博士(歯学)菅原哲夫 学位論文題名
夜間のブラキシズムに与える咬合性因子と 中枢性因子の役割に関する研究
―オクルーザルスプリントを用いた研究―
学位論文内容の要旨
【緒言】
夜間のブラキシズムは,歯周病の重要なりスクファクターであり,さらに歯の咬耗や 歯頸部のくさび状欠損,瀕回の修復物の破損・脱落や歯の破折,治療困難な顎関節症な どの原因因子として顎口腔系に大きな影響があると考えられ,夜間のブラキシズムの実 態 お よ び 原 因 因 子 の 解 明 は 歯 科 臨 床 を 行 う 上 で き わ め て 重 要 で あ る . 従来ブラキシズムの原因について,Ramfjordら,小林らは原因が咬合の異常であると し,Rughら,Yemmらは咬合不調和を考えることは極めて疑問で中枢性にあるとして いる.このように末梢性の因子を原因とする説や中枢性を原因とする説,また両者を原 因 と す る 説 が あ る が ブ ラ キ シ ズ ム の 原 因 は 十 分 解 明 さ れ て い な い . ブラキシズムの評価法としては,問診や,各種の筋電計,また顎運動装置と筋電計と を組み合わせた方法,オクルーザルスプリントなどを使用する方法などがあるが,信頼 度が高くチェア―サイドで簡単に行える方法はない.池田らは,夜間就寝時にオクルー ザルスプリントを2週間装着させオクルーザルスプリント表面に形成されたファセット のレジンの削れ方を観察することによって,夜間のブラキシズムの評価を定量,定性的 に行ってきた.
本研究は,咬合性因子と中枢性因子が夜間ブラキシズムにどのような役割をしている のかを知る目的で,池田らのオクルーザルスプリントを使用した夜間のブラキシズムの 評価法を用い,オクルーザルスプリントの臼歯部に早期接触を付与し、早期接触付与前 後 お よ び 除 去 後 の ブ ラ キ シ ズ ム の 変 化 に つ い て 比 較 検 討 し た .
【材料および方法】
被験者の選択:池田らのブラキシズムの評価法にもとづき,スプリント咬合面に油性 の黒インクを塗布した後夜間睡眠時に2週間使用させ,スプリント上に形成されたファ セットの肉眼的な評価を行った.なおスプリントの表面をシリコン印象材で精密印象を
行い ファ セッ 卜の深さの精密測定用の印象とした.次にスプリント表面を平らにし,再 度2週 間 使 用 さ せ る こ と を 繰 り 返 し ,2週 間 ご と に10週間 ,5回使 用させ 、5回と も肉 眼 で の フ ァ セ ッ ト の 深 さ の 評 価 が ほ ぼ 一 定 して い た 者85人 を 被 験 者 に 選 択 し た . フ ァ セ ッ ト の深 さ の測 定: 選択 した85人 の10週間5回の ファ セッ トの 記録 用印 象を ラミ テッ クで 精密印象して計測用資料とし,最も深い部分を透過光用顕微鏡で深さを測 定し,コンピューターの静止画像で分析した,
早 期接 触の 付与と除去:その後スプリントの臼歯相当部にスプリントと同じ材質で約 1歯分 の範 囲で 約0.5 mniの 早期接 触を 付与 し2週間使用させ,付与前と同様の方法でフ ァセ ット の深 さを計測し,早期接付与前後の計測値を比較検討した.評価後,早期接触 を 除 去 し て 元 のス プ リン トに 戻し ,さ らに2週間 使用 させ ,再 びフ ァセ ット の深 さを 精密測定した.
統 計分 析と ブラ キシ ズム の変化 の評 価: 早期接触を付与する前に5回計測したファセ ット最深部の計測値は,t分布を用い信頼度99%の範囲で,各被験者のファセットの「深 さの 範囲 」を 決定した.早期接触付与によるブラキシズム強さの変化は,早期接触付与 時のファセットの深さが前記したファセットの「深さの範囲」にあるものを「変化なし」,
「深 さの 範囲 」を越えるものを「変化あり」とした.早期接触除去後のファセットの深 さの変化も同様に判定した.
【結果】
1.早 期接 触付 与前 のフ ァセ ット 最深 部の 深さとブラキシズムの評価および被験者の分 類
フ ァ セ ッ ト最 深 部の5回 の計 測値 の平均 値に より 各人 のブ ラキ シズ ムの 強さ を評 価し,被験者をO mm‑^‑‑0.03 mm未満,0.03 mm〜O.l mm未満,0.1〜0.2 mm未満,0.2 mm 以 上 の4グ ル ー プ に 分 類 し た . 各 グ ル ー プ の 人 数 は ,0 mm〜0.03 mm未 満30人 (35.3%),0.03 mm‑‑"0.1 mm未満23人(27.1%),0.1‑‑‑0.2 mm未満25人(29.4%),
0.2 mm以上7人(8.2%)であった.
2.早 期 接 触 付 与 後 の フ ァ セ ッ ト の 深 さ の 変 化 と ブ ラ キ シ ズ ム の 評 価 早 期 接 触 付与 後 の フ ァ セ ッ ト の 深 さ は , 変 化し なか った 者は38人 (44.7% ),
増 加 し た 者は43人 (50.6% ) , 減 少 し た 者 は4人(4.7% )で あっ た. 早期 接触 の付 与前 のフ ァセ ット の深さ 別に4グ ループに分けて分析した結果,ブラキシズム の弱い0 mm〜0.03 mm未満のグループでは,変化しなかった者が約70%と多く,増加 した者は30%と少なかった.他の3グループ(0.03 mm〜0.1 mm未満,0.1 mm〜0.2 mm 未満,0.2 mm以上)は,変化しなかった者よりも増加したものが多く,とくにブラキ シズムの最も強い0.2 mm以上のグループでは変化しなかった者は約14.%と少なく,
増加 した 者は71.% と多 かっ た, 各グ ルー プの 増加 した者 の割 合を 比べるとOmm〜 0.03 mm未満グループが他の3グループ(0.03 mm〜0.1 mm未満,0.1 mm〜0.2 mm未満,
0.2 mm以上)より有意に少なく,変化なしの者は有意に多かった.減少した者は,0.03 mm〜0.1 mm未満のグループ1人,0.1 mm〜0.2 mm未満のグループ2人,0.2 mm以上のグ ル ー プ1人 , と 少な くブ ラキ シズ ムが強 いほ ど徐 々に 増加 する 傾向 がみ られ た,
3.早期接触除去後のファセットの変化とブラキシズムの評価
早 期 接 触 除 去 後 の フ ァ セッ ト の 深 さ は ,81人(95.2%) の者 が早 期接 触付 与前 の フ ァ セ ッ ト の 「 深 さ の 範囲 」 の 中 に あ り,3人 (3.6%) は「 深さ の範 囲」 より 大 きく.1人(1.2%)は小さかった.
【考察】
早 期接 触付与後のブラキシズムの強さが変化しなかった者は44.7%存在したが,これ らの 者は 今回与えたような咬合の不調和では,ブラキシズムの強さに変化が起こらない と考えられ,プラキシズムの原因は中枢性に依存する可能性があると考えられた.一方,
早期 接触 付与後にブラキシズムの強さが増加した者は50.6%,減少した者は4.7%存在 した .こ れら変化した者は本実験で付与した早期接触がブラキシズムに影響を与えたと 考え られ ,これらの者はブラキシズムの原因が咬合に依存するか,もしくは咬合の不調 和 を 与 え る こ と に よ る 違 和 感 に よ る 可 能 性 が あ る と 考 え ら れ た 。 被 験者 を早期接触付与前のファセットの深さ別に分類して比較すると,早期接触付与 の影 響は ,ファセットがごく浅い者では小さく,深いグループすなわちプラキシズムが ある 程度 強い者に大きかった.このことは日常ブラキシズムが強い患者は早期接触など 咬合 の変 化の影響を受けやすく,歯科治療を行う際に特に咬合に留意する必要があると 思われた.
早 期接 触除去後のブラキシズムの強さは,95.3%の者は早期接触付与前の強さと同じ であった.一方,3.5%の者は増加したままの状態で,1.2%の者は減少したままの状態 であ った .これら4.7%の者は早期接触付与の影響が早期接触除去後も継続していると 考え られ ,そ の実 態や 原因 につ いて は今 後さ らに 検討す る必 要が あると考えられる.
【結論】
ブラキシズムの原因は,症例により中枢性因子と咬合性因子の両方が関与しているが,
その 程度 は異な っており,日常のブラキシズムが強い者程,早期接触などの咬合の変化 の影響が大きいことが示唆された,
学位論文審査の要旨
学 位 論 文 題 名
夜間のブラキシズムに与える咬合性因子と 中枢性因子の役割に関する研究
一 オク ル ーザ ル ス プリ ン ト を用いた 研究―
審査は主 査、副査全員が一同に会して口頭試問により行われた。初めに申請者
に対 し 本 論文 の 要 旨の 説 明を 求 め たと こ ろ、 以 下の内容 について 論述した 。
夜間のプラキシズムは、歯周病の進行、修復物の破損・脱落や歯の破折、など、
顎 口腔系に大 きな影響 があると考えられ、夜間のブラキシズムの実態および原因 因子の解明は歯科臨床を行う上できわめて重要である。
従 来ブラキシ ズムの原 因について、末梢性の咬合性因子を原因とする説や中枢 性 を原因とす る説、ま た両者を原因とする説があるがプラキシズムの原因は十分 解 明されてい ない。こ れは各研究のデザインの相違もあるが、適切な評価法が確 立 していない こともあ げられる。池田らは、信頼度が高くチェアーサイドで簡単 に 行え長期に 無理なく 使用できる方法として、夜間就寝時にオクルーザルスプリ ン トを2週間装 着させオ クルーザ ルスプリ ント表面 に形成されたファセットのレ ジ ンの削れ方 を観察す ることによって、夜間のブラキシズムの評価を定量・定性 的 に行ってき た。本研 究は、咬合性因子と中枢性因子が夜間ブラキシズムにどの よ うな役割を している のかを知る目的で、池田らのオクルーザルスプルントを使 用 した夜間の ブラキシ ズムの評価法を用い、オクルーザルスプルントに早期接触 を 付与し、付 与前後お よび除去後のプラキシズムの変化について比較検討した。
学 位申請者は 、池田ら のプラキシズムの評価法にもとづき、スプリント咬合面 に 油性の黒イ ンクを塗 布した後 、夜間睡 眠時に2週 間使用させ,スプリント上に 形 成 され たファセ ットの肉 眼的な評 価を行っ た。これを2週間ごと に10週間、5 回 使 用さ せ5回 と も肉 眼 での フ ァ セッ トの深 さの評価が ほぼ一定 していた 者85
熈
忠
彦
英
藤
池
野
加
赤
佐
授
授
授
教
教
教
査
査
査
主
副
副
人 を 被験 者 に 選択 し た 。選 択 した85人の10週間5回のファセ ットを精 密印象し 、 最 も 深い 部 分を透 過光用顕 微鏡で深 さを測定 した。5回の 計測値は 、t分布を 用い 信 頼 度99% の 範 囲 で 各 被 験 者 の フ ァ セ ッ ト の 「 深 さ の 範 囲 」 を 決 定 し た 。 そ の 後、 ス プ リン ト の 臼歯 相 当部 に ス プリ ントと同じ 材質で約1歯分の範 囲で約 0.5 mmの 早期接触 を付与し夜 間睡眠時 に2週間使 用させ、 付与前と同様の方法でフ ァ セ ット の 深さを 計測し、 早期接付 与前後の 計測値を比 較検討し た。評価 後、早 期 接 触を 除 去 して 元 の スプ ル ント に 戻 し、 さらに2週間 使用させ 、再びフ ァセッ ト の 深さ を 精密測 定し早期 接触付与 時のファ セットの深 さが前記 したファ セット の 「深さの 範囲」にあ るものを 「プラキシズムの変化なし」、「深さの範囲」を越 え るものを 「プラキシ ズムの変 化あり」とした。 早期接触付与後のファセットの 深 さ と、 早 期接触 除去後の ファセッ トの深さ との変化も 同様に判 定した。 また、
プ ラ キシ ズ ムの強 さ別に早 期接触の 影響を見 るために、 早期接触 付与前の ファセ ッ トの深さ 別に4グルー プに分け て分析し た。
結 果は 早 期接触付 与後のブ ラキシズ ムが、変 化しなかっ た者は38人 (44.7%)
増 加 し た 者 は43人 (50.6% ) 、 減 少 し た 者 は4人 (4.7% ) であ っ た 。ブ ラ キ シ ズ ムの 最 も弱い グループ では、変 化しなか った者が約70%と多く 、増加し た者 は30%と 少 なかった 。ブラキ シズムの 最も強い グループで は変化し なかった 者は 約14.%と 少 なく、増 加した者 は71.%と多 く、プラ キシズムが 強い者ほ ど徐々に ブ ラ キシ ズ ムが増 加する傾 向がみら れた。早 期接触除去 後にブラ キシズム が、早 期 接 触 付 与 前 と 同 じ 者 は81人 (95.2% ) 、3人 (3.6% ) は 増加 し た まま で 、 1人 (1.2%)は 減少したま まだった 。
以 上の結果 から早期接 触付与後 のプラキシズムの強さが変化しなかった者は、プ ラ キシズム の原因は中 枢性に依 存する可能性があると考えられた。一方、早期接触 付 与後にブ ラキシズム の強さが 変化した者は、プラキシズムの原因が咬合に依存す る 可能性が あると考え られた。 また、早期接触除去後のブラキシズムの強さが変化 し たままの 者は、早期 接触付与 の影響が早期接触除去後も継続していると考えられ た 。結諭と して、プラ キシズム の原因は症例により中枢性因子と咬合性因子の両方 が 関与して いるが、そ の程度は 異なっており,日常のプラキシズムが強い者程早期 接 触などの 咬合の変化 の影響が 大きいこ とが示唆 された。
引き 続き各審査員と申請者の間で、本論文の内容とその関連項目について質疑 応答 がなされた。これらに対して申請者は、本研究から得た知見と文献を引用し て明 快かつ適切な回答を行った。本研究は、歯科治療の予後そのものを左右する と思 われブラキシズムの原因について検討を加えたもので、今後の歯科医学の発 展に十分貢献するものであり、博士(歯学)の学位授与に値するものと判断した。