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派生接辞

ドキュメント内 博士学位論文(東京外国語大学) (ページ 190-198)

本節では、動詞語幹を拡張する派生接辞の個々の接辞の形態について、語根への承接順に述べる。複合 の際に現れる語幹拡張接辞については最後に述べる。

6.5.1 使役接辞

使役接辞は、大きくasïmi2系統ある。すなわち、-as(ï)-asi-ahと、-m(i)mir-mahであ る。先行する語幹クラスと直後に現れる接辞の初頭分節音によって、どの異形態が現れるか決まる。

まずクラス1, 3の動詞語幹にはas(ï)asiahが付加する。後続する接辞が使役接辞、受身接辞、可能 接辞、非過去接辞、過去接辞、禁止接辞の場合には-as(ï)、それ以外の継続接辞、近接過去接辞、否定接 辞、意志接辞、命令接辞、中止接辞の場合には-ahが実現する。-as(ï)が実現する環境で母音始まりの接 辞が後続する場合に-asが、それ以外の環境で-asïが実現する。-asïが実現する環境下で、後続する接辞 の初頭母音の音価によっては、母音の渡り音化の音韻規則が適用され、-asiが実現する(2.5.3)。

一方、クラス2の動詞語幹には-m(i)mir-mahが付加する。命令法接辞が後続する際に-mahが実 現し、非過去接辞として-uが実現する場合には-mirが実現する。それ以外の環境で-miが実現する。た だし、-miが実現する環境で、母音始まりの接辞が後続する場合には、-mが実現する。

表6.8と表6.9に一覧を挙げる。直後に現れる接辞の箇所には、頭文字のみを示す26。クラス4には使 役接辞は付加しえない。

表6.8:使役接辞の異形態(ahe系統)

直後に現れる接辞

語幹クラス 使・受・可・非・過・禁 継・近・否・意・命・副

1, 3 -as(ï)-asi -ah

表6.9:使役接辞の異形態(語幹クラス2 直後に現れる接辞

語幹クラス 命 非(-u) それ以外

2 -mah -mir -m(i)

クラス2の語幹末にはすでにahasïなどが分節音として含まれているため、重複回避の補充法とし て、mi系統の異形態が用いられていると分析できる27

26 それぞれ、使役、受身、可能、継続、近接過去、否定、意志法、非過去、過去、禁止法、命令法、副動詞である。表6.8のう ち、使役接辞が2つ並ぶ場合、先行する使役接辞は必ず他動詞化の機能を持つ。

27 なお、クラス2に使役接辞が後続し、直後に否定接辞あるいは意志法接辞が現れる場合、-mirという異形態(

arasi-mir-un-u/arasi-mir-a)が想定されるが、これまでの調査では網羅しきれなかった。今後の課題である。

まず、クラス1, 3の語幹に使役接辞を付加した例を、ng「行く」、hak「書く」、uti「落ちる」の動詞 語幹を用いて挙げる。クラス1, 3の語幹が使役接辞で拡張された語幹はクラス2に準ずる。使役接辞で 拡張された語幹が複合語の前部要素として現れる場合、クラス2の語幹と似た形式が実現する(cf. arah

「洗う」とng-ah「行かせる」)。使役接辞を付加した語幹は、クラス2の語幹と並行的に考えられる。た だし、受身接辞あるいは可能接辞と共起する際、-ahで現れることが予測される環境で、-asが実現する ことがある。使役接辞の異形態-asiが現れる例は、(6-96b)に挙げる。-asが現れる例は、(6-102)および

(6-107)に挙げる。-asが含まれる例は、これまでにこの2例が見つかっているのみである。異なるのはこ

の点のみであるため、基本的にはクラス2として扱う。

(6-91) クラス1 a. ng-u-n

行く-npst-ind1

「行く」

b. ng-asï-n

行く-使役.npst-ind1

「行かせる」

c. ng-ah-an-u

行く-使役-neg-npst

「行かせない」

d. ng-ah-e 行く-使役-cvb

「行かせて」

(6-92) クラス1 a. hak-u-n

書く-npst-ind1

「書く」

b. hak-asï-n

書く-使役.npst-ind1

「書かせる」

c. hak-ah-an-u

書く-使役-neg-npst

「書かせない」

d. hak-ah-e 書く-使役-cvb

「書かせて」

(6-93) クラス3 a. uti-n

落ちる.npst-ind1

「落ちる」

b. ut-asï-n

落ちる-使役.npst-ind1

「落とす」

c. ut-ah-an-u

落ちる-使役-neg-npst

「落とさない」

d. ut-ah-e

落ちる-使役-cvb

「落として」

次に、クラス2の語幹に使役接辞を付加した場合の例を、arah「洗う」28 nah「産む」nd-ah「出す」

の動詞語幹を用いて挙げる。nd-ah「出す」は、語幹内にすでに使役接辞を含む(クラス2に準ずる)語 幹である。

(6-94) a. arasï-n

洗う.npst-ind1

「洗う」

b. arasi-mi-n

洗う-使役.npst-ind1

「洗わせる」

c. arasi-mir-u-n 洗う-使役-npst-ind1

「洗わせる」

d. arasï-m-a-n

洗う-使役-rctpst-ind1

「洗わせた」

e. arasï-mah-e 洗う-使役-imp

「洗わせろ」

(6-95) a. nasï-n

産む.npst-ind1

「産む」

b. nasi-mi-n

産む-使役.npst-ind1

「産ませる」

c. nasi-mir-u-n

産む-使役-npst-ind1

「産ませる」

(6-96) a. nd-asï-n

出る-使役.npst-ind1

「出す」

b. nd-asi-mi-n

出る-使役-使役.npst-ind1

「出させる」

c. nd-asi-mir-u-n

出る-使役-使役-npst-ind1

「出させる」

mi系統の使役接辞によって拡張された語幹は、クラス3に準ずると考える。なぜなら、クラス3の基 本語幹と交替語幹と並行的に分析できるからである(cf. iri-n「入れる」とarasi-mi-n「洗わせる」)。唯 一異なる点は、命令法接辞が付加される場合、クラス3であればarasi-mir-i(洗う-使役-imp)という形 式が期待されるが、このような形式は観察されず、arasï-mah-eが実現する点である29。従って、基本的

28(6-94b)の交替語幹arasïの末母音の口蓋化(arasi)は、動詞語幹に含まれる母音の口蓋化(2.5.6)の音韻規則による。

29 -mahに含まれるahは、語幹クラス1, 3が使役接辞で拡張され、かつ命令法接辞が直後に現れる場合の異形態と同じであ る。従って、命令法接辞を付加するために語幹を拡張したという分析も可能である(arasï-m-ah-e(洗う-使役-se-imp「洗

にはクラス3として扱う。

使役接辞は、項構造を変更する操作のうち、使役者項を増やす機能を持つ30。本機能に関しては、10.7.2 を参照されたい。

(6-97) a. 使役接辞なし utama 子ども 動作者項

sumucï 本

jum-u-n.

読む-npst-ind1

「子どもが本を読む。」

b. 使役接辞あり baa

1st.sg

使役者項

utama=ga 子ども=dat1

被動者項

sumucï 本

jum-asï-n.

読む-使役.npst-ind1

「私は子どもに本を読ませる。」

6.5.2 受身接辞

受身接辞は-arである。派生接辞の中でも、受身接辞と次に述べる可能接辞は使用される頻度が少ない。

特に受身接辞に関しては、面接調査でも受身の形式そのものを聞き出すことが困難であった。このため、

形式を網羅的に提示することが難しい。ここでは、これまでに見つかった形式を提示する。例文の(a) 受身接辞を含まない動詞形式を、(b)に受身接辞を含む動詞形式を挙げる。受け身接辞を含む動詞形式は、

しばしば継続の補助動詞構文内で「〜されている」という意味で用いられており、次に挙げる例でもほと んどがこれに当てはまる。このような場合、受け身接辞に付加する中止接辞-aと、中止接辞に後続する継 続補助動詞1aが融合し、aで実現することに注意されたい。

(6-98) クラス1 a. hak-u-n

書く-npst-ind1

「書く」

b. hak-arar-u

書く-受身.cvb.継続1-npst munu もの

「書かれている(もの)」

(6-99) クラス1

わせろ」。本論文ではひとまず-mahをこれ以上分析できない形態素として認定するが、今後全体を見て分析を変える可能性 がある。

30本論文の使役者項の導入には、他動詞化も含む。

a. sac-u-n

刺す-npst-ind1

「刺す」

b. itu 糸

sac-arar-u

刺す-受身.cvb.継続1-nspt pari 針

「糸が刺されている針(lit. 糸が通されている針)31 (6-100) クラス1

a. sïkur-u-n 作る-npst-ind1

「作る」

b. sïkur-ar-a 作る-受身-cvb

bir-j 継続2-cvb

a-n

継続1.npst-ind1

「作られている」

(6-101) 不規則語幹 a. ho-n

食べる.npst-ind1

「食べる」

b. h-ara-n

食べる-受身.cvb.継続1.npst-ind1

「食べられた」

(6-98b)から(6-101b)で継続接辞が-aで実現することと、(6-100b)で、中止接辞が-aで実現すること を踏まえると、おそらく受身接辞で拡張された語幹はクラス3に準ずると考えられる。仮にそうだとした ら、受身接辞の異形態に-ari-arirという形式が今後見つかる可能性がある。

使役接辞との組み合わせの例は、以下の例文で1つ見つかっている。

(6-102) unu あの

utama=ja 子ども=top

haa+abo=gara refl+=abl

munu もの

h-as-ar-un-ta

食べる-使役-受身-neg-pst cju.

hs1

「あの子どもは自分の母親からご飯を食べさせられていなかったそうだ。」

受身接辞は、項構造を変更する操作のうち、被動者であるP項を唯一項、すなわちS項とする機能をも つ。本機能に関する詳細は、10.7.1を参照されたい。

(6-103) a. 受身接辞なし

31「針が糸を通されている」からの関係節化の可能性、すなわち「糸を通されている針」の可能性も考えられる。

[ijaa]

A(動作主体)

[baa+ututu]

私+ P(被動者)

tatag-j 叩く-cvb

a-ta-n.

継続1-pst-ind1

「父は私の弟(妹)を叩いていた。」

b. 受身接辞あり [baa+ututu]

私+ S(被動者)

[ijaa=gara]

斜格(動作主体)

tatag-ara-ta-n.

叩く-受身.cvb.継続1-pst-ind1

「私の弟(妹)は父から叩かれていた。」

6.5.3 可能接辞

可能接辞は異形態に-ai(r), -arが見つかっている。直後に非過去接辞が現れる場合には-aiあるいは-air が、過去接辞が現れる場合には-ai、否定接辞が現れる場合には-arが実現する。その他の接辞が後続する 例は見つかっていない。否定接辞が現れる場合には、受身接辞が付加された形式と同じ形式となる。クラ ス4の語幹には付加しえない。可能接辞を付加した語幹は、クラス3の基本語幹と交替語幹の関係と並行 的に分析できる(cf. iri(r)「入れる」とng-ai(r)「行ける」)。

以下にクラス1の動詞語幹ng「行く」、クラス2の動詞語幹arah「洗う」、不規則動詞語幹h「食べる」

を用いて例を挙げる32。グロスにはpot(Potential)を用いる。

(6-104) クラス1 a. ng-u-n

行く-npst-ind1

「行く」

b. ng-air-u-n

行く-pot-npst-ind1

「行ける」

c. ng-ai-ta-n

行く-pot-pst-ind1

「行けた」

d. ng-ar-un-u

行く-pot-neg-npst

「行けない」

(6-105) クラス2 a. arasï-n

洗う.npst-ind1

「洗う」

b. arah-air-u-n

洗う-pot-npst-ind1

「洗える」

c. arah-ai-ta-n 洗う-pot-pst-ind1

「洗えた」

d. arah-ar-un-u 洗う-pot-neg-npst

「洗えない」

32h「食べる」に可能接辞と過去接辞が共起する例に関して、h-ai-ta(食べる-pot-pst)という形式が予測されるが、未調査で ある。今後の課題とする。

(6-106) 不規則語幹 a. h-o-n

食べる-npst-ind1

「食べる」

b. h-air-u-n

食べる-pot-npst-ind1

「食べられる」

c. h-ar-un-u

食べる-pot-neg-npst

「食べられない」

使役接辞との組み合わせの例は、以下の例文で1つ見つかっている。

(6-107) mo=ra ここ=abl

nd-as-air-u-n.

出る-使役-pot-npst-ind1

「ここから出せる。」

可能接辞は、節に示されるイベントが実行可能であることを表す。動作主体の能力、あるいは動作主体 の能力以外の、様々な要因による可能性が表せる。例えば(6-108)は、動作主体の足の速さ、すなわち動 作主体の能力が要因である。一方、(6-109)は、食べ物かどうかわからないものに対し、食べ物かどうか を尋ねる場面の例文である。これは、動作者の能力ではなく被動者の性質が要因である。

(6-108) bee-ma 1st.pl.inc-pl

pïngir-air-u-n=ta...

逃げる-pot-npst-ind1=引用1

「私達は逃げられると(思って)…」

(6-109) kurj=a これ=top

h-air-u

食べる-pot-npst munu もの

naa?

q

「これは食べられるものか?」

6.5.4 否定接辞

否定接辞の異形態は-an, -un, -enとである。先行する語幹クラスによってどの異形態で現れるか異な る。クラス1, 2には-an、クラス3には-un、クラス4には-enがそれぞれ実現する。クラス1の動詞語 幹jum「読む」、クラス2の動詞語幹nd-ah「出す」、クラス3の動詞語幹bassi「忘れる」、クラス4の動 詞語幹goha「怖い」を用いて例を挙げる33

33 非過去で否定の動詞形式に確信法接辞が付加される例は見つかっていない(例:ng-an-u-n(確信法1)、ng-an-oo(確信 2)など)。否定接辞を付加した非過去の動詞形式は、(6-116)に挙げるように、例外的に、命題的モダリティ(以下、モダ

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