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鴨居 玲論 一自己救済の遍歴の果てに一

ドキュメント内 簡素な表現がつくる多弁なる空間 (ページ 84-115)

第 二 章 注 記

第 二 節 鴨居 玲論 一自己救済の遍歴の果てに一

 少しだけ前に神戸を中心にして活躍した画家に鴨居 玲という男がいた。彼の生まれは 石川県の金沢であった。父親の転勤(新聞記者)の関係で神戸に移り住んできた。学校教 育は神戸や金沢で受けている。彼は生涯を通して、一所に長く落ち着いた生活をすること ができなかった。日本においても何度も転居を重ね、海外ではスペイン・ボリビアなど各 地を転々とした。それはなにも飽き性のなせる技ではなかった。彼は常に何かを求めてい た。常に心が満たされていなかった。そしてそれは終生変わることがなかった。彼の魂は 肉体から離れ、ひとりでに彷径い続けているかのようであった。魂においとけぼりにされ た肉体は、ただ魂の後を追いかけるかのようであった。肉体は日々疲れ果て、ふとその本 体である魂にこう書う時があったことだろう。

 「おい魂よ、そんなにあちこちを駆け巡ってどうしたというのだ。私は君に付いて行く のは疲れてしまったよ。少しぐらい休んだらどうなんだ」と。

 魂は虚無的な笑みを浮かべて肉体に向かってこう言い放っただろう。

〔何を書っている、私の方が君よりも何百、何千倍疲れ果てている」と。

 鴨居 玲を一言で言うと、余りにも魂が先行して走り過ぎ、終生、肉体から魂が離脱し 続けた画家であった。一般的な人間は常に肉体の内に魂を沈め、ある意味では魂の存在を 肉体の内にしまい込むことによって魂のエネルギーを緩和させ、肉体とのバランスを保ち ながら生活をしているものであるが、彼の魂は自分自身の肉体の内に収めきれないほどの 激烈なものであった。魂は精神や理性と同属のものであるが、彼の魂は本能が強すぎたの か、彼の内面にある精神や理性をもってしても、魂を静めることはできなかった。そして、

その魂は生涯において、自身の内なる声を聞き入れなかった。彼の魂は余りにも敏感であ ったので、見聞きしたり、体験したことが何倍にも増幅されて内面に送り込まれていった。

そうした性質を持つ人間によくありがちなこととして、辛く苦しい経験を忘れることがで きないというのがある。普通の人間であれば、神が人間に与えてくれた知恵の一っである 忘れるということを無意識のうちに行い、辛く苦しい経験の責め苦から自分自身を救う自 己防衛の技をもっているものである。しかし、彼は自己防衛が及ぶエネルギー以上に、余

りにも敏感な魂のエネルギーがそれを駆逐し、結局は増幅された辛く、苦しい経験のみが 残されることになった。人間であれば、自分自身の内面には自分自身を救済するための機 能がはたらくはずなのに、最終的には機能せず、結果的に自分自身によって駆逐されてし まったかのようになってしまった。おそらくそれは神経が過敏な人にありがちな極度なま での自己凝視による自己断罪なのだろう。それは自分自身を否定する存在のように感じら れ、やがては自己嫌悪の拡張に広がっていった。「自分はいったい何者か」という問いが、

内面において生涯繰り返され、彼はそれを求めるかのようにして各地をさまよったのでは ないだろうか。自分自身の内面にいる別の自分自身が、常にもう一方の自分自身を無情に も駆逐する、悪辣なもう一方の自分自身を駆逐してくれるのではないかという期待を新し い環境に求めたのかもしれない。いわば一種の転地療法だったのだろう。

 鴨居に限らず、人間であるのならば、生涯を全く一種類の人格だけで通す人間はいない だろう。ある時には食欲な自分がいて、またある時には情け深い自分がいる。対人関係や 環境によって、その都度別の人格が現れる。ほとんどの人はそれに対して、そんなに強く 意識をしないため、今は単にこんな状況だからこんな人格になっている程度に自分自身を

とらえている。確かに、今の自分はどんな人格で、こうした関係によって作られたもので あるなどといった分析を行いながら生きていったのならば、精神が耐えられなくなってし まうかもしれない。忘れることができることや、その場の状況は過ぎ去っていくものであ るといった捉え方をすることは必要な場合がよくあり、人問は無意識のうちに、そうした 取捨選択を行いながら生活の均衡を保っているのであろう。しかし、鴨居はそれを巧みに 行なえなかったのではないだろうか。彼の内面には実に様々な人格が生きていた。あたか も自分という内面の中に建てられた館に住まわせているかのような印象さえ受ける。しか もそれらのものはほとんどが厄介な住人であり、常に問題を起こし、終生彼を苦しめ続け たという印象を受ける。そうした独特の性格は、彼の知られた作品の中では最も古いもの である19歳の時の自画像にすでに表れている。この作品はく夜>(図一30)と題され、

19歳の青年が描いた作品にしては余りにも重厚であり、深刻な印象を受ける。終生、彼 の身の周りの世話をし、精神的な支えであった姉であり、デザイナーの羊子注11)による と、少年の頃からやけに孤独癖が目立っていたらしい。この絵は幸せな青春時代を歩んで いる青年が描く絵ではない。「自分はいったい何者か」といった叫びにも似た自己問答の声 が画面の中から鮮明に聞こえてくるようである。<夜>という絵は、彼のその後の人生を 予感しているかのようにも見える。それも悲惨な予感である。

 その後の画歴において、キャンバスの中には様々な彼の内面の厄介な住人が顔を出して いる。終生描き続けた道化師(図一31)、顔に深い嬢を刻んだおばあさん(図一32)、

泥酔した男(図一33)、扉のない教会(図一34)、狽雑な雰囲気を匂わす怪しげな聖職 者(図一35)、維死する人(図一36〉などである。勿論、それらの厄介な住人は彼自身 であり、フロイトの精神分析注12)のように考えると、無意識のうちに自分のある人格が 姿を変えて現れた、抑圧された自分自身であったのかもしれない。人間であればそんな時、

誰しもが同じ方法でその重苦しい状況を改善しようとする。つまり、嘔吐によってである。

幸か不幸か彼は少年の頃から絵を描くことが好きであった。しかも人並み以上に上手く、

すでに独特なものを持っていた。姉の羊子によると、絵以外にはほとんど興味を示さなか ったらしい。そんな彼であったので、他の人が日記によって嘔吐をするように、彼は絵を 描くことによって内面に苦痛を及ぽすものを嘔吐していたのであろう。彼はその時分から すでにカタルシスを行なっていたのかもしれない。彼の生涯の作品を見れば、カタルシス によって嘔吐されたものであることが痛いほど感じられる。しかもそのカタルシスはお世 辞にも、元々の効用である自己浄化が成されているとはとうてい考えられない。と書うよ りもむしろ、描かれた絵が年を経ていくに従って、益々救いようのないものへと変容して いくところを見ると、そのカタルシスは、本論で述べているカタルシスによる悪循環の中 に完全にはまり込んでしまい、その流れの中に飲み込まれてしまった人の典型的な姿を見 るようである。道化師、老人、酔っ払い、怪しげな聖職者などはカタルシスによって彼の 内面から嘔吐された客体なのだろう。異常とも思えるほどの敏感な彼はそれらの客体を見 た時、自分自身の内面に存在し、自分を否定するもう一人の悪辣な自分の姿であると強く 感じたのかもしれない。カタルシスの悪循環は新たな住人を次々と内面に住まわせ、さら なる嘔吐を繰り返す必要を終生彼に付きまとわせたのだろう。その客体は余りにも生々し く、現実的なもののように感じられる。それらのものを見て何も感じず、その前を素通り できる人がいたとしたら、よほどの幸せな人か、人生を真剣に歩んでいない人か、愚か者 かの何れかである。それらには不気味なまでの生々しい脈動が感じられ、理性や感情によ る論理を近づかせない本能とか直感といった神秘的なものが渦巻き、ある意味では生その ものの告白がある。それほどまでに自己を凝視し、客体化していったのであるから、それ はもはや客体ではなく、鴨居自身そのものである主体と言えよう。彼の毎日はまさに純粋 経験の集積であった。ただし、それはカタルシスの途中の過程における純度の低い純粋経 験であった。彼は他の誰よりも純粋経験の必要性、それが持つ高貴さ、そして裏に潜む悲

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