ポストイラクの米外交は、核危機をエスカレートさせている北朝鮮との 全面的な対峙を強いられそうだ。北朝鮮が核カードを次々と切りながら危 機を高める状況を踏まえてみると、93−94年の危機と全く同じように見え る。しかし、10年前のように危機が収まる可能性は極めて低い。なぜなら、
イラク戦争という大きな変数が作用しているからである。イラク戦争の結 果次第で北朝鮮の出方にも変化が予想される。北朝鮮はイラク戦争を見据 えながら新たな行動を見せるに違いない。つまり、イラク戦争のプロセス に合わせて切り得るカードの質が異なると思われるが、残りは実に危険な カードばかりでリスクが大きい。したがって、北朝鮮の核問題がどういう 結果で収まるかが世界の注目を浴びている。
現在、北朝鮮の核開発問題は既にIAEA(国際原子力機関)から国連安 保理に持ち込まれたが、イラク戦争が終わるまで、経済制裁が本格的に議 論されることはない。もし北朝鮮がイラク戦争の始まった時点で本格的に 核施設を再稼動させ、プルトニウムの抽出に着手するとすれば、経済制裁 論は一気に盛り上がるだろう。しかし、一部で論議されているように、長 い間経済制裁に苦しんできた北朝鮮には経済制裁は効き目がない。また、
イラク戦争が終盤に入った段階で、北朝鮮がテポドン2ミサイルを試射し たり75、核燃料工場を再稼動させたりする可能性も排除できないが、その ときの米国は身動きの取れない状態にあるはずだ。北朝鮮の核問題は、イ ラク戦争が終わり、米国が十分動けるようになってからこそ、解決の目処 が付くと思われる。イラク戦争が差し迫っているなか、米国は依然として
「二正面作戦」も辞さないというものの、時間的に見ても国際ルールから 見ても不可能であろう。イラクと同じく、安保理が経済制裁を決議し、さ らに武力行使に踏み切るまでには、それ相応の国際的な手続きが必要だか らである76。北朝鮮の核問題がイラク戦争に影響を及ぼすことを防ぐため にも、米国がイラク戦争と同じタイミングで寧辺の核施設に対して先制攻 撃することはありえないだろう。
ただし、イラク戦争の結果次第によっては北朝鮮の核問題が10年前の米 朝枠組み合意のようなものか、あるいは新たな国際枠組み合意、つまり米 国のいう不可侵の「文書化」を国際社会が認める形か、または北朝鮮のい う米朝両国間の不可侵条約の締結で収まるかが決まるだろう。北朝鮮の核 問題に関する議論の中には、イラク戦を見て金正日総書記が抗戦意欲を喪 失するのでは、という楽観論があれば、むしろその逆で徹底抗戦をするの では、という悲観論もあるようだ77。いずれにしても、予断は許されない。
ポイントは北朝鮮の核問題をどういう手段を持って解決するかにある。
そもそも紛争の解決手段には、武力行使と平和交渉の二つがある。武力 行使について、民族同士である韓国はもちろん、最戦線に置かれるはずの 日本及び伝統的な友好関係を保っている中国やロシアも同調しないと思わ れる。もし国連で安保理決議が出されるとすれば、中国、ロシア、韓国な
どが「第二のフランス」になるに間違いない。そのとき日本政府の出方も 決してイラク問題の対応と同じであることにはなるまい。したがって、北 朝鮮の核問題は国連を中心に「多国間協議」の枠のもとで解決できるだろ う。この時点になれば北朝鮮は第三者の仲介を拒むどころか、むしろ歓迎 すると思われる。核問題の平和的解決こそ、周辺諸国を含む国際社会の利 益であり、我々の一番望ましい結果である。
しかし、北朝鮮の核問題をめぐる交渉が米朝二国間であれ多国間であれ、
94年の枠組み合意のような交渉が成り立つとは想像しにくい。ブッシュ大 統領はクリントン前大統領とは異なる姿勢をアピールするためにも、北朝 鮮に核開発計画の全面的な放棄とともにIAEAによる徹底的な査察を受け 入れさせるだろう。北朝鮮の核問題が解決し、新たな枠組み合意が成り立 つにはこの道しかない。なぜなら、同時多発テロ後ブッシュ政権は大量破 壊兵器の拡散防止を外交の柱に据えているため、「国際社会を欺いて大量 破壊兵器の開発を進めてきた」北朝鮮に譲歩し、言われるがまま見返りを 与える可能性は限りなく低いからだ。そのために、北朝鮮は核開発計画の 全面的な放棄を宣言することによって、米国及び国際社会から国家主権と 現体制の保障を確約されたほうが一番よい選択肢かも知れない。
◆注釈
1 本稿は2003年3月に執筆した。以下、「現在」とは2003年3月時点を指す。
2 このような見方は、日本の識者は殆ど触れていなかったが、小泉首相の訪朝の「架け橋」
役を担っていた外務省元アジア大洋州局長の田中均が2002年10月9日、日本国際問題研究 所主催の報告会にて初めて表明した。
3 日朝国交正常化が実現すれば、長い間不景気に落ちている日本の中小企業は大挙して北朝 鮮へ進出することができる。そこには中国よりも廉価で質の高い労働力が沢山あるため、
日本の企業は大きくコストを減らし利益を上げることができる。
4 「朝日新聞」2002年9月18日。
5 北朝鮮の「核問題」を巡って、米国は従来の立場を一転して北朝鮮との二国間だけの対話 を拒否し、多国間の協議を訴えている。「六者協議」のほか、最近新しく浮上しているプラ ンとしては安保理五常任理事国に、朝鮮半島南北、日本、オーストリア、欧州連合(EU)
の5者を加えた「多国間協議構想」(いわゆる5プラス5)が水面下で進んでいる。「読売新聞」
2003年2月21日。
6 「朝日新聞」2002年9月21日。
7 「朝日新聞」2002年9月18日。
8 「日本経済新聞」2002年10月10日。
9 拉致被害者5人の帰国が「一時」か「永久」かについては、日朝間にまだ隔たりがあるよう である。クアラルンプールにおいて行われた日朝国交正常化交渉の際、北朝鮮の鄭泰和大 使は「拉致被害者5人は一度、平壌に戻すという約束が日本との間にあったのに、日本側は 破っている」と指摘した。「毎日新聞」2002年10月30日。
10 「朝日新聞」2003年3月6日。
11 「朝日新聞」2003年3月6日。
12 「日朝国交正常化交渉要旨」、「毎日新聞」2002年10月30日。
13 「読売新聞」2002年11月28日付の社説。
14 「毎日新聞」2002年10月30日。
15 2003年2月22日、外務省の田中均外務審議官は北京で北朝鮮側と接触し、北朝鮮が米国の 提唱する多国間協議に応じるよう説得したという。「毎日新聞」2003年3月5日。
16 「朝日新聞」2002年11月5日。
17 「毎日新聞」2002年9月23日。
18 ブッシュ政権発足後、北朝鮮は米朝対話が「少なくともクリントン政権終盤の立場レベル で再開されるべきだ」と主張し続けた。笹川平和財団:「朝鮮半島の将来と国際協力」、20 02年3月、P50。
19 朝鮮「労働新聞」2001年6月20日。
20 「朝鮮新報」2001年11月17日。
21 韓国「連合ニュース」2002年2月20日。
22 10月4日、北朝鮮姜錫柱外務次官は訪朝した米国のケリー国務次官に「米朝枠組み合意は既 に無効と考えている」と話したという。「日本経済新聞」2002年10月18日。
23 「日本経済新聞」2002年10月18日。
24 「労働新聞」2002年10月22日。
25 「朝鮮新報」2002年10月30日。
26 「朝日新聞」2002年9月17日。
27 「日本経済新聞」2002年9月19日。
28 「日本経済新聞」2002年9月19日。
29 「日本経済新聞」2002年12月4日。
30 香港「時代週間」2002年11月20日。
31 「日本経済新聞」2002年10月18日。
32 「毎日新聞」(夕刊)2002年11月28日。
33 http://www.nikkei.co.jp/2002-12-5/
34 http://www.asahi.com/international/update/1204/014.html/
35 「朝日新聞」(夕刊)2003年1月10日。
36 この問題について、韓国の軍関係者は「偶然の領空侵犯は考えにくい。偵察か挑発の意図 的行為の可能性が強い」としながら、3月に米韓両国が「フォール・イーグル」など二つの 軍事演習を実施する米韓への「警告メッセージを込めた挑発」との見方を示した。「産経新 聞」2003年2月21日。
37 今回の発射については軍事的威嚇より政治的意味合いと読み取る向きが多い。「日本経済新 聞」2003年2月25日。
38 「朝日新聞」2003年2月28日。
39 米国は今回の北朝鮮の動きは「譲歩を引き出すことを狙った挑発行為の一環」との見方を 示した。「日本経済新聞」(夕刊)2003年2月27日。
40 「毎日新聞」(夕刊)2003年3月4日。
41 「日本経済新聞」2003年3月11日。
42 「読売新聞」2003年3月13日。
43 「朝日新聞」(夕刊)2003年1月10日。
44 「毎日新聞」2002年11月10日。
45 「日本経済新聞」2002年10月28日。
46 「日本経済新聞」2002年10月28日。
47 「産経新聞」2003年1月21日。
48 「日本経済新聞」2003年2月18日。