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AES の自律性マネジメントの展開における困難と挑戦課題

ドキュメント内 自律性マネジメントの研究 (ページ 111-115)

第六章 自律性マネジメントの展開過程⑴ ケース・スタディ:AES

4 AES の自律性マネジメントの展開における困難と挑戦課題

問題が顕在化したのは1992年である。この年までにAESは米国内に六つの発電プラ ントを展開し,その全てで蜂の巣システムによる自律型のプラント組織を編成していた。

このうち,1991年に稼働を開始したAES第5号の発電プラントであるオクラホマ州ポ トーのシャディ・ポイント石炭炊き発電所(以下シャディ発電所と略記する)において,

排水処理部門を担うチームのメンバー9名が,プラント近隣のポトー川に排出される排水 が環境基準値を超えていたにも拘わらず1年以上にわたりその品質検査結果を偽り,さ らには報告義務のある米国環境保護局に偽造文書を提出していたことが明らかとなった。

これによるポトー川への汚染は確認されなかったものの,環境対策において地域住民や政 府規制機関に対し重い責任を負うエネルギー企業にとって,この不祥事は重大な違反行為 であった261

問題の影響はまずAESの株価に現れた。この不祥事は株主および全従業員に対して報 告されたのち新聞発表されたが,報道に対する株式市場の急激な反応により同社の株式価

格は1日で26.5ドルから16.5ドルへと30%以上も急落し,AESは事件発覚前には14

億ドルに達していた同社の株式時価総額のうち,実に4億ドル以上も喪失した262。 しかしまた,より深刻な影響はAESの自律性マネジメントの展開に対して現れた。シ ャディ発電所の不祥事に対する批判の目,問題の指摘が,会社の管理運営方針,すなわち 蜂の巣システムに表象される自律型のプラント管理システムに向けられたのである。外部 法律顧問や投資銀行といったAESの事業に関係する重要な外部ステークホルダーは問題 が繰り返されるのを恐れて,通常の階層型組織のやり方を採用し,会社の価値観のことは 忘れて,もっと管理監督の形式が整った管理方式を導入するよう要請し,証券アナリスト はAESの経営スタイルを“従業員や会社の価値観ばかり重視して,株主・投資家を軽視 している”と公然と批判した。このような批判は組織外部に留まらず,一部のボード・メ ンバーやプラント・マネジャーなどの内部からも起こっていた。彼らはバッケのやり方に 対する懐疑的な見方を強め,「このような実験はもう終わりにするべきだ」と主張した。

261 Grose, Power to People, 2007, 73-83.

262 Paine, op. cit., 1994, 10-13.

株価への影響の大きさもあって,一部からは蜂の巣システムを推進してきたバッケの解任 を求める声まで上がった263

シャディの不祥事はチェック・システムの機能不全によって起こった問題であり,利害 関係を持つ組織内外の関係者が発電プラントの蜂の巣システムを批判するのは無理からぬ ことであった。実際,排水品質の虚偽報告は問題に関与していた排水処理部門を担う当該 チームのメンバー以外には知らされておらず,他プラントから異動してきた代理マネジャ ーが偶然発見したことで露見したものであり,公式的な監視監督があれば未然に防げる種 類の問題であった。個々の機能部門をチームに自己管理させる,という蜂の巣システムの 原則が適切に機能していないことによって起こった不祥事であることは明らかだった

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だがそれにも拘わらず,シャディの実態を虚心に見ると,問題の根は自律型のプラント 管理システムそのものではなく,むしろ新規プラントを積極拡大するなかで性急に蜂の巣 システムを導入したことによる不首尾にあったことがわかる。すなわち,①プラントに固 有の状況の把握の不足,②蜂の巣システムに対するマネジャーやリーダーの理解不足,③ 現場の従業員に対する新しい働き方への理解・浸透の不足,である。その結果として,シ ャディ発電所は事実上自己コントロールの機能不全に陥っていたのである。

第一に,シャディ発電所には固有の問題として,他の発電プラントに比較して蜂の巣シ ステムを導入する以前に多くの克服すべき課題があった。シャディ発電所は従業員数120 人、320MWの発電能力を持つ,当時のAESが運営する発電プラントのなかでは最大規 模の施設であり,他の発電プラントが100〜180MW,従業員数50人程度で運営されて いる状況と比較して,より複雑な管理が求められた。加えて問題発生当時のシャディ発電 所は稼働してまだ1年と日も浅く,そればかりか採用された作業者の多くは発電プラン トでの専門的な業務経験のない人々だった。シャディ発電所はオクラホマ州のなかでも比 較的貧しい地域に位置し,そこで新たに雇用された人々の多くはシャディ発電所に勤務す るまで低賃金サービス業や販売業に従事していたため,働き方への関心よりは給与の高さ に惹かれて応募していた(シャディ発電所勤務後,彼らの平均時給は6ドルから13ドル へと跳ね上がった)。シャディ発電所以前に稼働を開始したディープウォーター発電所や ビーバーバレー発電所,テームズ発電所などの発電プラントは,経験者の雇用や施設の買 収により作業者をそのまま引き継ぐことで経験豊富な従業員を擁していた。これらと比べ て,シャディ発電所の状況は対照的であった。この点を鑑みれば,シャディ発電所の人々 が蜂の巣システムという社会通念とは異質の組織原理に習熟するには一層の困難があった

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第二に,このような客観的状況にもかかわらず,シャディ発電所のマネジャーやリーダ

263 Bakke, Joy at Work, 2005, 65-83; Grose, op. cit., 2007, 73-83.

264 Paine, op. cit., 1994, pp. 10-13.

265 Ibid.

ー達は,蜂の巣システムに従業員を適応させるための従業員の意識改革や育成に向けた積 極的な努力を行わなかった。プラント・マネジャーはシャディ発電所の従業員の職業的・

地域的背景から蜂の巣システムの導入は困難であると考えていたが,さりとてすでに全社 的な経営慣行になっていた蜂の巣システムを拒否して階層制を導入することもできない状 態であった。発電所開設時に発生した諸々の問題対処に忙殺されて,従業員教育等に積極 的に関与する時間を持てなかったことも状況に拍車をかけ,結果として,シャディ発電所 のマネジャーやリーダー達は従業員の能力や主体的意識を育むための準備のないまま蜂の 巣システムを実行させ,事実上の放任状態になっていた。それは,プラント・マネジャー やリーダー達自身が蜂の巣システムの理念的意義や必要条件を十分に理解していないこと を示すものでもあった266

第三に,技術的な課題に対応するだけの現実的な技能・経験もなく,またそれを支援す るための育成や補助もなしに蜂の巣システムが導入された結果,シャディ発電所の作業者 たちは蜂の巣システムに対する理解を持つことができず,むしろ否定的に反応していた。

発電所の業務に従事したばかりで自己管理的に課業を実行するだけの能力・経験・意識の 水準になかった従業員たちは職務間・チーム間の異動に抵抗し,結果として各チームは他 チームや管理層との関わり合いのないまま運営された。彼らは蜂の巣システムとこれを推 進するバッケへの不信感を強めており,作業手順や明確な責任範囲,監督機能と報告体系 など,能力や経験における未習熟を保障する仕事環境を求めていた。年2回社内で行わ れる従業員向けの意識調査でも,他プラントと比較してシャディ発電所の作業者意識は蜂 の巣システムに対する否定的色合いの濃いものであった267

結果として導かれたシャディ発電所の状況は,自律的に組織を自己コントロールするた めの諸条件と仕組みを持たない不完全なものになっていた。マネジャーが管理統制を行う のでなく,かといって各部門には適切に組織を自己管理するだけの能力がない状況で,事 実上シャディ発電所の管理は真空状態になっていた。排水処理部門のチームで不正が常態 化し,なおかつ他部門のチームや管理者が事態を把握していなかった事実は,縦にせよ横 にせよ組織内に制度としてのコントロールが不在の状態であることの如実な現れであっ た。

蜂の巣システムの成否を左右する重要な課題は,それを遂行するだけの現実的な技能・

経験や主体的な働き方に対する肯定的意識をチームが持ち,管理者がそのための支援・育 成を担い,相互の関わり合いを通じた水平的なチェック機能や統制機能を持つといった,

新しい組織原理に対応する組織能力と仕組みを持つことである。この点において,シャデ ィ発電所の状況は必要条件を満たさない不安定なものであった。シャディ発電所が自律的 に運営されながら同様の不祥事が発生することを防ぐには,このような挑戦課題に対処し

266 Ibid.

267 Ibid.

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