第六章 自律性マネジメントの展開過程⑴ ケース・スタディ:AES
3 自律性マネジメントの実践
1986年よりAESは独立系電力会社としての事業をスタートし,1992年までに北米で 六つの発電プラントを買収・建設・運営するなど,順調に事業を拡大していく250。
表4-1 AESの発電プラントの展開(1982〜1992年)
出所:AES Corporation 1996 Annual Report Form 10-K, AES Corporation, 1997, p. 5.をもとに筆者作成。
249 Bakke, D., op. cit., pp. 20-40.
250 AES Corporation 1996 Annual Report Form 10-K, AES Corporation, 1997, p. 5.
この発電プラントの運営に対してAESが自律性マネジメントの積極的導入に着手した のは1987年であり,事実上この時から“発電プラントでの仕事を楽しいものにする”と いうAESの自律性マネジメントに向けた現実的着想がスタートする。それは同社が最初 の発電プラント,テキサス州ディープウォーターの石油コークス発電所(1986年稼働,
総発電能力143MW)の稼働開始1年後のことであった251。
操業開始直後のディープウォーター発電所は伝統的経営管理方式で運営されていた。こ のディープウォーター発電所は,同社が省エネルギー・コンサルティング事業を営んでい た頃から温めていた発電技術のアイデア(石油の精製過程で産出されるコークスを発電に 用いるという当時としては新規的発電手法)を発電プラントの自社運営によって実施する というコンセプトのもと,プラント運営のための専門的ノウハウの蓄積がないまま開始さ れた施設であった。このため,当時まだ現業の独立系電力事業者としては出発間もない AESは,元化学メーカーに勤務していたその道の専門家を新たにプラント・マネジャー として雇用し,発電プラントの従業員も専門的技能の有無を基準に新規雇用した。プラン ト・マネジャーの指導のもと,発電プラントの運営手法は既存の大手電力会社のやり方
(職場に対するシフト監督者の設置,仕事のやり方に対するマニュアルと作業手順,職務 記述書の作成,時給制,細分化された職務,階層型の命令・報告系統など),要するに伝 統的な管理運営スタイルを踏襲して発電プラントの組織を編成した。有力な独立系発電事 業者の多くは大規模な公益事業系電力会社の子会社であり,それらの会社は親会社の手法 を踏襲していた。このため,独立系電力産業自体は新興の産業であったが,同産業内にお ける発電プラントの運営手法自体は伝統的管理スタイルが普遍的傾向であり,旧態依然的 な管理が行われていた252。
もっとも,ディープウォーター発電所は伝統的管理スタイルで運営されていたものの,
その稼働実績自体は順調であった。石油コークスを利用した熱電併給設備(発電のための 燃料の燃焼に伴って発生する排熱を近隣の工場などに供給する設備,通称コジェネレーシ ョン)は問題なく作動し,初年度の稼働率は産業平均並みの85%,高い安全性と効率性 を維持して電力と蒸気を供給した。86年の発電所の窒素酸化物・硫黄酸化物(酸性雨や 大気汚染など,環境問題の原因になる物質)の排出レベルも連邦政府が定める環境基準値
を50%以上も下回っていた。会社の経営成果としても,1982年時点では35万ドルの赤
字であったのが発電事業の成功によって順調に売り上げを増やし,ディープウォーター発 電所に続く発電プラントの買収・建設も着々と進められ,1988年には100万ドルの純利
251 Grose, P., Power to People: The Inside Story of AES and the Globalization of Electricity, Island Press, 2007, pp. 26-39.
252 Waterman, R. H., What America does Right, Rafael Sagalyn, 1994(野中郁次郎訳『エクセレン ト・マネジャー: 日本に学び,日本を超えた7つの米国企業』クレスト社,1995年); Paine, L.
S., AES Honeycomb (A), Harvard Business School Case, No. 9-395-132, 1994a.
益を達成するなど,順調に業績を伸ばしていた253。
このような上首尾の運営状況にもかかわらず,ディープウォーターの稼働を開始して間 もない1987年,プラント運営黎明期のAESは伝統的管理スタイルの抜本的転換を図 る。発電プラントから命令統制と階層制を排除し,現場の作業者が中心になって自律的に プラント組織を管理運営する新しい取り組みの開始である。
この新しい取り組みの推進に主導的役割を果たしたのがバッケであった。当時COOの 仕事の一環として発電所業務の実態を学ぶためにディープウォーター発電所を訪れていた バッケは,官僚機構や階層組織,複雑なルールやマニュアルのもとで運営される発電プラ ントの状況を目の当たりにして,自律的に楽しく働くという彼自身の目指す職場のあり方 とは一致しないと考えた。また,競合他社,特に大資本と豊富な経験を基に運営される大 規模公益事業系電力会社の擁する独立系電力事業者に追随したプラント管理手法を取って いたのでは,数十の企業がひしめく競争環境を生き抜くことはできないだろうという目論 見もあった254。
バッケは発電所のマネジャーと従業員に対して,既存の公式的な組織体制と仕事のやり 方を再考し,一方的に与えられる作業マニュアルや職務記述書,シフト監督者を撤廃し,
現場の作業者がタスクの割り振りや作業時間,休暇,資本収支予算などの管理を行い,必 要な決定を行えるような体制を導入することを求めた。当初マネジャーや監督者を中心に 混乱があったものの,上記の方向性に合わせた具体的なやり方については一任するという バッケの方針もあり,ディープウォーター発電所の改革が取り組まれた255。
改革後のプラント組織は,「蜂の巣システム(Honeycomb system)」と呼ばれる,チー ムによる自己管理を通じてプラントを管理運営する手法を採用した。その名称は,一つの 蜂の巣を発電プラントに見立て,蜜の採集や個々の巣穴の管理(つまり,発電業務や職場 の管理)といった諸々の仕事を、自分の裁量で自由に飛び回りながら協力して行うとい う,蜜蜂とその巣を比喩している256。発電プラントの業務はタービン設備,制御室,不 純物除去,水処理,環境浄化といった機能部門ごとに分かれるが,これら個々の機能部門 を巣=チームとして,チーム・リーダーを中心に10〜20人のメンバーで編成し,このチ ームを通じた柔軟な協働によって課業を遂行し,仕事の割り振りや休暇のスケジュール,
残業,さらには採用,購買,保守,安全管理,取引先の対応など,それまでスタッフ部門 や監督層に一任されていた,あるいはマニュアルによって規定されていた仕事をチームで 自律的に担うことになった。これのみではない。それぞれのチーム間には横串が通ってお り,プラント内で個別の機能部門チームを超えた事業部決定や臨時の業務,問題対応など を行う必要がある際には,各チームからメンバーを募ったプロジェクト・チームや委員会
253 Paine, L. S., op. cit., 1994a; Grose, P., op. cit., pp. 26-39.
254 Paine, L. S., op. cit., 1994, pp. 6-7; Bakke, op. cit., pp. 85-108.
255 Bakke, op. cit., pp. 85-108.
256 Ibid.
を編成して対応する。個々の機能部門に対して裁量権限と責任を付与するのみでなく,部 門を超えて水平的に他の部門と組織全体に関与できる仕組みを作ったのである257。 この蜂の巣システムによって,ディープウォーター発電所におけるプラントの構造,機 能,役割は大きく転換した。監督層の撤廃により管理階層は二階層まで削減され,チーム がスタッフ業務を含む課業を担うことで運転部,保守部,技術部や人事部などの各部も廃 止された。プラントの意思決定プロセスを支援するために環境政策,法律,業界の技術革 新といった重要情報が本社から提供され,同時に環境業績,安全性,発電所効率,日々の 稼働率,受注残,kw時当たりの発電コスト,さらには会社の財務状況など,操業状態を 把握するための情報がすべての従業員に共有された。政策や計画を決定し発電所内の状況 を把握するためのミーティングも定期的に開催され,目標達成状況や効率などについての 話し合いが持たれた258。
しかしまた,もっとも重要な変化は従業員の潜在能力の開発に現れていた。各チームの メンバーはプラント内のあらゆる仕事に関与できるよう自主性に基づいて互いの仕事を交 換し,頻繁にチームを異動することで,プラント業務のための広範な技能・知識・経験を 身につけた。アドホックに編成されるプロジェクト・チームや委員会はプラントが担う課 業の拡大に寄与し,プラント内の余剰資金の投資や新規事業開発のための資金調達など,
本来発電プラントに要求される仕事を超えた,より複雑で専門的な知識を要するプロジェ クトまでその仕事の幅を広げた259。
この蜂の巣システムは,ディープウォーター以降に稼働を開始したビーバーバレー発電 所やテームズ発電所などすべての発電所に展開され,結果としてAESの発電プラント事 業の経営成果を飛躍的に高めていった。当初は産業平均並みの83%だったAESの発電所 稼働率平均は,1991年には88%,1992年には93%まで上昇し,カリフォルニア州のプ ラサリタ発電所では92年夏の電力ピーク時に稼働率100%という驚異的数字を達成し た。発電量の増加とコスト管理の強化によって全社コスト効率も業界水準を上回り,事故 率は業界平均を33%下回り,汚染物質の排出レベルは連邦政府の定める基準を53%下回 った260。こうしためざましい効率は,発電所内チーム・メンバーの業務遂行意欲の高さ と,知識やスキル面でのチームの成長によって実現されていたと推定される。
以上のように,バッケの着想からスタートした取り組みは高い成果を上げた。とはいえ この時点ではまだ自律性マネジメントを基本思想とするプラント運営はあくまで模索段階 であり,会社内外において十分な承認を得たものではなかった。事実,後述するように,
257 Ibid.
258 Paine, L. S., op. cit., 1994a; Pfeffer, J., Human Resources at the AES Corporation: The Case of the Missing Department, Stanford Graduate School of Business Case, No. HR-3, 1997.
259 O’Reilly, C., & Pfeffer, J., Hidden value: How great companies achieve extraordinary results with ordinary people. Boston, MA: Harvard business school press, 2000.(長谷川喜一郎・廣田里子・有 賀裕子訳『隠れた人材価値 高業績を続ける組織の秘密』翔泳社,2002年)
260 Paine, L. S., op. cit., 1994a, pp. 9-10; Waterman, R. H., op. cit., 1994.