B. 多国間環境条約の機動的活用
2. 多国間環境条約と WTO の関係に関するパウェリンの議論
多国間環境条約と WTO の関係にも触れるパウェリンの中心的な主張は以下の通りであ る。
WTOパネルの管轄権は制限されている。パネルにおける適用法規は制限されていな い。WTOにおける被申立国は、一般国際法の一部であれ非WTO諸条約であれ、国 際法の他の法規を援用することが許されている・・・・・・18。
その実際的帰結として以下を主張している。要約すればこうである。i)複数の WTO 加 盟国で締結された当事国間合意(inter se agreement)や国際慣習法などの国際法規則がある 場合、ii)WTO における被申立国は、当該国際法規則を防御として援用でき、iii)WTO法 よりも国際法規則が優先的に適用されるかどうかは抵触規則によって決せられるが、こう した抵触規則はWTO法、反対の規則を置く条約、もしくは、一般国際法に含まれる、と。
16 高島忠義「貿易レジームと環境レジームの交錯―機能的な分立から緩やかな統合へ」『国際法外交雑誌』
107巻2号49頁(2008年)。
17 Pauwelyn, J., Conflict of Norms in Public International Law (2003)は、国際法における規範の階層を整理し(ch.
3)、規範の重層化と抵触の概念を提示し(ch. 4)、抵触回避の技術を示し(ch. 5)、抵触を内在的規範抵 触と適用法規の抵触に分類し(chs. 6-7)、WTO紛争解決における規範抵触に応用する(ch. 8)という全 体構成をとっている。
18 Ibid., 473. バルテルス(Bartels, L., ‘Applicable Law in WTO Dispute Settlement Proceedings’ (2001) 35 Journal
of World Trade 499, 502)も紛争解決了解がパネル・上級委員会の管轄権を制限するが、適用法規は制限さ
れていないと主張する。さらに適用法規が対象協定のみに限定されるとするのは「実証的」にすぎ、ま たパネル・上級委員会の実行とも一致しないとも述べている。
第一に、被申立国は、当該国および申立国にとって拘束的な非WTO法のみを援 用できる・・・・・・。申立国が、自らのWTO法上の権利が拘束的な国際法規則を基礎 として消滅すると見ることはありえない。第二に、・・・・・・1994年以降の条約を含む 国際法の他の規則は、WTO における請求の法的根拠を形成し得ない。対象協定の 下での請求のみが提起されうるのである。
しかし以上の制約の下で、被申立国はたとえば慣習法規則または、紛争当事国が 当事国であるような環境条約もしくは人権条約または二国間条約をWTO
、、、
法上の請、、、、
求に対する防御として、、、、、、、、、、
(in defence against a WTO claim)援用できるのであり、この 被申立国にとっての実際的帰結は、先に言及した抵触法規則によって決定されなけ ればならない。これら抵触法規則は、WTO 条約自体において、反対の規則がそこ から導き出されるような条約において、または一般国際法において示される。
ゆえに、・・・・・・紛争当事国間において適用可能なすべての関連国際法は、WTO パネルによってWTOにおける請求について決定する上で参照されうるとしても、適 用法規の一部としてのこれらの非WTO法規則が常にWTO法に優位しなければなら ないということを必ずしも意味するわけではない。優位の有無については、抵触法 によって決定されなければならない19。
以上のように、非WTO国際法の適用優先が抵触規則のありようによって左右されるとす れば、その抵触規則とはどのようなものだろうか。
WTO法規定に関する抵触の場合、WTOパネルにおける場合も含めてWTO法規定 が常に優先するわけではない。WTO条約における通商上の義務は、「相互型
(reciprocal type)」の義務である。それらの義務は「統合的性質(integral nature)」
のものではない。ゆえに、ほとんどのWTO規定は、限られた数のWTO加盟国の間 限りで、第三国の権利を侵害しない範囲で逸脱されうるものである。他のWTO加盟 国の経済的利益に影響を及ぼすことは、その国のWTOにおける権利の侵害に達する ものではない。ほとんどのWTO法上の義務が相互的性質のものであることを認める ことは、様々なWTO加盟国の必要や利益の多様性についての考慮を許すことである。
19 パウェリン(n. 17 above, at 473)によれば、非WTO条約それ自体はWTO紛争解決手続において請求原 因とならないと認める。「決定的なことに、非WTO法の優位は、WTO条約自体が問題となる措置の例 外もしくは正当化を含んでいるかどうかに関わらず、認められる。非WTO法の優位する場合は、他の 国際法規則による請求を裁判上執行することをWTOパネルに要求するという結果をもたらすものでは ない(たとえばWTO法と矛盾する環境に関する規範の違反)。このような請求を執行することが可能と なるためには、WTOパネルの管轄権が拡張される必要がある。」「しかしながら、WTOパネルにおいて すら非WTO規範がそれゆえWTO条約に優位するという事実は、WTOパネルが非WTO法規側の遵守 を裁判上実施しなければならないということを意味するものではない。非WTO法規則はWTOパネルに おける適用法規の一部となりうるし、ゆえにとりわけWTO 法違反の主張に対する有効な防御手段を提 供している。しかし、非WTO法は、WTOパネルの管轄権がWTO協定附属書Iに掲げられた協定(以 下「対象協定」)のみに基づく請求に限定されているので法的請求の根拠とはなりえない。」Ibid., 491.
たとえば(一般に「統合型」の義務を定める)人権条約および環境条約などを一方 とし、(「相互」型の)WTO法上の義務を他方としたときの抵触のほとんどの場合、
WTO法規定が道を譲らなければならない。このことは次の両者の抵触法規則に基づ く場合についてそうである。つまり、「内在的規範抵触(inherent normative conflict)」
(とくに、統合的な義務からの当事国間における逸脱(the inter se deviations from
integral obligations)が「違法」であるという事実〔つまり、統合型の義務を設定す
る多国間環境条約からWTOでの紛争当事国が逸脱することが違法に当たるという パウェリンの見方。筆者補。〕)を解決する規則を基礎とするか、あるいは、「適用 法規における抵触(conflict in the applicable law)」を解決する法規則に基づく場合の 両者である。後者の場合、とりわけ「特別法」の原則に拠らなければならない。
WTO条約の「継続的」な性質(the ‘continuing’ nature of the WTO treaty)を前提とす ると、「後続条約(successive treaties)」に関する抵触を考え出すことはしばしば困 難であり、よって「後法」規則を適用することは困難である。この観点からしても また、ほとんどの通商事項に関する枠組協定であるWTO条約は、たとえば「特定製 品」に適用される貿易制限もしくは「特定の理由」による貿易制限に関して義務を 課すもしくは明確な権利を与える多国間環境条約その他の条約に対して、道を譲ら なければならない
、、、、、、、、
20。
ここでパウェリンは、抵触を「内在的規範抵触(inherent normative conflict)」と「適用法 における抵触(conflict in the applicable law)」に分類している。さらに、前者の場合は、WTO 協定のような「相互型(reciprocal type)」の義務と、多国間環境条約のような「統合型(integral type)」の義務という条約の区別に大きな意義を持たせている。後者の「適用法における抵 触」の場合は、特別法の原則および後法の原則が適用される。ただし、これらの規範抵触 の分類のいずれをとっても、抵触の場合には多国間環境条約がWTO協定に対して適用優位 すると結論づけている。パウェリンは、WTO法とその他の国際法との抵触とその解決のあ りようを論じている。その主張の主要立脚点を整理すると、以下の通りである。
― 抵触概念の理解、および「内在的規範抵触(inherent normative conflict)」と「適用法規 における抵触(conflict in the applicable law)」の区別、
― 多国間環境条約が「統合型(integral type)」の条約であるのに対して、WTOは「相互 型(reciprocal type)」の条約であると性格分類でき、多国間環境条約締約国かつWTO 加盟国である国の相互関係では統合型条約である多国間環境条約に優先適用が与え られること、
― 当事国間合意(inter se agreement)によって多数国間条約上の(つまりWTO法上の)
権利義務関係がWTO加盟国間において変更されうること、
20 Ibid., 491.
― WTO加盟国は、WTO協定によって非 WTO法の適用を排除(contract out)するとい う約束をしなかったし、紛争解決了解が非WTO法の適用を禁止していないから、非 WTO法が適用法規になりうること、
― 実際にWTOにおける紛争解決においても非WTO法の適用が行われていること。
以下では、上記の五つの立脚点ごとにパウェリンの主張とその根拠をたどる。
a. 規範抵触論
パウェリンは、「二つの規範は、一方規範が他方規範の違反を構成する、それに至る、も しくは、それに至りうる場合、抵触関係にある21」という。さらに、一方の国際法規範が、
それ自体においてかつそれ自体として、締結もしくは生成によって、他方の国際法規範を 侵害しうる場合、これを「内在的抵触(inherent conflict)」という22。一方規範が、権利もし くは義務を与え、その行使または遵守が他方規範の違反を構成する場合を「必然的抵触
(necessary conflict)」と呼ぶ。さらに、規範が行為国に対して評価の余地(margin of appreciation)を与える場合には、国が現実に権利を行使することを決定する場合にのみ、侵 害が現実化するが、この場合の抵触を「潜在的抵触(potential conflict)」と呼ぶ23。また、
必然的抵触と潜在的抵触の両者を「適用法規における抵触(conflicts in the applicable law)24」 呼んでいる。
なぜこのような抵触の分類が必要なのであろうか。この点について次のような説明が与 えられている25。ある規範が他の規範の違反を構成する内在的抵触の場合、抵触の存在は、
前者の規範に基づく第一次的義務がどのような規範的要求を課しているかによって決まっ てくる。つまり、この場合に抵触の有無を決定づけるのは、前者の規範である。ここでは 規範相互間の関係が考えられている。これに対して「適用法規における抵触」の場合、複 数の国同士の関係における規範抵触が考えられており、行為国が一定の義務を負っている 他の国に対して、一方規範に基づいて他方規範に反する行為をとること(相反する行為命 令、禁止と命令、命令と免除、禁止と許容)によって規範抵触が現れると考えられている。
このように規範抵触を認識するための手がかりが異なることが(つまり規範相互の関係だ けで抵触が認識されうるか、あるいは規範が現実に実施されて初めて関係国の関係におい て規範抵触が現実化するかが)、区別の拠りどころになっている。以上の規範抵触概念の理 解および分類は抽象的であるが、パウェリンの所論の理解にとっては重要である。なぜな ら、パウェリン は「内在的抵触」と「適用法規における抵触」の別に応じて異なった規範
21 Ibid., 175-6. 「規範の抵触」とは「不整合(inconsistent)」、「不適合(incompatible)」、「相反(contradictory)」 と同義と考えられている。Ibid., 169. また「違反」は、「侵害(violation)」、「不整合(incompatibility)」 もしくは「不整合(inconsistency)」と同義であると理解されている。Ibid., 176 n. 45.
22 Ibid., 176.
23 Ibid.
24 Ibid., 177.
25 Ibid., 178-9.