第5章 事例対象地域におけるワイン生産とワインツーリズムに関する調査
4 ワイン生産による地域イメージの形成
―大規模農業地帯である北海道空知南部地域の事例―
(1)はじめに
北海道には北海道総合振興局設置条例1にもとづく、9つの総合振興局と5つの振興局が ある。空知総合振興局2が所管する地域は、北海道の中央部からやや西に位置し、東西約 70㎞、南北約130㎞、範域の総面積は約5,791㎢で、北海道全体の面積の6.9%であるが、
都道府県別面積第 25 位の三重県よりやや広い。従って、北部と南部では気象や土質など の自然条件に違いがあり、ワイン生産は南部地域のワイナリーやヴィンヤード3等(以下「ワ イナリー等」と略)を中心に行われている。北部と南部の中間に位置する浦臼町には、日 本で最大規模のヴィンヤードがある。
この地域には旧産炭地があったことから、1965(昭和 40)年の国勢調査までは、1948(昭
和23)年制定の「北海道支庁設置条例」にもとづく14支庁のうち、旧空知支庁は北海道で
1 番人口の多い支庁であった。その後、炭鉱の閉山にともなう人口減少と農村人口の首都 圏への移動が重なり、人口減少、高齢化、少子化の影響が顕著に表れている地域である。
そうした経緯があり、かつ伝統的な観光資源が少ない「普通の地域4」にあって、ワイナリ ーを訪ねるワインツーリズムによる地域外との人的交流が広がっている。
大規模農業地帯で確たる地域イメージがなかったこの地域において、ワインを核とする
「空知のファンづくり」を進め、地域外との人的交流を創出し地域外との関係構築を図る ことは、地域振興政策を考える上で大きな意味を持つ。この地域のワイナリー等は、池田 町や都農町の例と異なり、何れも民間経営である。その内訳は、地元農業者が開設したと ころ、地元の農業関係者組合の経営によるところ、地域外からの新規就農者によるところ など様々である。地域を所管する行政機関が、自ら事業主体となるのではなく、多様な経 営主体による地域での生産活動に着目し、それらの取り組みを調整し方向づけることによ って、地域の実情に適した振興策を展開できる可能性を示している。
1 平成20年6月に制定された、知事の権限に属する事務を分掌させる機関として、地方自治法第155条 にもとづき総合振興局と振興局の設置を定めた条例。
2 北海道中央部の10市14町を所管する行政機関。
3 独自ブランドワイン用のブドウ栽培地。
4 内閣府「地域の経済2008」、第3章「交流人口拡大で地域経済活性化」のなかで使われた、伝統的な
観光資源を持たない地域に対する表現。
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そうした取り組みを通じて、生産者と消費者のつながりが強固なものとなり、相互理解 が深まり、両者の潜在力を伸長し合える関係構築の動きが、小規模ワイナリー等が集積し ている南部地域に特徴的に認められる。そのことは、空知地域のワイナリー等の来訪者を 対象に行ったアンケート調査での、空知管内中部にある大規模ヴィンヤードと南部地域の 小規模ワイナリーの来訪者の結果を、第6章で比較し検証するが、ここではその前提とし て文献や行政資料等の調査や地域内関係者からの聞き取り調査の結果等をまとめた。図 1 は、北海道における空知総合振興局が所管する地域と三笠市内のブドウ栽培地の様子であ る。
図 1 空知総合振興局の所管地域(左)と三笠市内のブドウ栽培地(右)
(2)空知地域の概要 1)地理的条件と人口
本調査の対象地域は、空知総合振興局所管の範域(空知地域)のうち、南部地域の岩見 沢市5と三笠市を重点対象地域としているが、はじめに空知地域の概要を明らかにした上で、
両市の状況等について記す。空知地域は、北海道の中央部よりやや西、大雪山系の東に位 置し、東西約70㎞、南北130㎞の内陸地帯である。中央に石狩川が縦走し、南西部にかけ て石狩平野が広がり、総面積は5,791㎢、北海道全体の約6.9%である。気候は南北に細長 い内陸地帯のため、南部と北部、平野部と山岳部で気象状況が異なる。北部は南部に比べ、
寒暖の差が大きい。夏から秋にかけての降水量は比較的多く、冬の降雪量は10mを超える 年もある。
管内10市14町の人口は33万6,254人(平成22年国勢調査結果)で、1960(昭和35)年の
5 岩見沢市は、2006(平成18)年、旧北村・旧栗沢町が廃置分合、編入合併して現「岩見沢市」になった。
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ピーク時の人口(81万2,370人)に比べ約60%減少している。また,65歳以上の高齢者人
口が28.5%と、道内の総合振興局・振興局のなかでも2番目に高い。さらに、2040年まで
に総人口が約40%減少すると推計されている6。
空知地域には、図1に示した市町名を記した3市2町に10カ所のワイナリー等がある。
そのうちの 7 カ所が、空知南部の農業地帯である、岩見沢市と三笠市に集中している。
1950(昭和25)年から2010(平成22)年までの国勢調査結果での両市の人口推移は、図2のと おりである。南空知圏域の中核都市である岩見沢市の人口は、1955(昭和 30)年以降、9 万 人以上で推移している。しかし、ワイナリー等が集中している旧栗沢町に相当する地域の 人口は、最も多かった1955(昭和30)年の25,500人から2010(平成22)年には6,191人に減 少しており、減少率は 76.8%である。三笠市についても同様に 1955(昭和 30)年の人口が 57,519人と最も多かったが、2010(平成22)年には11,221人となり減少率は80.5%である。
また、2010(平成22)年の国勢調査による両市の高齢化率は、岩見沢市が27.8%(旧栗沢 町分:36.8%)、三笠市が42.8%である。同年の国勢調査における総人口に占める高齢者割
合23.0%と比べ、両市の数値は高い。また、同年の国勢調査における1次産業(農業・林業)
就業者の割合は、岩見沢市が9.2%、三笠市が9.1%であり、北海道全体の5.9%に対し高く、
高齢化の進行と後継者不足で就農者数は減少し続けている。
図 2 岩見沢市・三笠市の人口推移 出所)総務省統計局「国勢調査結果」をもとに作成
注)旧栗沢町分は、岩見沢市と合併前の栗沢町に相当する地域の人口である。
6 2013(平成25)年3月、国立社会保障人口問題研究所公表の「日本の地域別将来推計人口」による。
133 2)地域農業の概況
2010(平成22)年国勢調査による、空知管内の1次産業就業者の割合は14.7%(北海道:
6.0%)である。同年の農家戸数は9,165戸で全道の20%だが、高齢化の進行と後継者不足
で就農者数は減少し続けてきた。
また、2010(平成22)年の耕地面積は11万5,000haと全道の約10%であり、内訳は水 稲が5万2,600haで全道比46%、そのほかは小麦・大豆・そば等の畑作である7。2010(平
成22)年における、生食用を含むブドウの作付面積は148haであり、このうちの144haが
ワイン用で全耕作面積の約0.1%である。この数字には、空知中部にある耕作面積が100ha を超える国内最大規模のヴィンヤードを含んでおり、それを除くと全耕作面積に占めるブ ドウ栽培面積の割合は約0.03%と僅かである。
空知管内の主要農産品である水稲の栽培が可能になったのは、1924(大正13)年から4年 4ヵ月をかけ、農業者で組織された組合が中心となり、農業専用として全国一の長さの「北 海幹線用水路」(南北総延長80㎞)を建設し、灌漑したことによる。これにより、水稲の作 付面積は拡大し食料増産の社会的要請に応えてきた。
しかし、土質・農業規模・農地の流動性等において、北部と南部では異なる。南部は泥 炭地が多く、土地改良によって国内有数の水田地域になったが、偏東風8の影響もあって土 地の生産性が低く、米の品質は一般的に劣り、生産調整の対象とされてきた。経営面では
10~15ha規模の専業農家が多く、第2種兼業農家や高齢農家が北部に比べて少ない。さら
に、圃場整備・大型機械導入の償還残債や集積農地の購入費などが負担となり、北部に比 べ農地の流動性が高く、潜在的な売り手があると考えられている。また、農地価格が安く、
土地は財産というよりは生産手段と位置づけられ、農地を売却した場合は離農するだけで はなく、土地を離れる例が多い(細山,2011)。
岩見沢市と三笠市における主な作物は水稲で、そのほかは小麦・大豆・そば等の畑作で ある。ワイン醸造用ブドウの栽培面積は両市分をあわせても、約20haと僅かである。石炭 産業と鉄道の要所として栄えた歴史があるが、国のエネルギー政策の転換と高度経済成長 下での人口流出が重なり、1960年代から農業就労人口の減少が続き、牧草地などの粗放的 土地利用や耕作放棄地が増え続けてきた。
そうした状況のなかで両市には、農業者による畑作等からの転作や地域外からの新規就
7 2011(平成23)年6月公表,空知総合振興局「空知の概要」による。
8 石狩平野南西部に5月から8月にかけて吹き,米作に影響がある。(北海道米麦協会資料より)
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農者が耕作放棄地等を利用するなどして、2000年代に入ってから比較的小規模な民営のワ イナリーとヴィンヤードが7カ所開設されている。この地域にワイナリー等が集積する理 由の1つに、先に述べた空知南部地域における農地の流動性の高さがある。
(3)ワイン生産の経緯
1)北海道におけるワイン生産のはじまり
ワイン原料となるブドウの栽培については、本章第1節の池田町の気象状況のところで 述べたが、農林水産省の「果樹農業振興基本方針9」によると、ブドウ栽培の基準値は年間
平均気温7℃以上、栽培期間(4月から10月)14℃以上である。このため積雪寒冷期があ
る北海道は、ブドウ栽培に適さないと思われている。
しかし、北海道におけるブドウ栽培の歴史は古く、道南の七飯町ではじまり、開拓使本 庁構内にブドウの苗が移植されて後、1875(明治8)年から札幌官園で本格的に行われた(札 幌市教育委員会,1991)。1876(明治9)年、北海道開拓使が「札幌葡萄酒製造所」を開設し、
翌年には札幌官園のブドウを原料にフランス式の醸造法でワインを製造している。ブドウ 栽培はアメリカ方式で、一定間隔(栽培年により異なる)に苗を植え、それぞれに支柱を立 てツルを結束した(札幌區役所,1911)。1886(明治19)年、製造所と葡萄園はともに民間払下 げとなったが生産は続けられ、明治末期に廃業になった(札幌市教育委員会,1991) 。 その約半世紀後、1963(昭和 38)年に「池田町ブドウ・ブドウ酒研究所」が開設されてか
ら1999(平成11)年までに、富良野市や民間企業など、主に大規模ワイナリー6カ所が開設
された。2000(平成12)年から2012(平成24)年の間には13カ所開設されたが、ブドウ栽培 から生産まで一貫して行う小規模なワイナリー(年間平均生産量:約 15t)が大勢を占め ている。図3に示すとおり、1980年代はじめから1990年代半ばにかけて、大規模ワイナ リーと契約をむすび、稲作や畑作の傍らブドウ栽培をする農家が徐々に増加した。1990年 代末には現在の耕作面積にほぼ等しい400haをこえ、2003(平成15)年以降、ほぼ同じレベ ルで推移している。
栽培技術に関しては、北海道立中央農業試験場10において、1970 年代から適性試験がは じめられ、国内外の90種を超える中から、1981(昭和56)年、寒冷地適性のある4種を優良
9 果樹農業振興の基本的な方向を示す計画で、5年程度で見直され2015(平成27)年4月公表のものが最 新である。
10 1970年当時の名称であり、2010年に「地方独立行政法人北海道立総合研究機構農業研究本部中央農 業試験場」に変更された。