第 4 章 大学入試自由作文問題分析(調査 1)
4.6 考察
以上の結果を踏まえ、学習指導要領上の記述と大学入試の傾向の比較を表4.8にまとめる。
表4.8 学習指導要領上の記述と大学入試自由作文問題の傾向の比較
観点 学習指導要領上の記述 大学入試の傾向
書く内容 概要や要点を書く、自分の考えを 書く
自由作文出題は 3 割未満。要約はほと んどない。
与 え ら れ
る情報 書かれた情報、音声情報 文章やグラフ、絵が与えられる問題が 多少ある。音声情報はなし。
ジャンル 様々な場面と目的
エッセイが多数。手紙などその他のジ ャンルは少数。
文体 様々な場面と目的 意見が多数。他の文体は少数。
読み手 様々な読み手 ほとんどの問題で読み手の設定なし。
語数 記述なし 多くが 100 語以下。最大 200語。
が優先され、自由作文に取り組む時間が少なくなってしまう可能性が十分ある。
国公立大学と私立大学別の自由作文問題の出題率は、国公立大学は 56.84%、私立大学は 11.11%と大きな差があった。このことから、私立大学よりも国公立大学の受験者の方が自由 作文問題の波及効果を受ける人数が多いと考えられる。しかし、 国公立大学の受験は、多く の場合前期日程と後期日程の最大 2 回(一部の公立大学は中期日程を実施しているため最大 3 回)の受験機会しかない。一方の私立大学は、各大学がそれぞれの入試日程を設定してお り、多くの大学では入試日を 1月から 3月の間に複数設定している。受験者はその日程が重 ならない限りは、いくつでも受験することが可能である。そのため、1 人あたりの受験大学 数は、国公立大学の数よりも私立大学の数のほうが大きくな り、自由作文問題を出題する大 学を受験する受験生の割合は 11.11%を超えると推測される。
また、自由作文問題の配点については、その記載があった入試問題が少なかったが、25%
から50%が自由作文の配点として設定されていた。このことから、自由作文問題の点数が合
格の成否に大きく関わり、強い波及効果が期待される。
さらに、配点の記載のない入試問題も見てみると、大問が 4 から 6問設定されている中の 1 つの大問を自由作文としている、またはその大問内の 1 問に自由作文が出題されている傾 向にあった。配点が記載されていない以上、推測の域を出ないが、少なくとも1 割から 3割 以上程度の配点を占めると想定され、自由作文問題が出題される他の入試問題は波及効果を もたらす可能性はおおいにある。
次に、要約問題については、ほとんどの入試問題で見られず、学習指導要領と重なり合う 大学入試はほとんどなかった。この点から、ほとんどの受験生は要約問題の正の波及効果は 受けないことが分かる。同様に、授業への正の波及効果もほとんど期待できず、要約活動の 機会を制限する負の波及効果が想定される。
さらに、和文英訳問題が 3 割近い入試問題で出題されていた。学習指導要領解説(文部省,
1999)には、「書くことの言語活動は、与えられた日本文を英訳する活動になりがちであるが、
自分の考えなどを相手に伝えることを目的として書くよう指導することが大切である。」とあ り、和文英訳活動を推奨していない。つまり、和文英訳はテストには含まれているが教育課 程には含まれていない部分に相当する。このことにより、和文英訳問題が出題される大学入 試の受験者と授業への負の波及効果を与える可能性があり、受験者の準備学習や授業で和文 英訳活動が行われることが想定される。
しかし、自分の考えなどを表現するための練習として、和文英訳をすることは必ずしも悪
いことではない。和文英訳活動が自分の意見を英語で表現するための練習になることが考え られる。ただし、和文英訳問題が出題されている入試の約 75%は、書く問題については和文 英訳問題のみが出題されており、自由作文は出題されていない。このこと により、自己表現 のための練習ではなく、与えられた日本語を英語で表現することを最終目標としての和文英 訳活動にしてしまうことが危惧される。
4.6.2 与えられる情報
与えられる情報に関しては、学習指導要領上では、書かれた情報と音声情報についての言 及があり、その内容について自分の考えなどを書くことが求められている。しかし、 大学入 試では何らかの情報が与えられている自由作文問題は 3 割を下回っていた。特に、音声情報 が与えられる問題は皆無だった。
この傾向から、授業では、読んだことについて書いたり、聞いたことについて書いたりす るなどの統合的な活動が抑制されてしまう負の波及効果が想定される。
また、与えられる情報の中で、2 番目に多かった情報に「日本語の文章」があった。この ことから、英語の授業ではあるが、書く内容を考えるプレ・ライティング活動の中で日本語 の記事やエッセイを読む活動を促進することが考えられる。また、受験者が作文をする際、
普段の生活で読む新聞や本などの内容と関連させて書く内容を考えることを促進する可能性 もある。
4.6.3 ジャンル
ジャンルに関しては、学習指導要領上では、様々な場面と目的に合わせて、様々なジャン ルの作文を書くことが求められていた。大学入試ではエッセイのジャンルに大きく偏ってお り、他のジャンルの問題は少なかった。この偏りから、学習指導要領との重なりは少ないと 判断できる。そのため、エッセイのジャンルの作文に偏った学習と指導を促す可能性が高く なる。
この偏った傾向の理由として、テストの実用性が挙げられる。大学入試では複数の科目の 試験を 1 日で実施しなければならず、英語科目の試験時間も限られてしまう。その限られた 時間の中で、解答に時間の掛かる自由作文問題を複数出題することは難しいことが考えられ
る。その点を踏まえ、大学としては自分の考えを表現しやすいエッセイのジャンルに偏った のではないかと推測する。
4.6.4 文体
文体に関しては、学習指導要領上では、様々な場面と目的に合わせて書くことが記述され ていることから、様々な文体の作文を書くことが求められていた。大学入試では意見型の文 体に大きく偏っており、他の文体の問題は少なかった。この偏りから、学習指導要領との重 なりは少ないと判断できる。そのため、意見型の作文に偏った学習と指導を促す可能性が高 くなる。
このように偏っていた理由として、先に述べたジャンルのエッセイへの偏りが考えられる。
エッセイは通常、個人の考えを表現するジャンルであり、意見型の文体の問題が自然に多く なる。
この傾向から、学習者の学習や授業では、意見型の作文を書く機会 だけが多くなることが 想定される。しかし、意見型の文章では、ある概念について説明したり、ある場面について 描写したり、自分の体験したエピソードについて述べたりするなど、説明型、描写型、語り 型の特徴を含むことがある。そのため、意見型の作文の練習として、他の文体の作文を書く 活動を行うことも十分考えられる。
4.6.5 読み手
読み手に関しては、学習指導要領上では、様々な読み手の作文を書くことが求められてい た。しかし、大学入試では読み手が設定されている問題自体がほとんど存在せず、読み手が 設定されていた問題は僅かであった。この偏りから、学習指導要領との重なりは少ないと判 断できる。
この偏った傾向の理由として、ジャンルのエッセイへの偏りが考えられる。エッセイは通 常、特定の読み手を想定せず、一般の人々を読み手として想定する。その結果、読み手が設 定されていない、つまり一般の人々を読み手として設定している問題が多かったと考えられ る。
この傾向から、学習者の学習や授業では、特定の読み手を想定しない、一般の人々を読み
手として想定した作文を書く機会だけが多くなる負の波及効果が考えられる。
4.6.6 語数
語数に関しては、学習導要領に記述はないため、各大学が求める作文の分量を設定してい る語数が波及効果を与える可能性がある。語数設定として最も多かった語数が 100 語であっ たため、学習者の学習や授業で行われる自由作文の語数は 100語を目安に行われることが多 いと考えられる。
また、自由作文問題の語数設定は、半数近い約 45%の問題で 100 語未満だった。これは、
Hamp-Lyons (1991)の挙げるライティングの直接テストの特徴のひとつである「100語以上
書くことを求められる」条件を満たしていない。つまり、半数近い問題の作文は、一般的に ライティングとみなされる分量に達していない。語数が少ないため、書き手の意見が十分に 反映される作文にすることができない、または説明や具体例が不十分である作文になってし まうことが推測できる。この点は、松井(2006)も指摘している通り、設定語数が少ないため に、一般論から抜け出せない個性のないエッセイもどきの練習と指導を促すことになってし まうことが危惧される。
この点は、学習指導要領と大学入試問題の重なりの視点から考えると、正と負は判断でき ないが、100 語未満の作文を最終目標とした学習及び指導がされることは、学習者の英語能 力育成にとって良いことではない。