第 7 章 全体の考察
7.2 Green (2007)のモデルについての考察
Green (2007)の波及効果モデル(図3.3)では、教育課程で焦点が当てられている内容と、
形式や内容などのテストの特徴との重なり合っている部分が潜在的な正の波及効果となり、
テストの特徴に含まれているが教育課程では焦点が当てられていない部分が潜在的な負の波 及効果となる可能性を秘めているとしている。彼のモデルでは、ひとつのテストを想定しそ のテストの波及効果現象を捉えているが、本研究では複数のテストが存在する日本の大学入 試をこのモデルに当てはめて波及効果現象を捉えようと試みた。 調査 1 では、主要な大学の 学部・学科で実施された自由作文問題について分析したが、自由作文問題の有無や設定語数、
ジャンル、文体などで大まかな傾向はあったものの、問題内容は様々であった。それら全て の試験問題に教師が目を通し把握することは困難である。また、大学入試の自由作文問題の 採点基準は公開されていないが、想定している入試採点基準像は教師によって異なり、「熟達 度採点群」と「独自採点群」の 2 つのグループに分類され、グループ間で授業での自由作文 問題対策傾向が異なることが調査 3 から明らかになった。教師は公開されている多種の入試 問題の分析と、公開されていない情報の推測から、各個人が大学入試自由作文問題像を作り 上げ、それに対応できるように授業や受験指導を行っていると考えられる。この状況を図7.1 にまとめるが、各入試には過去問題などの公開されている問題の情報と、採点基準や出題の 意図などの公開されていない情報がある。それらの情報が、教師の分析や信念などの教師フ ィルターを通って入試問題のイメージが形成される。そして Green のモデルが示すように、
その入試問題イメージが教師の指導に影響を与え、入試問題イメージとと教育課程内容の重 なる部分が正の波及効果、入試問題イメージのみに当てはまる部分が負の波及 効果となる可 能性を秘めている。
図7.1 教師の持つ入試問題のイメージの作られ方 教師
入試問題のイメージ
… 非公開情報
入試A 公開問題
非公開情報 入試B 公開問題
非公開情報 入試X 公開問題
この入試問題のイメージの特徴のひとつは不安定さである。同じ問題であってもそれを分 析する教師が異なれば分析結果も異なる可能性があり、教師の持つ入試問題イメージも異な る。また、イメージ形成に大きない影響を与える問題、小さな影響しか与えない問題、全く 影響を与えない問題も教師によって異なり、やはり教師の持つ入試問題イメージは異なる。
その結果、指導への波及効果も様々な形で現れると予測される。
もうひとつの特徴は不正確さである。Green (2007)のモデルでは、教育課程には含まれな いがテストのみに含まれる部分が負の波及効果になる可能性を秘めているとしているが、入 試問題イメージには実際のテストには存在しない内容が含まれる可能性があり、それが負の 波及効果として現れることが考えられる。例えば、教師が非公開情報である入試採点基準を 実態とは異なる形で捉えていた場合である。仮に、教師は採点には語数の多さが重要視され ていると考えているが、実際の評価にはあまり関係していないとする。その結果、内容と構 成は貧弱だが文章が長く冗長な作文を書く指導をしてしまう可能性がある。また、Green の モデルでは、教育課程内容とテストの特徴とが重なり合っている部分が正の波及効果となる 可能性を秘めているとしているが、入試問題イメージに実際のテストには存在しない内容が 含まれ、それが正の波及効果として現れる可能性もある。やはり採点基準の例であるが、教 師は採点には正確さと表現の豊かさが同じくらい重要視されていると考えているが、実際に は表現の豊さは加点対象にはならない場合である。この結果、テストには含まれていないが 教育課程に含まれる表現の豊かさを育成する指導が促進されることが予測される。
この教師の入試問題の解釈には、教師の能力や信念以外にも様々な要因が影響していると 考えられる。根岸(2014)は、言語テストの受験者は、テスト作成者だけが持つ不透明なテス ト情報を教師や出版社の分析やインターネット上での語りなどを参考に準備を行っていると 述べており、受験者にテストについての情報をもたらす彼ら「仲介者(mediator)」が大きな 役割を果たしていると述べている。これは受験者に限らず、教師にも当てはまると考えられ る。より正確にまたはより多くの情報から入試について判断しようと、教師も他の教師の語 りや出版物、インターネット上に溢れている情報を自身の分析や指導に役立てていることが 予測される。
以上の内容は、複数の試験が存在する日本の大学入試環境だけに限らず、単一の試験環境 にも当てはまる部分が多く、また教師だけでなく受験者など様々な対象者においても当ては まる。IELTSなどの大規模標準テストや他国の統一大学入学試験においても、公開されてい る情報と公開されていない情報が存在し、教師や受験者は周りの人々や出版物、インターネ
ット上の情報を活用していると考えられる。Green のモデルにはこれらの要因が含まれてお らず、彼の波及効果モデルを修正すると図 7.2のようになる。
図7.2 波及効果モデル(Geen, 2007)修正案
Focal construct
The image of test design characteristics
item format, content complexity, etc.
Overlap Washback direction
Potential for positive washback
Potential for negative washback
Perception of test importance
Important
Unimportant Washback intensity
Washback to participant No washback
Intense washback Perception of
test difficulty Easy
Unachievable Challenging
gg Washback variability
Participant characteristics and values
・Knowledge / understanding of test demands
・Resources to meet test demands
・Acceptance of test demands
Other stakeholders Course providers
Material writers Publishers
Teachers Learners Closed information Open information
of tests
Participant
Mediator
修正版のモデルでは、対象者(participant)がテストの公開情報(open information of tests) を分析、非公開情報(closed information)を想像し、仲介者(mediator)の解釈を参考にしなが ら、テストのイメージ(the image of test design charateristics)を形成する。このイメージと 教育課程内容の重なりが正の波及効果、イメージのみに当てはまる内容が負の波及効果 とな る可能性を秘めており、実際の波及効果は対象者の特徴や価値観などにより異なることを示 している。そして、波及効果の強さについては、テスト結果が重要であると認識され、テス トの過去問題やサンプル問題からそのテストが易しすぎず難しすぎないと判断された場合に 強い波及効果をもたらすことを示している。このモデルでは、テストのイメージ形成と実際 の行動の 2 つの段階で波及効果の多様性が生じる分岐点が存在し、それぞれで対象者の特性 が大きく影響する。目標とするテストが同じであっても、対象者の分析や考え方次第でテス トのイメージが異なる可能性があり、異なる波及効果をもたらす結果となる。また、同じテ ストのイメージを持っていたとしても、指導への考え方などの違いにより、異なる 波及効果 をもたらす可能性がある。