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ABB の歴史

ドキュメント内 自律性マネジメントの研究 (ページ 70-77)

第四章 自律性マネジメントの仕組みと機能⑵ ケース・スタディ:ABB Group…64

⒉ ABB の歴史

171 The ABB Group Annual Report 2015, ABB Group, 2016, pp. 1-21; The ABB Group Annual Report

2014, ABB Group, 2015, pp.ⅱ-ⅳ; 吉原秀樹『国際経営論への招待』有斐閣,2003年,227-229

頁; 榊原清則『経営学入門[下] 第二版』日本経済新聞出版社,2013年,59-63頁; 日本経済新 聞,2015年9月29日朝刊.

172 具体的には,以下の資料のデータに基づいている。The ABB Group Annual Report 2015, op. cit., p.

6; The ABB Group Annual Report 2014, op. cit., p. ⅲ; The ABB Group Annual Report 2013, ABB Group, 2014, p. 8; The ABB Group Annual Report 2012, ABB Group, 2013, p. 8; The ABB Group Annual Report 2011, ABB Group, 2012, p. 8; The ABB Group Annual Report 2010, ABB Group, 2011, p. 8; The ABB Group Annual Report 2009, ABB Group, 2010, p. 6; The ABB Group Annual Report 2008, ABB Group, 2009, p. 6; The ABB Group Annual Report 2007, ABB Group, 2008, p.ⅱ; ABB Annual Report 2006 Financial Review, ABB Group, 2007, p. 12; ABB Annual Report 2005 Financial Review, ABB Group, 2006, pp. 11-12.

100

ABB が創設されたのは 1988 年,スウェーデンを母国とする重電メーカーのアセア社

(Asea AB)と,スイスを母国とする重電メーカーのブラウン・ボヴェリ社(BBC Brown Boveri)という,それぞれの国で一世紀近い歴史を持ち,欧州市場で競合関係に あった二企業が対等合併することで誕生した173。合併前の両企業は重電メーカーとして は中堅の欧州企業に過ぎなかったが,この欧州史上最大の国際企業合併によって,合併後 1年目の全社売上高は178億ドル,純利益3億8,600万ドル,従業員数17万人,事業展 開国数140カ国,50の製品事業,事業所数800と,ABBは合併と同時に業界リーダーの GE やシーメンスと比肩するグローバル重電メーカーの一つに躍り出た。そしてこの時か らABBは,旧アセアCEOとして合併を成功に導き,ABB初代CEOに就任したパーシ ー・バーネビク(Percy Barnevick)のリーダーシップのもと,およそ100年にわたり欧 州でライバル企業として鎬を削ってきた両企業を基盤にして,新生グローバル企業の舵取 りを行うという困難な課題に挑戦することになった174

ABB は合併後まもなく事業の統合再編に着手した。重複事業や不採算事業の売却,幹 部人材の選定,各国間での製品品目の入れ替え,管理・スタッフ組織の人員整理を行う一 方で,合併や事業売却,間接費の削減で得られたキャッシュを元手にして世界各国の有力 な現地企業に対するM&Aや現地企業との合弁事業計画を展開,これにより急速な事業拡 大を進めていった175

この事業拡大戦略を牽引したバーネビクの意図は以下の3つであった。第一に,ABB の主力事業を支える公益系電力会社の発電所新規建設需要はABBの創設当時,10年に及 ぶ長期的な低落傾向にあって業界企業を苦しめていたが,施設老朽化に伴い必ず需要が復 活する,という市場予想をバーネビクは持っていた。第二に,過去の欧州内における電力 事業契約の新規受注はその 95%を現地の有力企業が獲得しており,ABB が来たる需要増 に対応するには,現地企業の買収や合弁事業を通じて現地市場のインサイダー企業として の立場を確立することが必要であった。第三に,現地でのプレゼンスを高めるのみでなく,

それと同時に事業拡大によってグローバル大企業が持つ潤沢な財務資本力やスケール・メ

173 アセア社とブラウン・ボヴェリ社の概要,および欧州市場で競合関係にあった両企業が合併に 至った経緯については,以下の資料が詳しい。Barham, K., and Heimer, C., ABB The Dancing Giant: Creating the Connected Corporation, Financial Times, 1998, pp. 3-37; Tell, F., “From Asea to ABB: Managing Big Business the Swedish Way,” in Fellman, S., Iversen, M. J., Sjögren, H., and Thue, L., (eds.) Creating Nordic Capitalism: The Business History of a Competitive Periphery, Palgrave Macmillan, 2008, pp. 104-136.

174 ABB Asea Brown Boveri Annual Report 1989, ABB Asea Brown Boveri Group, 1990, pp. 3-6;

Barham, K., and Heimer, C., op. cit., pp. 3-37; Lohr, S., “Company News; Giant European Merger to Create Rival to G.E.,” New York Times, August 11, 1987; Simons, R. L., and Bartlett, C.

A., Asea Brown Boveri, Harvard Business School Case, No. 9-192-139, 1992(野村マネジメント・

スクール訳『アセア・ブラウン・ボヴェリ』1頁).

175 Taylor, W. C., “The Logic of Global Business: An Interview with ABB’s Percy Barnevick,”

Harvard Business Review, March-April, 1991, pp. 91-105.

リットを活かし,コスト削減能力やグローバルに開発・発展する技術力などの強みを発揮 できれば,競合する現地企業や他のグローバル企業との競争にも優位に立つことができる,

ということである176

一連の合併・買収事業としては,ドイツ AEG社の蒸気タービン事業の買収(1988年), シーメンスとの原子炉合弁事業(同年),イタリアの電機エンジニアリング企業フラン コ・トシ社(Franco Tosi)の買収(同年)など,創設1年目から 5億4,400万ドルをか けて 15 の事業を獲得した。続いて,イタリアの産業グループ企業フィンメカニカ社

(Finmeccanica)との間で発電,ボイラー,タービン,変圧器の四つの合弁事業会社を 設立(1989 年),イギリス BREL 社の買収(同年)によって欧州市場の一層の拡大を図 っ た 。 事 業 規模 の 小 さか っ た 米国 市 場 を開 拓す る た め に ウェ ス チ ング ハ ウ ス 社

(Westinghouse)の電力供給・送電事業(同年),さらに電力供給事業とプロセス・オー ト メ ー シ ョ ン 事 業 を 扱 う コ ン バ ス チ ョ ン ・ エ ン ジ ニ ア リ ン グ 社 (Combustion

Engineering)の買収を行い(同年),これにより全社売上高に占める北中南米市場の比

率は1988年の12%から1992年には17%,1993年には20%まで伸長した。新興市場の

開拓も積極的に行い,ポーランドやチェコ・スロバキア,旧東ドイツなどの旧東欧諸国で 複数の事業獲得や合弁事業会社の設立を行った(1990〜1991 年)。一連の取引で獲得さ れた事業数は 1990年代前半を通じて150社以上に達し,1997年には世界中に1,000の 完全所有子会社,21万3,000人の従業員を擁する規模にまで事業を拡大した177

このように歴史的な国際企業合併と活発なM&Aによって拡大した多国籍企業の経営に 対し,ABB は他社に類例のない,今日的な視点から見ても極めて革新的なグローバル組 織運営を行った。20 万人規模のグローバル企業に対して本社スタッフ組織が持つ役割を 調整機能のみにとどめ,世界各国に展開する1,000の事業ユニットに大幅な裁量権限・責 任を委譲して自律化し,さらに事業ユニットを最大時には5,000のプロフィット・センタ ーに分割して明確な損益責任を持たせるという斬新な組織改革を行った。こうした事業ユ ニットの自律化を徹底的に進める一方で,組織構造にグローバル・マトリクスを正面から 導入し,世界各国に展開する事業ユニット間で財務資本や人材,技術,機能,情報,知識 などの諸資源のグローバルな調整・連携を行うことでグローバル大企業のスケール・メリ ットを発揮できる組織体制を構築した。買収企業に対しては積極的な組織改革を行うこと

176 Ibid.

177 Taylor, W. C., op. cit., pp. 91-105; Cole, R. J., “Combustion to Merge with ABB,” New York Times, November 14, 1989; Reuters, “Company News; Westinghouse Sells Stake in Unit to Asea,” New York Times, April 13, 1988; Obloj, K., and Thomas, H., “Transforming Former State-owned Companies into Market Competitors in Poland: The ABB Experience,” European Management Journal, Vol. 16, No. 4, 1998, pp. 390-399; Barham, K., and Heimer, C., op. cit., pp.

98-100; ABB Asea Brown Boveri Group Annual Report 1988, ABB Asea Brown Boveri Group, 1989, p.

6; ABB Asea Brown Boveri Group Annual Report 1992, ABB Asea Brown Boveri group, 1993, p. 3; ABB Group and Parent Companies Annual Report 1998, ABB Group, 1999, p. 2;日経ビジネス,1994年1月 24日号,10-22頁; 日本経済新聞,2006年8月26日朝刊.

で巧みに ABB 流経営へのインテグレーションを進め,報告によれば,業績が低迷してい たウェスチングハウスの電力供給・送電事業を買収後4年間で,売上高成長率45%以上,

収益性は 120%改善し,納期遵守率は 70%から 99%まで向上,作業サイクル時間は 70%

短縮,在庫は 40%縮小するという卓抜な業績改善を達成した。旧東欧などの新興市場で も,買収企業に ABB 流の経営ノウハウを浸透させる内部成長戦略と,M&A を中心とし た外部資源活用型の成長戦略を並行させることで,現地市場における高い地位を急速に築 いていった。かくて,1996年のABBの売上高は約337億ドル,純利益は12億3,300万 ドルへと成長した。このように,歴史的な国際企業合併の成功,外部成長戦略と内部成長 戦略の同時追求,実現困難と言われたグローバル・マトリクス経営など,多くの革新的な 取り組みを実践したABBは,「教科書の企業」,「欧州でもっとも尊敬される企業」などと 呼ばれて産業社会から高く評価され,同社を牽引したバーネビクは「スーパースター経営 者」,「欧州のジャック・ウェルチ(Jack Welch)178」との評価を受けた179

178 ジャック・ウェルチは1980〜1990年代を中心に米国GE社のCEOを務めた人物。事業の多 角化によって肥大化し官僚制化の進んでいたGEの組織改革を行い,同社を過去最高の業績まで導 いたことから,米国の伝説的経営者として知られる。詳しくは以下の資料を参照。Slater, R., The New GE: How Jack Welch Revived an American Institution, Richard D. Irwin, 1993(牧野昇訳『GEの 奇跡』同文書院,1993年); Slater, R., Jack Welch and the GE Way: Management Insights and

Leadership Secrets of the Legendary CEO, McGraw-Hill, 1999(宮本喜一訳『ウェルチ——GEを最強企 業に変えた伝説のCEO』日経BP社,1999年).

179 Berggren, C., “Introduction: Between Globalization and Multidomestic Variation,” in Belanger, J., Berggren, C., Björkman, T., and Köhler, C., (eds.) Being Local Worldwide: ABB and the Challenge of Global Management, Cornell University Press, 1999, pp. 1-15; Bartlett, C. A., and Ghoshal, S., The Individualized Corporation: A Fundamentally New Approach to Management,

HarperBusiness, 1997a, p. 17(グロービス経営大学院訳『【新装版】個を活かす企業』ダイヤモン

ド社,2007年); Obloj, K., and Thomas, H., op. cit., pp. 390-399; 日本経済新聞,2001年8月21 日朝刊.

表4-2 ABBの財務データ抜粋(1988〜1998年)

出所:ABBの年次報告書に基づき筆者作成180

しかし,革新的なグローバル経営を実現したとして礼賛された ABB の経営状況は,バ ーネビクが会長兼 CEO から会長に移り,同社の送変電・配電事業グループを牽引してい たヨーラン・リンダール(Göran Lindahl)がABBの二代目CEOとなった1997年頃か ら徐々に揺らぎを見せ始め,2000 年代に入ると深刻な凋落の道を辿ることになった。欧 州諸国の景気後退やアジア通貨危機によって世界景気が減速し,これにより軸足を置いて いた米欧,積極投資していたアジアでの配電機器や産業用制御システムなどの売り上げに 急ブレーキがかかったことで,1997年の純利益は前年比 54%の減少となった。さらに,

おり悪く米国子会社コンバッション・エンジニアリング(1988 年買収)が買収前に製造

180 具体的には,以下のABB年次報告書のデータに基づいている。ABB Group and Parent

Companies Annual Report 1998, op. cit., p. 2, 35; ABB Asea Brown Boveri Group Annual Report 1994, ABB Asea Brown Boveri Group, 1995, p.2; ABB Asea Brown Boveri Group Annual Report 1993, ABB Asea Brown Boveri Group, 1994, p. 3; ABB Asea Brown Boveri Group Annual Report 1992, op. cit., p. 3; ABB Asea Brown Boveri Group Annual Report 1991, ABB Asea Brown Boveri Group, 1992, p. 3; ABB Asea Brown Boveri Group Annual Report 1990, ABB Asea Brown Boveri Group, 1991, p. 1; ABB Asea Brown Boveri Group Annual Report 1989, ABB Asea Brown Boveri Group, 1990, p. 4; ABB Asea Brown Boveri Group Annual Report 1988, op. cit., p. 6.

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