第 13章
16.6 IVB 理論の応用
本稿では詳しい解析が与えられているミュー粒子崩壊(16.6.1節)のみをまとめ,簡単な言及で済まされて いる
• ニュートリノ散乱 νµ+e−→νe+µ− (16.6.2節)
• W ボゾンのレプトン化崩壊 W+→l++νl (16.6.3節)
については省略することにする.いずれの過程についても,IVB理論の予想は実験結果と良く一致する.
16.6.1ミュー粒子の崩壊
レプトン的過程の重要な例として,ミュー粒子の崩壊過程
µ−(p, r) → e−(p′, r′) + ¯νe(q1, r1) +νµ(q2, r2)
を取り上げよう.最低次のFeynmanダイヤグラムは図18で表され,対応するFeynman振幅はFeynman規 則に基づき
M=−gW2[¯u(p′)γα(1−γ5)v(q1)]i(−gαβ+kαkβ/mW2)
k2−mW2+iε [¯u(q2)γβ(1−γ5)u(p)], k=p−q2=p′+q1
図18 ミュー粒子の崩壊
と与えられる.(ただしここではレプトンの種類の指標やスピン添字を省いた.)
W ボゾンの質量mW はmµに比べて大きいので,[現実的な状況としてmW2がkαkβに比べて大きい場 合を考えると,]伝播関数は近似的に
iDFαβ(k, mW) = i(−gαβ+kαkβ/mW2)
k2−mW2+iε → igαβ mW2 に置き換わり,Feynman振幅は
M=−iG
√2[¯u(p′)γα(1−γ5)v(q1)][¯u(q2)γβ(1−γ5)u(p)]
となる.ここにGは
√G 2 =
(gW mW
)2
で定義されるFermiの結合定数である[無次元の結合gW とは対照的に,これは自然次元−2を持つ].[とこ ろで16.1節で説明されたように,W ボゾンの質量mW が大きいことは弱い相互作用を点接触型相互作用の ように扱うことを可能にする.実際,]この置き換えはあらかじめ,Fermiの提案した点接触型相互作用
H(F)I (x) = G
√2Jα(x)Jα†(x)
を考えることと等価である.このときのFeynmanダイヤグラムは図19のように,W ボゾンの内線を1点に 縮めたゼロ距離の相互作用となる.
一般公式(16.36)より,崩壊頻度はFeynman振幅を用いて dΓ = (2π)4δ(4)(p′+q1+q2−p)mµmemνenνµ
E
1 (2π)9
d3p′ E′
d3q1
E1 d3q2
E2 |M|2 と表される.
図19 ミュー粒子の崩壊の点接触型相互作用による表現
• 終状態のスピンについて和をとり(∑
r′,r1,r2),始状態のスピンについて平均をとると(12∑
r), 式(16.53)が得られる.
• 次いでニュートリノの質量をゼロと見なして,
ニュートリノの運動量q1,q2に関する積分を行うと,式(16.64)になる.
• 最後に始状態のミュー粒子の静止系を採用し,me2/mµ2を無視する近似の下で 電子の運動量p′に関する積分を行うと,全崩壊頻度(16.68):
Γ = 1 2
∑
spins
∫
q1,q2,p′
dΓ = G2mµ5 192π3 が導かれる.
ここで扱った反応µ−→e−ν¯eνµの実験的な分岐比は98.6%である.そこでこれをミュー粒子の唯一の崩壊 モードと見なすと,ミュー粒子の寿命は
τµ= 1
Γ = 192π3 G2mµ5
と表される.この結果はミュー粒子の質量mµ と寿命τµに対する実験的な値からFermi結合定数を,した がって結合の強さgW2/4πを求めるのに用いることができ,その結果は
gW2
4π ≃4×10−3
となる.これは1に比べて小さい値となっているので,弱い相互作用においても摂動論による近似が有効であ ると期待される.
• ミュー粒子の寿命に関する予言からは,実験との比較により結合定数Gが決まるだけである.
そこで理論のさらなる検証を行う意味でも
– ミュー粒子の崩壊により生成した電子のエネルギースペクトル
– 偏極したミュー粒子の崩壊により生成した電子のエネルギースペクトルと角度分布 – 非偏極のミュー粒子の崩壊により生成した電子のヘリシティ
に関して理論的な予測を立てると,実験と良く一致する.
• 同様にτ粒子の寿命に関しても同様の解析を適用すると,理論と実験が良く一致することから,
弱い相互作用が共通の結合gW を用いて記述されることが裏付けられる.
16.6.1について
■ミュー粒子の崩壊過程(16.39)について レプトン数N(e), N(µ)と電荷の保存則を満たしていることが見 て取れる.
■Feynman振幅(16.40)について ここではレプトンの種類をスピノルの上付き添字として明記すると,図
18のダイヤグラムはFeynman規則に基づき
M= [¯u(e)r′ (p′){−igWγα(1−γ5)}v(νr1e)(q1)]iDFβα(k, mW)[¯u(νr2µ)(q2){−igWγβ(1−γ5)}u(µ)r (p)] : (16.40) に翻訳される.
IVB理論に対するFeynman規則(16.4節)の起源を明確に理解するために,このFeynman振幅を直接導 こう.これはS行列展開の2次の項
S(2)=(−i)2 2!
∫
d4xd4yT{HI(x)HI(y)}
=(−igW)2 2
∑
l,l′
∫
d4xd4yT
[{ψ¯νlW/(1−γ5)ψl+ ¯ψlW/†(1−γ5)ψνl}x{ψ¯νl′W/(1−γ5)ψl′+ ¯ψl′W/†(1−γ5)ψνl′}y
]
から現れる.ミュー粒子の崩壊過程(16.39)を始・終状態i, fに選ぶと,反応の確率振幅は
⟨f|S(2)|i⟩=(−igW)2 2
∫
d4xd4y [⟨
fN
{ψ¯νµ(x) /W(x)(1−γ5)ψµ(x) ¯ψe(y) /W†(y)(1−γ5)ψνe(y)} i
⟩
+
⟨ fN
{ψ¯e(x) /W†(x)(1−γ5)ψνe(x) ¯ψνµ(y) /W(y)(1−γ5)ψµ(y)} i
⟩]
=(−igW)2 2
∫
d4xd4y
{( mνµ
V Eq2
)1/2
¯
u(νr2µ)(q2)eiq2·x }
γα(1−γ5)
{( mµ
V Ep
)1/2
¯
u(µ)r (p)e−ip·x }
×iDFαβ(x−y, mW)
{( me V Ep′
)1/2
¯
u(e)r′ (p′)eip′·y }
γβ(1−γ5)
{( mνe V Ep1
)1/2
¯ v(νre)
1 (q1)eiq1·y }
+· · ·
と計算される.ここで最右辺の「· · ·」の部分は積分変数の入れ替えx↔yにより第1項に一致することに注 意し,また
iDFαβ(x−y, mW) =
∫ d4k
(2π)4eik·(x−y)iDFαβ(k, mW) (∵iDFαβ(−k, mW) =iDFαβ(k, mW)) とFourier展開した上でxとyに関する積分を実行すると,
⟨f|S(2)|i⟩=(2π)4δ(4)(p′+q1+q2−p) ( mµ
V Ep
)1/2( me
V Ep′
)1/2( mνe
V Ep1
)1/2( mνµ
V Eq2
)1/2
M,
M=[¯u(e)r′ (p′){−igWγα(1−γ5)}v(νr1e)(q1)]iDFαβ(k, mW)[¯u(νr2µ)(q2){−igWγβ(1−γ5)}u(µ)r (p)] : (16.40) が得られる.
■点接触型相互作用(16.44)について 式(16.44)の相互作用Hamiltonian密度はgW の2次の量であり,こ れに対してミュー粒子崩壊(16.39)の最低次のFeynman振幅はS行列展開の1次の項
S(1)=−i
∫
d4xH(F)I (x) =−i G
√2
∑
l,l′
∫
d4x{ψ¯lγα(1−γ5)ψνlψ¯νl′γα(1−γ5)ψl′}x
から現れる.確率振幅は
⟨f|S(1)|i⟩=−i G
√2
∫ d4x
[⟨
fψ¯µγα(1−γ5)ψνµψ¯νeγα(1−γ5)ψei⟩ +⟨
fψ¯eγα(1−γ5)ψνeψ¯νµγα(1−γ5)ψµi⟩]
であり,これを元のIVB理論における表式(上記)と比較すると,確かにこれはmW2≫kαkβの場合の伝播 関数の置き換え
(−igW)2iDFαβ(x−y, mW)→ −i G
√2gαβ, ∴iDFαβ(x−y, mW)→ igαβ mW2 を行った結果に相当していることが分かる.
■スピンの和と平均をとった式(16.46)について
Γα≡γα(1−γ5), ˜Γα≡γ0Γα†γ0=γ0(1−γ5)(γ0γαγ0)γ0
=γα(1−γ5) と書き,
[¯ur′(p′)Γαvr1(q1)]∗= [¯ur′(p′)Γαvr1(q1)]† =v†r1(q1)Γα†ur′(p′) = ¯vr1(q1) ˜Γαur′(p′), etc.
に注意すると,
1 2
∑
spins
|M|2=G2 4
∑
r,r′,r1,r2
|[¯ur′(p′)Γαvr1(q1)][¯ur2(q2)Γαur(p)]|2
=G2 4
∑
r′,r1
[¯vr1(q1)˜Γβur′(p)][¯ur′(p′)Γαvr1(q1)]
(∑
r2,r
[¯ur(p)˜Γβur2(q2)][¯ur2(q2)Γαur(p)]
)
=G2 4
(∑
r′
ur′ν(p)¯ur′ρ(p′) ) (∑
r1
¯
vr1σ(q1)vr1µ(q1) )
Γ˜βµνΓαρσ
× (∑
r2
ur2ν′(q2)¯ur2ρ′(q2) ) (∑
r
¯
urσ′(p)urµ′(p) )
Γ˜βµ′ν′Γαρ′σ′
(µ, ν, ρ, σおよびµ′, ν′, ρ′, σ′はスピノル添字)
=G2 4 Tr
[/p′+me 2me
Γα (
−−/q1+mνe 2mνe
) Γ˜β
] Tr
[/q2+mνµ 2mµ
Γα/p+mµ 2mµ
Γ˜β ]
: (16.46) を得る.
■縮約公式(16.51)について 次のような単純計算により確かめられる.
xµανβxσατ β=(gµαgνβ−gµνgαβ+gµβgαν+iεµανβ)(gσαgτ β−gστgαβ+gσβgατ+iεσατ β)
=δµσδντ−gστgµν+δνσδµτ+iεσ τµ ν
−gµνgστ+4gµνgστ−gµνgστ+ 0 +δνσδµτ−gστgµν+δµσδντ+iεσ τν µ
XXXX+iεµ νσ τ + 0XXXX+iεµ ντ σ− {−2(δµσδντ−δµτδνσ)}
=4δµσδντ : (16.51).
■「積分(16.54)のLorentz共変性」(p.448下から2行目),「積分I(q2)は不変量」(p.449,l.10)について d3q1/E1,d3q2/E2がLorentzスカラーであること(式(8.11))による.
■I(q2)の式(16.61)について
I(q2) =
∫ d3q1
E1 d3q2
E2 δ(4)(q1+q2−q)
=
∫
d3q1d3q2
δ(q1+q2−q)δ(2ω−q0) ω2
=
∫
d3q1δ(2ω−q0) ω2
=
∫ ∞
0
δ(ω−q0/2)
2ω2 4πω2dω
=2π.
■式(16.62b)について
qµqνIµν(q) =
∫ d3q1
E1
d3q2
E2
(q·q1)(q·q2)δ(4)(q1+q2−q)
=
∫ d3q1
E1 d3q2
E2 (q12+q1·q2)(q22+q1·q2)δ(4)(q1+q2−q)
= (q2
2 )2
I. (∵q12=q22= 0, q1·q2=q2/2)
■ニュートリノの運動量に関する積分を行った式(16.64)について
dΓ→ 4G2
(2π)5Epµp′νd3p′ E′ Iµν(q) にIµν(q)の式(16.63)を代入する.
■ミュー粒子の静止系における式(16.66)について |p′|2 =E′2−me2により|p′|d|p′| =E′dE′であり,
また
q2=(mµ−E′)2− |p′|2=mµ2−2mµE′+me2, p·p′ =mµE′,
p·q=mµ(mµ−E′),
p′·q=E′(mµ−E′) +|p′|2=mµE′−me2 となる.
■式(16.67)について me2を無視する近似では|p′|=E′である.右辺においてE′2→E′2と訂正する.
■全エネルギー範囲0≤ E′ ≤mµ にわたる積分(16.68)について ニュートリノの質量をゼロと置いたた め|q1|=E1,|q2|=E2であり,また電子に対してもme2を無視する近似の下では同様に|p′|=E′である.
よって始状態のミュー粒子の静止系におけるエネルギー・運動量保存則は mµ=|p′|+|q1|+|q2|, 0 =p′+q1+q2 と表され,ここからE′=|p′|の取り得る値の範囲
|p′|=|q1+q2| ≤ |q1|+|q2|=mµ− |p′|, ∴|p′| ≤mµ/2 が見出される.
∫ mµ
0
E′2(3mµ−4E′)dE′=mµ (mµ
2 )3
−(mµ
2 )4
= 1 16mµ2,
∫
dΩ = 4π.
■「式(11.16)のところで」(p.451,l.20)について 正しくは「式(16.16)のところ」と考えられる.