• 検索結果がありません。

SNS 時代のリーダーシップ

ドキュメント内 JF_JP.indb (ページ 46-56)

2月22日

スブック。日本オリジナルのサービ スもありますが、ツイッターとフェ イスブックが非常に多いです。どち らも1300万人位です。細かい数字 よりも今覚えていただきたいのは、

日本のパソコン・ユーザーの約3 に1人がソーシャルメディアを使う ようになったということです。

では、日本で東日本大震災の後、

SNSがどう役立ったのかという話 をこれからします。

まず1つは、連絡手段として非 常に役立ちました。というのも、震

災直後は携帯電話がほとんどつながらなくなり、SMSや電子メールも送れない状 況になったのです。しかし、ツイッターやフェイスブックなどのメッセージ機能に 関しては、インターネットへのパケット接続は出来たので、ソーシャルメディアで の連絡は可能になりました。インターネットは接続できていたので、外部のツイッ ターやインターネットを使うとメッセージはリアルタイムで送れるということが起 こりました。私自身、震災の直後は東京にいたのですが、メールも電話も使えない 中、ツイッターにはつながったので、家族の安否等は全部ツイッターでやり取りし、

仕事のやり取りも当日行いました。

次に連絡手段ではなく、情報入手手段としてのメディアの話をします。ソーシャ ルメディアが主に活躍したのは、マスメディアと違う細かく小さな情報です。今回 の東日本大震災はまず地震が起きて大きな津波が来て、そして原子力発電所が事故 を起こす、という複合災害で、マスメディアが伝えなければならない情報が非常に 多かったのです。

問題は、テレビは尺(時間)の問題があり、新聞に関しては紙面の都合があり ますので、重要度の高いニュースから報道しなくてはいけません。結果的にどうなっ たかというと、1番緊急度が高かった原発事故の報道が中心になってしまいました。

実際に東北地方で津波の被害にあった人や、大規模な停電や生活インフラが閉ざさ れていた人にしてみたら、そういった原発の事故よりも、自分達が今必要とする生

活情報を伝えてほしいと思うのですが、マスメディアではそれを伝えてくれないと いうギャップがありました。例えば給水はどこでやっているのか、電気、水道、ガ スはいつ復旧するのか、炊き出しはどこでやっているのか、病院はいつ開くのかと いった細かい情報は、ソーシャルメディアを通じてどんどん流通するようになって いったのです。そうした細かい生活情報は、そこに住んでいる人々が携帯電話等を 使って発信しました。また同時に1つ大きな変化があったのは、全国紙や全国放送 局でない、ローカル紙や地元のテレビ局、ラジオ局、もしくは役所行政機関という のが震災後にツイッターアカウントを作って、細かい生活情報をオフィシャルな形 でどんどん流すようになっていきました。

もう1つ大きかったのは、ソーシャルメディアがマスメディアの代わりの情報 源となり始めたということもあります。フリーの記者やインターネットのメディア が記者会見にどんどん入っていき、テレビでは最初から最後まで流せない記者会見 を、ソーシャルメディア上で延々と流して、後からでも振り返られるようにすると いう動きが出てきました。テレビでは流されないような記者会見をインターネット で見て、原子力に知識があるような人たちが自由に意見を言って、テレビが報じる 30分、1時間前からこの状況についての議論がマスメディアより先に、ソーシャル メディアで動くようになっていきました。

東北地方で取材をしていて感じるのですが、先ほどの原子力の問題にも通じる ことで、情報の格差というのが非常に拡大したということです。具体的に言うと、

例えばツイッターとかフェイスブックを携帯電話で利用できる若い人は、どこで給 水をやっているのか、炊き出しをやっているのか、という情報に直ぐにアクセスで きるわけです。ところがそういった情報ツールを知らない高齢者、携帯電話も通話 しか使えないような人は、わざわざ市役所に行って回覧板の紙を貰ってくるしか情 報を得る手段がないといったギャップが、具体的に東北ではすごく生じていました。

こうしたいわゆるデジタル・デバイドは、決して日本固有の問題ではなく、ソー シャルメディアを使っている世界全体に共通する、乗り越えなければいけない非常 に大きな問題だと考えています。

個別な事例はいろいろあるので、ここから先はフリーなディスカッションにし た方が良いと思います。ひとまず、私の講演はここまでとさせていただきます。

司会:

ここからは、皆様からの質問にさせていただきます。皆様の国でもおそらくソー

シャルメディアの役割が理解されてきているので、皆様からの発信もいただきなが ら、フリーなディスカッションにできればと思っています。

Atef:

質問というよりは、エジプトの現状説明をコメントさせていただきます。最初 に非常に分かりやすい講義をしていただきまして感謝申し上げます。津田さんから、

「ソーシャルネットワークが一般的な情報源であることは皆様ご存じだと思います」

という発言がありました。おっしゃる通りで、日本におけるソーシャルメディアネッ トワークと私共が理解しているソーシャルネットワークは非常に似通ったものでし た。それほど大きな差がないと理解しております。

エジプトでの革命が起こって、具体的にどういうことが若い世代に流行して、ど ういう現象が起こったかについて述べたいと思います。当然のことながら、既成の メディアというものが存在しますが、混乱期に若い人達、通りに出ている人達、あ るいは様々な地域で実際に政治活動を行っている方々が、既存のメディアの代わり にソーシャルメディアネットワークを通じていろいろな情報を流していました。そ れによってネットに参加している人達が情報を共有し交換するという現象が起きて います。またそういうことをすることによって、今まで政治的な関心を持っていな かった大衆が、一種の動議づけや刺激を与えられることになったのではなかろうか と思います。

革命後、実際の革命が起こる前、起こっている最中、起こった後、実際にどう いうことが起こったのか、どういうことが見聞きされたのか。それを記録に残そう という運動が出てきました。それはソーシャルメディアネットワークを使った運動 の一部でもあります。また当然のことながら、先程お話がありました、ソーシャル メディアネットワークを使うことによって、関係者あるいは関心を抱いている方々 での間で、情報がすばやく伝達されるようになったと言えます。

津田:

アラブの春の最初のきっかけになったのは、チュニジアのジャスミン革命だったと 思うのですが、チュニジアはアラブの中でのIT先進国でした。携帯の普及率、Wi-Fi の普及率が非常に高かったということが最初の引き金になったと思うのです。エジプ トはチュニジアと比べると携帯電話やインターネットの普及率はそこまで高くないと 聞いています。3040%位だったのではないかという数字が、革命の直後位に出ま した。携帯電話がそこまで普及していなかったエジプトで、ソーシャルメディアとい

う最初の発火点としては機能したようですが、それ以上に広まっていく時に、どうい う役割を果たしたのか、現地にいた方のリアルな実感をお聞きしたいです。

Mehalawy:   

確かに、普及率が低かったということは事実だと思います。革命後はソーシャ ルメディアネットワークがいつでも国民のそばにいる隣人みたいなものになってき ました。また、その後若手の政治活動家が特にソーシャルメディアネットワークを 活用し、そこを通じて様々な情報の配信をすることになってきました。そういう配 信において若い世代の方々との情報の交換をやっております。そのような交流が始 まっているのですが、残念ながらまだ強力な形で影響力を及ぼすようにはなってき てはいません。ただ言えるのは、政治活動、ソーシャルメディアネットワーク、若 い人たちとの緩やかな形での連鎖反応というべき現象が、情報の分野で起こってい るかと思います。

Ibrahim:

エ ジ プ ト の 人 口 は8000万 〜 8800万位ですが、モバイルを使っ ている人は800万人位います。ス マートフォンに関して言えば、先程 おっしゃたように30%〜40%位か もしれません。一方でソーシャルメ ディアの役割は、あくまでも手段で

す。革命を起こすのはソーシャルメディアではなく、扇動や抗議活動への呼びかけ の手段として存在していると言っておきます。

Ghada:

付け加えておきたいのは、ソーシャルメディアといったものに関しては、いわ ゆる貧困地域ではインターネットでさえ使わない人が大勢いるわけです。ソーシャ ルメディアというのはあくまで1つの発火点であって、実際に集まって、そこに情 報を持っている人が来たら、その口コミで広まる。私はタハリール広場に行きまし たが、そこにネットなんか全然知らないという人達が実際には大勢いたわけで、現 状とはそういうことなのだと思います。

Tarek:

チュニジアのことについて話したいのですが、フェイスブックを使っている人

ドキュメント内 JF_JP.indb (ページ 46-56)