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ABB の現地事業会社

ドキュメント内 自律性マネジメントの研究 (ページ 82-85)

第四章 自律性マネジメントの仕組みと機能⑵ ケース・スタディ:ABB Group…64

⒉ ABB の現地事業会社

次に,ABB のマトリクス組織構造を構成する各階層・各組織単位はどのような特性を 持ち,どのような役割を担っているのかを詳述していこう197。なお,ABB は創設以来頻 繁に組織改編を行なっており,マトリクス構造にも度々修正が加えられ,時期によって製 品別事業と国・地域別事業の二軸の権限関係は異なる198。以下の議論では同社のマトリ クスを構成する製品別事業軸と国・地域別事業軸がほぼ同程度の権限関係にあった 1988

〜1997年の組織構造を対象に検討していく。

まずはABBの現場事業ユニットである現地事業会社から見ていこう。ABBは世界中で

約1,000の現地事業会社を展開している。各現地事業会社はそれぞれが担当するABBの

製品を持ち,自ら製品の開発,生産,販売を行う事業単位となっており,各国製品市場に 密着した事業活動を行う。各現地事業会社は損益計算書と貸借対照表を持つ独立法人とし て組織され,実体組織としては持ち株会社である国別法人に所属する形で特定の国に拠点 を置き,現地事業会社の社長である前線マネジャー1名に率いられる199

図4-1にもある通り,この現地事業会社は国・地域別事業軸と製品別事業軸の結節点に 位置している。ABB の組織構造は,一方では国境を超えたグローバルな視点から製品事 業の効率的な運営とグローバル製品戦略に責任を負う製品事業軸を置き(ビジネス・セグ メントとビジネス・エリア),他方ではABBが展開する各国市場に密着して現地事業の財 務業績向上に責任を負う国・地域軸を置いた(ビジネス・リージョンと国別法人),二軸 による多元的な命令報告系統を持つ典型的なマトリクス組織である200。よって,製品別

196 The ABB Group Annual Report 2007, op. cit., p. 5; The ABB Group Annual Report 2011, op. cit., p. 9;

The ABB Group Annual Report 2014, op. cit., p. 82; The ABB Group Annual Report 2015, op. cit., p. 77.

197 ABBは創設当初からグローバル・マトリクスによる組織構造の導入に正面から取り組み,優れ

た経営成果と経営危機の両方を経験した稀有な事例である。このため,同社はマトリクス組織の効 果と困難性を顕著に示す代表的実践例として,しばしば既存研究に取り上げられる。例えば以下の 文献を参照。若林直樹『ネットワーク組織——社会ネットワーク論からの新たな組織像』有斐閣,

2009年,74-78頁; 大滝精一「いかに国際化するか——ABB」東北大学経営学学習グループ『ケー スに学ぶ経営学』有斐閣,1998年,142-157頁; 高橋琢磨『戦略の経営学 日本を取り巻く環境変 化への解』ダイヤモンド社,2012年,342-347頁; 榊原清則,前掲書,2013年,59-63頁.

198 例えば,1994年には欧州に二ヶ所,北米,アジア太平洋の計四拠点に地域別本部を設置して 国・地域軸の権限を強化したが,1998年にはこれを撤廃し,製品事業軸を強化している。以下を 参照。日本在外企業協会編,前掲書,1999年,86-95頁.

199 Taylor, W. C., op. cit., pp. 91-105; Barham, K., and Heimer, C., op. cit., pp. 58-94.

200 マトリクス組織の定義については,以下の資料を参照した。Davis, S. M., and Lawrence, P. R.,

事業と国・地域別事業の両軸の結節点である現地事業会社は,グローバル・スケールでの 効率性を志向し,新製品の開発や強い製品技術の蓄積・発展,国境を超えた購買体制の構 築など,比較的長期的な視点に立った製品戦略を立てる製品別事業軸と,各国市場に密着 した事業活動や雇用維持,ステークホルダーへの対応,国・地域に限定した比較的短期的 な業績を追求する国・地域別事業軸から,しばしば相反する要請を受ける難しい立場にあ る。

しかしながら,ABB の現場事業ユニット=現地事業会社は製品別事業と国・地域別事 業の二軸によるマトリクス・ボスから一方的な命令統制を受けるような,単なる現場オペ レーションの実行役(operational implementers)というわけではない。ABB の現場事 業ユニットは,前述の「徹底した分権化」という組織哲学に一致した,高度な裁量権限と 達成責任・説明責任を持つ自律的な組織単位となっている201

まず注目するべきは各現地事業会社が持つ高度な裁量権限である。前述の通り,ABB の本社スタッフ組織は現場事業ユニットに対して介入する役割は持たず,マトリクス上の 階層型管理組織(グローバルな製品事業分野を担うビジネス・セグメントとビジネス・エ リア,地域別事業分野を担うビジネス・リージョンと国別法人)もそれぞれマネジャー以 下5名程度で運営される小規模な組織単位である。このような小さなスタッフ組織,薄い 管理組織を反映して,各現地事業会社は基本的に自前主義で必要な機能を担い,自律的に 組織運営を行う。各現地事業会社は研究開発,マーケティング,財務,生産,販売に対し て大きなコントロール力を持ち,新規採用や人材育成など事業ユニット内部の人事管理の

95%,研究開発予算の 90%を掌握する。さらに,各現地事業会社は前線マネジャーを議

長として,ビジネス・エリア・マネジャー,カントリー・マネジャー,さらにビジネス・

エリア内の主要な現地事業会社の前線マネジャーを構成メンバーとした,現地事業会社に おける重要事項の決済を行う擬似的取締役会である「運営委員会(Steering Committee)」 を持つ。このような広範な裁量権限を持つ ABB の現地事業会社は,実質的な企業内企業 となっていると言えるだろう202

このような現地事業会社の高度な裁量権限の中でも,特に注目するべきはその財務面の コントロールにおける自律性である。各現地事業会社は自社の損益計算書と貸借対照表に 対する全責任を有しており,自らキャッシュフローの管理や親会社への配当支払い,為替 エキスポージャー,借入金などの財務マネジメントを行う。各現地事業会社は必要とあれ ば外部から独自に資金を調達すること,さらに毎年の総利益額に対して平均 30〜40%を

Matrix, Addison-Wesley, 1997(津田達男・梅津祐良訳『マトリックス経営——柔構造組織の設計と 運用——』ダイヤモンド社,1980年,6頁); 沼上幹『組織デザイン』日本経済新聞出版社,2004 年,257-264頁.

201 Bartlett, C. A., and Ghoshal, S., “The Myth of the Generic Manager: New Personal Competencies for Management Roles,” California Management Journal, Vol. 40, No. 1, 1997b, pp.

92-116.

202 Bartlett, C. A., and Ghoshal, S., op. cit., 1997a, pp. 17-34, pp. 183-209.

内部留保として蓄積し,自己資本の管理とそこからの投資を行うことまで認められている。

これによる財務的自由度を持つことで,通常は本社が現場事業ユニットを統制するための 手綱として利用される財務面についても,ABB の現地事業会社は高いコントロール力を 持っているのである203

このように現地事業会社が自ユニットに対する高度なコントロール力を持つことの重要 な意味は,前線マネジャーと現場事業ユニットを,上位マネジャーから与えられた計画を 管理監督下でただ実行するのみの被統制的な立場から,自社独自の戦略計画を立て,財務,

技術,人事における自由度を活用して新製品や新技術の開発,あるいはそのための長期的 視点に立った人材育成を行い,自社の業績を向上させるために生産性の改善や事業規模の 拡大に取り組む,自律的で企業家的な立場へと転身させることにある204

例えば,米国に拠点を置いて継電機器事業を展開する現地事業会社の ABB リレーズ

(ABB U.S. Relays)社では(前述のABBが買収したウェスチングハウス社の継電機器 事業部門),前線マネジャーであるドン・ジャンス(Don Jans)のリーダーシップのもと,

自社の戦略的自由度と財務的な柔軟性を最大限に利用してマイクロプロセッサー技術を活 用した新製品の開発に対する技術投資や人材開発を行い,革新的なソリッドステート製品 の開発に成功した205

このような高度なコントロール力と合わせて,ABB の現地事業会社が持つもう一つの 重要な特性に,事業ユニットの小規模性がある。前述のように ABB の現地事業会社は全

世界に1,000社が展開するが,この膨大な事業ユニット数は合併・買収による事業拡大の

結果というのみでなく,各国に展開する個々の事業ユニットが小規模性を維持できるよう 組織的・意識的に分割した結果でもある。

各現地事業会社は毎年平均して 2,500〜2,800 万ドルを売り上げる規模を持つが,それ ぞれの従業員数は平均200人程度に保たれている。これにより,事業ユニット内部の組織 運営に対する階層型管理組織の必要性を抑え,各ユニットの機動性や柔軟性といった有機 的な組織能力を発揮しやすくしている。さらに,ABB では現地事業会社に対してプロフ ィット・センター制を採用しており,各現地事業会社は損益責任を負った平均 4〜5 のプ ロフィット・センターに分割され,平均 200 名の現地事業会社従業員はこのプロフィッ ト・センターに所属することになる。各プロフィット・センターはそれぞれプロフィッ ト・センター・マネジャーと5名程度の機能別マネジャー(技術管理,購買,マーケティ ング,品質管理など)によるマネジメント・チームのもと 40〜50 人程度で運営され,年

間500〜700万ドルを売り上げる。50人程度の組織規模は,言うなればやや大所帯のチー

203 Bartlett, C. A., and Ghoshal, S., op. cit., 1993, pp. 23-46.

204 Bartlett, C. A., and Ghoshal, S., op. cit., 1997b, pp. 92-116.

205 Bartlett, C. A., and Ghoshal, S., op. cit., 1997a, pp. 17-34, pp. 183-209; Bartlett, C. A., Relays Business: Building and Managing a Global Matrix, Harvard Business School Case, No. 9-394-016, 1993.

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