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Creative Tourism に関する研究

第3章 研究の背景

5 Creative Tourism に関する研究

(1)Creative Tourism研究のはじまり

農業を基盤とするワインの生産活動に、文化性があることは本章第3節「農村を訪問先 とするツーリズムに関する研究」で述べたが、ワイン生産者は生産活動のなかで自らの意 図を表現し、その成果を消費者に問いかけ、その反応を解釈しながら自身の納得のできる ワインをつくろうとしている。なかでも特に栽培から製品化までを自ら行っている生産者 には、需給にもとづく経済行為としての消費者との関係から脱却し、対等かつ文化的・創 造的な関係構築に対する欲求がある。

その一方、消費者としてもワインがグローバル市場で流通し販売され、容易に多様なワ インを選択することができる状況下で、敢えて時間と費用をかけて生産地を訪ねるには、

「モノ」を求めるだけではない「欲求」がある。その欲求は、ブドウ栽培地の景観を鑑賞 し周囲の自然とともに楽しむ魅力に加えて、生産者との対話や施設見学、さらには自らが 持つワインに対する知識や情報等を確かめたい、体験を通してワインづくりへの理解を深 め、自ら生産活動に関与したいなど多様と思われる。先に記したIRTの考え方は、農業地 域における構造的枠組みの転換を意図したものだが、その一方では、都市とのツーリズム による交流が地域の再生に有効に機能することを意図し、生産者と消費者の双方が持つ多 様な欲求を、交流や体験を通して実現することが求められる。

こうした体験をともなう知的活動に着目し、それらを包含するツーリズムとして、

Creative Tourismに関する研究成果が、2000年以降に報告されている。このCreative TourismはRaymond et al.(2000)によって考え方が示され、次のとおり定義したことには じまる12

12 Richards et al.が運営するCreative Tourism Networkのページホームに記されている。

http://www.creativetourismnetwork.org/(2015916日取得)

“Tourism which offers visitors the opportunity to develop their creative potential through active participation in courses and learning experiences, which are characteristic of the holiday destination where they are taken.”

Crispin Raymond and Greg Richards, 2000

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この記載の前には、Creative Tourismがツーリストと訪問先の居住者が共に創る、新時 代のツーリズムであることが記されている。その後も、上記のRaymond et al. (2000)によ って示された、ツーリストが訪問先での積極的な学びや体験への参加を通して、自身が持 つ創造的な潜在力を伸長させるという考え方を基調とする、Creative Tourismに関連する 研究成果が蓄積されてきた。OECD(2008)が出版した“The Impact of Culture on Tourism”

では、RichardsによるHeritage Tourism、Cultural Tourism、Creative Tourismの関係 を示した次に示す図を引用して、時制、対象の文化、消費の形を組み合わせた枠組みのな

かでCreative Tourismを捉え、過去・現在・未来を見通し、幅広い文化を対象とし、経

験にもとづく行動変容を促すものと位置づける考え方を支持している。(図2参照)

図2 The Characteristics of heritage tourism, cultural tourism and creative tourism 出所)OECD(2008),‘Roles and Impact of Culture and Tourism on Attractiveness’,

in “The Impact of Culture on Tourism”, OECD Publishing. p.27 http://dx.doi.org/10.1787/9789264040731-en(2015916日取得)

(2)Creative Tourismの発展経過

Richard(2001)では、Creative Tourismを大枠ではCultural Tourismの発展形としてい るが、Richards et al. (2006)は、さらに表2に示すとおり、両者の間にCreative spectacles

とCreative spacesを置き、それぞれの学びの照準と消費対象をもとに、受け身で鑑賞す

るフェスティバル公演などの前者と、デザイナーなどとの相互交流により醸される雰囲気 を消費対象とする例などの後者に区分して捉えている。そして、これら段階の延長に

Creative tourismを置き、能動的に潜在力の開発を図る態度で、経験や共創関係の構築を

目指す、創造的なプロセスに照準を合わせたツーリズムであると主張している。その事例 として、スペインのカタルニア地方の料理や調理法を学ぶ経験などが紹介されている。

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表2 The relationship between culture and creative form of tourism

出所)Richards and Wilson(2006): Developing creativity in tourist experiences

-A solution to the serial reproduction of culture ?-, Tourism Management, 27, pp.1209-1223

Richards et al. (2006)は、農村が消費の場として再定義されているなど、Cultural Tourismに関する先行研究を踏まえて、創造性によるツーリズムとしてCreative tourism を位置づけている。また、Creative tourismではツーリストと訪問先の地域の人々との直 接的な交流によって、創造的な経験が進展すると述べている。そして、このツーリズムで ツーリストが求めている、ホストとゲストとの通常の力関係の転換を経験するうえで、地 域は欠くことのできない存在であると考察している。ここで注目すべきは、Creative

spacesの段階から「未来の時制」が入っていることである。ツーリズムが将来につながる

消費行動の側面を持ち、受入側の地域との関係において、地域を持続可能な方向へと導く 作用を示唆していると理解することができる。

同様に、国際的な都市間競争を優位に進めるためには、ツーリズムと文化の相乗作用に 期待し、Creative Tourismに着手すべきとRichards et al. (2007)も述べている。この主張 の背景には、「Creative Class」は「場の質」(寛大さ、多様性、雰囲気等)を優先して移 動するため、これらの要件を備えた都市が人材を引き寄せるという、フロリダ(2007)の創 造都市理論がある。この理論に対しては、人を最大の資源と捉え、雇用の創出とともに都 市の多様性が高まるなかで、社会的弱者を含む人々が創造性を発揮するランドリー(2003) の主張もあるが、双方とも都市の創造性を中心に論じている。

Richards et al. (2007)の主張は、フロリダ(2007)が示した、都市における体験が人々の 創造性を刺激し、創造的な受容力を高めるという点において、体験がモノやサービスに代 わるという考えと共通している。そして Creative Tourism では、ツーリストは受け身で 鑑賞するのではなく、訪問先の雰囲気に浸り、居住者のように日常的に他者と交流し、ツ ーリストと意識しないようになり、交流体験を通して受入側と訪問側での生産と消費の関

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係をこえたプロシューマー13 (トフラー,1980)が生じ、相互の文化的基盤を高め合うことが できると主張している。

こうした研究成果により、都市政策の立場からもツーリズムと創造性に対する関心が高 まり、2008(平成20)年、UNESCOはRichardsらの参画を得て、アメリカのSanta Fe市 との共催で、同市においてCreative Tourism Conferenceを開催し、その成果を

“CREATIVE TOURISM”としてまとめている(The City of Santa Fe,2010)。この会議に おいては、先述のRaymond et al.(2000)の定義をもとに、Creative Tourismを次とおり定 義している。

“Creative Tourism is tourism directed toward an engaged and authentic experience, with participative learning in the arts, heritage or special character of a place”

このCreative Tourism定義は、先述のRaymond et al. (2000)による定義と比べ、ツー リズムの対象として芸術や遺産などとともに場の特性をあげ、真正な体験を指向するツー リズムであるとの考えを鮮明にしている。あわせて、Creative Tourism が Cultural TourismやEco-tourism, Agri-tourismなどと競合するのではなく、それらの魅力を増す という見方を示している。なお、前記の定義はこの会議の企画委員会によって示されたも のであるが、Raymond et al. (2000)らの定義を「進化」させたものであることが明らかに されており、Raymond と Richards は共にこの会議の主要なメンバーとして参加してい ることから、この定義に集約されていると考えられる。

さらに、この会議では Creative Tourism での対象は、芸術文化や地域の工芸品、郷土 料理、自然景観などの触知できるものだけでなく、地域のイメージや日常生活の一部など、

触知できないものがツーリズムの対象となるとの考えが示されている。また、前述のよう

に Creative Tourism はカルチュラルツーリズムなどとは競合せず、他のツーリズムの魅

力を増すことのできる概念であることにも言及している。

その後、Creative Tourismについての議論が活発化するなかで、Richards et al. (2011) は、ツーリズムの対象が訪問先での日常的な暮らしなどにも拡張し、クリエイティブ産業 の育成をはじめ、他の政策領域との統合促進などの効果がある一方で、創造性を誇張して

13 経済活動において、自ら生産したものを自ら消費する時代から、生産と消費が分離した産業革命以降 の時代を経て、消費者が生産に係るようになり、「生産しかつ消費する」関係にある消費者を意味する。

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はいないか、日常的な暮らしの「コモディティ化」にならないかといった批判があること に対する考えを述べている。さらに、前述の Santa Fe市で開催された会議において、創 造性をともに分かち合う Creative Tourism の考え方は、ツーリストの来訪を活発にする だけではなく、都市の創造的な活力と国際的なイメージを高めることを、スペインのバル セロナの例などを取り上げ紹介している。このほかにも、ホストとゲストが対等の関係に あること、訪問先に新たな物語や意味づけやアイデンティティをもたらすことなど、

Creative Tourismの優位性をあげている。加えて、Creative Tourismの対象としてある 種の雑踏のような雰囲気も重要であり、特定の知的階層を対象とするものではないと述べ ている。そのうえで、Creative Tourismにおける創造性の発現は、ツーリストだけで構築 できるものではなく、生産者、消費者、政策者、景観などとの相互作用によるのだと主張 している。

(3)農村における創造性の発現可能性

これまでの海外における Creative Tourismに関する研究成果は、その多くが都市に関 するものである。Maitland(2007)は、都市の再開発に関する先行研究において、居住者だ けではなく、ツーリストの視点を持つ「Creative Class」の参画を求めて、計画を策定す ることの重要性をあげた上で、そのことが十分理解されていないと指摘している。本研究 が対象とする、農村地域での生産活動にもとづくツーリズムなどによる人的交流に関する ものが少ないなかで、Cloke (2007)はイギリスやニュージーランドの事例をもとに、農業 が衰退した地域において景観や生物などの地域資源を活用した、Creative Tourismの開発 可能性について言及している。この事例をはじめとして、農村を訪問先とする研究成果で はあるが、その内容は都市生活者の需要を実現する場としての、地域資源の潜在力に着目 した取り組みが殆どであり、本来の農業生産活動に関連する体験等は少ない。農村には食 料生産を確保し経営を維持するという役割があり、ツーリズムによる人的交流の拡大等、

農業生産以外の活動を拡大することは、生産に影響し「農村の使命」に反するところがあ る。

Creative Tourismに関する研究と実践が、都市における居住者と訪問者との交流を通し

て、フロリダ(2007)が提唱したような創造的都市を目指そうとする考え方に対し、日本で は農村における自治と創意を重視しつつ、都市との交流によって創造的な農村を目指す試 みがはじめられている。佐々木(2014)は、都市では創造的な仕事をする人々がクリエイテ