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〈特集 共 生社 会 の法 と政 治 〉
ボ ナ パ ル テ ィズ ム と共 生 の 原 理
高 村 忠 成
目 次
1.は じ め に
2.フ ラ ン ス 革 命 が 提 起 した も の 3.ボ ナ パ ル テ イ ズ ム の 権 力 論
4.統 合 論 と して の ボ ナ パ ル テ ィ ズ ム 5.ボ ナ パ ル テ ィ ズ ム の 限 界
6.終 わ りに
1.は じ め に
近 年 、 共 生 とか 、 共 生 社 会 とか い う言 葉 が 政 治 、 経 済 、 社 会 、 文 化 な どの あ らゆ る分 野 で 使 用 され る よ う に な っ て い る。 と くに 内 閣 府 の政 策 部 門 や 大 学 関 係 機 関 で も そ の 言 葉 が 頻 繁 に用 い られ て い る。 た しか に、 グ ロー バ リゼ ー シ ョ
ンが 進 行 し、 今 日 の地 球 社 会 が あ らゆ る異 質 な 要 素 で 満 た され 混 在 を余 儀 な く され る よ うに な る と、 そ う した要 素 が 互 い に他 を認 め あ い 、 尊 重 しあ っ て 共 存 す る とい う形 態 を とって い か な い と、 わ れ わ れ の 社 会 は分 裂 し、 成 立 が 容 易 な らざ る よ う に な って い くこ とは 間 違 い な い とい っ て も よ い で あ ろ う。 これ か ら の社 会 は 「あ らゆ る人 々 や 集 団 が 、 相 互 に そ の 異 質 性 を認 め あ い な が ら共 存 し
1)
て い く」 とい う意 味 で の 「共 生 」 の原 理 が 不 可 避 な の で あ る。 と くに、 政 治 や 法 は、 こ う した 方 向性 を め ざ しな が ら、 円 滑 な機 能 を発 動 して い く こ とが 益 々 要 請 され て い く こ とに な るで あ ろ う。
と こ ろで 、 今 も少 し触 れ た と こ ろで あ るが 、 共 生 社 会 の 構 築 とい った 場 合 、 二 つ の側 面 が 重 要 に な る とい え る。 ひ とつ は、 共 生 す る よ う に政 治 、 行 政 、 法 な どが コ ン トロ ー ル す る、 道 筋 をつ け る とい う面 で あ り、 も うひ とつ は、 そ う
した い わ ば 中 央 に よ る統 制 が な くて も、 各 行 為 主 体 や 要 因 が 自主 的 に、 能 動 的 に共 生 を は か っ て い こ う とす る面 で あ る。 この 両 面 に つ い て は、 もち ろ ん後 者 の行 為 主 体 や 要 因 が 自主 的 、 主 体 的 に共 生 を は か る よ うに行 動 す る こ とが 理 想 で は あ るが 、 現 実 に は必 ず し もそ の よ うに は な らな い場 合 もあ る。 そ うな ろ う
と して も何 らか の調 整 は必 要 で あ る。 そ こで 、 ど う して も前 者 に よ る統 制 な り、
調整 な りが 必 要 に な っ て くる こ とは避 け られ な い 。 結 局 は、 こ の両 者 が 相 互 補 完 的 に作 動 す る こ とに よっ て 、 共 生 社 会 の構 築 は可 能 に な る とい っ て よい で あ
ろ う。
な お 附 言 す るな らぼ、 前 者 はガ ヴ ァ メ ン ト(統 治)に よ る共 生 の創 出 で あ り、
後 者 はガ ヴ ァ ナ ン ス(運 営)に よ る それ とな る とい え るで あ ろ う。
本 稿 で は、 こ う した 点 が あ る こ とをふ ま え な が ら、 歴 史 的 な 観 点 か ら、 と く に前 者 に よ る共 生 社 会 の 構 築 とい う面 に焦 点 を あ て 、 共 生 の原 理 につ い て 考 察 を加 え る こ とを 目的 と して い る。 具 体 的 に は 、 そ の た め の 方 法 論 と して 、18世 紀 末 か ら19世 紀 末 にか けて 作 動 した 、 「ナ ポ レオ ン1世(NapoleonI,1769‑
1815年)と ナ ポ レオ ンIII(NapoleonIII,1808‑‑1$73年)の 統 治原 理 とその 支
2)
配 体 制 で あ る」 ボ ナパ ル テ ィズ ム(Bonapartism)を ひ とつ の モ デ ル と して 取 り上 げ、 そ こに 見 られ る共 生 の 原 理 に考 察 を加 え て い くこ とに す る。
こ う した 方 法 論 を と る時 、 な ぜ ボ ナパ ル テ ィ ズ ム と共 生 社 会 の構 築 な の か 、 とい う疑 念 は 当 然 に 出 され るで あ ろ う。 じつ は、 ボ ナパ ル テ ィ ズ ム こ そ、 フ ラ ンス 革 命 後 の 混 乱 した 社 会 に あ っ て 、 そ の 社 会 を い か に建 て 直 し、 再 構 築 す る か とい う こ とに腐 心 した原 理 な の で あ る。 ナ ポ レオ ンIII世の 場 合 も、 第 二 共 和 政 の 停 滞 した 政 治 社 会 の再 建 に挑 ん だ の で あ る。 この2人 の ナ ポ レオ ン に よ る
ボ ナパ ル テ ィズ ム こそ、 異 質 な 要 素 、 対 立 す る社 会 勢 力 、 錯 綜 す る利 害 関 係 を 何 とか 調 整 し、 フ ラ ン ス 革 命 の 提 示 した 自由 、 平 等 、 友 愛 、 人 権 とい う理 念 に 基 づ い て 、 新 しい共 生 社 会 を構築 し よ う とす る原 理 的 課 題 を 内 包 して い た の で あ る。 そ して 、 そ れ は、2人 の ナ ポ レオ ンの 手 に よっ て 、 あ る程 度 まで 成 就 さ れ た とい う こ とが で き る ので あ る。
この 意 味 で 、 共 生 社 会 の構 築 とい う こ とを考 えた 時 、 歴 史 的 事 例 か らひ とっ の 理 論 モ デ ル を抽 出 し よ う とす る際 、 ボ ナパ ル テ ィズ ム と、 そ こに 含 有 され て い る共 生 の 原 理 に着 目せ ざ る を え な い の で あ る。 も ち ろん 、 ボ ナパ ル テ ィズ ム
ボナパル テ ィズム と共 生 の原理
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の原 理 が 形 成 され た19世 紀 と現 代21世 紀 とで は時 代 が 異 な る。 た とえ ボ ナパ ル テ ィズ ム の 理 論 モ デ ル とい っ て も、 そ れ が そ の ま ま今 日 に お い て も そ っ く りあ て は ま る こ とはな い か も しれ な い。 だが 、 本 質 的 な次 元 にお い て、 ボ ナパ ル テ ィ ズ ム が め ざ そ う と した こ とは、 今 日 にお い て も妥 当 す る こ とは あ り う る とい え
る。 い な 、 学 び う る もの が あ る とい っ て も過 言 で は な い 。
本 稿 で は、 こ う した こ とを念 頭 に お き な が ら、 今 日的 課 題 で あ る共 生 社 会 の 構 築 を考 え る時 、 そ の考 察 の 一 助 と して 、 歴 史 に範 を 求 め、 ボ ナ パ ル テ ィズ ム とそ の共 生 の原 理 に光 を あ て 、 そ こか ら読 み とれ る現 代 的 意 義 を抽 出 す る こ と を 目的 と して い る。 同 時 に ボ ナパ ル テ ィ ズ ム の共 生 の 原 理 の 限 界 点 も指 摘 し、
そ こか ら教 訓 とす るべ き もの を汲 み 出 した い と思 っ て い る。
な お本 稿 で は、 ボ ナパ ル テ ィズ ム とい っ て も、 紙 数 の制 約 か ら、 具 体 的 に は ナ ポ レオ ン1世 の統 治 体 制 とそ の 原 理 の 方 に傾 注 して 論 じて い くこ と に な る こ
とを お 断 り して お く。
2.フ ラ ンス 革 命 が 提 起 した も の
1789年7月14日 、 フ ラ ン ス革 命 が勃 発 した。 革 命 は、 それ まで の封 建 的 な支 配 体 制 で あ る絶 対 王 政 を否 定.し、 主 憲 君 主 政 か らや が て共 和 政 の 樹 立 を 要 求 す
3)
る まで に発 展 して い っ た 。 革 命 前 の絶 対 王 政 の 時 代 に あ っ て は、 国 王 の も とに 厳 格 な 身 分 制 が しか れ 、 僧 侶 ・貴 族 ・平 民 とい う よ うに 国 民 は身 分 別 に分 か れ て 統 治 され て い た 。 革 命 勢 力 は、 そ う した 身 分 制 の 打 破 を訴 え、 国 民 は 、 す べ て 自 由 で あ り、 平 等 、 か つ 友 愛 の 原 理 に の っ と り、 人 権 を もつ と主 張 した 。 新 しい 人 民 主 権 の 原 理 に の っ と り、 それ まで の 封 建 的 な 支 配 体 制 を 組 み か え よ う と した の で あ る。
こ う した 革 命 の理 想 は画 期 的 な もの で あ っ た。18世 紀 の 啓 蒙 思 想 が 、 そ の 多 くを 示 唆 して い た とは い え、 ま さか そ れ を本 格 的 に取 り入 れ 、 実 現 しよ う とす る とは、 多 くの 人 が予 想 しな か っ た 。 それ だ け に 、 フ ラ ンス 革 命 に は 目 を見 張 る意 義 が 創 出 され た の で あ る。
と ころが 、 こ う した 画期 的 とか 、 目を見 張 る とか い うよ うな こ とは、後 に な っ て か らい え る こ とで あ っ て 、 当 時 の 革 命 の 渦 中 に あ っ て は 、 とて も そ の よ うな
美 辞 麗 句 で 革 命 を 賛 美 す る こ とはで きな か っ た 。 何 しろ封 建 的 とは い え、 また 、 それ ま で の 身 分 秩 序 が 矛 盾 を抱 え て い た に もか か わ らず 、 王 政 の も と一 定 の 政 治 的 、 社 会 的 安 定 が 保 た れ て い た こ とは 事 実 で あ る。 と くに フ ラ ンス の ブル ボ ン王 朝 は長 い 歴 史 的 伝 統 を有 し圧 倒 的 支 配 体 制 を確 立 して い た 。 そ れ を、 や や 大 袈 裟 に い うな らぼ、 一 夜 に して 打 倒 して し まお う とい うの で あ るか ら、 政 治 、 経 済 、 社 会 が 混 乱 す るの は 当然 で あ っ た 。
フ ラ ンス 革 命 は 旧 勢 力 対 新 勢 力 の 抗 争 か ら始 ま っ て 、 や が て新 勢 力 内部 の 過 激 派 対 穏 健 派 とい う形 の 対 立 へ と発 展 して い っ た 。 そ の 間 、 各 勢 力 間 の確 執 、 相 剋 は血 で 血 を洗 う とい う、 凄 惨 な様 相 を呈 した 。 革 命 の 掲 げた 崇 高 な理 念 の 具 体 化 とは裏 腹 の方 向 を行 く もので あっ た 。 自由 は否 定 され 、 平 等 は無 視 され 、 友 愛 は罵 倒 され 、 人 権 は撲 滅 され た とい っ て も よか った 。 革 命 は、 そ の 理 想 と
した も の とは全 く異 な っ た状 況 を創 出 し、 政 治 は混 乱 、 経 済 は破 壊 、 社 会 は分 裂 して い っ た の で あ る。
フ ラ ン ス革 命 は この よ う に、 理 想 と して は尊 貴 な もの で あ っ た が 、 現 実 に生 み 出 さ れ た も の は破 壊 と無 秩 序 以 外 の何 もの で もな か っ た 。 こ う した 政 治 、 社 会 的 に不 安 定 な 時 期 が 、1789年 か ら1799年 まで10年 間続 い た の で あ る。 革 命 は 本 来 は、 行 き詰 まっ た 封 建 的 な支 配 体 制 で あ る絶 対 王 政 を改 編 し、 自 由、 平 等 、 友 愛 、 人 権 とい う理 念 に則 っ て 新 しい社 会 を構 築 す る こ とに 目 的 が あ っ た 。 し か も、 それ を ス ム ー ズ に 、 平 和 裏 に履 行 す る こ とが 理 想 で あ っ た。 しか し、 ひ とた び切 られ た革 命 の 火 蓋 は 、 そ れ を許 さず 、 激 しい勢 い で暴 力 的 に 進 行 し、
た だ 古 い社 会 や 体 制 を破 壊 す る こ とで 終 わ っ て しま っ た 。 新 しい政 治 、 社 会 を 構 築 す る展 望 は 、 革 命 を推 進 す る革 命 家 や 政 治 家 の 手 で は全 く開 くこ とは で き な か っ た の で あ る。
こ う した革 命 の危 機 を救 った の が 、 軍人 ナ ポ レオ ン ・ボ ナパ ル ト(Napoleon Bonaparte,1769‑1821年)で あ っ た 。彼 は軍 人 で は あ った が 、 早 くか ら啓 蒙 思 想 に め ざ め 、 革 命 が 勃 発 す る と、 や が て 革 命 勢 力 側 につ くよ うに な っ た 。 し
ば ら く革 命 の進 行 を 見 守 っ て い た が 、 や が て 革 命 を担 っ て い る政 治 家 た ち の あ ま りの 腋 甲 斐 無 さや無 力 さ に しび れ を切 ら し、 っ い に 自 らが 立 ち あ が る こ とを 決 意 した 。1799年11月9日 、 ブ リュ メ ー ル18日 の ク ー デ タ(lecoupd1Etat
deBrumaire)に よっ て 、彼 は政 治 権 力 を奪 取 した の で あ る。権 力 を 握 っ て か
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らの彼 の行 動 は素 早 く、 憲 法 を制 定 し、 国 内 の政 治 、 経 済 体 制 を 立 て 直 す と と もに 、 対 外 戦 争 の 危 機 を も超 克 して い っ た 。 彼 は、1799年 、 第1統 領 に な り、
1804年 に皇 帝 に就 任 す るが 、 革 命 で疲 弊 し切 っ た フ ラ ンス社 会 の 再 建 を 、 皇 帝 に な る ま で の わ ず か5年 間 の うち に、 そ の 殆 ど を成 し遂 げ て し ま うの で あ る。
しか も彼 は 、 こ う した 事 業 を フ ラ ンス 革 命 の提 示 した 理 念 に基 づ き、 そ の 理 念 の 具 現 化 を はか りな が ら遂 行 して い っ た 。 革 命 の 理 想 は ナ ポ レオ ン に よ っ て 実 現 さ れ て い っ た とい っ て も決 して 過 言 で は な い。 じつ に、 ナ ポ レオ ンが 出 現 し
な け れ ば フ ラ ンス 革 命 は失 敗 に終 わ って い た で あ ろ う。 ナ ポ レオ ン を え て 、 革 命 は そ の 陽 の 目 を見 る こ とが で き た とい って も過 言 で は な い 。 も ち ろん 逆 に 、 フ ラ ン ス革 命 が な けれ ば ナ ポ レ オ ンの 台頭 は あ りえ な か っ た で あ ろ う し、彼 は そ の 力 を十 全 に発 揮 す る機 会 を もち え な か っ た か も しれ な い 。 この 意 味 で 、 両 者 は相 互=補完 的 な 関 係 に あ っ た とい え る。
た だ 、 こ こで 問題 は 、 ナ ポ レオ ンが い か に して フ ラ ン ス 革 命 後 の 混 乱 した 社 会 を建 て 直 し、 新 しい近 代 国 家 の礎 を築 い て い っ た か とい う こ とで あ る。 こ こ
に、 本 稿 の主 題 で あ る共 生 の 原 理 を 、 ナ ポ レオ ンが い か に 意 識 して い た か とい う問 題 が で て くる の で あ る。 この 点 は後 に 詳 述 す る こ とに す る。
なお 、 ナ ポ レオ ンm世(NapoleonHI,1808‑1873)の 場 合 も、 ナ ポ レオ ン 1世 ほ どで は な い にせ よ、 状 況 は似 て い る とい え る。 七 月 王 政 が 倒 れ て 第 二 共 和 政 に な っ た が 、 議 会 は王 党 派 が 占め 、 大 統 領 とい え ど も思 い切 っ た 政 治 的施 策 を行 う こ とは で き な か っ た 。 そ こで 、 大 統 領 ル イ ・ナ ポ レ オ ン は、1851年 、
クー デ タ を断 行 して 強 大 な政 治 権 力 を 手 中 に収 め、 自 らの理 想 とす る政 治 的 、 社 会 的 改 革 に乗 り出 して い くの で あ る。1852年 に 、 彼 は皇 帝 ナ ポ レオ ン 皿世 と な るが 、 彼 の 理 想 は伯 父 で あ るナ ポ レオ ン1世 の や り方 を踏 襲 し、 時 に は、 そ れ を も凌 駕 しよ う とす る もの で あ っ た。 す な わ ち 、 ナ ポ レオ ン皿 世 も ま た 、 退 嬰 的 な第 二 共 和 政 を超 克 し、 共 生 の 原 理 に基 づ い た 新 しい 政 治 、 社 会 を構 築 す
る こ とに 目標 を置 い て い た の で あ る。
この よ うに、 フ ラ ン ス 革 命 が 提 起 した もの は、 革 命 の 新 しい 理 念 に も とつ い て 、 新 しい 政 治 、 社 会 を いか に構 築 す るか とい う問 題 で あ り、 そ れ を 担 っ た の が ナ ポ レオ ンで あ った 。 彼 は 、 革 命 の理 念 を取 り入 れ 、 ボ ナパ ル テ ィズ ム と よ ばれ る原 理 に よ っ て 、 革 命 後 の 混 乱 した政 治 、 社 会 の再 建 に取 り組 ん だ 。 そ の
際 、 ボ ナパ ル テ ィズ ム に は、 後 に共 生 の 原 理 と もい うべ き発 想 が 包 含 され て お り、 そ の 原 理 が 作 動 して い た が ゆ え に 、 ナ ポ レオ ン体 制 は強 固 な もの に な りえ た とい う こ とが で き るで あ ろ う。
で は 、 ボ ナ パ ル テ ィズ ム が 含 有 して い た とい う共 生 の原 理 とは い か な る もの で あ り、 それ は、 どの よ うに して 発 現 され て い っ た の で あ ろ うか 。 そ して 、 そ こに残 され た 課 題 と は何 で あ っ た の か 、 こ う した 問題 に つ い て検 討 して い くこ とに し よ う。
3、 ボ ナ パ ル テ ィズ ム の 権 力 論
フ ラ ンス 革 命 が 提 示 した3つ の理 念 で あ る 自 由 、平 等 、 友 愛 は つ とに有 名 な と こ ろ で あ るが 、 まず この3つ の 関係 が い か な る もの で あ るか とい う こ とにつ い て考 えて み る こ とに す る。 そ れ は、 結 論 的 に い う と、 友 愛 とは連 帯 、 共 生 の 原 理 で あ る と解 釈 す る と、 この3つ の 関 係 が 明確 に な る とい う こ とで あ る。 と
い うの は、 自 由 を強 調 す る と平 等 は喪 失 し、 平 等 を主 張 す る と 自由 は一 定 の制 約 を 受 け ざ る を え な くな る。 す な わ ち、 自 由 と平 等 だ けだ と、 この 両 者 は 対 立 関 係 に 陥 っ て しま う ので あ る。 そ れ を解 決 す る の が 友 愛 で あ り、 それ は す べ て の主 体 の 相 互 信 頼 、 寛 容 の 態 度 を 強 調 す る。 それ は今 日的 言 葉 で 表 現 す れ ば、
ま さ に共 生 の原 理 な の で あ る。 友 愛 が な けれ ぼ、 フ ラ ン ス革 命 の 打 ち 出 した 自 由 、 平 等 の 理 念 は、 相 互 に対 立 し、 結 果 的 に、 対 立 状 態 を克 服 で きず に終 わ っ て し ま うで あ ろ う。
ナ ポ レオ ン が 苦 慮 した の も、 ま さ に この 点 で あ っ た 。 す な わ ち 、 フ ラ ンス 革 命 は、 美 しい理 念 の も と、 か え って 社 会 を分 裂 、 対 立 状 態 に お いや って しまい 、 大 き な 亀 裂 を招 い て し ま っ た 。 革 命 に た ち あが った 新 興 市 民 階 級 は、 教 会 財 産
を没 収 し、 土 地 貴 族 を放 逐 した 。 多 くの 僧 侶 や 貴 族 た ち は 国 外 に亡 命 し難 を の が れ よ う と した 。 しか も、 革 命 が 急 進 化 す る と、 革 命 勢 力 内 部 で も権 力 闘 争 や 路 線 論 争 が 激 化 し、 相 互 に殺 ー しあ う事 態 が 発 生 した 。 革 命 の純 化 を 求 め て 、 異 質 な 分 子 や 多様 性 を排 除 しよ う とす る狭 量 な ドラマ が 展 開 され た の で あ る。
フ ラ ン ス革 命 は、 じつ に国 民 の 間 に連 帯 や 寛 容 の 精 神 を醸 成 す るの で は な く、
か え っ て 、 排 除 や 相 互 不 信 の 念 を懐 か せ 、 結 果 的 に、 社 会 に大 き な亀 裂 や 分 裂
ボナパル テ ィズム と共 生 の原 理 万 を も た ら して し ま っ た 。 そ れ は、 友 愛 す な わ ち共 生 の原 理 に基 づ く、 人 間 共 和 の社 会 の創 設 とは程 遠 い もの で あ っ た の で あ る。
こ う した 社 会 の再 建 に取 り組 ん だ の が ナ ポ レオ ンで あ る。 彼 は、 い か に して フ ラ ンス 革 命 の 理 念 に立 脚 した 新 しい社 会 、 国 民 共 同体 、 い な近 代 国 家 を樹 立 で き るか 、 と くに、 友 愛 の原 理 に 立 脚 した 新 し い社 会 や 国 家 を建 設 で き るか と
い う課 題 に取 り組 ん だ の で あ る。 それ は具 体 的 に い え ぼ 、 旧 勢 力 、 革 命 勢 力 、 ま た そ の 中で も穏 健 派 、 急 進 派 な ど さ ま ざ ま な分 子 が い るが 、 そ れ らの主 張 や 利 益 要 求 を い か に して ま とめ て い くのか 。僧 侶(教 会)、 貴 族 、 市 民 、 農 民 、 労 働 者 な どを い か に新 しい 国 家 の 中 に統 合 して い くの か 。 す な わ ち 、 共 生 の 原 理 に 立 脚 した 新 しい 国 民 共 同体 の創 出 こ そが ナ ポ レ オン に課 せ られ た 重 要 な 任 務 だ っ た の で あ る。
ナ ポ レオ ンが こ う した課 題 に取 り組 む に あ た っ て、 まず 考 え て お か な けれ ば な らな い の は、 当時 の 国 内外 の状 況 で あ っ た 。 国 内状 況 につ いて は、 既 述 の通
りで 、 四分 五 裂 の対 立 状 態 に あ っ た が 、 同 時 に、 国 外 か らの圧 迫 も相 当 な もの が あ っ た 。 革 命 勢 力 を倒 そ う と、 外 国 の 封 建 的 な 王 国 が 、 激 しい 干 渉 戦 争 を し か けて きた の で あ る。 す な わ ち、 ナ ポ レオ ン は 国 内 の 安 定 を はか る と と もに、
国 外 か らの 干 渉 を も は ね の け な くて は な らな か った 。 内憂 外 患 とい う言 葉 通 り の 状 態 に あ っ た とい っ て も過 言 で は な か っ た の で あ る。
こ うい う状 況 の も とに あ っ て は 、何 よ りも まず 自分 の 権 力 基 盤 を強 め な くて は な らな か っ た 。 脆 弱 な政 治 権 力 、 軍 事 力 で は この 困難 な 状 態 を打 開 し、 突 破 す る こ とはで き な い 。 ナ ポ レオ ン とい う と、 独 裁 、 戦 争 とい うイ メ ー ジ が 強 い が 、 それ は彼 が 単 純 に そ れ を め ざ した とい う こ とで は な か っ た 。 当 時 の 状 況 を 考 え る と、 そ うせ ざ るを え な か っ た の で あ る。 ナ ポ レオ ン 自身 、 自分 に 浴 びせ
られ る批 判 は すべ て わ か った うえ で 、 行 っ た。 彼 は晩 年 、 セ ン ト ・ヘ レ ナ 島で 次 の よ う に回 顧 しな が ら述 べ て い る。 「この 国 民 は1つ の 強 力 な政 府 を必 要 と し て い た 。 私 が 先 頭 に立 っ て仕 事 を して い た 限 りは 、 共 和 国 を救 うた め に1人 の
4)
独 裁 者 が 必 要 で あ っ た 時 の ロ ー マ の よ うな 状 態 に フ ラ ンス は あ っ た。」 「私 は、
自分 の個 人 的 な利 益 の た め に帝 国 を つ くっ た の で は な い 。 私 は、 革 命 を救 済 し、
フ ラ ンス の利 益 の た め に帝 国 を つ くっ た 。 私 は 、 フ ラ ンス に 統 合 と安 定 の す べ
5}
て の 条 件 を結 合 させ た統 治 形 態 を与 え る必 要 が あ っ た 」 と。
した が っ て 、 彼 は この 困 難 な 時 期 を乗 り越 え た な らぼ 、 独 裁 も戦 争 も必 要 な い と思 っ て い た ふ しが あ る。 彼 は、 そ の こ とを次 の よ うに い って い る。 「平 和 な 時 で あ っ た ら、 私 は あ の独 裁 をや めて い た で あ ろ う し、 憲 法 に よ る統 治 を始 め
fi)7)
て い た で あ ろ う」。 「未 来 は知 性 で あ り、 産 業 で あ り、 平 和 の 時 代 で あ る」 と。
当 時 の状 況 を考 え る と、 ナ ポ レオ ン の こ う した 発 言 も首 肯 で きな い こ とは な い
8)
とい え よ う。 危 機 的 状 態 に あ っ た 時 は と もか く、 「強 くあ らね ぼ な らな い 」、 強 くな けれ ば フ ラ ンス 革 命 は失 敗 に終 わ って しま う し、 ま して 革 命 の 理 念 で もっ て新 しい社 会 を築 き、 世 界 を主 導 す る こ とな どは不 可 能 で あ る。 ナ ポ レオ ン の 権 力 が 生 まれ で て くる背 景 に は こ う した 事 情 が 働 い て い た こ とを まず 理 解 す る 必 要 が あ る とい え る。
共 生 社 会 の原 理 を考 え る時 、 第1に 、 そ の社 会 や 政 治 的 共 同体 を成 立 、 維 持 させ て い く権 力 構 造 の成 り立 ち、 仕 組 み を解 明 す る こ とか ら始 め な けれ ぼ な ら な い。 これ は 、 い わ ば共 生 の縦 の原 理 とい え よ う。 人 間 社 会 が 成 立 、 存 続 す る た め に は 、 ど う して も権 力 な り、 指 導 部 分 は必 要 で あ る。 それ が な けれ ば 、 社 会 は か え っ て混 乱 し、 分 散 して しま う こ とは 目 に見 え て い る。 無 政 府 主 義 で は、
「希 少 資 源 の権 威 的配 分 」 を均 等 に行 う こ とは不 可 能 で あ る。 そ こで 問 題 は、 権9)
力 な り、 指 導 部 分 を いか に成 立 させ 、 創 造 し、 運 営 して い くか とい う こ とで あ る。 こ こ に縦 の共 生 とも い うべ き原 理 が 働 い て い るか ど うか 見 極 め て い く必 要 が あ る。 この 点 に つ い て 、 ボ ナパ ル テ ィズ ム の権 力 論 は、 どの よ うな 理 論 構 成 を とっ て い る の で あ ろ うか 。
第1に 、 主 権 の 問 題 につ い て 、 で あ る。 ナ ポ レオ ン は人 民 主 権 論 を は っ き り と容 認 して い た 。 王 権 神 授 説 や 君 主 主 権 論 は 当然 に排 除 した 。 彼 は い う。 「私 は
14)
民 衆 の ふ と ころか ら出 た 軍 人 だ、 革 命 の 子 だ 」、 「私 は 、 主 権 は人 民 の 中 に あ る
il)
とい う こ と を い つ も考 えて い る」、 「私 は人 民 の 人 間 で あ る。 私 自身 人 民 か ら出 発 して い る。 私 は 王 冠 を強 奪 した り した こ とは全 くな い。 私 は それ を悲 惨 な状
況 の 中 で もち 上 げ た ら、 人 民 が そ れ を頭 上 にか ぶ せ た 」 と。 や や 誇 張 した 表 現 に な っ て い るが 、 ナ ポ レオ ンが 人 民 の 意 思 を尊 重 し、 権 力 は そ の 中 か ら生 ず る
と認 識 して い た こ とは 間 違 い な い で あ ろ う。
彼 が 人 民 主 権 論 を学 ん だ の は、 啓 蒙 思想 とフ ラン ス革 命 の経 験 の 中 か らで あ っ た 。 若 き 日、 ナ ポ レオ ンが ル ソー に傾 倒 した こ とを考 え る と、 ル ソー か ら人 民
ボナパル テ ィズム と共 生 の原理
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主 権 の観 念 の影 響 を受 けた こ とは容 易 に察 しが つ く。 また 、1789年8月 の 人 権 宣 言 は、 主 権 の 淵 源 が 国 民 に あ る こ とを謳 っ て い た し、1791年9月3日 の 憲 法 は 、 そ の人 権 宣 言 を前 文 に載せ て いた 。 また 、1793年6月24日 の 憲 法 は、 人 権
13)
宣 言 を掲 げ る と同 時 に 、 本 文 第25条 で 「主 権 は人 民 に あ る」 と明 記 した 。 と く に 、 国 民公 会 は、 人 民 主 権 原 理 に基 づ い て 、 人 民 投 票 を定 め た の で あ る。 す な わ ち、1793年 憲 法 は、第19条 で 「法 律 に関 す る国 民 投 票 は賛成 また は反 対 に よっ
ヨの
て行 わ れ る」 と規 定 した の で あ る。 た だ この 憲 法 は 、 平 和 の 到 来 まで 実 施 を延 期 す る と した の で 、 国 民 公 会 の も とで は、 国 民 投 票 は行 わ れ な か っ た 。 い ず れ にせ よナ ポ レオ ン は、 この よ うな 革 命 の 経 験 や ル ソー の 思 想 の影 響 を受 け て 、 人 民 主 権 とい う こ とは生 命 に刻 印 して い た の で あ る。 な お 、彼 に は、 人 民 主 権 と国 民 主 権 とい う用 語 につ い て の厳 密 な 使 い 分 け は な く、 同 じ よ う に使 用 して い た 。
第2に 、主 権 が 人 民 に あ る とい うこ とは、 権 力 者 は、 その権 力 の 行 使 にあ た っ て は 、 す な わ ち 、 重 要 な 問 題 の決 定 に際 して は 、 必 ず 人 民 の承 認 を え る必 要 が あ る とい う こ とを意 味 した 。 ナ ポ レオ ン は この 考 え を頑 な に守 り、1799年 クー デ タ を起 こ して権 力 を握 り、新 憲 法 を定 め た 時 、 また 、 第1統 領 か ら終 身 統 領 に な る時 、 そ して 皇 帝 に就 任 す る時 、 な ど重 要 な 節 目、 す な わ ち 、 自分 の 権 力 の 強 化 を はか る場 合 、 そ れ を必 ず 人 民 投 票 にか け た 。 人 民 な い し国 民 か ら 自分 の 行 為 は正 当 な もの で あ る との承 認 を え た の で あ る。 これ は 、 権 力 と人 民 の 意 思 が共 生 の 関 係 に あ る とい う こ とを強 調 し よ う と した 行 為 で あ る とい っ て よい で あ ろ う。
第3に 、 人 民主 権 の 原 理 が 実 体 化 され る とい う こ とは ど う い う こ とか とい う 問 題 で あ る。 た ん に人 民 に主 権 が あ る とい う こ とを謳 っ て い る だ けで は意 味 が
な い 。 と くに権 力 や 政 府 が 、 人 民 主 権 を保 証 す る とい う こ とは、 美 辞 麗 旬 の謳 い 文 句 だ けで 終 わ らせ るわ け に は い か な い 。 人 民 に主 権 が あ る とい う こ とを権 力 や 政 府 の側 が 保 証 す る とい う こ とは、 権 力 や 政 府 が 人 民 や 国 民 の 利 益 に な る た め の政 治 を行 っ て こそ 、 そ れ は は じめ て 実 体 化 さ れ た とい う こ とが で き るの で あ る。 そ の こ とを ナ ポ レオ ン は次 の よ うに 強 調 して い る。 「主 権 は フ ラ ン ス人 民 の 中 に あ る。 そ の意 味 は、 す べ て の こ とは例 外 な く、 人 民 の 利 益 に お い て な され るべ きで あ る。 彼 らの福 祉 の た め、 彼 らの 栄 光 の た め に な され な くて は な
らな い 」、 「私 の政 策 は、 大 多 数 の人 々 が 望 む よ うに人 々 を統 治 す る こ とで あ る。
16)
そ れ こそ が 、 人 民 主 権 とい う こ とを認 識 す る方 法 で あ る」 と。 じつ に 、 ナ ポ レ オ ン に とっ て 、 人 民 主 権 と は、 た ん な る理 論 的 、 原 理 的 な もの で は な く、 い か に して 人 民 や 国 民 の利 益 に な るた め に政 治 権 力 が行 使 され るか とい う問 題 で あ っ た 。 この 信 条 の 通 りナ ポ レオ ン は 、 政 治 社 会 の安 定 につ とめ、 産 業 の 振 興 を は か り、 学 問 や 文 化 を重 視 して 、 人 民 の利 益 要 求 を満 た す 施 策 を行 っ て い った の で あ る。
な お 、 ナ ポ レ オ ン ∬1世も また 、 伯 父 で あ る ナ ポ レオ ン1世 の人 民 主 権 論 を踏 襲 し、 折 にふ れ て 人 民 投 票 を用 い て 権 力 の 成 立 基 盤 を人 民 の 意 思 に 求 め た 。 そ
して 皇 帝 に な っ て か らの そ の施 策 も、 サ ン シモ ン主 義 に 立 脚 しつ つ 、 産 業 の興 隆 につ とめ、 「貧 困 の撲 滅 」 を め ざ して い た。 と くに、 オ ル レ ア ン家 の 財 産 を没
I7)
収 して 、 労 働 者 の た め の 共 同住 宅 の 建 設 に あ た る な ど、 あ る意 味 で は ナ ポ レオ ン1世 以 上 に人 民 の た め の政 治 を遂 行 した の で あ る。
この よ うに 、 ボ ナ パ ル テ ィ ズ ム の権 力 論 とは 、 一 面 で は権 力 の 強 化 を はか り な が ら も、 も う一 面 で は、 権 力 の 淵 源 を人 民 の 意 思 に求 め 、 しか も、 権 力 行 使 の 目的 を、 徹 底 して 人 民 の利 益 要 求 を満 た す こ とに お い た の で あ る。 この 意 味 で 、 それ は権 力 と人 民 な い し国 民 とい う とや や もす る と縦 の 支 配 と服 従 とい う 関 係 で 見 られ が ち な イ メ ー ジ を 打 破 し、 権 力 と人 民 は あ くまで も横 の 、 水 平 的 な 共 生 関 係 に あ る とい う構 造 を示 そ う と した の で あ る。18世 紀 末 か ら19世 紀 末 に お い て の 当 時 と して は、 先 駆 的 な考 え方 で あ っ た と評 価 して よい で あ ろ う。
4.統 合 論 と して の ボ ナ パ ル テ ィズ ム
前 節 で は 、 ボ ナパ ル テ ィズ ム の縦 の 共 生 の原 理 と して の 権 力 論 につ いて 考 察 した が 、 本 節 で は、 で は具 体 的 に ど の よ うに して ナ ポ レ オ ン は各 行 為 主 体 の 共 生 を はか っ て い っ た の か 、 そ して、 政 治 社 会 の 安 定 を もた ら した の か 。 い わ ぼ、
横 の 次 元 に お け る共 生 の 原 理 とそ の 実 体 を み て い くこ とに す る。 共 生 とは 、 し ば しば の べ て きた よ うに 、全 く異 質 の 、 時 に は相 対 立 す る要 素 の 共 存 、 調 和 を は か る原 理 とそ の 術 な の で あ る。
ボナパ ルテ ィズ ム と共生 の原 理
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1)社 会 的 融 和 の 試 み
す で に述 べ た よ うに 、 フ ラ ンス 革 命 は そ れ まで の 封 建 秩 序 を転 覆 させ る大 変 革 で あ った 。 だ が 、 そ の 結 果 、 社 会 的 な 階級 や 階 層 の 間 に は激 しい反 目、 憎 悪 が 生 じ、 政 治 社 会 に は大 き な亀 裂 が 入 っ て し ま っ た 。 革 命 勢 力 は、 教 会 財 産 や 貴 族 の土 地 を没 収 し、 それ を主 と して 農 民 層 に安 く売 却 して しま った 。 そ の結 果 、 大 量 の分 割 地 農 民 と よ ばれ る土 地 を所 有 す る農 民 が 誕 生 した 。 ま た 、 新 興 市 民 階 級 に は、 私 的 所 有 権 が 保 証 され 、 営 業 の 自 由 も認 め られ た 。 そ の 結 果 、 富 の 増 大 を はか ろ う とす る意 欲 が 満 た され た 。 一 方 、 財 産 や 土 地 を奪 わ れ た 僧 侶 や 貴族 は 、 そ の多 くが 国 外 に亡 命 した り、 また 、 断 頭 台 の 露 と消 え た り した 。 革 命 は、 そ の よ う な階 級 に 恐 怖 を もた ら し、 結 果 的 に大 き な社 会 的 亀 裂 を 招 い た の で あ る。
こ う した 状 況 に対 して 、 ナ ポ レオ ン は 「革 命 は終 わ っ た 」 と宣 言 した 。 す な わ ち、 も はや 恐 怖 と分 裂 の 時 代 は終 焉 を とげ、 新 しい調 和 と共 生 の 時 代 が 開 幕 す る、 と強 調 した の で あ る。 で は彼 は、 い か に して そ れ を成 し遂 げ て い っ た の で あ ろ うか 。 彼 は 、 まず 、 僧 侶 や 亡 命 貴 族 に対 して 、 革 命 で 没 収 され た 財 産 は 返 却 され る こ とは な い が 、 これ 以 上 の 弾 圧 や 迫 害 は も はや な さ れ な い 。 い な す る こ とは な い 。 した が って 、 一 刻 も早 くフ ラ ンス に帰 国 した り、 も し くは とど ま って い る こ とを奨 励 した。 封 建 的 勢 力 で あ ろ う と も、 これ 以 上 の 圧 迫 は な い こ とを保 証 し、 そ の 地 位 の保 全 を は か っ た の で あ る。 しか も それ ど こ ろ か 、 亡 命 貴 族 を含 む 貴 族 の 官 職 就 任 や 職 業 の 保 障 を は か っ た 。 カ ル ノ ー(Lazare Carnot)を 戦 争 大 臣 に用 い た り、 護 民 院 議 員 に した り した 。 ナ ポ レオ ン に重 用
され た ラ フ ァイ エ ッ ト(Lafayette)や タ レイ ラ ン(Talleyrand)も 亡命 貴 族 で あ った 。 ナ ポ レオ ン は、 王 党 派 を は じめ 、 旧 貴 族 勢 力 に 対 して 決 して 気 を ゆ る す こ とは な か っ た が 、 だ か ら とい っ て、 彼 らを遠 ざ け た り、 排 除 す る こ と も し なか っ た 。 む しろ積 極 的 に 旧 貴 族 を新 しい体 制 や 社 会 の 中 に取 り込 み、 革 命 の 理 念 の も とで の 政 治 体 制 を支 え る0大 勢 力 に転 換 させ よ う と試 み た 。 貴 族 勢 力 もナ ポ レオ ンの こ う した 措 置 に満 足 し、 積 極 的 に新 しい体 制 に乗 じて い っ た の で あ る。
一 方、 革 命 に よっ て 恩 恵 を 受 けた 農 民 や 新 興 市 民 階級 に 対 して は 、 そ の 獲 得 した利 益 を保 障 した 。 す な わ ち、 農 民 に 対 して は 、 取 得 した 土 地 は没 収 返 還 さ
れ る こ とは な い と約 束 し、 新 興 市 民 階級 に 対 して は 、 私 的所 有 権 を認 め、 と く に 富 の所 有 を 評 価 した。 経 済 的 に富 裕 な者 は そ の 才 能 を示 して い る証 拠 で あ る
との 雰 囲 気 を 高 め て い っ た の で あ る。 こ う して彼 らの 革 命 を評 価 し、 ナ ポ レオ ン を支 持 す る活 力 は い や が うえ に も高 ま っ て い っ た の で あ る。
こ う した 措 置 を 講 じた う えで 、 ナ ポ レオ ン は 人 材 の 登 用 とい う面 に お い て 、 徹 底 した 能 力 主 義 を採 用 した 。 階 級 や 階 層 に 関 係 な く、 官 僚 、 司法 官 、 軍 人 な どに な る こ とが で きた 。 ナ ポ レオ ンの 時 代 に は 、 元 帥 の 多 くは 中産 階 級 や 下 級 貴 族 の 出 身 者 で 占 め られ て い た とい わ れ て い る。 また 、 レ ジ ヨ ン ・ドヌー ル 勲 章 の制 度 を設 置 し、 国家 の 発 展 に功 績 の あ っ た 者 を 、 政 治 家 や 軍 人 を は じめ広 く民 間 人 ま で も顕 彰 して い っ た 。 これ は 、 名 誉 を重 視 す る フ ラ ンス 人 の虚 栄 心 を くす ぐ る と こ ろ とな り、 階 級 や 階 層 に 関 係 な く、 広 く人 々 の ナ ポ レオ ンへ の 支 持 と忠 誠 心 を 高 め て い っ た の で あ る。
この よ う に、 ナ ポ レオ ンの 繊 細 に して 巧 み な 政 策 に よ り、 諸 勢 力 は そ れ ぞ れ が そ の利 益 を 満 た され 、 フ ラ ンス 革 命 で 大 き く亀 裂 の 入 っ た フ ラ ンス 社 会 は、
新 た な 調 和 と安 定 を生 み 出 して い っ た 。 「ナ ポ レオ ンの 統 治 期 間 、 社 会 に は 驚 く
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べ き調 和 が あ っ た 」 との 評 価 も、 あ なが ち誇 張 とは い え な い。 そ こ に は 異 質 な 要 素 を、 相 互 に 融 和 、 共 存 させ る共 生 の原 理 が 働 い て い た の で あ る。
2)宗 教 政 策
フ ラ ン ス 革 命 後 の混 乱 した 社 会 を再 建 す る に あ た っ て 、 ナ ポ レオ ンが 最 も苦 慮 した の が 宗 教 の 処 遇 につ い て 、 で あ っ た 。 絶 対 王 政 の 長 い 間 、 王 権 と教 権 、 す な わ ち 、 ロ ー マ ・カ トリ ッ ク教 会 とは 密 接 な 関 係 を も っ て い た 。 しか も、 当 時 の フ ラ ン ス 人 口 の うち75%は 農 民 で 、 彼 らの殆 どが 敬 度 な カ トリ ッ ク教 徒 で あ っ た 。 封 建 的 な 支 配 体 制 に は 矛 盾 を感 じ、 しか も革 命 に よ っ て 土 地 を え た彼 らは、 革 命 に は恩 を 感 じて い た 。 しか し、 革 命 は一 方 で は 、 王 権 を否 定 す る と と もに そ れ を支 え て い た ロ ー マ ・カ トリ ッ ク教 会 を も弾 呵 した 。 お よ そ キ リス ト教 な る もの を葬 り去 ろ う と した の で あ る。
啓 蒙 思 想 に立 脚 した 革 命 勢 力 側 は カ トリ ッ ク を認 め ま い とす る。 但 し フ ラ ン ス に は 、 圧 倒 的 多 数 の 農 民 を 中 心 とす る カ トリ ッ ク教 徒 が い る。 革 命 を支 持 す る ナ ポ レオ ンは 、 単 純 に考 え れ ぼ 、 当然 、 カ ト リ ッ クの信 仰 を容 認 す る こ とは
ボナパル テ ィズ ム と共 生 の原 理
81
で きな い 。 しか も、 容 認 す れ ば、 王 党 派 が い っ また カ トリ ック勢 力 を利 用 して 、 反 革 命 の巻 き返 し を は か るか わ か らな い 。 そ う した 反 革 命 の 陰 謀 を 断 ち切 るた
め に も、 カ トリ ッ ク の存 在 を か っ て の ま ま認 め て お く こ とはで き な か っ た 。 こ こに ナ ポ レオ ン は 、大 き な選 択 の 岐 路 に立 た さ れ た の で あ る。 ナ ポ レオ ン が 、 この 難 題 を どの よ うに解 決 して い っ た の か を これ か ら考 察 す る こ とにす るが 、 そ の 前 に ナ ポ レオ ン の宗 教 観 を見 て お こ う。
ナ ポ レオ ン 自身 は 、 決 して カ トリ ッ ク教 徒 で は な か っ た し、 信 仰 深 い 入 間 で は な か っ た 。 お よ そ そ の 生 き方 にお い て 、 神 に願 う とか 、 助 け を求 め る とい う よ うな こ とは しな か っ た 。 自分 自身 に 対 す る絶 対 の 自信 と信 念 を も って い た と い え よ19)y。しか し、 彼 は、 「神 の 存 在 は信 じて い た 」 し、 宗 教 の もっ 役 割 、 機 能 につ い て は高 く評 価 して い た 。 彼 は、 「宗 教 は 、 魂 の休 息 で あ り、 希 望 で あ り、
不 幸 な人 々 の頼 み の 綱 で あ る。 キ リス ト教 は どれ ほ ど人 類 の た め に な っ た こ と か!も し聖 職 者 た ち が そ の使 命 を理 解 して い た ら、 キ リス ト教 は今 な お どれ
'LO)
ほ どの 力 を持 っ て い る こ とで あ ろ う 旦」 とい う。 キ リス ト教 が 政 治 権 力 とゆ が ん だ 関 係 を結 び 、 矛 盾 に満 ち た政 治 権 力 を支 え る道 具 に堕 落 して い な け れ ぼ 、 キ リス ト教 、 と くにカ ト リッ クは清 純 な宗 教 と して 純 粋 に人 々 の 心 の支 え にな っ
2l)
て い た で あ ろ う、 とい うので あ る。 彼 は 「宗 教 は社 会 秩 序 の神 秘 」 で あ り、 「神
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を信 じな い人 々 を統 治 す る こ とは不 可 能 で あ る」 と主 張 した 。 そ の理 由 と して ナ ポ レオ ンは、 「社 会 は財 産 の 不 平 等 な く して は存 在 で き な い し、 財 産 の 不 平 等
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は宗 教 な く して は存 在 で き な い」 と見 ぬ き、 「階 層 の 不 平 等 を人 々 に支 持 させ る こ とが で き るの は宗 教 しか な い。 とい うの も、 宗 教 は す べ て の 人 を慰 め るか ら
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で あ る 。 宗 教 な き 社 会 は 、 羅 針 盤 を 失 っ た 船 と同 じ で あ る 」 と説 明 す る 。 じ つ に 、 宗 教 の 果 た す 心 理 的 、 ま た 、 社 会 的 役 割 を 鋭 く看 取 し て い た とい え る。 こ う した 宗 教 観 に 立 脚 し て 、 ナ ポ レ オ ン は 、 冷 静 に 宗 教 政 策 を 打 ち 出 して い っ た の で あ る。
ナ ポ レ オ ン は 上 述 し た 宗 教 観 に も とづ き 、 熟 慮 の 末 、1801年7月13日 、 ロ ー一 マ 教 皇 ピ ウ ス7世(PiusVH、1740‑1823)と の 間 で 「宗 教 協 約 」(Concordat)
を締 結 し た 。 そ れ は 、 翌 年4月18日 に 公 布 さ れ 、 そ の 式 典 が ノ ー トル=ダ ム 大 聖 堂 で 盛 大 に 挙 行 さ れ た 。 そ の 協 約 とは 、 フ ラ ン ス 政 府 は ロ ー マ ・カ ト リ ッ ク を 国 教 で は な く、 「フ ラ ン ス 人 の 大 多 数 の 宗 教 」(1areligiondelagrande
majorxtedeFranCais)と 認 め る。 す な わ ち、 カ トリ ック を 自由 に信 じて よい と認 め た 。 そ の か わ り、 ロー マ ・カ トリ ッ ク教 会 は 、 フ ラ ンス 革 命 の結 果 誕 生 した 共 和 国 を承 認 し、 か っ 、 革 命 の最 中 、 没 収 され た教 会 財 産 の返 還 は放 棄 す る と した 。 こ う して 、 フ ラ ン ス 共 和 国 とロ ー マ ・カ トリ ッ ク教 会 は、 両 者 が 共 存 、 併 立 す る こ とを 相 互 承 認 した の で あ る。
ナ ポ レオ ン に とって は 、 国 民 の75%を 占 め る農 民 の 殆 どが カ トリ ッ ク教 徒 で あ り、 そ の信 仰 を奪 う こ とは非 合 理 的行 為 以 外 の何 もの で も な か っ た 。 だ か ら とい っ て 、 か つ て の よ うに カ ト リ ッ クを 国 教 とす る こ とは容 認 で きな か っ た 。 一 方 、 「ロー マ ・カ トリ ッ ク教 会 に して も、 信 者 を沢 山 抱 え る フ ラ ンス 共 和 国 を 国家 と して 認 め な い とす る こ とは 非 現 実 的 で あ る。 こ こ は、 教 皇 権 を安 定 させ
るた め に も、 新 しい 共 和 国 を承 認 して お くこ とが 得 策 で あ っ た。 と くに 、 ナ ポ レオ ンが カ トリ ッ クの 信 仰 を禁 ず る の で は な く 「フ ラ ン ス 人 の 大 多 数 の 宗 教 」 と して認 め 、 信 教 の 自由 を保 障 した こ とは 、 十 分 に評 価 で き る こ とで あ っ た 。
「宗 教 協 約 」 は 、 ナ ポ レオ ン の絶 妙 の 国 家 と宗 教 の 共 生 の原 理 とい え よ う。
しか し、 ナ ポ レオ ン は、 カ ト リ ッ クの信 仰 を 認 め た とは い え、 王 党 派 を は じ め とす る守 旧 派 が 、 再 度 カ トリ ッ ク勢 力 を 利 用 し よ う とす る こ とに は 十 分 気 を 配 っ た 。 そ の た め の 措 置 と して 、 フ ラ ン ス 国 内 の カ ト リ ッ ク教 会 を政 府 の 下 に 置 くこ と と し、 王 党 派 の 教 会 へ の 接 近 を禁 じた 。 聖 職 者 に は政 府 か ら給 与 が 支 給 さ れ る こ とに な り、 一 種 の 公 務 員 の 立 場 に な っ た 。 司 教 の任 命 に も政 府 が 関 与 し、 教 権 よ りも俗 権 の 方 が 上 位 に あ る と誇 示 され た 。 結 婚 も役 所 に届 け れ ば 良 い 民 事 婚 とな り離 婚 も認 め られ る こ とに な った 。 こ の よ うに、 ナ ポ レオ ン は、
カ ト リ ッ ク信 仰 の 自由 を容 認 しなが ら も、 そ れ が 再 び か つ て の 絶 対 王 政 の 時 代 に戻 る こ とは な い よ うに政 府 の 手 綱 を強 め た の で あ る。
な お 、 ナ ポ レオ ンの 宗 教 の 自 由 に 対 す る考 え は、 カ トリ ッ ク教 会 だ け を対 象 に した も の で は な か った 。 他 の す べ て の 宗 教 に対 して も、 平 等 の機 会 を与 え た の で あ る。 彼 は い う。 「私 は普 遍 的 意 識 の 自 由 を樹 立 す る こ とを望 む 。 私 の シ ス テ ム は決 して 支 配 的 な宗 教 を も た な い こ とで あ る。 そ うで は な く、 す べ て の宗
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教 に 寛 大 で あ る こ とだ 」 と。
こ う した考 え の も と、 ナ ポ レ オ ン は、 キ リス ト教 の プ ロテ ス タ ン トの 牧 師 に も給 料 を支 払 っ た 。 ま た 、 ユ ダ ヤ教 に対 して も、 信 仰 の 自由 を 与 え た 。 ユ ダ ヤ
ボナパ ル ティズ ム と共生 の原 理
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人 が フ ラ ンス 社 会 に溶 け込 む こ と も認 め た 。 しか も、 ナ ポ レオ ン は1807年 、1 千 年 以 上 開 か れ な か っ た ユ ダ ヤ教 の 中枢 機 関 で あ る ラ ビ の最 高 議 会(大 サ ンヘ
ドリンGrandSanhedrin)の 開 催 を後 押 し した り、 ユ ダ ヤ教 の慣 習 を積極 的 に 理 解 した 。 ヨー一ロ ッパ 世 界 に お い て 、 ユ ダヤ 教 を この よ うに寛 大 に 扱 っ た の は ナ ポ レオ ンを お い て な く、 そ の結 果 、 フ ラ ン ス 政 府 とユ ダ ヤ人 との 関 係 は極 め て 良 好 な もの とな っ た 。 ヨ ー ロ ッパ の ユ ダ ヤ 人 は 、 こ う した 措 置 を と る ナ ポ レ オ ン に強 い支 持 を寄 せ た の で あ る。
2G)
しか も ま た 、 イ ス ラ ム教 に対 す る ナ ポ レオ ンの 態 度 も同 じで あ っ た 。 彼 は、
イ ス ラム教 に対 して も寛 大 な 気 持 で接 した 。 エ ジ プ ト遠 征 の折 、1798年6月22 日、彼 は 「兵 士 へ の 布 告 」 を 出 した。 そ の 中 で は 、 次 の こ とが 謳 わ れ て い た 。
「われ わ れ が これ か ら共 に暮 らそ う と して い る人 々 は マ ホ メ ッ ト教徒 で あ る。 彼 らの信 条 の第1は 、 神 の ほ か に神 は な い。 マ ホ メ ッ トこそ神 の預 言 者 で あ る、
とい う こ とで あ る。彼 らの 言 う こ とを否 定 して は い け な い。 彼 らに対 して は、
わ れ わ れ が ユ ダ ヤ 人 や イ タ リア 人 に対 して振 る舞 った の と同 じ よ う に振 舞 え ば 良 い。(中 略)古 代 ロー一マ の軍 団 は すべ て の 宗教 を保 証 した。 こ こで 諸 君 は 、 ヨー ロ ッパ の とは違 う習慣 に出 喰 わ す で あ ろ う。 諸 君 は そ れ に慣 れ な け れ ば な らな
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い 」 と。 こ う した ナ ポ レオ ンの 戒 告 を守 り、 イ ス ラ ム教 徒 と接 す る中 か ら、 や が て ナ ポ レオ ンの 軍 の兵 士 の 中 に は 、 イ ス ラム教 に改 宗 す る もの も出 た とい う。
こ う した宗 教 に対 す る寛 容 な 態 度 も、 ナ ポ レオ ンが 若 き 日、 ア レ キサ ン ダ ー 大 王 や ロ ー マ 帝 国 の歴 史 を 学 ん だ 中 か ら培 わ れ た もの で あ ろ う。
と もあ れ 宗 教 とい う人 間 の微 妙 な 心 の 問 題 に 対 す るナ ポ レオ ンの 態 度 は、 じ つ に 木 目細 や か な もの で あ っ た 。 宗 教 に対 す る接 し方 を誤る と、 それ が 紛 争 や 対 立 の原 因 に な る こ とを彼 は知 悉 して い た の で あ る。 ナ ポ レオ ン の宗 教 政 策 は 、 信 教 の 自由 を保 障 し、 各 宗 教 の 共 存 を は か る こ とに主 眼 が 置 か れ て い た 。 これ
こそ共 生 の原 理 の 核 とな る もの で あ る とい っ て よ い で あ ろ う。
こ こで 思 い 出 され るの は 、1993年 にハ ーバ ー ド大 学 の サ ミュ エ ル ・ハ ン チ ン トン(SamuelHuntington)教 授 が発 表 した 「文 明 の衝 突 か」 とい う概 念 で あ る。 彼 は冷 戦 が 終 結 し、 これ か ら はデ モ ク ラ シ ー と市 場 経 済 とい う普 遍 的 な原 理 が 世界 を席 巻 す るで あ ろ う とい う フ ラ ンシ ス ・フ クヤ マ(FrancisFukuyama)
の説 を念 頭 に そ れ に異 論 を 唱 え る。 す な わ ち 、 冷 戦 が 終 結 した後 の 時 代 は 、 資
本 主 義 か 、 共 産 主 義 か 、 と い う普 遍 的 な イ デ オ ロ ギ ー の 相 剋 で は な く、 世 界 は 8つ の 文 明 圏 に 分 か れ 、 文 化 と か 文 明 と い う個 別 的 な ア イ デ ン テ ィ テ ィ を め ぐ る 対 立 に な る こ とが 予 想 さ れ る。 よ っ て 大 切 な こ と は 、 冷 戦 後 の 時 代 に お い て は 、 西 欧 中 心 主 義 で あ る と か 、 西 欧 の イ デ オ ロ ギ ー が 絶 対 か つ 普 遍 的 で あ る こ
と を 主 張 す る の で は な く、 各 文 明 圏 の 独 自 性 を 認 め 、 そ の う え で 相 互 に 共 存 を は か っ て い く こ とで あ る 、 と主 張 し た 。 彼 は こ の 点 を 次 の よ う に い っ て 結 論 と して い る 。 「今 後 、 当 面 の 間 、 普 遍 的 な 文 明 が 登 場 す る こ と は な く、 む し ろ 世 界 は 多 様 な 文 明 か ら形 成 さ れ て い く こ と に な る で あ ろ う。 し た が っ て 、 必 要 な こ
と は 、 各 文 明 が お 互 い に 、 他 の 文 明 と共 存 し て い く こ と を 学 び あ っ て い く こ と で あ る 」(Fortherelevantfuture,therewillbenouniversal
Civilization,butinsteadaworldofdifferentcivilizations,eachof
28?
whichwillhavetolearntocoexistwiththeothers.)と 。 ま さ に ハ ン チ ン ト ン は 、 共 存 や 共 生 の 原 理 の 重 要 性 を 訴 え た の で あ る 。
ナ ポ レ オ ン は 、 こ の ハ ン チ ン ト ン の 指 摘 を 予 測 して い た か の よ う に 、 共 生 の 原 理 を 先 取 り し て い た 。 近 代(世 俗)国 家 とカ ト リ ッ ク が 共 存 す る に は ど うす れ ぼ よ い か 。 各 宗 教 を ど の よ う に 処 遇 す べ き か 。 ナ ポ レ オ ン は 、 自 ら は信 仰 す る こ と は な か っ た が 、 宗 教 の 重 要 性 は 認 め 、 宗 教 と国 家 の 関 係 を 巧 み に 樹 立 し て い っ た とい っ て よ い で あ ろ う 。 こ れ こ そ 、 ナ ポ レ オ ン の 共 生 社 会 構 築 の 重 要 な 支 柱 を な す も の で あ っ た 。
5.ボ ナ パ ル テ ィズ ム の 限 界
ナ ポ レオ ン は フ ラ ン ス革 命 で 混 乱 した 社 会 の 再 建 に精 力 的 に取 り組 ん で い っ た 。 革 命 の 理 念 に立 脚 し、 それ を具 体 化 しな が ら、 革 命 で 分 裂 し、 相 互 対 立 的 に な っ た社 会 を調 和 す る共 生 的 な融 合 社 会 へ と転 換 を はか っ た 。 そ の施 策 の 多
くは成 功 し、 ナ ポ レオ ンが 第1統 領 の 間 に、 政 治 社 会 は大 き く安 定 した 。 彼 は まず 政 治 権 力 の 性 格 、 あ り方 を規 定 した 。 それ は強 い 発 動 権 を もつ が 、 しか しあ くまで も主 権 は人 民 に あ り、 主 権 の行 使 に あ た っ て は 、 人 民 の承 認 を 受 け な けれ ぼ な らな い 。 そ うで な けれ ぼ権 力 の 発 動 は正 統 性 を 失 う と した 。 こ れ に よ り権 力 と人 民 との調 和 、 い わ ぼ縦 の 共 生 関 係 を確 立 した の で あ る。 そ の
ボナパ ルテ ィズム と共 生 の原理
SS
う えで 、 彼 は 、 人 民 主 権 の意 味 を次 の よ うに強 調 した 。 「私 の政 策 は 、 多 くの 人 民 が 望 む よ う に人 々 を統 治 す る こ とで あ る。 そ れ こ そ が 、 入 民 主 権 の 何 た るか
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が わ か る方 法 な の で あ る」 と。 人 民 の た め に な る政 治 、 人 民 の 望 む こ とを先 取 り して 実 現 す る政 治 。 そ して 何 よ りも人 々 が 公 平 な 利 益 の分 配 に浴 し、 相 互 に 共 生 で き る政 治 。 これ こ そ が ボ ナ パ ル テ ィズ ム の 眼 目で あ り、 横 の共 生 関 係 の 樹 立 を は か る鍵 で あ っ た 。
ナ ポ レオ ン は、 こ う した 自 らの施 策 を よ り強 固 に し、 永 続 化 す るた め に、 法 律 の形 に ま とめ る こ とに腐 心 した。 それ が 、1804年3月21日 に公 布 され た 「民 法 典 」 で あ る。1807年 に、 「ナ ポ レオ ン法 典 」 と改 称 され た その 法 律 は、 伝 統 的 な慣 習 法 、 ロ ー マ 法 そ して 革 命 の 理 念 に基 づ い た 法 を調 和 的 に統 合 し、 フ ラ ン ス全 土 に一 律 に適 用 さ れ る画 期 的 な もの で あ っ た 。 「ナ ポ レオ ン法 典 」 自体 が 、 古 今 東 西 の 慣 習 や 規 則 を体 系 的 に ま とめ あ げ た共 生 法 と して の性 格 を も っ て い た とい え よ う。 ナ ポ レオ ン は、 この法 典 を誇 り、 「私 の本 当 の栄 光 は、40回 の 戦 争 に勝 利 した こ とに あ るの で は な い。 ワー テ ル ロ ー は、 多 くの勝 利 の 思 い 出 を 忘 却 させ て し ま っ た 。 しか し、 何 もの も消 去 で き な い もの 、 永 遠 に生 き続 い て
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い くもの、 それ は、 私 の 民 法 典 で あ る」 と回 想 した 。
ナ ポ レオ ンは 、 「宗 教 協 約 」 を 中心 とす る宗 教 政 策 に よ っ て人 々 の 精 神 的 調 和 を はか り、 「民法 典 」 に よ っ て 人 々 の世 俗 面 で の 安 定 を は か っ た 。物 心 両 面 にわ た る彼 の共 生 の原 理 の 施 策 は 、 多 くの 人 々 か ら支 持 を え た の で あ る。
しか し、 彼 の こ う した理 想 的 と もい え る施 策 に もい くっ か の 陥 穽 が あ っ た 。 それ は、 ボ ナパ ル テ ィ ズ ム の共 生 原 理 の 脆 弱 性 、 な い し限 界 とい っ て も よか っ た 。
そ の ひ とつ は 、 権 力 運 用 の ル ー ル と もい うべ き側 面 で あ る。 ナ ポ レオ ン は 、 また そ の 甥 の ナ ポ レオ ンIH世 も、 基 本 的 に議 会 を軽 視 した 。 とい うの も議 会 を 構 成 す る議 員 は、 選 挙 区 か ら選 出 され るた め に、 自分 の 選 挙 区 の 利 益 しか 考 え な い。 フ ラ ンス 国 家 全 体 の 国 民 的 利 益 を考 慮 して 行 動 す る こ とに慣 れ て い な い か らで あ る。 い わ ぼ、 全 体 的 利 益 を代 表 す るの で は な く、 部 分 的 、 地 域 的 利 益
の代 弁 者 に す ぎ な い とい うの が議 員 な の で あ る。
しか も、 そ の 議 員 た ち の集 合 体 で あ る議 会 は 、 お 喋 りの機 関 で しか な く、 何 ら ま とま っ た 建 設 的 意 見 を提 示 で き る状 態 に な い 。 と くに迅 速 な物 事 の 決 定 、
遂 行 は不 可 能 で あ る。議 会 は 国 民 を調 和 的 、 共 生 的 に ま とめ あ げ る と こ ろで は な い 、 とい うの が ボ ナ パ ル テ ィ ズ ム の基 本 的 な考 え方 で あ る。
そ の た め に、 ボ ナ パ ル テ ィズ ム で は、 人 民 の 利 益 を考 え る皇 帝 と人 民 が 直接 結 び つ く政 治 形 態 を理 想 と した 。 人 民 が 皇 帝 を支 持 し、 皇 帝 は人 民 の利 益 の た め の施 策 を行 う。 行 政 権 を 中心 に 国 民 の 共 生 を は か り、 国 民 を統 合 して い くの が 理 想 的 な政 治 体 制 で あ る と強 調 す るの で あ る。
こ う した考 え 方 は確 か に0見 首 肯 で き、 効 率 的 で も あ る よ う に思 え る。 しか し実 際 は、 多 様 な 国 民 の利 益 を は た して 皇 帝 を 中 心 とす る行 政 官僚 機 構 で ま と めて い け るか ど うか は疑 問 で あ る。 こ う した 皇 帝 を 中心 とす る行 政 権 中 心 に共 生 を はか っ て い こ う とす る政 治 形 態 の あ り方 の最 大 の 問 題 は以 下 の2点 に あ る。
第1は 、 審 議 、 討 議 の場 の 欠 如 とい う こ とで あ る。 ナ ポ レオ ン は 自 己 の権 力 の 誕 生 か ら、 重 要 問題 の 決 定 に あ た っ て は、 必 ず 人 民 投 票 にか け支 持 を え た 。 それ ゆ え に 、 自分 の権i力行 使 に は正 統 性 が あ る と した 。 しか し、 ナ ポ レオ ン の 行 っ た 人 民 投 票 は、 あ る選 択 肢 を賛 成 か 反 対 か とい う二 者 択 一 で 問 うだ けの も ので あ っ た 。 そ こ に は、 人 民 な り国 民 な りが 参 加 して の 審 議 、 討 議 の機 会 とい うの は設 け られ て い な か っ た 。 賛 否 両 論 を た た か わ せ た 上 で 、 採 決 す る とい う 形 態 に な っ て い な い の で あ る。 これ で は、 既 得 権 を も ち、 一 方 的 に 自 己 を賛 美
す る提 案 者 側 の 案 に有 利 に働 く とい うの は 当 然 で あ る。 大 衆 迎 合 主 義(ポ ピ ュ リズ ム 〉 の形 に な る可 能 性 は大 き い とい え よ う。
第2は 、 以 上 の 点 に 関 連 して、 議 会 を軽 視 し、 脆 弱 化 して お く とい う こ とは、
与 野 党 に よ る討 論 の場 が な い とい うに等 しい とい う こ とで あ る。 何 が 国 民 的 利 益 か とい う こ とを決 め る こ とは、 大 衆 社 会 に な れ ぼ な るほ ど困 難 で あ る。 ナ ポ
レオ ン は、 優 秀 な官 僚 行 政 機 構 に よ り国 民 的 利 益 を満 た して い く とい っ た が 、 そ れ は あ くまで 行 政 部 が 考 え る、 さ らに い うな らぼ、 現 政 権 に とっ て 有 利 な利 益 とい う方 向 に傾 斜 しが ち で あ る。 現 体 制 を支 持 す る側 に便 宜 が はか られ て い
く可 能 性 は 大 い に あ り う る こ とで あ る。
何 が 国 民 的利 益 か を決 め るの は 、 結 局 は 、 議 会 で の 審 議 、 討 議 を経 る以 外 に な い。 そ こで の 議 論 を行 っ た う えで 、 採 決 を は か り、 国 民 的 利 益 と称 す る もの を 決 め て い くの が 民 主 主 義 の ル ー ル で あ る。 多 数 決 で 敗 れ た少 数 者 の 利 益 は 、 議 会 で の審 議 を経 て い る の で 、 一 般 に公 け に な って い る。 ゆ え に それ につ い て