第三章 自律性マネジメントの仕組みと機能⑴ ケース・スタディ:AES Corporation
⒈ 全社の階層構造と本社スタッフ組織
株価急落と経営危機に対する責任を取り,金融市場で失われた信頼の回復を図るために,
創設者として同社を急成長に導いたデニス・バッケは辞任を余儀なくされ,また負債を削 減するためにウガンダやグルジアなどの不採算事業を中心に創業以来初の事業売却を行う ことになった。その後,エンロン・ショックによる連想的猜疑心が徐々に緩和されたこと もあり,2002 年 10 月には一株当たり 1 ドルを下回るところまで落ち込んでいた株価も 2003年5月には8ドルまで回復,破綻の危機を脱することとなった101。
⒊ 分析の焦点
以下では,グローバル企業として自律性マネジメントに正面から挑戦した企業である AES の経営組織を,同社がもっとも急速に成長し,かつ積極的に自律性マネジメントに 取り組んだ時期である 1990 年代中頃〜2002 年を中心に考察する。分析の焦点は三つあ る。一つは,グローバルに事業を展開し,1990 年代を通じて加速度的に事業を拡大した AES は,どのような組織構造,組織文化を形成していたのかを明らかにすることである。
もう一つの焦点は,現場組織レベルに徹底して自律性を与えた AES においては,グロー バルに展開する事業ユニットやプロジェクト組織は,どのように機能していたのかを明ら かにすることである。最後に,上述の議論で概観したように,結果だけを見れば,AES は 1990年代を通じた高効率の発電所運営,急速な事業成長という成功面と,その後破綻 の危機に瀕するという失敗面を併せ持つ企業である。それでは,この成功面と失敗面は,
同社の自律性マネジメントの取り組みとどのような関連性を持つのか。これが三つめの焦 点である。まずはAESの組織構造から検討していこう。
2 AESの組織構造
⒈ 全社の階層構造と本社スタッフ組織
Downes, A. B., and Goodman, J. E., Dictionary of Finance and Investment Terms: 7th Edition, Barron’s
Educational Series, 2006(西村信勝・井上直樹・田中志ほり訳『バロンズ金融用語辞典第7版』
日経BP,707頁,857頁).
100 Grose, S., op. cit., pp. 124-139; Bakke, D., op. cit., pp. 205-226; Grant, R. M., “AES Corporation: Rewriting the Rules of Management,” in Grant, R. M., Cases to Accompany
Contemporary Strategy Analysis 5th Edition, Blackwell Publishing, 2005, pp. 354-378; O’Tool, J., and Lawler, E. E., The New American Work Place, Palgrave Macmillan, 2006, pp. 166-167; AES Corporation 2002 Annual Report Form 10-K, AES Corporation, 2003, p. 35.
101 Grose, P., op. cit., pp. 140-147; Bakke, D., op. cit., pp. 205-226; AES Corporation 2001 Annual Report Form 10-k, op. cit., p. 34; AES Corporation 2002 Annual Report Form 10-K, op. cit., p. 4, p. 35;
AES Corporation 2003 Annual Report Form 10-K, op. cit., p. 35; AES Corporation 2004 Annual Report Form 10-K, op. cit., p. 39; AES Corporation 2005 Annual Report Form 10-K, op. cit., p. 39; Gunther, G.,
“AES’s Powerful Comeback,” Fortune, October 19, 2009.
自律性マネジメントを実践する AES の試みは,まずもって同社の階層を極端に削減し たスリムなライン組織と,スタッフ機能の中央集権化を抑えた本社スタッフ組織に現れて いる。図3-1は2001年前後の時点におけるAESの組織構造を示している。全社の最上位 層には会長サントと CEO バッケの両創設者が位置し,通称コア・ビジョン・チーム
(Core Vision Team)と呼ばれる最高意思決定機関を構成する。コア・ビジョン・チーム の下には,同社で「グループ(Group)」と呼ばれる地域別の事業統轄本部が展開する102。 グループはグループ本部オフィスおよび地域内の展開国ごとに複数のオフィスを構え,グ ループ・マネジャー一名と十数名のアシスタントによって運営される。グループの基本的 役割は地域内の事業ユニット(後述する発電所組織とプロジェクト組織)に対する調整・
サポート役であり,報告系統でCEOに繋がっている。2000年時点では世界で17グルー プが展開しており,例えばAES アメリカズ・グループ(AES Americas Group)では,
ポール・ハンラハン(Paul Hanrahan)をグループ・マネジャーとし103,本社アーリン トンとブラジルのベネズエラの二ヶ所にオフィスを構えている。管轄範囲にはコロンビア,
エクアドル,パラグアイ,ペルー,ベネズエラ,およびブラジルの一部地域があり,ブラ ジル,ベネズエラ,コロンビアに五つの発電施設と二つの送電施設を展開,また同地域内 で事業開発を行うプロジェクト組織にとっての所属先にもなっている。この組織構造では,
グローバルに展開する現場の事業ユニットに対するライン上位組織は二階層しかない。ま た,後述するように発電所組織内部は発電所マネジャー,チーム・リーダー,チーム・メ ンバーの三階層のみである。つまり,階層底辺の従業員からライン・トップまでは三つの 階層を挟むのみと,階層型管理組織の程度を抑えた非常にシンプルな構造であり,外観的 な組織構造からでも現場の事業ユニットの裁量権限が極めて強い組織体制を採用していた ことがわかる104。
なお,2001年の財務危機以降は組織改編を行い,CEOの直下に四人のサービス事業分 野別の COO を設置し(長期契約に基づく発電事業(contract generation),短期取引型 の電力供給事業(competitive supply),大規模公益系事業(large utilities),送電事業
(growth distribution)),地域別に展開するグループに対してこれら四つのサービス事業 分野がグローバルに横串を通すマトリクス体制を導入した105。また,2012 年からは,グ ループを六つの地域別SBU(Strategic Business Unit)に編成し,それぞれがCEOと報
102 資料によっては「ディビジョン(Division)」と名称することもあるが,AESの年次報告書で は「グループ」と表記されるのが通常であるため,本研究では「グループ」で統一する。
103 ハンラハンはバッケが辞任した2002年からAESの三代目CEOに就任した人物である。
104 グループに関する記述は,以下の資料を参考にしている。O’Reilly, C., and Pfeffer, J., op. cit., pp. 151-174; Grant, R. M., op. cit., pp. 367-371; AES Corporation 2000 Annual Report, op. cit., p. 19;
Pfeffer, J., Human Resources at the AES Corporation: The Case of the Missing Department, Stanford Graduate School of Business Case, No. HR-3, 1997, p. 14.
105 AES Corporation 2001 Annual Report Form 10-K, op. cit., p. 3; Grant, R. M., op. cit., pp. 375-376.
告系統で繋がりながら地域内の事業に経営責任を持つ大幅な組織改編を行なっており,い くらか階層型管理組織を強化している106。
図3-1 AESの組織構造——2001年の組織改編前後——
出所:AES Corporation 2000 Annual Report, op. cit., pp. 17-31ほか,複数の資料を参考に筆者作成107。
次に,本社スタッフ組織の小規模化もAES の際立った特徴である。図3-1 にある通り,
事業開発,財務,投資家向け広報,戦略情報などのコーポレート・スタッフ機能は本社の 上級執行副社長(SVP;Senior Vice Presidents)を最高責任者としているが,これらス タッフ機能は原則的に専門部署化せず(会計スタッフ部署のみ設置している),それぞれ 責任者以下五名程度のスタッフで運営される。人事管理,資材購買,予算編成,マーケテ ィング,環境コンプライアンス,戦略計画などのスタッフ機能は本社には置かず,現場ユ
106 AES Corporation 2012 Annual Report Form 10-K, op. cit., p. 10.
107 具体的には,以下の資料を参考にしている。AES Corporation 2000 Annual Report, op. cit., pp. 17-31; AES Corporation 2001 Annual Report Form 10-K, op. cit., p. 3, pp. 28-30; Grant, R. M., op. cit., p.
369; Bakke, D., op. cit., pp. 85-108; Wetlaufer, S., “Organizing for Empowerment: An Interview with Roger Sant and Dennis Bakke,” Harvard Business Review, Vol. 77, No. 1, 1999, pp. 109-123;
Paine, L. S., AES: Hungarian Project (A), Harvard Business School Case, No. 9-300-045, 2000, p.
18.
CEO
P/
AES AES AES AES 13
15 20
15 20
EDC COO
2001 2001
ニットに完全に分権化されている。このように本社へのスタッフ機能の集中化を抑えた結 果,本社従業員数は 40〜70 人程度になっていたという。戦略計画グループ(Strategic Planning Group)とは長期的なグローバル戦略計画のサポートを役割とする部署で,
SVP のロジャー・ネイル(Roger Naill)以下五人の小規模スタッフで運営され,全社的 な視点から競合他社の状況,各国法制度の変化,技術革新などを調査し,コア・ビジョ ン・チームやグループ,発電所組織,プロジェクト組織に対して戦略計画策定上の情報提 供を行うことが役割であり,戦略計画という字義通りの役割ではない108。なお,2001 年 の財務危機以降はコスト削減部署(Cost Cutting Office)と事業再編部署(Turnaround Office)を急遽設置し,その後も人事管理,資材購買,事業開発,リスク管理といった機 能を本社に集中させる形で設置するなど漸次的に組織改編が進められており,ライン組織 と同様にいくらか中央集権化を強めている109。