第3章 研究の背景
2 ツーリズムの社会的役割と機能
(1)生産と消費をつなぐ機能に関する論説
本研究では、農村の日常的な生産活動の場で行われる観光による、生産者と消費者との 交流から生ずる創造性に着目しており、創造的関係を「互いの文化的な知識や背景をもと に、生産者と消費者が交流体験を通して触発し合い、地域に潜在する価値を表出させ、考 え方や行動の変容を促す係わり合い」と定義した(第 1章第1節第5項参照)。また、こ れに関連して仲野(2011)は、日本における消費社会システムが地方や都市の周辺部の負担 の上に成り立っている状況に対し、社会正義を再構築することが必要と述べている。
マーケティングの分野の研究では、成熟市場においては消費行動に変化が現れていると し、従前の効用追求型の経済的交換行為から、製品供給者が消費者とともに需要を創造す る「共創」関係の構築と維持が必要であると、和田(2002)は述べている。プラハードら(2004) もまた、生産側が価値を創造してきた体系が、大きく転換していると述べている。そして、
顧客との価値共創こそが、企業競争を優位に展開する源泉であるとし、顧客と企業の両者 をイノベーションの主体と位置づけている。さらに、企業と消費者の関係は、企業が商品 やサービスの価値を創り提供してきた関係から、顧客と企業が一体となって価値を創りあ げる「価値共創」関係に転換していると、プラハードら(2004)は述べている。またその変 化は、消費者の役割が変化したことから生じ、消費者がネットワークを介してつながり、
企業主導による従来の流れと逆の流れが生まれたのだと主張している。
吉田(2008)もまた、消費の対象が「モノ」から「サービス」に移行しているなかで、経 験経済の拡大という変化の先を見据える必要があると説いている。そして時間や空間、場 の概念などのほか、享受者の固有性などを包括し生活の質を高めることが必要と述べてい る。さらに、前記の和田(2002)の主張を踏まえ、青木(2011)は、経験にもとづく価値共創 の関係構築に触れ、生産者と消費者との相互作用で築かれた関係には優位性があり、好循 環につながると主張している。
この生産者と消費者の関係について内山(2006c)は、農村における「産直」を例に、両者
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の関係構築には、地域に基盤がある無事な世界と「地域性を持たない無事な世界」、その両 方を可能とする「場所」を、両者が共同でつくる必要があるとしている。この「無事」と いう表現は、場所の安定と持続を指している。さらに、この場所は空間的なものに限定し ているのではなく、「関係としての場所」を指している。また、地域性を持たない世界は、
交通による移動によってつくられるとしている。その上で、このような地域という表現よ り抽象的概念を帯びた「関係としての場所」における、新しい文化の創造について論じて いる。このように内山(2006c)は、創造性の発現は「関係としての場所」と親和性があると 主張している。
また、遠山(2012)は、職人的なものづくり連鎖の例として、イタリアにおいて成熟分野 とされている日用品等の生産に言及している。そして、地域企業間で企画・生産・販売の 専門分野をつなぎ、国際競争力を持つ製品の設計に反映し、グローバルな市場における価 値の創造について論じている。この創造性を発現するシステムを、地域内における生産者 間のつながり、関係性に照準を合わせ論じている。しかし、それは企業活動の連鎖による 価値向上であり、消費者の役割や関係については言及していない。
一方、佐々木(2014)は、ランドリー(2003)やフロリダ(2007)の創造都市論における、文 化や芸術を活かした問題解決に向けた能力が生まれる場の重要性を取り上げている。そし て、このような機会が得られる農村を「創造農村」と称し、農村における創造性の発現可 能性について、文化経済学の立場から論じている。ここでの「創造農村」とは、住民の自 治と創意、豊かな自然生態系の保全、固有の文化の醸成、新たな芸術・科学・技術の導入、
職人的なものづくりなど多岐にわたる。そして、これら要件を満たし農林業と結合して、
地域経済を自立的循環的に動かすことが、グローバルな環境問題やローカルな地域課題を 解決に導く方策であることを意味している。
この主張と関連するのが、ラスキン(1979)が唱えた固有価値論である。このラスキンの 固有価値論について池上(1993)は、注目すべき点として財が持つ価値だけをみるのではな く、土地や地域が持つ固有性と関連づける重要性について述べている。具体的には、食料 等を生産する者は、土地の形状、土質、風土などの土地の固有性を、認識した上で活用す るよう、ラスキン(1979)が強調していることを指している。池上(1993)はさらに、固有価 値が有効なものとなるには、それを受けとめる能力が必要であり、生産者と消費者との相 互関係を前提にすることが重要と述べている。
その後も池上(2003)は、創造に関する仕事は基本的に手仕事であり、生産性は低いが知
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的所有をもたらすという点で意味があると述べている。そして、固有価値の評価としての 有効価値は、そのものが持つ固有性という生産側が付与するものに加え、その享受能力に よって、価値認識されると主張している。
こうした文化的な考え方との結びつきは、経済学の分野では他の研究領域に比べ少ない ように考えられてきたが、スロスビー(2002)をはじめとする研究成果の蓄積により、文化 は経済の分野において統合され専門領域を成している。スロスビー(2002)は「文化」を2 つの側面から定義しており、1つは、ある集団に共有される態度や信念、慣習、価値観、
風習などから捉えたものであり、もう1つは、芸術など人々の活動や、その活動が生み出 す生産物から捉えたものである。2つ目の定義の含意として、「創造性」、「象徴的な意味」、
「知的財産」の3点をあげている。ここでの「創造性」の考え方は、人々の生活の諸活動 には何らかの創造性を含むというものである。
ワインに限らず多くの製品は、基本的属性にもとづく「便宜価値」で消費者が捉えてい る限り、コモディティ化は避けられない。そのため、生産者はブランドを確立し価値次元 を高度化するため、消費者との信頼関係を築くことが必要である。このことについて和田
(2002)は、「基本価値」をベースに、その上に「便宜価値」があり、さらに特定の製品を消
費すること自体が消費者の充足感につながる「感覚価値」、そして生産者が製品に託すコン セプトとも言える最上位の「観念価値」があるとする、価値体系の概念を示している。ま た青木(2011)は、価値の高度化によるブランド構築の方向性について、機能と感性の2つ の「価値」と、それらを提供するのか共創するのかの2つの「関係性」で捉え、経験価値 の共創と関係性の構築を目指すことにより、コモディティ化を脱することができると説い ている。前述した佐々木(2014)が提唱する「創造農村」は、こうした体系のなかで理解す ることができ、農村における生産活動のなかにも、文化的な体験をもとに生産者と消費者 が共創関係を築き、双方が主体的に働きかけ、互いの潜在力を引き出し合い、創造性を発 揮できる余地がある。
この創造性について苅谷(2004)は、住民が地域課題の解決に向け、自己責任能力を形成 するための「創造的コミュニティのデザイン」をテーマとする論述のなかで、「創造的」の 意味として、①新しいものをつくる知的生産と再生産のプロセス、②自ら考え行動する独 創性と自立性、③議論を積み上げる建設性などをあげている。また茂木(2005)は、創造性 が発現されるには、他者の存在が必要であり、そのプロセスには人と人のコミュニケーシ ョンがかかわっていると述べている(第1章第5節第3項参照)。
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(2)社会的役割からみたツーリズムの機能
一般的に「機能5」は、「物のはたらき」を表す用語として、具体的な事象や固有の役割 に対して広く使われている。社会学分野での「機能」に関する論説は多岐にわたるが、全 体との関係性のなかでの抽象的な面を含め、何らかの社会的役割を果たすという意味で、
既往研究で使われている。また、その働きが課題の存在と解決の必要性を認識したときに 発現する点で、一般的な意味で使われる場合と異なっている。
例えば、芸術の分野において、制作活動と作品の鑑賞を通して、「作者と鑑賞者が相互に 肝胆を照応し相互の結びつきを強める」のは、芸術の持つ社会的な機能の1つであるとの 主張がある(吉岡,1974)。この主張は、制作者が作品に込めた意図を、鑑賞者がその意味に 気づき解釈し、作品を介して作品成立の時間と空間を共有するという考え方にもとづいて いる。
観光関連分野における機能に着目した研究成果としては、Smith(1994)が The Tourism Production Functionを4段階で捉え、資源をもとにしたPrimary Inputsから、中間段階での 施設整備やサービスのOutputsを経て、体験というFinal Outputsに移行する枠組みを示し ている。この枠組みは観光産業からみた機能にもとづくものだが、ワインツーリズムの例 で考えると、原料ブドウの栽培が基盤にあり、ワイン生産施設が整備され、試飲や販売の 施設でサービスが提供され、製品や生産活動について学び体験する機会が提供される一連 の過程に符合している。
その上で、観光 の機能につい て Smith(1994)が示した、The Tourism Production
Functionの4段階、「モノ」としての資源を対象とする段階から、「モノ」に関連する施設
整備やサービスを対象とする段階、さらに「モノ」に関連の体験や文化を含めて対象とす る段階の枠組みを、ワインツーリズムの事例にあてはめたものが表1である。この枠組み に照らして本研究に関連する先行研究を大別すると、ツーリズムの主たる対象が、「モノ」
としてのワインにある「ワインツーリズムに関する研究成果」、ワインと他の地域資源とを 統合し活用する「ルーラルツーリズムに関する研究成果」、人的交流での体験や学習を通し 創造的関係構築に導く「クリエイティブツーリズムに関する研究成果」と、機能の拡張を もとに段階的に捉えることができる。
しかし、Smith(1994)により示された体験のなかのSocial contactsをはじめとする個々の
5 広辞苑(第 6 版)によると、「物のはたらき。相互に関連し合って全体を構成している各要素や部分が有 する固有な役割。また、その役割を果たすこと。作用。」の意味。