第 13章
17.2 大域的な位相変換と保存する弱カレント
前節の基本方針に従い,弱い相互作用のゲージ理論を構築しよう.[本節では「自由場のラグランジアンを 不変に保つような大域的位相変換の組を見出し,それに付随する適切な電荷-電流保存則を導く」所までの作 業を行う.]
手始めに全てのレプトン[ニュートリノを含む]は質量を持たないと仮定し,自由レプトン系のLagrangian 密度を
L0=i( ¯ψl/∂ψl+ ¯ψνl∂ψ/ νl)
=i( ¯ΨLl∂Ψ/ Ll + ¯ψlR∂ψ/ Rl + ¯ψRνl/∂ψνRl), ΨLl ≡ (ψLνl
ψlL )
, Ψ¯Ll ≡(ψ¯Lνl ψ¯Ll)
と書く.ただしこれ以降,繰り返されたレプトンの添字lについては全ての世代l=e, µ, τにわたって和をと るものと約束する.また任意のDiracスピノルψに対して左手型と右手型の場を
ψL,R=PL,Rψ= 1
2(1∓γ5)ψ
と定義しており,最右辺ではLagrangian密度を敢えて右手型と左手型に関して非対称な形に書いている.な お17.5節以降において,実際のレプトンは質量を持つという問題に立ち戻る.
この自由場のLagrangian密度を不変に保つような大域的位相変換は,Pauli行列τ1, τ2, τ3に対してユニタ リー行列
U(α)≡exp (iαjτj/2) を用いて
ΨLl →U(α)ΨLl, Ψ¯Ll →Ψ¯LlU†(α)
と行われる.実際このとき左手型の場に関する項iΨ¯Ll∂Ψ/ Ll は不変に保たれる.よって右手型の場ψRの各々 をこの変換に対して不変と見なせば,Lagrangian密度L0の不変性が保証される.
• 2次元のユニタリー行列U(α)≡exp (iαjτj/2)によるこの変換をSU(2)変換と呼ぶ.
– Sは条件detU(α) = +1を表す 特殊(special) を意味する[1, p.230].
– Pauli行列が非可換であることから,この変換は非Abel群を作ると言われる.
–「 SU(2) や 非Abel などの術語は群論から引用しているが,
これ以降の議論において群論の予備知識は必要ではない」(p.468脚注)に注目する.
• SU(2)変換に対する変換性から – 2成分場ΨLl は弱アイソスピノル
– 右手型の場ψRの各々は弱アイソスカラー と呼ばれる.
このSU(2)変換に対するLagrangianの不変性から,弱アイソスピンカレントと呼ばれる3つの量 Jiα=1
2
Ψ¯LlγατiΨLl をカレントに持つ,弱アイソスピン電荷
IiW =
∫
d3xJi0=1 2
∫
d3xΨLl†τiΨLl
の保存が導かれる.[保存量が3つ現れることは,Pauli行列が3種類あることに関係している.]これはIVB 理論におけるレプトン(荷電)カレント
Jα= ¯ψlγα(1−γ5)ψνl= 2(J1α−J2α), Jα† = ¯ψνlγα(1−γ5)ψl= 2(J1α+J2α)
が保存するカレントであること[保存量に付随するカレントであること(以下同じ)]に加え, 中性カレント J3α=1
2
Ψ¯Llγατ3ΨLl = 1
2( ¯ψLνlγαψνLl+ ¯ψlLγαψlL)
が保存することを意味する.さらに弱アイソスピン電荷I3W の保存は通常の電荷Qの保存則と合わせると,
電磁カレントをsα=−eψ¯lγαψlとして,弱超電荷カレント JYα=sα/e−J3α に対して弱超電荷
Y ≡
∫
d3xJY3=Q/e−I3W が保存することを意味している.
ここで左手型の[すなわちヘリシティが負の]レプトンl−が1個だけ存在している状態を|l−,L⟩等と書 き,レプトンの1粒子状態について各種電荷の固有値を調べると,その結果は表2のようにまとめられる.
なおψをψνLl, ψLl, ψRνl, ψlRのいずれかとし,Y を場ψによって消滅する粒子の弱超電荷とすると,弱超電 荷Y の保存は変換
ψ→eiβYψ, ψ¯→ψe¯ −iβY
(U(1)変換と呼ばれる)に対するLagrangianの不変性から直接導かれる.したがって弱い相互作用の理論で
は,対称性から弱アイソスピン電荷と弱超電荷の保存が独立に導かれ,逆に通常の電荷保存則が保証されるこ とになる.
表2 レプトンの1粒子状態における各種電荷の固有値
|l−,L⟩ |νl,L⟩ |l−,R⟩ |νl,R⟩
Q/e −1 0 −1 0
I3W −1/2 +1/2 0 0
Y −1/2 −1/2 −1 0
17.2 について
■自由レプトン系のLagrangian密度(17.12)について 射影演算子の性質PL+PR= 1により,任意のDirac スピノルψに対してψ=ψL+ψRである.また式(16.16)のところの議論と同様に
ψ¯L,R≡(ψL,R)†γ0= 1
2{(1∓γ5)ψ}†γ0=ψ†1
2(1∓γ5)γ0= ¯ψ1
2(1±γ5) = ¯ψPR,L
(ただし式(A.8):(γ5)† =γ5,[γ5, γ0]+= 0を考慮した)と考える.するとψ¯= ¯ψL+ ¯ψRであり,さらに射影 演算子に対して期待される性質
PLPR=PRPL= 1
4{1−(γ5)2}= 0 により
ψ¯Li/∂ψR= ¯ψPRi/∂PRψ= ¯ψi/∂PLPRψ= 0, ψ¯Ri/∂ψL= ¯ψPLi/∂PLψ= ¯ψi/∂PRPLψ= 0 となることに注意すると,
ψi/¯ ∂ψ= ( ¯ψL+ ¯ψR)i/∂(ψL+ψR) = ¯ψLi/∂ψL+ ¯ψRi/∂ψR と書き換えられる.
■自由レプトン系のLagrangian密度(17.14)について 2成分スピノルΨLl,Ψ¯Ll と4×4のγ行列との積が 定義されていないことに対する疑義が生じ得るけれど,式(17.14)の導き方から分かるように,これ以降γ行 列はスピノルの2成分に分配されるものと解す:
Ψ¯Lli/∂ΨLl = ¯ψνL
li/∂ψνL
l+ ¯ψlLi/∂ψlL.
■Pauli行列について Pauli行列(17.15)に対する交換関係(17.16)や,演算子(17.17):U(α)≡exp (iαjτj/2) がユニタリーであってdetU(α) = +1を満たすこと(p.468)については,文献[1, pp.222–224,pp.228–229]
を参照.
■弱アイソスピンカレント(17.20)について
∂L0
∂(∂αΨLl) =iΨ¯Llγα, ∂L0
∂(∂αΨ¯Ll) = 0 なので,カレントの一般的な表式fα=∂ϕ∂L
r,αδϕr(p.38,l.2)は今の場合 (iΨ¯Llγα) (iαiτi
2 ΨLl )
=−αiJiα, Jiα≡ 1 2
Ψ¯LlγατiΨLl : (17.20)
を与える.3つの変換のパラメーターαiを独立に選べることから,各Jiα(i= 1,2,3)が保存するカレントと なる.
■弱アイソスピンカレントとレプトンカレントの関係(17.22)について 式(17.15)のPauli行列τiに対して τ1−iτ2=
(0 0 2 0 )
, τ1+iτ2= (0 2
0 0 )
なので,
2(J1α−iJ2α) =(ψ¯Lνl ψ¯lL)
γα(τ1−iτ2) (ψνL
l
ψlL )
= 2 ¯ψlLγαψLν
l, 2(J1α+iJ2α) =(ψ¯Lνl ψ¯lL)
γα(τ1+iτ2) (ψνLl
ψlL )
= 2 ¯ψνL
lγαψlL となる.これらは式(16.16)の導出と同様の計算により,それぞれ
ψ¯lγα(1−γ5)ψνl, ψ¯νlγα(1−γ5)ψl
と書き換えられる.
■弱超電荷カレントの式(17.25)について 式(17.12)の導出と同様の計算により sα/e=−ψ¯lγαψl=−ψ¯lLγαψLl −ψ¯lRγαψlR となるので,
JYα≡sα/e−J3α
=−1
2( ¯ψLlγαψlL+ ¯ψνLlγαψLνl)−ψ¯Rl γαψRl
=−1 2
Ψ¯LlγαΨLl −ψ¯lRγαψlR: (17.25) を得る.
■「これらの結果を,より正当的に導出するには,……代入すればよい」(p.471,l.2,3)について
I3W =1 2
∫
d3x(ψνLl†ψνLl−ψlL†ψlL) において,場の展開には
• ヘリシティが負の(r= 2)粒子l−, νl
• ヘリシティが正の(r= 1)反粒子l+,ν¯l
の生成・消滅演算子のみが含まれる.そこで1粒子状態|l−,L⟩,|νl,L⟩のいずれかを|· · ·⟩と書くと,I3W|· · ·⟩
への寄与は,考えている粒子の生成・消滅演算子c2†, c2を含む項から現れる:
1 2
∫
d3x∑
p,p′
( m V Ep
)1/2( m V Ep′
)1/2
u2†(p′)u2(p)e−i(p−p′)·xc2†(p′)c2(p)|· · ·⟩
=1 2
∑
p,p′
m
V(EpEp′)1/2u2†(p′)u2(p)(2π)3δ(p−p′)c2†(p′)c2(p)|· · ·⟩
=1 2
∑
p
c2†(p)c2(p)|· · ·⟩
∵ 1 V
∑
p′
→
∫ d3p′
(2π)3 : (1.48), ur†(p)us(p) =Ep
mδrs: (4.37)
=1 2|· · ·⟩.
なお以上の計算において
u2→v1, u2†→v1†, c2†→d1, c2→d1†
と置き換えれば,ヘリシティが正の反粒子に対しても弱アイソスピン電荷I3W の固有値を調べることができ,
同様に
I3W|l+,R⟩=−1
2|l+,R⟩, I3W|¯νl,R⟩= +1 2|ν¯l,R⟩
となると考えられる.このとき「場ψによって消滅する粒子の弱超電荷」(p.472,l.2)は同時に,場ψによっ て生成する粒子の弱超電荷でもあることになる.