実際に、新義州が経済開発の窓口として注目されたのは1990年代後半で ある。北朝鮮が深刻な食糧・エネルギー不足に直面した時、中国からの援 助物資は多数が丹東―新義州経由で搬入され、中朝国境貿易にも主にこの ルートが使われている。こうした地理的な条件をみて韓国企業がその将来 性に注目し、中国丹東市に会社を設立し新義州を新しいビジネス拠点とし て開発することをもくろんでいた。最初に注目されたのはIT産業であり、
東北アジア版の「新義州バレー」を造成する計画が2000年初頭に暖まって きた4。
しかし、韓国企業が夢見たビジョンは、金正日総書記の思惑によって密 かに変わっていた。複数の外交筋5によると、2000年5月、金正日氏が総書 記として初めて訪中した際、中朝国境に接した新義州を経済特区にする構 想を、朱鎔基首相に明かし、意見を求めていたところ、朱首相は、つくる なら(南北朝鮮を分断する)38度線上でやるのがいい、韓国に近い開城付 近での開放を先に進めるほうがより大きい経済効果を期待できると助言
し、新義州に隣接する東北地方は中国の中でも労働力が安く市場も十分で ないため、日本や韓国の投資を呼び込めるだけの競争力が保てないと強調 したという。金総書記はこの時、迷っている様子だったという。だがその 後、金総書記は2001年1月に上海訪問後、我が国にも新しい経済特区を作 るべきだと決意し、帰国途中に新義州に立ち寄り三日間も視察しこの地に 決定した。金総書記が中朝国境にそれほどこだわった理由が何かは不透明 だが、この上海訪問の時、初めて改革・開放を賞賛しその成果を肯定した ことから見ると、中国をモデルにするには新義州が最適地だと判断したの ではないかと思われる。
それにしても、なぜ新義州特区は「深âモデル」ではなく「香港モデル」
が適用されたのかは明らかではない。実は、金総書記は80年代深âを訪問 したことがあり、深âが小さな漁村から近代化の大都市に発展したことに ついて非常に賞賛したという。その後、上海訪問で「上海モデル」がまた
図表5−2 『新義州特別行政区基本法』の骨子
【政治】
・国は新義州特区を中央に直轄させる
・特区に立法権、行政権、司法権を付与し、特区の法律制度を50年間変化させない
・防衛と外交は国が行う。国は特区に軍事人員を駐屯させる。特区は旅券を別途発給できる
・国は戦争などの発生時、非常事態を宣言できる
【経済】
・土地と天然資源は国の所有する
・国は特区を国際的な金融、貿易、商業、工業、先端科学、娯楽、観光地として整える
・国は特区に土地の開発、利用、管理権限を付与する。建設総計画は国の承認を受ける
・土地賃貸期間は2052年12月31日まで。その後も企業の申請に基づき延長可能である
・個人所有の財産を保護し、相続権を保障する
・勤労者の最低賃金基準を特区と国の機関が合意して定める
・外貨を制限なく搬出入できる
・国は特恵的税金制度を確立。税金の種類と税率は特区が定める
【機構】
・立法権は立法会議が行使。立法会議議員は住民らの投票で選挙する
・特区の住民権を持つ外国人も選挙権と被選挙権をもつ
・立法会議の決定は1ヶ月以内に最高立法機関に登録、最高立法機関は差し戻して修正させることができる
・長官は特区を代表し、行政的執行機関、全般的管理機関の責任者。任命は最高立法機関が行う
・検察、裁判は特区及びその管轄下の地区が独自で行う
彼の目を引いたのである。しかし、その1年9ヶ月後に発表された『基本法』
からみると、これは「深âモデル」でも「上海モデル」でもなく、紛れも ない「香港モデル」となっていたのだ。その理由については把握するすべ もなく、今までの断片情報によると、新義州特区の初代長官に任命された 中国系オランダ籍の事業家である楊斌(欧亜農業集団公司の創業者)氏の 影響が大きかったといわれている6。楊斌氏は長官に任命された直後に記 者会見を行い、「この保守的な社会主義国家のなかに唯一完全な自由資本主 義経済飛び地を建設する」と宣言した。楊の構想では、新義州特区の「特」
という意味は次の3点にあるという。(1)特区は人事権のみならず、立法、
司法、行政の自主権を持つこと、(2)中国と国境沿いの北新義州の132平 方キロから50万人もの人口を移住させること、(3)欧州の法律体系に模倣 して新しい法律制度を構築し、選挙によって立法機構と行政管理機構を組 織し、裁判官は西側を含む外国から招き入れること、などであった。楊斌 氏は、北朝鮮対外経済合作推進委員会に対して、もし北朝鮮政府が上記の ような構想が実現できるように完全な政策さえ与えてくれるならば、特区 開発には北朝鮮の資金を一銭も使わないと約束したという7。北朝鮮上層 部に信頼が厚く、特に金総書記に信頼されているため、楊氏が提示した条 件を政府が認めたのだと見ることができる。因みに、北朝鮮は新義州特区 開発の初期段階として5年以内に1,500億ドル規模の外資誘致を目標とし、
製造業とはほとんど関係ない賭博、金融、国際物流産業を育成するという8。 楊斌氏の力と国際的人脈に頼ってこの計画目標が立てられたと見られる。
北朝鮮政府が特区設置を発表してから2週間も経たず、皮肉にも友好国 である中国の公安当局は10月4日に特区初代長官の楊斌氏を拘束し、11月 27日には「贈賄、詐欺、農地の不法使用など」嫌疑で逮捕した。世間を驚 かした楊斌長官就任劇は蜃気楼のように終わってしまった。新義州特区は その後任人事が決まらず対外経済推進委員会の管轄になっているという9。