C. 制度上の成立基盤
2. EU 法秩序と WTO 法秩序の自己完結度比較
a. 権利義務の主体
EU 運営条約 34条は構成国に数量制限および同等の効果を有する措置をとらないよう義 務づけている。つまり、同条と両立しないあらゆる国内規制の改廃義務を構成国に課して いる。このように義務の主体は構成国である。
もともと1957 年EEC条約によって構想されていた義務違反是正手段は、構成国の義務違 反に対する提起する条約違反訴訟であった(169条、現行EU運営条約257条)。欧州委員会 は、「連合の一般的利益を促進する」立場から(EU条約17条1項1文)、「基本条約および 条約を根拠として機関によって採択された措置の適用に配慮する」(EU条約17条1項2文)
とともに、「欧州連合司法裁判所の統制の下で連合法の適用を監視する」(EU条約17条1項 3文)。それゆえEUの一般的利益を代表して、構成国の義務違反を追及する地位が条約違反 訴訟手続において認められる。以上のように、EU運営条約34条の遵守を求める権利主体の 第一は、条約違反訴訟手続において原告として訴訟を提起する権利をもつ欧州委員会であ る。条約違反訴訟を通じて他の構成国の義務違反を追及する権利は、構成国に対しても与 えられた(EU運営条約258条)。よって権利の主体は第二に構成国である57。ただし、構成 国が原告となって他の構成国の義務違反を追及するように条約違反訴訟を利用した例はほ とんどなく、構成国が権利主体であることの意義はわずかである。
ところが1963年から、欧州司法裁判所は、個人に権利を保障する法的文書としてEU基本 条約を読み替え始めた。明確かつ無条件のEU法規は国内裁判所が保護しなければならない 個人の権利を創設するとするEU法の直接効果理論を打ち出し、自由な越境的経済活動を制 限する各国法の適用排除を求めることができる権利を個人に対して認めた58。EU運営条約 34条も直接効果が認められる規定のひとつである。構成国の国内裁判所において個人はEU 運営条約34条を根拠とした主張ができる。国内裁判所は、同条に基づく個人の権利を保護 しなければならないし、国内裁判所が判決を下す上で同条の解釈に関する先決問題が生じ た場合には欧州司法裁判所に付託する。こうして個人がEU法の主体として捉えなおされた だけでなく、国内裁判所はEU法の適用を担う裁判所として機能することとなった。権利の 擁護に関心を持つ諸個人による注意深い監視は、構成国に対する条約違反確認訴訟(EU運
57 EU運営条約259条(1957年EEC条約170条)(1段) 構成国は、他の構成国が両条約上の義務に違反 したと思慮する場合、欧州連合司法裁判所に提訴できる。(2段) 構成国は、その主張するところの両 条約上の義務の違反を理由として他の構成国に対する訴訟を提起するに先立って、欧州委員会を当該事 件に関与させなければならない。(3段) 欧州委員会は、理由付き意見を発するものとする。欧州委員 会は、関連構成国に対して対審的手続における書面および口頭の意見陳述の機会を事前に与えるものと する。(4段) 欧州委員会が関連の申立がなされた時点から三ヶ月以内に意見書を発しない場合、意見 書が発せられていない場合であっても欧州司法裁判所に提訴できる。
58 Case 26/62 van Gend en Loos [1963] ECR 1, 12.
営条約258条および259条)を補完する有効な統制59であって、それゆえに基本的自由に依 拠した個人の権利主張はむしろ積極的に期待される。そのために加盟国は自国の措置によ る基本的自由の尊重についていっそう注意深い判断を迫られることになる。これらを通じ て個人は域内市場の創設と発展、ひいてはEU域内市場の発展に積極的に参加することが求 められている。以上から域内市場の基本的自由が個人の平面にまで根をおろし域内市場の 発展を下から支えている。個人の権利は、さらに「直接効果の必要的補完物60」としての加 盟国の損害賠償責任により重ねて保護を受ける。以上のように、EU域内商品自由移動法の 権利主体の第二は、輸出入活動を行う個人である。
WTO法においてはWTO加盟国が権利義務の主体である。WTO加盟国はパネルに対する 権利をもち、パネル手続を通じて他のWTO加盟国の措置のWTO法不適合性を確認する勧 告裁定を求めることができる。
パネル手続における争いの対象は、加盟国の措置のWTO法適合性(conformity)である。
紛争解決了解11条は次のように定める。「小委員会の任務は、この了解及び対象協定に定め る紛争解決機関の任務の遂行について同機関を補佐することである。したがって、小委員 会は、自己に付託された問題の客観的な評価(特に、問題の事実関係、関連する対象協定 の適用の可能性及び当該協定との適合性に関するもの)を行い、及び同機関が対象協定に 規定する勧告又は裁定を行うために役立つその他の認定を行うべきである。小委員会は、
紛争当事国と定期的に協議し、及び紛争当事国が相互に満足すべき解決を図るための適当 な機会を与えるべきである。」紛争解決了解11条は適合性という概念を用いているが、そ れは、なにの、なにとの適合性か。「小委員会は、自己に付託された問題の客観的な評価(特 に、問題の事実関係、関連する対象協定の適用の可能性及び当該協定との適合性に関する もの)を行〔う〕」と定める紛争解決了解11条2文の文言から、対象協定との適合性であ ることは明らかである61。その対象協定は「紛争当事国が引用した対象協定」(紛争解決了
59 Case 26/62 van Gend en Loos [1963] ECR 1, 13.
60 Joined Cases C-46/93 and C-48/93 Brasserie du pêcheur and Factortame [1996] ECR I-1029, 1143, para. 22.
61 紛争解決了解には対象協定(the covered agreements)という概念が頻出する。紛争解決了解1.1条、1.2 条、2.1条、2.2条、3.2条、3.3条、3.4条、3.5条、3.6条、3.7条、3.8条、3.9条、3.11条、3.12条、4.2 条、4.3条、4.5条、4.11条、7.1条、7.2条、8.1条、8.4条、8.7条、10.1条、10.4条、11条、12.11条、
17.3条、19.1条、19.2条、21.5条、22.1条、22.2条、22.3(c)条、22.5条、22.7条、22.8条、22.9条、23.1 条、23.2(a)条、23.2(c)条、26.1条、26.2条、および附表2。紛争解決了解は、対象協定の諸規定の協議お よび紛争解決規定に従って提起される紛争に適用される(紛争解決了解1.1条)。ゆえに、紛争解決了解 によって参照されている対象協定上の各国の権利義務および利益のみが紛争解決手続の主題になる。当 然どれが対象協定なのかは重要である。これは紛争解決了解の附表1を見ればわかる。同附表1は「本 了解によって対象とされる諸協定」を列挙している。それらは、(A)WTO協定、(B) 多国間貿易協定(WTO 協定附属書1)に含まれる物品の貿易に関する多国間協定(WTO協定附属書1Aの各協定)、サービス貿 易に関する一般協定(WTO協定附属書1Bの協定)、知的財産権の貿易関連の側面に関する協定(WTO 協定附属書1Cの協定)、紛争解決了解(WTO協定附属書2)、および(C)複数国間協定(Plurilateral Trade
Agreements、WTO協定の附属書4に含まれる諸協定)である。ただし、複数国間協定はWTO協定の一
部であるものの、受諾した加盟国に対してのみ拘束力をもつ(WTO協定2条3項)。よって、政府調達 協定などの複数国間協定を受諾した加盟国の間での紛争に対してのみ紛争解決了解が適用される。なお、
紛争解決了解の附表2は対象協定に含まれる特別もしくは追加の規則および手続を列挙している。それ らは、Agreement Rules and Procedures; Agreement on the Application of Sanitary and Phytosanitary Measures,
解7 条 2項)のことである。残る問題は、なにが対象協定と適合していること指して適合 性といっているかである。紛争解決了解11条2文の文言からは、適合性の判断が、「特に、
問題の事実関係、関連する対象協定の適用の可能性及び当該協定との適合性に関するもの」
を含む「問題(the matter)の客観的な評価」の一部としてなされることは明らかである。
では、この「問題(the matter)」とはなにか。紛争解決了解7条1項の挙げる標準的な付託 事項は「(紛争当事国が引用した対象協定の名称)の関連規定に照らし(当事国の名称)によ り文書(文書番号)によって紛争解決機関に付された問題(the matter referred to the DSB by (name of party) in document …)を検討し、及び同機関が当該協定に規定する勧告又は裁定を 行うために役立つ認定を行うこと」である。パネル設置がネガティブコンセンサス方式に よって被申立国の反対があっても行われる(紛争解決了解6 条 1項)ことを踏まえると、
「紛争当事国が小委員会の設置の後二十日以内に別段の合意をする場合」(紛争解決了解7 条 1 項)があるものの、「問題」とは申立国が最初にパネル設置要請書面に示した問題に さかのぼる。同書面に記載すべき事項は紛争解決了解 6条 2 項が次のように定める。「小 委員会の設置の要請は、書面によって行われる。この要請には、協議が行われたという事 実の有無及び問題となっている特定の措置(the specific measures at issue)を明示するととも に、申立ての法的根拠についての簡潔な要約(問題〔problem〕62を明確に提示するために 十分なもの)を付する。」この規定にいう「問題となっている特定の措置」は、紛争解決 了解6条2項の命ずるような協議前置主義をとる紛争解決了解の下では、WTO加盟国が協 議要請書面に示した「要請の理由、問題となっている措置(the measures at issue)及び申立 ての法的根拠(the legal basis for the complaint)」(紛争解決了解4条4項)に対応する。以 上から紛争解決了解11条のいう適合性(conformity)がなにの、なにとの適合性をいってい るかという問いに答えを与えるならば、「申立ての法的根拠についての簡潔な要約(問題を 明確に提示するために十分なもの)」とともに示された交渉被要請国/被申立国の「〔前置 交渉段階から引続き〕問題となっている特定の措置」の「紛争当事国が引用した対象協定」
との適合性のことである。
以上からは同時に、WTO紛争解決手続における紛争の端緒もわかる。それは、他のWTO 加盟国の措置について対象協定との不適合の疑いを抱き、少なくとも問題を明確に提示す るために十分な程度に申立ての法的根拠についての簡潔な要約を用意して、紛争解決に乗 り出すというWTO加盟国の判断である。WTO加盟国間の協議(紛争解決了解4条)、パネ
Art. 11.2; Agreement on Textiles and Clothing, Arts. 2.14, 2.21, 4.4, 5.2, 5.4, 5.6, 6.9, 6.10, 6.11, 8.1 through 8.12;
Agreement on Technical Barriers to Trade, Arts 14.2 through 14.4, Annex 2; Agreement on Implementation of Article VI of GATT 1994, Arts 17.4 through 17.7; Agreement on Implementation of Article VII of GATT 1994, Arts 19.3 through 19.5, Annex II.2(f), 3, 9, 21; Agreement on Subsidies and Countervailing Measures, Arts. 4.2 through 4.12, 6.6, 7.2 through 7.10, 8.5, footnote 35, 24.4, 27.7, Annex V; General Agreement on Trade in Services, Arts. XXII:3, XXIII:3, Annex on Financial Services 4, Annex on Air Transport Services 4, Decision on Certain Dispute Settlement, Procedures for the GATS 1 through 5の以上である。
62 紛争解決了解は紛争解決機関に付される以前の「問題」に‘a case’(紛争解決了解3条7項)や‘the problem’
(紛争解決了解6条2項)という語を当てることによって、以降の「問題(the matter)」と区別してい る。