D. 第 IV 章の要約
V. 結論―EU 法から WTO 法への示唆
本稿では、EU法とWTO法の競合的接点を探り、EU法からWTO法の発展への示唆を探 った場合に、それはどのようなものかという基本問題を設定し、いくつかの角度から検討 してきた。このような問題を設定せず、WTO法もしくはEU法のいずれかのみに対象を限 定し、通説判例を繰り返していれば、よりいっそう論理的かつ法実証主義的な研究となっ たことは疑いない。しかし、それでは、ひとつの世界の中にひしめき合う国々がWTO法と 地域経済統合体法を使い分けつつ、貿易関係というひとつの対象を規律しようとしている 交錯した現状に対してどれほどの批判的な知見を示せるのだろうか。それゆえ混乱や検討 の稚拙や行き詰まりを恐れず、EU法とWTO法の接点を通じて、WTO法の発展への方向性 を批判的に探ってきた。本稿ではEU運営条約34条およびその解釈適用例を出発点とし、
EUとWTOの貿易制限的措置の規律論理、関連規定の解釈および法適用例を相互照応させ た場合に、EU法とWTO法が共通して扱う問題の解決方法について、EU法からWTO法へ の示唆があるかという点に焦点を絞って検討した。
まずこれまでの検討の結果を要約する。
第II章ではEU運営条約34条を拡張的に解釈したEU判例を基点として、欧州司法裁判 所の拡張的解釈を支える実体的および制度的基盤を整理した。さらに、それらの基盤がWTO に具わっているかどうかを検討してきた。まず、ダッソンヴィル事件の検討から、EU域内 における数量制限および同等の効果を有する措置の拡張的解釈の基盤として、EU域内関税 障壁の撤廃および競争上の平等条件の実現という実体法上の基盤があること、自己完結的 な法制度と制度への信頼性を創出する制度的基盤があることを指摘した。これらの基盤が EUとの比較においてWTOにも具わっていることを検討しつつ、EU法の議論がWTO法に 妥当する範囲を探った。まず、関税障壁の厳格な禁止はもちろんWTO には存在しないが、
競争条件の平等というやや抽象度を上げた視点からすると EU法とWTO法の接点がある。
自己完結性という視点を設定して検討した結果、個人の法主体性を認めるEU法においては、
個人が国家の措置を問題にできるという制度の構成上、WTOにおける国家対国家の通商紛 争で求められるような主張立証までは個人には求められておらず、個人が国家の措置のEU 法適合性を問うのに適したEU運営条約34条の拡張的解釈は WTO法には移植できない。
制度に対する信頼性創出要因についてみると、欧州司法裁判所によるEU運営条約34条の 拡張的解釈が可能となったのは、数量制限と同等の効果を有する措置の例外をも拡張する ことによって、貿易制限的措置の評価をめぐるEU法内部での信頼性創出が行われたことで ある。しかし、そうした解決は文言解釈を重視することによってWTO加盟国間の権利義務 の均衡を実現しようとするWTO 法には移植できない。EU法とWTO 法の接点を見出そう とする際には、以上のような多くの制約があるのであって、結局、競争上の平等条件確保 や保護主義の抑制といった抽象度を上げた上での接点を設定するか、あるいは類似した具
体的な事実をめぐる評価という抽象度を下げた上での接点を見出すかのいずれかになろう。
そもそもEUとWTOの各条約の目的、制度構成および貿易自由化に向けて採用している基 本論理が異なっているから比較検討は理由がないという反論は根拠がある。しかし、競争 上の平等条件確保や保護主義の抑制といった抽象度を上げるか、あるいは事実をめぐる評 価という抽象度を下げた上での接点を設定することによって、検討を進めることは妨げら れない。
続く第 III章では、GATTの貿易制限的措置の分類を批判的に検討することによって、法 的評価の確度向上が図れるかを検討した。国境措置と国内措置の分類については、GATT11 条と 3 条の適用範囲の限界の不明瞭、分類区分論の法解釈論上の弱点、紛争解決例におけ る混乱を指摘した上で、EU 運営条約 34 条の解釈に国境措置と国内措置の分類を導入した 欧州司法裁判所のケック先決裁定と対比することによって再構成の可能性を探った。ここ では、販売業者の対する規制と産品に関する規制の分類の有効性、および国内産品と輸入 産品の市場参入に対する負担の検討による法適用の確度向上を指摘した。ただし、国内産 品と輸入産品の市場参入に対する負担の検討と、GATT3条4項における不利でない待遇と いう要件の区別については、以上の検討結果をより具体化する必要が残った。次に、同種 の産品に対する差別論については、その適用範囲が広すぎるという批判を取り上げ、それ らに根拠があるのかを探った。しかし、目的効果論、生産工程論および規制緩和論という 批判は、いずれも妥当とはいえない。それらは、輸入産品と国内産品の競争条件の平等に 対する期待というGATT3条の法益に含まれない利益を根拠としているので、結局のところ
GATT3条解釈論を覆すものとはならない。
最後に、第IV章では貿易と非貿易的関心事項の調整枠組の機動的活用の可能性という視 点から検討を行った。正当規制の捉え方は常に関連事実依存的であるし、個別国がとる措 置には正当性の国際的説得性をどう示すかという問題から逃れられない。それゆえ、貿易 の枠組をなすような国際的合意を考慮する必要性を生じさせる。そこで、多国間環境条約 を貿易体制においても適切に考慮するという機動的活用ができれば、問題解消を容易にす るという観点から、パウェリンの所説に反論した。次に、とりわけ大きな貿易国がとる措 置の場合には、それが正当性を帯びる場合であっても一方的性格をもつという限界がある という問題を指摘できる。そこで、生産工程規制の正当性というGATT3条の適用では十分 に考慮されえない問題を取り上げつつ、EUの相互承認の考え方がWTOに反映されている かを探った。一国のとる措置が他国との関係で合理性を欠くという判断が成立する場合に は、関係貿易相手国との交渉によって、貿易制限度が少なく、かつ輸出国規制にしたがっ て生産された産品が輸入国内でも適法に流通できるようにするように促しているのであっ て、つまりWTO法も限定的かつ断片的ながら事実上の相互承認を実現する法的基礎を持っ ていることを指摘した。固より、WTO法における解決はEUにおける調和措置や相互承認 原則と比肩しうるものとはいえないが、貿易と非貿易的関心事項の調整については機動的 活用の要素が生成しつつあることは重要な発展である。
以上の検討の範囲で見出すことができたEU法とWTO法の接点を整理しよう。
― GATT3条においても、競争条件の平等という保護主義抑制に向けた法適用の基点が持つ 射程は広い。輸入産品と国内産品間の競争は、たしかに限定的側面についてではあるが、
保護主義抑制の原則論に据えられたWTO法とEU法の接点といえる。
― 条約解釈方法および判例の位置づけは、それだけでは EU法とWTO法の接点を否定す るものではない。これらは、しかし紛争解決了解におけるWTO法解釈適用機関の任務、
WTO法制度に対する信頼性と安定性の創出、およびWTO法解釈適用機関の正統性とい う要因と結合することによって、むしろEU法との乖離点を産み出している。ただし、
GATT3条と20条の文脈関係および両規定の実効性という解釈準則から導かれる帰結を、
固定的に考えることは適当ではない。
― GATT の採用している貿易制限的措置の規制分類については次の接点がある。欧州司法 裁判所のケック事件先決裁定は、構成国が行ってよい無差別的な販売態様規制という規 制の範疇を導入した。ここでは、EU運営条約34条の適用を免れる一定の国内措置があ るとされた。こうして、国境措置と国内措置という規制分類が EU法においても再登場 した。ここでは、販売態様規制という規制分類に該当するか、および国内産品と輸入産 品の輸入国市場への参入が均等保障されているかどうかという基準が導入された。
GATT においても、国境措置として厳格禁止される数量制限と、国内措置として差別性 の有無という基準に照らして審査される国内規制の区別がある。それゆえ国境措置と国 内措置という規制分類に関するEU法とWTO法の接点が生じている。
― GATT3条4項における同種の産品に対する差別論に対する三つの批判論、すなわち目的 効果論、生産工程論および規制緩和論の三つは、EU 法との接点を有している。しかし
GATT3 条にはそれら批判論を容れる余地がないため、GATT3条4 項の同種の産品に対
する差別論について、以上三つの批判論とEU法の接点を通じて、WTO法への示唆を引 き出す議論は成立しがたい。
― 貿易と非貿易的関心事項の調整枠組についての両法の接点は、正当化規定の適用におい て創造的要素を排除できず、通商協定をめぐる現代的関心をとりこみつつ実体内容を確 定する要請があること、および他国において適法に流通におかれた産品の輸入を妨げる のに説得的な理由が求められることである。そこでi)多国間主義、ii)正当規制を受け 止める柔軟性、iii)貿易自由化と規制の表裏一体化の三つの概念兆表によって特徴づけ られる法の運用を貿易と非貿易的関心事項の調整枠組の機動的活用として概念化した。
そのような機動的活用が WTO 法に観察できるかについて、網羅的に検討することは困 難であるため、地球環境問題を題材としつつ検討を進めた結果、多国間環境条約を正当 化規定の解釈を補充する素材として用いていること、および国際交渉や輸出国規制の輸 入国規制相当性評価をGATT20条柱書の適用帰結として命ずることによって、機動的活 用を図っていることが確認できた。WTO 法においては、他国で適法に流通に置かれた 産品がそのまま輸入国で輸入流通を認められるという EU法の相互承認原則は認められ