2002年9月の日朝平壌宣言において、「日本側は、過去の植民地支配によ って、朝鮮の人々に多大の損害と苦痛を与えたという歴史の事実を謙虚に 受け止め、痛切な反省と心からのお詫びの気持ちを表明した」という認識 のもと、「国交正常化の後、双方が適切と考える期間にわたり、無償資金 協力、低金利の長期借款供与及び国際機関を通じた人道主義的支援等の経 済協力を実施し、また、民間経済活動を支援する見地から国際協力銀行等 による融資、信用供与等が実施されることが、この宣言の精神に合致する との基本認識の下、国交正常化交渉において、経済協力の具体的な規模と 内容を誠実に協議することとした」と経済支援の問題が提起された。日本 の対北朝鮮経済支援は、国交正常化後に行われることとなっているので、
ここでも国交正常化が重要なファクターとなる。これまでの中国などに対 するODAの供与の経験から、日本が北朝鮮に対して無償金利協力や借款の 供与を行うに際して、日本企業が当該プロジェクトの主要な参加者となる
ことが予想される。また、民間経済活動に対する融資や信用供与は、累積 債務問題や北朝鮮の外貨不足の問題をある程度カバーする可能性があり、
日朝間の民間経済交流再会のきっかけとなる潜在的可能性を持っている。
しかし、経済支援は無限に続くわけではない。
貿易や直接投資など、民間ベースの経済交流が活発化しなければ、両国 の経済交流は沈滞するしかない。長期的な日朝経済交流を考えた時、経済 支援は、両国の民間経済交流を活発化させていく枠組みを構築する戦略を 立てた上で、それにもっとも資するように行われる必要がある。
◆注釈
1 日朝間の経済交流の歴史については、李燦雨「日朝経済協力の方案」(2002.8)
http://www.erina.or.jp/Jp/Research/Jisyukenkyu/H13/k-13-1.htmを参照されたい。
2 日本にとって北朝鮮が経済交流の相手方として占める位置は非常に小さいので、日本にい ると、ともすれば日本の経済交流が北朝鮮に与えるインパクトの大きさを忘れてしまうき らいがある。しかし、北朝鮮から見れば、日本は中国と並んで重要な経済交流の相手であ り、北東アジアで唯一の先進工業国なのである。
3 財務省貿易通関統計による。2001年のデータについては、財務省貿易通関統計と表1、2の KOTRAの統計に大きな違いがある。これは、日本からのコメ支援の額を、財務省貿易通関 統計では、日本の国内価格で計算しているのに対し、KOTRAの統計は、日本政府が国際機 関に援助額として申告した国際価格でコメの価格を計算しているからである。
4 2002年9月2日、東京で在日朝鮮合営経済交流協会と東アジア貿易研究会が合同で開催した 北朝鮮経済に関するセミナーの席上、北朝鮮で加工貿易を行っている日本企業からの質問 が何件かあった。その質問の内容から、行っている業種等が判明した。
5 『毎日新聞』2002年9月18日付。
6 『毎日新聞』2002年9月18日付。
7 朴貞東『北韓の経済特区−中国との比較』(韓国開発研究院、1996)44〜45頁。
8 『月刊朝鮮資料』1980年12月号、35〜36頁。
9 同上、37頁。
10 同上、36頁。
11 金正日『人民生活をさらに向上させることに対して』(朝鮮労働党出版社、1984)1頁。
12 金正日 前掲書 2頁。
13 金正日 前掲書 6頁。
14 『月刊朝鮮資料』1984年3月号,15〜24頁。
15 訪問した国はソ連、ポーランド、東ドイツ、チェコ・スロバキア、ハンガリー、ユーゴスラ ビア、ブルガリア、ルーマニアである。パクテホ『朝鮮民主主義人民共和国対外関係史2』
(社会科学出版社、1987)214〜219頁。
16 朴三石「在日朝鮮人による合弁事業の現状と課題(上)」『月刊朝鮮資料』1990年5月号,4 7頁。
17 在日朝鮮人の投資は、同胞からの投資として位置づけられ、推進されたことは前述したと おりである。
18 『労働新聞』1998年9月19日付。
19 小牧輝夫「北朝鮮の経済特区実験ー自主的方針下での市場経済限定利用」『アジ研トピック レポート』(1996.3)アジア経済研究所、1〜2頁。
20 拙稿 前掲論文,169〜170頁。
21 自由経済貿易地帯法(1993年制定)第2条。現在の羅先経済貿易地帯でも変更はない。
22 李燦雨「1990年代の北朝鮮の対外経済協力関係と経済政策の動向」『朝鮮半島の将来と国際 協力』(笹川平和財団、2002)87頁。
23 韓国では、開城工業地区の造成費やインフラ整備にかかる費用が莫大なため、国内の他の 工業地区に比べて、入居者の負担が大きいという問題点が提起されている。同時に、ソウ ルから70キロメートルしか離れていないという立地条件から、ソウルからもっとも近い新
規開発できる工業地区であるため、労賃が安い水準で提供されれば、それなりに収益性を 維持できるという意見もある。
24 開城工業地区は、ソウルから70キロメートルしか離れておらず、バスでソウルから1時間半 程度で到着する。高麗時代の都がおかれた開城は、文化観光資源も豊富であり、日帰りで の観光コースを設定することも可能な場所にあるため、工業地区の建設よりも、観光業の 方が少ない投資で南北双方に利益の上がる事業ができると、筆者が訪韓した際、複数の研 究者から指摘された。筆者の私見であるが、非武装地帯を越えて、北に入るのは、韓国人 にとっても、外国人観光客にとっても一種のスペクタクルであり、ソウルの人口と外国人 観光客の多さを考えれば、開城観光の需要は少なくないように思われる。
25 例えば,1972年憲法第16条第2項では「国家は,わが国を友好的に対するすべての国と完 全な平等及び自主性,相互尊重及び内政不干渉,互恵の原則で国家的及び政治・経済・文 化的関係を結ぶ。」と規定されているものの,第3項では「国家は,マルクス・レーニン主 義及びプロレタリア国際主義原則で社会主義国と団結し,帝国主義に反対する世界すべて の国の人民等と団結して,彼らの民族解放闘争及び革命闘争を積極的に支持声援する。」と いう規定を持っていた。また第5条では,「朝鮮民主主義人民共和国は,北半部で社会主義 の完全な勝利を成し遂げ,全国的範囲で外勢をはね除けて民主主義的基礎の上で祖国を平 和的に統一して完全な民族的独立を達成するために闘争する。」と韓国でのアメリカ軍の駐 留を憲法規定で否定していた。
26 「朝鮮民主主義人民共和国は、北半部において人民政権を強化し、思想、技術、文化の三大 革命を力強く推進し、社会主義の完全な勝利を成し遂げ、自主、平和統一、民族大団結の原 則から祖国統一を実現するために闘争する。」(1992年憲法第9条)
27 拙稿「朝鮮民主主義人民共和国の対外経済関係法の現状(2)」『ERINA REPORT』vol. 49
(2002.12)参照。
28 「自由経済貿易地帯内でのすべての活動は、同地帯と関連した共和国の法と規定に従う。自 由経済貿易地帯と関連した法と規定に規制されていない事項は、共和国の当該法と規定に準 じる。」(1993年自由経済貿易地帯法第6条)ただし、1999年の改正では、経済活動にのみ、
法規により規制することになった。これは、国家行政、刑事事件など、北朝鮮には社会の すべての活動を法規で規定するだけの条件が存在しないためであると考えられる。
29 この法規集は、1が全国で適用される法規を集めたもので、2が羅先経済貿易地帯のみに適 用される法規を集めたものである。【表1】の1〜23が法規集1、24〜36が法規集2に収録さ れている。
30 2002年9月に訪朝した際の、朝鮮社会科学者協会の法学研究者との交流の際、この問題に ついて質問したところ、字句上の修正が主なので、古い規定と同じと考えてよいだろうと の答えが返ってきた。
31 これまでに南北間では、南北間の経済関連の4つの合意書(投資保障、二重課税防止、清算 決済、商事紛争解決)が2000年11月に南北間で署名されたが、未発効である。