,昭和5年が全年 代最高値132.7である。昭和25年以降急激に低下し,30 年は男子と同様57.7と全年代最低値を示す。
3)男女の比較および粗死亡率との比較
第1,2図で男女の「老衰」訂正死亡率の年次的経過 をみてみる。大正7年まではつねに男子が女子より低率 で,大正9年以後は逆転してつねに男子が女子より高率 を示す。年次経過における高低の差は男子が著しい。一 方粗野率の年次経過では,つねに男子より女子が高率を 示し,率の逆転は認められない。乙れはすでに諸岡3)が 指摘しているところである。
訂正死亡率の年次経過を,粗死亡率のそれと男女別に 比較する。第3図のごとく,男子の訂正死亡率は大正9 年を境として,以後大巾に男子の粗死亡率を凌駕してい
るが,第4図にみるように女子ではつねに訂正死亡率は 粗亡率より低い。このため大正9年以後に訂正死亡率の 男子が女子を凌駕する結果となる。また大正9年以後に
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男 女
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明治32年1 IO2. 7 36
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大正2年 7 9
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昭和5年
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99. 2 95. 8 89. 2 116. 3 109. 2i
96. 8 97. 2 92. 1 97. 5 85. 1 57. 5 53. 7
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147. 3 134. 0 147. 3 139. 9 142. 4 125. 3 82. 2 72. 5
125. 0 174. 1 153. 1 137. 2 140. 1 136. 4 147. 9 116. 2 82. 4 80. 0
訂正死 亡率
122. 1 110. 6 108. 2 91. 4 128. 7 126. 4 111. 6 132. 7 110. 5 124. 3 106. 4 69. 2 57. 7
「老年者 老衰死亡 率」
166. 6 161. 5 158. 7 133. 6 186. 1 169. 9 163. 7 170. 1 164. 9 171. 0 140. 4 97. 2 91. 2
1) 男子死亡率
第ユ表,第1図にみるごとく,明治32年より大正2年 まで低下するが,以後上昇し,昭和22年までつねに100 以上の死亡率を示す。 とくに大正9年,昭和5年,15 年,22年に高い率を示し,昭和5年が全年代最高値138.8
である。昭和25,30年は急激に低下し,30年は全年代最 低値60.8を示す。
2) 女子死亡率
第1表,第2図にみるごとく,年次的推移は男子のそ れとほとんど同様な変化を示す。明治32年より次第に低 下し,大正2年で戦前最低となり,以後上昇して昭和22年
までつねに100以上の死亡率を示す。とくに大正7年,
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第2図 全国「老衰」訂正死亡率の男女北新 男子の訂正死亡率が,大巾に粗死亡率を凌駕する理由 は,第2表による「老人人口比率」をみると,訂正死亡 率算出に用いた標準人Pの昭和5年男女総数「老人人n 比率」74.1より,つねに男子の大正9年以後のそれが低 率であるので,死亡:率を訂正すると粗死亡率より上昇し たのである。一方女子は,「老人人口比率」がつねに昭 和5年のそれより高率であるために,死亡率を訂正して
もつねに粗死亡率より低率となっている。
4) 訂正死亡率の性死
つぎに訂正死亡率によって性比の年次的推移を検討し
た。
第3表,第5図に示すごとく,明治32年が全年代の最 小値81.1であり,大正7年まで100以下で,大正9年以
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第3図 全国「老衰」死亡率の粗死亡率と,訂正死 亡率の比較(男子)
第2表 全国,年次別,性別「老衰」粗死亡率と訂正死 亡率の比較,ならびに「老人人口比率」
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第4図 全国「老衰」死亡率の粗死亡率と,訂正死 亡率の此較(女子)
第3表年次別,性別訂正死率ならびに訂正死亡率の性 比(全国)
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明治32年 36 41
大正2年 7 9
14昭和5年
10 15 昭和22年 25 30男 女
亡巻
樽死証蝦訟概証蝦訟
亡率 率」 亡率 亡率 率」
(人…瑚)1(%);(人…瑚)!(%)
122. 1 110. 6 108. 2 91. 4 128. 7 126. 4 111. 6 132. 7 ZIO. 5 124. 3 106. 4 69. 2 57. 7
88. 9 88. 5 90. 2 93. 5 93. 5 90. 1 83. 8 82. 3 82. 7 86. 4 82. 2 84. 3 87: 4
年訳・
102. 7 99. 2 95. 8 89. 2 116. 3 109. 2 96. 8 97. 2 92. 1 97. 5 85. 1 57. 5 53. 7
99. 1 97. 4 92. 2 81. 0 104. 7 130. 1 117. 1 138. 8 117. 1 130. 5 119. 7 77. 0 60. 8
75. 7i 148. 7 76. 51 142. 9 80. ll 143. 2 84. OE 125. 0 83. 5] 174. 1 74. 11 153. 1 72. 2i 137.2 65. 9T 140. 1 65. 81 136. 4 68. 51 147. 9 67. 21 116. 2 69. 5[ 82. 4
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明治32年 36
41
大正2年 7 9
14
昭和5年
10 15 昭和22年 25 30訂正死亡率
(人口10万対)
男 女
99. 1 97. 4 92. 2 81, e 104. 7 130. 1 117. 1 138. 8 117. 1 130. 5 119. 7 77. 0 60. 8
122. 1 110. 6 1e8. 2 91. 4 128. 7 126. 4 111. 6 132. 7 110. 5 124. 3 106. 4 69. 2 57. 7
性 比
(女子の死 亡率を10⑪
とす)
後は100以上となり,昭和22年が全年代最高値を示す。
以後は減少して100に接近するが,昭和30年まで100以上 の値を示す。これは男子の訂正死亡率が女子に比べ,大 正9年置境として回しく上昇したので,それまで女子が 男子より高率であったのが大正9年以後逆転して,男子 が女子より高率となったからである。
81. 1 88. 0 85. 2 88. 6 81. 3 102. 9 104. 9 104. 5 105. 9 105. 0 112. 4 111. 2 105. 4
昭和22年以降,急激に訂正死亡率が低下したが,性比 では特に昭和22年以後の変化はみられないので,男女と も同程度の低下をみた二とが知られる。
3.年齢階級別死亡率
第4表,第6,7図に年齢階級別死亡率の年次的推移
を示す。
60才代,70才代,80才以上のごとく年齢階級が高年齢 となるに従い,死亡率は急激に上昇している。60才代と
第4表 全国,男女別,年齢階級別「老衰」死亡数ならびに「老衰」死亡率の年次的推移
男 女
1・・一・・才・・一59才i・・一69才i・・一・・才1・・才以上・・一・・才1・・一59才i・・一69才i・・一79才・・才以上
「老衰」死亡数 (人)
明治32年 36 41
大正2年 7 9
14
昭和5年
10 15 22 25 30「老衰」死州
明治32年 36 41
大正2年1 7
9 14
(人口10万対)
昭和5年
10 15 22 25 30
2
16
322 134 82
22, 440 3, 515 3, 939 3, 741 4, 978 4, 601 3, 716 4, 103 4, 036 4, 817 5, 077 2, 427i 1, 62711 lol so21
19, 670 11, 287 10, 705 16, 778 15, 777 14, 924 15, 378 14, 743 16, 340 15, 888 11, 2221
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第5図 男女別訂正死亡率,ならびに訂正死亡率の性比(全国,1899〜1955年)
80才以上の比亡率を死較すると,80才以上が20〜80倍と 高い倍率を示すことは,「老衰」死亡率の特徴と老えら れる。第7図により60才代と70才代の死亡率をみると,
明治から大正初期にかけての下降が軽度にみられるが,
大体明治から昭和22年まで高率を持続し,昭和25年以降 は急激に低下する。80才以上は明治から大正初期までは
低率で,男子大正9年,女子大正7年から昭和22年まで は,人口10万に対し10,000以上の高率を示し,昭和25 年以降は下降している。昭和25年以後の率の下降は,50 才代および60才代が最も著しく,これはこの年齢階級の
「老衰」死亡の診断がとくに批判的にみられるようにな ったためであろう。しかし第4表のごとく50才代の「老
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三6図 全国年令階級別「老衰」死亡率 衰」死亡は明治32年に男子0.8(16入),女子1.2(22人)
にみられ,以後は表われないが,昭和22年以来再び2.3
〜11.0となって明治32年より高率となり,昭和30年のご ときは40才代に男子2人,女子7人でわずかながらみら
れる。
男女別に年齢階級別死亡率を比較すると,50才代では 明治32,昭和22,25,30年の4力年のうち男子〉女子は 1力年,男子〈女子は3力年である。60才代は明治32年 から昭和30年のうち13力年については男子〉女子は昭和 5〜25年の5力年,男子く女子は8力年である。70才代 は明治36年から昭和30年のうち12力年については男子〉
女子は大正9年以後8力年,男子く女子は4力年であ
る。80才以上は明治41年から昭和30年のうち11力年につ いては男子〉女子は大正9年以後8力年,男子く女子は3力年である。すなわち50,60才代では女子高率の年が 多く,70才代,80才以上ではつねに明治41年から大正7 年まで女子高率,大正9年以後は男子高率となり,通年
して男子高率の年が多い。
4. 「老年者老衰死亡率」
この死亡率は粗死亡率および訂正死亡率と異なり,60 才以下の年齢層と関係なく,60才以上の老年者が「老 衰」で死ぬ割合を示したものである(ただし入口1:方
封)。
第1表,第8図のごとく,年次的推移は第5図にみる
訂正死亡率のそれとほぼ同様な経過であるが,大正9年 以後の男女の率の逆転はない。明治末,大正初めの谷以 外は大体水平な年次経過を示し,戦後に急激な低下を示 す。また女子はつねに男子より高率である。男子の最高は 大正9年の147. 3,最低は昭和30年の72. 5,.女子の最高 は大正7年の186.1,最低は男子と同様に昭和30年で91.2 となり,男女ともに最低を示した年次が訂正死亡率と一 致する。
5. 「老人人口比率」
「老衰」死亡は老年者にかぎられた死因である。第1 報2)に60才以上の男女総数における「老人人口比率」の 増減を報告したが,今回は男女別に検討し,「老衰」訂 正死亡率および「老年老老衰死亡率」との比較老察を加
える。
1)男 子
第2表のごとく大正2年の84.0が最高で,最低は昭和 10年の65.9である。訂正死亡率に使用した標準人口の昭 和5年の「老人入口比率」74.1に比べ,大正9年までは
つねに高率で,以後はつねに低率である。 また戦後に
「老人入口比率」はやや上昇したが,全年代を通じとく に激変はない。
2)女 子
全年代を通じ男子より高率である。大正2,7年とも 最:高で93.5で,最低は昭和22年の82.2である。全年代を
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第7図
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4 次
「老衰」の年令晧級別;性別死亡率の年次的推移(全軍,1899〜1955年)
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2z nft 3p第8図 「老年者老衰死亡率」ならびに「老人人口此率」の年次的推移 (全国,男女別,1899〜1955年)
通じ訂正死亡率に用いた標準人口の昭和5年の「老人人 口比率」74.1よりつねに高率である。男子と同様に全年 代を通じ率の激変はみられないが,戦後はやや上昇傾向
である。
IV 考 按
「老衰」死亡の粗死亡率について,年次的経過を統計 的に研究した荒井4)の論文によると,明治32年から昭和 17年中での「老衰」死亡率の最高は大正7年で,最低は 明治34年となり,明治32年から昭和17年まできわめてわ ずかな逓増傾向を示し,終戦後は減少傾向にあるように 推定している。著者の「老衰」粗死亡率の研究による
と,明治34年にやや低下し,大正7年に急上昇し,昭和 17年まで高率を持続して,戦後に低下をみて,大体荒 井4)の成績と一・致する。
訂正死亡率およびr老年老老衰死亡率」ともに年次的 経過をみると,明治から大正初期の低率を持続する時 期,大正中期から昭和戦前の比較的高率を持続する時 期,昭和戦後の急激な低下の時期がみられ,時代の進行
につれ,「老衰」死亡率に3つの時期的変動をきたし た。これら変動期は第1報2)にものべたごとく,大正
7,9年の死亡率の急上昇に際しては世界的インフルエ ンザの流行,および大正9年にわが国で第1回国勢調査 が行われた5)時期である。また戦後の急激な死亡率の低 下に際しては,昭和25年より「老衰」死亡を雪丸死因と してなるべく認めないようにわが国の診断決定:方針が変 更された6)時期に当る。
性別に粗死亡率と訂正死亡率を比較すると,粗死亡率 は全年代つねに女子が男子より高率であり,訂正死亡率 は大正7年までは女子が男子より高率であったのが,大 正9年以後は男女の率が逆転することとなる。これはす でに諸岡3)が指摘している点である。
年齢階級別死亡率をみると,戦後「老衰」死亡の診断
決定方針の変更6)の影響が表われたと思われ,昭和25年 の死亡率の急激な低下は低年齢階級の方に著しい。「老 衰」死亡の概念から老えて,低年齢階級における「老衰 死亡」の死因名は不適当であるから,とくに低年齢階級 に死亡率の低下をみたことは自然であると思われる。し かし昭和22,25年間なり50才代の「老衰」死亡が,また 昭和30年はわずかなかがら40才代の「老衰」死亡がみら れるのは,今後の死亡診断名決定に指導の余地ありと老 えられる。
「老入人口比率」をみると,大正2年は男女ともに全 年代最高で,最低は男子昭和10年,女子昭和22年号あ る。粗死亡率,訂正死亡率,「老年者老衰死亡率」から みると,「老人人口比率」と逆に大正2年は「老衰」死 亡率がやや低下し,昭和10,22年は比較的高率の年に当 る。また戦後は「老人人口比率」が多少上昇したのに,
粗死亡率,訂正死亡率,「老年者老衰死亡率」がともに 低下したことは,戦後に全死亡率が低下したことと同時 に「老衰」死亡も著減したことが知られる。老人人口の 割合の増減と,「老衰」死亡率の高低とは直接関係ない ように思われる。
V 総 括
全国男女別「老衰」死亡率について,明治32年から昭 和30年まで検討を加えたので,それを総括するとつぎの
ごとくである。
1.性別粗死亡率
年次経過は男女よく似た傾向を示し,明治32年から34 年に一旦低下し,再び上昇するが大正初期にまた低下す
る。大正中期から昭和戦前までは大体高率を持続し,昭 和戦後に急低下する。しかし全年代最高は男子大正7年 116.3,女子昭和2年177.0である。全年代最:低値は男女 ともに昭和30年で男子53.7,女子80.0である。また明治 32年ど全年代最:低値の昭和30年,および全年代最高と最
低の率の差は女子が男子より大であるが,昭和2年はそ の差が最大で,戦後は急激に差が小となる。
2.訂正死亡率
男女よく似た傾向を示す。明治32年から大正2年まで 低下し,大正7年に急上昇する。以後は昭和22年まで高 率を持続し,昭和25年に急低下し,30年は更に低下す る。すなわち明治,大正初期までの低率の時期,大正中 期から昭和22年までの高率の時期,昭和25,30年の急低 下の時期と3特徴を示し,その高低の差は男子が著し い。また大正7年までは女子が男子より高率で,大正9 年以後は男子が女子より高率である。全年代最高は男女
ともに昭和5年で男子138.8,女子132.7である。昭和30 年は男女ともに全年代最低で男子60.8,女子57.7であ
る。
粗死亡率と訂正死亡率を比較すると,粗死亡率は全年 次経過を通じ,つねに女子が男子より高率を持続する が,訂正死亡率は大正9年以後に男女の率が逆転する。
また女子はつねに粗死亡率が訂正死亡率より高率を持続 するが,男子は大正7年まで大体粗死亡率が訂正死亡率 より高く,大正9年以後は訂正死亡率が粗死亡率より高
くなる。
性比をみると,訂正死亡率の男女の年次経過に応じ て,大正7年号で,10⑪以下で,大正9年以後は100以上
となる。
3.年齢階級別死亡率
年齢階級がすすむにつれて急激に率が上昇し,「老衰」
死亡率の特徴をあらわす。
80才以上は明治から大正初期に低率で,男子は大正9 年から,女子は大正7年から昭和22年まで高率を持続
し,昭和25年以降急低下する。60才代,70才代は明治か ら大正初期にかけての下降が軽度にみられるが,大体明 治から昭和22年まで高率を持続し,昭和25年以降は急低 下する。戦後の率の低下は60才代,50才代と年齢階級の
低いほど著しい,また50,60才代では女子高率の年が多 く,70才代,80才代以上は明治41年から大正7年までは つねに女子が高率であるが,大正9年以後は男子が高率
となり,全年を通じ男子高率の年が多い。
4. 「老年者老衰死亡率」
訂正死亡率とよく似た年次経過を示すが,大正9年以 後の男女の率の逆転はなく,女子はつねに男子より高率
を示す。全年代最:高は男子の大正9年147.3で,女子は 大正7年186.1となり,最低は男女ともに昭和30年で男 子72,5,女子91.2である。
5. 「老人人口比率」
全年代を通じ大正2年が最高で男子84。0,女子93.5で ある。最底は男子昭和10年65,9,女子昭和22年82. 2であ る。全年代つねに女子が男子より高率で,全年代を通じ
「老人人P比率」の激変はみられない。訂正死亡率の標 準人口とした昭和5年の「老人人口比率」に比べ,全国 男子は大正9年までつねに高く,以後はつねに低い。女 子は全年代すべて昭和5年の値より高率である。
欄筆に当り,終始御懇切なる御指導,御校閲を賜わり ました吉岡博人教授ならびに諸岡妙子助教授に深く感謝
します。
参 考 文 献
1)渡辺定:老年病学190金原出版東京(昭31)
2) 石川徹=東女医大誌30
3)諸岡妙子:東女医大誌2481(昭29)
4)荒井保経:統的疫誌19(昭32)
5)総理府統計局=昭和25年国勢調査報告第一巻 1(昭26)
6)厚生大臣官房統計調査部=昭和25年より日本に 撃て採用した疾病,傷害及び死因統計分類概要 第一巻164(昭25)