1m業
正院に閃し、
' 1 らかにされていない妊娠中の妊婦の IYJ
われた。統計的研究では
定するまでのプロセスをI!JJらかにすることを
1 1
的に本研究に治手した。E 方 法
1
''構成的I(百
J
妾i : t
をJlJ
いた質的記述的IW先デザインとし、研究協)J,."はIJH:!*助産自li5:l同とした。データ収集 JYJlIIJは2009"P)J-10)Jであった。l師按内容を録日し逐諸録を作成後、妊娠中転院にす1ったヲJf柄にl則述する (l人j符について濡られている文脈に注目しコード化し、カテゴリーを導いた。なお、本研究は日本赤卜'ド石護 大学倫理溝ゴ'1'委只会のノ
k
認を似た上で実施したE 給 果
研究協 }J -I'í-の 1m按から妊娠中の転院25例を分析した。 プロセス全体の流れとして [助産院の ~Hm坦IIの特 徴1[他珍ごとの総合判断とYiJliJt'1J[予測に),~づいたセルフケアの市制1 [転院の決断1[ ~T:Iò,:のニーズの尊 兎と納得への|拘わり
1
[1似花氏との|刻わり1
[WJ版印ilとしてのプライドを持ち判断能力を日める]の7つのカ テゴリーがf
ぜられた。さらに、転院の決定型!山におけし、明確な )'(,I ' i
l;とは判断されず境界'fu'域における転院i
9']). 例より [相互の伝頼関係形成の重要性]、 {主体性がなく自ら~:思決定できない妊品':1、 [経済的凶期防、ら の分娩I;I
J
の異常予品川、[経験をJ止に助産院適応の赴) 1
ェを判断]が、ガイドラインに則る5
'i1'I: ;~' の発症による転 院I6'l i -
例より ガイドラインの遵守][ 、[異常の早期発見l
が導き出された。N 考察
開業WJgt川1が
I I ' i
古における妊1 0 ' : 1 - ;
司!としては、妊品a
に助産|涜での限界をJll l
解してもらい、h
千品11健診での11-]1 診や fj~!;皆、 級車史的資主11などあらゆる角度からアセスメントし、民 'i;~'の )~ を感知 lしていた。また、妊品11J'r 身が産むことをな識し'Zi:Hi.でI mt
する為の身体づくりをするよう、 f'iJlリに基づいたセルフケアを重税していilJJIt'1
IJfl 寺
、 1 1 常が予測された 侍の災ュ
l
、あるいは出産
I l ¥ J J L
った異'品の
た。しかし、ガイドラインに(li J ;((WJ
g t
師は転院 の決断をした。転院決断後は妊! I
,,:のニーズを尊重し、転院を納得するよう心を配り対応していた。それは、1
"1分を頼って来院してくれた妊婦の
: 1 i
j'望を叶えられなかったmJ.業助産帥1" 1身の切ない気持ちにも納得をしな がら転院を決断していた。蝋託医療機関との関係は、お互いの信頼関係が築かれていることにより転院が円 など緊急搬送は減少していたこと Jfll1 1 ¥
したが、分娩時の 1
1 と比較すると妊娠中の転院は町山
l i i r
滑にいき、数ゴf.
を開業UMi¥'Oijiは実感していた。そして、今後の課題として転院の経験の振り返りと共に継続的な
q :
~J}l により判断能
J J
を高めるための努)Jをしていた。以t
の|人l符に附して、これまで統計的研究でIYJらかにされていた 妊娠中の転院にl刻してのプロセスや転院理山が本研究によりJ-l-体的に示されたと考えられた。 U)Jg t
所業務 ガイドラインを遵守することは当然だが、境界領域における転院の娃 )1'を見極めるには、~T:知}との伝頼関係li
を構築する為に、コミュニケーション能力、観察}Jを高め、経験的なWJ~Íi Oiの気づきも加味し転院を判断す ることが示唆された。
V 結 論
|別業助産附は母児の命を ~i'るため、明同託医療機関との関わりを1ft:
t
J!.し、 助産所業務ガイドラインを遵守していた。 |実自ilí から助産|淀管理IIで良いと診断された妊婦に対しでも、 総子干的に妊 ~I}をアセスメン ト し感じなが らl明日lを巡することなく、転|徒に納得するよう似気強く、妊婦の思いを汲み取り、しかし、毅然と転院を実 施していた。
般演 題 口演)
j.Jpn. Acad. MidwiL Vo.l24,No.3.2011107
3月6日(日)9:30 ~ 10:15 第7会場(国際会議室)
|一般演題(口演) 助 産 管 理②
座 長 砥 石 和子(杏林大学医学部付属病院総合周産期母子医療センター)
0-56
開業助産院の多角経営か ら 社会貢献を採る
~助産院の イノベーシ ョンモデルとしての考祭~
0 - '
I 緒 言
1 <
2)
1)埼玉大学大学院経済手|学研究科博士課程前期 矢山 助 産 院
-
I業助産院は、医療法井j 19条改正や出産育児一時金の直接支払制度導入によって、その経営 1'1体が円墳に! l
i l i l
"l III 70追い込まれている。同様に、開業の 人科医院では、 媛支払制度の導入により、 件が閉院となった I
(2010年9月現在)。このような厳しい産科医療現場において、助産院の経常を維持していくための 例とし
1 1 ¥
美 栄 子iI 矢μ
床 子2)て、矢 }~à 助産院(,fs:1i1'i=比)1
i l i l
院、別町[1=母と子のサロン、別針。:12=ファミリーサロンの3施設)を研究対象 とした。本研究では1矢1::'U))i l i l
院の活動をIljJらかにしながら2継続経営の糸11を採り 3さらに開業UM i I
1淀が可能な社会貢献へと診察を深めたい。
E 方法
[
-( 分析方法は、経科学において組織の問題改善に使Jljされる 『外部潔境
J
r内部環境j からの悦....~を使!日し た(SWOT
分析)。倫理的配I
面、としては、院長(経営者)の[I'; J
fi:を得、組織の内部情報を活用。経常学にお けるケーススタディのモデルとして矢品助産院が運営する上記3
総設を対象とし、名施設データの1 m
示は、!焔設責任者の'IlIJIな4;を尊重し、 BH示可能な範囲内て
i ' ; r i !
JIした。E 結果
当院の差w優位刊は、 f他也職夜穂査司f l との I協品働による多戸角j 経 'ì~
環罰境悶子は、 I今では一般的になつたl 炉肘J,場品所
f
j1会=両親学級 もクしている。
μ
内J部E 母苦税のj丹Fr
作作守T
吟り 2千各千極勉f
強強虫 子とどJラス .マ夕ニテイクラス 食の講刊月会3 ヨカガ網クラス .ベピ一マツサ一ジなとど、(以 tは日矧別iりl館l にて尖施)3イ代符
t
,悠IF
整体.アロママツサ一ジ)の挺供 4子T 7
て支媛へルパ一事業5
行政との協働による地成の広場医去幻療立(鎖灸 . 育
f : i
Jり6命のお話会 子J1!れ美谷室 ・歌の会など(以上は別向。i2にて実施)であった。利用数は年々 1M))11傾向に ある (表l参I!(O 。
サロンの利nJ以J数
口演 )
さらに r l人l 古I ~:s;',!境jの1);1子には、 UJJil
t m l i
の 表1取組に特色があった。矢品助産院では、助産 自
m
学生や研修中を受け入れ助産技術のほiji;を おこなっている。さらにそれは院内研修に止 まらず、全|叫に/t¥向き実技セミナーを1 m
催し ている。その際に必裂な分娩介助川教材(J仮 光名称、リアルパンツ ・リアル人形)の1 m 9 E
サロン利用累計数 へノレバー派遣事業利月]数 H20年度 H21年度 1-121年度
合計数3221人 合計数 4 186 人
494人(総時間数約 ISOO時
n m
や、テキス トなど
J i
籍執タi l
と販売をおこなっている。教材 ・教.f:の利用者は、 全1 ' 1
の病院や教1'1J)!.場、さら に赦急救命士へと拡大していた。他の活動としては、地峡の小 中学校に/1¥ iJ'Jき 生 ( い の ち ) 教 育 の 講 泌をおこなっている。一方 『内部環境』の弱点としては、 1プロモーション戦時として HPのコンテンツの不 起 2建築物が宍つに分かれているなどがあげられた。次に、医療を取り巻く 『外部環境jとして市場 ・政治 経済 社会的、文化的環境などがあるが、先にも述べた医療法の改正などでは、経営が直撃を受ける。しか し、社会的 文化的環境では、エコ村会に対する自然派志向の高まりがあり、それは自然出産を後押しする 有効的な因子にあげられた。N 考察・結論
U))
i l i l
院の多角経常として、助産業務に{1fまらないがJ
出は、r l i
坊のニーズに応える形で多職種との協働へと 発展した。この経常スタイルは、開業員iJi l i l
院のイノベーシ ョンモデルの1{9JIにあげられるだろう。そして次 の占で社会民献へと繁がっていく。I地域の人の雇用を創/1¥2地域経済への波及 3地域の人が集い、身近で 安心して出産- f f f
てできる場。の構築4助産師教育への取り組みは、フリースタイル分娩介助のスキルを 令|主lに伝授するという貢献に繁がっていた。『外部環境jからの影響では、避けては通れない弱l主になる因般演 題
子が存在した。 しかし、環境保護など1'1然への関心の高まりは、自然出産を扱う HiJル助B産E 院に対する 4l比 I~.税Lιl点川 を起こし、利)Jj:(iのI円加傾向につながることが推測できる。陀科医師不足、希薄した地域相会の現代におい て、助産院ができる社会貢献はまだまだ未知数であると考えられた。
1) (201 3号
24畠
i主 l
本助産学会
1 1081
0-57
3月6日(日)9:30 -10:1 5 第7会場(国際会議室)
|一般 演 題 (口演) 助 産 管 理②
目
座長砥石利子(杏林大学医学部付属病院総合周産期母子医療セン合一)
周iæj~J に脳 JfJl !j':"i 障害を発症した妊婦I
.制婦へのケアと生じた思い -看護職手 ? の 振 り返 りか ら 一
i ぷ
11げ」子~'I!J 赤|字病院
I 緒言
日本の妊淀川死亡ヰ'は世界トップレベルて、低 11ü.だが、 μ~ rElYlの脳Jfll1'1附;!?は少なからず発娠する。 lJì~ .l fl L )'i
|時;与を発予定した妊産持制はICU や脳神経外科 j,~Niへ入院となり、必然的に/J>'日分離となる。「止,-/'j J として
看護師からケアを受けるまで配l晶しなければならず、日i-)Jで、JliIIfll「il妊産梶知は対象者が他宇|に入院しているために助産仰としての機能を充分に発何
u
としてll))~Er.iilからのケアも受ける。手7護側はj市liIIWlのケアにi-w
来ない可能性もある。両者はその状況において何らかの思いが生じている可能恒があるがケアの尖際や生じた思いについては Ilj] らかにされていない。 そこで、 l~a 陀 lYl にlJì~JflL1i附7t?を発症した妊産婦知iへのケアの実 際と看護職おの
' t
じた思いを知ることをn
的とし、本研究に取り組んだ。E 研究方法
般演題
日本赤卜字-?j波大学大学院倫理容査委
n
会の爪i
訟を得て研究を行った。、1 ' .
t.'Iil主的I
而接法による質的記述的 〆'、、 研究デザインとした。研究参)J11おは周延期にJj日jflL1}I~~ :1;.を発症した!lT:M
・j/s i
I!ii}へのケア経験がある ICUとH
両神経外科病械の-?j議削j~干 l才1 と産利病Niの UMffmli2名、,11'4名とし、研究参加者に 1 Illffと文川にて,ii
i . l
V1 し、~才IをfJ'jいた後にインタビューをうI.f施した。データ収集則IIIJは2009年8-10JJ、面接は11"I::I.f施した。分析は、
ケアの尖際と中じたtlいについてよ丹られている文脈を11111L¥、コード化し、ケアと思いを|則)ili付けて参加I-I'iご じフィールドでありケアの内容に類似点が多く認められた
; 1 1, JJjli'J.仰のケアは産科病棟という U
l'した。
とに整型
ため、さらに茸1似のケアを分刻、整担11した。
E 結 果
研究参加I-I'iがケアを尖施した止11月一はJI埼rAJiI 'dfJL が3名、くも II~ nl\Jfllがl~円であった。 脳内1 1 ¥Ifllを発症した止l 1 JYI、 1名は急性 心-I'iには後逃症はなかった。看護側
j を発症した fll
. 見下iIIl
I J
! 両機能障%があり、くも 1
1 者には日次
rd立入院から
i l l
院まで、w !
lii : r .
ili2t,は急性lYIを脱した後から退院までのケアを行った。J
守護仰は、通常行っ ているケアの小に助産仰と|窃働して乳房ケアやカンガルーケアを剖l
み込んでいた。-?j談師はJ I
二1 1
常的なケ アに戸惑いや不安を感じていたが、助産師を伝躯lし、ケアの必要性を理解し災施していた。家政へのケアで は、家族の注11が生後I
Iljもない児ではなく必、者に向いていることを何7
とせず、正直な反応であると与え、 ffT口演)
, 誕 '
、産初ケアを専門験以外のおーが行うことは.'J.¥,-?;.に対して失礼であるという思いと、-?j )J
-り添っていた。
師が行わないことはケアが不ト分なのではないかという141いで.lJ1降していた。時児へのケアが七となる慢性 lYlには石議自ilは何も出来ないという無;JJ!惑が生じていた。UMi'ir.iilはICUなどの専門外の領減であっても、助 産仰としてのケアの必要性を J~W し、積極的にその場に移人しケアを行っていた。 比1) iJEniliはl幻日同室による 係長一iIと児への負担を判断し、 I手児問主主の開始時lYIを見極めたり、令ての育児行動が助産山ilと一緒に1.1¥来るよ うに閉山岳し、 l
t :
>I:!のベースに適した育児への柔'1止な対応がとられていた。提案したケアに協)J的であった石 設r.iliへ感謝の念も述べていた。N 考察
看護町li は、 !日U がイバ正する環境ではどこでもケアを MJJH する助産自iIiに信頼を笥せていたため、 '~'t れない JI 円常的なケアでも尖施していたと考えられる。また、械々な:,,:'.t'UYIの忠おを抱える家族を
; n
てきた経験がこのような家族の付iiOJに合った必要なケアを生むことにつながり、クリテイカルケアを専門とする
T ,
波r.i liの独自の視点に基づく支援であったと考えられる。しかし、 BabyFriendlyI-1ospitalという環境が、 I:H日への支 援をより円滑にしていたと与えられる。助産仰の総主主により尖施されたICUでのカンガJレーケアは、思うよ
うな育児がiJ\米ないという持品I} の!~t1lí を軽減し、 I'.J:性な放をリ|き /1\ していたのではないかと与える。 また、
Hlll日lでも It>1:!が触れ合うための時間を作りだそうとした助産r.iliの思いは、母児の愛
J t
と糾の形成を促進さ せるといった助産師の事'l!fJiであったと忠われた。さらに、育児行動の全てを一緒に行ったことは、防7i?が あっても育児が11¥米るという縛知iの新たな仙l似在日の形成をエンパワーメントしていたと与えられる。コンサ Jレティとしての石渡師とコンサルタントとしてのll))iJE仰が対等ーな.9 VoL 24. No.3. 201110 L.
jpn. Acad. Midwi j
.