博士(歯学)竹原順次 学位論文題名
成人男性集団における咀嚼機能の評価 第 1 報 チ ュ ーイ ンガ ム法に よる 検討
学位論文内容の要旨
【緒言】
人生80年の時代を迎え,人々が生涯健康でより豊かな生活を営む上で,食 生活は重要であり,その食生活を支える歯の役割は大きい。今後,ただ単に歯 の寿命を延ばすのではなく,生涯にわたり健全な咀嚼機能を保持し続けること が重要である。
そこで,地域住民を対象とした集団の健康管理のためにも,また疫学調査を 目的とした場合においても,人々の咀嚼機能を簡便で客観的に評価する評価法 が必要である。
今回,歯に付着しにくい特徴を持つチューインガムを咀嚼試料とし,チュー インガム法による咀嚼能カと口腔内状況,咬合接触面積および咬合カとの関係 を明らかにし,チューインガム法が義歯装着者を含めた幅広い年齢の成人集団 に 応 用 で き る 可 能 性 を 探 る こ と を 目 的 と し て 本 研 究 を 行 っ た 。
【対象および方法】
分析対象は24〜53歳までの成人男性273名である。本調査のための調査票 を作成し,(1)口腔内診査,(2)咬合接触面積および咬合カの測定(フジフ ィルム社製デンタルプレスケール50H,R夕イプ),(3)咀嚼能カの測定(チ ユーインガム法の70回咀嚼による測定)を行った。
なお,本調査で用いている機能喪失歯とは第3大臼歯を除いた喪失歯,C4 歯および動揺度3度の歯としたが,ブリッジのダミーおよび義歯の人工歯は機 能回復したものとした。
【結果】
口腔内状況では,一人平均M歯数は加齢とともに増加傾向がJ現在歯数は減 少傾向が認められた。また,一人平均機能喪失歯数は加齢とともに増加傾向を 示した。機能喪失歯数が0本の者は全体で192名(70.3%),動揺度3度の歯 を保有 する 者は7名(2.6%)であった。また,1歯以上M歯を保有する者は
181 (66.3%)で,M歯保有者に対する補綴完了者は102名(56.4%)であっ た。
チューインガム法により求めた70回咀嚼時の総溶出糖量,咀嚼時間および時 間当たり溶出糖量との間の関係については,総溶出糖量と咀嚼時間および時間 当たり溶出糖量との間には有意な正の相関,時間当たり溶出糖量と咀嚼時間と の間には有意な負の相関を認めた。
調査集団全体としてチューインガム法で求めた総溶出糖量,咀嚼時間および 時間当たり溶出糖量と現在歯数および機能喪失歯数の関係では,総溶出糖量は 現在歯数,咀嚼時間は機能喪失歯数,時間当たり溶出糖量は両項目と有意な相 関を認めた。また,咬合接触面積および咬合カとの関係では,咀嚼時間と咬合 力以外の項目間で有意な相関を認めた。
M歯保有者の補綴処置状況により補綴完了者群と補綴未完了者群にわけ,上 記と同様の項目問で比較を行った。
補綴完了者(102名)は,総溶出糖量と現在歯数,咀嚼時間と咬合接触面積 および咬合力,時間当たり溶出糖量では現在歯数,咬合接触面積および咬合カ で有意な相関を認めた。補綴未完了者群(79名)では,総溶出糖量と咬合接触 面積および咬合力,時間当たり溶出糖量は全ての項目と有意な相関を認めた。
部分床義歯装着時,非装着時の咀嚼能カの3測定項目,咬合接触面積および 咬合カの比較を行った。対象者は13名であった。
全ての項目で義歯装着時の方が高い値を示し,義歯装着,非装着で有意差を 認めた項目は総溶出糖量および咀嚼時間であった。
【考察】
本調査集団のう蝕有病状況については,平成5年歯科疾患実態調査と比較し て年齢階級別にみると同様な傾向を示していた。また,M歯に対して補綴処置 がよく行われている集団と考えられた。
集団を対象として咀嚼機能の診査を行う場合,検査時間が短いこと,診査や 分析が簡便なこと,検査結果に再現性があることや検査費用が安いことなどが 要求される。また,咀嚼試料については一定の形態を有し,衛生的で物性が管 理しやすいことや咀嚼試料の回収が容易であることなどの条件を満たす必要が ある。
従来よりよく用いられている咀嚼試料のピーナッツや生米などは操作に時間 や手間がかかることなどから,集団応用は難しいと考えられる。このため,従 来の報告も参考にしチューインガム法を用いた。しかし,咀嚼試料としてのチ ユーインガムは補綴物,特に義歯への付着性の問題から,適用が困難と考えら れ,義歯装着者を含めた集団の報告は少ない。このため,今回歯に付着しにく い 特 徴 を 持 つ チ ュ ー イ ン ガ ム を 咀 嚼 試 料 と し て 評 価 を 行 っ た 。
咀嚼機能に歯の本数が深く関わっていることは,従来の報告からも明らかで ある。また,咬合接触面積および咬合カも咀嚼機能に影響を与える要因である。
本研究においても有意な相関関係から,現在歯数,機能喪失歯数,咬合接触面 積および咬合カがチューインガム法による咀嚼能カに影響を与える要因である ことが確認され,本調査集団においてチューインガム法が応用できることが示 唆された。
また,M歯に対する補綴状況により補綴完了者群と補綴未完了者にわけた比 較では,総溶出糖量は,有意な相関を示さない項目も認められた。しかし,時 間 当 た り 溶 出 糖 量 は ほ ぼ 同 様 に 各 項 目 間 に 有 意 な 相 関 を 認 め た 。 以上から,歯数の減少による補綴状態により咀嚼時間が長くなるような状態 が考えられるような年齢層において;チューインガム法を用いる場合,総溶出 糖量で評価するには限界があり時間当たり溶出糖量でみるほうが適切であると 考えられた。
また,義歯装着者においてもチューインガム法が応用できる否か検討した。
部分床義歯装着時の方が咬合接触面積および咬合カは増加し,この2項目はチ ユーインガム法に影響を与える要因である。この結果からも総溶出糖量および 時間当たり溶出糖量が増加したことは妥当であり,部分床義歯装着者について もチューインガム法が応用できる可能性が示唆された。
【結論】
24〜53歳までの成人男性集団273名を対象として,チューインガム法を用 い咀嚼能カの測定を行い以下の結諭を得た。
1.チューインガム法による咀嚼能カの測定項目として総溶出糖量,咀嚼時間 および時間当たり溶出糖量を用い,どの2項目間にも有意な相関を認めた。
2.現在歯数,機能喪失歯数,咬合接触面積および咬合カはチューインガム法 に よ る 咀 嚼 能 カ に 影 響 を 与 え る 要 因 で あ る こ と が 確 認 さ れ た 。 3.チューインガム法による咀嚼能カの評価には,総溶出糖量よりも時間当た り溶出糖量が適していると考えられた。
4.チューインガム法は咀嚼機能の評価法として義歯装着者を含めた幅広い年 齢層で使用できる可能性が示唆された。
学位論文審査の要旨
学 位 論 文 題 名
成人男性集団における咀嚼機能の評価 第 1 報 チ ュー イ ンガ ム 法 によ る検 討
審 査 は 、 主 査 、 副 査 全 員 の 出 席 の も と で 、 提 出 論 文 と そ れ に 関 連 す る 分 野 に つ い て 口 頭 試 問 に よ っ て 行 わ れ た 。 審 査 論 文 の 概 要 は 、 以 下 の 通 り で あ る 。
地 域 住 民 を 対 象 と し た 集 団 の 健 康 管 理 や 、 ま た 疫 学 調 査 を 目 的 と し た 場 合 に お い て も 、 人 々 の 咀 嚼 機 能 を 簡 便 で 客 観 的 に 評 価 す る 評 価 法 が 必 要 で あ る 。 今 回 、 咀 嚼 機 能 の 評 価 の た め に チ ュ ー イ ン ガ ム 法 を 用 い た 。 しか し、 チ ュー イン ガム は補 綴物 、 特 に 義 歯 へ の 付 着 性 の 問 題 か ら 、 幅 広 い 年 齢 集 団 で の 報 告 は 少 な い 。 今 回 、 歯 に 付 着 し に く い 特 徴 を 持 つ チ ュ ー イ ン ガ ム を 咀 嚼 試 料 と し 、 チ ュ ー イ ン ガ ム 法 に よ る 咀 嚼 能 カ と 口 腔 内 状 況 、 咬 合 接 触 面 積 お よ び 咬 合 カ と の 関 係 を 明 ら か に し 、 チ ュ ー イ ン ガ ム 法 が 義 歯 装 着 者 を 含 め た 幅 広 い 年 齢 の 成 人 集 団 に 応 用 で き る 可 能 性 を 探 る こ と を 目 的 と し て 本 研 究 は 行 わ れ た 。
分 析 対 象 は24r‑53歳 ま で の 成 人 男 性273名 で あ る 。 本 調 査 の た め の 調 査 票 を 作 成 し 、 (1) 口 腔 内 診 査 、(2)咬 合 接 触 面 積 お よ び 咬 合 カ の 測 定 ( フ ジ フ ィ ル ム 社 製 デ ン タ ル プ レ ス ケ ー ル50H、R夕 イ プ ) 、(3)咀 嚼 能 カ の 測 定 ( チ ュ ー イ ン ガ ム 法 の70回 咀 嚼 に よ る 測 定 ) を 行 っ た 。 な お 、 本 調 査 で 用 い て い る 機 能 喪 失 歯 と は 第3 大 臼 歯 を 除 い た 喪 失 歯 、C4歯 お よ び 動 揺 度3度 の 歯 と し た が 、 ブ リ ッ ジ の ダ ミ ー お よ び 義 歯 の 人 工 歯 は 機 能 回 復 し た も の と し た 。
チ ュ ー イ ン ガ ム 法 に よ り 個 体 間 変 動 が 一 番 大 き い と さ れ る 和 回 咀 嚼 時 の 総 溶 出 糖 量 、 咀 嚼 時 間 お よ び 時 間 当 た り 溶 出 糖 量 と の 間 の 関 係 は 、 全 て の 項 目 問 に 有 意 な 相 関 を 認 め 、 従 来 の 報 告 と 同 様 な 傾 向 を 示 し た 。
本 集 団 全 体 と し て チ ュ ー イ ン ガ ム 法 で 求 め た 総 溶 出 糖 量 、 咀 嚼 時 間 お よ び 時 間 当 た り 溶 出 糖 量 ( 以 下3測 定 項 目 と 略 ) と 現 在 歯 数 お よ び 機 能 喪 失 歯 数 の 関 係 で は 、 総 溶 出 糖 量 は 現 在 歯 数 、 咀 嚼 時 間 は 機 能 喪 失 歯 数 、 時 間 当 た り 溶 出 糖 量 は 両 項 目 と 有 意 な 相 関 を 認 め た 。 ま た 、3測 定 項 目 と 咬 合 接 触 面 積 お よ び 咬 合 カ と の 関 係 では 、
宏忠 生 貴 池 崎 谷赤 川 授授 授 教教 教 査査 査 主副 副
咀嚼 時間 と咬合 力以外の項目間で有意な相関を認めた。咀嚼機能に歯の本数が深く 関わ って いるこ とは、従来の報告からも明らかである。また、咬合接触面積および 咬合 カも 咀嚼機 能に影響を与える要因である。以上の結果より、現在歯数、機能喪 失歯 数、 咬合接 触面積および咬合カがチューインガム法による咀嚼能カに影響を与 える 要因 である ことが確認され、本集団に対してチューインガム法が応用できるこ とが 示唆 された 。さ らに 、M歯に 対す る補綴 処置状況によりどのような傾向を示す か確 認す るため に上記と同様の項目間で比較を行った。補綴完了者群および補綴未 完了 者群 におい て、総溶出糖量では有意な相関を示さない項目も認められた。しか し、 時間 当たり 溶出糖量ではほぼ全ての項目との間に有意な相関を認めた。この結 果か ら、 歯数の 減少と補綴状態によって噛みにくさが増し咀嚼時間が長くなること が考 えら れる年 齢層において、総溶出糖量より時間当たり溶出糖量で評価すること が適 切で あると 考えられた。さらに、部分床義歯装着者においてもチューインガム 法が 応用 できる か否 かを 確認 する ため 部分 床義歯装着時、非装着時の咀嚼能カの3 測定 項目 、咬合 接触面積および咬合カの比較を行った。全ての項目で義歯装着時の 方が 高い 値を示 し、有意差を認めた項目は総溶出糖量および咀嚼時間であった。こ の結 果か ら、総 溶出糖量および時間当たり溶出糖量が増加したことは妥当であり、
部分 床義 歯装着 者に つい ても チュ ーイ ンガ ム法 が応 用で きる こと が示唆 された。
結論は以下の通りである。
1.現在歯数、機能喪失歯数、咬合接触面積および咬合カはチューインガム法によ る咀嚼能カに影響を与える要因であることが確認された。
2.チューインガム法による咀嚼能カの評価には、総溶出糖量よりも時間当たり溶 出糖量が適していると考えられた。
3.チューインガ・ム法は咀嚼機能の評価法として義歯装着者を含めた幅広い年齢層 で使用できる可能性が示唆された。
論文 の審 査にあたって、学位申請者に研究の要旨の説明を求めた後、本研究なら び に関 連す る分野について主査および副査より質問が行われた。いずれの質問につ い ても 、論 文申請 者か ら概 ね適 切な 回答 が得られた。また、第1報の今後の課題に つ いて 検討 した第2報 客観 的評 価と 主観 的評価の比較についても説明、討議が行わ れ た。 本研 究結果は集団を対象とした咀嚼機能の客観的評価に、ひいては地域歯科 保 健研 究の 発展に大いに寄与するものと高く評価された。以上のことから本学位申 請 者 は 博 士 ( 歯 学 ) の 学 位 授 与 に 値 す る も の と 認 め ら れ た 。