C. 相互承認原則の機動的活用
1. GATT20 条柱書の適用による国際交渉命令と相互承認論
貿易関連環境措置はGATT20条b号もしくはg号によって正当化される可能性がある。しか し
前提となっているのに対して、WTOが対象とする国際社会ではそのような制度基盤がな く、相互承認が機能しないとすれば、相互承認原則の機能を前提として貿易制限的措置を 広く解するEU法はWTOに対しての示唆を与えないという批判を想定する。この反論に対 して、まずEUにおける相互承認論の諸根拠が区分けされた後、WTO法において相互承認 の考え方が反映されている事例との照合を通じて、上記批判の妥当性が検証される。
「偽装された貿易制限もしくは正当化されえない差別」となる措置は正当化されない(同 条柱書)。この規律のゆえにGATT20条柱書は、WTO加盟国のGATT20条の例外援用権と、
他のWTO加盟国の権利との均衡104を実現するという機能を帯びる。米国・海老海亀事件の
104 Matsushita et al., n. 62 above, 801-3. GATT20 条柱書の適用において用いられるバランステストは、
GATT20 条 d 号に適用において用いられるバランステストよりも広範であるとの指摘がある。前者は
WTO加盟国間の権利義務のバランスに焦点を当てているのに対して、「必要」という文言を解釈して導 かれたものであることが述べられている。Marceau, G. and Trachtman, J. P., ‘Responding to National Concerns’, in in Bethlehem, D., McRae, D., Neufeld, R. and van Damme, I. (eds), Oxford Handbook of International Trade Law (2009), 228-9. いずれのバランステストの場合も規制国利益と貿易の利益の均衡 を実現しようとする点では共通する。ただしGATT時代のパネルは「貿易最小制限的な代替手段(least
trade restrictive alternative)」があるかというテストを用いてきたし、「必要」の基準を適用する際にバラ
ンステストを採用しなかったとされる事案もある。Appellate Body Report, Brazil – Tyres, para. 210. もちろ んのこと正当化の根拠とされる規定が適用されるテストの選択を左右するが、貿易紛争においてはあり
原審上級委員会はこのGATT20条柱書を適用して、貿易関連環境措置をとっていた米国に対 して次のことを求めた。すなわち、環境資源の保護に関する輸出入国間の国際交渉を行う こと105、および輸出国が輸入国規制に相当の規制を行っている場合にその「相当性」を考 慮すること106である。これらをGATT20条に基づく正当化の条件として求め、以って関係国 の権利間の合理的な均衡を実現しようという判断である。この判断は注目に値する。なぜ なら、その論理を敷衍してよいならば、国際交渉義務を果たした上で、他国で行われてい る規制(ここでは海老製品の生産工程規制107)について輸入国が国内規制と相当であるよ う求める貿易関連環境措置も許容されることになるからである。この生産工程規制条件付 適法説が成り立つかどうかは、京都議定書の実施措置がWTO法整合的かどうかを検討する 際にも意味を持つ。温暖化ガスの発生は生産工程に依存する部分が大きく、生産工程の規 制(以下生産工程規制)は温暖化対策の上で避けられない。ゆえに、そうした生産工程規 制がWTO法に照らしていかなる条件の下で許されるかという論点が不可避的に生ずること になるからである。よって以下では、まず米国・海老海亀事件を素材として国際交渉義務 の発生根拠、国際交渉のあり方に関する規範的要請、および、国際交渉義務と国内規制相 当性との関係を整理する。次いで、以上の諸点をめぐる判断がはたして温暖化ガス排出削 減を目指した生産工程規制に対しても応用可能かどうか検討する。
a. 国際交渉義務の発生根拠
米国・海老海亀事件上級委員会108は、海老を輸出する上告国との間で、海老輸入国の米
105
5. See also Panel Report, US – Shrimp (Art. 21.5 – Malaysia), para. 5.93; Appellate Body Report,
107 る製品の生産・製造、天然資源の獲得・収穫が行わ
108 aw 101-162; 16 USC 1537)に端を発している。同法
うるテストの中のいずれかを用いれば必ず妥当な法適用結果が得られるという前提は存在しないと考え るのがむしろ慎重である。
Paras 166-76.
106 Paras 163 and 16
US – Shrimp (Art. 21.5 – Malaysia), paras. 135 et seq.
生産工程(process and production methods)とは、あ
れる方法および態様を指す概念である。生産工程に着目する理由は二つある。ひとつは、生産工程が上 記の貿易関連環境措置をより実質的に理解するための道具概念となるからである。もうひとつはGATT1 条および3条が「同種の産品」であることを条件として平等待遇規律を課しているので、ある製品を他 の製品と区別しうるような基準はGATTの規律の範囲と各国の規制権限の範囲に関わる重要論点になる からである。生産工程規制をWTO法上評価する上では、製品関連と製品非関連という区別を設けるこ とがしばしば行われる。前者は、最終製品の特性に反映されるような生産工程である。後者は、最終製 品の特性には反映されないような生産工程である。
同事件は、米国のSection 609(Section 609 of Public L
は、米国のトロール海老漁業に対して海亀混獲防止装置(Turtle Excluder Device: TED)の採用を義務づ けていた。しかし、それにとどまらずTED採用を義務づけない国々からの海老製品輸入を禁止するよう 運用されていた。そのためインド、パキスタン、マレーシア、タイは米国に対して海老の輸出ができな くなった。そこで、これら諸国は米国に対してWTO法上の紛争解決を求めた。米国・海老海亀事件に ついてはすでに多くの論者が分析紹介している。川島富士雄 (1999)「米国のエビ及びエビ製品の輸入禁 止」『ガット・WTOの紛争処理に関する調査 調査報告書IX』(財団法人国際貿易投資研究所公正貿易セ ンター)79-123頁; Mavroidis, P. C., ‘Trade and Environment after the Shrimps-Turtles Litigation’ (2000) 34 JWT 113.; Yavitz, L., ‘The WTO and the Environment: The Shrimp Case that Created a New World Order’ (2001/2002) 16 Journal of Natural Resources & Environmental Law 203-255; Howse, R. E., ‘The Appellate Body Rulings in the Shrimp/Turtle Case: a New Legal Baseline for the Trade and Environment Debate’ (2002) 27 Columbia Journal of Environmental Law 491-521.; 小寺彰「アメリカのエビ・エビ製品の輸入禁止(紛争解決了解21.5
国が、海亀の保護と保存のための二国間もしくは多国間協定を締結するために真摯に交渉 することが求められていたのに、していなかったことを「正当化されえない差別」にあた ると評価した109。この評価は、GATT20条柱書の解釈適用に関して下されたものであり、国 際交渉義務もこの規定に由来するものといえよう。
ただし同事件で認められたような国際交渉義務は、すべてのGATT20条援用事件について 原則的に認められるわけではない。その根拠は三つある。第一に、同事件上級委員会も認 めるように、GATT20条の各正当化事由に基づく措置をとるのはWTO加盟国の権利である。
そのような措置は、WTO加盟国が自らの判断に基づき単独でとる措置である110。第二に、
GATT20条の例外援用措置の正当化要件として、国際交渉や国際交渉前置主義が規定されて
いるわけでもない。たしかにGATT20条の文言だけを見ると、同条の例外事由に該当する措 置をとる国が常に国際交渉を行うよう求めているとは読めない111。第三に、米国・マグロ イルカ事件GATTパネルもまた、GATT20 条が「それ自体として義務を創設するような実定
条に基づくパネル報告・上級委員会報告)」『ガット・WTO の紛争処理に関する調査 調査報告書 XIII』
(財団法人国際貿易投資研究所公正貿易センター、2003年)、31-44頁。米国・海老海亀事件を含む環境 関連WTO紛争解決事例の優れた概観は、Bhala, R., Modern GATT Law: A Treatise on the General Agreement on Tariffs and Trade (2005), ch. 24; Trebilcock, M. J. and Howse, R., Regulation of International Trade, 3rd edn (2005), 515-45.
109 Appellate Body Report, US – Shrimp, para. 166.
110 Jackson, J. H., World Trade and the Law of GATT (1969), 537, 744.
111 Carranza, n. 55 above, 57. GATT20条に国際交渉義務が規定されていないという理由のみから、GATT20 条適用事案において国際交渉義務がないという文言解釈は妥当ではない。なぜか。この点に関して、米 国・マグロイルカ事件パネルの行った争点整理の仕方が参考になる。同パネルはまず米国の主張を挙げた。
「〔米国法令は〕もっぱらイルカの生命健康の保護という目的に資するものであり、かつ〔米国の〕管轄 権の外にあるイルカの生命健康の保護に関して、この目的を達成するために米国にとって合理的に利用 可能な手段がなんらなかったがゆえに」、関連米国措置は正当化される、と。GATT Panel Report, US –
Tuna (Mexico), para. 5.24. 次にメキシコの反論を挙げた。「措置をとる締約国の管轄権の外にある動物の
生命健康を保護するために課される措置にはGATT20条は適用できず、米国によって課された輸入禁止 は必要ではない。なぜなら、一般協定に適合的な代替手段、つまり関連国間の国際協力がイルカの生命 健康を保護するために利用可能であったからである」、と。Ibid. これらの主張に言及した上で、同パネ ルは、「これらの主張において提起されている基本的問題、つまりGATT20条b号が、措置をとる締約 国の管轄権の外にある人および動植物の保護に必要な措置を対象としているかどうか」を争点と捉えた が、しかしこの争点は「当該規定の文言によっては明確に答えられていない」と説いている。Ibid., para.
5.25. 以上のように、「管轄権の外」にある対象の保護を目指す貿易関連環境措置がGATT整合的かどう
かという争点を切り取ると、たしかにGATT20条は、複数関連国領域にまたがる保護対象を保護する具 体的な方法を決める際の主権的な政策調整までをも先取りするものではないと読める。むしろ、越境的 な環境問題への対処のために貿易措置が用いられている事案では、合理的に利用可能な手段として国際 交渉などの政策調整を行い、貿易制限的な効果をいかに抑制したかどうかがGATT適用上の問題の焦点 となってくる。同パネルも「米国は、―GATT20 条の例外を援用する当事国に求められているように―
一般協定に整合的な措置、とりわけ国際的な協力的協定の交渉(through the negotiation of international cooperative arrangements)を通じて、米国のイルカ保護の目的を追求するために合理的に利用可能なすべ ての選択肢を尽くしたということを当パネルに示さなかった」と判示した。また、「国際的な協力的協定 の交渉」という代替手段は「イルカが多数国の水域および公海を回遊するという事実に照らして望まし いと思われる」とも述べている。Ibid., para. 5.28. すでにGATT時代から、少なくとも越境的環境問題を めぐる事案ではGATT20条の文言に基礎がないので、国際交渉が求められることはないというGATT20 条解釈はとられていなかった。ただし、以上はGATT20条b号の解釈適用をめぐって国際交渉の要請を 述べていたにすぎなかった。これを同条柱書の解釈論において捉えなおしたのが米国・ガソリン事件お よび米国・海老海亀事件である。