第 1 章 中国の高齢社会の現状と特徴
第 2 節 中国における高齢化の特徴
3 高齢人口の規模の大きさ
中国は人口大国であるだけではなく、高齢者大国でもある。1950 年、全世界の 60歳以 上の高齢者人口は2億1千万人で、そのうち中国が4,100万人と全体の20%を占めていた。
1975年、全世界の高齢者人口3億5千万人のうち中国は7,400万人(21%)、2000年には 全世界の高齢者人口5億9千万人のうち1億3千万人(22%)と、その後も高い割合を維 持している。さらに、2025 年には、全世界の高齢者人口は11億2千万人、そのうち中国 は2億8千万人と、25%を占めるようになると推測されている。2040年には、平均5人に 1人の割合で、65歳以上の高齢者がいることが見込まれており33、21世紀の前半までには インドに次いで中国は第 2 の高齢者大国になると予測されている。また、表1-3 を見てみ ると、高齢化率の増加に伴って、80歳以上の後期高齢者も増えていくことが分かる。
33 陳立行・柳中権主編(2007)「向社会福祉跨越」社会科学文献出版社 pp.72.
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表1-3 中国人口高齢化推移
年 総人口(億 人)
60歳以上 65歳以上 80歳以上
人口 総人口比率 人口 総人口比率 人口 60歳以上人口 比率
億人 % 億人 % 億人 %
2000 12.70 1.30 10.34 0.91 7.13 0.14 10.44
2010 13.76 1.70 12.54 1.15 8.38 0.12 12.23
2020 14.72 2.50 16.61 1.74 11.83 0.30 12.07
2030 15.24 3.60 23.30 2.44 15.98 0.43 12.07
2040 15.43 4.10 26.52 3.24 20.98 0.64 15.64
2050 15.21 4.40 28.76 3.32 21.81 1.00 22.91
出所:中国人口情報ホームページ(http://www.cpirc.org.cn/tjsj-cy-detail.asp? id=445)より。
4 「未富先老」「未備先老」
世界保健機関(WHO)が発表した「World Health Statistics 2014(世界保健統計2014)」 によれば、中国の国民総収入は世界の2番目に上がったが、1人当たりのGDPはまだ低く、
世界80位であることから、中国は未だに発展途上国であることが明らかになった。
先進諸国が、高齢化社会に入ったときの1人当たりのGDPは1万~3万ドルに達してい たが、中国では1,000ドルに満たないまま(2001年には1042ドル、2006年には2004ド ルに達した34)高齢化社会を迎えた。つまり、中国の高齢化は、経済が富む前に年老いてし まう「未富先老」という特徴を持つといえる。
中国の「未富」は一人当たりのGDPだけではなく、あらゆる面にも現れている。例えば、
都市化、文化教育、衛生の水準、産業構造等である。先進諸国のように経済の発展を遂げ てから、あるいは経済成長や都市化と同時に少子化と高齢化が進行したのとは異なり、つ まり、準備ができる前に年老いてしまう「未備先老」という特徴をも持つと言える。また 吉田らは一人っ子政策による人口政策や人口移動制限などの要因で緩やかな高齢化は不可 能だと指摘している(吉田ら、2000)35。
改革開放政策の結果、経済的な格差が都市部と農村部の間だけではなく、都市間・農村 間においても地域間格差として見られ、さらに同一地域内でも階層格差の増大が顕著に見 られるようになってきており、地域経済のあり方は高齢者の生活にも影響している。しか し、高齢化の進行に伴って中国の社会構造も大きく変わってきている。特に、都市部の産 業構造の変化や計画出産政策の推進などを要因として、核家族、夫婦共働き、一人っ子の 増加、また個人主義的な傾向などの新しい社会現象も見られるようになった。
中国では、伝統的な家族倫理観によって、親の老後は子どもが扶養するという養老意識
34 「中国統計摘要」2007年版より。
35 吉田成良・馬利中(2000)「中国」総務庁長官官房高齢社会対策室『各国の高齢化の状況 と高齢社会対策――高齢社会対策に関する海外動向把握調査報告書――』pp.249-281
31 である「家族扶養」が維持されてきた。高齢者が家庭や社会でも最も尊敬されるべき存在 として、その子や孫が責任を持って扶養の義務を果たすという「孝行」が当然のこととさ れてきた。しかし、高齢化の進展と一人っ子政策により、中国の家族構成は伝統的大家族 から核家族へと変化してきた。2005 年、全国民の1%を対象に人口調査を行った結果によ ると、2000年の第5次人口調査より平均世帯人数が、0.31人減少の3.13人となり、さら に都市部では2.97人にまで減少している。表1-4のように、中国の平均世帯人数が減少し ている背景として、家族倫理観と親孝行に対する意識が大きく変わったことがあげられる。
その結果「空の巣家庭」と呼ばれる一人暮らし高齢者世帯と夫婦のみ高齢者世帯が増えて きており、養老問題は大きな社会問題となっている。
表1-4 平均世帯人数
年 1953 1964 1982 1990 2000 2010 2012
平均世帯人数 4.33 4.43 4.41 3.96 3.44 3.1 3.02 出典:『中国統計年鑑』(1997年~2012年)を参考にして筆者作成
32 第3節 「空の巣家庭」・「失独家庭」とは
研究背景でも述べたように、中国では「空の巣」と呼ばれる一人暮らしの高齢者世帯と 老夫婦のみの高齢者世帯の増加が課題となっている。そこで、本節では「空の巣家庭」に 関する定義、形成した要因、種類と問題点について整理を行う。
1 「空の巣」、「空の巣家庭」、「空の巣老人」の定義
1999年に弘文堂から出版された『福祉社会事典』によると、「空の巣」とは、夫婦家族制 の家族周期において、子どもが成長して家を出て夫婦だけの家族になった期間を、雛が巣 立った後の巣にたとえて「空の巣(エンプティネスト)」という。一方、現在の中国でいう
「空の巣家庭」とは、一人暮らし高齢者世帯、夫婦のみ高齢者世帯を指している。また、「空 の巣家庭」の高齢者は「空の巣老人」と呼ばれる。
2 「空の巣家庭」の現状と形成要因
中国全国老齢事業委員弁公室が2007年12月17日に発表した「中国都市・農村高齢者人 口状況追跡調査」によると、近年中国で「空の巣家庭」が急増していることが明らかにな った。
都市部では、高齢者(60歳以上)だけで暮らす世帯が49.7%(単身8.3%、夫婦41.4%)、 他の家族成員との同居が 50.3%を占めた。このうち都市部では、子どもなどとの同居を望 む高齢者は37.1%、老人ホームなどへ入居を望む高齢者は16.1%であった36。また同弁公室 によれば、2010年の都市部では高齢者だけで暮らす世帯が54.0%に達した。
表1-5 「空の巣家庭」は高齢者総人口を占める割合
2000年 2007年 2010年
都市部 42.0% 49.7% 54.0%
農村部 37.9% 38.3% 45.6%
出典:全国老齢工作委員会弁公室資料より
一方、高齢者は年齢が高くなるにつれ、自立能力を失い、生活上の困難や支障が増え、
介護ニーズが高くなると予測できる。全国人口調査によると、今後の数十年の間に、高齢 者人口は毎年3%のスピードで増え続け、80歳以上の高齢者が毎年5%のスピードで増加す
36 チャイナネット「中国で同居高齢者世帯が急増」より、2007年12月18日
33 ると推測されているが、それとともに「空の巣家庭」率も増えてくると考えられる。した がって、「空の巣老人」の問題は、社会問題として注目すべきであろう。
中国には昔から、「父母在、不遠遊」ということわざがある。「親が生きているうちは、
遠いところへ行かない」という意味であり、「孝」の手本として昔から伝えられている。一 方現代において、経済の発展、転職の頻繁化、人口流動化などにより、生活や仕事のリズ ムが速くなり、社会における競争意識やストレスが大きくなっている。また、物質面の生 活水準が高まることによって、精神面の要求も高まっている。このような中、多くの若者 がファッションや個人主義のような新しい思潮を追求する反面、多くの「空の巣老人」は いまだ伝統的考え方を持っている。二世代間の考え方の違いによる家庭内コミュニケーシ ョンなどの問題が目立つようになり、お互いに独立し、自由な空間に対するニーズが高ま り、伝統的な大規模家庭(三世代同居の家庭)は核家族、小規模家庭へと変化している。
仝利民は以上のことから、「空の巣家庭」が増える主な原因を以下のように整理している
(仝、2006)。
①高齢者は独立し、かつ住み慣れた地域から離れたくない。
②子どもと生活習慣や価値観などが違うため、衝突が起こらないように、独立した生活を 選ぶ。
③住まいが狭いため、一緒に暮らせない。
④子どもは高齢者の面倒を見たくない、一緒に住みたくない。
⑤子どもは就職や就学のために家を離れる。
3 「空の巣家庭」の種類
穆光中は「空の巣家庭」の種類を以下のように分けている。(穆、2002)
①純「空の巣家庭」:独居の高齢者または老夫婦共暮らしの家庭を指す。
②準「空の巣家庭」:子どもは近くにいないが、親戚が近くにいる家庭を指す。
③短期「空の巣家庭」:若い世帯と高齢者世帯が一緒にいる時間によって、分類された家庭 の形態である。例えば、子どもが仕事あるいは出張により、短期間に高齢者だけ家に残さ れた場合である。
④若い「空の巣家庭」:一人っ子家庭の中で、子どもが小さい頃、就学・留学などの原因で、
家から離れたケースである。この家庭は「空の巣家庭」の予備軍となり、「空の巣」になる 期間が長期化する。
34 4 「空の巣家庭」の問題
1)経済的問題
経済的な支援は、高齢者の生存ニーズを満たすうえで保障として重要であり、高齢者の 生活の質を維持するための大切な物質的基礎である。表 1-6 を見ると、都市部の高齢者の
71.5%が年金保障を受けているが、38.0%の高齢者は子どもから経済支援を受けなければな
らない状態にある。
表1-6 高齢者の経済収入源(都市部)
主な収入源
(複数選択)
割合(%)
都市部
年金 71.5
社会補助(もらったことがある) 4.8
家庭(子ども) 38.0
貯金と保険 27.7,3.3
労働収入(個人) 10.0
出典:中国老齢科学研究センター「中国都市部と農村部の老年人口状況一次性抽様調査データ分析」 北 京・中国標準出版社(2003)。
多くの「空の巣老人」が、住居の環境が悪く病気がちであり、収入が低いなどの問題を 抱えている。60代~70代前半の高齢者には、家族と社会保障制度(養老金=年金を指して いる)といった二重の保障があるため、基本的な生活は保障されていると見られる。しか し70代後半の高齢者になると、無職であっために年金収入が無かったり、あるいは早期退 職して年金収入が少なかったりなどの理由から、生活が保障されない高齢者も少なくない。
また、加齢に伴い医療費が増加するが、基本生活を守ることに必死である高齢者は、その 費用が支払えず、病気によって生活環境が悪化してしまうケースも少なくない。さらには、
養老施設の基準料金は貧困の「空の巣老人」の収入よりも高く、介護サービス料が高いた め、日常生活支援の料金さえ支払えない。
2)心理的ケアに係わる問題
「空の巣老人」は、心が満たされず、情緒が不安定であり、加齢に伴う心身機能の低下 や孤独感が強くなることによって、精神不安、偏屈、生理機能低下、食欲低下、睡眠不足 などの総合症状を表す。この総合症状は、「空の巣総合症状」と呼ばれている。この「空の 巣総合症状」が原因となり、憂鬱、閉じこもり、精神的なストレスなどの問題が起こりや すくなり、さらに、精神障害、認知症の誘引にもなるといわれている。
「空の巣総合症状」の原因は、①定年退職後、新しい生活に慣れない、②子どもへの依 存感情は強いが、子どもは常に側にいられない③消極的であるなどの性格上の問題も含め て、生き甲斐を見つけにくいことなどが挙げられる。
加齢にともない、生活面だけではなく、さまざまな面から困難・支障が出てくると考え