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音素とその実現形

ドキュメント内 博士学位論文(東京外国語大学) (ページ 35-58)

第 2

音韻論

本章では、波照間方言の音韻に関して述べる。まず2.1で音素を提示し、続く2.22.3で音節構造と アクセント体系について述べる。2.4でイントネーションについて記述し、最後に2.5で音韻規則につい て述べる。

表2.1: 子音音素目録

唇音 歯茎音 硬口蓋音 軟口蓋音 声門音

閉鎖音 無声 p t k

有声 b d g

破擦音 無声 c

有声 z

摩擦音 f s h

鼻音 m n

はじき音 r

接近音 w j

表2.2: 母音音素目録

前舌 中舌 後舌

狭 i ï u

中 e ë o

広 a

2.1.1 子音音素

子音音素は調音点からみて唇音、歯茎音、硬口蓋音、軟口蓋、声門音の各類に分類され、また調音方法 から見て閉鎖音、破擦音、摩擦音、鼻音、はじき音、接近音の各類に分類される。/z/は、歯茎摩擦音/s/

に対応する有声子音ではなく、無声歯茎破擦音/c/に対応する有声子音と解釈する。このように考える根 拠は、歴史的に/c//z/がクラスを成していると考えるからである。例えば、/zï/「乳」は、後に2.3 述べる通り、平進型アクセントを持つ。波照間方言の平進型アクセントは、語頭に無声子音あるいは母音 が想定され、歴史的に*cïzïの変化があった可能性が高い(麻生・小川2016)。よって、閉鎖音と破擦 音に関して、有声・無声の対立が観察されると分析する3

子音音素に関して特筆すべき点は(1)無声閉鎖音と無声摩擦音が語頭で帯気音として実現する点と、

(2)いくつかの子音音素が、環境によって他の子音音素と中和する、すなわち同じ分節音で実現する点で ある。前者に関しては、各異音を参照されたい。後者に関しては、3つの環境が観察される。/t//i/ 前で口蓋化し、結果として/ci/と中和する。/d//i/の前で口蓋化し、結果として/zi/と中和する。/h/

は/u/の前で唇音化し、結果として/fu/と中和する。形態論的な観点から、明らかに/ti//di//hu/

3 一方で、議論の余地は残る。連濁の音韻規則(2.5.4)には、無声摩擦音/s//z/と交替する例、すなわちsara「皿」という 語が含まれていると考えられるkuzara「小皿」、buzara「大皿」という語が見つかっているからである。連濁によって無声 閉鎖音/c//z/が交替する例は見つかっていない。ただし、無声閉鎖音/p/および摩擦音/f/は、共に連濁によって有声両 唇閉鎖音/b/と交替する例が見つかっているため、連濁の規則だけでは決めかねる。従って筆者は、/z//c/に対応する有 声子音とする歴史的な説明にも耐えうる立場を選択した。

であるものについては、それぞれの音素/ti//di//hu/として扱い、それ以外のものは実現音を優 先し、統一して/ci//zi//fu/として扱う。例えば、これまでの調査では、次に挙げる/uti/「落ち

る」、/ndi/「出る」、/hunu/「あげない」でのみ明らかである。

(2-1) /uti/ [utCi] 落ちる(cf. /uta/「落ちている」)

/maci/ [m5tCi] 待つ(cf. /macu/交替語幹)

/ndi/ [ndzi] 出る(cf. /nda/「出ている」)

/zin/ [dzin]

/hunu/ [fhu

˚n

˚u] あげない(cf. /hi/「あげる」)

/funi/ [fhu

˚n

˚i]

2.1.1.1 閉鎖音

閉鎖音は/p//b//t//d//k//g/6つで、3つの調音点のそれぞれで無声と有声の対立が ある。無声閉鎖音は、帯気音として実現する。2音節以上からなる語でかつ初頭音節が軽音節からなる語

(例えば/pïtu/「人」や/paton/「鳩」など)では、語頭の無声閉鎖音の帯気が後続する母音を無声化す

る(2.2.2)。

■唇閉鎖音

唇閉鎖音には、無声の/p/と有声の/b/2つを認定する。

• /p/

無声帯気両唇閉鎖音:[ph] (2-2) 語頭

/paa/ [ph5:]

/pii/ [phi:]

/puu/ [phu:]

/pee/ [phe:]

/poo/ [pho:]

/pëë/ [phE:]

/pïni/ [ph1

˚n

˚i] ひげ

(2-3) 非語頭

/sïpari/ [sh1

˚ph5Ri] 小便 /tapi/ [th5

˚phi]

/busupu/ [bushu

˚phu] 尻尾 /asïpoo/ [5sh1

˚pho:] 遊びます

/pï/は基本的に語根頭以外の環境では現れない。複合の形態操作を受けた場合は語中に現れうる。

(2-4) /ucïzapïtu/ [uţ1z5ph1

˚tu] 兄弟(/ucïza/「兄弟」+/pïtu/「人」)

/jamatupïtu/ [j5m5tuph1

˚tu]大和人(/jamatu/「大和」+/pïtu/「人」

語中に/pï/が観察される例として、/pïïpï/「とても薄く」というような語が例外的に残る。

(2-5) /pïïpï/ [ph1

˚:ph1] とても薄く(cf. /pïsjaha/「薄い」

このような例は、歴史的には語根の重複という形態操作で説明できる可能性が高い。なぜなら/pïipï/

「とても薄く」に対して、/pïsjaha/「薄い」という語が観察されるからである。/pïsjaha/「薄い」の語 根/pï/が重複したと考えれば、/pïïpï/の語中の/pï/も語根頭と考えられる。重複法に関しては、この 他、副詞に10個程度、動詞に2例見つかっているのみで現代では観察されない。重複については6.6.2 参照されたい。

• /b/

有声両唇閉鎖音:[b]

(2-6) 語頭

/baa/ [b5:] 1st.sg

/bira/ [biR5] ニラ

/busupu/ [bushu

˚pu] 尻尾

/bee/ [be:] 1st.pl.inc

/boo/ [bo:]

(2-7) 非語頭

/aba/ [5b5]

/naabi/ [n5:bi]

/takabu/ [th5

˚kh5bu] 煙草

/abee/ [5be:] あらまあ(感嘆詞)

/abo/ [5bo5] お母さん(/abwa//abo/

■歯茎閉鎖音

無声の/t/と有声の/d/2つを認定する。/ti//di/は、それぞれuti「落ちる」、ndi「出る」とい う動詞語幹で見つかっているのみである4

• /t/

無声歯茎硬口蓋破擦音:[tC]/ _i

4 /ti/に関しては、歴史的に[ti]が実現していた可能性がある。現代の共時態で/ci/と解釈する語の中で、/sitomuci/

[Chi

˚tomutCi]「朝」がある。これまでの調査で、1度だけ/sitomuci/[Chi

˚tomuti]と実現した例を観察した。これは、/ti/

がかつて[ti]で実現していた表れかもしれない。/sitomuci/に関しては、周辺の言語を見ると歴史的に/sitomuti/であった 可能性が高いが、観察されたのはその一度のみであるため、本論文では/sitomuci/として扱う。2.1.1の冒頭で述べた通り、

現在は[tCi]と発音されるものには/ti, ci/があり、本論文では形態論的な観点で/ti/と解釈できるもののみ/ti/と認定する。

無声帯気歯茎閉鎖音:[th]

/t/には、特定の語彙に自由変異として[t:h]が見つかっているが、規則による一般化が現段階ではでき ない。トークンによって短子音で実現する場合と、長子音で実現する場合がある。

(2-8) /ota/ [oth5][ot:h5] いらっしゃった(cf. /o/「いらっしゃる」)

/bata/ [b5th5][b5t:h5] お腹

本節の冒頭で述べた通り、/ti/は形態論的な観点から/ci/ではないことが明らかなものにのみ認定し ている。従って/ti/の例はuti「落ちる」のみである。形態的に/ci/ではなく/ti/だと考えられる理由は、

「落ちる」を意味する[utCi]が、[ut5]/uta/「落ちている」に変化するからである。一方、形態的に/ci/

と分析する語には、例えば「持って」を意味する[mutCi]や、「待って」を意味する[m5tCi]がある。これ らの動詞語幹は、それぞれ[muţ5nu]/mucanu/)「持たない」、[m5ţ5nu]/macanu/)「待たない」

と変化するためそれぞれ/muci//maci/と分析する。

(2-9) [tC]

/uti/ [utCi] 落ちる

(2-10) [th]:語頭

/taa/ [th5:]

/tun/ [thuN]

/tokkin/ [thok:iN] グアバ

(2-11) [th]:非語頭

/sata/ [sh5

˚th5] 砂糖

/butu/ [buthu]

/fute/ [fhu

˚the]

/paton/ [ph5

˚thoN]

• /d/

有声歯茎硬口蓋破擦音:[dý]/ _iかつ先行する音素がV以外 有声歯茎閉鎖音:[d]/上記以外の環境

/di/の例はndi「出る」のみである。例えば、「出る」を意味する[ndýi]が、[nd5]/nda/「出ている」

に変化する。従って[ndýi]/ndi/と分析する。ただし、/ti//ci/に挙げた例のように、語幹末で/di/

と/zi/のペアが観察されないので、形態論的に議論できない。しかし/t//c/の体系性を考慮し、/d/

と/z/と分析した。

(2-12) [dý]

/ndi/ [ndýi] 出る(cf. /ndan/「出た」)

(2-13) [d]:語頭

/daa/ [d5:] 2nd.sg

/duu/ [du:] 体(胴)

/deera/ [de:R5] とても

/doo/ [do:] 〜だよ(助詞)

(2-14) [d]:非語頭

/onda/ [ond5] かご

/jadu/ [j5du]

/agadeguni/ [5g5deguni] ニンジン

■軟口蓋閉鎖音

無声の/k/、有声の/g/2つを認定する。

• /k/

無声帯気軟口蓋閉鎖音:[kh] (2-15) 語頭

/kaa/ [kh5:] 匂い

/kii/ [khi:] 毛

/kuu/ [khu:]

/kee/ [khe:] 井戸

/koozi/ [kho:z1]

(2-16) 非語頭

/sïkara/ [sh1

˚kh5R5] /saki/ [sh5

˚khi]

/taku/ [th5

˚khu] タコ

/sïken/ [sh1

˚kheN]

/sako/ [sh5

˚kho]

/k/には、自由変異として[k:h]が特定の語彙に見つかっているが、規則による一般化が現段階ではで きない。トークンによって短子音で実現する場合と、長子音で実現する場合がある。

(2-17) /gaku/ [g5khu][g5k:hu] 学校

• /g/

有声軟口蓋閉鎖音:[g]

(2-18) [g]:語頭

/gaja/ [g5j5]

/giigi/ [gi:gi] はっきり

/guccee/ [gutţe:] 雄牛

/gokka/ [gok:h5] ニワトリ

(2-19) [g]:非語頭

/iga/ [ig5] イカ

/irigi/ [iRigi]

/kagu/ [kh5

˚gu] かご

/jafugee/ [j5fhuge:] (着物などの)入れ物

2.1.1.2 破擦音

破擦音として無声の/c/と、有声の/z/2つを認定する。/c/は破擦音で実現し、/z/は現れる環境 により、破擦音または摩擦音として実現する。2.1.1の冒頭で述べた通り、/z/は、/s/ではなく/c/と対 を成す。

/c/は語頭で現れる例が見つかっていない。例はすべて語中のものである。

• /c/

無声歯茎硬口蓋破擦音:[tC]/ _i 無声歯茎破擦音:[ţ]/それ以外の環境 (2-20) [tC]

/sitomuci/ [Chi

˚thomutCi] /fuciri/ [fhu

˚tCiRi] 薬

/muci/ [mutCi] 持って(cf. /mucu/「持つ」)

/inaci/ [in5tCi] 海へ(向格助詞/ci/「〜へ」)

(2-21) [ţ]

/fuca/ [fhu

˚ţ5]

/micï/ [miţ1]

/fucu/ [fhu

˚ţu]

/guccee/ [gutţe:] 雄牛

/c/には、自由変異として[tţ]が特定の語彙に見つかっているが、規則による一般化が現段階ではでき ない。トークンによって短子音で実現する場合と、長子音で実現する場合がある。

(2-22) /nicï/ [niţ1][nitţ1]

/gucirumin/ [gutCiRumiN][guttCiRumiN]

• /z/

有声歯茎硬口蓋摩擦音:[ý]/ V_i

有声歯茎硬口蓋破擦音:[dý]/ #_iあるいはn_i 有声歯茎摩擦音:[z]/ V_V1V1/i/以外)

有声歯茎破擦音:[dz]/上記以外の環境 (2-23) [ý]

/uzi/ [uýi]

/deezi/ [de:ýi] 大変

/mugazi/ [mug5ýi] ムカデ

(2-24) [dý]

/zinto/ [dýintho]

/utamanzi/ [uth5m5ndzi] 子ども達 (2-25) [z]

/pïmiza/ [ph1

˚miz5] ヤギ

/azï/ [5z1]

/uzu/ [uzu] 布団

(2-26) [dz]

/zaa/ [dz5:] どこ

/zïï/ [dz1:]

/zoo/ [dzo:]

/ganzan/ [g5ndz5N]

2.1.1.3 摩擦音

摩擦音として/f//s//h/3つを認定する5。摩擦音に有声子音の音素はなく、無声子音の音素の み観察される。

■唇摩擦音

• /f/

無声帯気唇歯摩擦長音:[f:h]/ #_VV, CV_V 無声帯気唇歯摩擦音:[fh]/上記以外の環境6

5/f/を認定せず、代わりに/hw/(音節構造としてはCG)と分析する立場は取らない。理由は、音声的に唇歯摩擦音である ことと、仮に/hw/と解釈した場合、動詞形態を分析する際に問題が生じるからである。例えば、nuf「寝る」という動詞に 継続の補助動詞1が後続する補助動詞構文nuf-j a(寝る-cvb継続1)「寝ている」は、/nuhwja/CN.CGGN)と解釈さ れ、渡り音が2つ現れることになる。渡り音はその性質上、2つ現れるとは考えにくい。

6/sïfuku/「蜘蛛(巣吹き)」は、[sh1

˚fhu

˚ku]で実現する。[fh]が実現している点に関しては、形態素境界の初頭が語頭と同様 に解釈されのか、先行する形態素が/sïï/「巣」であるためなのか、どちらとも判断しがたい。/sïï//sï/に短母音化する理 由は、短母音化の音韻規則による。

(2-27) [f:h]:語頭

/faa/ [f:h5:]

/fii/ [f:hi:] 降って

/fuu/ [fhu:] 降る

/foo/ [f:ho:] 降ります

(2-28) [f:h]:非語頭

/nufa/ [nuf:h5] 寝よう

/mafa/ [m5f:h5]

/nufi/ [nuf:hi] 寝て

/nufoo/ [nuf:ho:] 寝ます

(2-29) [fh]

/fuca/ [fhu

˚ţ5]

/funi/ [fhu

˚n

˚i]

/aafuu/ [5:fhu:] 灰汁(灰を溶かした水。洗い物に使用する。)

■歯茎摩擦音

• /s/

無声帯気歯茎硬口蓋摩擦音:[Ch]/ _i 無声帯気歯茎摩擦音:[sh]/上記以外の環境 (2-30) [Ch]:語頭

/sii/ [Chi:]

/sipi/ [Chi

˚pi]

/sino/ [Chi

˚n

˚o]

/simi/ [Chi

˚m

˚i]

(2-31) [Ch]:非語頭

/asi/ [5Chi]

/isi/ [iChi]

(2-32) [sh]:語頭

/saa/ [sh5:] 茶

/sïn/ [sh1N]

/suumaarï/ [shu:m5:R@] 汁椀(suu「汁」+maarï「椀」)

/see/ [she:] (魚の)酢の物

/soogi/ [sho:gi] ざる

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