スライド17
The first mission of the JMTDR for Disaster Relief as the local public official servant in 2001
GO
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Damage
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手術室にも全部あります。クルド人がいます。そ の近くにはアル・ホールキャンプというのがあり ます。1992年の湾岸戦争時に8,000人の難民が流 出したところです。その難民キャンプがあるとこ ろに行かせてもらいました。ユーフラテス川が流 れています。四大文明の発祥地ですね。
私もシリアという国はほとんど知りませんでし た。悪の枢軸国に近い,アメリカから非常に嫌わ れている国です。私が行ったのが3月21日で,戦 争が勃発していました。
途中で,アメリカから日本のほうへシリアにい るのはまずいと言われて途中で帰ってきたわけで すが,紛争はまだ続いております。帰りはドバイ を経由して関空に帰りました。あまり話題になり ませんが,イスラエルの近くのゴラン高原にも実 は自衛隊がずっといるんですね。そういうところ です。
ダマスカスにはアムステルダム経由で入りまし
た。シルクロードの中継地点でユネスコの世界遺 産にもなっているパルミラ遺跡を通ってハッサケ に来ました。あちらの新聞を見ると分かるように,
自由の女神が血の海に入っています。もうすべて 反米ですね。
ところがシリアの人は日本人に対しては非常に 好意的で,一度気が合ったら徹底的につきあうと いう国です。そして,あとから出ますが50年の歴 史があります。非常に日本と友好関係のある大事 な国だと思っております。
非常に良かったのはキーマンが2人いたことで す。1人はハッサケ県知事です(スライド22)。 JICAでいろいろ研修を受けたということで,物 事がすべてうまくいった。物資もたくさん渡しま したので,あちらは非常に喜んでwelcomeという ことでした。
すべてのことを見せてくれました。異文化の国 で女性の顔を写真に撮ったら駄目だというけれど,
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海 外 へ の 災 害 医 療 救 援 活 動
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そういうことは全くなく,普通の国のように写真 を撮らせてもらいました。帝王切開もやりました し,すべてのことを自由に見させてくれました。
スライド23は庭でテントのデモンストレーショ ンをしているところです。写真中央の女性が婦長 さんですね。
スライド24の人がもう1人のキーマンの,ハ ムード医師といいますが,JICAで日本に研修に 来ていたということで非常にフランクにしてくれ ました。JICAから1993年に寄贈された救急車で す。車内を見たら日本語で「酸素ボンベ」と書い てありました。日本のものをたぶんそのまま送っ たのだと思います。除細動器は上にありました。
「古くなったので新しいのがほしい」と言ってい ました。
スライド25がアル・ホールの難民キャンプです。
夏は暑くて冬は寒いところです。こういうところ に湾岸戦争時に難民が8,000人以上がいました。
スライド26は日の丸を揚げたところです。スライ ド27はイラクからの難民がいたんですけれど,ち ょっと診てくれというので聴診器を当てていると ころです。
JMTDRでは普通のミッションでもそうですが,
最後はドネーションというのをやります。サイン して,資機材を全部置いていきます(スライド28)。 送別会のあった最後の日,誤爆がありました。
4人が運ばれてきて,1人が開腹手術をやってお ります(スライド29)。やはり隣の国で戦争が起
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スライド25
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スライド27
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スライド26
こっているということを身近に感じた瞬間でした。
パルミラに日本政府がビデオ装置などを4,970 万,無償協力するというのが出ていました。その 時の大使が林梓氏で,シリア・アラブ共和国特命 大使ということで新聞に載っておりました。
これからの災害医療救援
最後ですが,先週(2004年10月)インドネシア に行かせてもらいました。48時間以内に行けると ころはアジアです。地球の裏側にはなかなか行け ないということで,インドネシア,フィリピン,
マレーシアといった国と連合・連携を取って救急 医療をやっていこうということです。
インドネシアの飯村大使が音頭取りになって,
もう少し日本とインドネシアの救急医療,災害医 療をしていこうということで行ってきました。
インドネシアのマカッサル州というところは非 常に遠いです。ジャカルタからここまでは時差が
1時間,日本とは2時間差のところです。インド ネシアは国内でも時差があるところです。インド ネシアの国旗というのは赤と白です。日本とすご く似ています。
10月12日にはJoint seminar between Indonesia and Japan emergency medical team on emer-gency medical care in sudden impact disasterと いうことで,たくさんの人が集まりました。ちょ うど10月20日にメガワティ大統領からユドヨノ大 統領に政権移譲しますが,保健省の大臣の方も来 られました。
その時にマカッサル州のAMDAに行かせても らいました。そこのチーフの先生がAMDAの歴 史を滔々といろいろ教えてくれ,食事もインドネ シアでマカッサルがいちばん海鮮料理がおいしい ということで,エビなどをご馳走してくれました。
その時に病院へ行ったのですが,あちらの病院は 洪水のときのためにボートがあるんですね。2つ ボートがある。そういうことでしょっちゅう災害 が起こってるんだなあ,と感じました。
その時に衛星回線を使って日本とインドネシア,
マレーシア,フィリピンと4カ国で衛星会談にな りましたが,お互いに近い国であると。そして何 かあったら,まあ要請主義ですけれども,一緒に 力を合わせてやっていこうと誓い合いました。
私の話したことは(スライド30),我々の国際緊 急援助隊JMTDRは,ヒューマニティ,人間愛で やっているということと,ボランティアでやって いるということです。これは2週間ということで,
だれでも参加できるということですね。やはり1 カ月とかそういうのはちょっと無理です。だから 2週間であればだれでも参加できるし,国際貢献 できると。この組織は教育などに非常に最適な組 織であると思っております。
それから,いわゆる要請主義ですね。やはり押 し掛けではなく,要請されたら行くといった国連 の宣言にのっとって我々は行動しています。当然,
我々は政府組織(GO)ですし,日本を背負ってや っているということを常に頭に入れて活動してお ります。
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¨HþM スライド28
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ストップ・ザ・ペインという標語があります
(スライド31)。JMTDRも,ニュー JICAになりま した。独立行政法人です。本当に変わろうとして います。やはり緊急援助はどうしてもスピードが 必要であると。要請主義という枠がありますが,
なるべく迅速にやると。早く行くには,近くのア ジア諸国がいいのではないかと。なかなかモザン ビークとかエルサルバドルとかそういう地域は時 間がかかります。
あと,目標をもって,こういうミッションをや ると。やはり,いろいろなアピールも必要である ということです。当然,それには評価というもの が加わります。私もこのJDRの総合調査部会の 部長をしていますが,たぶん私も評価されており ます。
スライド32が最後のスライドです。これから 我々は国際緊急援助隊でどういうことをやってい こうかということ。1つは,Strengthening of ca-pacitiesですね。急性期に行くにしても医療器具 をもう少し揃えていいのではないかと。日本はこ れだけの先進国で小型のエコーの機械もあるし,
レントゲンもあるし,透析の問題も今ちょっと考 えております。それはまだ賛否両論ありますが,も う少しキャパシティを広げようと考えております。
2つ目は,情報やLogisticsです。裏方の人の仕 事が非常に大事であると。海外に一緒に行くにし ても,場所をどこにするかとか,情報が必要です。
こ う い うLogisticsの 人 を 育 て よ う と。今 ま で JICAは2年ごとに職員が変わりました。それを もう少し長くいてもらって,専門家を養成してい くということを大事にしております。
また,ウクライナとかそういう国でさえ,チー ムはかなり大きかったです。もう少しチームを災 害によっていろいろ人数を増やしていいのではな いかと考えております。これで終わらせていただ きます。ご清聴ありがとうございました。
座長 どうもありがとうございました。どなた か質問がございますか。AMDAの方からはよろ しいでしょうか。あまり国内では接触はないかと
思うのですが,浅井先生どうでしょうか。
浅井 AMDAは,実は私も,1997年にバングラ デシュへ行ったときにも訪問させてもらいました し,マカッサルのときにも行かせてもらい,本当 に良くしてもらいました。私は,お互いに知り合 ってGOとNGOとの連携というのがこれから必要 と思っております。
津曲 はっきり言ってNGOとGOという差はあ りますが,やはり海外の現場では同じ人間として 同じ目的があります。国益というところでは,
我々はボーダーなしということで地球益というこ
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From the Clinic to the Hospital
• Strengthening of capacities (particularly for acute period)
• Strengthening of Logistics
• Expansion of size of team For effective activities
スライド32
D) Evaluation View Point of JDR Team
;
< STOP the pain =
&
Information, Member, Technique, Equipment, Coordination and Cooperation, Safety
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